Change the Destiny 4.5話/Break the Wall 第2集 Stand the Light -運命の狙撃-(小野哲)  作者 まえがき  今回の第2集は我が盟友の話とリンクする形で進めていきます。  事前の打ち合わせでChange the Destiny エピソード4の続編的な位置づけで作成すると同時に、過去編も兼ねています。なお、T.M.Revolutionの「Flags」(エピックレコードジャパン)の歌詞を一部各節にタイトルとして組み込んでいます。この曲を世の中に送り出してくれた浅倉大介さんおよび井上秋緒さんに心より感謝申し上げます。  過去の原案も組み合わせつつ、アメブロ時代に載せた内容を大幅に改良して投入しているのが今回の作品です。 1 百花(はな)の色、繚乱  東京・秋葉原駅前の交番…。  「両津、いつもの姉ちゃんがお前に用事だとさ!」  「ちょうどいい、書類作成の仕事は終わったからね」  年老いた警察官ががっちりした雰囲気の男に声をかける。声をかけられた男はうなづく。男が交番の前まで出てくると帽子をかぶった女性が小声をかける。  「ハットリ!」  「スチールバット、あのことか?」  そう、彼はGINに所属している両津勘吉である。普段は警察で巡査長を務めているのだが、実は伊賀流の忍術をマスターしており18歳で実の父親で大物忍者として知られる九代目仁蔵から十代目服部勘蔵を襲名している凄腕である。その冷静沈着な腕を犯罪摘発に活かす一方、普段は交番で秋葉原の街案内などをするなどしている。それでいて甥っ子の三つ葉健一の家に住んでおり、姪っ子の檸檬の遊び相手になるほどお人好しの一面もある。  声をかけたのはあのスチールバット(本名・林恵美)、実は両津の恋人でもある。彼女がドジをしてしまった際にガリバー・トスカーニと一緒に助けたことから彼女と恋仲になり、彼女の師匠である初代月光と面会、伊賀流の腕を持つことを見込まれて忍術の手ほどきを受けた。スチールバットにとっては命の恩人であると同時に敬愛すべき存在でもある。  「ええ、高野CEOからメッセージよ。あの裏切り者がどうも新たな販売ルートを拡大させているみたい。風俗グッズ販売店にどうも売人が徘徊しているわよ」  「分かった、ケムマキに頼んで牽制を頼もう」  ケムマキ(本名・佐藤謙三)というのは伊賀流のライバル・甲賀流の忍術をマスターした忍者で、両津とは認め合うライバル関係にあると同時に親友でもある。普段は健一の通う小学校で教諭を務めており、両津と同じ師匠のもとで鍛えられた服部つばめがケムマキの恋人である。ちなみにケムマキは日向無限斎の元で更に鍛え上げられていた。  「彼に頼んで大丈夫なの?」  「大丈夫さ。彼はちゃんと話がわかる。拙者が保証する」  両津の欠点ををスチールバットがフォローするため無二の相棒でもあると誰もが認める。そこへ痩せっぽい男が両津に声をかける。  「どうした、ハットリ!」  「ケムマキ!」  「学校はどうしたんだ」  「ちょっと病気の子供がいてな、病院まで連れて行ってそこで親御さんに引き渡したんだ。あの『黄色い馬』のことか」  「ああ、ちとばかり協力を頼みたい。スチールバットから話は聞いてくれ」  「分かったぜ、俺もGINのメンバーだ。お前の頼みは聞かなくちゃな。お前はお人好しすぎて詰めが甘いんだぜ」  その頃、イギリス大使館では…。  「改めて、この私にしかるべき処分をお下し願いませんか」  コーネリア・リ・ブリタニア大使の前で土下座して謝罪しているのはあの高野広志だった。その隣にはウラキオラ・シファーも土下座している。広志はシャルル国王の刺殺事件の原因を分析し、イギリス大使館に報告書を提出したのだった。戸惑いの表情を隠せない野上良太郎(広志の秘書)。  「お前らしかぬ態度ではないか。あの神林正一下院議長が見たら驚くぞ。お前は国民のために命をかけて戦ったではないか」  「コーネリア様のご指摘通りではないですか。あなたがスコットランドの再建を手がけた実績はイングランドばかりかEUが知っています」  部下のアンドレアス・ダールトンが広志に話す。コーネリア大使のフェンシングの師匠である。顔に大きな傷跡があるがアジア戦争で義勇隊を率いた際に負傷した結果である。だが、有能なら出身を問わない懐の深い実力主義者故に広志も一目置いていた。メガネをかけた長身の男が言う。ギルバート・G・P・ギルフォードといい、イングランド軍所属の護衛官である。  「謙遜が過ぎますぞ、若き伯爵殿」  「ともかく二人して悪くはない。お前たちは最善の努力を尽くした。ただ、ミキストリの侵略が素早かったためだ。お前たちが責任を感じることではない」  「高野CEOには責任がありません。この私にこそ極刑をお下しください」  「二人共辛いだろう…。だが、私はそれを望まない、ミキストリを滅することで父の無念を晴らしてもらいたい。それが、今はなき父の思いだ」  「バロン高野、顔を上げてくれないか」  ルルーシュ・ランペルージが声をかける。  「姉上がこのように許してくれているのだ。俺からも頼みたい、ミキストリを抹殺してくれないか。目的を達成するためなら手段を選ばない強引さで多くの人達が犠牲になるのは我慢ができない」  「それで、いいのか…」  「ああ、我が母国にはお前の努力は伝わっている。お前に対しては誰も文句は言わなかった。だから、ミキストリを滅ぼしてくれ」  「高野CEO…」  「ウラキオラ、やるしかあるまい…。お前も、覚悟を示さねばな…」  「分かりました…、あの一味は抹殺してしまいましょう…!!」  広志とウラキオラは立ち上がると椅子に腰掛けた。  「ところで、ナナリー嬢の容疑だが、お前はどう思うか」  「姉上、あの容疑はありえません。口封じの可能性があります」  「口封じだと?」  広志はメモを取り出す。  「以前週刊北斗のスクープがあっただろう。喪黒福造が帝王学のためとやらに夢魔子という女を連れていき、そこでマフィアと関係があると囁かれているマーク・ロンと密会していたということを」  「確かあったな。その場に彼女がいたわけか」  「隣のビルにギアス連合会の支部がある。そこで掃除をしていたら会話しているのを見たそうだ。ナナリーは読唇術がある」  「確か母君があのような事件に遭遇した際にショックで一時期聞こえなくなったな。それで読唇術をマスターした結果あんなことになろうとは…」  「その時に関わっていたというのが根岸忠。リブゲート専務だ。面会していたことに俺は大きな疑問を感じて調べていた。そこにあの逮捕劇だ。何かがあの喪黒にはある。また、もう一人和服の女がいたという」  「和服の女か…」  広志はコンピュータから関係者のデータを取り出す。  「壱原 侑子(いちはら ゆうこ)。この女ならありえる、奴はリブゲートから融資を得ている。あの料亭のあるビルはアジア戦争でイムソムニアから空襲を受けて粗製濫造ビル以外は崩壊した。そこをリブゲートが安く買取り、再開発したのがリブゲートタウン千葉というわけだ…。ホテルリックと商業施設で今は栄えているがな…」  「喪黒率いるリブゲートは情報マフィアといってもいい。ゼーラでは下半身ビデオ制作会社を買収していつの間にか映画会社に改組していた。出会い系サイトはいつの間にかSNS、オーブではモルゲンレーテと合弁で携帯電話会社、それを壬生国ではロン率いるマードックと合弁で携帯電話会社にする、関東連合ではニューウェーブを買収して広告代理店と出版業…。情報をこれだけ制しているんだから始末におえない。闇の社会が相当力を貸しているのだろう」  「全体の流れが見えてこないと真の姿はわからないものだな…」  コーネリアが厳しい表情で話す。  「まず、言えることはリブゲート関係者と黄色い馬中毒には重大な関係がある。間違いない」  「それと、気にかかることがあります。埋立地に奴らは『魔の庵』なるリゾート計画を立ち上げたようです。そこにまたしてもモルゲンレーテの土壌浄化ビジネスをかませて、モルゲンレーテの株式をまたしても買収しようと企んでいるのではないでしょうか」  「それはあくまでも推測だ。断言はできない」  「お姉さま、かなり大変な状況にありますわね…」  「ユーフェミア嬢ではありませんか」  広志は頭を下げる。ユーフェミア・リ・ブリタニアは最近枢木スザクと公式に婚約を交わしている。  「まずは婚約のこと、おめでとうございます」  「まだ籍は入れていませんわよ」  「それと、お前に話しておきたいことがある。あのアッシュフォード学園の学園祭で起きたテロ事件の真相で背景に移民政策が絡んでいるようだ」  「コーネリア様の指摘がそうなら、VV様とマリアンヌ様、ジェレミア公は巻き込まれてしまったわけですね…。移民受け入れを容認しているロシア出身のアレクセイ・ツバロフ欧州議会副議長と慎重派の国民党との対決となれば、イギリスも混乱が不安です。更にはツバロフとつながっている政治家も日本にはいます。バロン影山ですよ」  「大丈夫だ、あのパタリロ・ウェールズ国王が控えている。彼は父上が亡くなられた後直ぐにイギリスに戻って混乱を収めようと奔走されている」  コーネリアは広志に話すと浅草にある老舗の和菓子屋『満月堂』のどら焼きを手にする。  「お前は伯爵になっても、相変わらず民衆に慕われているようだな。この前満月堂に立ち寄ったら安藤奈津という職人がお前のことを嬉しそうに話していたぞ」  「私にとってはあの人の祖父母のお陰で雄山先生と知りあう事ができたんですよ」  安藤奈津は福井県出身でパティシエから和菓子職人になった変わり種である。ロロとはある意味打ち解けていた。実は彼女はある大企業の会長と茶道の大本の孫娘に当たる。ルルーシュやナナリーとは直接の血縁関係はないがマリアンヌとは養子関係にあったロロとは意気投合していたのだ。  なお、『満月堂』は会社ぐるみでギアス連合会に政治献金しているのだがその事に関してはホームページで情報開示しているので追及されにくい。月岡光子・満月堂社長はその流れで英国大使館に和菓子を納めている関係にある。  「兄上のことに関しては安田梅吉副社長も不安だったそうですな」  「ああ…。この前私があった実業家の大貫浩介も同じ事を話していた。彼はシュナイゼル公を通じて交通事故で両親を失った少女を養女にした人格者だからな…」  「それと、バロン高野。お前に政界から誘いの話があるようだが」  「それは聞いていない。だが、断るつもりだ。たとえヨーゼフ・エッシェンバッハ千葉市長が頼んできても、ガルマ・ザビやシャア・アズナブルが頼んできても無理だろうよ。まさかシャーリー・フェネットから焚き付けられたのか」  「おいおい!」  顔を赤らめるルルーシュ。シャーリーとは恋仲にあることを広志は知っており、やんわり戒めたのだ。だが、ルルーシュは次の手を考えていた。それは朝倉啓太率いる日本政友党とギアス連合会の大合同構想だった。すでに政策上の融合は進んでいる。海原雄山の弟で影の首相と言われていたある海原大悟が政策調整役を務めているためだ。大悟の息子である渉は日本政友党で選挙対策本部長を務めている。  「お前とスザクがいないと困るんだ。戒め役が俺には必要だからな」  「それを言うなら私だな。君が羨ましい」  枢木スザクはアジア戦争で実の父親であるゲンブを殺されたこともあり力による平和に反対の姿勢を示している。それ故に手段を選ばないルルーシュを戒めることもある。ギアス連合会のスポンサーでもある京都の銀行オーナー一族の令嬢・皇神楽耶は大悟と政策上のすり合わせを担当している。  「しかし、朝倉先生も鵜飼先生と比較されて大変だろう」  「あの人は例外だ。教育委員会の民主化、中選挙区比例代表制の導入、法人税の引き上げなどの思い切った政策を進めて大企業から嫌われたが庶民から好かれた」  「そして引き際も潔かった。今でも人気なのも当然だ」  鵜飼武彦(77歳)前首相はアジア戦争後の混乱した日本を見事に立て直し、そして朝倉に首相の地位を託して自身は世襲を拒んで引退した。そして、広志を政界に巻き込もうとしていたのは神林正一下院議長である。彼は鵜飼の弟子であり同時に引退したいと願っていたのだが拒まれていた。そこで広志を後継者にしようと動いていたのだ…。  一方、パプテマス・シロッコは…。  「お前が協力してくれるとは…」  「当然です。私の恩人の危機を見捨てるわけには行きません」  シロッコの手を握るのは植村道悦、シロッコにかつて救われた一人である。旧イムソムニアの残党で、追跡されていたところをシロッコにかばわれたこともありシロッコに絶対的な恩義を感じている。因みにコードネームはジャガンである。  「俺はお前にも罪を犯さないでもらうぞ、ジャガン」  「当然だ、理央にはもっと厳しくアドバイスを願う」  「それとシロッコよ、メレが今助っ人を探している。喪黒の内部に潜り込むスパイもスカウトを進めている。この前秋吉かなこが加入したのはその一端だ」  「シャーフー社長には申し訳がないな」  「お前の事情を聞いて、シャーフー社長も協力を申し出てくれた。安心しろ。ただ、悪事は許さないぞ」  シロッコはかつて児童養護施設で育てられた過去があり、その際に知り合ったのが秋吉かなこである。彼女は小学校四年生の時にアジア戦争で両親を失いそのまま養護施設で育てられた経緯がある。今は24歳で、シロッコを兄のように慕っている。  「それと、週刊北斗も利用して情報を流し込もうか」  「それはいい、だが慎重にな。我々の計画に支障のないようにくれぐれも…」  「ついでに、あずみにも協力してもらおう」  「この俺に命令ならなんなりと!」  ショートヘアの女性が男言葉で答える。道悦の知り合いでスパイ能力を持った青山あずみという。  「後は、蜂須賀夫妻に連絡を取りましょう。あの二人は莫大な資産を有しており、事情を説明すれば犯罪に走らないことを条件に出資してくれますよ」  蜂須賀というのは蜂須賀悠といい、普段は福岡県の私立中学校で数学教師をしているが架空投資や振り込め詐欺犯罪を摘発し、被害者に金銭を全額返済してきたため九州連合政府から東西銀行チューリッヒ支店(スイス)に5億円以上の資産を有している。その他にも兄の悟郎も京葉大学理工学部から法科大学院を卒業した弁護士にして法学部講師であり、犯罪にならないようなアドバイスをしている。悠の婚約者は水城涼子(みずき りょうこ)といい、ヤミ金融業者のマネーロンダリングを摘発した活躍が評価されて被害額60億円中1億5000万円の譲渡を受けた。  「だが、問題がひとつある。悟郎のフィアンセが南玲奈ってジャーナリストだ。そいつの所属しているチームディケイドはとんでもないぞ」  「まあ、おいおい考えていこう」  「もう一度、あの密会を見なおす必要がありますね」  「ああ…。そこになんだかの鍵がある、恐らく喪黒の意図はそこにある」  そう言うと広志はタブレット端末を取り出す。タッチパネル式のパソコンで、音声入力も出来る他撮影した画像をPDFファイル化することも出来る優れ物である。  「これだ…」  『関東連合にとって、壬生国は最大の売り出し先。その壬生国がオーブに近寄ることは何が何でも避けたいのよ。わが祖国があの汚れたオーブに取り込まれてしまえば問題よ』  『そりゃそうでしょう。私もオーブの技術力は関東連合に匹敵するものと考えております。しかも、政治家ではギルバート・デュランダルやロード・ジブリール、さらには娘が国王の妃になったシーゲル・クライン、国王の実の姉が息子の嫁になったパトリック・ザラ、その上にフラガ一族が控えておりますからたまりませんよ』  『欲張り過ぎですぜ。あのモルゲンレーテを押さえ込んだのはリブゲートじゃあありませんか』  『念入りよ、念には念を入れてよ。でも、目の上の瘤があのフラガ三兄弟よね…』  『三人とも付け入る隙間はありません。トホホじゃありませんか』  『特に問題なのはあのラゥ・ル・クルーゼ…。あいつは特にめ・ざ・わ・り』  『あの奇跡の男と互角に渡り合える男の一人にして、壬生国の紅の王ですらも高い評価を与えている一人ですな』  『ゼーラへの投資は順調?』  『お陰様で。あの2つの物騒な会社は全て業務転換させています、ホッホッホッ』  『喪黒オーナー、無理な行動は危険ですよ』  『ホーッホッホ。鈴木君、心配ご無用です。私には強力な切り札があります。逆らえばいつでも使えますよ。まあ、最も逆らえば中込くんのようになりますがね…』  『フフフ…』  『最後に信用できるのはお金です。今回はマツダ電機からスポンサー代で締めて1億円入りました。根岸専務、このことは他言不要です。いいですね』  『御意。福子社長、こちらへ…』  「音がするな。ウラキオラ、根岸が恐らく喪黒夫人に小声で何か話をしているようだが」  「マボロシクラブに関係する何かでしょう。そこから得られた不正な資金がマネーロンダリングによって投資に回されている可能性があります」  「週刊北斗の記事ではそこまでない。ならば、彼らの話を聞いたという情報屋に面会して事情を聞かねばならないな」  「この書類から見て分かるように、涼宮ハルヒはオーブを相当警戒しているようですな」  「ああ…。マネーロンダリングも相当行われているはずだ。この会話から見るに先にスパンダム・グロリアが怪談亭に入っていたと見るべきだな…」  「そうとしか思えません。不可解なのはなぜシュナイゼル・エル・ブリタニア氏が逮捕される必要があるのでしょうか」  「私はあの数字が本来別の人物が受け取っていた不正献金の数字だと見ている」  「というと…!!」  「ああ、リブゲートと関係があるはずだ。喪黒福造か、そこから不正献金を受け取っている連中の数字がシュナイゼル氏の数字に書き換えられていたと見るべきだ」  その時だ。広志の携帯電話のバイブが鳴り響く。  「はい、公権力乱用査察監視機構・高野です」  「こちらはイヴァン・ニルギースだ。リブゲート内部に潜り込んで調べた結果だが、シャシャにデータを渡した。あいつはジェナスの坊やと心身ともにパートナー関係にある、ジェナスが同行するので頼む」  「了解しました。しかし、あなたが協力していただけるとは…」  「俺はあのリブゲートには我慢がならないんだ。アイドルを使い捨てにするやり方には甚だ怒りを覚える」  「そうでしょうね…。くれぐれもご用心を」  「ああ…」  イヴァンは接触する際に下手なごますりをした。何しろ持ち込むきっかけがハイリスクハイリターンのアイドル発掘プロジェクトだ。リブゲートは金の亡者集団というべき面々がいる。このプロジェクトでリブゲートはブログ独占発信権とネット中継、更には提携している全日本テレビでの放映とその放映料の半分の収益を要求し、そのすべてを呑ませたのだった。  「それと気になる動きがある。パプテマス・シロッコなる男がいる。その男が『V作戦』なる言葉をつぶやいていた。一体何があるのだろうか…」  「留意して調べておきましょう。あの悪質な週刊誌プリズムは恐喝雑誌で知られています。喪黒には向かう人達はみんなあれでやられたということですからね」  「まあ、こっちはお前さんがいるから助かるが…。デジタルキャピタルを率いて今や証券大手を傘下に収めた中込威は6人の若者と出会って彼らの支援を行いながら彼らからのアイデアをもらってデジタルキャピタルを日本屈指のITビジネスと実業支援企業へと成長させた。もっとも、桜庭夫妻が支援を行ったのが大きいがね」  広志はイヴァンの話を聞いて、すぐに匿名組合契約を思い出した。これは商法第535条から542条に規定された契約の仕組みで、組合員となる各出資者が、事業を行う営業者に出資を行い、営業者が事業から生ずる損益を分配する旨の契約取り交わすのだが出資者への分配額は事業の業績により左右されるので、元本の返還、一定額の配当が保証されるものではないが、組合員は事業の成功不成功にかかわらず、出資限度額の責任しか負わない仕組みである。  「詳しいことはこちらでも調べておきましょう。いずれにせよ、いろいろな手段が用いられているようですね」  「俺はこれからとりあえず書類選考だ。奴ら、試験代で1万円、指定されたバスを使って1万円と参加者から絞りとっている。しかも参加者1500人じゃ、ゾッとするがな。川崎タワーだから3000万円、入場料を含めると3750万円だろう」  「ひどい搾取ですね…」  「まあ、シャシャの奴はジェナスにぞっこんだ。任務を忘れないよう釘はさしてある」  「こっちも一人、かませましょうか」  「誰をか?」  「それは私で指定します。ご心配なく」  広志は頭の中でセーラ・クルーを思い出した。彼女はフランス語や英語もできる移民で、シュナイゼルがスポンサーになって支援していた。そのシュナイゼルが無実の罪で逮捕された後は広志がスポンサーになっており、彼女の通うミンチン学院も広志が学園長のマリア・ミンチンと面会したあとで財務面を把握して支援している。彼女はダイヤモンド鉱山のオーナーという側面もある。だが、広志も婚約者の久住美紅もダイヤモンド鉱山には手を出さないと誓っていた。  「この前シバトラさんと会ってきたが、オオアサの押収がひどい。最近では地方の漁港からの押収が増えているようだ」  ちなみにオオアサというのは大麻の隠語である。広志はストリートチルドレンの救済にも動いており、最近では公園整備を若者たちに任せる代わりに資金を提供するようになっていた。  その頃、オーブ王宮では…。  茶色の髪の毛の青年が憂いに満ちた表情で空を見上げる。  「キラ…、ここにいらっしゃったのですね」  「ラクス…」  桃色の髪を漂わせて紅茶を用意していたのはラクス妃。  「この前ヒロに託した文書は無事届いたようだ。でも、どうやら嫌な動きが始まっているようだ」  「関東連合のことでしょうね。それと、新興企業とモルゲンレーテ…。父も嘆いていましたわ」  「ヒロを巻き込むのは避けられなさそうな情勢だよ…。何しろ置かれた立場が立場過ぎる…」  広志とキラは同じ遺伝子を操作されて生まれたデザイナーズチルドレンだった。その広志は宇宙飛行士だった父の圭介の実の血を継いでいない。31年前に宇宙ステーション2号機で起きた『赤いホワイトデー』事件の影響で無精子症になってしまったからだ。そこで第三者の精子をもらったのだが、そこの過程でイムソムニアの前身組織ゴアによる実験が行われ遺伝子組み換え人間、すなわちデザイナーズチルドレンとして広志はこの世に生み出されたのだった。  「情報マフィア…。ヒロの予言が現実になってしまった以上、僕も国王として、戦わざるを得ない…」  「俺達は陰で支援するしかできませんけどね…」  シン・アスカがうなづく。ロード・ジブリール首相は不安そうに話す。  「かの男には核技術という切り札があります。一国を相手にしているようなものですよ」  「確かGINの研究所にニーナ・アインシュタイン工学博士が勤務していて、彼女が中心になって核融合技術を開発した。そして、その核融合技術を利用して核物質の消費による核物質の無害化計画をGINが進めているようだな、ジブリール」  「その開発に一枚絡んだのがモルゲンレーテとオズコープ、ゼネラルアックスだ。その3社のうちオズコープをリブゲートと関係が親密なアメリカ大手証券会社のシルバーフォックスが買い占めている。困ったことだ」  「しかし、我らが国兄はこんな事に巻き込まれて大丈夫だったのでしょうか…、国王陛下」  「彼は僕に話してくれた、『力を得た以上、国の運命に巻き込まれることも受け入れねばならない。逃げられないんだ』とね…」  「トメニアのチャーリー前大統領のような人格者が壬生国にいればいいのですがね…」  ギルバート・デュランダル議長がつぶやく。チャーリー前大統領(本名・チャールズ・ワイズ)は三十年戦争中の事故により記憶喪失になり、戦後の混乱でイムソムニア一派によるクーデターでデザイナーズチルドレン弾圧政策が行われていることを知らなかった。偶然再会した警察官のシュルツ・ガージナーから真実を伝えられたチャーリーは純粋な怒り故にシュルツと共にデザイナーズチルドレン(DC)迫害に対抗する市民戦線をたちあげてゲリラ戦を展開した。  その戦いはそして国を二分する戦いになったが穏健派キリスト教徒・穏健派イスラム教徒・ユダヤ人・DCによる市民戦線が優勢になり、アジア戦争後にトメニアは民主政治を取り戻した。今はシュルツが二代目大統領に就任し、チャーリーは妻のハンナと一緒に世界中を旅しながら平和の大切さを訴える講演を行なっている。  「そのチャーリー前大統領はヒロを『彼は新たな時代のリーダーになる男だ』と話していた。僕も同感だ…。暖かく見守るしかないけどね…」  「彼の組織したGINは一国並の軍事力を有しています。何しろ、ロシア軍出身のマルコ・アレキサンドロビッチ・ラミウスアドバイザーがいます」  ラミウスはロシア軍で原子力潜水艦の艦長を務めていた。そのノウハウに目をつけた広志はラミウスを引き受けると同時にトンネル式キャタピラー・ドライブ搭載の潜水艦・「レッド・オクトーバー」を購入した。GINには核融合炉を実用化した実績がある。ラミウスの補佐官を務めているのはアメリカからの移民であるジャック・ライアンである。  「あのチトワンのグリーンノア・ルーン王朝のクルト国王殿下も困っていましたな、CP9の進出の動きに」  「あの国は富山も含めていて置き薬が盛んな国ですね、そこにCP9は目をつけたのでしょう」  「国王陛下どうしのつながりがありますからな」  ジブリールが言う。クルト国王はアジア戦争でオーブがイムソムニアに侵略された際に自ら率先して兵を率いてオーブの奪還に立ち上がった一人だった。その際に知り合ったのがあの広志であり、キラであり、あのパタリロ・ウェールズ国王だったのだ。金髪碧眼の持ち主で、大司教アガナードの娘ガラティアの息子である。ガラティアはステファン王に見出されて結婚し、そして生まれたのがクルトだった。正義感が強く、王族であるにも関わらず誰に対しても分け隔て無い思いやりを示せる心優しい性格はイムソムニアのテロリスト達を多く改心させるまでになっていた。今は国王として、チトワンの象徴として平和外交の舵取りを担う一人である。  「義姉上に瓜二つの立場の人もいるから仲がいいわけでしょう」  「シン」  思わずたしなめるラクス。クルトには水晶妃という称号を持ったオリエ国妃がいる。水晶を用いた予言の才能を持っており、グリーンノア王朝国妃でガラティアの姉にあたる母のメドゥーサにかわいがられ箱入り娘として育ったが、クルトが自分の運命に深く関わる人物と知り、アジア戦争に加わった。その過程で、クルトの為に自らを犠牲にすることも厭わなくなるほど強い恋愛感情を抱き、戦後正式に妃として迎え入れられることになった。そして、3年前に正式に挙式を執り行ったわけである。  「それを言うならシン、君はレオン将軍に似ているね」  レオンというのはジャジャ・レオンのことでチトワンで若手の将軍として活躍している。名門レオン一族の竜の紋章を許された数少ない一人である。基本的に思慮深く周りをよく見る性格の持ち主であり、暴走しがちなクルトを上手く操縦する出来た相棒だが、実は本人も結構誇り高く喧嘩っ早いところがある。  シンは妹のマユとイムソムニアとの闇取引で不妊治療を受ける代わりにスパイ活動をしていた両親の子供として生まれた。だが、両親はイムソムニアのテロに疑問をいだき、オーブ王朝に自首した。そこでユウナ・ロマ・セイランによって保護されていたのだが10年前のイムソムニア・シャドーアライアンスの空爆によってセイラン一族は皆殺しにあい、シン、マユ、ルナマリア&メイリン・ホーク、スティング・オーグレー、アウル・ニーダ、そしてステラ・ルーシェがかろうじて生き延びた。  彼らはいずれも壮絶なトラウマを抱えていたがシンはその中で自分にできることを考えてテッカマンになることを志願した。そして、広志とともに戦ったのである。  「我が甥のことで話題になっておりますな」  「アスナス公!」  びっくりするデュランダル。大司教アナガードの長男にして、今はチトワン大司教を務めているアスナスである。その近くに控える老婆と若い女性。老婆はオーラといい、メドゥーサとガラティアの乳母だった人物である。そしてアスナスの左となりにいるのはリシェンヌといい、アスナスの愛妻でもある。  「オーラ、ゼーラの状況を話してくれないか。あなたには見てもらって色々苦労はしてもらってすまないが…」  「あの国の公害はひどいものでございます。私も、リシェンヌ様もシルヴァーナ様も絶句してしまいました…」  「我が妻リシェンヌも驚いて私に話をしてくれた。我が甥のマリウスも姪のエルザも『こんなひどいことはない』と憤慨したほどだ。今、タロスとイリューズが調べている」  マリウスは「銀騎士」というあだ名を持つ。銀の長髪を持つシルヴァーナ夫人と共に子供たちに武道を教えるため旅を続けている。離れて暮らしても母メデューサとは強い絆で結ばれている。一方、妹のエルザは幼い頃に大病に苦しんでいたが、名医の治療を受けて回復し、以来メデューサのそばに仕えている。美しく成長し、母が不在の時には代理で城内を取り仕切るまでになった。  ちなみにシルヴァーナはマリウスに命を救われて以来ずっと慕う関係だった。そしていつの間にか結婚していた。タロスとイリューズはメドゥーサの部下である夫婦だ。タロスはチトワン一血の気の多い男と言われており、クルトの絶対的な忠臣を自負する。いつも妻のイリューズと共に行動している。ちなみにイリューズはアジア戦争の際に義勇隊に加わりその策略で危機を何度も回避した切れ者だった。  「最近、リブゲートが通信会社『ゼーラ高速通信』を買収した。その後とんでもないことにNPOへの盗聴を行なっていたことが発覚した」  「何だって!?」  「ダリウス皇帝閣下に説明をしたところ驚いて手を打たねばならないと困っておられた。あのツワブキ父子も憤っていたほどだ」  「ツワブキ・ダイヤ…、ゼーラ軍屈指の若手で、ゼーラ軍総帥のガリス・アーシャス将軍の秘蔵っ子という。あのプロイスト様の信頼も厚い方だな」  「ご察しの通り。ダイヤ率いるチームはテッカマンチームと同等と見ていいでしょう。ただ、一人だけ問題児がいますけどね…」  「それを言うなら、私のところにもいるがね。酒にべらぼうに弱いシェスタだ。夫のレオンも頭を抱える始末だからな」  「奇跡の男なら、笑って許すでしょうね、あなた」  「リシェンヌの言う通りだな。あの青年は我が妹達も羨むほど人格者になっている。彼はそれでも『私は死ぬまで罪という名前の十字架を背負って生きる』と覚悟を示した。彼にとってはあの戦争は「色のない世界」そのものだったのだ…」  オーブ・モルゲンレーテ本社ビルで…。  「株主第一主義というなら、正義も何もないのが困ったものだ…」  キャッシー・モルトン広報課課長は厳しい表情で話す。彼女の右腕でもあるクック・カーランドも同感だ。  「リブゲートは闇の社会の貯金箱。だがそれだけ延びているから提携しろという株主の強欲には参った…」  「提携を強要した投資ファンドは一体誰が運営しているのか、調べはついたのか?」  「ロシェット(・キッス)が調べているけど巧妙な手法で隠されているわ。始末が悪い連中ね」  アレン・ルー営業一課課長が困った表情だ。ランディ・シムカ営業二課課長はくもった表情だ。  「とにかく水と油のような関係でどうやったらうまく付き合えるか、わからない」  「まあ、上層部が決めたこと。俺達は何とかやるしかない。ニルギースがあいつら関東連合の仲間と手を組むことに成功した。何が何でも情報マフィアを食い止めねばなるまい…」  ジャン・ピエール・ジノベゼは言い切ると、つかつかと部屋に戻っていく。  モルゲンレーテを二年前、正体不明の投資ファンドが大量の株式を購入し、リブゲートとの提携を強要した。モルゲンレーテは重工業から携帯電話までの部門をマークするコングリマット企業だ。かつてのドイツにあったマンネスマン(製鉄から携帯電話まで扱っていたがイギリスのボーダフォンに敵対的買収され携帯電話事業をのぞいて全て転売された)の二の舞を避けるべく経営陣が採ったのは彼らの言いなりになるだけだった。  その彼らの株式はその後オーブの企業連合に高く売却され、事なきを得たのだがリブゲートへの巨額の出資を余儀なくされたモルゲンレーテはリブゲートの正体を調べ始めていた。そして、その過程で情報マフィアの存在が暴かれたのであった。だが、マフィアの襲撃を恐れている彼らは何も出来ない状況だった。  「今回の出資要請は我々に奴らへの第三者資本割り当てをしろと暗に迫っているに等しい」  「ここまで自分勝手にやられてはたまらないわね」  「あれ、おかしいぞ!サタラクタのネームプレートがない!!」  青年は戸惑いを隠せない。  ここは市川。桜宗吾は市川に住んでおり、オボロゲクラブを飛び出して以来連絡が無いので気になった椎名鷹介が調べに行ったのだ。婚約者の大谷覚羅が不安そうに話す。  「おかしいわよ、はがきもないわよ」  「覚羅、まさか引っ越したってことか」  二人は戸惑いを隠せなかった。そこへ駆けつけた二人。  「吼太、フラビージョ、何かわかったのか」  「いや、何も…。でも、人がいる気配がない…」  「気味が悪…」  尾藤吼太にしがみつくフラビージョ(本名・金古瞳)。吼太とは恋仲にある。  その頃、オボロゲクラブでは…。  「オルガ・フロストが今回の調査に圧力をかけてきたか」  霞一甲が苦々しい表情で話す。ウェンディーヌ(本名・水谷奈央)が即答する。  「やっぱりおかしいとおもったわよ。あのマボロシクラブを調べていたら麻薬の黄色い馬が絡んでいるなんて」  「しかも六本木本店ばかりじゃない、新宿の歌舞伎町店、渋谷店、千葉店、横浜店からも患者が多いという話じゃないか、兄者」  「一鍬、お前の言うとおりだな」  「それと、気にかかることがあるんや」  「おぼろさん」  「サタラクタの通信記録を弁護士に独自に調べてもろうたんや。そしたらこの電話と頻繁に連絡をとっているんよ」  「この電話番号は誰?」  一鍬にじゃれていたマンマルバ(本名・石丸和樹)が聞く。日向おぼろは素早く答える。  「高利貸しの男らしいわ。それに、気にかかるのはもうひとつや。この電話番号の持ち主は一体…」  「それとオルバの圧力でますます怪しいと思いません?」  「七海、そやろな…。私もこうなったら腹くくらなかん…。サタラクタがあんな事までしてでも借金を返さないとあかんかったとは…」  野乃七海から緑茶を受け取った丸坊主の大男が厳しい表情で言う。  「まさか、白亜って野郎に頼むつもりですか。巻き込んでしまいかねませんぜ」  「チュウズーボ、お前…」  「俺も、これ以上巻き込みたくねぇんだ…。あの腕前のよかったあいつを看取らなくちゃいけなかった…、一甲もわかってくれるよな…」  仰木炎が話すのは大谷雄吾の長男で優れた探偵だった雄太郎だった。彼はおぼろの父である無限斎の最高の教え子と言われ、オボロゲクラブができたら加入するという約束を交わしていた。だが、雄太郎は任務で命を落とし、結果経営がおぼつかないことになってしまった。オボロゲクラブは新時代出版社の悪事の告発を決心するも、口頭での契約を取り交わしている関係で証拠を示すことが出来ない。そのためできるだけ自前で仕事を水面下で探すようにしていたのだ。  さて、話を再び市川に戻そう。  市川の埋立地でも、20メートルの高さの埋立地に住宅地と病院などの街が整備されており地震対策も万全である。その病院はあのヴァルハラ市川総合病院といい、ヴァルハラグループに属している。  そこに一人の男が入院していた…。男の名前はクワイ・チャン・カモン、インド料理と中華料理に精通した名シェフである。  「カモンさん、しっかりしてくれよ。まさかクラクラ病で入院するなんて洒落にもならないじゃないか」  「まあな…。まさか、俺が食い改めなくちゃいかんというのは洒落にもならん。本来ならお前の料理の腕を俺のものにしなければならないがな。お前の店は大丈夫か」  「ああ、母さんや八重に頼んである」  「そうか…。法子さんと八重さんなら安心だろう」  味吉陽一の見舞いを受けていたカモンだったが、口調を変える。  「そういえば、約束していたインド料理、クルーさんに作ってくれただろうか」  「お前の気がかりは大丈夫さ。彼女、お前が回復することを祈っているぞ。まあ、しぶといお前なら心配ないが」  カモンは過去、中華料理の修行で料林寺におり、そこで知り合った陽一と杏仁豆腐勝負をして敗れたものの、互いの力量を認め合った。その後、インドでダイヤモンド鉱山を経営するラルフ・クルーの紹介でインド料理の修行を積み重ね、村田源三郎に招かれて娘のモンと共に日本に渡ったのだった。そしてミンチン学院でチーフシェフを勤めながら土日は料理教室を開催していたのだった。ちなみにカモン父子が日本国籍を取得した際の身元保証人は陽一夫妻である。モンは八重から料理の勉強を受けている上、しっかりした考え方の割りに行動力は高く非常にアグレッシブな八重の教えを受け継いでいる。  だがカモンは体の動きが重たくなるような症状を訴え、ヴァルハラに入院した結果クラクラ病と判明したのだった。ちなみにラルフの一人娘がセーラ、あの高野広志の庇護下にある少女である。それ故にカモンとセーラは知り合いでもある。  「君もここにいたのか」  「源三郎のおっさん!!」  陽一が驚く。源三郎が自ら花束を持って入ってきたのだ。その格好はマントにタキシード姿である。あの海原雄山が「ド派手な振る舞いは苦手だ」と言わせしめるのはそういうことである。  「いや、すみません…。こんな事になってしまって…」  「話は伊野先生から伺った。君も無理するからこうなる」  「それに養父も心配しています。今は体を元通りにすることに専念していただけますか」  葛葉保名(くずは・やすな 源二郎の養子)が話す。保名は父が割ぽう料理店の経営者だったが貧困故に病死してしまい、一人ぼっちになっていたところを源二郎が資産を代わりに管理する事を条件に養子にしたのだった。ちなみに味将軍チェーンの営業本部長である毛利潤之介(ずる賢い性格なのだが根は正直。陽一の腕を認めている)から話を聞いてカモンの入院に真っ先に見舞いに訪れたのは源二郎である。味に対しては一切の妥協を許さないが、その一方で料理人に対しては愛情を見せ、真摯に料理に向き合っていれば年齢・出自を一切問わず、同じ料理に奉仕する者として敬う。故に弟の源三郎が選んだ料理人でも受け入れている。  「うちの子供たちはどうなっているんだ」  「僕が喧嘩を止めておきましたよ。陽太君、あなたの血を引いいていて勝気ですね」  「あんたには良い壁になってもらわないと困るんだよ、あいつの成長には。あのゴッドハンド大虎も認めた包丁さばきはこれからだ」  保名は苦笑いする。陽一の息子の陽太は中学2年生にして、大胆な発想を持っていて美味しい料理を作れるのだが荒っぽい言動が欠点だ。それでも保名はそんな陽太を弟分として認めており、「ガンガンぶつかってこい」と檄を飛ばしている。  「ったく、二人共何を考えているんだよ…」  渋い表情で入ってきたのは陽太。  「また喧嘩があったのか」  「ああ…。カモンさん、モンちゃん諌めてくれよ」  「無理だ。恋する乙女には何を言っても無理だろう」  実はモンは陽太に恋しており、おなじ恋のライバルである下仲アンヌとはライバルにある。それで喧嘩が絶えないのだ。  「クラクラ病か…。原因がわかればいいのに…」  ショートヘアの美少女がつぶやく。他ならぬクワイ・チャン・モンである。そして金髪のロングストレートの少女がつぶやく。  「このままじゃ、お父さん倒れそう…」  下仲アンヌの父親の基之はフランス料理の名人で、味皇料理会所属だがカモンの急病で支援に入っている。それで不安なのだ。後に四人は共同でレストランを開設することになるのだがそれはまだ誰も知らない事だった…。  その頃、市川駅前のマリーレーヌでは…。  「あっちゃぁ…。やっちゃった…」  北条響は渋い表情でミネラルウォーターの箱を見た。個数が少なくなってしまい、買わないとまずいのだ。  「どうしたの、響」  「ミネラルウォーターが少なくなっちゃった…」  渋い表情の響に南野奏はだから言わんこっちゃいという表情になった。奏はマリーレーヌで盛り付け担当をつとめている。父親がケーキ職人であることもあり、腕は優れている。  その腕が発揮されたのが「猫の手」というケーキだ。奏が猫好きというのもあって、猫の手、更には肉球が再現されているのだ。白原允(みつる、京葉大学・法学部2年生、アルバイト)が詫びる。  「ミネラルウォーターか。俺が悪かった」  「白原さんったらいつも響に甘いんだから」  「君はいつもしっかり者だけど本音ばかりだね…。いつか傷つくぞ」  この洋菓子店には店頭に電子ピアノがあり、響は閉店時間に演奏するのである。それもその筈、父親が音楽教師、母親がヴァイオニストだから腕はいい。  「しかし、市川の水で作れるといいのだけどな…。これが赤字の原因なんだから」  「フランス本社は地域密着を掲げているからそうしたいのに…」  天野いちご(18歳、味将軍スイーツ部門所属、フランチャイズでフランス本社と契約を交わしている)は嘆きの表情である。味皇高校時代からこの洋菓子店でアルバイトをしていて、卒業と同時に入社・店長に就任した。允に話す顔付きの似た美女。彼女は允と双子の妹である白原つぐみ(京葉大学医学部2年生)である。生まれた時から何から何まで一緒の関係だ。  「まず、水を何とかしようよ」  「そうだな、つぐみの言う通りだ。本社に掛け合って相談するか。固定客もいるんだから」  「そうなったらまた給料激安よ。セイバーマート並じゃ困ったわ」  セイバーマートとは、アメリカ最大手のディスカウントストアである。倒産した中小スーパーチェーン店を相次いで買収して進出しているのだが、給料が安い上激務である。それで最近では離職者が多い。求人広告を出しても埋まらない。シルバー労働者を入れても定着しないのだ。允のクラスメイトで交際している逢見藍沙(おうみ あいさ)が文句を言う。  「最近じゃ、広東人民共和国製品ばかり多くなって、作りが粗雑よ」  「安いけど、すぐ壊れる。無駄遣いでやってられない」  「どうだい」  そこへ入ってくる品のある男。  「阿部院長!」  「そう引き締まるな。君達に協力を得たおからケーキ、好評だったぞ」  「またミネラルウォーターがなくなりそうです。赤字確実です…。『ドクターシェフ』、どうすればいいんですか…」  「元気を出せ。村田先生も気にかけているんだ」  阿部一郎・ウ゛ァルハラ市川総合病院長は笑顔で励ます。彼は東大医学部時代にレストランでアルバイトをしていて、食にも精通している。それで、彼の信念は『医食同源』、研究熱心故に患者には食事の指導を積極的に行うなどしていた。それで、陽一が協力している他、村田兄弟も一目置く。  「クラクラ病ですけど、どうですか」  「こちらも何とか応援が入っている。しかし、いつまで持つか…。二郎に心配はかけるわけにはいくまい」  二郎というのは阿部の弟で、村田兄弟の教えを受けた料理人である。つい最近までは喫煙していたが今は禁煙している。そんな阿部の顔を見て入ってきた少女。更に2人入ってくる。  「あっ、阿部先生だ」  「君とはこの前会ったが、この店の常連さんか。あさりちゃん、この前のレシピでどうだったかな」  「苦手なものが入っているのに、そう感じないからすごいですよ、院長」  「まずは君のお姉さんであるタタミちゃんの体力を戻す為なんだ。分かってくれ」  「院長ってお高く止まるような人じゃないんですね」  つぐみの彼氏である大嵩雪火(おおたか せっか、千代田大学・自然科学部2年生)が意外な表情で阿部に話す。  「まあな。それじゃ話にならないよ。おや、君とは2年前に会ったね」  「風邪の時にお世話になりました」  少女連れの若い青年が頭を下げる。笠間正宗といい、少女はコハルという。浜野あさりを姉同然に慕っている。  「ウ゛ァルハラがそれだけ、地元に密着しているんですよ。院長なんか、この市川に住み込んで市川の女性と結婚したじゃないですか」  「あれは偶然だ。私はコハルちゃんやタタミちゃんのような患者さんを放って見ているわけにはいかないんだよ」  ここで、話をゼーラに移そう…。  「はじめまして、いつも『週刊北斗』は読ませていただいていますよ」  「霞拳志郎です。あなた方の新聞はインターネットで見ていますよ。俺がクラクラ病について調べるきっかけはあなた方の報道からでした」  「『花舞』が営業を断念したことからですね」  霞拳志郎と握手を交わすのは相原徹、ゼーラを代表する日刊紙「サンライズタイムズ」の編集長である。なぜ相原と拳志郎が会うことになったのかというと、あのモンキー・D・ルフィの隣に住んでいるのがサンライズタイムズで風刺画を描いている漫画家で愛猫家でも知られている小島麻子だからだ。ルフィが小島に拳志郎の話をしたら相原のことが話題になり、拳志郎は相原と面会することになった。  相原の妻ルミが入れてくれた紅茶を美味しそうに拳志郎は飲む。拳志郎がクラクラ病について追及し始めたのはゼーラ屈指の老舗酒屋・石井酒造が地下水不足で営業を断念し、休業に追い詰められた事からだった。拳志郎は石井酒造の社長である石井寛治と面会し、CP9に工場が受け継がれて以来地下水が不足している事を聞かされたのだった。そして原因不明の公害がおきていることを知ったのだった。  「クラクラ病に関して、ゼーラ政府はどう対処しようとしているんですか」  「拳志郎さん、ムスカ首相ですが販売を禁止しようとしたのですが、財務省が反対したようです。理由は税制に穴が開くということです。更にゼーラ厚生省の幹部に不正な接待が行われているようです。それにルフィ君への嫌がらせ訴訟が起きています」  「嫌がらせ訴訟?」  「高額の慰謝料を請求して運動から撤退するよう迫るやり方ですよ。主に動いているのは藤堂真紀、CP9製薬の代理人です」  「それはひどい…」  「この藤堂はかなりのワルでしてね、以前クラクラ病の原因を追求していた山田幹太という船頭さんが痴漢の濡れ衣を着せられた際にCP9から買収されて山田さんが無罪を訴えていたのに対して罪を認めて執行猶予を勝ち取ろうと暗躍して罪を無理やり認めさせようとして対立し、弁護士を解任されています。結果山田さんは懲役1年ですよ。彼女の所属する弁護士事務所はCP9と独占して法的顧問契約を取り交わしており、推定で2億円と言われています」  「彼が無罪という証拠はありますか」  「あります。しかしいずれも何故か不可解なことに認められていません」  「デモ隊への監視はどうなっているのですか」  「とりあえずGINが牽制をしているので抑えられてはいます。軍部も手を出していませんしね。しかし、一部軍人が密告をしているようです」  「なぜですか」  「CP9の株主だからですよ。下がれば彼らには不利益でしょう。それもあって王室も厄介な連中だと頭を抱える始末ですよ」  そういうと相原はもうひとつの写真を持ってきた。  「これは…」  「市川市で最近、クラクラ病が流行しているのはご存知でしょうか」  「それは初耳ですね」  「同じCP9ですが主に化粧品を受託で製造しています。以前見学を申し入れたのですが却下されています」  「どうしましょうかね…」  「僕の知り合いで、菊地という親友がいます。彼にあなたを紹介しましょう。彼は市川市に住んでいます。本当だったらGINに知り合いがいるのですけどね…」  「それは心配していませんよ。高野広志CEOとコネクションがありますから」  ほっとした相原。実はアジア戦争で共闘関係にあった菊地英治、岩瀬健人、桑田福助とダンデライオンという同盟を結んでいる。健人を紹介してしまえばGINの機密がバレかねない危険性があったためだ。福助とのつながりは承知しているのだが、健人を紹介してしまえばそれこそ捜査に支障をきたす。  「スパンダムですが、トップクラスのジェネリック製薬会社を買収しようと暗躍していたようです」  「あのつばさ製薬工業ですね。この前デジキャピやオラシオンフィナンシャルグループ傘下のベンチャーキャピタル、富山の技術産業大学の教授が筆頭株主の花岡企画を買収したのはその対策だったのではないですか」  「僕もそう見ています。花岡拳社長はその対価の一部で経営破綻した名門百貨店の丸三を買収したようですね。CP9にとっては休日返上させても売上低下は止まらない、九州で唯一残っていた法人取引先の共同大学病院から打ち切られる始末ですね」  「ここはテレビがありませんね」  「帰国直後にあの全日本テレビを見てげんなりしましたよ。ハイレグ姿の天気予報には腹がたって、テレビの購入をやめました」  「私も主人も置いていませんよ。パソコンのモニターならありますけどね」  ルミが笑って答える。彼女は相原より一歳年下で、アメリカに留学したこともあり英語は堪能である。  「桑田くんと会いましたか?」  「会っていますよ。彼も過酷な過去を抱えているようですね」  「桑田先輩はあのアジア戦争で自ら先頭にたって戦った上、叱咤激励しています。私達は何度も励まされてきたかわからないほどですよ」  拳志郎は知らなかったがあの桑田福助も、高野広志も、強大な力を手にしており、その力で人々を助けてきた。そのことは機密事項のため誰も話すことはない。  市川市では…。  「先輩、どうですか」  中学生の少年がパソコンを組んでいる青年に話しかける。そう、あのウッソ・エヴィンである。なぜ彼がこの場にいるのかというと、青年に自作のパソコンを組んでもらう約束を果たしてもらうためだ。ウッソの父親であるハンゲルクは日本連合共和国の法務省事務次官補佐を務めている。母のミューラはGIN技術開発研究所に所属しており、実はアメリカの大手重工・ゼネラルアックス(本社・マサチューセッツ州ボストン)、モルゲンレーテ、東西重工と共同で核融合エンジンの開発に関わっているのだがこの事は機密故に口外出来ない。ウッソは両親の勤務先までは知っているが勤務先は第三者には全く話せない。  ウッソの愛犬であるフランダースの写真が待ち受け画面になっている携帯電話がチラリと見える。  「テレビチューナーもラジオチューナーもあって、ブルーレイディスクレコーダー搭載とは、まるでオーディオだな。まあいいけどね」  「しかし、いつまでも引き込もってばかりじゃいけないぞ」  「クロノクル先輩、それはまだ無理ですよ。というよりもネット副業で稼いでいるから外出しなくても問題ないんですよ」  青年の名前は佐藤達広。しかし、相当な引きこもりのようだ。その髪の毛は肩にややかかっている。クロノクル・アシャーは不安そうに話す。  「ネット副業で100万円稼ぐなんて…。おじさまも信じられない…」  「まあ、ネットって早い者勝ちだからね。俺の場合はアメリカの新聞を翻訳するサイトを立ち上げたためだけどね。それでまさかつばさ製薬工業が広告契約をかわして月間50万円、更にデジキャピがオフィシャルサイトを月50万円で契約してくれた、クルークが独占して記事使用の契約に30万…。130万円荒稼ぎ…」  「しかし、ニューヨークデイリージャーナルから文句は来ないのかしら…」  「俺は許可を得ているんだ。問題ないさ」  そう言うと達広はパソコンのケースを閉める。ちなみにこのパソコンはホライゾンコンピュータの10年前の商品でゴミになっていたものをウッソと達広が見つけて拾い、ネットでマザーボードなど格安の部品を入手して最新機種に改造していたのだ。  「ウッソの次は私のパソコン、お願いできます?」  「いいさ。まあ、昨日君と一緒に歩いていたら粗大ごみで出ていた本体を手に入れたこともあるしね。君が何に趣味を持っているかによってソフトにしても集めるものも違うけどね」  シャクティ・カリンに言うと達広は目を閉じた。この自作パソコン作りでも達広は3万円稼いでいる。オデロ・ヘンリーク、エリシャ・クランスキー(オデロの彼女)もこのパソコンにすっかりハマリ、テレビより愛用するほどだ。トマーシュ・マサリクが絶賛したこともあり、「エンジェル・ハイロウ学園」の教師たちからも予約が入るほどだ。  「クロノクル先輩は今日はどの用事できたんですか」  「ギラ先生のパソコンだが、いつ頃できそうだ」  「明後日には引き渡せそうです。本体の実験が明日には終わります。後はフリーオフィス2100とクルーク日本語入力をインストールすれば終わりですよ」  剣道部顧問のワタリー・ギラがパソコンを注文した際、達広は剣道の用語を一つづつ聞いていた。それは使う人にあわせてつくるべきだという考えゆえだった。音楽担当ののルペ・シノには音楽関連ソフトを揃えたのもその関係である。  「そうだ、これは君の好物かもしれないが、学園内の売店で売れ残ったおにぎりだ。残り物に福ありというだろう」  「ありがたい、いただきます。それとスージィちゃん、大丈夫ですか…」  不安そうな達広。以前、クロノクルに連れられて遊びに来ていたスージィ・リレーン(9歳)がクラクラ病にかかってしまった。しかも、エステル・チャバリは金がない。そこで彼女のパート先の売店のオーナーのファラ・グリフォンがルペに掛け合い、つばさ製薬工業遺伝子治療研究プロジェクトの実験体のサンプルの一人になることを条件に格安でルペの交際相手であるアルベオ・ピピニーデン博士が治療することになった。ちなみにアルベオはミューラとも知り合いであり、ウッソの家庭教師もしていた。  「それに関しては大丈夫だ。つばさ製薬が出資するほか、ヴァルハラ市川総合病院も協力してくれる」  「しかし、カテジナ先生が話していましたね、『荒んだ心では技術は危険を招く』と…」  「それは確かだ。アインシュタインの相対性理論は核兵器を生み出す一方で医療などで原子力は大いに貢献している。本当にこの状況がいいのか、私達は考えなければならないものだ…」  玄関のチャイムが鳴る。達広は玄関に出る。  「おう、ついでに材料購入してきたぞ」  「聖也兄ちゃん、サンキュ!」  長髪の男が綺麗な女性を引き連れて入ってくる。達広の親戚で、つばさ製薬工業系列の薬品問屋・スコーピオン東京薬品販売の社長を務めている上条聖也とその妻の沙耶である。  「久しぶりだな、聖也」  「クロノクル、パソコンのコンディションはどうだ」  「彼の組み立ててくれたパソコンは安全に動いているさ。カテジナのパソコンだってこの前故障したら直ぐに修理にきてくれた。本当に近所のパソコンショップだな」  聖也は達広のパソコンの師匠である。自作パソコン制作からプログラミングなど、パソコンに聖也は精通しており、小さい頃から達広はパソコンに親しんでいた。  「今度、石川君のパソコンを作らなくちゃいけない。共通で部品を入手するつもりだから注文を聞いておきたい」  「そうだ、あの『ビューリン』はどうなっているんだ」  「クロノクル、俺はあの代物については販売禁止にしているが、CP9のネット販売がある限りとめられない」  クロノクルに苦々しい表情で答える聖也。最近では関東連合で化粧品ビューリンが販売されているのだが依存性が極めて強く麻薬のような化粧品として批判されていた。それでも関東連合は販売を許可していた。しかもそのビューリンを販売しているのがCP9の子会社であるヘデア・ジャパンだった。  聖也は危険性を知った段階で販売を中止したが、CP9はキャッシュバックキャンペーンを繰り返してきたため、この化粧品ははびこっていた。そこへチャイムがなる。  「はい、佐藤です」  「ウッソ君から話を聞いてここに来たの。パソコンの組み立てお願いできる?」  その声を聞いて驚くのはウッソとシャクティ。  「大林さん!?」  「あら、二人とも学校の帰り?」  「そうですけど、大林さんはどうなんですか」  「仕事よ、仕事の後にラクロス同好会なのよ」  大林恵子は笑顔で答える。彼女はヴァルハラ市川総合病院に薬剤師として勤務しているのだ。スポーツ根性が非常に強く、頑張り屋である。  「井尻さん、どうですか?」  「支援者が面会に行っているけど、あまり芳しくないわね…。容疑を認めていないから拘留期間は延長されているわ」  シャクティは沈んだ表情だ。実は彼女は井尻パンのファンで、先頭に立ってマイクロバスを改造した販売車に乗って販売していた井尻三郎社長とは顔見知りなのである。井尻は従業員思いの熱血漢で、クラクラ病の原因がCP9の杜撰な排水であることを突き止めて訴訟を起こした直後に無許可でデモを起こした容疑で逮捕され、それ以来冤罪を押しつけられていた。シャクティは隣人がカメラマンの息子である川上真一だった事もあり気に懸けていたのだった。  その頃…、東京の赤坂では…。  手元のホライゾンコンピューターのノートパソコンを操作している長谷川理央。  「ククク…」  パプテスマ・シロッコの嘲笑が響く。ホライゾンコンピューターを利用して次は自身が事実上傘下に収めているセラミックキャピタルを使って匿名ファンドによる水面下で株式大量購入だ。  「ゴリラが出てきたのは間違いない。ならば、ゴリラに喪黒を売るかな?」  「構わない。とにかく、しばらく俺は白を切るさ」  「復讐計画は着実だな、理央」  「お前の計画に俺も賛成したし、うちのトップには事情を説明して理解を得た。後は堂々とやるだけだ」  すでにリブゲートの新たな役員は集めた。後は確実にリブゲートの筆頭株主になり、株式の公開買付だけだ。シロッコは人生を狂わされた組織への復讐を果たす為に動いていたのだ…。  この計画はあのスクラッチ・エージェンシーも協力していた。だが、このことはごく一部だけが知っていた…。  「なるほど…。本多さん、CP9内部に潜り込んでもらってこれだけの証拠が出てくるとは…」  「私も茉莉もできうる事は協力する。これだけの写真や液体の回収には手間がかかったがね。後は川崎研究所で解析をお願いするがな…」  ここは松江にある「岩瀬アニマルクリニック」。  院長の岩瀬健人(本業は獣医)は本多篤人から資料の入ったカバンを受け取る。本多は表向きはCP9の動物向け薬品の営業職を務めているのだが、その本性はGINゼーラ支部の潜入捜査官である。かつては過激な左翼テロ団体を支持していたのだが今はテロを憎み、GINに加入していかなるテロを打ち砕こうと活躍している。  ちなみに本多が言う川崎の研究施設はGINの化学研究施設で、細菌テロ対策を中心に薬害・公害対策にべらぼうに強い。ちなみにその施設を運営している責任者が真部宏、その部下が燈馬想(とうま そう)といい、15歳でMIT数学科を卒業した若い研究者である。健人とは知り合いなのだが、人付き合いが苦手な欠点がある。唯一理解しているのは同い年の水原可奈と真部の部下だった神奈川県警の捜査一課警部にして可奈の父・幸太郎である。  この真部には協力者がいる。親友で東西新聞・神奈川支社長の梶三郎である。彼と妻でヴァルハラ横浜総合病院の看護師の悌子、そして部下で実の娘の夕顔とその夫の真部浩一が真部に協力している。ちなみに浩一は真部と妻の八重子の息子である。  「茉莉が君の婚約者の協力を得ているおかげで助かっているよ」  「あれは当然ですよ。彼女は大変でしょう」  「一応、姓を早瀬にしてもらっているが、本当はそれではいけないのは確かだ。茉莉はそのことを望んでいない」  早瀬茉莉は父の本多の行動が原因でいじめられていた。そんな彼女をかばうべく、本多は偽装離婚した。だがGINに加入した後は茉莉も協力しており、先輩で健人の婚約者・北原美也のサポートに入っている。普段はゼーラ自治省の窓口業務担当である。  「しかし、君達が活躍してくれたお陰で私は救われた思いだ…」  「僕らだけが戦ったわけじゃない。あなたが左右問わずにアジア戦争でテロリスト達に立ち向かうよう呼びかけたからゼーラは輝きを放つ国になったじゃないですか」  「それは桑田くんもだな。テロに屈するなと叫んだ事がきっかけで若者たちが結束した。それ故にEP党を引き継いで進歩党に改組したじゃないか」  そこへ入ってきた初老の男。警視庁に勤務していた松本清長である。そしてやわな表情の男が後に続く。  「松本さん!!お久しぶりです」  「いや、久しぶりだな。かつては敵と味方だったが今はGINの仲間としてだが…」  「金田一から話は聞いていたけど、いい人ですね。俺、千家といいます」  「本多です。薬害に関係した捜査官ということで…」  「俺がGINに加入したのは妻が実験薬で薬害に遭遇してしまい死ぬ寸前を高野CEOが救ってくれた上、薬害関係者全員を逮捕して厳しい正義の裁きのもとに送り込んでくれたことがきっかけです。俺の熱意をCEOは『その熱意で人々を闇の世界から救い出せ』と励ましてくれて…」  「あれは当然じゃないか。わずかでも可能性があるなら、彼は全力を尽くす。だから金田一君や工藤君もGINに加入したわけだ」  千家貴司はGINゼーラ支部の事務職だ。ちなみに彼は愛する人の命を救ってくれたことに恩義を覚えており広志を尊敬している。  名古屋郊外…。  その地にその夫婦は住んでいた。妻は若手のピアニスト、夫はピアニストだったが今は薬剤師の資格を持ったMR、そして彼らの取りまとめ役である部長としてつばさ製薬工業で活躍していた…。  「お帰りなさい」  「死ぬ気で弾いているピアノの練習中にすまないな」  佐伯零が戻ってきた。高校時代の同級生でドイツにピアノ留学した妻・恭子が食事の支度に入る。二人は高校時代ピアノでライバルだったが、零は薬剤師になることを決め、それから付き合って2年前に結婚したのだった。  「どうだい、お腹の子供は」  「順調みたいね。どうなることやら」  「顔も中身も君に似ているといいのだがな」  「あら、あなたそっくりかもね」  「俺は醜いものさ。まあ、その分負けず嫌いだけどね」  バッハのカノンを奏で始める零。仕事を離れるとピアノを好むのだ。独身時代恭子とデートした場所がピアノのあるバーばかりだった。  「大変みたいね。どうやら会社の買収にCP9が絡んでいたみたいで」  「ああ。醜いものだから、これは墓場まで持っていかせてくれないか。薬膳製薬の従業員がかわいそうだ」  というのは、薬害で売り上げが低下していた薬膳製薬にCP9は救済したいとして買収を持ちかけた。そのかわり、工場を廃棄するという条件が付いていた。この事に従業員は反発した。そこへつばさ製薬工業が債権を買い取った上で従業員全員の雇用を維持する好条件で買収を決めたのだった。零は系列の藤崎製薬で副社長を務める藤崎卓也と一緒に買収交渉に当たり、従業員も納得の条件をそろえて戻ってきたのだった。  そこへCP9が元ボクサーでTBOXなる衣料品チェーンの経営者でもある花岡拳の個人資産管理会社・花岡企画を買収しようと暗躍した。この会社はつばさ製薬の株式20%を有する大株主だったのだが、花岡らは憤慨して買収提案を拒絶、デジタルキャピタルや金上鋭率いるオラシオンフィナンシャルグループなどに資本参加してもらい、買収を阻止したのだった。その交渉はへとへとになるほど酷かった。あの上城聖也、つばさ製薬工業のトップセールスマンである的場遼介が加わって資本参加交渉を行った結果、ようやく30%の出資を得ることで合意したのだった。  「今度、川崎のオーケストラに出資することになったじゃない。私も協力するわよ」  「ありがたい。あのメンバーがびっくりするだろうね」  「それほどあののだめちゃんってあくが強いの」  「ああ…。野放図そのものだからな」  その頃、川崎では…。  「これ、ダージリンティーですね」  「ああ。スコットランド王朝の御用達のB級品を使っているんだ。見た目は悪くても味は変わらないからね」  広志は笑いながらチェスの駒を置く。相手は白髪のピアニストのアンソニー・エバンス(英国屈指の腕前で、日英両国では彼のコンサートになると必ずチケットが完売するほど)である。  「君を相手にすると怖いものだ。どこから攻めてくるか分からないからさ。君は絶えず牙をいつも隠している」  「そんなことはありませんよ。困っちゃいますよ」  「おはようございます。CEOは非番ですか」  「ああ…。食べてきたのか」  「すでに終わっています。のだめがもうそろそろ来ます」  「あなたたちの分の紅茶も入れなくちゃね…」  リンダ・エバンス(アンソニーの妻)が紅茶を入れ始める。千秋真一は頭を下げる。  「オーケストラのほうだが、佐伯恭子を良く招いたね」  「大学時代の先輩を通じて交渉した結果です。まさか佐伯さんの奥さんだとは知りませんでした」  「だが、これでリブゲートのオーケストラからの引き抜きはできにくくなった。だろう」  「ほっとしましたですぅ…」  「あら、のだめちゃん」  久住美紅がにこりと笑う。野田恵が入ってきたのだ。  「皿洗いと洗濯が終わったですぅ…。先輩、オニですぅ」  「昨日は俺がやったんだ、それぐらいやってくれよ」  「確かに。だが千秋君も信頼されているんだよ」  広志は優しく真一を諭す。真一と恵は当番で家事をしており、今日は真一が掃除、恵が洗濯と皿洗いだ。最近では徐々に恵も料理できるようになってきている。恵は下着も含めて任せっきりみたいなところがある。  「今度、有楽町にあるグストー・東京に行かないか?実は修行で一人入っているんだ」  「行きますよ、俺はフランス料理にうるさいですから」  ルノーのメガーヌの鍵を取り出す真一。自他共に厳しい完璧な反面、面倒見もいい好青年である。広志が非番の時にはよく一緒に料理をつくって楽しんでいる。また、顔には出さないがむっつりスケベな一面も一緒である。  そして翌日の市川…。  「ふぁぁぁぁ…」  19歳になったばかりの佐藤は大きなあくびをしてベッドから起きあがった。今日は通信制の高校の月何度かの実習教育だ。なので面倒くさい。炊飯ジャーのご飯は出来ている。そこで佐藤は適当に冷蔵庫を開けておかずをとって食べる。  「とりあえず、ネット副業で昨日も15万円か…」  彼の周囲からは「もっと外出するよう」勧められていたのだが、佐藤にはそんな気持ちはない。中学生相手に数学教室を開くなど、頭は非常にいい。生物にも精通している為、高校での担当者である菊地英治から大学進学を勧められている。  だが、対人不信の強い佐藤には辛いことだった。心の傷を乗り越えるだけの強い心が彼にはいまはないのだ。中学部ではマラソンでトップだったのだが、家庭環境がすさみはじめると同時に、彼は不登校になってしまった。かろうじて通信制の高校に通うまで回復はしているのだが、本当の回復とは言えない。  「せめて高野広志みたいな闘志が俺にあれば…!!」  その時だ。玄関先で何かが倒れるような音がした。佐藤がドアを細めに開けたときだ。  「うう…」  美少女がしゃがみ込んでいる。  「おい、中原、大丈夫か」  「ゴメン…。何か痙攣しちゃって…」  市川市に住んでいて、なぜか佐藤と気が合うのは中原岬だ。普段は元気で、いつも佐藤の家に上がり込んで家事洗濯をこなす1歳年下の元気娘なのだが、その彼女の痙攣が激しい。  「生理なのか?」  「ううん、いつものペースじゃない…」  「まずいな、電話するから休め!」  「ううむ…。怪しいで、こりゃ…」  ちょっと太り気味の医師が厳しい表情で話す。  「伊野先生、これは…」  「クラクラ病の可能性は否定できへんですな…」  「クラクラ病…!!」  伊野治は厳しい表情で話す。伊野は普段は日本中のヴァルハラ病院を回って後進の指導に回っている外科医で、たまたま休日を縫って育ててもらった市川のヴァルハラで無償診察をしていた時に佐藤に連れられてきた岬を診察していたのだ。  「相馬さん、頼みがあるが後の患者君に任せるわ。大竹さん、相馬さんをフォロー頼むで」  「分かりました、鳥飼先輩にも応援頼みましょうか」  「そうしてくれや。初期段階で発見出来たからまだましや」  伊野の診察方針は徹底して患者と向き合うことだ。研修医の相馬啓介は「神の子」とあだ名されるほど優秀なのだが伊野の評判を聞いて、懇願して伊野の下で学んでいた。この伊野は研修医を育てることにも強いのだ。大竹朱美(看護師)は相馬と一緒に早速隣の部屋に入った。  「なぜクラクラ病が市川ではやっているんですか、週刊北斗の報道が他人事かなって思っていたのに…」  「他人事なんかやない、これはあのCP9の工場がある地域で共通している…」  「本当ね…、これはクラクラ病の初期段階ね…」  「りつ子さん、相馬さん隣に入っとるから診察のフォロー頼むわ」  「いいですわ、あなた大丈夫よ、伊野先生は本気で病気と闘う先生よ」  不安そうな岬に鳥飼りつ子は声を掛ける。彼女がヴァルハラ市川の外科部長である。ちなみに彼女の母親であるかづ子は伊野の執刀で初期ガンを克服している為、彼女は伊野を「神様先生」として慕っている。ちなみに伊野以来昼夜問わずに診察を行うようにしていた為、ヴァルハラ市川は24時間営業体制になっていた。  「伊野先生…」  「大丈夫や、初期の段階で発見できたんや。大林さん、彼女への処方箋を渡すわ」  きびきびした女性が動く。ネームプレートには「ヴァルハラ市川 薬剤師 大林恵子」と彫られている。  「彼女は以前、ドラッグストアで働いていて体調がおかしくなっていたんよ。そこを治療してそれ以来この病院で働いておるんよ」  「クラクラ病が治ったらラクロスをしようね」  優しい表情で恵子は岬に声を掛ける。彼女を治療した直後に、勤務先のドラッグストアが自己破産してしまい、そのまま伊野の推薦もあって彼女はヴァルハラ市川の薬剤師になったのである。伊野の机には伊野と子供達の写真がある。更に鋭い目つきの青年と伊野、ショートカットの女性が笑顔で写っている写真もある。  佐藤達は知らないのだが、伊野はあの黒崎高志を養子として迎えているのだ。それには理由があった。詐欺の被害で無理心中を父親がはかった結果、黒崎一人だけが生き残った。そこで、伊野は自ら養子として迎え入れ、必死になって守り抜いた。そして、黒崎が吉川氷柱と婚約した際には何よりも喜んだ。  「佐藤くん、あまり外に出えへんやろ」  「そ、そりゃ…」  「顔に出ておるわ。まあええよ、メール交換しよか」  佐藤にとって、伊野と出会ったことは大きな運命の転換期になろうとしていた…。そのことは誰も予感しなかった。 2 絆・輝き・時代  その2日後の銀座・美食倶楽部…。  「そうか…、お前が関与したあの二人の麻薬服用者は江ノ島にある治療施設で治療を受けながら学生生活とボランティア活動に従事する刑罰が下ったわけか…」  「さすがに俺でも塔和大学にはいさせる訳にはいかない。だが、通信制なら千代田大学がある。千代田大学に転学してもらい、CSで勉強しながら、児童養護施設で子供たちの勉強の支援をさせるよう陣内が命じたんだ。規則ある生活の中で彼らの更生を図るしかないとの事だ」  「それならいいが…」  黒杉輝と恩田ヒロミツの二人に対して陣内隆一は大学を一度退学させた上でボランティア従事を言い渡した。山岡士郎はほっとした表情で鋭い表情の男が握る白い磁器に目をやる。  「ほう、これがあの韓国で復活した李朝白磁か…」  「ああ…、義父はこれを見て感激のあまり涙していたほどだ」  「韓国人と間違えそうなほどだな、金上」  「ハハハ…、お前こそロシア人に間違えられそうじゃないか。お前ほどじゃないが、お前にはハングルだけでは負けないぜ」  「確かに言える、金上」  広志と緑茶を嗜みながら笑い合うのはあの金上鋭、日本最大のネット証券「オラシオン証券」を中心にした金融グループ『オラシオンフィナンシャルグループ』を率いる若い実業家である。  「貴様らは相変わらず親しい間柄だな」  「雄山先生、今回の作品はどうでしょうか」  「ああ、ようやく本来の李朝白磁に近づいたといったところか…、まあ、精進せい」  「恐れ入りました」  金上は海原雄山に頭を下げる。この金上、雄山やその息子である士郎(東西新聞社社会部部長)、広志には恩義を感じている。士郎とは東西新聞社の同期で士郎は社会部、金上は経済部で互いに足りない箇所を補足しあう関係だった。その後、雄山と士郎の対決に巻き込まれながらも金上は後輩の栗田ゆう子(後に士郎の妻になる)と一緒に両者の和解を取り持とうとした。その際に協力してくれたのが広志だったのだ。そして金上は雄山に弟子入りした。金上の努力を雄山は高く評価しており、厳しく叱ることはある意味では期待の裏返しでもある。  更に和解後に金上は韓国の経済部に駐在する事になり、そこで韓国屈指の家電メーカー・大韓電工会長の朴民友(パク・ミヌ)と知り合い、アジア戦争のイムソムニア残党によるテロからとっさの判断で命を救ったことがきっかけで朴会長の末娘のミナ(金上より一歳年下で日本にも留学していた)と結婚することになったのだが、父親の金作と母親の悦子の反対に遭遇した。だが、三人が金上を後押ししたことで金上は自らの信念を貫き通して結婚した。その直後に実家の証券会社が大手地方銀行の経営破綻に巻き込まれて経営危機に遭遇した。見かねた金上は義父の朴と共同で地方銀行の受け皿を作ると同時に証券会社の経営権を買い取ってネット証券にして、その後地場証券会社を次々と買収してネット証券を中心にした総合証券会社にした。『名よりも実を取る』徹底的な合理主義で、会社の本拠を川崎から武蔵國・川越に移したのも震災対策や税制対策もある。更に中小ホテルの経営支援にと韓国の中小ホテルチェーンと合同でホテルプレミアハイアットチェーンを立ち上げた。このホテルチェーンは加盟料100万円を納めて経営指導を受けることでブランドの利用が認められるわけである。すでに東京羽田、成田、福岡、札幌、神戸、釜山、テグ、仁川、横浜の旅館が加盟し、閉鎖されたホテル跡地に入店し、さいたま、奈良、ソウル、浦項、クワンジュにも開業が確定している。  「ところで、昴と美佳はどうじゃ」  「二人共ミナからハングルを学んでいますよ。恐らく、私より成長しますよ」  「貴様がまだそんな年とは思えぬがな」  雄山はニヤリという。金上は最近全日本テレビで上級ディレクターを務めていたディートハルト・リードをスカウトしようと動き始めていた。あのルルーシュの側近であることを承知の上で、金上はスカウトを決心した。因みに金上たちがいる茶室は雄山と士郎の和解後に士郎が雄山の趣味に合わせて贈ったものである。  「西門、準備を行うがいい」  「かしこまりました」  気品のあるような顔つきの青年が抹茶を入れる。彼は西門総二郎(にしかど そうじろう)といい、茶道(表千家)の家元の修行のために雄山の弟子になったのである。  「凌駕君の修行はどうでしょうか」  「あ奴は以前別の料理店で経験があったようじゃ。真綿が水を吸い込むように確実にこなしておるぞ」  「それは良かった…」  伯亜凌駕は雄山の教えを受けながら修行中だった。もともと彼は割ぽう料理店でアルバイトをしてきて、専門学校でも優秀な成績を収めた。それもあって雄山は徹底的に仕込んでいたのだ。  「貴様には何をやらせても貴様は確実にこなす。だが、その性格がある意味災いをもたらしかねんぞ」  「承知の上。欠点がないことが欠点と承知です。ところで極亜テレビだが、どうなんだ。最近東西新聞社と資本提携したが、影響はないのか」  「それは、心配ご無用。お互いに干渉はしない。だが、メディアスクラムだけはしないと決めている。記事の相互配信はその一環だ。アメリカのメディア王トレパー・コドラムと共同で名門新聞のニューヨーク・デイリータイムズの日本語版を出したのは東西新聞社とは関係はない。元々の提携関係を生かしたまでさ。お望みなら相互に配信の提携をかわすよう話を持ちかけるし、WNNへの加盟に関しても協力するさ」  「貴様はもともと他人の恥を商売にすることを嫌っていたからな」  「この前キムチを持ってきた際に話をさせてもらいました。私はあの放送局を買収した際にワイドショーをやめて、ドキュメントや格安の製作費で出来るドラマなどに切り替えましたよ」  「それでよくアナウンサーが入ってくるな」  「最近、一人接近してきたアナウンサーがいる。ミレイ・アッシュフォードだ」  「あいつが?」  「極亜テレビに入社した河合みち子の大学時代の後輩でミレイの婚約者のロイド・アスプルンド(京葉大学技術学部講師)の頼みだ。さすがにコネでは入れられないと断ったがね」  「さすがに金上さんだ。実力を重視していますね」  「まあ、生あるものはいずれ後進から追い越される宿命だ。貴様も追い越される覚悟はあると見た」  「同感です、私は私を凌駕する才能の架け橋になりたいだけですよ」  広志は目を閉じた。10年前、初めてテックセットしたあの瞬間が思い出される…。  4月末の警察軍大学付属川崎高校…。  「魁、こっちだ!」  「ああ、任せろ!!」  広志の大声に素早く動き出すのは小津魁。広志の右足から放たれたボールは魁の足元に確実にパスとなってつながる。3対3のサッカーをしていたのだった。魁はシュートを放つも茂野吾郎によってボールははじかれる。山崎由佳が微笑む。実は彼女、広志たちより一切年下なのだが飛び級で警察の軍隊的組織に昇格した国際警察軍の日本における高校、つまり警察軍大学付属高校に進学しているのだ。広志たち三人は一般で入学し、魁はスポーツで合格した。とはいっても彼も結構慎重に考える性格なのだ。  「クソーっ!」  「諦めるな!!」  大柄な少年がボールを追いかける。山田太郎だ。吾郎、眉村健、佐藤寿郎の三人と警察軍大学付属川崎高校に入学し、野球部をたちあげていたのだった。  「ヒロ!!」  「OK!」  太郎のはなったパスに反応した広志の右足から放たれたシュートは綺麗なカーブを描きながら吾郎の守るゴールネットを突き刺していた。呆れ果てる眉村。野球部では吾郎とダブルエースであり、認め合う間柄でもあった。 「ヒロ、お前なにもかも規格外すぎるな」  「まあな…」  「睦月、ちょっと応援に入ってくれないか」  「ああ…。バスケと同じ感覚でな」  シャツの袖をまくった少年が立ち上がる。上城睦月で気が弱くあまり争いごとを好まないバスケットボール部のエースだ。  「じゃあ、彼にも入ってもらおう」  「ああ、ちょうどいい」  そう言うとオレンジに近い髪の毛の少年が入ってくる。叶恭介という。魁とサッカー部でコンビを組んでおりゴールを量産する関係にある。ちなみに恭介と睦月、恭介の所属するサッカー部のマネージャーを務めている辻脇美紀の担任がデヴィッド・ケインで、かつてソウルの世界柔道選手権で優勝した経歴を持つ教師である。  「私も入れてよ」  「清水!」  「いいじゃないか、誰か入るか!?」  広志の掛け声にポニーテールの少女が立ち上がる。久住美紅だ。清水薫、由佳、山中望美、水羽楠葉、水島エリとは親友でもある。  そんな光景に複雑そうに眺める女性。  「不動くん、彼のテックシステムを発動させねばならないのは避けられない…」  「早すぎます!イムソムニアによる奇襲はまだここまで及んでいません!!それにこれ以上テッカマンの補強を重ねると無茶じゃないですか、彼を兵士にするなんてとんでもありません!」  「いくら戦力があっても今は足りないのが状況だ」  「そんな…」  マーフィー・クルーガー警察軍大学付属川崎高校校長は厳しい表情で不動ジュンに話す。ジュンは広志の担任であり、実はテッカマンチームの一人であった。  「彼にネオクリスタルを託し、テックセットするよう促すしかない。イムソムニアは我々の想像を絶するテロ集団だ。ましてや彼は…」  「それでは、彼にとって残酷な未来を歩ませることになります!!」  「それしかないのだ。彼がデザイナーズチルドレンであることは彼ですらも知らない。だが、いずれその事実を知ることになる」  「残忍すぎます…」  「不動くん、すまない…。最近のテロリストの動きがひどくなってきたのだ。我々も手をいつまでもこまねくわけにはいかない」  「早見警部、何とかならないんですか」  「僕の手でも何とかしたいのだが…。力が…!!」  不動ジュン、彼女のおじが警察軍の有力幹部の明のコネもあって、警察軍大学付属高校に赴任したわけだが、その彼女でも嫌がるのが正体不明のテロリスト・イムソムニアだった。彼らは狂信的なテロを繰り返していた。16年前には飛行機の墜落事故を起こしている。そのために多くの命が奪われてしまったのだ。  「彼らの目的が何なのか、我々には分からない。民族、宗教、そうした壁を越えたテロリズムに対応できる人材を我々は育成する機関でもあるのだ…」  「分かります。でも、彼はまだ早すぎます!」  「責任はこの俺が背負う。そのための上司なのだからだ」  その瞬間だ。学校の体育館周辺で爆発が起きる。  「何があったんだ!?」  戸惑う眉村。  その時だ、異形の生命体が周辺を飛び交う。そして現れた男。  「とうとう見つけたぞ…、我らが宝石…」  「南城!!」  驚くジュン。教育実習生の南城はクリスタルを取り出す。  「我らイムソムニアに目標達成には手段は選ばない。我らが元に来い、嫌なら死ね、高野広志!テックセッター!!」  「みんな、逃げて!!」  ジュンは広志たちの前に立ちふさがると逃げるよう叫ぶ。南城の体から禍々しい光が放たれるとそこに現れたのはどす黒い体の異形の兵士である。  「やれ、ラダム兵!!」  その命令と同時に生命体は一気に人々に襲いかかる。  「あなたはテッカマンドルバローム!!」  「この前の女テッカマンとは貴様か…!始末してくれる!!」    「この、どけ!!」  広志は11人をかばいながら長い棒でラダム兵に抵抗した。しかし、生命体は次々とおそいかかってくる。  「ヒロ!!」  「誰がやるんだよ、虎子を得るなら虎穴に入れというじゃないか!!」  広志は全面に出るとラダム兵相手に抵抗するも、後から後から襲いかかる。警察軍の兵士たちが広志たちを救おうとするがラダム兵は彼らの予想すら超えて襲いかかる。ドルバロームと戦っているオリオール(ジュン)が叫ぶ。  「クルーガー校長、テックセットを!!」  「分かっている!だが、時間を俺にくれないか!!」  そういうとクルーガーは広志にクリスタルを取り出す。  「この状況を乗り越えるには、君に決断を求めるしかない。君にある選択肢は二つに一つ、戦って倒すか、黙って殺されるか…」  「そんな…!!」  「君には持っている力がある。その力は人を救う力にもなると同時に人を支配し恐怖で苦しめる力にもなり得る」  クリスタルから強烈な光が放たれると広志にその光は集約されていく。  「本来ならば俺は君を戦いの場に送り出したくなかった…。だが、決断を余儀なくされた以上、君を支えると約束しよう…」  「どうすれば、いいのですか…」  「テッカマンアトランティスとして、変身して戦うしかない…」  「そんなバカな…!ヒロにそんな力があるなんて!?」  「君は我らが最後の希望だ…」  広志は決断を迫られているとわかった。こうなった以上、下すべき答えはただひとつだ。怒りで拳を握りしめ、向かうべき敵を睨みつける。  「やるしかない…」  「ヒロ…、イヤよ、戦いに巻き込まれるなんて!?」  「誰がこの状況を守るんだ!これ以上、みんなが傷つくのを黙って見てはいられない!!」  「よく言ってくれた!変身するにはこのネオクリスタルを掲げて『テックセッター』と叫べばいい。テックシステムを規制するボイスキーが解除され、緊急戦闘モード『アトランティス』が発動される!!」  美紅は広志が前に出るのを止められなかった。  「クルーガー校長はみんなを!俺は…、俺が守るべき人たちを守ります!!」  「ムッ…!!」  ドルバロームは広志が駈け出したのを見て驚く。  広志は利き腕である左腕で握りしめたネオクリスタルを前に掲げると力強く叫ぶ。  「俺はこの世界を守るために、生ある者たちのために戦う!テックセッター!!」  その瞬間、クリスタルフィールドが展開されたかと思うと広志の外装に機甲が組み込まれ、背中に20本の翼が展開していく。魁や眉村は驚きを隠せない。  「なぜあいつがテックセットできるんだ!?」  「校長、一体これは…」  「彼はオーバーテクノロジーを体に組み込まれているのだ…。アトランティスは彼によって命を吹き込まれた…」  「クルーガー校長…」  「もう、我々は後戻りが一切許されなくなってしまった…!!」  「どういうことなんですか!?」  戸惑いを隠せない太郎。そして、クリスタルフィールドの中から現れた雄々しきトリコロールの戦士が襲いかかるラダム兵を一振りの剣を左腕で一閃させて滅する。テッカマンアトランティスの誕生だった。アトランティスは両利きの腕前を利用し、縦横無尽にラダム兵を打ち砕く。  ドルバローム相手に苦戦するジュン。広志が代わる。  「お前達の為に俺の同級生たちが傷ついたんだ、不動先生に代わって俺が相手だ!!」  「目覚めたばかりのひよっこが!!」  「ならばやってみろよ!!」  激しい怒りをむき出しに広志は猛攻を開始する。広志アトランティスの両腕からチェーンがとび出すとドルバロームに襲いかかる。それらはドルバロームの動きを拘束する。  「離せ!」  「行け、ボルトショック!!」  広志の腕から放たれた高電圧の電流がドルバロームに電気ショックを与える。焦ったドルバロームはボルテッカを放つ。  「こいつ、ボルテッカ!!」  ボルテッカは広志めがけて襲いかかる。だが、そうは行かない。広志はボルテッカの前に立ちふさがると咆哮する。そしてボルテッカをかき消していた。  「何、ボルテッカがかき消されて!?」  「こんなものか…!!」  広志の怒りに満ちた声が響く。  「く、来るなぁ!!」  「お前は絶対に逃さん!エクスカリバー、発動!!」  広志は剣にエネルギーを流しこんでいく。銀色に輝いていた剣はその輝きをさらに増している。剣をバックストローク状態に構えると向かいざまにドルバロームを斬り捨てる。切り捨てられたドルバロームはまばゆい光に取り込まれて断絶魔の叫びを残して消えていく。  「ハァハァ…」 ----とうとう、一線を越えてしまった…!!  広志は厳しい表情で剣を収める。  「高野君…、済まなかった…。あんな辛い決断を強いてしまった我々を憎んでくれ…」  「…」  「怖いのか…」  「いえ、怖いことよりも、憎しみに取り込まれそうな自分が怖いんです…。地獄を歩む覚悟はあります…」  「恐れは邪心につながる。 恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは苦痛へつながるものなのだ…。その怖さを知っている君なら、この力は使えると確信した…。君なら、この力を正しい方向に導くことが出来る。そのやさしさと強さで、多くの人々を救う光になって欲しい…」  「俺は、アトランティスを平和の砦の守護兵として用いると誓います。憎悪から人々を解き放つ希望の光として…!!」    その光景を眺めていた青年が携帯電話を取り出す。  「もしもし、親父、とうとうあいつが目覚めちゃったぜ…。そう、じゃあ親父が久住さんちで話をするってことになりそうだな…」  青年の名前は遠野ケンゴ。父親は行、母親は啓子で、広志の養父母である久住智史・香澄夫妻とは家族ぐるみの付き合いだった。それもそうだ、アジア戦争の15年前にあった三十年戦争で共に戦った仲間だった。だが、ケンゴも広志も美紅も知らなかった、広志が人類初のデザイナーズチルドレンで、その才能故に翻弄されていくということを…!!  「院長、実は三人面接を申し込んでいる方がいます」  堀江烈ヴァルハラ千葉ニュータウン病院院長は薬剤師の浦和良の訪問を受けていた。  浦和はゼーラ帝国首都のキングノア出身で、外部からいい研修医を招く才能も持っている。  「そうか。で、どこからでどのルートからだ」  「あのサザンクロスです。二人は現役の外科医と正看護師、もう一人は僕の知り合いでもあり研修医です」  「なるほどな。まあ、面接はする。問題はヴァルハラ千葉ニュータウンのレベルアップになるか否かってところだよ」  「ひょっとして、その娘、俺の義理の妹だろ?」  ニヤッと笑っているのは村上直樹、ヴァルハラ千葉ニュータウンのエースである。  「まあ、遙ちゃんが妊娠しているし、そのフォローにもなる。俺は賛成だね。ましてや浦和君の知り合いなら安心だ」  「ちょっと待って!!直樹くん、早すぎよ」  戸惑う愛妻の遙に直樹は笑う。遥は夫が外科医なのに対して小児科医である。だが、妊娠中は直樹が小児科医としての能力を身につけようと必死に努力しているため支援もしている。  「三人とも採用は決めている。まあ、後は仕事次第だな。現場でできるだけ使って即戦力として鍛えていくさ」  「そうだぜ、そりゃ当たり前だ」  黒いマントをまとった男が少女と一緒にうなづく。ブラック・ジャックこと間黒男である。  「しぇんしぇい、その人達はどんな腕なの?」  「裕子ちゃんか、亜美ちゃんはしっかりしているんだ。僕とは高校時代ライバルでね、模試荒らしというあだ名があったほど頭が良かったんだ。僕は彼女よりは劣っているけどね」  「信じられない…」  呆れ顔の入江琴子(看護師)。外科医を務める夫の直樹と一緒にこのヴァルハラ千葉ニュータウン病院に勤務している。  「まあ、少なくともドジは減るだろうな。お前さんたちのドジはキツい」  「堀江院長!!」  顔を真っ赤にして怒り出す琴子と助産師資格を持つ正看護師の土萠(ともえ)ほたる。ブラック・ジャックは思わず苦笑した。  「いじめすぎですよ、院長」  「ふっ、これもコミュニケーションの一つだ。緊張が解けただろう」  木野薫(外科部長)に答えると堀江は書類を眺める。このヴァルハラは後発薬を主に使うことで知られており、無駄を徹底的に削減することで知られている。特につばさ製薬工業とは関係が深いのだが、それとても徹底的な競争入札で価格を抑えているので誰も文句は言えない。  その夜、船橋のレストラン「カフェ・メアリー」では…。  このレストランは紅茶がうまいことで知られている他、イギリス料理やアイルランド料理でも知られている。ジェフリー・ブライアント(料理人)とアン・ブライアント(洋菓子職人)夫妻の息のあった腕前と合わさっていた。浦和はレストランの中に入る。  「マスター、水野さんはいますか」  「大丈夫よ、いるわよ」  23歳にして凄腕の紅茶マイスターとして知られる八木由梨亜(やぎ ゆりあ)は笑顔で答える。因みに入り口には婚約者の白戸新介とのツーショットが飾られている。彼は古着のリフォームが得意で、この店でもよく販売しておりヒットしているほどだ。  「おまたせ、院長と打ち合わせした結果が出たんでね」  「浦和くん、結果はどうなったの?」  「現役の外科医と看護師はそのままスカウトする方向で動くってことになって、君については塔和大学に千葉ニュータウン病院に研修医としてスカウトしたいということで話をすすめることになったんだ」  「良かったじゃない、亜美ちゃん」  地場うさぎがほっとした表情で話す。二人とも抜群の成績で模試の際は競い合っていた。三人とも中学からの同級生だったが、浦和は10年前のテロで両親を失い、亜美は引き取り手を探した果てに日本画家の父に頼んで引き取ってもらった。それ以来浦和は亜美のサポートを惜しまないようになった。飛び級で薬剤師になったほど頭の回転も記憶力も抜群だ。更に精神力も度胸もずば抜けて強い。亜美の大切な存在であることはすでに分かっている。涙ぐむ亜美に手を差し出す浦和。  「ありがとう…」  「泣くのはまだ早いよ。これからが本当の戦いさ。リブゲートやCP9はあの手この手で苦しめてくる。大丈夫、みんなで戦って、せつな先輩の敵を取ろう」  浦和は冥王せつなのことも気に懸けていたのだ。彼女の弟が実は全日本テレビでADディレクター補佐を務めている津上翔一で、探偵たちの事情聴取に応じたのだがなかなか動きが見られていない。翔一は風谷真魚の家に大学時代から下宿している。それでその関係から彼氏彼女の関係でもある。  「うん、絶対に勝つわ」  「でも、うさぎちゃんの旦那さんの同僚に話を持ちかけても話をそらされるのはなんでだろう…」  だが、彼らは知らなかった。あの桜井侑斗がGINに加わっていて情報を巧みに操作されつつ保護されていようとは…。 3 竜巻と脈動  そして話をゼーラに移そう…。  「これと、これは要らないね…。俺、薬剤師の資格を持っているけど、こんな過剰な薬は無茶だ…」  「ありがとうね、ルフィ」  モンキー・D・ルフィは渋い表情で薬の相談に応じていた。CP9製薬をやめたルフィは薬のセカンドオピニオンで生計をかろうじて立てていた。  「あのゲッコーステイトだけど、収入はどうなの?」  「厳しいぜ…。NPOだぜ、収入なんて期待できないぜ」  「ミャア!」  甘え声を出すとアメリカンショートヘアの猫がすりよる。この猫の名前はグーグーといい、ルフィの隣の家に住む飼い主で人気漫画家の小島麻子に腹を見せる。彼女は子宮がんにかかった経験があり、手術後にたまたま知り合ったルフィをネタに破天荒でどじな薬剤師の漫画を描いている。  「グーグー、ご飯の時間だよ」  「先生、あのクラクラ病何とかならないんですか」  「俺達だって何とかしたいんだ、だけど工場の操業が止められない限り無理だ」  加奈子、咲江、美智子(麻子のアシスタント)にルフィはぼやく。確かにそうだ、ルフィは単刀直入の性格で、あのクラウディオ・ガジャ博士の解雇に憤ってスパンダム・グロリア社長を殴ってやめた経緯がある。その時だ、ルフィの携帯電話が鳴り響く。  「携帯電話がなっているよ」  「おっと、これこれ」  「クスッ」  加奈子が思わずクスっと吹き出す。ルフィの携帯電話は高齢者向けの携帯電話だからだ。この携帯電話をすすめてくれたのは宮内すぐり(雑誌記者、犬バカというあだ名があるほど犬が大好きな女性)で、婚約者である飯田哲平と犬の話をしたらもう、いくらでも出来るほどである。  「もしもし、ルフィだけど」  「すまないな、ワシの為に戦ってくれるとは」  「ガジャのおっさんじゃないか!?」  「今、神戸にワシはおるのじゃが、近々ゼーラに向かう。お前さんのスポンサーを連れてくるのでもう少しの辛抱じゃ」  「本当か!?」  「ゆっくり話そう。ワシも反撃に乗り出すことにしたからのぅ。それに、あのスターク君もお前の危機を知って会いたがっていたからな…」  「アイツと会えるのか!?よっしゃ!!」  ルフィが喜ぶのも無理はない、アイアンウェルファーマ社長のアンソニー・エドワード・スタークとは小学校時代の友人で、彼がアメリカに帰国した後は国際電話で話す間柄だった。その後15歳でマサチューセッツ工科大学を首席で卒業した天才であり、誠実さと真剣さで知られる経営者だ。彼が経営するアイアンウェルファーマは環境保護にも力を入れている企業でもある。わずか20歳で両親を失ったことがきっかけで社長に就任し、自身の頭脳を使って数々の新技術を次々に開発し、一躍時の人となった。「ジェリコ」という抗がん剤はその代表作品である。  また、会長のオバティア・ステイン(スタークの師匠)を通じてアメリカの次期指導者と言われているレックス・ルーサー、クラーク・ケントとも知り合いである。そんな男がルフィの危機を知って助けに向かうというのだ。  「インセン君も支援を申し出てきている。お前は一人じゃないのじゃ、諦めるな」  「おっさんこそ、一人じゃない。俺たちゲッコーステイトも一緒になって戦う!」  ホー・インセン博士はスタークのマサチューセッツ工科大学時代の恩師で、アイアンウェルファーマの支援を受けて製薬開発を行なっている。無論、スタークやオバティアの考えでアイアンウェルファーマの独り占めにはしていない。  そして科学アカデミアでは…。  「ようこそ、科学アカデミアへ」  「豪がお世話になっています、尾村俊子です」  車椅子に乗っていた女性は尾村豪の母親である俊子である。豪は科学アカデミア所属病院で小児がんの手術を行なっており、終わり次第俊子と再会する事になっていた。  「しかし、あなたの治療にあたったトニー・トニー・チョッパー先生はすごい先生でしたね…」  「あの方のお世話になって助かりましたわ。あの子は『もし、母さんが死んだとしても僕は医者として覚悟はできている。逃げないよ』って話していましたから…」  「そういえば、ガジャ博士のことはご存知でしょうか」  「ええ、あの方から電話で謝罪を受けていますわ」  「ガジャ博士はあんな欠陥商品を作るとはありえないぜ、あんな薬害を引き起こすような新薬をこの世には送り出さない」  そう言ってややずるそうな表情の男が笑う。彼はゾロ立川といい、スペイン出身の科学者である。つばさ製薬工業から月一で講師として科学アカデミアに招かれている。後発薬開発の名手として知られており、ガジャも頭を抱えるライバルでもあった。  「ところで、岩清水兄弟はどうだ?」  「あいつらには計画書を渡してその通りにやってもらっている。大丈夫だ、ドジは踏まないさ」  「ならいいが…」  天宮勇介はにやりとする。  その頃、川越では…。  「紅ヴァイオリン工房」と書かれた看板の店でハンモックで寝ている青年がいた。そこへジーンズ姿の青年が入ってくる。  「渡、どうだい?」  「何とかヴァイオリン作ってるよ、兄さん。あの川崎シチズンオーケストラの注文は厳しいけどやりがいがある」  「俺がゲットしてきたが、礼はいらないぜ」  セールスマンがにやりとする、マンション販売会社で営業職をしている糸矢充である。主に川越を中心に最近では川崎にまで進出しているマンション販売会社のトップセールスマンである。この店の店主である紅渡は紅茶を入れるためハンモックから降りる。  「相変わらず喧嘩するほどあの二人は仲良しなのかい?」  「僕にはわからないよ…、糸矢さん…」  わからないと言わんばかりの表情で渡はつぶやく。実の兄にして親しい間柄にある登大牙は言う。  「恋は盲目というからな…。まあ、俺は自然体で行くしかないと思ってもいるさ」  店舗の作業台には渡の父である音也と母の真夜の笑顔の写真がある。音也は日本を代表するヴァイオリニストの一人であのウィーン・フィルハーモニーオーケストラの一員である。そのため、登家が支援をしている関係にある。渡は優しい性格なので、彼を巡って出入りしている野村静香とこの店の経理担当の鈴木深央が恋のライバル関係故の喧嘩をしているのを止められない。因みに静香は中学校でヴァイオリンの修理を求められて困っていた時に渡がただでやってくれたことに感激してそれ以来この店に来ている。深央はドジがひどいものの、経理の能力が優れているので渡はそばにおいていた。  「困った相手ですねぇ…」  壬生国首相公邸では…。  喪黒福造は困り果てていた、というのはエズフィトにおけるアメリカ支配が失敗し、内戦になっているために喪黒の企んでいた利益が得られなくなったばかりではなかった。GINの高野広志CEOが自身の暗部をかぎつけ回り始めたと言うことをマードック社長であるマーク・ロンから知らされた。そのロンとは携帯電話の回線網を格安で開放する密約を交わしていたのだった。  だが、野党に転落した壬生革新党がうるさい追及を始めていた。携帯電話の回線網を開放することで通信代の格安競争が生まれるという喪黒の政策を「実は喪黒の傘下企業であるリブゲートや関係の深い企業だけを優遇するだけの政策ではないか」と厳しく追及し始めたのだ。その急先鋒が代表補佐に選ばれた鬼山狂議員だった。彼は数値をきちんと示してうるさく追及し、国会はこのことで度々紛糾する始末である。  このままではミキストリ、GIN、壬生国議会と三重苦に苦しめられるのは間違いない。  「首相閣下、あの男は始末しなければなりませんわね、この前の高野広志暗殺計画が失敗に終わった上、ミキストリが動き始めるとは…」  「そういうことです、久世副社長。事を急がなければなりません」  鋭い目つきの久世留美子(リブゲート副社長)に言うと喪黒は久世の隣にいた灰色の髪の毛の女性に目を向ける。彼女はロンに紹介されて喪黒が手元に置いていた便利屋だった…。  「鬼山狂を始末してください。議会場内、もしくは入り口付近で狙撃してください」  「分かりました」  無機質な声で女は去っていく。  「社長、あのソーマ・ピーリスは哀れですわね。成功しようが失敗しようが…」  「もうそこからは…」  喪黒が口を封じるように命じる。そう、ソーマ・ピーリスは任務が成功しようが失敗しようが彼女の体内に仕込まれた自動自殺装置が起動して死ぬ運命にあったのだった…。だが、その会話も葉隠兄弟のスパイネットには筒抜けだったことを喪黒達は知らなかった。  「首相、エミリー・ドーン様からお電話です」  「ホーッホッホ、待っていましたよ。もしもし、喪黒です」  『首相になってうまくいくと思ったら変な男が茶々を入れて困ったわね』  「同感です、ですが私には切り札があります、ホーッホッホ」  『頼むわよ、こちらもグリーンベレー部隊を送り込んでいるからね』  エミリーにはグリーンベレー部隊出身の傭兵集団がいる。彼女が率いるドーン・エンタープライズではアフリカに工場を進出させ、格安の賃金で兵器を作らせて販売するというアコギな方法だ。その監視役として使っていた彼らを喪黒は己に歯向かう者たちを封じ込めるために使っていた。特殊部隊のジャクソン大尉、破壊工作に長けたラングレン中尉、ヘリコプター監視担当のライカ少尉、軍隊格闘術のレイノルズ少尉(レスリング全米大会で優勝した経験がある)、ファレル中尉、ウォン少尉といずれも辣腕だ。  『あの高野広志は侮れないわよ、アメリカでも厳しい相手よ』  「私も用心しています。福次郎や家内ですらも難敵であると認識しています」  喪黒は壬生国を私物化し、リブゲートを使って世界中に拡大させることで己の懐を暖めようと狙っていた。  そして広志は川崎のGIN宿舎にいた。  「どうだ、パソコンの修理は」  「サーバーにSSDを組み込んで後は調整だけですね」  広志の声に答える青年。彼はアプリコットコンピュータ社長の神戸ひとしである。ひとしは広志から川崎シチズンオーケストラ総監督の鳴瀬望の持っているパソコンの修理を頼まれていたのだ。それで、サーバーの交換でいらなくなった一世代前のものとSSDを持ってここに来ていたのだ。  手元にある韓国に本社を構えるシグマ電子のタブレットパソコン・コズミックシグマで情報を集めながら広志は穏やかな表情で見守っている。  「しかし、高野CEOのおかげで助かりました。会社の経営危機を乗り越えられたのですから」  「パートナーの過去を悪用してゆするとは最悪も甚だしい。私は許せませんよ。過去は過去にすぎません」  「シビアすぎますぅ…」  恵がぼやく。恵に望はパソコンの不調を話し、恵が広志に会った際に話したところ、広志はリブゲートに債務を押し付けられて苦しめられていたひとしと知り合いだったため、すぐに連絡をとって対処を約束してくれたのだった。リブゲートに債務を押し付けられて苦しめられていたアプリコットコンピュータは広志がリブゲートの債権15億円をたった1円で譲渡した上で、台湾に本拠を持つ世界5位のパソコンメーカーとの経営統合まで用意していたために経営危機を乗り越えたこともあり、ひとしは広志の頼みごとなら内容を聞いた上で二つ返事で引き受ける。  「それにしても、GINのエンジニアは優秀よ。あんたの部下のエンジニアを使えばいいのに」  「それはダメだね、トゥエニー。公私混同になってしまうんだよ」  黒髪の女性に答える広志。難波トゥエニーは妹のサーティーがひとしの婚約者であるため、今回GINのシステムをチェックに来ていたのだ。ちなみにGINはアメリカにエンジニア部門を有している。いずれも広志がアメリカ留学時に構築した人脈で半導体開発者のマッド・ハッター(本名:ジャーヴィス・テック)、コンピューターハッカーのアナーキー(本名:ロニー・メイキン)、辣腕エンジニアのレッドフード(本名:ジェイソン・トッド)である。  「それと、三洋銀行ですけどバカやってますねぇ…」  「そのことについては私は言うことはしない」  広志はひとしに厳しい表情で言う。15億円の債権を第三者を通じて広志に流した失敗は三洋銀行の経営幹部の失態が原因だったが、西村卓朗頭取のお気に入りの部下だった。そこでNY支店長から本部営業長になった小津南兵に濡れ衣を着せて懲戒解雇した。小津は三洋銀行を中小企業とリテール部門に強い銀行にすべきと何度も主張してきたことに西村は不満だったのだ。  「高野CEO、あの事件は今後どうなっていくんでしょうか…」  「俺には分からない…。だが、いずれにせよ混乱は避けられない」  「相変わらずあんたの家はドケチね…。部屋の家具なんてほとんどゴミ同然のものを拾って再生して使っているのには驚きよ」  「ものに頓着する気はない。死ねば誰も無になるだけだ。生まれた時と死んだ時はイーブン・イーブンだ」  山田彩子(旧姓:木之内、山田太郎夫人)の作ったおにぎりを手にしながら広志は昼食をとっている。そこへ久利生公平が入ってくる。  「高野CEO…」  「分かった、仕事のようだな。すみませんが、しばし席を外しますよ」  そう言うと広志は公平と共に面会室に向かう。昔中学の校長室だったところだ。  「ようやくあんたの指示通り、あの4人組を取り込むことに成功したぜ。公安調査庁だったことが警戒されていたけれどな」  「仕方があるまい。公安警察はいわば思想警察とも言える。そうじゃないことを示すためには時間がかかったがね」  「私も説得を重ねましたよ…。骨が折れるとはこのことじゃないですか…」  「これからが大変だぞ、雨宮」  ぼやく雨宮舞子をなだめると広志は厳しい表情で話す。  「俺もウズウズしているんだぜ、早く暴れたいぜ」  「面白い才能の持ち主だな」  赤髪の男に広志はにやりとする。彼の名前は剣桃太郎といい、仲間からモモタロスと慕われている。  「君達への任務だが、主にボディガードになる。この女性たちの周辺を気が付かれないように護衛を頼む。家族に関しても同様に頼むぞ」  「初めての仕事にしては軽いような感じだぜ」  「これからが大変だぞ、剣。決して甘くはないぞ」  「承知のうえだぜ。あんたが再三にわたってGINに誘ってくれたんだ。恥はかかせねぇ」  「その意気、気に入った」  「俺がキンタロスってこと忘れてあらへんか。俺の強さは泣けるで」  「ああ、承知のうえだ。野上くんから話は聞いている。君は確実に加入してくれると思っていた」  金髪のメッシュで筋肉質の男が頷く。この男、本名は坂田金太郎といい、力もあり素早い。ボディガードはチームで一番うまい。親友の空手家である本条勝と一緒に普段はミルクディッパーの従業員を装いつつ、ボディガードの仕事を引き受ける。本人の接客は至って世話好き故にうまいが不器用なため良く失敗するが責任感の強さをオーナーの野上愛理は認めていた。  「ウラタロスだがどうだろうか」  「彼は今、ストアの麻薬関連で早速情報を集めています」  良太郎が答える。浦田籐太は普段は営業職を務めるように見せかけながら実は潜入捜査を得意とする。その巧みさはナンパにも等しいため、ウラタロスと言われている。  「あんた、CEOの前でこんな態度はないだろ」  「久利生、彼は一体?」  「リュウタロスっていうんだ。ダンスと狙撃が得意なんだ」  「本名は?」  冷めた表情で顔の左半分を覆う紫色のメッシュが入ったウェーブのかかった髪と紫色の瞳を持ち、紫の染みがついた茶色のキャップをかぶり首にヘッドホンをかけている青年が顔を上げる。  「僕?峰慶次郎っていうんだ」  「峰?確か川崎シチズンオーケストラのメンバーに…」  「兄貴はエレクトロバイオリンにも精通しているんだ。僕には分からないや」  「そうか…。くれぐれも、君に頼みたい。私が下す任務に関しては一言も公言してはならない。兄であれ、父であれ、誰にでもだ。頼むぞ!!」  「そこまで信用されると答えたくなるよね…」  「CEO、大丈夫なんですか…」  雨宮が不安そうに聞く。広志は落ち着いて答える。  「彼らを信じよう。もし失敗したらその際には私が責任を取ればいいまでのことだ」  そう言うと広志は作業服のポケットに手を触れた。 ------ネオクリスタルを再び使うことのないような時代にしてみせる…!!  そこへ入ってきたのはディアッカ・エルスマンである。  「ヒロ、新しいメンバーはこいつらか」  「ああ…。さすがにディアッカらしい」  「壬生国だが、キラの元を壬生革新党の松平紅虎が訪問したらしいぜ」  「そうか…、やはりそうきたか…」  「やはり、あんたの眼力は強いぜ。紅虎はちゃらんぽらんしてとらえどころはないが、いざという時は闘争心をあらわにして闘う」  「その彼にフラガ三兄弟が支援をしているようだ」  「こうなると喪黒も手が出せなくなるぞ。かえって彼が落選したのは正解だった」  ディアッカがにやにやと笑う。  「で、肝心の彼は」  「キラは金融面や人的サービスで支援を行うことを決め、すでにレイが出撃を決めたようだぜ」  「さっそくフラガ三兄弟の末っ子が出たか」  「バカだな、喪黒は。レイが現地で事情を把握しておっさんやクルーゼ隊長に伝えたらもう鉄壁の策を出してくる」  「まあ、ゆっくり見ておこう」  そこへ入ってきたのは鋭い目つきの男と小太りの男だ。一人はGIN特選隊のノイトラ・ジルガである。  「ノイトラ、亀田さんとの話し合いがすんだのか」  「はい、こちらからもパンジーへ協力メンバーを送り込むことにしました」  「いや、お前さんの協力申し出には助かったよ」  「ですけど、GINの暴走はしっかり食い止めてくださいね。そうじゃないと権力の監視にはなりませんよ」  「確かに」  亀田呑は思わず噴き出す。喫茶店・パンジーは、警視庁特別捜査一班のアジトのある場所で、広志は情報の交換に使っている。  「喪黒のバックにはマクラーレン・アメリカ副大統領がいる。くれぐれも用心して行動するように」  「ええ、もちろん」  「本来俺達は対立関係にある、だが相手はそれをしのぐ米国だ。俺達は一致団結するしかないな、ヒロ」  「ええ、呑さんの言うとおりですね。マクラーレンの養女がシャロンといい、喪黒福次郎の妻だ。そこまで把握すれば…。ですが、米国関連の資金は全く動いていないというのが気になる」  「ブルース・ウェインの人脈でもか」  「ええ、彼の手足の一人であるジャック・ネイピア独立党党首の権限で調べたそうですが…。また、レックス・ルーサー前マサチューセッツ州知事の人脈でも見えてこないそうです」  「喪黒とつながっている共生者(経済やくざの一種)はどうなんだ」  「これについては黒崎が調べたが、全く見えてこないそうだ。残りはシンセミアだろう…」  「そうか…。やはりロシアンマフィアなら…」  広志は厳しい表情でジョーカーの描かれたカードを取り出す。  「お前のジョーカーを出すのか」  「ジャギを投入します。彼にはシンセミアの周辺を探らせています」  「汚れ役に汚れ役をやらせるとはさすが…」  その日の夕方、川越では…。  「歓迎 王凱歌・きなこ様ご一同」  武蔵国・川越駅前のビルのレストラン。結婚式パーティが行われているレストランの2回の華やかな光景と反対に地下一階のバー。李小狼(リ・シャオラン)オーナーが妻のさくら、関東連合の政治家の政策秘書を務める仲間達と話している。更にはこの場にいるのは小津南兵・絵里父子である。ちなみに南兵の弟が小津勇、あの小津五兄弟の父であり南兵は魁の叔父である。  「こいつは間違いなく反乱になる。だけど、このままではオーブと壬生国、関東連合の戦争になってしまいかねない」  「国家の利権が絡むとここまで複雑になる。俺でも方程式が解けなくなる!」  ジェナス・ディラ、ラグナ・ラウレリア、セラ・メイナードがうなづく。そこにうなづくのは姫矢准。准はセラと婚約関係にある。  「俺は政府関係者なので反乱には参画できないが、情報は出す」  「こいつは反乱ではない。政治家に過ちを正していただくまでのことだ」  「リブゲートによる官僚支配は確実に進んでいるようだ。くそっ、これも全て情報を支配するマフィアどものしわざだ!」  悔しさで拳を握り締めるジェナス。准は厳しい表情で話す。  「CP9が躍進するきっかけになったオリエンタル製薬の破産があっただろう。その原因は後発薬に毒物が混入して回収騒ぎになった直後に手形が勝手に出まわって混乱して破産したわけだが、リブゲートが関わっているらしい」  「またかよ…」  「臨床実験も済んでいない薬が市場に即座に投入されるのも政治家の圧力があったと見るべきだ」  「だが、困ったことがもう一つだ。三洋銀行は今後どうなることやら…」  「私も、静香もその点では一致しているさ。興洋銀行への移籍が決まっても古巣だから気になることは確かだ」  「ほんとに、お父さんったら仕事のことばかりね」  呆れ顔の絵理。中坊林太郎・東西銀行藤沢支店長(本部会議参加メンバー)はニヤリと笑う。ちなみに東西銀行のエースと言われるほどで次期取締役と目されている。  「まあ、親は関係ないさ、君は君らしくやればいい」  「中坊さんは葉巻好きなんですね」  「まあな。さすがに不良債権を自分の給料代わりにして率先して回収するあの二人の天下りには参ったが」  林太郎は新入行員時代に不良債権の処理をさせられた事がある。だが、その際に知り合った現相談役の三島哲也(日銀出身)、現会長の長谷川隆(財務省出身)の薫陶を受け、外国語にも堪能で、図抜けた度胸、圧倒的な情報力・権力・策略で悪質な借り手を弄び、強引な手段で不良債権を回収するまでに成長した。三島はその後心臓病が発覚し、今は治療に専念している。 長谷川はさらにすごかった。東西銀行で支店の存続が危ぶまれていた市川支店に支店長として加わり、10億円の赤字をわずか2年間で30億円と利益を上げるまでに回復させ、今は会長として不良債権回収の先頭に立っている。  「ちなみに小津さんを副頭取に推薦したのは中坊さんですよ。ちなみに興洋銀行は興国銀行と太平洋銀行の合併行同士で、都銀最下位位です。でも、財務面が良くて大企業の融資で稼いでいますね。それだけリテールで弱いんです」  「さすが虹野ちゃん!記憶力は抜群だねぇ」  虹野誠一は林太郎に言われて顔を赤らめる。東西銀行川崎支店長であり、総務部の経験がある。不良債権回収で苦労していた際に林太郎と知り合い、回収できたことから協力するようになった。東西リテール証券の社長を務めている業田竜彦がぼやく。  「中坊、だがあの三洋銀行はヤバい銀行だぜ。俺も取引先を訪問するがクレームが多い。融資をやる代わりにリブゲートの関連子会社の商品を買わせているらしい。斎藤が親父から話を聞いて驚いていたぜ」  「それは俺も聞いた。東陽銀行出身の木暮さんと西部銀行出身の望月さんがびっくりして俺に話をしてきたからな。もっとも、東西銀行は天下り組が率先していずれも最下位支店の支店長に就任して、現場の信頼を勝ち取ってから経営陣になったけどな」  「三洋銀行は政治屋やその癒着取引先の財布同然だ。出身者として困ったものだ」  「あんたは悪くないさ、小津さん」  業田がいう。彼は小津に仲人を務めてもらい結婚したこともあって、尊敬しているのだ。彼の実家は東京で中堅の信用金庫を経営していた家だったが、東西銀行に吸収合併された。信用金庫の子会社だったのが今の東西リテール証券だったのだ。  「因みに三島さんに話をしたら『心臓病が回復したら手弁当で行員たちの教育を引き受けよう』と約束してくれた。興洋銀行が元気にならなくちゃ困るんだよ。長谷川さんも協力を約束してくれたよ」  「木暮さん、ガンの手術は近々でしょう」  「まあな。人間ドックで分かっただけ幸せだ。君の甥っ子の知り合いという真東って医師は鋭い」  木暮泰造(東西銀行・副頭取)はミルクティーを飲みながら小津に笑う。木暮は次期頭取と目されていたのだが、ガンの発覚で辞退を申し出た。地方大学の夜間部出身から常務取締役にまで上り詰めた努力家で、東大出身の小津とは何故か話が合う。木暮の上司で現在頭取を務めている柳川徹が小津の先輩だったことが影響していたのだろう。柳川は木暮がヒラ行員であった時の支店長で、ミスを繰り返す木暮を叱咤しながらも優しく指導してきた人格者である。その影響もあって木暮は子供好きである。  「それと、興洋銀行に二人出向することになった。希望なら完全移籍だな」  「分かった、現場の成績次第だな」  大村純太(東西銀行常務取締役)と永池裕介(東西銀行秘書課課長)を林太郎は本人の承諾の元興洋銀行に出向させることにした。二人とも営業経験が豊富で、リテールに強い。そこで指導者として送り込むことにしたのだった。望月忠男(東西銀行人事部部長)の説得もあったことはあったが、二人に成果給で対処すると確約したことが大きかった。ちなみに林太郎の妻である響子は望月の部下だった女性である。  その時だ。二人の男女が入ってくる。  「あの、小津南兵さんでしょうか」  「君達は?」  「私はGNNジャパンの発行している月刊誌「ワールドトゥディ」のダニエル・ミードです。今日はベティ・スアレスと一緒に取材に伺いましたが」  「おい、アポ無しは困るぜ」  業田が思わず文句を言うが南兵は落ち着いている。  「仕方がない。私の仕事は24時間365日副頭取だからな」  「確か、あのクラーク・ケントオーナーの経営している会社の日本法人じゃないかな」  「そうです、ケントオーナーはジャーナリズムやファッションに強かったミード出版社を買収してデイリーグローブに経営統合させてGNNにしたんです」  ちょっと地味な印象の女性が答える。ベティである。ちなみにベティの先輩がダニエルの姉で、デイリーグローブ日本の代表であるアレクシスである。その同僚だったのがクラークの妻であるロイスだ。日本事業を成功させようとアレクシスもダニエルもやる気満々で、将来は日本国籍を取得しようとしていた。ベティはファッション誌「モード」出身で、経済に精通しているのだが現場の動きにかけているダニエルが現場を知ろうとモード編集長のソフィア・ハシェックとベティを説得した上でベティを相棒として招き寄せた。  「いいじゃないですか、業田さん。受けましょう」  「それなら仕方がないぜ、ただ機密はNGだぜ」  「それと、別に面白い情報を持ってきたんです」  「どういうことだ?」  「川崎のリブゲートタウン開発構想ですがあのドン・ドルネロと金上鋭が共同で住民側の求めに応じて動いた結果東京理工大学の川崎へのキャンバス移転と地元住民と共同で学生向けのマンション、ベンチャー企業向けの企業団地の建設と地元商店街と大手小売業の大栄百貨店の共同出店によるショッピングモールの開設提案に負けましたよね」  「ああ、負けたよ。もともと計画が無茶だ。ドルネロの庭に土足で踏み入るようなもんだ。横浜、上野、東大阪、川越、つくば、旭川とドルネロの率いるゴールド不動産は東日本にべらぼうに強い。手を組んだ金上率いるシティリバースプロジェクトも高松、鳥栖、室蘭、呉、長岡、酒田と地方都市の再生に長けている。勝てやしないよ」  「それに、あのリブゲートタウン横須賀が不振だそうですよ。赤字経営で苦しんでいて、従業員に責任として給料から天引にされているんです。千葉で赤字を埋めているのが現状です」  「ひどいねぇ、そりゃ」  「当然、三洋銀行もリブゲートに頼まれて優先出店させるよう融資の条件にしていますよ」  「またかよ…」  呆れ顔のジェナスだ。だが、あのシロッコはリブゲートタウン千葉に手を打っていたのだ…。  その頃、壬生国のカイオウ邸では…。  「そうか、奴らが鬼眼の狂を狙っているか…」  「間違いありません、『トロイの木馬』が持ち込んでくれた情報です」  「しかし、散とシリウスを喪黒陣営に潜り込ませて大丈夫だっただろうか、兄者」  カイオウに不安そうなラオウ。カイオウは喪黒一派の情報を引き寄せるため、わざと葉隠散とシリウス・ド・アリシアを喪黒のもとに派遣させていたのだった。ジャン・ジェローム・ジョルジュは言う。  「あの二人なら問題はありません。カイオウ様の意向を承知で嫌われ役を買って出たのですから」  「兄上もこの任務を命じられた際に嫌われ役も辞さない覚悟でしたからね」  「うぬがそう言ってくれると助かるわ」  眼鏡のレンズを拭いていた葉隠覚悟は落ち着いた表情でつぶやく。  「さて、これから天上ウテナをどうやって使いましょうか」  「この作戦は彼女たちに悟られてはまずい作戦です。あくまでも兄上達、いや散とシリウスは敵という事になっておりますから」  「あの薫幹にも知らせないなど、水面下で動くのに苦労したわ。もし、あのシルヴィアとアポロにまで知られたら目も当てられない無残な結果になる」  鳳暁生(あきお)が提案したこの作戦は喪黒の情報を確実に抑えるために散とシリウスをわざと喪黒の側近に回しておいたのだった。しかも、不和であるかのように装わせていたのだった。むろん、覚悟とジャンが噂を流したことは言うまでもない。有栖川樹璃、桐生冬芽、西園寺莢一、紅麗花(ホアン・リーファ)、つぐみ・ローゼンマイヤー、海津タケルはすぐに腹を立てたほどで、覚悟たちはこの作戦の有効性を確信した。  「とにかく、今は狙撃対策です。どうされましょうか」  「まず有栖川を投入しよう。あやつはフェンシングの達人だからだ。だが、狙撃とすればせめてスナイパー出身の人間がいればいいのだが…」  その頃、壬生国海軍では…。  「海江田先生、いよいよアメリカ軍がエズフィトへの反撃を開始したようです」  コーヒーを飲んでいた海江田四郎にアメリカ人が駆け寄る。彼はデビット・ライアンといい、あのジャック・ライアンの弟に当たる。  「愚か者だな…。力でねじ伏せようとすればするほど問題はこじれる。次はこの壬生国だ」  「悪い予感がします」  「お前はここまで来ることはなかったがなぜここまで来た」  戸惑う海江田。デビットは祖国アメリカに戻る機会があったのにわざわざ壬生国に行くことを選んだのだった。  「この国で新しいことをはじめることに興味があっただけです。あなたとアメリカで知り合った際に興味がありましたよ」  「この海軍から、確実に対米ゲリラチームを育成しなければならない。お前には教育を頼む。これからがこの国の試練だ」  「当然でしょう、ベストは尽くすと誓います!」  「大変です、海江田さん!アメリカがエズフィトに送り込んでいるのはニミッツ級原子力空母「エイブラハム・リンカーン」です」  「そうか、余計やりやすくなったな」  部下の報告ににやりとする海江田。艦長であるケリー・J・ネルソンはかなり頭に血が上りやすい熱血漢だ、いくらどんな優秀な部下がいてもどうにもならない。  「だが、あのベイツ兄弟相手では苦戦は確実だな」  「確かに…」  シーウルフ級原子力潜水艦「アレキサンダー」艦長・大佐のジョン・アレキサンダー・ベイツはベネズエラ出身だがベイツ一家の養子になり、ベイツ家のために全てを注ぎ込む決心をしていた。その義理の兄であるノーマン・キング・ベイツは国防総省に勤務しており、エズフィト侵略には反対の立場だった。ノーマンは次世代のアメリカ大統領とも目されている人物だった。  そしてオーブ・鹿久居島(かくいじま)…。  周囲28kmの岡山国内で最大の島で、今も野生の鹿が生息している。島の中央部の千軒湾周辺には、自然公園や鹿観察園があり、、温暖な気候を生かしたみかん栽培やレモンの栽培、赤米を利用した食事、竹細工、粘土細工、潮干狩りが盛んである。こじんまりとした一軒家に、小さな教会があった。そこから二人の少年少女が制服姿で出てくる。少年は真っ赤に燃える赤い髪の毛、少女は金髪だ。  「じゃあ、神父!行ってくるぜ!!」  「気をつけるのだぞ、ナツ」  あごひげを蓄えた初老の男が笑って送り出す。  「あたしたち、帰りにチョッパー先生の手伝いに入るけどいい?」  「いいさ。7時半までには戻ってくればいい。来年の大学受験の勉強にも役立つだろう」  この家の前にはレモンの木やミカンの木が生い茂っている。この島は温暖な気候を生かしてみかんやレモンの栽培が盛んである。ここは大司教イグニールの住む鹿久居島教会である。  「ナツ、急ごうよ!」  「ああ!!」  二人が自転車に乗り込もうとした時、ランドセルを背負った少女が声をかける。  「ナツお兄ちゃん!」  「よっ、もも!!」  「高校?」  「ああ、明日みんなを誘ってレモンの収穫に行こうぜ!せっかく大叔父さんがみかん畑もってるんだろ!?」  宮浦ももは笑顔で頷く。彼女は父の一雄が海洋学者で、その仕事の関係上でこの島に移住しているのだ。母親のいく子が喘息持ちなので、診療所に通院しているが、そこで知り合ったのがナツ・ドラグニルとルーシィ・ハートフィリアであった。ももは人見知りで、打ち解けた人には自分を出せる少し内弁慶な性格だが、ナツの明るい性格に打ち解けていき、芯の強い性格を見せていくようになっていた。  因みに明日、診療所に通う患者を誘いナツとルーシィはももの78歳の大叔父が経営するみかん畑でみかんの収穫を手伝うイベントを考えだした。ナツはオーブの児童養護施設で育てられ、イグニールの養子になった。その明るさは誰もが曵かれる。その一方で喧嘩っ早い欠点もある。  「遅いぜ、もも!!」  「ゴメン、陽太くん、明日ここでみんなと打ち合わせようね!!」  ももの同級生の藤井陽太に声をかけられて走るもも。口下手だが島の子供たちのリーダー格で気配りができる。彼はナツに憧れていて、小さい頃からよく一緒に探検に出かけていたほどだ。その性格は陽太の妹で5歳の海美(うみ)にも引き継がれている。 ちなみにももとは小さい頃から一緒によく遊んでおり、陽太の家にももが一泊泊まりに行ったり、陽太と一緒に入浴するなど関係は深いところがある。  「ナツ、急ぐわよ!!」  「ゲゲッ、遅刻しちまう、急げ!!」  その帰り…。  「ようやくついた…!!」  「放課後の講習はきつかった…。グレイとジュビア、無事かな…」  ナツとルーシィはぼやき顔をしながら建物の中に入っていく。高校での放課後の大学進学に向けての勉強はハードで、二人は外科医を目指していたのだ。急ぎたかったのは親友のグレイ・フルバスターとジュビア・ロクサーに会うためだった。二人は島の外にある高校に通っているのだが交通事故に巻き込まれて今は島の診療所で治療している。  「あの…」  「ちょっと、困るぜ。俺はこの島が好きなのにそんな話を持ちかけるなんて…」  「頼む、君しかいないのだ。ヴァルハラを探しても誰も空いていない。同じレベルの外科医は君しかいなんだ」  「俺はこの島が好きなんだ、勘弁してくれよ」  「何があったんだろう…」  ナツとルーシィは目を点にする。そうしている間に男は声を収める。  「仕方がない、今回はここで収めよう。だが、私は諦めないさ」  「その話は断るぜ」  若い男の声がすると同時に初老の男が出ていく。ナツとルーシィは部屋に入る。半袖の白衣姿でトニー・トニー・チョッパーはひげ面から笑みをうかべている。  「遅くなってごめんなさい」  「いや、俺も今空いたからいい塩梅だぜ」  「今の人は一体…」  「俺が研修医時代に知り合った人でね、神山治郎っていう人なんだ。あの人は若手の医者を育てることに定評があるんだ」  「その人がなぜここに来て…」  「スカウトさ。要するに」  「スゲェよ、チョッパー先生!」  「おいおい、困るさ。ナツは相変わらず楽天家だな。俺はこの島を離れることが出来ないんだ。過疎の島で俺と同じように医者として活躍している真東海清先生みたいになりたいんだ」  「あの人ってチョッパー先生の過去を知っているんですか」  「知っているさ」  「すみません、秋南(あきな)ちゃん連れてきました」  「いいってことよ」  そこに入ってきたおさげ姿の女子高生。彼女は佐倉ともえといい、ナツたちと同じ高校に通うのだが別のクラスに所属している。ルーシィは紅茶を入れようと台所に向かう。彼女はナツと共にチョッパーの診療所の手伝いをしている。父親のジュードと母親のレイアをアジア戦争で失い、絶望で泣き崩れていたところをイグニールに救われた。読書家にしてこの診療所からの星座観測が趣味でもある。  「チョッパー先生、遅くなってごめんなさい」  「ちょうどいいぜ。ゆっくり腰掛けて話そうや。せっかく診療時間も終わったことだし、みんなでがやがや話そうや」    一方、神山は…。  「四宮先生、私ですよ」  『神山先生じゃありませんか。今、診療が終わったばかりですよ』  「あなたに話した彼のスカウトオファーですが、今日、正式にさせてもらいました」  『恐らくうまくは行かなかったでしょう、その声から』  「まあ、諦めはしませんよ」  四宮蓮と連絡を取り合うと、神山は車に乗り込み去っていく。その頃、診療所では…。  「この子って誰なんだ?」  「斉藤先生、あたしもこの子の素性は知らないのよ」  戸惑う表情で話すともえ。高校に通いながら趣味でバレエをやっている。努力家の美少女なのだが、何故かおっちょこちょいである。だが彼女にはアジア戦争で祖父母を失った悲しい過去がある。斉藤英二郎は妻の由紀子と戸惑いながらいう。  「彼女の素性については調べているのかい」  「当然、イグニール神父が調べているぜ。だけど手がかりがなくて困っているさ。何しろ今じゃ、遺伝子情報も個人情報だからねぇ」  「ため息をつく話じゃないさ、チョッパー」  「すまないな、英二郎…。休暇をこんなしがない過疎の島で休暇を診療手伝いに当てるなんて…」  「とんでもない、僕は逆にここで腕を磨ける。由紀子も看護師としての腕を磨けるし、この島の患者さん達を助ける事が出来る。グレイ君やジュビアちゃんも元気でホッとしたよ」  この英二郎はヴァルハラ姫路総合病院で外科医の絶対的エースとして知られている。主にガンを専門としているのだが、心臓外科や脳外科や内科もこなせる。真東輝と同じ城南大学医学部出身で、輝とは違い首席卒業した男である。グレイは済まなさそうに話す。  「俺達のためにすみません…」  「僕もかつて君達と同じ交通事故に遭遇した。君達を助けることは僕自身を助けることだと思ったからね」  「ジュビア…、グレイ様を守れて良かった…」  「馬鹿野郎、その結果が意識不明に陥っていたじゃねぇか!!」  思わず怒るナツ。シュンとするジュビアをかばいながらグレイは渋い表情だ。  「最近じゃ英二郎、話によると『天使のメス』というあだ名が付いているじゃねぇか。憧れの四宮凱が『救済のメス』なら、英二郎はそのステージにたどり着いたってわけじゃないか」  「とんでもない。僕は凱先生に今だって追いついていない。あの人のように医療過誤に苦しむ患者さん達を救える力だってない」  二人は紅茶を片手に語り合う。チョッパーと英二郎は外科医研修会で知り合い、病気の事について互いにファックスを入れて相談するなど深い関係にあった。当然、由紀子もともえもその事を知っている。  「僕の目標はグレートファイブになることじゃない。辿り着けなくても、『救済のメス』四宮凱のように諦めない外科医を目指すだけだよ。何が正しくて何が間違っているかを決められるような人にはなりたくない」  「そうだろうな…。それをやっちゃうと社会の存在意味なんてないに等しい」  「同感ね…」  「なあ、斉藤先生はなんで四宮凱にこだわるんだよ?今やヴァルハラ姫路の絶対的エースになってるじゃないか」  ナツが英二郎に聞く。英二郎に代わって答えるのは由紀子だ。  「英二郎さんは子供の時、凱先生に命を救われたのよ。函館で幼少期を過ごしていて、交通事故に巻き込まれて瀕死の状態だったのよ」  「その時に斉藤先生をオペしたのが凱先生だったわけですね」  「ともえちゃんの言うとおりだね。僕はその時に凱先生と握手して、その手の温もりが忘れられなかった…。だから、凱先生のような外科医になると誓ったけど…」  「何黄昏てるんだ。シェインバウム院長と出会った時にあの天使のメスの話を聞いたんだ」  デイビット・シェインバウム(ヴァルハラ姫路総合病院院長)はチョッパーの協力者の一人である。ユダヤ系フランス人だが、凱のフランス時代の同僚だった。その後凱が天下航空の墜落テロで命を落とした際に「友の思いを引き継ぎたい」と妻のアネットと共に来日し、四瑛会の立て直しに全力を尽くした。その功績が認められ、3年前に一家はオーブ王朝からオーブ国籍を与えられた。青いスーツを絶えず愛用し、髭を蓄え、どら焼きが何故か好物の面白い男である。  「この前大工さんを派遣してくれて助かった。ねずみが侵入できないようにしてくれて院長も一安心だった」  「まあな。英二郎が困っていると話してくれたから俺も知り合いを回しただけさ。まあ、凱先生の真似なんかするな、英二郎は英二郎のスタイルを確立すればいいんだ」  「そうよ、英二郎さん」  「まあ、僕はまだまだ追いついてはいない。同期にして産婦人科医のゴットハンドにのし上がった四宮梢(本名:豊島梢)とは違って外科医の腕すら甘い。だが、必ず彼らの足元にまで辿り着く。真東先輩のようにグレートファイブに近い男となってみせる…!!」  そう言うとナツとルーシィに英語のテキストを手渡す英二郎。彼の父親は銚子市で中学の英語教師を務めている。英二郎の闘志の高さを蓮は「親父が乗り移ったかのような気迫を感じる」と評するほどだ。だが、なぜか私生活では車の運転ができない。だからこの島に妻の由紀子の運転する自動車に乗ってきたのだ。  「コンタクトを外すよ。初めて君達にはメガネ姿だけど笑ってもいいさ」  「これ、牛乳瓶並みの分厚さじゃないですか。しかもまん丸!!」  「だからさ。まあ、由紀子も最初は笑ったけどね」  「クスッ、面白い…」  秋南が思わず笑い出す。英二郎は思わずほほ笑みを浮かべる。だが、彼女の運命の輪廻は動き出していたのだ…。  そして、東京・六本木の路上では…。  「おい、金とやせ薬は引き替えだぞ」  ホスト風の男が少女に話す。  「早くちょうだい、やせないと仕事がもらえないのよ」  「分かった分かった。このサタちゃんに任せてよ。ボキ、紹介するよ」  仮面をかぶった男がおどけまくる。人々は少女がかつてミュージカル女優をつとめていた園田 奈子(そのだ なこ) であることを知らない。しかも、彼女の言う「やせ薬」とはあの魔性の飴「シルキーキャンディ」を気体化してポンプにしたものだった。  彼が麻薬を仕入れている『マボロシクラブ』のオーナー室では…。  「こんな小娘を抹殺しろというのですか」  「僕にとっては愛人の隠し子です。愛人は抹殺しましたが子供が生きていれば都合が悪い。親類を通してある場所に逃がされているようです。オーナーを通じて始末をお願いします」  「報酬は?」  「ジャスト1億円」  「分かった、あんたの注文通りにするさ。まあ、大船に乗った気分で」  「あの『闇』に頼むことになるでしょうね。幼稚園のデータは幸い知っています、後はあの三人組に襲わせて始末させるといいでしょうね…」  「あいつに任せると安心だ」  男は新進気鋭の政治家・白鳥遥であり、もう一人は一之瀬優だった。そう、あの鹿久居島の記憶喪失の少女をシンセミアも狙っていたのだ…。  そして、千葉では…。  「金を持ってきたか…」  目つきのおかしな男が少女に話しかける。彼女が金を渡すと、男はニヤリとした。  「当分の間、口封じはしておくよ、知佳。その代わり、裏切ったら万引きや援助交際の事実をばらすからねぇ…」  「悔しい…!!」  彼女は悔しそうに駅構内へと消えていく。男は金を受け取るとそのまま車に乗り込む。中には男女三人が待っている。  「またもらった?」  「ああ、もらったよ。ルイの悪知恵は天下一品だ」  「これでエスでも買って楽しむか。エスのノルマは今月クリア出来そうだし」  「やめとけ、ミイラ取りがミイラになるというからな」  「うーん、ではマボロシクラブでドンペリでも楽しもうよ」  「いいねぇ…」   4 夜と虹、煌き  そして翌日の壬生国議会議事堂…。  議会を清掃する女の姿がいた。だが彼女は清掃を早めに終えると清掃用具の入ったケースを取り出す。その下に禍々しいものがあった。  「…」  そう、ソーマ・ピーリスはショットガンを隠し持っていたのだ。そのケースを持ち込むと、議会の壇上にそっとセットする。後は狂を狙撃するだけだ。ショットガンを素早くしまい込むと、掃除を続ける。この姿に誰も警戒しなかった。  その光景を中学生が見ていた。彼は不安そうな表情で携帯電話を取り出すとメールを打ち始める。そしてメールを送信し終えるとその場をこっそり離れていった。そのメールの送り先は一体どこなのだろうか…。  「よし…、今だ…」  ソーマは演説中の狂めがけてショットガンを構える。だが、そのショットガンには彼女の歯に自動的に仕掛けられたニコチン放出装置が同時に作動する仕組みとなっており、あの久世留美子と喪黒がいった「自動自殺装置」とはこの事だったのである。  だが、ソーマは背後から来る男に気がつかなかった。そして中学生の少年はその男と一緒にいた。  「おい、やめるんだ、マリー!」  「ああっ!」  男二人が素早くソーマに飛びかかる。少年は素早く口の中を開かせるとナイフを取り出して機械を取り出した。そして青年はそのままソーマともみ合いになる。  「この電話でコール113を入れるんだ、尚人!」  「わかりました!」  そう、先ほど少年がメールを送信した相手はアレルヤ・ハプティズムであり、下宿先の月岡家の協力を得てマリーという女性の行方を捜していた。そしてマリーが記憶を操作されてソーマ・ピーリスにさせられていたことが明らかになり、喪黒の元で要人暗殺の任務を与えられていた事を把握したのだった。  ソーマを取り押さえる二人。だがソーマはショットガンを放さない。だが想定外の出来事が起きた。 バァーン!!  「マリー!」  アレルヤは驚いてソーマに駆け寄る。ショットガンが暴発し、左腕を負傷したのだった。  「アレルヤさん、警察を呼びますよ!」  「分かった、だがソレスタルビーイングの権力が優越される、分かったね」  「はいっ!」  尚人は急いで警察に電話を入れる。  「ということで彼女を連れてきた訳ね」  ドロシーは渋い表情で怪我をしたソーマを見ている。  「さすがに月岡家のノエルには凄惨な場所を見せるわけにはいかない。尚人君はそのまま自宅に帰したよ」  「それでいいよ。後はゆっくり彼の心のケアをするだけだよ」  カトルがアレルヤに答える。テレビ電話のトレーズは意識を失ったソーマを眺めながらアレルヤに聞く。  「君は彼女をどう扱うつもりだ」  「彼女を、保護して欲しい。このままでは彼女は喪黒一族に始末される」  「ほう、その女性を保護して欲しい訳か」  「司令官、彼女は犠牲者なんだ。喪黒の野望に振り回されてしまった。本来ならばソレスタルビーイングの規則で公私混同は禁止されている、その規則を犯すことを承知で保護してくれ!」  アレルヤの土下座にトレーズは思わず苦笑すると答えた。  「いいだろう、我々も君の願いを受け入れる。今まで君はソレスタルビーイングの為に無私無欲で尽くしてきた。これぐらい君に認めなければ筋が通るまい。彼女をソレスタルビーイングの一員にすればなおさら問題は解決出来る。君には彼女を我らが一員にするよう説得する、大きな課題が課せられるが、それでいいだろうか」  「司令官!」  「彼女の治療は然るべく措置を出そう。ポオ、マリー・パーファシーの治療に当たるように」  「かしこまりました」  ポオと言われた女性がトレーズに頭を下げる。  「だが、喪黒以上にやっかいなのはあのミキストリだ…。彼らの狙いが何かいまいち分からない…」  「そうですわね…。私達もGINから情報提供を受けていますけど、GINも証拠集めで苦戦している模様ですわ。ヒイロも困っていましたわ」  厳しい表情でリリーナ・ドーリアンが考え込む。  「彼もですか」  「ええ、私とヒイロは同じ大学で学んだ間柄です。その際司令官がヒイロの学費を出して支援してくれました」  「それぐらいは当たり前だ。結果として彼をソレスタルビーイングに加入出来たのだから」  「何、あの狂が狙われただと!?」  壬生王室では…。ソレスタルビーイングからの親書を見て驚く国王・壬生京一郎がいた。彼は紅の王という称号を与えられていたのだった。  「何と言うことだ、このままでは国王陛下が危ない!」  「私は大丈夫だが、君達が尊敬している狂が危ない。君達は彼を守ってくれ」  四人に声を掛ける京一郎。この四人は狂に付き添い、共に幾多の困難を超えてきた。壬生国屈指の論客集団・四聖天と後に彼らは言われる。  「国王陛下、あなたの言うとおりです。私は狂の元に向かい、支援に入ります」  「あの紅虎に狂のお守りなんて無理だぜ」  淡々とした口調の小さな背の男と大男がニヤリとする。アキラと梵天丸といい、この二人だけでも恐ろしい論戦があるのだ。その才能故に狂はあえて国王周辺に置き、喪黒一族の暗躍から守ってきたのだった。また、彼らの存在が京一郎の精神を安定させていたのだった。いざという時は冷静な判断をとれるが普段はお茶目な国王として慕われている。  「狂を殺そうとしたんだったら、しっかりおつりでも払ってもらおっと」  「まあ、コテンパンにしてあげようじゃない」  天然ボケを顔にした金髪の青年と桃色の髪の毛の女性が淡々と話す。この二人も恐ろしく、ほたると灯という名前がある。  「兄上、このままでは狂は確実に喪黒を殺しかねません。私も彼の元に向かいます」  「そうだな、当面の間は我が弟である京二郎と京三郎に王室に入ってもらおう。二人には負担を掛けてしまうがやむを得ない」  京二郎は鎭明(ちんめい)という別名を持ち京都で勉強してきたこともあり冷静な観察眼を持っている。それ故に壬生国議会の創設に弟の京三郎と一緒に活躍し、今は引退して畑作業にいそしんでいた。 京一郎に申し出たのは末の弟である京四郎であり、普段はスケベな昼行灯を装う。  「時人、あなたには国王陛下の周辺の支援をお願いします。私は信じていますよ」  「父様と一緒に果たすから、アキラは頑張って狂の支援をしてきなよ。ボクは平気だから」  舌を出して笑う女子大生。  「恋人の前で少しすぎた真似をするな」  「だって…」  「吹雪、そう責めるな。しばらくの間二人は忙しくて離ればなれになるのだ。それぐらいは容認するのだ」  京一郎に諫められて頷く吹雪。実は吹雪は女子大生である時人の父であり、アキラとの交際を認めている。アキラには厳格な父として接しているが、実は温厚な性格である。彼を中心にひしぎ、遊庵、時人が国王直属の政策調査機関・太四老を形成しており、四聖天とも連携関係を持っている。  「私が不安なのは、ヴァルハラが撤退しかねないことです。ヴァルハラは喪黒一族やCP9とも中立の関係を維持しています。もし壬生国が混乱したら間違いなく撤退しかねません」  「そうだな、俺もひしぎと同感だ」  遊庵(ゆあん)も不安そうな表情だ。彼は全盲でありながらも、屈託のない明るい性格でみんなから慕われていた。その人望もあり、本人の努力も含めて太四老の一員になったのである。ちなみに母・伊庵が初代太四老の一員だったのだが引退している。その他に京四郎と狂の師である村正、京一郎の妻である四方堂も太四老だった。ちなみに吹雪の妻が姫時といい、村正の妹に当たる。  「父様、何かあったの?」  「るるちゃん、ゴメンね。当分の間アキラたちは忙しくなるんだ。その代わりボクたちがここにいるから」  時人が声を掛けたのは京一郎と四方堂との間の娘であるるるだ。  そこへ長髪の男が憤懣やるせない表情で入ってくる。アキラが押さえに入る。噂の主である。  「狂、相当憤慨していますね」  「あの喪黒め、俺を殺そうとしやがって…!!」  「落ち着いて!」  椎名ゆやが狂に抱きついて押さえようとする。狂とはすっかりいい間柄にある。  「狂、君の憤りは私も同感だ。だが、証拠がない。国会で追及するのは賛成するが、現時点では勝ち目はない」  「それでも…。俺は、喪黒を許せない…」  「これでは止めようがないな…、紅虎…」  「太白はん、わいも困っておるんよ、あの喪黒には…。調査費すら出し渋りはじめているんやで」  狂の相棒の一人である紅虎(本名・松平秀忠)が渋い表情で鳥居太白と話す。太白は戦争孤児達を引き取って壬生国の戦争孤児養護施設・金虎苑で育てており、あの霞拳志郎が一目置く存在でもあった。それ故に多くの子供達は太白を慕っている。ちなみに太白は秀忠のお守り役である鳥居元忠の養子の一人である。  「太白、君が心から愛する壬生国はこのままでは危ない。万が一あれば取りまとめを頼む」  「かしこまりました。必ずお守りします」  「よっ、狂の下僕二号」  ほたるがにやりと皮肉っぽい目で紅虎をからかう。   「秀忠様を侮辱するな!」  「真尋(まひろ)、落ち着くんや。ほたるは決して悪意で言うておるわけがあらへん」  黒いスーツに固めた女性を諫める紅虎。彼女は京二郎に才能を認められて紅虎の元に預けられたエリートの一人である。その調査能力は蜘蛛の糸のように緻密な完成度を持つ為、「蜘蛛遣」という異名を持つ。  「ここに高野広志がいれば…!!」  「あんたも相当ヒロさんに頼っているぜ」  「サスケ…!!」  背の小さな少年がにやりとする。彼は二代目猿飛佐助と襲名しているが養父でもある初代に配慮して「サスケ」というあだ名を用いている。サスケと仲がいいサンテラが言う。  「確かあの人って、GINを立ち上げる際に人材を探してこの壬生国に来ていたよね」  「そうや。ひしぎはんも加わろうとしたんやけど、反対にあったんや」  「その代わりに推薦したのが、ウラキオラ、ノイトラ・ジルガ、グリムジョー・ジャガージャックの三人だ。あの三人を高野広志は採用して、自らのもとで厳しく鍛え上げた」  「アイツと相手になったら、とんでもないぜ…。相打ちそのものになってしまうから俺もやめたがな」  狂はにやりとする。  成田空港…。  一人の女性が東京方面のバスを探して歩いていた。彼女はバス乗車場に向かう。  「タクシー空いてるぜ。乗って行かないか?」  「すみませんね、ちょっと…」  「ただでいいぜ、今日は記念日なんでね」  「じゃあ、丸の内のサードフラッグス本社までお願いできませんか」  「そうか、分かった」  男はナビゲーションシステムを発動させる。車の中に運転手の名前が書かれている。  「あなた、ダニエルさん?」  「そうだな。今年で33歳だ。昨日、男の子が生まれてね」  「おめでとうございます」  「この子だ。立ち会いで一日病院にいたが今日から仕事だ」  ダニエル・ナセリはにこりと笑う。 -----志狼はどこに行ったの…?「太公望」という名前で闇の仕事をさせられているというけど、本当なの…?  泉真澄は不安そうな表情だ。  「この二人は?」  「俺の知り合いで、夫婦ぐるみの付き合いさ。エミリアンとペドラだ。二人共警察官で、ペドラは空手の名人だ」  「どうして知り合ったんですか」  「まあ、エミリアンが免許を修得したがっていて、俺が教習官を買って出たわけさ」  そう言うとダニエルはスムーズに車を動かす。そんなに過激なスピードを出しているわけではないが、ダニエルは確実に急げる道を選んでいた。ちなみにエミリアン・ディーファンタルとペドラ夫人(旧姓 :シューベルイ)とダニエルの妻であるリリーの家は隣同士だ。  その頃…。  「何だって!?」  驚きの声を上げたのはそのエミリアンだ。橋場健二が厳しい表情で話す。  「今回信吾に話したらお前さんにも話したほうがいいということでな…。承知のように信吾はGIN所属だから民事には介入できねぇんだ」  「その、桜宗吾という男は何者なんですか」  「こいつだ。1年前に『オボロゲクラブ』という探偵事務所に加わった男だ。その際の歓迎会の写真だ」  「彼が新宿にいたというわけなのか…」  厳しい表情で泉信吾は写真を眺めている。ここは千葉・「たこ助」(おでん屋だが焼き鳥もこなせる)。オーナーの健二を取り囲むかのようにエミリアン、信吾、健二の妻である冴子(旧姓:水口)、アルバイトで京葉大学法学部4年生の火野映司、信吾の妹で塔和大学1年生の比奈が困惑の表情だ。  「俺も新宿で聞込みに入りましょうか」  「馬鹿なことを言うな。お前は一人で何もかも背負いこんでしまい挙句の果てには己の命すらも顧みない。そんなことをして比奈ちゃんが悲しむだろうが」  健二は映司を叱る。映司は船橋の下宿先から大学のある千葉まで通い、ここで仕事もしている。朝は朝で新聞配達の仕事もしている。だが、彼には重大な素性が秘められていたのだ…。  「俺も、優美もお前の無茶を放っておけないんだよ。無理はするな」  「伊達さん…」  筋骨隆々とした体躯の男が言う。彼は伊達明といい、兄はGIN所属の伊達竜英である。明は外科医にして、川崎に本部を持つNPO法人で発展途上国向けに外科医を派遣する『見えない病院』のスタッフであるが、今はある事情で休んでいる。今日は研究者にしてパートナーである佐倉優美と一緒に『たこ助』でおでんを食べに来たのだ。明はおでんが大好物で、NPO時代からの知り合いである映司のバイト先であるこの店に千葉に来るたびによく出入りする。  「私がこの人のことを覚えていなかったらこんな大事にならずに済んだのに…」  「いや、よく気がついてくれた。今新宿を中心に麻薬がはびこっている。『黄色い馬』というものだ。元々は六本木ではびこっていたが最近では新宿や原宿に飛び火していて警察も捜査に忙しい毎日だ」  「その桜という人物とアポが取れますか」  「取れない…。電話をかけても全くだ…!!」  「映司君、どうすればいいの…」  「麻薬だぞ、これはとんでもないことになった…!!」 ------こうなれば、シバトラさんにアポを取らなくちゃ…!!  映司はそう心の中でつぶやく。  「この前ジャンが盗聴犯を捕まえられなかったことも悔しがっていたな」  「それも関係しているような気がします」  この場の人たちに映司は自らの素性を明かしていない。だが、その本当の名前は朝倉茂樹といい、あの朝倉啓太が遠い親戚筋に当たるということは誰も知らなかった…。  そのオボロゲクラブでは…。  「ようやく仕事が来たで、六本木やで」  「おぼろさん、ようやく来たんですね」  嬉しそうな七海。おぼろは新時代出版社の仕事をこなしつつ、独自に仕事を探していた。そこへ六本木で昔ホストクラブを経営していたが今は高級レストランを経営している人物から仕事が入ったのだ。  「あいたたた…」  「サーガイン、腰痛がきついのか」  「一甲の言うとおりだ、何しろ痛くて仕事にならない。だが、俺に出来ることはやらせてくれないか」  「確かに辛そうだ…。無理はするな、サーガイン。何かあったら頼んでくれ」  「一鍬の善意だけ受け取っておくさ」  サーガインは苦笑いしながら一鍬に答える。普段から自分のことは自分でやると決めている為、あまり人任せにはしないのだ。そのサーガインの娘の覚羅が入れた緑茶を飲みながら言うのは入道姿の大男だ。  「しかし、マボロシクラブ近くって言うのが気になるぜ」  「チュウズーボ」  チュウズーボが話す。体任せで闘う武闘派で、暴走気味のため、一甲がうまくコントロールしながら使っているのだ。おぼろは厳しい表情で話す。  「六本木で最近麻薬の取引が多発しているらしいわ。でそのレストランで麻薬取引が行われている可能性があるらしいわ。うちらはその当事者を摘発してくれということらしいわ」  「それならやらなくちゃ」  すっかり目が生き生きしているのはウェンディーヌ。彼女はアーチェリーはもちろん、狙撃を特技としている。フラビージョも続く。  「私も行きたい!」  「イケメン相手の仕事か。仕事と遊びをごっちゃにするな」  吼太が注意する。鷹介は相変わらず気の抜けたような顔をしている。  「サタラクタの奴、今は何をしているんだろうか」  「あいつがここを去っていって、何か悪いことでもしていなければいいんだけど…」  悲しげな表情で話すのはマンマルバ。彼は小学生なのだが、聡明な性格でチームの情報整理を引き受けていた。  「新時代出版社の不正がいまいち俺達には分からない…。スクラッチエージェンシーとも連絡を取り合うしかないな…」  ちなみに霞兄弟の父霞一鬼は無限斎の親友だった。3年前にガンでこの世を去った際、死ぬ前に無限斎に息子を託した。それ以来霞兄弟はオボロゲクラブで働いている。なお、七海と一鍬、一甲とウェンディーヌは彼氏彼女の関係にある。  チュウズーボの携帯電話には赤い髪の毛の男の待受画面がある。  「烈D君をここに招きたかったがなぁ…」  「あいつは駄目だ。GINであいつの実力は発揮される」  その頃、広志は…。  「やあ、お疲れ様」  「ヒロさんじゃないですか」  女子高生のアルバイトが黄色い声を上げて近寄る。アルバイトの和泉恵美と楠原由香だ。ここは藤沢近郊にあるレストラン『ハカランダ』。烏丸啓店長は二人を制すると広志に別室へ案内する。  「あの二人はどうですか?」  「とりあえずうまく行っているというところだ。栗原君がアドバイザーを務めている」  「そうですか…。くれぐれも油断は出来ませんよ」  「それと、麻薬の動きだが海外で大きな取引があったらしい。この前アメリカでディーラーが摘発された事件があっただろう」  「そうですね…。それに関してはUSGINに任せておきましょう」  「あの『BOARD』の突然の解散に我々は戸惑っていたが雄山先生のおかげで君達の組織に加入することができた。ノンアルコールカクテルから始めようか」  「そうですね、厨房には今誰がいますか」  「剣崎君だ。彼に任せてあるさ」  剣崎一真は烏丸の最高の部下の一人である。そこへ広志の携帯電話が鳴り響く。  「もしもし、高野です」  『USGINのクリストファー・マッカンドレスです』  「君か。すまないな」  『僕の命を救ってくれた『手遅れ先生』は今どこにいますか』  クリストファーは過去、ハーバードのロースクールを首席で卒業し、弁護士の資格を得ると同時にUSGINに加入した。そこで憧れていたアラスカに支部を立ち上げる計画を聞きつけ参加を志願した。ブルース・ウェインUSGIN最高執行責任者は本人の意向を確認した上でクリストファーをアラスカに派遣した。  その際のメンバー集めでクリストファーは無理を重ねてしまい、生死の危機をさまよったことがある。そこへ偶然USGINに研修に来ていたある日本人外科医がクリストファーの命を救った。今はメンバーの一人であるウェイン・ウェスターバーグとロン・フランツにアラスカ支部の運営を任せUSGINの法律対策部に所属しており、アメリカの政治の動きを把握して報告してくる。今は日本にいてブルースの命令で広志の支援に入っているのだ。  「彼との再会は分からないが、いずれにせよ約束は果たすとだけ保証するさ。君が電話をかけてきたのはベネット大統領の事であろう」  『そうです。ベネット大統領ですが、壬生国に陸軍を派兵する方向で動いているようです』  「そうか…。いよいよ戦争に突入か…」  『僕たちは内部に潜り込んで情報を探り抜きます。その上でしかるべき措置を…』  「当然だ。こちらも徹底的に手は打とう」  そう言うと広志は電話を切る。烏丸が手を打つと隣の厨房からハバネロ味のペペロンチーノが入ってくる。  「これは旨辛系ですね…」  「あのケンゴさんがヒイヒイ言いながら食べていて『病みつきになる』と言っていたほどです」  「なるほど…」  異母兄である遠野ケンゴの顔を思い浮かべながら広志は苦笑した。彼はどちらかと言うと自由気ままな性格だからだ。テンションが乗ってくると止められない。普段は警察軍で教官を務めているが投資家としての顔がある。  「ヒロさん、誘惑に惑わされないなんて頑固すぎますね」  「当然だ。だが、絶対という言葉はない」  広志はテッカマンとして覚醒した10年前の出来事を思い出していた…。テレビでは輝の育ったボストンのMLB・ボストン・レッドソックスの試合速報が流れている。広志は同級生の茂野吾郎が所属しているウィンランド・ブラックスのファンである。 5 天、華の宴、嵐  「ヒロ、イムソムニアが攻めてくるぞ!!」  「了解!川崎港まで向かいます!!」  10年前の警察軍・川崎基地…。  作業衣に身をまとった広志はネオクリスタルを手にテッカマン出撃サークルまで駆け出す。目覚めた直後から広志は第一線にたって積極的にイムソムニアとの戦いに挑んていた。  「川崎港まで出撃します!ラダム兵とその中心の兵士は!?」  「メインテッカマンは2体、ラダム兵はざっと見て50体!!」  「了解!」  広志は概要を把握するとネオクリスタルを構えると叫ぶ。  「テックセッター!!」  その声と同時に広志の体に機甲が取り込まれていく。そしてトリコロールの機体が現れる。  「高野広志、テッカマンアトランティス、行きます!」  「ヒロ、焦るなよ!!」  「ケンゴこそ…」  遠野ケンゴに声をかけると広志は20本の翼を素早く展開させる。アトランティスを載せたピットは移動を開始する。北村美咲はケンゴに不安そうに目配せする。ちなみに美咲はのちのケンゴの妻になる人物である。  「壊せ、壊しまくれ!愚かな人類に偉大なる支配者の力を思い知らせるのだ!」  指揮官と思しき男が指示を出す。  左右を固めるメタリックアーマーの兵士達。人々が驚き逃げまとう姿を不適に笑う彼。  「止めだ!あのビルを破壊しろ!!」  メタリックアーマーの兵士達が破壊に向かおうとした瞬間だ。先頭を走っていた戦闘爆撃機・ファントムが木っ端微塵に破壊された。そこに現れた機体はトリコロールに身をまとった戦士だ。  人々はその姿に希望を見出した。戦士は希望の剣を握り締め、鋭い眼差しで睨みつける。  「何が起こったんだ!?」  「テッカマンアトランティス、見参!イムソムニア、お前らの好き勝手にはさせない!俺が相手だ!!」  「おのれ、俺達シャドーアライアンスを妨害した報い、思いしらせてやる!」  美紅は基地内部のモニターから広志の戦う様子を見守っていた。  ひるむことなく、ぼろぼろになりながらもアトランティスはラダム兵と戦っている。戦闘機部隊が次々と到着する。  「こちらレントン・サーストン、現場に到着しました!」  「アトランティスと連携し、ラダム兵を中心に狙撃を頼む!」  「了解です!」  レントンと言われた少年の搭乗する戦闘機は素早くラダム兵めがけて狙撃を開始する。広志アトランティスに集中していたラダム兵はたちまち戦闘機に向かっていく。 -----あれがイムソムニア…!天下航空機を墜落させた父さんと母さんの敵…!!  「何か彼を見てくると焦っているようだね…」  「小野田司令補佐…」  ロングコートをまとった青年が厳しい表情で指揮を振るう。小野田真といい、一年前までは外資系化粧品会社のトップセールスマンだったが警察軍に徴兵されていつの間にか司令官補佐にまでのし上がっていた。  「ヒロ、聞こえるか!?」  「ケンゴ!!」  「レントンの搭乗するファイカイザーを利用するんだ!」  「分かった!」  広志の声が聞こえると同時にもう一機の戦闘機が全面に出る。  「レントン、私のシステムと連動してヒロを載せないとダメよ!」  「ああ、エウレカの言うとおりだな!」  広志は二機の戦闘機の翼に足を広げて搭乗する。ラダム兵がたちまち襲いかかるが広志のエクスカリバーの前に次々と打ち砕かれていく。  その頃、藤沢にある警察軍第三総合研究所では…。  「この二人をフォーマットするとは…。渡、こいつらに果たしてテッカマンの任務が果たせるだろうか…」  「大丈夫さ、彼とても16歳だ。それに11歳のテッカマンも投入することになっている。すでにフォーマットは完了している」  「子供に戦わせるとは不本意だがな…」  ため息をつくのはドン・ドルネロ。浅見渡も同感だ。  「本当なら、彼らには戦いの場に立って欲しくなかった…」  「俺もだ…。だが、今あいつが戦っているんだ…」  二人の眼の前にいる生まれた姿のままで水槽の中にいるのはおかっぱ頭の少女と坊主頭の少年だ。二人の体にあわせて光の輪郭が現れている。厳しい表情で斎木貴人は戦況を見つめている。  「俺の妻であるりりむも、この戦況を見つめている…。戦争の悲劇は俺達だけでたくさんだ…」  「まあ、あとは医者を投入するしかないぜ。誰にするつもりだ」  「すでに決まっているさ」  「ねぇ、ドルネロったらこんなに大金をはたいていいの?」  白いスーツ姿の女性が戸惑いながら入ってくる。ドルネロの秘書でもあり養女の一人であるリラだ。  「後で金なんぞ入ってくるさ。気にするな、目先の利益よりも二年三年の利益だろうが」  「君は無駄遣いを嫌っているからな」  「当然よ。私に入ってくる金が減ってくるじゃない」  「馬鹿野郎、金って奴は強い奴のもとに必ず最後に入ってくるんだよ。だが、強い奴は同時に優しくなくちゃいけねぇんだよ。最後にカネカネカムカムだ」  ドルネロのダジャレに苦笑する渡とリラ。  そして新川崎・警察軍第二基地…。  「花丘イサミ、テッカマンホーネッツ、行きます!!」  黄色い機体のテッカマンが基地から飛び立っていく。それと同時に初老の男が立ち上がる。  「彼女だけには戦わせる訳にはいかない。私も向かう」  「相羽さん!」  スタッフが慌ただしく動き出す中、男はサークルに向かう。 -----このシステムを発動させるのも久々だな…!  そして男はジャケットを脱ぎ捨てると青いクリスタルを掲げる。  「アトランティスめ!」  「俺はお前たち二人にも屈しない!!」  広志はテッカマンハーデス、テッカマンフリーザ相手に激しく攻めかかる。  エクスカリバーがスピードに乗って二体の悪魔に襲い掛かる。 ------こやつ、侮れん…!!  広志のエクスカリバーに苦戦していると思えば右手からフレアーがフリーザに襲い掛かる。鎖鎌を構えていたフリーザは思わずのけぞる。  「こいつ、俺達のボルテッカでやってやるしかないな!」  「俺は負けない、みんなとともに自由をつかむために!!」  そういうと広志はバリアーを張り返す。こうして戦っている間に多くの人たちは瓦礫の山に苦しみ悲鳴のどん底にいるのだ。広志はいわば絶対的なエースでもあると同時に司令塔として戦いに勝利することだけを宿命付けられ、逃げる事も負ける事も愚痴を言うことも、挫折ですらも何一つ許されずただ守る為だけに前を向き続ける事だけを要求されていたのだ。  「ヒロさんだけには負担は負わさせない!!」  そういうと黄色い機体のテッカマンが現れる。  「君は!?」  「花丘イサミ、テッカマンホーネッツよ!」  「しまった、あの小魔人が!?」  「引き上げるぞ!!」  ハーデスとフリーザは大慌てで退却していく。そこへトリコロールのもう一体のテッカマンが現れる。  「私がついてくる必要はなかったようだな」  「直人おじさま!」  「あなたは、あの三十年戦争で日本を勝利に導いた一人の相羽直人だったのですか…」  「今はしがない外科医だがな。君ほどではないが」  相羽直人、三十年戦争でテッカマンアトラスとして日本を侵略者から守りぬいた国の英雄だった人物である。その直人に寄り添うかのように小学5年生の花丘イサミはじゃれている。ショートヘアの少女がテッカマンであることに広志は戸惑っていた。彼女の父親は花丘博士であり、祖父は芹沢博士である。二人ともテッカマン研究のプロであった。  「しかし、なぜ君が…」  「パパが研究者だったからよ。研究素体がないって困っていたから私から協力を申し出たのよ」   「不動先生、困ってしまいますね…」  「高野くんの言うとおりね…」  渋い表情で不動ジュンは言う。彼女もテッカマンオリオールとして戦っているのだが、広志にテックセットさせることに今でも難色を示している。早見青二警部が困った表情で話す。彼もテッカマンバトラスとして緊急時に出動する関係にある。青二の父早見忠治はテロによって殺され、養父になった明智敏正も三十年戦争で殺された。故に理不尽な暴力への怒りは強い。  「僕だってだ。思わず上司に反対を表明したほどだ。君はおろか、年端もいかない女の子を戦場に出すなんて…」  「私、剣術が得意なんだよ。それでも反対なの?」  「俺も早見さんに賛成だな。戦争というのはそんなに甘いものなんかじゃないんだ」  「ある意味、目のやりどころがないよね…」  渋い表情で美紅は言う。テッカマンになることは通常の人間よりも体力の消耗が激しくなる事を意味する。  「私は見られても平気だよ。なんで恥ずかしいの?」  「君はお転婆なんだよ…」  「私は普段からここにいるわけじゃない。今回四瑛会の紹介を受けて医者を手配した。恐らくその二人がずっと常駐でいるだろう」  渋い表情で言う広志に直人はドアを開ける。  「ここは診療室…!?」  「オペも出来るんだぜ、高野広志」  「えっ!?」  広志は戸惑いを隠せない。金髪混じりの青年がニコッと笑う。そのバッチには「国際警察軍診療所 外科医 真東輝」と書かれている。ちなみにこのバッチはICチップによって管理されており、食事内容までしっかり記録されている。  「まひがし…」  「真東輝さ。前にいた安田記念病院ではテル先生って言われていたし、それでいいさ」    「11歳のテッカマンか…。俺は噂で15歳と12歳のテッカマンの話を聞いている」  ひょうひょうとした表情で四宮蓮は広志達の話を聞いていた。  「そうなると困りますよね、子供たちを戦争に駆り立てるなんて…」  「私はこの自体の傍観者になりたくなかった。だから、テッカマンになることを選んだんです」  「君は早熟すぎる…」  輝はイサミの姿勢に戸惑いを隠せない。テッカマンとしての任務から戻ってきたら必ず医師の診断を受けるようになっている。そこで得られたデータをトレーニングに反映させていくのである。  「あれ?机の上にある写真って、テル先生の彼女!?」  「もう、恥ずかしい!!」  美紅のツッコミに輝の顔が赤くなる。  「ところで、この聴診器は…」  「今はなき、四宮凱、親父の忘れ形見だ。俺や輝は天下航空で家族を失った」  「な…!?」  広志は戸惑いを隠せない。輝はTシャツで診察をしているが、胸元に何か字がある。  「俺は七歳の時に外科医だった父を失った。母とはその以前に別居していたから顔すらも覚えていない」  「俺は1歳の時に両親をあの航空機の墜落事故で失いました。そのあとは久住家にいます。まさか…」  「私の戦友にして、無二の好敵手だった男がいる…」  夜の8時…。  直人は広志、美紅、イサミ、ジュン、早見、輝、蓮の前で過去を話しだした。  「私は三十年戦争に外科医見習いとして従軍していた。そこへ運命のいたずらというべきだろうか、テックシステムに適応しているとわかりアトラスとして戦うことになった」  「少年兵でテッカマン…!!」  「私はそんな宿命を憎んだものさ。だが、戦友はわずか10歳で家族を失った。そして家族を見殺しにした実の父親の行方を探すために少年兵として志願した。その男がセルゲイ・ルドルフ・アイヴァンフォーだ…」  「20年前の三十年戦争集結の英雄と知り合いだったというわけか」  「ああ…。あの男は警察軍でも評価が複雑でね…。警察官と裁判官を兼任しているようなもので、悪党ならばその場で断罪するという厳しさを持っていた」  「だけど、手段を選ばないやり方だったじゃないでしょうか」  「ああ…。本当にそうだ、だが、そうでもしなければ助からなかった。私は三十年戦争で愛する者を失った…。もし、助けられていればと思うと…。セルゲイは過酷な過去を強い意志で乗り越え、実の父との戦いに挑んだ…」  「それが、あの三十年戦争最終の地、天保山での戦い…」  「セルゲイは勝者になったが、持病が悪化して最後仲間たちに看取られながら立ち往生でこの世を去った…。あの男のように壮絶に生き抜く覚悟は私にはない…」  「どうして、そんな男があんな鬼のような…」  「信念だったのだろう…。憎しみが憎しみを招き、悲しみが悲しみを招く…。彼はそのことを恐れていたのだ…」  広志は険しい表情で話を聞いている。  「そんなに力を入れて話を聞くな」  「怖いんですよ…、この力が…」  「確かに同感だ。私もそうだ」  その頃…。  「小坂様、奴ら強すぎますぜ…」  「やっぱりね…。アトランティスにホーネッツ…。いずれも強力な力を有していて、更に噂では二人投入するとのことだ…」  「まずい話ですぜ」  「当面の間、君達に物量戦で頼もう。そして、新たな真打を加える…」  マスクをつけた男はマントを翻すと部屋の奥に入っていく。そこに控える者たちがにやりとしている。  「あのアトランティスのことですか、我らが総帥」  「ルシーズの言うとおりだ。だが、今はキアス・ベアードの覚醒を待つしかない」  「その通りだ、ルシーズ」  「タイス・ゼビナ、当面の間はお前が指揮をとれ」  「かしこまりました。総帥は今後の方針の策定に御専念ください」  沈黙を守るインテリ風の男は瞳を閉じている。  「お前は相変わらず沈黙しているようだが、ゲーツ」  「女子中学生二人を拉致しておきました。あとは実験であの装置を試しましょう」  「さすがにマッドサイエンティストだ…」  「ハーデス、フリーザがまたしても奇襲をかけてきました!」  「どうにもなるまい。出撃だ!!」  広志は自ら立ち上がる。直人もうなづく。  「私も向かおう。君の力を見せてくれ」  「分かりました!」  「私も行くよ!」  イサミが声をかける。だが、美紅が止める。  「ダメよ、無理はダメ」  「美紅の言うとおりだ。ここは我々の戦いを見届けてくれ」  そう言うと広志はネオクリスタルを取り出す。そして天翔ける二人の超人が基地を飛び立っていく。  「私だって戦いたいよ…」  「そいつはいけねぇな…、おめぇはまだ子供だぜ」  ヌッと現れた大男がイサミを諌める。  「あなたは一体!?」  「おめぇらのスポンサーだ。オメエらと一緒に戦おうぜ」  そうしているうちに広志たちはハーデス・フリーザと対戦していく。 -----なぜ、こんなに過酷な戦いをお前がしなくちゃいけないのか…!?  広志の咆哮が大地に響き渡る。輝は広志の戦う姿しか見届けることしか出来ないのにやるせなさを覚えていた。慌てたハーデスは街を破壊しようとラダム兵に指示を出す。その瞬間だ、広志の動きが急激に上がっていったではないか。  「ど、どうなっているんだ!?」  「まさか、LIMITEDを発動させたというのか…!?」  「イサミ、出撃頼むぞ!!」  「分かりました!!」  ケンゴの叫びにイサミが動く。  「やめろ!街は壊させない!!」  叫んだ広志の頭の中で何かが弾き飛ぶような衝撃が走る。 -----なんだ、この衝撃は…!?力が、溢れて…!?  広志にはわからなかったが、髪の毛の色が黒から金色に変わり、瞳が茶色混じりから深みがかった青に変わっていた。更にそのカラダは急激に筋肉質に変わっていたのだ。  「何をほざいて…!?」  ハーデスは広志を嘲りながら襲いかかるが逆にあっけなくはじき飛ばされる。  「な、なんだ!?」  「ヒロさん!!」  焦りの表情でイサミホーネッツが駆けつける。だが直人が止める。  「新たな力に目覚めたのだ。だが、この力はなれないと暴走する。気をつけろ!!」  そうしている間に広志はあっという間にハーデスを速度で上回る。  「フリーザ、お前は逃げろ!!」  「分かった!」  「待て、お前は逃さん!!」  直人アトラスが襲いかかろうとするがフリーザは煙幕を張って退却する。  「残るは貴様だ…」  「ヒィィィ…、来るな…」  震え上がるハーデスにアトランティスはエクスカリバーを握り締める。手段を選ばないやり方に広志は逆鱗を逆なでされたかのような憤りしかなかった。  怒りのオーラを剣に集約し、ハーデスに全て叩きつける。断末魔の叫びを残して散るハーデスに力尽きた広志は倒れこむ。  「ウウッ…」  謎の力を発動させた広志は意識を失ってしまったまま一日が経過している。  「あの力は一体…」  「LIMITEDだ…。20年前に遺伝子組換え生物の研究で他生物とコミュニケーションをとるという遺伝子をハバート機関が発見した。その遺伝子を多くの実験体が埋め込まれた。犬や猫、鳥で人の言葉を理解し、人とコミュニケーションが出来るようになった。だが、人は更に業が深かった…」  直人は苦い表情で話す。輝、蓮は愕然とする。  「まさか、異生物の利点を全て組み込むプロジェクトが行われて、その実験体が…!!」  「おそらくそうだろう。だが、このことは絶対に話すな…。脅威というべき身体能力はイムソムニアが追い求めていた…。もし、その事実を知れば彼は苦悩し、取り返しの付かない十字架を背負うことになる」  そういうと直人は立ち上がる。  「この手紙を意識が戻ったら渡してくれ。そして、彼に伝えてくれ…。『私はお前とともにある』と…」  6  旗・迸る魂・瞬間・命  そして丸の内・サードフラッグス本社前…。  そこから離れた民家に泉真澄は入っていく。呼び鈴を押すと出てきたのは鋭い表情の女性である。  「お帰りなさい、泉オーナー」  「藤堂さん、志狼くんの行方は分かりました?」  「全然よ。類も困っていたわよ」  ソルボンヌ大学を卒業した国際弁護士で、真澄の顧問弁護士を務めている花澤静(旧姓:藤堂)は困った表情で言う。2歳年下の夫の類は財閥の流れをくむ一族である。真澄は「私が静さんに勝てるのは酒だけ」というだけあって頭はいい。だがその真澄もアメリカのニューヨーク市立大学を卒業したやり手でもある。  「今劉備さんも困っていますね」  「ああ…、奴らは情報をしっかり隠している。手も打てやしない」  苦い表情で棚に飾ってあるバイオリンを眺めていた類である。彼は東西銀行の株主でもあるアパレル大手企業のオーナーでもある。普段は無表情なのだが見るべきところを見ている眼力を持っている。ゆったりした服装を愛用している。  「類さんがこんな顔しちゃもったいないぜ」  「剣!」  大牙剣が類に声をかける。彼は元気者だがいざという時にはパソコンの半導体の設計開発で辣腕を発揮する。そう、この会社はサードドラゴンといい、パソコンなどで使われる中央演算処理装置の開発を手がけているベンチャー企業なのである。剣は「今張飛」というあだ名を持っている。  「類さん、私は弟共々信じていますよ」  「リュウにも励まされるとはね…」   剣の実兄であるリュウ・ドラゴは落ち着いた口調で話す。資金繰りを担うのは彼である。彼の妻であるゾーラの協力があってコスト削減は確実に進んでいる。配慮深い性格ゆえに今関羽と言われている。  「こんにちわ!あれ、真澄さん!?」  驚く表情の大学生二人。  「お疲れ様。雄作君、さやかちゃん、どう?『トリニティ』の開発状況は」  「後もう少しです。特許も確実に抑えています」  屯田雄作は笑って答える。彼の属している千代田大学工学部では学生ベンチャーを積極的にたちあげており、サードドラゴンはその一環だった。雄作は父の大作と同じように半導体開発者を目指していた。因みに彼は今趙雲と言われている。  「ブースカちゃんは?」  「充電中です。通信機能を最近つけたりしていますよ」  笑って答えるのは水谷さやか。雄作の恋人でもあり、大学の同級生でもある。因みに雄作の姉である妙実(26歳)はデジタルキャピタルで中小企業の支援やコンサルタントを担当している。  「あーあ、『とんとん亭』でも行きたいなぁ」  「いつでも待ってますって母が言ってますよ」  雄作の母親は美智子、2歳年上の夫である大作を支え、ラーメン屋「とんとん亭」を経営している。  「ちょっと、しゃべりすぎよ。無能な人ほど能弁になる傾向があるじゃない」  「そうだったな」  さやかは質素な服装を好み、沈着冷静な判断力を有していた。それで、女魯粛というあだ名を類からもらったほどだ。  「しかし、肝心の彼の行方がわからなければ困ったもんだ…」  真澄の幼馴染にして彼氏でもあった天地志狼(あまち しろう)はロサンゼルスにある大学に通っていた。だが、卒業と同時に行方不明になってしまい、真澄は志狼の行方を探していたのだった。そこで知ったのはミキストリなる国連の関係団体で闇の仕事をさせられているという情報だった。  「国連が相手じゃ、手の打ちようがない…」  「確かに。私は奇跡の男と言われた高野広志と知り合いなのだが、彼は全ての災厄の大本である戦乱を早く終わらせるためなら自分が憎悪を持たれても構わない覚悟を携えている。リスクなくして利益なしって言葉も彼は分かっている」  ひげを蓄えた男が言う。彼は広東人民共和国から亡命してきた曹操孟徳である。  そしてGIN本部のある川崎スカイタワー…。その下層階8階専門店街を美紅は訪れていた。  「いらっしゃいませ」  「高野です。あの靴はできていますか」  「ええ、できていますわ」  笑顔で応える女性。カレン・レイナードは美紅と10年の知り合いになる。いや、この靴店のスタッフと美紅、そして広志とは深い関わりがあったのである…。  「ルドルフ、靴をお願い」  「ああ…」  カレンの夫で、レイナード靴店のオーナーであるルドルフは丸三の買い物袋に入った靴を手渡す。ちなみにこの専門店街のキーテナントは老舗百貨店の丸三で、衣料・高級食料品店を運営している。その他にも玩具も取り扱う大型家電店など、一通りの生活用品はスカイタワーSCと言われるこの店舗で揃えられる。  「あの赤い靴、店先に飾っておいて平気なの?」  「あれは、私達の絆の象徴。どうしてもそうしたかったの」  カレンが微笑む相手。マリア・オルティスはうなづくと、一枚の写真を取り出した。夫で靴職人のマックスは渋い表情で話す。  「あの赤い靴を譲ってくれという人がいるようだけれども、あれには値段はつけられない。どうしてもだね」  「あの靴はマリアの命を救ったんですもの…。そして、私に絆をくれたんですから…」  そして、あの出来事は広志の運命を変えてしまった。決して諦めない不屈の精神と、自分の限界まで無理を重ねる性格へと導いてしまった出来事だったのだ…。  10年前…。  イムソムニア本部では…。小坂直也CEOの目の前でゲーツ・シュバルツに連れられた二人の女子中学生がいた。その目つきは虚ろだ。  軽蔑の眼差しで小坂はゲーツにいう。  「ゲーツ、よくこんな小娘を連れてきたな」  「奴らが主力アトランティスに加え、小学生の小うるさい蜂まで投入したわけで、こちらもそうするしかありますまい」  「仕方があるまい。君達はうるさい警察軍を黙らせてくれ」  「かしこまりました」  二人は虚ろな表情で答えると現場を去っていく。  「念入りにフリーザ、お前も行け」  「かしこまりました。小娘に案内役を引き受けてもらいましょう」  「新世界樹立のために破壊は避けられない。壊せ!!」    「ここが警察軍のもうひとつの部隊の本拠地か…」  広志を連れて入っていく小学生の少女。  「花丘さん、ここは一体どこなの」  「美紅さん、警察軍はドン・ドルネロさんと浅見渡さんが個人的に出資して作った機動部隊を持っているんです。その名前がシティ・ガーディアンズです」  「君はシティ・ガーディアンズ生まれのテッカマンということになるね…」  「そういえばそうですね…」  その時だ。広志の背中をちょいと叩く若い男。  「ヨッ、英雄!」  「竜也、ちょっと控えろ」  年老いた男が若い男を戒め、大男が広志をしげしげと眺める。  「この人が…」  「渡さん、この前の命の恩人を連れてきました」  イサミはニコリと笑う。  「流石に君だ。芹澤博士の孫娘だけある」  「俺は浅見竜也というんだ。オヤジやドルネロは君と会いたがっていたんだ」  「おめぇ、気に入ったぜ。さすがにロンドン五輪の金メダリストだけあるな」  その時だ。広志の時計型通信機からシグナルサインが鳴り響く。  「出動依頼、場所は横浜みなとみらい、ランドマークタワーだと!!」  一方、別室では…。  「よーへー、あの人…」  「なぜあの金メダリストが…。まさかラブ…」  戸惑う少年少女。坊主頭の少年は鯨岡洋平、お下げの少女は高城愛といい、洋平が15歳、愛は12歳である。二人は警察軍の寮にいて普段から一緒に行動している。サングラスをかけた青年が二人に近寄る。  「ギエン、あの人って誰?」  「おそらく、テッカマンアトランティスじゃないか…。この前ホーネッツをサポートした彼だ…」  その時だ。ルームにスクランブル信号が鳴り響く。  「ラブ、生理中だから休んでいるんだ」  「へっちゃらよ。私も出動させて。よーへーに体見られているもん」  洋平は渋い表情で応じる。小さい頃母親を失い、姉の波子が母親変わりになって育ててくれた。ぶっきらぼうな口調にしては気を使う性格なのだ。  「仕方がない。彼女はお転婆だからな」  「ギエン、場所の把握を!」  「了解!」  「みなとみらいのランドマークタワー周辺にラダム兵奇襲!」  東京・警察軍指令本部では混乱が襲いかかる。  「またしてもイムソムニアか…」  「本部長、シティ・ガーディアンズも経験をつませるべく出動させましょう」  「ああ…」  そのランドマークタワー周辺…。マリアとマックス、ルドルフが戸惑う。  「一体どうなっているんだ!?」  「早く逃げて!」  カレンが叫ぶ。マックス、ルドルフはマリアの手を引いて公演の大木に逃げ込む。だが、マリアの携帯電話が時計台の近くに落ちてしまった。慌ててカレンが拾おうと走り出す。だが、それを見逃すフリーザではない。カレンの両足を時計台は直撃してしまったのだ。  「テッカマンアトランティス、見参!ホーネッツ、時計台の下敷きになった女性を救出頼む!」  「了解!」  イサミは広志の指示に従い救出に向かう。  ラダム爆撃機の上で少女二人が冷酷な口調で指示を出す。  「あすこを狙えば確実に勝ちます」  「分かった。しかるべく動こう」  ゲーツはニヤリとするとラダム兵に突撃を命令する。ラダム兵はアトランティスへと襲いかかる。  「邪魔だ!どくんだ!!」  「壊せ!新世界樹立、我らが新人類のために犠牲になってもらえ!!」  フリーザの檄が飛ぶ。ラダム兵相手に広志は剣を抜いて必死に切り込む。20本の翼が大空に展開されるとたちまち状況が把握される。  広志は中心にいたフリーザ目がけ、襲いかかろうとする。  「アトランティス、こいつらの命が惜しければ、黙って退け!」  「クソッ、なんて卑怯な…」  モニターを見て竜也は悔しそうに呟く。  「この少女達、身元を調べる必要があるわ」  「ああ…。ギエン、すぐに動け!」  「ああ…。僕もできることはする!!」  ギエンと茶髪の女性が動き出す。ドルネロは厳しい表情でモニターを見つめる。  「奴はラダム兵を打ち砕くので限界だ。近づけば人質に使われている少女だ」  「あいつらが早くたどり着けば…!!」  広志はラダム兵をうち砕こうと必死だが、相手は数量で勝っている。  「ボルテッカは使えないのか!?」  「ダメだ、アヤセ!奴を打ち砕くならともかく、街そのものがダメージを受ける!!」  「浅見、俺も現場に直行する!!」  帽子を被った男が走り出す。リラも同時に駆け出す。  「私も!直人だけに負担はかけたくないわ!!」  「ここまで卑怯な…!」  「我らが手段を選ばぬのは当然のこと…。死ね!!」  その時だ、必死になって走ってきた少年少女がクリスタルを取り出す。  「待たせたぜ!ラブ、テックセットだ!」  「OK!テックセッター!!」  二人がテックシステム規制ボイスキーを解除する。それと同時にクリスタルフィールドが展開され、オーバーテクノロジーの機甲が二人の生まれたままの体を取り囲む。そして全体的にがっちりとした作りのテッカマンと、可憐かつ華奢だが確実に作りこなされたテッカマンが姿を見せる。  「洋平君!」  「ラブはイサミを!俺はアイツをアシストする!!」  そういうと洋平はラダム兵目がけて襲いかかる。さすがに格闘戦に強い洋平だ。すぐに弾丸のように蹴散らす。  「うぬぅ…!余計なメンバーを加えるとは…!!」  「全員引き上げだ!!」  そういうとイムソムニアのメンバーは退却していく。  「イサミ、彼女は!?」  「早く病院に連れて行かないと危ないよ…。救急車を呼んだわ」  「テックセット解除!」  広志はテックセットを解除すると意識を失ったカレンを抱きかかえる。  「足首がまずそうだ…」  「あんた、医者でもないのに何故分かったような…」  洋平が広志に聞く。  「俺は医者ではない。だけど、何となくだ」  川崎・東洋電機産業記念総合病院…。  カレンはその病院に搬送された。総合医がいなかったため、警察軍から蓮が駆けつけて両足首の切断をせざるをえなかった。広志は悔しさを隠せない。  「俺がもう少し、強かったらこんな事には…!!」  「ヒロさん…」  洋平、愛、イサミも広志と共に病院にいた。ルドルフ、マックス、マリアが悲しそうに話す。  「なんであんなイムソムニアが…」  「奴らの技術が俺達の想像を絶するんだ…」  一方、戦闘から2時間後のシティガーディアンズでは…。  「あの少女二人の身元が分かってきたわ」  「流石だぜ、探偵さん」  ドルネロに話すあの女性は仲田遊里といい、ドルネロとは奇妙な縁がある。彼女の父親はドルネロの販売した武器が闇の社会に流れてしまった結果狙撃された過去がある。それを知ったドルネロは謝罪し、遊里達の支援を行ってきた。ドルネロが太っ腹なのも、稼ぐときにはがめついのもその影響がある。  「二人とも行方不明だったみたいだ。今、ギエンが中学校を当たっている」  その時だ。竜也の携帯電話が鳴り響く。  「もしもし」  「僕だ、ギエンだ。今、行方不明の二人を知る男の子達と接触に成功した。カフェに来てくれないか」  「ああ、今遊里と行く!」  ギエンからの電話が切れると竜也は渋い表情だ。今月の給料はまだ出ていないのだ。  「カフェのお金か。俺が出すから気にするな。オメェはギャンブルなんかしていねぇから信用できるぜ」  「あとで返す、すまない」  「返済は無用だぜ」  カフェに急ぐ竜也、遊里。  「ギエン!」  「大丈夫、僕もさっき来たばかりなんだ。ゾーダ君、サクヤ君、この人たちは僕の知り合いだから、安心してくれ」  「すみません…」  「で、この娘達を君達は探しているわけなのか…」  「俺、朱雀善太郎と言います。雪城に化学実験に必要なものを付き添いで買ってくれって言われて来たのに約束の時間に来なかったんです。普段の彼女じゃありえません」  「それで僕となぎさが探していたんですけど、なぎさが行方不明になってしまって…」  「この二人は間違いなく君達の言う彼女たちか」  「間違いないです」  「こうなると、行動開始ね…」  写真を見て頷くゾーダ(本名:朱雀善太郎)。  「ヒロ…」  「すまん…。俺が、もっと強かったらこんな事になっていなかったんだ…」  広志はカレンの前で土下座で詫びていた。  だが、カレンに後悔の表情はない。  「もしあのとき、マリアが携帯電話を拾っていたら命はなかったのよ。私はマリアを守れて、命があるだけいいのよ」  「ヒロ…」  「絶対に負けられない…。奴らが次回攻めてきたら…」  その時だ。マックスが病室に入ってくる。  「週刊北斗のレイ記者がアポなしでインタビューをカレンにしたいって言っているんだ」  「ダメだ、今は治療の時間じゃないか」  「大丈夫…。ここに通して…。インタビューで戦争を止めるよう訴えたい…」  「カレン…」  そして雑誌の記者が入ってくる。  「週刊北斗の高見レイです。あなたのことを記事にするにあたり、あなたの話だけに留めると約束します」  「写真も撮っていいんです。戦争を止めるためにはそれも一つです」  「おい、ヒロ、ちょっと来てくれねぇか」  広志にドルネロが声をかける。広志はドルネロに連れられて別室に向かう。  「ギエンが紫苑とあのときの分析をした結果だ。あの小娘どものカチューシャが操作受信アンテナになっていやがる…」  「つまり、操られているということですか…」  「ああ…。イムソムニアの科学は俺たちの想像を絶するおぞましい代物だぜ…。最近ではマスター・コントロール・ユニットまで開発している」  「それは一体…」  「何のために開発したかは分からねぇ…。だが、ろくなことじゃねぇのは確かだ」  広志はドルネロの手元にある二つのぬいぐるみのようなものに注目した。  「おめぇ、これに気がつくとはたいしたものだぜ…」  「何ですか」  「俺は小娘どもを操る電波を妨害する電波をギエンに見つけてもらい、こいつらに搭載させた」  「ありがたい…。だけど、二人にも助けてもらわないと…」  「あの洋平というガキと愛という小娘か…。おめぇも義理堅いな…」  その時だ、二つのぬいぐるみが動き出したではないか。  「ドルネロ!?」  「さて、実験だぜ。メップル、こいつは誰だ」  「ヒロだメポ…」  「コミュニケーションが取れるわけか!?」  「まぁな…」  そこへ入ってきた洋平と愛。  「ミップルから連絡を受けて来たけど、ヒロ…」  「この二人を助けるため、俺に力を貸してくれ!頼む!!」  「よーへいもラブちゃんもお願いミポ」  「イムソムニア奇襲、今度は小田原です!」  「アトランティス、ホーネッツ、ヘラクレス、ビーナスが向かっています。行方不明の美墨なぎさ、雪城ほのか発見です」  「イムソムニアめ…。だが、今度はやられっぱなしにはならないぞ…」  警察軍本部ではまたしてもイムソムニアの奇襲で慌てふためく中、鋭い目つきでケンゴは言い放った。  「もっとやれ、壊せ!ねごそぎ奪い取れ!!」  ゲーツの叱咤激励が響く。その声に答えるかのようにラダム遺伝子を組み込まれたラダム兵が襲いかかる。だが、そうはいかない。広志たちが駆けつけたのだ。  「お前たちの好き勝手にはさせない!!」  「木偶の坊どもに用はない!」  フリーザが怒鳴る。だが、広志は動じない。  「ミップル、メップル、頼む!!」  「任せるミポ!」  「洋平はメップルのカバーを!ミップルはイサミで!」  「了解!」  「まかせて!!」  広志の声と同時に二人はミップルとメップルのサポートに入る。それと同時になぎさとほのかの動きが止まったかと思うと頭を抱えて動けなくなった。  「ラブ、二人の回収を!」  「任せて!ウィンドハリケーン!!」  小柄な愛のスピードとそのパワーは男子高校生にも引けを取らない。これで生理中というのだから、凄まじい身体能力だ。たちまちなぎさとほのかは愛が奪還していった。  「カチューシャを破壊するんだ!」  「任せて!!」  「メップルは二人の受信装置を完全に無効にしてくれ!」  「任せるメポ!」  洗脳装置が破壊されていくのをフリーザとゲーツは呆然としながら見ている。広志は彼らの前に立ちふさがると左人差し指を突き刺して宣言する。  「お前たちは絶対に俺達が倒す!」  「倒せるか…。この前ようやくコンビネーションでハーデスを倒した貴様に果たして出来るか」  「やってみせる!人を操り、関係無い人の未来を踏みにじったお前たちなんか、絶対に許すものか!!」  その声と同時に洋平、愛が広志に加わる。  「イサミは彼女たちを安全な場所へ!治療を受けさせるんだ!!」  「竜也さんたちに託すから、待ってて!」  「分かった、行くぞ!」  「来い、ラダム獣!!」  ゲーツが大声で叫ぶ。  「ホナミさん、無茶苦茶だ!」  バイクに乗り込んだ女性の背後に紫苑が乗り込む。  「意外と紫苑君重いじゃない。可愛い顔して」  「土門さんが協力者がいるって言うから頼んだらホナミさん…」  「ラダム獣がヒロくん達の方向に向かっているわ…」  中心のラダム獣がゲーツ向かって突き進む。そしてゲーツを飲み込むと人形になったではないか。二人は驚くとバイクを止める。  「竜也さん、ラダム獣がゲーツを飲み込み、ゲーツが強化されました!」  「まずい…」  「さあ、やってみるがいい!このラダムゲーツに勝てると思うか!!」  「ラダムゲーツ!」  アトランティスは剣を突き刺そうと必死だが皮膚は硬い。  「どうした、ボルテッカは使わないのか」  「クッ…、挑発して…」  ケンゴは本部でやるせなさそうに叫ぶ。そこへ入ってきたのはドルネロと渡だ。ドルネロはマイクを奪うと広志に叫ぶ。  「ボルテッカをぶっ放ちまいな!おめぇの尻拭いの一つや二つ、俺達が引き受けるぜ!」  「だが…!!」  「案ずるな!そのための財産だと私達は知っている」  「分かりました…。失敗は許されないと覚悟を固めて、やります…!!」  広志は沈黙していたが答える。ケンゴはドルネロに聞く。  「何故ヒロにボルテッカが使えるんですか」  「あいつの闘争心と精神力、そして優しさだぜ…。ボルテッカは精神力によりコントロール出来る。その精神力の強さは誰よりもあいつがずば抜けていやがる…」  広志はブースターで空へととび出すと翼を折りたたむ。20本の翼が後方に折りたたまれ、両肩のボルテッカ放出口が解放されると同時に光の渦が集中する。両腕を前に突き出すと凄まじいまでのエネルギーが肩に集約されていく。  「本気で打つつもりか!?」  「本気だ…。逃すものか…!!」  凄まじい光の渦は広志の両肩から腕に集約していく。両腕を振り上げるとラダムゲーツ目がけて光の渦を叩き落とす。  「な、何!?」  「ボルテッカ!!」  これが広志のはじめてのボルテッカだった。光の渦はラダムゲーツを飲み込みながらラダム兵を次々と飲み込み消滅させていく。断末魔の叫びを上げながら消滅していくラダムゲーツを無視し、次はフリーザだ。  「洋平!愛!」  「こいつ、強すぎる…」  「慌てるな!」  広志の声に洋平と愛は引き締まった。攻撃がバラバラでまとまりがない。そこをフリーザにつかれていたのだ。そしてイサミが戻ってきた。  「イサミ!」  「二人は竜也さんに託したわ!いつものフォーメーションで行きましょ!」  「ああ、洋平が弾丸のように揺さぶってくれたから、後は一気にやろうぜ!」  イサミの剣はオーバーテクノロジーそのものの素材で完成されたものだ。広志と拳を軽くぶつけるとフリーザ目がけて同時に切り捨てる。  「シャンゼリオンスラッシュ!」  「ファイナルオーラバースト!!」  異なるエネルギーがフリーザに炸裂し、凄まじい勢いで爆破する。シャンゼリオンスラッシュが太陽の力なら、精神力をエネルギーに変換したのがファイナルオーラバーストだ。フリーザは光の中で消滅していく。  「やったぜ!」  洋平が広志に飛びつく。だが、広志は小田原の光景を見ていた。 ----ボルテッカの破壊力…、こんなものだなんて…!!    1週間後の川崎の病院では…。  「パルスシステム!?」  洋平がキョトンとした表情でドルネロの話に戸惑っている。  「要するに、脳内にこんなくだらねぇチップを埋め込んで、電波を受信するへんちくりんなカチューシャで操っていたというわけだ。寒気がする話じゃねぇか…」  「二人はどうなったんですか」  「チップを無事に取り除いたぜ。しかし、テクノロジーを己の欲望に用いるとは最低だぜ。みんな憤っていたほどだぜ」  「小田原の光景を俺は見ました…。俺がもっと強かったらあんなことにならずにすんだのに…」  広志は悔しそうに呟く。  「おめぇはこれからもっと強くなっていく。その闘争心は誰も認めるほどじゃねぇか」  「カレンさんは?」  ドルネロにイサミが聞く。  「これからリハビリに入る。ちなみに両足首には電子義足を埋め込むそうだ。費用は俺が出すが…」  病院になぎさとほのかは入院していた。パルスシステムの制御チップを取り除く手術を受けるためだった。  「しかし、お金はどうするんですか」  「俺が出すに決まっているぜ。パルスシステムを解析して、治療に活かせるなら活用するぜ。今まで俺はそうしてきた。武器を医療に変えるのが俺の信念だ。誰も悲しむわけではないからな。早く葉巻が吸いたいぜ…」  「カレン・レイナード…。病室が個室から相部屋に変わったんだ…」  広志はほっとした表情で入る。  笑顔のカレンが待ち受ける。これを見るだけでも広志はほっとする。戦いのことも一時期忘れて気さくに戻れる。  「元気かい?」  「大丈夫よ。明日から歩行練習が待っているけどね」  「そうか…。さっき話は聞いたよ」  「ヒロさん…、あの現場にいた二人の中学生、操られていたんですね…。ドルネロから話は聞きました…」  「詳しい話はできないが、そうだ。マックス、彼女たちに怒りを覚えているのか」  「俺はイムソムニアが許せなくなりますね。オーバーテクノロジーを悪用して私利私欲を実現するとは…」  「彼女たちも被害者なのよ…」  「それは言える」  広志の話に洋平が戸惑う。  「なぜヒロを苦しめていた奴が被害者って言えるんだ」  「分からないね…。町の人たちにしてみれば俺は加害者なのかもな…。物事は立場によって異なって見えてくるものなんだ…」  そこへ外でがやがやと声がする。竜也は疑問に感じる。  「誰なんだろう」  「竜也さん、なぎさちゃんとほのかちゃんがカレンさんにお詫びしたいっていって聞かなくて…」  「今更謝ったって、何も戻らない。しかし、罪を抱えて生き抜けと言いたいんだけどね」  「竜也さん…」  「そうだ。竜也さんの言うとおりじゃないか」  広志がなぎさとほのかに話しかける。  「この人は…」  「俺か?高野広志さ。君達に罪はない」  「何故そんな事が言えるんですか」  ほのかが広志に聞く。  「くだらないチップを埋め込まれてラジコンのように操るなんて最悪そのものだ。こんな非人道、誰が許せるか…」  「ヒロの言うとおりミポ」  「すっかりなついたようだな」  「メップルって図々しいよ。突然入ってきて世話してって要求して…」  茶髪のウルフカットの入ったショートヘアでボーイッシュの 美墨なぎさにドルネロはニヤリと笑う。  「これからこいつで金儲けさせてもらうぜ。俺は金が好きなんでな…」  「ホントに、この人の貪欲さ、ありえな〜い!!」  苦笑いする遊里、美紅、竜也、洋平、愛、イサミ。その後ドルネロはこの試作ロボットを改良して老人向けコミュニケーションロボットを販売して大ヒットさせるのだが、それはまた別の話である。  「確かあなたは…」  「君をこの前の横須賀の化学実験室で見かけたが…」  「はい、僕は紫苑和也と言います」  紫に髪の毛を染めた青年がなぎさのそばにいた男と握手を交わす。美墨岳(みすみ たかし、なぎさの父親)は千代田大学理化学部所属の研究員であり、紫苑の憧れの研究者の一人である。  「君の熱心さには驚いたよ。まさか、実験の中身や結果を把握して、新たなプランを用意していたとはね…」  「僕がでしゃばった真似をしてしまってすみません」  「いいのさ。研究者というのは君のような姿勢でないといけない」  「姉貴、紫苑さんって母さんそっくりじゃん」   なぎさの弟である亮太が言う。 美墨理恵(なぎさと亮太の母親)はハッキリとした性格で厳しい面もある。紫苑にはその性格が見えているのだ。  「あの時のことを思い出していたのか…」  スカイタワー・GIN・CEO執務室…。  広志は10年前と変わらぬ面影で仕事にあたっていた。ただ、違うのはヒゲをたくわえているだけだ。  「せっかくおばあちゃまが来ているのに…」  「確かに。だが写真をみせてもらったがそっくりなのには驚いた。遺伝子にはやはり逆らえない…」  「あなたこそあの闘神の面影が強くなりましたね…」  「それほどじゃありませんよ。セルゲイは超えたくても超えられない目標ですよ」   緑茶を飲む雪城さなえ(ほのかの祖母)に広志は苦笑いする。さなえの一人息子である太郎は小さい頃広志の遺伝子上の父親である闘神セルゲイ・ルドルフ・アイヴァンフォーに憧れていたが、今は妻の文(あや)と一緒に辣腕のアートディーラーである。  あのあと、剣で豪快に切り崩す広志の戦いにキック・パンチ系統で攻め立てるなぎさ、足技中心で、体が柔軟なため、敵を投げたり、いなす類の合気道系統の技も多用するほのかも加わったのだった。  「あの戦いだけは繰り返すわけにはいかない…。このままでは関東連合では混乱は避けられませんよ…」  「そうでしょうね…。喪黒一族が私達のことを尾行していたとは…」  「逮捕したくても民事不介入で持っていくのだから無理よ」  「まあ、この部屋に入るためにある秘密の地下通路へ通じる店をたちあげておいたがな」  広志は大きな決断を下す際には周囲と徹底的に相談する。  「今頃、靴を取りに行っているだろうが、下には降りられまい…」  「相変わらずストイックすぎますよ」  「久しぶりだミポ」  「相変わらずだな。この前ギエンにオーバーホールしてもらって動きはいいだろう」  優しい表情になる広志。だが彼らは知らなかった…。関東連合に待ち受ける悪意がとんでもない深刻なものであることを…。 7 胸に沈めた傷跡  「そういうことか…」  「奴らはいずれも失敗しました。いよいよ、この私、キアス・ベアードの出番ですな」  口をマスクで覆い隠した男がにやりとする。  「その通りだ。お前を投入するということは、あらたなる切り札の育成は避けられない…」  「そのこともお願いしましょう。憎むべきあの男はただ殺すだけでは済まされないほど…」  そう言うと男は小坂直也の前でマスクを外す。その顔を見てにやりとする小坂。  「前日出撃してレポートは大丈夫だったのか」  輝は不安そうに聞く。  広志は笑って答える。  「問題無いです。エッジコム先生やコーフィ先生にも見てもらいました」  「コーフィって牧師はお前と同じ身長だろう。大きいな」  「偶然です。問題は人柄じゃないですか」  広志は立ち上がる。前日、テッカマンとして緊急出撃後に小学生時代からお世話になっている川崎風のキリスト教会のジョン・コーフィ牧師とポール・エッジコム牧師と再会して、近況を語り合った。ジョンは2mの心優しき大男だが暗闇が苦手で、多くの子供達から慕われている。  「じゃあ、行ってきます。輝先生、確かもう一人来るんですよね」  「そうそう、愛しの綾乃さんがね」  「蓮先生!!」  顔を真赤にさせる輝に蓮が苦笑いする。  その頃、川崎駅前…。  一人の青年がふらりと歩いている。その格好はラフな印象である。その青年と女性が通り過ぎる。 -----あの人、かっこいい人だけどね…  女性は携帯電話を取り出すと待受画面を眺める。キャリーバックを引きながら警察軍川崎基地の正門前に立つ。  「診療所に今日から赴任となります佐倉です」  「はい、ではしばらくお待ちを」  護衛官は連絡をしていたが直ぐに連絡が済んだようだ。  「では、今迎えのものが向かいます」  「やあ、久しぶりだね」  「蓮先生、輝先生は!?」  「簡単な治療に入っているよ。君の親類たちが運び入れた荷物は独身寮に入っているよ」  「すみません」  「君は大胆な事をやってのけるね。彼もそういう性格だろうね」  そう言うと蓮は広志たちとの集合写真を取り出す。  佐倉綾乃は驚きを隠せない。先ほどの光景を思い出して言う。  「あれ、彼を川崎駅前で見かけましたが」  「あいつはさっき敷地内の高校にレポートを提出するために出ていったぞ」  「じゃあ…」  その時だ、緊急信号が鳴り響く。驚く綾乃。  「イムソムニアサイドテッカマン襲撃!アトランティス、ホーネッツ、ヘラクレス、ビーナスが迎撃態勢に入りました!!」  「佐倉さん、治療体制に入るんだ!」  「わかりました!!」  「警察軍の現場はこのように過酷な環境だ!根性だけでは乗り越えられないぞ!!」  「話を聞いた時に覚悟はできていました!」  「綾乃さん!」  輝がびっくりしながら入ってくる。連が厳しい声で叫ぶ。  「感動の再会はお預けだ!」  「分かってます!今は俺達の戦いです!!」  「ヒロさん!!」   「洋平はラダム兵を!俺が奴を叩きのめす!!」  洋平に指示を出すと広志は剣を手に中心の男に襲いかかる。  「お前は誰だ!!」  「俺の名前はキアス・ベアード、またの名をテッカマンプルートゥ!死ね、アトランティス!!」  「お前に負ける訳にはいかない!!」  広志は剣を真っ向から受け止める。イサミが果敢に襲いかかるも剣の一撃に弾き飛ばされる。  「イサミ!」  「こいつ…、強すぎ…」  圧倒的な力の前にスピードに勝るイサミは苦しめられる。洋平は驚いて愛に叫ぶ。  「ラブ公、ラダム兵を頼む!」  「任せて!!」  「これでも喰らえ!!」  洋平のパンチが吹っ飛んでくるがプルートゥは紙一重で回避する。そのスピードに洋平が焦っていたところを見逃すわけがない。首をチョップで叩きのめしたのだ。  「よーへー!!」  「ちっとも楽しませてもらえない。つまらん…」  「焦るな!俺が行く!!」  チームの動揺を抑えると、広志はプルートゥに攻めかかる。その瞬間だ。 -----なんだ、あの時の…!?  頭の中で何かが弾き飛ぶような衝撃が走る。前回と違うのは凄まじいまでの勢いでその速度が速まっていくかのようだ。  「LIMITEDか…。貴様はエリートか!?」  「それは一体!?」  「闘えば闘うほど力も速度も加速するってわけだ。貴様は早めに片づけよう。死ね!!」 ------このままでは殺られる…!殺られる前に、殺る…!!  広志のなかにある無意識のストッパーが解除された瞬間だった。  「まずい、あいつがLIMITEDのストッパーを解除した!!」  「ケンゴ君!」  輝はケンゴの焦る表情に全てを悟る。  「あいつがLIMITEDを使いこなせるはずがない!あれは遺伝子操作されたシロモノなんだ!!」  「俺、止めに行きます!」  「俺も!」  ケンゴについていた魁が輝に続く。二人は駈け出しながら厳しい表情で話す。  「小津くん、あいつがそこまで暴走するとはなにか手がかりがあるのか」  「わかりません…。ただ、あいつは実の両親を失っているんです、あの天下航空機の墜落事故で…」 ------ひょっとして、敵討ちで…!?まずい!!  「真東先生、小津先輩!!」  「美墨さんと雪城さんはここにいるんだ!!」  「クッ…、やるな…!!」  「貴様らだけは…、貴様らだけは…!!」  広志の怒りの猛攻はとどまるところを知らない。  プルートゥの息つく暇なく攻撃を仕掛ける。その速度といい、力といい、洋平、愛、イサミは動揺していた。  「これが、相羽直人の話していたLIMITED…!!」  「ヒロ…!!」  その光景を輝、魁、なぎさ、ほのか、そして美紅は厳しい表情で見つめる。広志は咆哮しながらプルートゥを押し続ける。  「あれが、本来のLIMITEDなのか…!!」  「ああ…、遺伝子工学で様々な生物の利点を人間にアレンジして組み込んだイムソムニアの新人類…!!」  「だが、相手も何とか対応している…!!」  「このことを知ったらヒロは…!!」  「だから、俺はあの手紙をあえて封じた…。あいつは必ず苦しむはずだ…!!」  その瞬間だ、アトランティスの目が深い緑から禍々しい赤に変わった。それと同時に暴走を始めたのだ。これが、LIMITEDの副作用とも言えるブレイカーモードだったのだ。  「まずい!ああなったら止めるのは容易じゃない!!」  「輝先生、どうすりゃ止められるんだよ!?」  洋平が大声で叫ぶ。プルートゥはその混乱を縫って逃げていく。  「待て!!」  「よーへー、今はヒロを止めなくちゃ…!!」  「ヒロ、俺達だ、しっかりしろ!!」  「殺す…!!」  「ダメよ、完全に暴走しているわ…!!」  「やむを得ない、ヘラクレスフレア!!」  洋平のサイドからの一撃が広志を襲う。だが、広志はあっさり弾くと逆に洋平の肩に小手を放つ。苦痛に顔を歪める洋平だ。  「ヒロ!俺達だ、聞こえるか!!」  輝が必死になって呼びかける。だが、LIMITEDに飲み込まれてしまった広志には言葉が通じない。手を一閃させて風を放つ。風にふっとばされそうな状況で輝、魁、美紅をなぎさとほのかがかばう。  「美墨さん、雪城さん!!」  「今のヒロさんはあの時のあたしたちと同じ…!守らなくちゃ…!!」  「どうすればヒロを止められるんですか!?」  「システムをハングアップさせるんだ!」  「でも、どうやって!?」  ほのかが戸惑いながら聞く。  「洋平、聞こえるか!?」  「ケンゴさん!!」  「お前のシステムにテックシステム強制解除装置が搭載されている!それを使ってヒロをテッカマンから解除させるんだ!!」  「了解!!」  ケンゴの声と同時に輝、魁が動き出す。地上に降り立った広志アトランティスの足元にしがみついて動きを押さえ込もうとする。だが、広志の動きは激しく二人は振り回されて苦しんでいた。  「小津先輩!」  「二人共来るな!!」  魁が叫ぶ。だが、なぎさもほのかも迷わず広志の足元にしがみつく。広志の動きが鈍くなりだす。  「ヒローッ!!」  美紅の叫びで広志の動きが止まった瞬間を洋平は見逃さなかった。額からテックシステム強制解除をもたらす反クリスタルフィールド光を放つ。  「止まれーっ!!」  「ヒロ…!!」  そして10秒後…。テックセットを解除された広志が意識を失って倒れこむ。  「ヒロ!!」  「俺の車に乗せるんだ!!」  輝の指示が飛ぶ。魁、美紅、なぎさが広志の体を抱えると車に乗せる。  「彼が、高野広志…」  「ああ…、どれだけの欲望をその背中に背負い込んでいるのだろうかな…」  蓮は広志に点滴を打つ。  「LIMITEDは使えば使うほど、強くなれる。だが、一度暴走を始めるともう止められない…。綾乃さんはそれでもここでやる決心に変わりはないの?」  「あたしは最初から輝先生と一緒ならどこでもずっと行きますって決めています」  「さすがだな」  蓮は輝を軽く小突くと広志の顔を見つめる。  「俺達は両親が外科医で、お互いに助けあってきた。親父が心臓病のオペに入った時にはコウスケが助けてくれたし、コウスケがオペに入った時には親父が手助けしてきた。俺達はそうした意味では家族だ。ライバルであると同時に、認め合う仲間だ」  「ああ…。天下航空機のテロの原因がヒロにあったとしても、俺達は守るって決めたんだ」  「どういうことなんですか…」  顔を青ざめて入ってきたのは美紅と魁だ。  「何でもない。関係ないさ」  「天下航空機の墜落事故に関係しているってことなんじゃないですか!?俺達はヒロの仲間なんです!!」  「仕方がない…。ここでは話す訳にはいかないが、別室だ。今は彼の意識の回復を優先させてくれ」  「テクノロジーが万能だって信じていたのに…!!」  広志は悔しそうにつぶやく。  意識を取り戻した後でLIMITEDの副作用を知らされ、その凄まじいまでの破壊力に震え上がったのだ。  「お前に直人さんがメッセージを残してくれた。ゼーラに渡った直人さんは俺達に伝言を残していった」  「どういうことなんですか」  「力におぼれるな、自分の中にある心の信念を信じよ、たとえ誰の子であろうとも絆を持ったものこそが本当の家族だと…。俺達は医師として確かに力を持っているのかもしれないが、それを他人を殺める力に使ってはいけない。ヒポクラテスの誓いなんだよ」  「確かあの人も外科医だった筈…」  「ああ…。俺はあの人のオペをビデオで見せてもらった。戦場に一度たった経験があるから、僅かな失敗でも厳しく叱るが前向きなミスには優しい眼差しで諭す人だ」  「それが、相羽直人…!!」  「彼は三十年戦争で愛する人を、盟友セルゲイを失った。その手で愛する家族を倒さねばならなかったセルゲイの壮絶な生き様を知っている。それ故に命に厳しい人だ…」  現代の東京・千駄木の進歩党本部では…。  「よっ、桑田先生」  「先生って下に付けないでくださいよ。昔の福助でいいですよ」  「わかってるさ。お前は相変わらず堅苦しいのが苦手なようだな」  「あなたがアジア戦争の時に俺達の仲間になってくれたお陰で、俺達はシャドーアライアンスに勝てたんですよ」  「相変わらずじゃな、若きテッカマンマスター」  年老いた男が福助の手を取る。福助の人格面で大きな影響を与えたマスター・ヨーダだ。  「マスター・ヨーダ、相変わらずお健やかで何よりです」  「良き光を放っておるぞ。この前パルパティーンから話を聞いた」  「あれは、パルパティーン議長の勇気があってできたことです。俺ごとき青二才に何ができたでしょうか」  「何を言うんだよ。義父もお前の勇気がなかったら動かなかったと話しているじゃないか」  渋い表情の桑田福助にハン・ソロがにやりとしながら突っつく。  「私達はシャドーアライアンス・イムソムニアとの戦いにそれぞれの利害関係を捨てて立ち向かった。そして、戦争後に利害関係を調整するための民主化でゼーラは混乱の世界から抜けだした。君の活躍が大きかったんだよ」  「ケノービ先生…」  「私も同感だよ、若き福助。『ゼーラの四獅子』の主宰である以前に、君には相羽直人の教えが生きている」  オビ=ワン・ケノービに続いてアナキン・スカイウォーカーが福助に話しかける。福助には今や、仲間がいる。アジア戦争を通じて築き上げた絆の戦友たちだ。  「あの時俺は、戦争に巻き込まれて何も出来ない自分に無力感を感じていました。そこへマスターが「お前にできることをしてみろ」とクリスタルを託し、俺も戦いに加わっただけです」  「普通だったら出来ないさ。だが、お前だからできたのかもしれない」   8 運命がためらう背中を押す  そして現代…。  「そうか…。苦言を呈したドズル・ザビ氏は謹慎処分を受けたのか」  GIN本部では厳しい表情で広志が考え込んでいた。財前丈太郎が広志と打ち合わせをしている。  「関東連合はその処分を巡って混乱している、実は連立内閣の乗り換えが確実になりつつある」  「何だって?」  「愛国心バカの女が暗躍している、そこに三輪防人というファナティックな男だ。表面上はジャミトフという男を立てているが、実際奴らはどう出るか…」  「その連中が要するにあのサウザーらとつながっているわけだな。涼宮ハルヒには本当に困った」  「同感だ。とにかく始末に負えない話になりつつあるぜ」  「だが、政治の動きに介入はできないぞ。問題はその動きに汚い動きがあったときだ。ギレンはコンスコン中将に命令して壬生国に警備員を派遣させ、エズフィトのアメリカ軍に兵士を派兵したな。その上エズフィトのアイアンエンジェルスにキリングの部下がスパイ活動をしているようだ、だがそれを摘発する方法がないのだから困ったものだ」  「それと、『黒たまねぎ』から協力要請があったぜ」  「関東連合の諜報機関・サイクロプスに手を焼かされているからだろう、協力は避けられないな」  広志と丈太郎はため息をつく。ウェールズ国王のパタリロとはスコットランドにいたときいろいろ協力してもらった。GIN設立後も情報共有で協力しており、今回も情報提供の協力になるのは間違いない。  「サイクロプスのキリングという男を取り込んでしまうことも考えねばなるまい、だがあの男の思想には危険性がある。だからいまいち決断に踏み切りがたい」  「俺も同感だな。そうそう、あのじいさんと接触してきたぜ。じいさんは困っていたぜ、暴走政治にな」  「ザビ一族でもギレンは浮いているな。あのキリシア・ザビ弁護士とも会ってきたが彼女も困惑していたぞ。強硬措置を執り続けると大きなツケが回ると言うことを彼は思い知る」  そういうと広志は手元のコーヒーを飲みながら厳しい表情で話す。  「財前、『真っ黒』に気をつけろ。この前のCP9の証拠隠滅に奴が暗躍している」  「あのマーク・ロンのことか。全く腹が真っ黒すぎて手に負えないぜ。それと、市川の事だが内偵が難航しているぜ」  「やはり…。何とか内部に入り込んで切り裂く手しか策はないのだがどうすればいいのか…」  その時、CEO執務室へのホットライン電話が鳴り響く。  「霞拳志郎氏からだな。はい、高野です」  その1時間前…。  市川市のマンションに人影がポスティングをしている。そこへ近づく警察官。  「住居侵入罪で逮捕する」  「不当逮捕です!」  「CP9より名誉毀損罪で告訴状が出ているのでね」  そういうと3人の女性は4人の男性警察官に連れられてパトカーに乗せられていく。それを見て近くに止めていたバイクに飛び乗ろうとした青年。警察官はその青年に近づく。  「お前も共犯か」  「俺は違う!」  「この光景を見て逃げるのなら、お前も一員だ」  そういうと警察官は青年のバイクの免許状を取り出す。  「ジュドー・アーシタか…。何の為にここに来た」  「市川に俺の友人がいる為だ」  「何の騒ぎ?」  そこへ不思議そうに現れた少女二人。  「プル!」  「悪かった、どうやら俺達の人間違いだった…」  ジュドーはにらみつける。そこへ温厚な青年が現れる。  「ジュドー、この事は後でけりをつけよう。今は引こう。あなた方にお話しします。今後のことでお話し合いがあるのなら、僕があなた方と話をしましょう」  イーノ・アッバーブの口調は温厚だが、毅然としている。  「そうか…。CP9のクラクラ病が市川でもはやっているのか…」  「ああ…。俺達ネットワーク高校の同窓生でもかかっている人もいるみたいだ」  ため息をつくイーノ。エルピー・プルツーが話す。一見して10歳と幼いように見えるが実はジュドーより1歳年下の双子の姉妹なのだ。  「CP9に反対している人の家に毎日嫌がらせの電話があったりしていて、私達カウンセリングに大変よ」  「グレミーさん困ってたよね」  バスローブで現れたのは姉のエルピー・プル。彼女は入浴が好きで、デートするときには必ずチョコレートパフェを食べるクセがある。無邪気なのだが、気まぐれでたまに気性が激しいのが欠点である。実はエルビー姉妹は市川に住んでいて、イーノは隣の習志野に住んでいるのだ。  「そうか…。あの警官、むかつく!」  「ジュドー、その事だけど、拳志郎さんに話したらどうだ」  「ケンに話す?今忙しいんだぜ」  「大丈夫だって。俺が代わりに詫びるから」  「そういうことか…。俺も興味があるな、その市川クラクラ病の話…」  「ケン、で俺はたまたまビラ配りをしていた女性三人が逮捕されたところを見てしまって同じ仲間かと疑われたんだ」  「酷い話だな…。分かった、俺の知り合いに話しておこう…」  拳志郎は相変わらず落ち着いた口調だ。  「ゼーラでの取材は忙しいのか?」  「今、取材は確実にやっているが情報源は話せない、分かってくれ」  「ああ…」  「では、10分後に電話をかける。待っていてくれ」  拳志郎の電話は切れた。ジュドーは不安そうだ。そこへベルが鳴る。  「はい、エルビーです」  「話は聞いたわよ、グレミーから」  グレミー・トト(エルビー姉妹の後見人)を引き連れて現れたのは関東連合議会議員でジオン党シャア・ガルマグループに所属するハマーン・カーンである。  「君がジュドー・アーシタ君か。話はプル君から聞いた」  「酷いだろ、本当に」  「だが、これは我々では動けないんだ。もし動いたら公権力乱用査察監視機構が動くリスクが高いんだ」  その時だ。ジュドーの携帯電話の着メロがなる。ジュドーはすぐに電話に出る。  「もしもし、ジュドーですが」  「ジュドー・アーシタさんですか。初めまして。話は霞先生から伺いました。公権力乱用査察監視機構の高野広志です」  びっくりする表情のジュドー。そう、ジュドー・アーシタの運命はこのときから動き出していたのだった…。  一方、ゼーラでは…。  「霞さん、困ったことになりましたねぇ…」  桑田福助事務所に厳しい表情で桑田福助、秘書の市丸麻美、それに3人の男女と一緒に霞拳志郎はいた。  「CP9の交通事故での怪我はどうですか」  「何とか治りつつある。だけど、右手は完全に麻痺してしまった…!!」  悔しそうにつぶやくのは鵺野鳴介(ぬえの めいすけ)だ。 35歳の民俗学者だが、CP9の公害問題で先頭に立って闘った為CP9の報復にあってしまい、右腕は麻痺してしまった。誰からも愛される人柄であり、幼かった頃の福助の面倒を見てくれた。  「買い物するときにも難儀でしょう、律子さん」  「そうね、桑田君の指摘通りね。左手しか使えないから、日常生活は非常に大変よ」  鳴介の妻である律子(旧姓高橋)が悲しそうに話す。  「仕方がない。諦め肝心は悪いんだけどね、律子よりも」  「鵺野先生、事故の状況でしたが…」  「あの事故は完全に俺を狙っていた。男が突然ナイフで俺の肩を刺すとそのまま逃げていった」  「一瞬素人に見えたけど、神経を完全に絶っていた。完全なプロの仕業だった」  玉野京介がはっきり言い切る。ヴァルハラ松江の副院長を務めており、鳴介とは悪友でもある。  「そういえば、市川でもクラクラ病がはやっているそうだが、君はその事で動くつもりか」  「…!!その話、初めて知りましたよ!それ、調べましょう!!」  福助は拳志郎の話を聞いてびっくりする。近くにいた二人がピンと震える。  「中島、山口!今の話を聞いたか!?」  「聞きました、絶対に許せません…!!」  ネットノートパソコンを動かしていた緑に近い髪の毛の青年が鋭く答える。 山口晶といい、技術者なのだが福助を尊敬しておりボランティアで情報収集を引き受けており、「俺が指示を出さなくても俺の腹を見抜いて切り込む俊敏なレオになった」と福助が絶賛するほど福助の懐刀なのだ。  「のろちゃんも闘うつもりか」  「当然です、私は機械が苦手だけど、図書館でなら出来ますから」  中島法子が素早く答える。穏やかな性格と、清楚な印象、そして晶にもひけを取らない頭のキレの良さを持つ。  「しかし、君達はどうしてつながっているんだ」  「俺の師匠である相羽直人のつながりですね。三十年戦争で日本の勝利に貢献したほか、アジア戦争にゼーラが巻き込まれた際には師匠は自ら剣を手に激しく闘いました。その師匠を中心に俺達はゲリラチーム『ダンデライオン』を結成してテロリストどもと闘いました。俺や岩瀬、相原と菊地は師匠から時に厳しく仕込まれて、周囲から『四本の矢』と言われましたね。俺は不出来の男で叱られっぱなしで…」  「そうか…。ゼーラの戦神と称された英雄に鍛えられたのか…」  「菊地英治か…。あいつはひらめきが鋭くて、お前が先頭に立って切り込み隊長を務めていた際にひらめきで多くの危機を救ったな…」  「そうですね、鵺野先生。俺も菊地の熱さとひらめきには適いませんよ。ひとみと結婚したときにはほっとしましたけどね」  福助の事務所には吼える雄ライオンの油絵がある。  「相原というのは相原徹の事か」  「そうですね。彼は『四本の矢』では指揮官を務めました。知恵がよく回っていて、菊地とは親友ですよ。俺にとっての岩瀬みたいな存在なんですけどね」  「どちらかというと菊地と岩瀬、相原と桑田みたいな関係だが、足りない部分を補充し合っているから理想的だな」  京介は懐かしそうに話す。四人の中でリーダー格なのは福助、補佐官を務めるのは英治、指揮官を務めるのが相原であり、後方支援を得意とするのが今はGINゼーラ支部に所属する岩瀬健人だった。四人は相羽直人がイムソムニア残党によって暗殺された後、ダンデライオンを維持することを誓った。その後相原はアメリカに留学し、今はゼーラの新聞であるサンライズタイムズ編集長を務めている。  「そういえば、瀬川さんは相変わらず元気だな」  「ええ、祖父は相変わらずです。CP9のデモにも参加していますよ」  瀬川卓蔵は福助の祖父であり、90歳なのにもかかわらず相変わらず元気なのだ。  「山崎、あの薬害だが市川での情報を調べてくれないか」  「分かりました、一度川崎に戻り、そこで調べます」  「頼む、このままではCP9の暴走を俺達は見逃すことになる」  福助の指示は非常に鋭い。山崎水穂は頷くと早速資料を集め始めた。彼女は弁護士でもあり、小泉八雲のファンなのだ。CP9の犯罪に憤慨し、自らも母親の秀子、ライバルの島津茜と一緒で手弁当で支援をしている。ちなみに姉の由佳を通じて小津魁、広志とも面識がある。  「うちの人が苛立っているわよ、一体どうなっているのよ!」  喪黒福子リブゲート社長の怒りの声が上がる。  「申し訳ありません、独占ブログにネット中継はうまくいきましたけど、盗撮が相次いでいて全く手が打てません」  「全く、どうなっているのよ!?」  根岸忠専務は投資会社に出向しており不在で、その後を美木谷哲朗なる男が引き受けているのだが、イヴァン・ニルギースですらも呆れるほど芸能界に無知だった。  「このままじゃハイリスクローリターンよ、シロッコ!」  「次はPVVにシフトを切り替えましょうか」  「だけど、効果対費用は薄いわよ。こちらはすでにリブゲートテレビを全日本テレビと合弁で立ち上げたけど、権利を買い取るのにどれぐらいかかったのか知っているの!?」  罵声は隣の部屋にまで聞こえている。その隣の部屋で長谷川理央はニヤリとした。 ----いよいよ、水面下で動くときが来たようだな…!!  すでにシャーフー社長から紹介された匿名ファンドを使い、リブゲートの手足は徐々に縛り上げ始めた。いよいよ真綿で首を絞める策略が動き始めるのだ。そこへ現れたのは坊主姿の青年だ。理央はただ者ではないと見抜いた。  「長谷川理央さん…」  「お前はこの会社の社員ではないな」  「ご察しの通り。俺はGINの潜入捜査官でね」  「俺とシロッコはお前の知っているように、この会社に復讐を企んでいる。お前達がその復讐を邪魔しなければ、俺達は協力する」  「分かった、その事は我らが上司に伝えよう。俺の連絡先はこれだ」  そういうと鯨岡洋平は理央に携帯電話を取り出すよう促す。携帯電話には赤外線センサーがあり、互いの電話番号がやりとり出来るのだ。  そして、壬生国議会の議員会館では…。  「やれやれ、狂さん、喪黒に軽くいなされたね」  「クソッ、あいつらでも何にもならねぇじゃ、困ったぜ」  狂をやんわりからかう涼しげな表情の男。  「幸村はん、狂はんは全力を尽くしたんや。からかう話なんてなしや」  この部屋は狂がいる部屋は普段「天狼」と言われ、日本狼の絵が飾られている。真田幸村はコーヒーを入れる。彼は一瞬見るや女性と見間違うのだが、狂、紅虎とは酒に強い悪友でもある。だがさすがに議員の仕事中は酒は一滴も飲まない。  狂が憤るのも無理はない、議会で自身の暗殺計画を暴露し、喪黒一族が関与しているのではないかと追及したが喪黒は知らぬ顔を決め込む始末だ。ガザツな口調だが、不器用な優しさと人望を持っている為狂には人が集まる魅力がある。  「狂、カイオウ達は一体どうなっているんだ。俺達議会派と手を組んだ壬生国軍は音沙汰なしと来たぜ」  「サスケ、僕らの知らない場所で彼らは調べているんだよ」  幸村には強力な3人の秘書がいる。いずれもすぐに国会議員になってもおかしくない実力の持ち主で、初代猿飛佐助を筆頭にその養子になっているサスケがこの部屋にいた。  「バカ虎も顔を潰されたに等しいぜ。オーブ訪問も失敗かよ」  「なんやと、このクソジャリ!」  紅虎とサスケが喧嘩口調になる。  「おいおい、喧嘩はよせ。俺の顔に免じてやめてくれ」  「小太郎」  望月小太郎(小田原出身、望月六郎の養子)がサスケを押さえる。小太郎は風魔というあだ名があるように俊敏な情報把握能力を持っており、サスケの親友である。紅虎には幸村が入って止める。  「初代、このままじゃ困ったことになるよ」  「そうですな、間違いなく。カイオウ議員は我々に情報を与えてくれませんが、動いているのは確実です」  「才蔵と小助がカイオウ派に加わって協力しているが、彼らも加入条件に情報の秘守を求められているねぇ。カイオウは今回慎重に動いているようだね」  幸村もカイオウの為に選挙の参謀である霧隠才蔵・穴山小助夫妻を送り込んで協力していたのだ。  「当然や。問題は今後喪黒がどう動くかや。このままやったら親父はあぶないで」  「そうなるとちょっとわくわくするけどねぇ」  ニヤリと笑う幸村。ちなみに紅虎の父家康と幸村は師弟関係にありながら、実は好敵手でもあるのだ。紅虎の議員の部屋は北落師門(ほくらくしもん)といい、北向きにある。この部屋を家康は壬生国議員時代に使い、そして紅虎が継承することになった。  「そういえば看護師の団体も相当困っていたなぁ、予算が削られて給料が落とされるから生活面を切りつめなくちゃ行けないわ、高い税金で頭が痛いわ散々らしい」  「歳世からもその話を聞いた。全く喪黒の奴は酷いことばかりしでかす」  憤慨やるせない男。彼は辰伶(しんれい、本名辰巳伶)といい、選挙の時に支持してくれる医師会の関係もあり、診療報酬の一律削減に反対したが喪黒に強行されて憤慨していた。  「何とかして欲しいのにぃ、もう、腹が立ちます!」  「その怒りは俺も同じだ。歳子、落ち着け」  歳世(辰伶の妻)の相棒であり、壬生国看護師協会の一員である歳子(夫はあの鳥居太白)が憤慨するのを止めるのは狂。幸村はコーヒーを飲みながらつぶやく。  「とにかく、問題が多すぎるよ。何とかして喪黒の暴走を阻止しなければ…」  「お願いしますぅ…」  「喪黒は本当に酷すぎます」  ドジでおとなしそうな表情のめがねを掛けた女性と小さな背の女性が頭を下げる。二人も看護師で、あのヴァルハラ壬生に勤務している珊底羅(さんてら、本名由利かすみ)と安底羅(あんてら、本名根津杏樹)という。二人とも税金に頭を抱える毎日である。そのため、幸村達が税金を立て替える始末である。  「そういえば、君達の三好兄弟はどうだ」  「彼らも私の判断でカイオウ派の支援に回した。筧君と海野君には迷惑を掛けることになってしまい申し訳ない」  渋い表情で話すのは歌人・招杜羅(しゃとら)という異名を持つ椎名望議員である。彼の実の妹が国王補佐を務める京四郎の許嫁であり、壬生国神社の巫女を務める朔夜、彼が育てたのがゆやである。その彼の元で働く四人の秘書も幸村の元で研修を受けたメンバーであり、三好兄弟(清・伊三)と筧十蔵、海野六郎という。  「彼らは気にしていないさ。だがこの国はこのままでは危ない…」  外のどんよりとした空を厳しい表情で幸村は眺めていた…。  そして市川…。  長髪の青年が工場近くにある排水溝に近づく。そこからなにやらおぞましい色の排水が流れている。  青年は排水を瓶に入れると急いでVWのビークルに乗り込むと車を動かし始めた。だが、青年は監視カメラでその行動が録画されていたとは知らなかった…。青年は車を飛ばしてそのまま東北高速道路へ入るとパーキングエリアに入る。  「もしもし、的場です。件の工場の排水は回収しました。石巻バイオパークまで急ぎます」  男は的場遼介だった。つばさ薬品工業でトップセールスマンだが、CP9製薬の杜撰な実態に憤慨していた。そこで市川工場の排水を回収して分析させることにしたのだった。  だが、その行動はとんでもない悪夢を遼介に、そしてスクラッチエージェンシー、更にはオボロゲクラブにもたらそうとは誰も予想しなかった…。 9 誇れ、響き合え、心が応える  そして川崎…。  日向大介は東西新聞を見て顔を青ざめていた。 ------この薬、ここまで劇薬というのか…!!  東西新聞の社会面ではゴードムという新薬の申請の実態を追求する記事が連日掲載されている。ゴードムの効果は抜群なのだが、副作用が凄まじい状況でその結果亡くなった患者たちは数知れずだったのだ。  「おはよう、お父さん」  「おはよう、咲。仕事が忙しいようだな」  ゼーラから川崎に戻ってきた娘の咲に大介は笑って答える。  「みのりは?」  「部活に行った。将来のなでしこジャパンを目指しているようだ」  「お店は?」  「GINのテナント料は良心的だ。無理な要求はしてこないから経営が安定しているし、最近何人か社員を入れたさ」  「大学の勉強、相変わらず絶不調ナリってところかな」  「ハハハ…、仕方がない。お前は一度怒りだしたらちょっとやそっとじゃ許さない頑固者だからな」  「この記事…!!」  「最近問題になっている『ゴーレム』という新薬だ」  その瞬間、咲の顔色が青ざめる。その時だ、大介の妻の沙織が入ってくる。  「咲、美翔さんがご両親を連れてここに来ているわ。それに、霧生姉妹も」  「咲、大変よ!あの『ゴードム』がこんな危険なシロモノだなんて…!!」  真っ青になって入ってきたのは美翔舞である。更に彼女の父である弘一郎、母の可南子がビデオを持参している。早速大介はビデオを再生し始める。  「これは昨日の『ニュースコープ』だ!」  「極亜テレビに移った桃川小春アナウンサーが…!!」  『ニュース共通配信協同組合・WNN(ワールド・ニュース・ネットワーク)所属の極亜テレビです。今回はゼーラのサンライズタイムズの相原徹編集長とつながっています。相原さん、聞こえますか』  『はい、相原です。私は今、ゼーラのCP9本社工場前に来ています。これは、極めて最悪の薬害です。関東連合で頻発したエニエスよりも最悪の結果になるのは言うまでもありません。なぜ臨床段階にも満たないゴーレムを関東連合が認可したのでしょうか』  「確か、CP9はエニエスって血液製剤を販売していたよね」  「ああ…、あれは非加熱で、つばさ製薬やN2ウェルファーマが加熱製剤を販売してシェアが低下している。そこで価格を安くしているようだが、コスト削減を優先するあまりに非加熱で販売したらしい」  「どうして…!!」  『相原さん、ゴーレムの回収要求に会社サイドはどう対処するのでしょうか』  『会社サイドは広報部を通じて「新薬は有害ではない」として販売を続ける意向です』  「嘘だ!これだけの凄まじい被害者が出て何が無害なんだよ!!」  舞の兄である和也が憤って叫ぶ。  「どうしたんだ…」  「私達、ひょっとして…」  「この前の仕事はこれと関係しているわけだな…」  動揺を隠せない霧生満。戸惑うのは霧生薫。  「私達がCP9から聞いたのはゴードムってことだけど、まさか…」  「ゴーレムって名前に変えたのよ…。これじゃ、人殺しの手伝いをしたに等しいじゃない、どうすればいいのよ…」  「咲…」  舞もショックだが、こんなに打ちひしがれた咲を見たことはない。  「自然や命、物の大切さを教えられてきたのに、粗末にしたに等しいじゃない、どうすればいいのよ…」  「警察に話しても取り合ってもらえないだろう。GINに話しても公権力が関わった証拠がないと動けない、どうすればいいのか」  「だからと言って黙って見ているわけには行かないじゃない」  「見殺しにしていいのか!?」  全くこれでは堂々巡りである。  「以前、オリエンタル製薬が破産に追い込められた原因にあかつき病院での薬害事件があったね」  「あった、あれだな」  「その事件にCP9が関わっているという噂もある。ネットの怪情報では殺された冥王せつながそのことまで知ってしまったからだとされている」  「あのフロスト兄弟の秘書だった人が…!!」  その頃、科学アカデミアでは…。  太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーが完備された二階建ての家がある。そこはケフレンハウスと言われており、無料のオフィスソフト「レー・ガルス」のや無料プログラミング開発システムの開発などで知られている。  「ケフレン先生、生協から野菜が届きましたよ」  「すまぬな、ジン」  パソコンに向き合っていた男が青年に振り向く。あのリー・ケフレン博士である。  「あの暗号ソフト『デウスーラ』の完成を急がねば…。このままでは第二第三の『ゴードム』を招きかねんぞ…」  「ケフレン先生の言うとおりです。俺もこき使ってください」  「何を言う。お前には無理されては困る。その使命感を過労死で失っては元も子もない」  ジン(本名:垂水仁)をしっかり諭すとケフレンは台所に向かう。そこに控えていたのは教え子たち4人とロボットだ。普段から軽装を好むダイ(本名:植村大輔)がケフレンに笑って答える。  「先生、あのソフトですがハッキングしにくいようにできてきました」  「よし、もう少しの辛抱だな」  「俺達が調子に乗ってガジャ博士にあんなソフトを提供してしまって…」  「悪いのはお前たちではない、すべてこの私の罪だ。自分を責めるな」  ブン(本名:石渡文哉)をたしなめるケフレン。その時だ。  「お父様、尾村博士のお母様が来ているわよ」  「分かった、ルーはお湯を沸かしておいてくれないか。サラは私と一緒に対処を頼む」  「分かりました」  吉田ルーはケフレンの指示に従う。ケフレンの娘であるネフェルに案内されて居間に向かう。時村サラも同席する。サラの父親は時村博士であり、ケフレンとネフェルの身元を保証した上で国籍取得の際には協力してくれた。ケフレンが暴走しないですむのは時村博士やネフェルの恋人でもあるジンの存在が大きい。  「あなたが、ケフレン博士ですか…」  「申し訳ありません、私の失態で我が友の研究機密があくどい金儲けに使われてしまいました。全てこの私の罪です」  「そんなことはありませんわ。豪から話は聞きました」  尾村俊子は穏やかな表情でケフレンに話す。サラが即答する。  「問題なのは、誰がソフトを破ったのかです。現在は週刊北斗の霞拳志郎氏が調べています」  「私はコンピュータプログラムは、美しく偉大な命の芸術だと信じています。今までは私の技術に絶対的な自信を持っていましたが、こんなことになろうとは…」  「先生は自分を責めないでください。あの時私達が調子に乗っていなければ…」  「全ては私の慢心が招いた結果だ…」  「また、やり直せばいいのですわ。豪は医者ですからやり直しが利かないのに対してコンピュータならまだしもやり直せる可能性がありますわ」  「ケフレン博士、お茶が入ったよ」  そこへ入ってきたロボット。このロボはマグといい、時村博士とケフレンが共同で作り上げたアシスタントロボットである。壊れた家電やマシンの修理や料理、留守番から子守をこなせるのだが食事に関しては栄養面しか考慮しないのでその腕前はいまいちである。 10  無くせない光、想い-Out of orbit-  「ヒロ、今日はチトワンに向かうのか」  「ああ…、GINのチトワン支部の組織がどこまで完成しているかを見なければならないのもあるがな…」  川崎のGIN川崎寮…。  広志はディアッカと話している。ディアッカはにやりとしながら言う。  「お前と出会ったのもあのチトワンだったな…。俺はキラの代わりにここに来ているようなものだけどな」  「それはないさ、ディアッカはディアッカの才能があってここにいる。俺はそう思うさ」  「お前みたいな心の広い人間も少ないからな…」  「ディアッカだってなれるさ。財前さんに指示を仰いでくれないか」  「任せとけよ」  10年前の警察軍…。  「チトワンでオーブ大使館が襲われてユウナ・ロマ・セイランが殺されたですって!?」  「ああ…。テッカマンランスが戦ったが相手は4体投入した。対応しきれなかったようだ」  クルーガー校長の険しい表情に広志は即答する。  「俺だけでもチトワンに派遣させてくれませんか。戦いのない国を目指すなら、俺が向かうべきです」  「無理だ!お前だけでは過重だ!!」  「チトワンの人々は俺の助けを待っています。彼ら彼女らをどうして見殺しに出来ますか、俺を派遣させてください!!」  クルーガーは厳しい表情で広志を見つめたが、答えた。  「お前のその熱意、よく分かった。俺の責任でお前を派遣する」  「かしこまりました!」  「お前は必ず向かうと思っていた。お前の戦う姿でチトワンの人々に希望を与えてこい」  「俺にできることはやり遂げるつもりです」  そしてその日の夜…。  「お前はなぜ俺にこんな夢を!?なぜだ!!」  広志がうなされている。美紅はすぐに広志を起こす。  「どうしたの!?」  「美紅…」  「汗がひどいわよ…。悪い夢を見ていたの…?」  「セルゲイが夢のなかに出てきた…。戦いの記憶を見せて…。『お前は人であり光…。未来はお前達の手の中にある…』と言って消えていった…」  「きっと、ヒロの出生になんだかの鍵を持っている人かも…」  「セルゲイは俺の遺伝子上の父であっても、俺の父は、高野圭介以外の何者もいない…。育ててくれたのは智史父さんだ」  そうつぶやく広志に美紅は優しく抱きとめる。  「それでいいの…。振り回されなくて…」  「だけど、怖いものもある…。力に溺れて驕り高ぶりそうな俺がいて…」  翌日…。  「ひどい…」  ほのかがヘリコプターから絶句する。チトワン首都・金沢にあったオーブ大使館は見るも無残な姿になっていた。竜也は怒りで拳を握り締める。  「ヒロは…」  「生き残った人たちの見舞いに行ったわ。被害状況に関してはヘリコプターで撮影を頼むって言って…」  その広志は魁と一緒に病院にいた。  「そうですか…。患者さんとお会い出来ないのでしょうか…」  「今、精神的に不安定です。無理でしょう」  病院の看護師の説明に広志は困った表情だ。その時だ。  「俺達は会う気持ちがあるんだ!!」  「誰なんだ!?」  広志は叫んだ声に向かった。そこにいたのは黒い髪の毛の少年だ。  「あんたはテッカマンなのか…」  「ああ…。その通りだ、まさか君が…」  「あんたたちがイムソムニアを止めていたら父さんも母さんも死なずに済んだんだ!」  広志の胸ぐらをつかむ少年。魁が思わず止めに入ろうとする。  「待つんだ、魁!彼には彼なりの言い分があるはずだ。話を聞こう。その上で好きにしてくれ」  「あんた…」  これが、シン・アスカとの出会いになろうとは広志も思わなかった。  「そういうことだったのか…。セイラン大使が君達をかばおうと安全なシェルターに押し込んで一人引きつけ役になって…」  「テッカマンが何とか駆けつけたけど、4体もいてはどうにもならなかったでしょ…」  「たしなめようたってなんにも始まらない。これは俺達の力不足だ。申し訳ない」  シンの前で謝る広志。  シンの憤りは大きかった、恋仲にあるステラ・ルーシェと妹のマユが大怪我を受けたためだ。  「シン…、俺達と同年代にしてこんなに責任を感じているなんて…。こいつは強いや…」  「アウル…」  「俺だって許せねぇ、マユがあんな事になるなんてな…。だけど、ここまで謝るなんて真似できねぇや」  アウル・ニーダがシンに言う。ここにいる子供たちはみんな大使館の職員の子供たちで大使館の職員たちは執務室を空爆で壊されてその下敷きにされて亡くなったのだ。  「ヒロ、話はすんだ?」  「まだ時間をくれないか。俺は彼らの心の傷と向かい合わねばならないんだ」  「どうして見ず知らずのあたしたちに…」  ルナマリア・ホークが戸惑いながら話す。イサミが話す。  「ヒロも、両親をテロで失っているの。だから、分かりたいって思っているのよ」  その時だ。長身の金髪の少年が入ってくる。  「みんな、大丈夫か?」  「君は!?」  「この方を知らないのか!?」  黒髪の少年が言う。広志は戸惑いの表情を隠せない。  「そういうことだったんだね…」  チトワンのクルト皇子はシンたちから話を聞いていた。  「ヒロさんはどういう人なのかしら、小津さん」  「いざっていう時には別け隔てなく手を差し伸べる人だね。目先の打算や損得じゃヒロは動かない。精神的に強いんだ」  「そういう人を警察軍は派遣してくれたのですね…」  「警察軍の命令にすぎませんよ、あくまでも」  魁に話を聞いていた黒髪の少女に広志は淡々と答える。だが美紅が言い直す。  「ヒロが自分から志願したのよ。『チトワンの人々を見殺しにする訳にはいかない。戦いのない国を目指したい』って」  「おい、余計な一言を言うなよ」  広志が美紅をたしなめる。その時だ、品のある男が四人とともに入ってくる。  「君がテッカマンアトランティスなのか…」  「あなたは…」  「今回、君の力を借りることになってしまったモロトフ・スミヤノフだ。すまない…」  「モロトフさん、恥じることではありません。相手は四人、ならばこちらも四人増員して対抗しましょう。高野広志です」  「君は若いのに礼儀正しい男だな」  「まずはこの被害に対して警察軍として犠牲者に哀悼の意を表明します、ステファン国王陛下にグリフィス国王陛下」  「我らにそこまで気を使う必要はない。話はタロスから聞いていた」  「彼はチトワンのために立ち上がってくれたのですわ、お母様」  「そうか…、オリエよ、彼らを支援するべきだな…」  「ヒロ、実はオーブからキラ・ヤマト皇太子陛下も被害の状況を把握するため来るそうだ」  王宮近くのタロス・バルカス邸…。  広志たちはタロスの好意で宿を貸してもらえることになった。このタロスはクルトの忠臣の一人であると同時に諌め役でも知られている。  「すみません…」  「お前が詫びることじゃないさ。クルト様はお前が真っ先に立ち上がってくれたことに感謝しているさ」  「あれは、人として当然のことですよ」  「それがなかなか出来ないのが人間でな…」  「やった、初めてゾーダに勝てた!」  なぎさが歓声を上げる。ゾーダ相手にオセロをしていたがいつも勝てずに悔しがっていた。ぼやくゾーダ。  「やられちまった…。ヒロさん、どうしますかぁ…」  「俺は争うつもりはないさ。勝負は時の運って言うからね」  「私も同感ね、ゾーダ」  「俺はいつも雪城に負けてばっかだからな…。というか、ウソを付くのが怖くなるんだな…」  ゾーダは何故かほのかに手の内を読まれている。ずるい策略家もほのか相手には勝てない。  「後はチトワンの大使館復旧に必要な支援メンバーだな…」  「それは兄貴に頼んでおきました」  ゾーダの義理の兄はスザク・リュウといい、総務省に勤務している。その時だ。  「あなた、ここにヒロって人がいるでしょ」  「俺がそうです。あなたは…」  「私はタロスの妻です。イリューズと申します」  仮面をかぶった女性には三人がいる。  「ヒロ!」  「明王、それに岸!?」  「俺達はヒロが戦いに赴いたと知って手伝おうと決心したんだ。俺達の力を使ってくれ」  「そうか…。すまない!」  「土下座する必要はないのに…」  土下座する広志を起こすのは岸リボン(警察軍大学付属川崎高校2年生)。少女にしてフェンシングの腕はトップクラスである。  「あたし芽留桃子、真お兄ちゃんの従姉妹なんだよ」  「へぇ…、イサミも妹分ができたってところか」  洋平がにやりとする。明王真は広志と握手を交わす。彼は測量術に長けている他格闘技にも長けている。  「俺はヒロのためならいくらでも動く。こき使ってくれ」  「馬鹿げたことを言うなよ、明王。俺はみんなが仲間なんだから」  「桃子ちゃんは甘いもの大好きなのか」  「そうだけど、ママが歯磨きしろってうるさいのよ」  「当たり前だよ、そりゃ」  「お前の歳は何歳なんだ」  「俺達は17歳なんです」  「クルト様や水晶姫さまと同い年とは信じられないぞ…。お前は若いのにかなりの経験を積み重ねている印象だ…」  イリューズは仮面を外す。その素顔はとても綺麗だ。  「綺麗…。仮面がないほうがいいじゃないですか」  「私は嫉妬されるくらいなら仮面をつけていたほうがいいのよ」  その頃、ゼーラ海上では…。  「小坂様、奴らへの制裁は完了しました」  「結構です。流石はドクター・ソーンです」  「父君の敵は取らせてもらいます、あのアトランティスがこのチトワンに来ているようです」  「まだ早すぎでしょう。キアス・ベアードを投入します」  「我が息子をですか…」  「その通りです。彼はアトランティスを憎んでいます。最高の対戦相手になるでしょう」  そう言うと小坂直也は含み笑いをする。ルパート・ソーンは頭を下げる。このソーンが首謀者になり、チトワンのオーブ大使館を襲ったのだ。  「まさか、あなたが遺伝子改造を希望するとは意外でした」  「テッカマンになり我が同僚・小坂啓二の敵を取る。その結果としてのテッカマンドワイトですからな」  「おい、小坂様に失礼だぞ」  「もうそろそろ来るはずだ…」  「いえ、ロン・ベアードには申し訳ないのですが夜襲をかけるよう指示を出しています」  「さすがです…」  「疲れたな…」  「みんなは休んでいてくれ…。俺はしばらく起きている…」  「無理をするなよ…」  「ああ…」  広志は洋平に笑うとブラックコーヒーを片手に待機していた。  その時だ、広志の額が凄まじい輝きを放つ。素早く広志は立ち上が得ると臨戦態勢に入った。  「どうしたんだ!?」  「イムソムニアサイドのテッカマンが攻めてきている!」  「私達はどうするの!?」  「ここで待機していてくれ!!俺が奴らを叩きのめす!!」  そう言うと広志は青く輝くネオクリスタルを取り出すなり駆け出す。  「テックセッター!!」  その声と同時にクリスタルフィールドがたちまち展開し、広志の体にオーバーテクノロジーの機甲が組み込まれていく。そしてトリコロールの機体が希望の剣を握りしめてチトワンに降り立つ。  「テッカマンアトランティス、見参!!」  「俺達も行く!!」  魁、なぎさ、ゾーダ、ほのか、サクヤが立ち上がる。  「この前のLIMITEDの暴走を止めるためか…」  「あたしたちがいれば暴走はある程度抑えられる気がします、竜也さん」  「俺も向かう!」  「ククク…、やはり奴が来たか…」  プルートゥはラダム兵たちを率いてニヤリと笑う。  王宮近くの山から攻め立てようと企んでいたのだ。だが、広志が攻めて来る事も想定にあった。  「ヒロ、気をつけるんだ!!」  「魁はみんなを頼む!キアス・ベアード、勝負だ!!」  「我らが総帥の命令で貴様を倒す!!」  アトランティスとプルートゥの激突だ。広志はエクスカリバーを一気に一閃させる。ラダム兵がその瞬間一気に滅する。  「次はお前だ、キアス・ベアード!!」  「アトランティスよ、貴様は俺から全てを奪い取った…。死ね!」  「一体何を言うんだ!?」  「あの世で真相を知るんだな!!」  「クッ…!!」  プルートゥのランサーの一撃が凄まじい。ひとつひとつが重圧感を増しているかのようだ。エクスカリバーで一つ一つ正確に食い止めると加速しながらプルートゥに反撃していく。  「貴様を倒せばチトワンはイムソムニアのものだ…」  「そうさせやしない!チトワンの人々は見ず知らずの俺を暖かく迎え入れてくれた!お前たちの歪んだ野望の餌食には絶対に俺がさせない!!」 -------LIMITEDを使うしかないのか…!!  困っている広志。その時だ。  『オーバーロードトップギアを発動させてスピードとパワーで押し切れ!!』  「竜也さん!!」  『核融合炉エンジンがアトランティスには搭載されている。一気に発動させてエクスカリバーに流し込め!!』  「了解!!」  一気にオーバーロードトップギアを発動させ、エクスカリバーをバックハンドストローク状に構えるとプルートゥめがけて斬り捨てる。だがプルートゥは紙一重で回避する。  「クッ…、やるな、今日の勝負はここまでだ!」  「待て!!」  プルートゥは闇の中に消えていく。  「ヒロ!!」  「魁!」  「美墨さんが足に怪我を負った!!」  地上に降り立った広志。なぎさが苦痛の表情だ。すぐにテックセットを解除し、止血措置をとる。  その翌日…。  「美墨さんは病院に回したのか」  「ああ…。明王たちの再建方針に俺は情報面で協力しなくちゃな…」  広志はパソコンの画面に向かっていた。図書館で再建資料を集めるにはネットでの下準備が必要なのだ。  「普段こうやって調べてるの?」  「ああ…。それが手っ取り早いんだ、桃子ちゃん」  「すっかり馴染んでいるような感じだな、ヒロに」 -------しかし、プルートゥが接近したら額が輝くとは一体…!!  「はい、これらにそって情報を探してくれ」  「さすが高野くんね」  「何もこうもない。俺は病院に行くよ」    「大丈夫か?」  「単なる切り傷で済んでるって。出血がきつかったから無理はするなって注意されちゃった」  「当然だ。君は無鉄砲すぎる。最も俺も人のことは言えないが」  「ありえなーい!!」  「まあ、しっかり休め。元気ななぎさを待っているさ」  広志は戒めると同時にねぎらうとオーブ大使館の負傷者達を見舞いに向かう。シンが広志を見ると駆けつける。  「ヒロさん…」  「君の大切な人たちは大丈夫か?」  「意識までは失っていませんよ。ただ二人共体に大きな傷を受けていて…」  シンは広志にやるせなさそうに話す。  「無傷なものなんてこの世の中にはないさ。人としてどう生き抜くかが問われているんだ」  「また来ていたのか…」  「メドゥーサ様!それにクルト皇子も!」  広志は頭を下げる。優しそうな表情でメドゥーサ妃は広志に話しかける。  「小さい頃の面影はないが、お前には高野みどりの優しさが残されている。私は踊りよりも剣を握って鍛えることが好きで、あのセルゲイ・ルドルフ・アイヴァンフォーの手ほどきを受けたことがあるのだ…」  「なぜ母の名前を…」  「昨日の戦いで見せた剣術はどこで学んだのかい」  「あれは警察軍での研修です」  その時だ、広志の頭から光が放たれる。初老の男が広志の前にいる。  「フフフ…、若きテッカマンよ…」  「お前は一体!?」  広志は戸惑いを隠せず構える。  「私もお前と同じテッカマンだ…」  「まさか!?」  「今はお前に殺意などない。お前に関する秘密を明かそうではないか…」  「秘密・・・!?」  驚きの表情の広志。  「お前は遺伝子を組み替えられた超人類の先駆けなのだ…」  「・・・!?」  「まだ分からないようだな。お前が我らテッカマンと接近した際に額が輝くのはその機能がある証だ」  「どういうことなんだ!?お前は一体何者だ!!」  クルトが青ざめた広志をかばいながら叫ぶ。  「イムソムニアのロン・ベアードだ」  「イムソムニア…!!」  「黙って話を聞く必要があるようだな…」  動揺する広志を抑えながらメドゥーサは近くの椅子に座るよう促す。ほのか、ゾーダは物音に気がついて外に出る。  「お前は17年前に生を受けた際に、ある英雄の遺伝子を改造された上で組み込まれた。更には様々な生物の持つ利点をお前は組み込まれている…。我ら、イムソムニアの前身である遺伝子工学研究所・ゴアの技術がな…」  「ゴア…!!小坂啓二が20年前に宇宙開発を巡る対立からチトワンにある宇宙開発研究機構から脱退して立ち上げたが最後警察軍に包囲されて自殺した…!!」  「そして我らゴアは宇宙をさまよっていた時に超科学を手に入れた。いかなる生物も何もかも、我らの思うがままに操れる…」  「そんなバカな!?」  ゾーダが震え上がる。  「だが、イムソムニアはそれだけでは足りなかった…。新人類による新たな地球圏の支配を目論んだ。その研究として、試作品というべき人間を何人かこの世の中に送り出した…」  「それが、お前たちの言う…」  「LIMITED…。全生物の遺伝子そのものから強靭な肉体と判断力を持った新人類を完成させ、新たな人類による旧人類の支配を行う…」  「馬鹿なことを…!!」  ほのかがやるせない表情で話す。  「だが、そのためには手段を選ばぬやり方に私は納得出来ない。イムソムニアにも人の心を持ったものはいる」  「まだ何かを隠しているようだな…」  「イムソムニアは人工脳を研究して18年前に開発したとだけ、言っておこう…。お前の父親は宇宙飛行士だった。引退後は宇宙開発研究機構に所属して研究者として妻の母国で働こうとしていた」  「まさか、母さんはイムソムニアから受精卵を受けて…!!」  「お前の父親はイムソムニアのテロによって怪我を負った。そして、人工授精を行うことで子供をこの世に送り出そうとした。ハバート機関の協力によってだ…。その創始者がジョージ・グレン、遺伝子工学研究者だった人物だ。その犠牲になったのは18個の受精卵だ」  「俺は、俺は…、作られた命というのか…!!」  そう言うと広志は愕然とした。  「まさか、その遺伝子にセルゲイ・ルドルフ・アイヴァンフォーを使ったというのか…!!」  「その通りだ。だが、宿命というのは皮肉なものだ…。フッフッフ…、戦場で会おう、我が息子よ」  「な!?」  戸惑うクルト。  「そういうことだったのか…」  無言の広志を中心に竜也は驚きを隠せない。  あの告白の後、メドゥーサはすぐに広志の戸籍を取り寄せて調べた結果、広志が双子だったこと、そしてもう片割れの子供は死産だったということだった。ほのかが指摘する。  「だが、気にかかるのは人工脳という言葉です」  「私もだ、あの人工脳は人道上残忍だということで国際法でも禁止されている」  ステファン王が即答する。彼は国王に就任する前はマサチューセッツ工科大学で理学博士号を取得するほどの研究者だった。今でも研究は続けている。グリフィス王は厳しい表情で考え込んでいたが答える。  「だが、ゴア残党がイムソムニアを結成したというなら話は分かる、我が兄よ」  「俺は…、俺は…、誰の子供なんだ…!!」  「お姉様、戸惑うのも無理はありませんわね…」  「私はこんな残酷な宿命を背負わせたイムソムニアが許せない…」  メドゥーサは厳しい表情で拳を握り締める。  その頃、山の麓の教会では…。 -----我が盟友エンゾよ、宿命の戦士は我らが子供たちと出会った…!宿命の戦士の運命は動き出す…。輝きを増すのか、闇に閉ざされるのかは我らが主のみしか知らぬことだが…  「父上、ついに参りましたな」  「アスナスよ、あの少年をこの教会に招いてくれないか」  「かしこまりました」  男は返答するとホールを去っていく。この教会はチトワン王国の初代国王だったエンゾ国王の眠る墓がある山の麓にあり、エンゾとこの教会の牧師を務めるアガナード大司教は親友だったのである。そこへ入ってきた女性。彼女はアガナードの養女の一人で、教会所属の牧師であるコナン・ウィリアムの妻でもあるアヴリルである。アヴリルはコナンに命を救われたことがきっかけで恋に落ち、コナンはアガナードの人柄にひかれて弟子になった経緯がある。  「アガナードお父様、ガラティア姉様からお電話です」  「分かった、向かおう」  アガナードは電話の受話器に向う。  「もしもし、ガラティアよ」  「お父様、大変なことになってしまいました。昨日話したあの少年の出生の秘密が明らかになってしまいました」  「そういうことか…。ならば、私が向かわねばならない。コナン牧師に明日ミサの代行を頼むことにしよう」  「あの人は大丈夫でしょうか」  「大丈夫だ。彼は木こり出身だから不器用だがその不器用さは聖書の言葉を伝えるのに必要だろう」  そういうと打ち合わせを済ませる。アヴリルは不安そうに聞く。  「アスナスお兄さまのほうがよろしかったのではないかと…」  「アスナスは努力家だ。明日は街頭で布教活動を行う予定だ。アスナスに無理は頼めまい」  「父上、命というのは畏れるに値するものです。目の前でリシェンヌの闘病生活を見てきた私にはそのことがよく分かります」  「そうだろう。いずれはお前は私を超えていくはずだ。その時には私を自分の力で超えたと胸を張って言えるように頑張るがいい」  笑顔で頷くとアスナスは部屋を去り、百合の花束を携えて山を登っていくと墓場に花束を捧げる。  「エンゾ様…。あなたがお亡くなりになる直前に予言した『奇跡の青年は我らが宿命を動かし、この国に迫る闇を打ち砕く光になる』という言葉、始まりそうな雰囲気です…。彼は戦士として苦しんでいるでしょう、しかし、その苦しみはやがて救いになって現れるでしょう…。その時までは彼を支えてもらえませんか…」  このアスナスはゼンヌの村という小さな町で寂れていた教会を立て直した腕があり、その際に知り合ったのが妻のリシェンヌである。  「ヒロさん…」  「下手な慰めはいらない…」  シンは落ち込む広志を見ていた。  出生の秘密を知り、苦しんでいることをマユから知らされて駆けつけたのだ。美紅、クルト、オリエはそんな広志に声すらかけられない。  「僕らに何が出来るのか、考えなくちゃ…」  「人類のすべての欲望を背中に背負い込んでいるような感じなのよ、ヒロは…」  「そんなことじゃない…。俺は…、俺を生み出すために18人の受精卵を無駄にしたという事実を知って…」  「自分を責めないでよ…、じゃあ、あの戦う決心は何だったのよ!?」  「分からない…。LIMITED、プルートゥと戦った時のあの衝撃…、何があったんだ…」  竜也が顔を青ざめて入ってきた。  「大変だ、オーブから王太子陛下たちが見舞いに来たそうだ。で、マユちゃんたちからお前の話を聞いてぜひ会いたいって言っている」  「そんな場合じゃないじゃないですか!ヒロのことは知っているじゃないですか!?」  「どうしても、ですか…」  「ああ…」  「行きます。案内できますか」  「ヒロ…」  クルトは動揺を隠せない。苦しい時に苦しいということを表立って打ち明けられないことへの苦しみはやがて、広志を大きな苦悩に導くことになると予感していた…。  「君が、あの高野広志なのか…」  「…!!」  茶髪の青年を見た瞬間、広志の脳裏で何かが弾け飛ぶ。 ------写真が乱れ飛ぶ…!!何か、赤ちゃんの時に…!!  「ウグォォォォォ…!!」  頭を抱えて倒れこむ広志。褐色の青年が美紅、クルトと同時に広志を支える。  「ヒロ!!」  「大丈夫か!?」  「何か大量の情報が頭の中を駆け巡っているかのような感じよ…!!」  オリエは広志の頭のそばにクリスタルをかざす。キラ・ヤマトは驚きを隠せない。  「君の名前を聞いて僕はすぐにアルバムを探してきた。ひょっとしてこの写真なのか!?」  「小さい頃のヒロ!?」  一同は驚きを隠せない。  「ゴアの極秘ラボがこのチトワンにあったんだろう。それなら全ては一致する」  「じゃあ、小さい頃の僕らのこの写真のことも証明できるわけだ」  「俺は…、小さい頃のことは覚えていない…。写真を見ても、思い出すらも分からないんだ…」  「辛いな…、あんたも…。俺は何といっていいのか分からない…」  「とにかく、今日は無理はできないね。ゆっくり休んだほうがいいよ」  「そうですわね」  桃色の髪の毛の少女がキラに話す。 ------戦わなくちゃ…!そうしてる間にイムソムニアは侵略を続けているんだ…!!  「いつもヒロは頑張ってるんだ。ここは俺達に任せとけって」  「そうだよ、よーへーだってヒロの頑張り知ってるんだよ」  「しかし、君の彼氏というべきか、家族はかなり無理を重ねる男だな」  目をマスクで隠している男が美紅に話しかける。  「テッカマンになった後からです。昼も夜も基地に常駐して緊急出動があれば真っ先に出撃しているんです」  「ラゥさん、オーブでも何かできることはあるんでしょうか」  「何とか考える必要はあります、王太子殿下」  「それでも、こいつは自分にできることを自分なりにやろうとしている。それだけじゃないか」  「ムゥ、お前はそう思うのか」  「兄貴だって分かるだろ、こいつはまだまだ伸びざかりだろうってな」  「確かに言えますね、ムゥ兄さん」  肩まで長い髪の毛を垂らす青年が答える。フラガ三兄弟の末弟・レイ・ダ・バレルである。フラガ三兄弟は長男のラゥ・ル・クルーゼ、次男のムゥ・ラ・フラガとレイで成り立っており、三人はオーブ王朝に代々遣える一族であった。  「クルーゼ隊長、彼をどうしますか」  「今日は休ませるんだ。彼にはこれからが大変な試練が待っている」  広志をベッドに寝せるとキラは桃色の髪の毛の少女、美紅と一緒にクルトの元を訪れる。  「まさかラクスさんまで来ていたとは…」  「お久しぶりですわ、オリエ様」  「この人は…」  「ラクス・クライン。オーブの歌姫だよ」  戸惑う美紅にクルトが答える。  「私がこの場に居るなんて…」  「僕たちはヒロの一番近くにいる君を信用している。今までヒロに起きた出来事を話してくれないか…」  「私がヒロと出会ったのは一歳の時でした…。その時は理由は知らなかったけど、天下航空機の墜落事故で実の両親が亡くなったためと知ってから里子として引き取られたって知ったんです」  美紅は知りうる事情を思い出しながら話し始める。  「ヒロが中学1年生になった時にアジア戦争が始まって、その時に父や母は戦争について嫌な表情をしていました。二人共三十年戦争に関わっていたと話していたんです」  「そのご両親のお名前を伺いたい。私が今から調べるさ」  「マリウス兄様」  オリエが笑顔を見せる。グリフィス王は病気で亡くなった前妃との間にマリウスとエルザを得ており、後妃になったメドゥーサ妃からはオリエを得ている。マリウスは自分の意志でチトワン国王の地位を辞退し、自分の力で心身ともに強くなってから王室の一員として活躍すると約束した。オリエはマリウスやエルザとは直接の血のつながりはないが絆は深い。  「久住智史といいます。母は香澄といいます」  「もう一つ聞かせてくれる?あなたのお母さんの旧姓は何?」  「沢渡です」  「お兄さま、早速動きましょう」  「ああ…」  二人は部屋を去っていく。マリウスとエルザは同世代に気を配って部屋を去っていったのだ。  「話をきかせてほしいわ」  「オリエ様、すみません」  「ちょっと待ってくれないかな?僕たちは同世代なんだ、堅苦しい言葉遣いはいらないよ」  クルトが思いやりのある言葉を投げかける。  「僕も同感だ。ヒロの言葉を聞いてくると何か緊張しているかのようなんだ。普段のヒロはあんな感じ?」  「いや、そうじゃないわ。ただみんなに気を使っているみたい」  「やっぱりだ…。相当無理をする性格みたいだね…」  「それに、一人で何もかも背負いこんでしまうところがあるの。チトワンに行こうと決めたのも…」  「典型的なアトラス症候群ですわね…」  「アトラス症候群?」  黒髪の青年が戸惑う。クルトの守役でもあるジャジャ・レオンである。  「ゼウスとの戦いに敗れて地球を背負う罰を受けたアトラスから名付けられたんだよ。つまり、何もかも一人で背負い込まねばならないって追い詰められてしまっているんだ」  「その性格はセルゲイ・ルドルフ・アイヴァンフォーもそうだったとすれば、納得ね…」  「あいつが、あの闘神セルゲイの忘れ形見だなんて…」  「セルゲイって誰のことなんだろ?」  「三十年戦争を終わらせた英雄の一人だ…。テッカマンラエルとして、国家の利権を独り占めしようとした連合軍に共同軍のエースとして立ち向かって、死の病気に苦しみながら最後命と引き替えに連合軍を打ち破った人だ…」  「そんな彼の遺伝子が組み込まれていたなんて…」  「その理由が、なぜかは僕は知らない。理由は僕らでも追いかける」  「だけど、苦しいのはヒロだな…」  魁はやるせなさそうに話す。  「アルバムを見ても、実の親の事は覚えていないなんて…」  「それともうひとつ、チトワンに幼い頃私も遊びに行ったことがあるの。魁くんにキーホルダーをプレゼントしたでしょ」  「ああ、確かそうだった。チトワンの王朝の紋章が描かれたものだった」  魁はキーホルダーを取り出す。  「懐かしい…」  「なるほど、僕やオリエがヒロくんの事を覚えていたというなら、あの海の家なら納得だ」  「確か、海の家の近くに王朝の保養施設があったでしょ、そこで出会ったのよ。あたしとクルト、ヒロくんが泳げていたのにあなたは泳げなかったでしょ」  恥ずかしくて顔を赤らめる美紅。そこまで覚えていたことに恥ずかしさを覚えていた。  「だけど、ヒロはなぜ覚えていないんだろう…」  「果たして、これは小さい頃のことだけですむのだろうか…」  「キラの指摘通りだ…。ヒロくんと本来生まれるべきだったもう一人の子供…。その子供の特徴が何かを調べる必要がある…!!」  「父上、さすがにサービスが過ぎましたな」  ゼーラ海上のイムソムニア所属戦艦・ガリオン…。  「フッ、いいではないか。奴にとっては事実を知った以上苦しむわけだ」  「そこに、私達が攻めかかる…。いいアイデアじゃないですか…」  「あの高野広志、侮れません。本当の怪物ですよ」  キアス・ベアードはロンに頭を下げる。その顔つきは広志と瓜二つだ。  「この顔で得するとしたら、奴に成り代わって侵入し攻め立てる方法だろうに…。クックック…」  「奴は俺が殺す…」  一方、アガナード大司教は王宮に入っていく。  「アガナードお祖父様もこのことを知っていたのですか…」  「ああ…。お前のもう一人の祖父である我が友・エンゾとはこのことでよく話していた…。私がチトワンに招かれたのもエンゾの誘いゆえだ…」  「お父様も行動が素早かったようですわ」  「アン、話はガラティアから聞いた。事は深刻だそうだ。更に我が信者に調べてもらった結果、とんでもない情報が分かってきた」  竜也が顔を青ざめて図書室から出てきた。  「どうしたんですか、竜也さん!」  「とんでもないことが分かった!」  「何だって!?ヒロくんと一緒に生まれるはずだった子供の脳が無脳状態だったってこと!?」  クルトは竜也の話を聞いて驚く。  「俺も信じられないと思った。普通だったら無脳状態なら死産だ。だが、ゴアの研究施設で生まれた子供だということも分かっている。それなら、その赤ちゃんの蘇生術までゴアは研究していると見ていい」  「じゃあ、無脳状態の新生児に人工脳を埋め込んで…!!」  ほのかが素早く察知する。なぎさは怒りをあらわにする。  「ヒドすぎる…!こんな運命だなんて…!!」  「君達の憤る気持ちは私も同じだ。だが、大切なのは苦悩する彼をどう支えるかだ」  「どうすれば、ヒロを支えられるんですか…」  美紅はアガナード大司教に戸惑いの表情で話す。竜也は更に厳しい表情で言う。  「更にロン・ベアードだが、なぜあすこまで真相を明かしたのか…。俺はひとつの推測がある」  「クローン人間だというのですか!?」  「ああ…。それも、広志の実の父親、高野圭介のクローンだろう…」  「クソッ!イムソムニアめ、なんて非人道的なことを!!」  洋平が憤りを見せる。マリウスは泣き崩れた妹のエルザを慰めながらつぶやく。  「母上…。これでは彼は更に心が壊れそうです…」  「あえて、事実を伝えねばならない…」  「メドゥーサ姉様!」  ガラティアが驚きを隠せない。  「あの青年はこの試練を必ず乗り越える。獅子の子は千尋の谷を乗り越えて獅子となるのだ。それぐらいはやらねばならない」  「だが、誰が支えるつもりだ」  「私が支える覚悟。親には光と影があるだろう」  「あたしが支えます!」  強い口調で美紅が言う。  「あなたは無理よ!」  「そばにいる私なら、ヒロを誰よりも分かっています。ヒロはこれから苦しい道のりを歩むだろうって、あの時のテックセットで分かったから…」  「そうか…。あの時、ヒロは覚悟を固めてテックセットを決めたのか…」  「逃げることも、負けることも、戸惑うことすらも許されない修羅への道…。なるほど、あいつの周囲に漂う闘気が分かったような気がする…」  タロスがつぶやく。  「母様、なぜ事実を伝えようと…」  「オリエよ、私はセルゲイの元で剣術の手ほどきを受けた。私は踊りよりも剣を取ることが好きだったからな。お前は私の髪の毛の色はひいているが後は全て父親に似ている」  「君は『戦女王』と言われていたからな。私も君のおかげで命を救われた」  「とにかく、事実を伝えねばならない。彼は早かれ遅かれ真実を知る」 11 天を目掛けて  その2日後…。  海の家の近くの海浜に広志はいた。一人竹刀を素振りしながら試合に備えている。魁が駆けつける。  「ヒロ!」  「一昨日は迷惑をかけてゴメン。昨日はオーブの大使館の再建計画で相談していて話す暇がなかった。試合は負けそうだな」  「最初から負けることを前提に話すんじゃヒロらしくないよ」  「分かってるって。俺だって勝ちたいさ」  そう言いながらも広志は前日夜、木刀を1000回素振りしていた。突然国王御前の練習試合があると言われて参加を求められては断り切れない。黒衣の男が近づいてくる。  「お前が我が妹たちの言う、高野広志か」  「俺がそうですが…」  「俺はアスナスだ。誰が出るのかは知っているのか」  「ええ…。第一回戦はマリウス公でしたが…」  「あいつは我が甥とは言え、強い。心してかかれ。5年間のキャラバン生活で心身ともに鍛えられている」  「ええ…」  「お前も辛い過去を背負っているようだが、お前には仲間がいる。嘆くな」  戸惑う広志にアスナスは頭を軽く撫でる。  「それに、お前は幸せものだからな。お前の手のひらを見せてくれないか」  「すごいタコができている…」  魁が驚きを隠せない。広志は夜寝る前に素振りを繰り返しているとは聞いていたがここまで染み付くとは恐ろしい…。そしてクルトがエルザと組手をしている。  「すごいね…。初心者なのにここまでこなせるなんて」  「エルザ姉様から教わったんだ。マリウス兄様はメドゥーサ伯母様から剣を教わったけれど、エルザ姉様は柔道が得意なんだ」  「あなた、私と試合しない?」  「ちょっと、勘弁して下さいよ」  渋い表情の広志。そこへタロスが現れる。  「お二方とも準備はできたようですな」  「どうもそうみたいです、俺も何とか出来ました」  「僕も試合に出ることになった。もし、当たる時にはお互いに頑張ろう」  「ええ…。俺もベストを尽くすと約束します」 -------こいつ、俺と朝竹刀でやりあっても涼しい表情なのだから恐ろしい…  タロスは内心冷や汗をかくほど広志の剣術はトップクラスである。タロスの愛用している鎧兜を広志は身につけた上で20kgのおもりまで装着して試合をしていたのだ。  「君の腕前、見せてくれ!」  「強いあなたと立ち会えることを誇りに思います」  広志はマリウスと握手を交わす。  オリエ王女はその光景を美紅と見ている。  「いつもあんなフェアな姿勢なの?ヒロ君は」  「そうよ。ロンドン五輪でもその姿勢は一貫していて、タックルをかけるような相手にも真っ向から立ち向かって一本を取るほどよ」  「試合がはじまったな」  父グリフィス王が声をかける。広志とマリウスは互角の勝負をしている。  「マリウスは我が王室でも屈指の剣客、そのマリウスと渡り合えるとは…」  「ヒロはトレーニングに際して鉛を両手足に巻いて毎日しています」  「まさか外しているんだろうな」  「とんでもない、外していませんよ」  広志は凄まじいスピードでマリウスの攻撃をかわす。それでいて鉛入りのバンドを両手足に巻いているのだから恐ろしい。マリウスの従者でもあるシルヴァーナが震え上がる。  「この試合、マリウス様が負ける…」  「ヒロは最初から勝ち負けにこだわっているわけじゃないの。勝ちたいならバンドを外すはずよ。でも、ヒロは外さなかった。あたしが『外したら』といっても『勝ち負けよりも人としてどう生き抜くかだ』って言って拒否するの」  隣のフィールドでは背の小さな青年がキラの親友でもあるアスラン・ザラと試合を繰り広げている。ラゥが汗ダクダクになってクルトと一緒に戻ってくる。  「ヒロ君は?」  「マリウス兄様と戦っているわ。でもややヒロ君が押しているって感じよ」  「本当だ…。ヒロ君はまだ本気を出していない」  「しかし、なぜ勝負に出ないのだ…」  ラゥは戸惑いを隠せない。  「僕には分かるよ。ヒロ君は勝ち負けよりも人としての器でマリウス兄様と対話しているんだよ」  「一本!」  広志の胴がマリウスに決まる。両者は挨拶を交わす。マリウスは笑顔で広志に握手を求め、広志も笑顔で答えると抱き合って祝福した。  「あなたは強かった…」  「強かったのは君だ。まさか、両手足に鉛を巻いているハンディキャップを背負っていたとは…」  「あなたとはフェアな勝負ができたのか不安ですけど…」  「君は充分強かった。私は君と戦えたことを誇りに思う。母上!」  「試合が終わったようだな」  「強かったです、マリウス公は」  広志はメドゥーサ妃に言う。だが、メドゥーサは両手足の鉛入りのバンドを見抜いていた。  「日々の生活が修行そのものなのだな、お前にとっては…」  「どういうことなんですか」  「私に剣の手ほどきをしてくれたセルゲイも、同じ姿勢だった…」  「メドゥーサ様は強かった…。なるほど、あのセルゲイ・ルドルフ・アイヴァンフォーの元で鍛えあげられていたというなら納得だね…」  メドゥーサと戦っていたキラが言う。その時だ、広志の額が輝き出す。  「テッカマンだ!」  「モロトフのおっさん!行くぜ!!」  「分かった、鯨岡君、高樹君、花丘君!」  モロトフ、洋平、愛、イサミが飛び出す。広志も厳しい表情で立ち上がると両手足の鉛入りのバンドを外す。  「美紅と魁はみんなを安全な場所へ!イムソムニアは俺達が総力で叩きのめす!!」  「来たな…!!行け、ラダム兵!!」  「そうはさせない、キアス・ベアード!!」  広志たち5人が海浜前で待ち受ける。  キアスはニヤリと内心笑った。怨念の相手と戦えることに喜びすら覚えているのだ。美紅、魁、なぎさ、ほのか、竜也は海浜近くにスタンバイする。広志の戦闘には情報収集が不可欠だ。  5人がテックセットする。たちまちクリスタルフィールドが展開されると5人の体に機甲が取り込まれていく。  「テッカマンランス!」  「今度はお前達がくたばる番だ!覚悟しろ!!」  ランス(モロトフ)はアトランティス(広志)と目配せする。  「イサミはラダム兵を!残るテッカマンは俺達で対処する!!」  「了解!!」  「あの両手足のバンドはヒロ君の拘束着みたいなものだったのね…」  「オリエ様!!」  ほのかが驚きを隠せない。渋い表情でサクヤとゾーダが話す。  「王室のメンバーがどうしてもヒロの戦いを見たいと言うんだ。しょうがないから、護衛を付けてここまで来たってわけさ」  「キラ皇太子は?」  「病院に避難してもらった。大丈夫だと思うよ」  「ウォォォォォ…!」  アトランティスとプルートゥの宿命の戦いだ。希望と憎悪は相容れることなどない、広志のエクスカリバーがキアスのテクノランサーを迎え撃つ。 -------あいつは宿命に翻弄される…。だけど、俺達はあいつを信じるんだ…!あいつは俺達の仲間なんだから…!!  竜也は片手を握りしめて戦況を見つめる。  「ルパート・ソーン、貴様は父の仇、断じて許さない!!」  「この強化されたドワイトに勝てると思うか、ひよっこめ!!」  ランスとドワイトの戦いが展開される間、ヘラクレス(洋平)・ビーナス(愛)はガンバルディ・ルシーズと戦っている。ホーネッツ(イサミ)は必死になってラダム兵を撃破していく。病院では…。  「あれが、ヒロさん…!!」  シンがやるせない表情で話す。  「そうだよ…。ヒロは数奇な運命のもとに生まれ育った、だけど優しさは絶対に捨てない」  「俺に…、力があれば…!!」  「力を求めることは憎悪を、覚悟を背負い込むことを意味する。貴様はそれでも力がほしいのか」  無言で頷くシン。イザーク・ジュールはレオンに連れられてここに来たのだった。  「イザーク、彼は本気のようだな…」  「彼もオーブの男だったわけだ…」  「ホーネッツ一人にラダム兵が全滅!?」  「ドワイト、あんたもいい加減に覚悟しなさい…!!」  「小娘にここまでやられるとは…!ルシーズ、退却だ!」  「ハッ!プルートゥ、ガンバルディ、殿頼みますよ!!」  「御意!」  ドワイトとルシーズが退却していく。  「待て!!」  洋平、愛が両者に襲いかかる。ドワイトとルシーズは洋平・愛を侮っていたがその認識がとんでもないことをすぐに気がついた。  「ラブ、スピードで撹乱しろ!俺がパワーで押し切る!!」  「OK!!」 ------あの二人、テニスの動きをしているということは…!!  イリューズはすぐに洋平や愛がテニスをしていたことを見ぬいた。洋平の剣の構え方がテニスのラケットのバックハンドストロークに似ていることからだ。怒りの洋平が鋭い声で叫ぶ。  「お前はヒロをどこまで苦しめるんだ!、このド外道!!」  「苦しめる?ふん、所詮宿命に逆らっているだけの小僧が!!」  「私達は終わりのない未来を信じて戦っているだけよ!!」  愛が鋭い口調で切り返す。  「貴様らはそこまであの小僧にぞっこんってわけか…。ルシーズ、急げ!!」  「しかし…!!」  「一言言い残しておけばいい」  そう言うとルシーズを逃そうと猛攻を仕掛けるドワイト。たじろぐ二人の隙間を縫ってルシーズは逃げていく。  「貴様らに一つ、いいことを教えてやろう…。このガンバルディ、ロン・ベアードは高野圭介のクローンだ!」  「なんだと!?」  「ラダム兵、あとは頼むぞ!!」  ドワイトが退却すると同時にラダム兵が再び繰り出される。  「クソッ!まるでぞろぞろ出てきやがる!!」  「私も加わろう!ヒロ、頼む…!?」  広志は動揺していた。 ------俺は、この手で実の父親を殺さねばならないというのか…!!  地上では竜也が広志の動揺に気がつく。  「あの事実を知ってしまったんだ…!!いや、まだしもプルートゥとの関係までは知らないが…!!」  「ここは私に任せてくれ、アトランティスに連絡をとれ!!」  竜也にメドゥーサが指示を出す。地上に降り立ったラダム兵にはマリウス、タロス、メドゥーサの側近の一人でもあるキメラがクルトとともに立ち向かう。  「兄上、このギャラガも向かいます!あなたの策略でダーレス様共々ここにいる方々を守ってください!!」  「分かった!このネイアス、お前の思いは受け止めよう!!」  混乱する状況の中でメドゥーサは厳しい表情でマイクを取る。  「ヒロ、聞こえるか!?」  『メドゥーサ様!?』  「奴の指摘通りだ…。だが、お前には仲間がいる。お前は『戦いのない国を目指したい』という希望を持っている。その夢は今や、みんなのものとなった」  『みんなの夢…!!』  「あの男を倒せ。あの男はお前にとって闇の父。父を慕い、父を思いやるも子の運命、だが、乗り越えねばならぬ父の存在もあると知れい!戦わねばお前は子供のままだ、親に呑みこまれて生きる者に戦士たる資格はない!高野圭介がお前の光の父なら、あの男はお前の闇の父…。かの男の命を取って、戦士たる証を示せ!!」  「そうだ、我が義姉の指摘通りだ。子は親を乗り越える宿命だ。今、お前にはその宿命が来ている」  『宿命…!!』  苦しんでいた広志のなかで闘志が蘇る。再び希望を象徴する剣を手に広志は立ち上がる。  「行け!!」  その声と同時に広志はエクスカリバーを手に立ち上がる。竜也が素早く指示を出す。  『ヒロ!ヤツを倒すには対テッカマンの最終兵器がある。エクスカリバーにオーバーロードトップギアのエネルギーを徐々に流し込み、ガンバルディめがけてファイナルオーラバーストとして叩きつけるんだ!』  「了解!オーバーロードトップギア、発動!!」  20本の翼が再び大きく展開される。アトランティスのクリスタルが強烈に輝きを放つ。それと同時に全身のエネルギーが弾けるように広志の体を駆け巡る。 -------頭に衝撃が走りそうだ…!  「父上!」  「早く逃げろ、キアス!!」  「逃がさん!」  広志はためらうことなく今や夢を実現させる希望の剣となったエクスカリバーにエネルギーを流し込む。高速でスピードを上げながら一気に空に向かうと急降下しながら襲い掛かる。 -----エネルギー50%、開放!!  「行くぞ、ファイナルオーラバースト!!」  バックハンドストローク状から繰り出されたエクスカリバーはガンバルディの脇腹から背中を抜き払う。慌てたキアスは逃げていく。洋平たちが追いかけようとする。  「やめるんだ!これ以上チトワンに戦火を招くのはたくさんだ!!」  「だが…!!」  「ガンバルディを倒したことでイムソムニアは間違い無く俺を狙う。奴らの憎悪を俺に集中させるだけでもチトワンには戦火は及ばないんだ。それだけでもいい…」  「ヒロ…!!」  「話を聞いてくれないか…」  「ロン・ベアード!!」  一同が身構えるが広志が抑える。  「あなたは時間が少ない…。なぜこうなったのか、話してくれないか…」  「敵の私になぜそこまでお前は…」  「戦いは終わった。ここにいる人たちが幸せになる時だ」  「勝者は殺戮が許されるのにお前は…」  「その必要はない。ただ、聞かせてくれ。俺に関する真実を…」  「キアスは、お前のもう一人の兄弟だ…。無脳状態の新生児にゴアが実験として人工脳を埋め込んだ…」  「あの推測は事実だったということか…!!」  竜也は愕然とした。  「お前は真実を知って苦しむだろう…。だから、伏せていたのだ…」  「…」  「光の王道を歩む…、お前に…、これを…」  「これは…!!」  「プロディバイダーだ。ブレードと狙撃銃としての機能を有する…。お前が使え…」  「分かった…」  「せめて、クローンではなく人として生まれていれば…!!」  「ロン・ベアード!!」  広志は声を荒げる。  「駄目だ…。瀕死の状態だよ…」  「頼むぞ…。光の王道で闇の世界を照らせ…」  広志の腕の中でロンは息を引き取った。広志は無言で頷く。  「俺の中で生き続けろ、ロン・ベアード!!」 -------イムソムニア…、お前達を必ず倒す…!!  12 旗  そして今…。  「チトワンも随分変わったな…」  「お前が戦ったことがきっかけだぜ。チトワンの人々はアジア戦争を傍観者として眺めるしかなかった。だけど、お前が戦う姿を見て立ち向かったんだ」  広志はワイルドな感じの男と話している。彼は武蔵国の私鉄大手・東洋電鉄のオーナー一族である巴男吾である。いや、正しく言えば婿である。奥田一族の一人娘である姫子の夫であるが、大学を卒業した後小さな建設会社の社員となりオーナーとなって今は業界中堅の建設会社にまで育て上げた。広志がGIN本部として購入したスカイタワーの改修工事で直々に訪問して改修工事の内容で相談した際にいろいろな提案をしてくれたことがきっかけで親しい間柄になった。  因みに今日、彼らが来ているのはチトワンのオーブ大使館空爆での犠牲者を供養する慰霊塔の除幕式が行われるためだ。建設したのは男吾の率いる東洋電鉄建設である。主に鉄道の線路メンテナンスや駅の改修工事、太陽光発電システムの建設事業や更には耐震工事を得意とする企業だがチトワンへの参入第一弾として慰霊塔建設で入札した結果だ。  「いや、チトワンの人たちが俺を支えてくれた。今でも俺はそう思う。ところで、男児くんは?」  「あいつは元気だぜ。お前と付き合うきっかけになったのはあの川崎のスカイタワー改修工事の時からだな。その時からちっとも謙虚な性格は変わっちゃいない」  「とんでもない。俺は君と比べたら金で相手の額をひっぱたくような傲慢な男だ。恥ずかしい」  「その謙虚さが私にとって今でも怖いものを感じる」  「国王陛下!」  長髪の男性に頭を下げる広志と男吾。チトワン国王になったクルトである。  「君は相変わらずだね。謙虚な性格は。それに伯爵にまで選ばれるとは…」  「身分の賎しい私に身の余る光栄とは恥ずかしい限りです」  「君とはアメリカでも再会したね」  「あの時は大変でしたよ。テロメア減少症候群の治療、完治したらイムソムニア残党の野望に巻き込まれてしまって…」  「でも、君には覚悟があった。その時の経験が顔つきに出ている」  広志はアジア戦争の時に発生した持病・テロメア減少症候群の治療も兼ねてジョン・キーティング( ハーバード大学教授・アメリカ文学担当)の紹介でアメリカにあるハーバード大の政治学部に留学した。そこでビクター・フリーズ医学博士(ゴッサム財団総合病院・外科医)の治療を受け、テロメア減少は抑えられた他、本来あるべき量のテロメアを回復させた。  「マサチューセッツ州に月曜日から金曜日までいて、土日はニューヨークだから大変だったらろう」  「全然問題はなかったですね。ただみんなが協力してくれたこともあるんですけどね」  「お前は数奇な運命だったな…、思えば…」  「男吾、それは違う。もし同じような生き様を男吾が示されればそれは男吾なりにやり抜くだろうよ」  「お前は本当に怖いな…。獅子の女も獅子というわけか…」 -------美紅は嬉しそうだな…。親友と再会できるんだから…。  美紅はクルトの妃になったオリエと笑顔で話している。  「君はアメリカ時代に多くの人と出会った。それが今の君を強くしているね。アメリカで手話までマスターするなんて誰も真似はできないよ」  「ところで、戦争の負傷者たちへの電子義足はどうですか?」  「あれ?今は完全に良くなっているよ。君のおかげだよ」  オットー・オクタビアス(ハーバード大学・工学部教授)をクルトは広志から紹介されて迎え入れ、人工義手・義足の開発と改良に協力した。チトワンは宇宙工学にも強い国だったため、その技術が生かされ今は医療国家としてもトップクラスになっている。オットーは夢を実現させてくれた広志に感謝の気持を忘れたことはなかった。  「更に大きくなったな、若きテッカマンマスター」  「お久しぶりです、大公夫妻」  国王の地位をクルトに譲位し、今は大公と名乗っているステファン、グリフィスが広志と握手を交わす。広志は215cmの大男だが、彼らの前では頭を下げる。  「君の知り合いという真東輝とこの前会ったが、どういうつながりなのかね」  「真東先生は私の主治医です。それも、私の恩人ですよ」  「チトワンは君の知り合いのお陰で再建できた。その後にクルトが即位したというのは幸運だった」  「いや、現国王陛下は民衆をよく分かっている人ですよ。彼が私に求めたことで私が動いたにすぎません。波紋を呼ぶ者こそが本当の貢献者ですよ」  「それは違うと思うよ、ヒロ。君の戦う姿が、私を突き動かした。あの時『君に何が出来るのか』と悩んでね」  「そういう事だったのか…」  「君にも真東光介の魂が宿されているようなものだね、そして君は今までも憎悪を一人で背負いこんで生きようとしているし、今でもその覚悟を持っている」  「あの時は傲慢な覚悟だったんですけどね」  「傲慢なんかじゃない。あんな覚悟は並大抵の事じゃできないよ。じゃなかったらマイッツァー・ロナ先生が君をゼミに受け入れてくれるわけがない」  アメリカ留学で広志はアジア戦争の時のトラウマと向き合った。土日は手話サークルでのボランティア活動やニューヨークでのホームレスへの炊き出しボランティアなど、様々なボランティア活動に参加した。そこで広志は年の離れた親友でもあるセドリック・エロルやブルース・ウェインと知りあった。アメリカ留学後1年でゼミ活動に参加することになった広志はマルス・ベネットと知り合い親友にして好敵手であると認め合った。マルスはその関係で日本に渡ることになる。  また少年時代に広志とキャッチボールをして楽しんでいたセドリックは叔母のミナの推薦でイギリスに渡り、今は祖父ドリンコート伯爵の後継者のフォントルロイ卿となっている。広志がスコットランド王朝からランペルージ卿として選ばれたのはそのことも影響していると広志は自覚もしていた。そのため、ミナの息子であるトム・ビーヴィスをスコットランドにおける自身の代理人に選んだのだった。最初の1年は治療と2年分の学習スケジュールをこなすため必死だった。だが美紅もドン・ドルネロの協力を得てエール大学に留学することが決まり、再び一つ屋根の下で生活することになった。  ドルネロはその頃、アメリカのビール大手・ハドワイザー買収で動いていた。イタリア最大手の銀行LBIの大株主である竜也・遊里夫妻を連れてアメリカに渡り、買収の最終交渉に乗り込んだ。LBIのダーウィン・メイフラワーCEOと証券部門(LBI子会社のホーキング証券)のエディ・ホーキング代表が買収交渉で協力したのは言うまでもない。  そして、ブルースの紹介で広志は大学生にしてアメリカ大統領のジェド・バートレットの政策秘書に選ばれた。マイッツァーが広志をゼミに迎え入れたのはそうした一面を評価してだった。更に広志はジェドの事務所に出入りしていた名門高級レストラン「アイスバーグ・ラウンジ」を経営しているペンギン(本名:オズワルド・チェスターフィールド・コブルポット、ブルースの義弟)、優秀な地方判事で今はデアデビル弁護士事務所(権力者相手でも戦う姿勢を示した)の経営者になったハーヴェイ・デント(妻のギルダ・グレースも弁護士)、そのパートナー弁護士のマット・マードック、ブルースの妻で環境保護運動家としても知られるセリーナ・カイル・ウェイン(妹のマグダレーナがペンギンの妻)、ジョーカー下院議員(本名:ジャック・ネイピア、後のアメリカ大統領)、マサチューセッツ州知事でアメリカ屈指の投資銀行・ルーサーグループの経営者だったレックス・ルーサーと知りあった。更にルーサーの紹介で新聞記者だったクラーク・ケントと知り合い、広志は人間的な魅力を増すようになっていった。  マイッツァーは広志の過去を知っており、一族で広志の支援をしてきた。あの数奇な人生を知っており、ラフレシア事件で顔に大きなやけどを負った娘の夫であるカロッゾの支援をしてくれた広志への恩も兼ねていた。アメリカのNASAに派遣されて研究者として活躍していた菊池ヒロシも広志に協力したことは言うまでもない。かつてヒロシは仙台時代に同級生から性的暴行(レイプの寸前)を受けた後輩のありさ(彼女も京大工学部卒で、モルゲンレーテの研究者)を後輩の最上直進、青山空知(警察軍大学卒、警察軍所属)と一緒に助けたことがある。ヒロシはその頃太っていて、恩義を感じたありさからダイエットメニューを作成してもらいダイエットとサッカーに励んだ結果、筋肉質のマッシブな印象の男になった(その後、警察軍大学付属仙台高校に進学して、狙撃訓練も受けており、狙撃手としても優れている。卒業後は京大工学部→京大大学院)。警察軍大学付属仙台高校の時にアジア戦争に巻き込まれ、狙撃手としてイムソムニアに立ち向かったのだった。今はありさとの間に一児を得ている。  クルトはチトワンを医療先進国家にしようとしていた。そこで、広志の紹介でゴッサム財団総合病院の院長だったトーマス・エリオット、精神分析学者のヒューゴー・ストレンジ、麻薬対策カウンセリング担当のエリック・ニーダム、海洋生物学者のグレース・ベイリンを招いた。その結果チトワンは医療先進国家となり、ヴァルハラと建設的に競いあう関係になった。  「本当に一回り大きくなったな、ヒロ」  「恐れ入ります」  「君の知り合いがこの国の条件を理解して投資してくれて助かっている」  「あれは私が関与してはいませんよ。関与してしまえば公権力の濫用になってしまいますよ」  チトワンに最近積極的に投資しているのはアメリカの証券大手ウィルソン・スタンレーのCEOを務めているウィルソン・フィスクである。マットがこの会社の顧問弁護士を務めている他、マットの恋人であるエレクトラ・ナチオスはウィルソンが紹介した。投資対象は会社更生法を申請した企業ばかりだが、ウィルソンは自ら乗り込んで従業員との対話を積み重ねることで会社の経営再建をやってのける。  最近ではチトワンに日本法人を立ち上げるなど投資も活発になっている。  「ところでミキストリのことはどうなっている」  「メドゥーサ様」  「あの輩がお前と因縁があるそうだが、昔からのようだな」  「初代司令官のマンダリン・カンと副司令官のモーガン・スターク、その息子のテムジン・カンとアーノ・スターク…。奴らの闇は深刻ですね…」  「そういえば、クロスボーン・バンガードはどうなっているんだ」  「まあ、ベラ・ロナ司令官のことです、ちゃんと視野に入っていますよ。そうじゃなくても、シーブック・アノーやザビーネ・シャルがいますし、ソレスタル・ビーイングのトレーズ・クシュリナーダもいますしね」  しっかりとウィンクする広志。広志がアメリカ留学時にミキストリはラフレシア事件を起こした。この事件はイムソムニア残党の一人で科学者のボリス・ブルスキーを抹殺するためにある会場に爆弾を仕掛けて会場ごと抹殺する計画で、その計画は成功したものの多くの死傷者を出した。広志は美紅や大学の同級生であるピーター・パーカー、メアリー・ジェーン・ワトソン(今のメアリー・ジェーン・ワトソン・パーカー、すなわちピーターの妻)、ハリー・オズボーン、リズ・アレンと一緒にニューヨークを歩いていて、ビルの爆発に遭遇した。それで救出に駆けつけ、陣頭指揮をとったのだった。その凄惨な現場を見ていたために広志はミキストリを許せないのである。  だが、イムソムニア残党は武器商人のビリー・バーク、トメニアの独裁者だったアデノイド・ヒンケルが中心になり、金儲けのためなら手段を選ばないウェブスター兄妹(兄ロス、妹ヴェラ)の野望に手を貸した。それがかつてロシアで開発されていたおぞましいハッキングソフト・ゴールデンアイを悪用した米軍・カナダ軍の軍事管理システムハッキング事件である。管理されていたMI6からあるハッカーがハッキングして手元に収めたもので、困ったMI6のエージェントのジェームズ・ボンドは渋い表情で広志に協力を要請した。広志は「あんな恐ろしいゴールデンアイは奪還した段階で消すべきだったんです」とした上で、ソルボンヌ大学に留学していたほのかにハッキング対策を頼んだのだった。だがイムソムニア残党は蜂起したのだった。  ウェブスター兄妹はバートレット大統領に南米のハイチをウェブスター一味の傘下にし、アメリカ合衆国の顧問に就任させる、今回の事は無罪にするよう要求した。だが、テックシステムが復活し、再びアトランティスに変身できるようになった広志が一味の基地を攻め立て、ウェブスター一味をバーグ、ヒンケルとまとめて摘発した。  「ところで、元ミキストリのメンバーは元気なんですか」  「ああ、全員本来の仕事で活躍しているよ。ミキストリ内部の対立に目をつけて脱退させるとは大したものだ」  ロシア出身のミキストリのメンバーだったアントン・バンコ、デミトリ・バカーリン、ヴァレンティン・シャタロフ、ゲナディ・ガブリロフはいずれも広志の尽力で広東人民共和国出身の科学者でもあるチェン・ルーと一緒にミキストリを脱退することに成功し、今はチトワンの科学アカデミーで教授を務めている。  クルトは広志の戦いを知っていた。18歳の時にオリエと一緒にUCLAに留学し、経済学者としての顔を持っている。  「そういえばGINのアイルランド支部が立ち上げられたそうで…。フランシス・マグワイヤー代表は私の知り合いです」  「久しぶりです、バルダイク大使」  「この度、イシダリ地方の再生を頼まれて出向することになりました。今回はその挨拶がわりです」  「前任のイシダリ様が亡くなられて、ジェド議長が引退、そうなれば盟友のオズ副議長とジェド議長の孫娘のル・ルージュ議員だけになってしまい心もとないというわけでしょう。この前チトワンに移民してきたトム・オミーラ一家も活躍できる場所が多いから移民として移ったのだと話していましたよ」  「その通りだね。バルダイクは隣国のアンティカ・ディアボロ王国の大使を見事に務め上げた。彼なら出来るって議会が推薦したんだよ」  「さすがに君らしい。民衆の意向を尊重し続けるなんて」  「イギリスでも王室は国からの援助を受けていない。僕らも同じ方向で動いている。王室費は前年の4割に削減してもらったんだ」  「大丈夫なのか」  「大丈夫さ。ロイヤルファミリービジネスの一つとして、田舎町を整備しているんだ。人口は少ないけどのどかな街にしているから人気はあるよ。ゼオにも協力してもらったんだ。最近では家具製作にまで入っているさ」  戸惑う広志にクルトが即答する。日本には移民が多く移り住んでいる。主にオーブ、アイヌモシリ共和国、チトワンだ。更に懐かしい人物が現れる。あのモロトフ・スミヤノフだ。  「久しぶりだな、若きCEO」  「チトワン王朝の護衛隊長就任おめでとうございます。大変ですね」  「君とともに戦えたことを今でも誇りに思うし、まさか相羽四兄弟と関わっていたとは…。驚いたね」 13 迸る魂  その頃、真東輝は…。  「そういう事だったのか…。綾乃さん、その話は本当なのか」  「そうですよ。レイトン君、『この前会ったヒロさんに会いたい』って頼んできて大変でしたよ」  「母さんにも協力してもらって彼の脳からマスター・コントロール・ユニットを外すことに成功したけど、彼らを指揮していた人物の行方を探せってことか…」  「ヒロ君の戦いがここまで多くの人達の運命を切り開くとは…」  そこへ入ってきたのはメガネをかけた太った大男だ。  「よう、夫婦水入らずの時間邪魔しちまったな」  「後沢先生!!」  「ほい、これはテル先生の好物のジュースだ。俺ははちみつレモンで十分だがな」  後沢照久・ヴァルハラ川崎総合病院副院長はニヤッと笑う。輝とかつてバーチャル医療システム『レーベン』によるバーチャル手術選手権『御前杯』で輝の愛妻・綾乃、四宮慧とチームを結成して優勝した経験があり、輝と同じヴァルハラのトップクラスの医師である証明の金バッジを使うことが許されている。脳外科医として世界クラスの医師でもある。  「お前さんのご母堂からあれから後色々聞いていて大変だったぜ」  「相変わらずパワフルで貪欲…」  「それが医者なんだ。脳外科医なんて尚更だ。今回は特に怖かった…」  「でも、集中力は全く途切れなかったじゃないですか。俺の方こそ学ばないといけない箇所が多いですよ」  「まだまだだな。年下のテル先生に負けてちゃ恥ずかしいってものだ。レイトン君の話は聞いただろうか」  「聞いています。ヒロに連絡を取らなくちゃいけません」  「あいつは天上人だからな…。まあ、メールで連絡ということになるが…」  レイトン・イグナシオスの告白を聞いた綾乃、後沢は驚いた。10年前のアジア戦争の際にレイトンたちはイムソムニアのテロ部門・シャドーアライアンスの一員としてテロに参加しようとしていた。だが、彼らのチームのリーダーの植村道悦はレイトン達をテロに巻き込むことを嫌い、レイトン達を速瀬駿太に託して自身はイムソムニアから逃走していた。  その彼はどこに居るのかわからない。レイトンは道悦に最初憤っていたが今は再会を望んでいた。そこで広志との再会を望んだのだ。  「だけど、ヒロは特別扱いが出来ない立場なんだ…。果たして応じてくれるのか…」  「海清先生は話していましたよ。『彼の戦いは私達の想像を絶する苦しみ。だから、優しさを決して捨てない』と…」  「ヒロ君を信じるしかなさそうね…」  綾乃がため息をつく。広志はアジア戦争を決着に導いた瀬戸内海の戦いで大きなやけどを負い、生死をさまよった。それほどの経験があるから、他人に対して優しくなれる人格者でもある。  その頃、その真東海清は…。  「なるほど…、大変な事態になっていたのですね…」  「私も下村先生から話を聞きました。あの『ゴードム』の使用に関しては泉佐野病院ではストップをかけていましたけど、ここまでひどいとは驚きですよ…」  海清と話をしているのはヴァルハラ泉佐野総合病院・共同院長の財前五郎(癌外科医/京都医科大学教授)である。北見柊一・壬生医療大学教授の元で徹底的に叩き込まれて財前の病院で研修を受け、下村梅子は今は海清のもとで新米医師として活躍している。  「海清先生、ヴァルハラのデータは診療所に3G通信で行っているとは思いますが、手元にもデータがあります。明らかに心肺機能が完全に破壊される可能性が濃厚です。僕はこの前他の病院から運ばれてきた患者さんの治療に苦労しました」  「里見、あの時大変だったな」  「ああ…、君がいなかったら大変だったよ」  その時だ。里見脩二共同院長(内科医/京都医科大学教授)のPHS(スマートフォン)が鳴り響く。  「もしもし、里見です。霞くん!?今泉佐野市にいるのか、そうか、じゃあここに治療を受けに来るんだな。分かった、準備をするよ。気をつけるんだ」  「霞拳志郎か」  「ご察しのとおりだ。僕はこれから準備をする」  そう言うと里見は別室に向かう。診療時間は過ぎたのだが、拳志郎に関してはあまりにも多忙のため時間外で対応しているのだ。  「あの週刊北斗の?」  「そうですよ。この前GINの高野広志CEOとドン・ドルネロが編集部に説明に訪れたそうです」  「あの二人は今でも変わっていないわ。ドルネロは大金持ちだけど弱い者へ労る心を忘れたことはないし、ヒロ君はあれだけの地位にありながらも弱者のために戦うって強い精神を持っているわ」  「あの梅ちゃんがあすこまで苦労していたとは…。送り出して成功だったのか…」  「大丈夫よ、彼女は彼女のできることを今精一杯しているのよ」  「もしもし、霞ですが、財前先輩はおられますか。…ええ、10年前の戦争の古傷を見てもらうのも含めて定期検査をお願いしたいのですが。…、分かりました、では向かいましょう。それとオーナーはおらっしゃいますか。…、分かりました、結果もまとめてお伝えします」  拳志郎は仕事を終えるとアタッシュケースを抱えて泉佐野市に来ていた。  先程オーブ王宮を訪問し、国王キラ・ヤマトと面会を果たした。拳志郎は公害の真相を突き止める助けになったことを感謝したのに対してキラは『僕たちはあの公害に心を痛めています。あなたが真相を突き止めることが被害を止めるきっかけになります』と励ましたのだった。  その言葉に救われた拳志郎は右肘の治療を受けるために泉佐野へ向かったのだった。拳志郎は電話を切るとほっとした。無理もない、ゼーラで反CP9の動きがあること、そしてCP9に対する『ミキストリ』の調査があることも分かったのだ。  「まさか、真東海清がいたとは…」  拳志郎は広志と初めてであった時のことを思い出していた。 ------あれは、人物発見伝でパットがうっかり彼の記事を書いてしまったことからだったな…。  『おい、いくらなんでも俺とヒロの関係を強調しすぎても困るんだぜ。こいつは特定の人物との癒着が許されねぇんだよ』 ------その一言にパットは反発したが、彼はドルネロを抑えて冷静に話をしてくれた…  『真実を伝えることに罪はありません。しかし、真実を暴かれてしまった結果命を奪われてしまえば元も子もありません。その点を考慮に入れて欲しいのです。ペンというのは時という時には武器よりも強いものですから』 -------その一言にパットもリンも無言になってしまって、彼は自身の過去を触れる程度で話してくれた。まさか、彼がテッカマンアトランティスだとは…!!  『では、一つあなた方に提案しましょう。GINのプレスセンターに正式に加入することを条件に、我々はこの事を不問にしましょう』  『仕方がねぇな…。ヒロは甘すぎるんだよ…』  -----ドルネロも彼の提案に応じることになって、『週刊北斗』はGINのプレスセンターに加わった。あのあとプレスセンターは市民記者にも開放されているが、あんなフェアな男には驚いた…!!  拳志郎は街を歩く、そして昔ストアだったような建物を見かけるとその中に入っていった。ここがヴァルハラ泉佐野総合病院で、以前は財前の妻である杏子の父親、大阪医師会の大物医師である又一が運営していた財前マタニティクリニックを存続法人に、外科・内科・小児科を追加した病院である。しかも、この建物は昔総合ストアだったのを買収して耐震工事を行なって、ヘリポート搭載の総合病院にした。  「霞拳志郎です、先ほど里見院長を通じて予約を入れました」  「はい、ではこちらへ…」  そこへ三人の白衣を纏った医師が立っている。うち二人のことは拳志郎も熟知しているがもう一人の女医は初めてだ。  「久しぶりです、財前先輩」  「相変わらずだな。君の活躍は週刊北斗でよく知っているよ。この方は真東海清さん、あの真東輝の実の母親で外科医なんだ」  「はじめまして。霞です」  「あの奇跡の青年と知り合いとは奇縁ですわね。あなたの記事は見せていただいております」  「恐縮です」  タンホイザー序曲(ワーグナー作曲)の流れる診療室内…。  拳志郎の右肘を財前は無言で見ている。  「先輩、どうですか…」  「どんな名薬でも、心の傷までは癒せないものだ…。あの時のことは今でも覚えているのか…」  「鮮やかに、いや思い出したくもないほど…」  「財前くん、無理はダメよ」  「分かっています。ですが彼はたしかに傷と向き合っていますよ」  財前は小学校教諭をしていた父に小学生の時死なれ、母の内職と父の遺してくれた財産で高等学校まで進み、そこで四瑛会の支援で国立難波大学大学院医学研究科博士課程まで卒業した苦学生だった。その五郎の実力を高く評価した大阪医師会の実力者・財前又一の婿養子に迎えられ財前五郎となってからは、強力なスポンサーと実力で難波大学准教授にまで上りつめ、義父の建ててくれた西宮市夙川の豪邸に妻の杏子と二男(一夫、富士夫)と住んでいる。  なお、有給助手となって以降、貴重な給料を割いて故郷の母黒川きぬへ仕送りを続けている。黙っていれば難波大学教授になっていたのだが、あやうく医療過誤をやってしまう失敗を犯してしまい、自らの中にある驕り高ぶりを諌めるために恩師の一人である伊野治の誘いがあった京都医科大学教授に里見と一緒に就任した。そこへ初老の男が二人入ってくる。  「霞くんかね」  「久しぶりです、又一先生」  「財前君、彼が…」  「霞拳志郎です、この前の要請の返事もお渡しできます」  「おお、あの事ですか」  もう一人の初老の男が喜色満面だ。彼はこの病院の運営法人を経営している佐々木庸平といい、元々は大阪船場で繊維卸業を営んでいたが財前と里見の執刀でガンの手術を受けた。実はその際に財前はうっかりガンの転移を見落としていたのだが里見が指摘したことで事なきを得、財前は自ら土下座して佐々木に謝ったのだが逆に佐々木はその率直さや潔さを気に入って財前達のスポンサーになったのである。佐々木の度量の大きさに財前は自らの欲望のバカバカしさを悟って、「ただの医者として多くの人々を救う」本来の仕事を教えるために京都医科大学で教鞭をとっているのだ。  佐々木は、ガンの再発はない。財前と里見の献身的な治療のお陰でガンは完治した。その彼が里見、財前を通じて拳志郎に自身の持つ会社の経営権を拳志郎の知り合いに売却したいと願い出たのだ。拳志郎が話を聞くとリブゲートが様々な術で買収の話を持ちかけてくるので困っていたというので「青幣」グループに売却する交渉を書面で進めていたのである。拳志郎はこの前神戸に行った際にその返事を受け取って佐々木に直々に渡すことにしたのだった。書面には現経営陣の全員留任と株式の第三者割り当てによる買収、派遣労働者で希望者は全員正社員にする条件を以て買収に応じると書かれていた。  この病院が共同院長制度を導入しているのは医療過誤を減らすための対策で、外科医と内科医による病因分析の共同議論制度など徹底的に垣根を取り払ったり、セカンドオピニオンの導入などで患者への支援を行なっている。それだけ薬などの購入でコストがかかる。そこでヴァルハラグループと医療器具や医療機器、医薬品の共同購入などで提携した。それでヴァルハラ泉佐野総合病院と名乗っている。  「戦争の傷跡の為に左利きはまだ抜けないのか」  「今でも右肘には軽いしびれがありますね」  「そうか…。君にどんな薬を出せばいいのだろうか…」  「いえ、薬は無理でしょう」  「霞さん、せっかくですから泊まっていきませんか。私達からは食事を用意しましたわ」  杏子が申し出る。ちなみに財前は佐々木夫妻を仲人に杏子と結婚したのであった。  「では、お言葉に甘えて」  「あーっ、拳志郎さんだ!」  そう言って飛びつく少女。ドイツからオーブに渡ってきたユダヤ系日本人の銀行家オットー・フランク(姫路銀行の経営者)の次女で小さい頃から拳志郎を慕っているアンネリース・マリー・フランクだ。おしゃべりで長い間じっと座っていることができない陽気な性分で、大人を喜ばせるかと思えば、あわてさせ、部屋に入ってくるたびに大騒ぎになる。  「アンネか。だいぶ大きくなったな」  「エヘッ、杏子さんからメールが来ちゃって…」  「アンネ、拳志郎さんを困らせないの!」  アンネの姉のマルゴーが叱る。アンネより3歳年上の18歳でオーブ王立大学経済学部に進学している。アンネは拳志郎と知り合いなのは小さい頃病弱であり、百日咳、水ぼうそう、はしか、リューマチ熱など子供病にはほとんど罹患していて、拳志郎がアジア戦争時に負傷した右肘の治療で入院した時に励まされたことがきっかけだった。  「ペーター君がこの前高野CEOと面会したの知ってます?」  「知っているさ。俺もこの前高野CEOと面会したさ」  「サインはあるんですか」  「あるさ。彼は気さくだ」  「まずは佐々木さんの会社が無事に青幣への売却が決まって万歳!」  又一が日本酒を片手に拳志郎を上座にして乾杯する。  なおそこにいるのは拳志郎や海清ばかりではない、里見三知代(里見脩二の妻)、里見好彦(里見夫妻の息子、8歳)や杏子、財前の子供である一夫、富士夫である。  三人の子供は拳志郎の元に来て話をせがむ。苦笑しながら拳志郎は答えている。  そこに険しい表情で彼を眺める人物がいた。顔色を見抜いた佐々木が妻のよし江に目配せする。長男の庸一、次男の信平が動いて子供達の遊び相手になる。  「先生、まだあのことを気にしているのですか…」  「ああ…、年甲斐もないのだがな…」  「あなたは…」  「彼は僕達の恩師だ。東貞蔵名誉院長なんだ」  素早く答える里見。財前と里見の恩師である東貞蔵名誉院長(前・難波大学医学部第一外科教授、呼吸器外科専攻。62歳)であった。  「東先生、まさか…」  「オリバー・ビアスによる執刀ミスの責任を全て私が背負う形になってしまった。私はそれ以来オペができなくなり、名誉院長としてこの場にいるのだ」  「俺は科学アカデミアであなたの事を聞きました。月形君たち三人はあなたの無実を信じています。俺もあなたの無実を確信しています」  「ありがとう…。それだけでも助かる限りだ」  「更にこの事で驚く事がある。実は関東連合の銚子市に医療過誤事件でカルテを改ざんした一人がいる」  「何だって…!!」  拳志郎は思わず驚いた。  「私はビアス教授が独自のガン制圧剤を開発していたことを知っていた。彼はその開発に情熱を傾けていたから、罪を押しつけざるを得なかったのだろう…。今は『見えない病院』の顧問を務めているがこの事実ばかりは甘んじて耐えるしかない…」  「そんなこと、絶対無いじゃないですか」  拳志郎は厳しい表情で話す。『見えない病院』とは川崎で美容室「ロペ」を経営している平泉まさ子が夫で小学校教諭の玩助、その教え子の石原美和子(産婦人科医)、横沢翔子(精神科医)、片瀬優子(外科医)、高寺聖也(内科医)を通じてゾーダ、小津魁、広志、竜也の支援を取り付けて立ち上げた発展途上国向けの移動診療機関で代表幹事は広志の後輩の弁護士の埋木慎吾が務めている。  「そうですよ、今でも先生はご令嬢の佐枝子さんの言うように精度の高い手術ができるんです、絶対に医療ミスはあり得ない!」  「そうや、まったくや。東はんは時間をかけて患者さん一人ひとりの病状を的確に分析して治療しているんや。こんな人のどこに医療過誤があったと言うんや。重病患者なんか減ったんやで」  すっかり酔いどれになった又一が拳志郎に話しかける。ちなみに又一は釣りが趣味で拳志郎もリハビリを兼ねてその手ほどきを受けている。  「又一さん」  「CP9の為に新鮮なシジミが高級貝になってしまって食べられなくなってしもうたんや。輸入品は高くて買えん。ヒドすぎや…」  「以前、シジミはヴァルハラ松江から購入できていたんですが、今は宍道湖があのような状況ですから…」  渋い表情で杏子が話す。ヴァルハラ泉佐野患者オンブズマン代表で、患者からのクレームの窓口になって医療ミスを解消するべく提案する機関の代表弁護士を務める関口仁弁護士がぼやく。  「僕の後輩が、松江で仕事をしています。その彼女が「島根の地酒が高くなって買えなくなった」と話してきました」  「なぜですか」  「CP9が地下水を大量にくみ上げるからですよ。そのために地下水が足りなくなって取水制限がかかる始末なんです」  拳志郎は思わず天を仰いだ。ここまで破廉恥なことを彼らがやっているとは想像もしなかったのだ…。国平学文弁護士も呆れ顔で言う。  「ヴァルハラでも厳しい査察があるんです。ここまで野放図にやられたら私も困りますよ」  「ようこそ、泉佐野へ。久しぶりですな」  「久しぶりです、フランク社長。早く逢いたいと思っていましたが遅くなり申し訳ありません」  「とんでもない。あなたの多忙は承知です。あなたがアンネを励ましてくれたからここまで元気になったのですよ」  オットーは笑顔を隠さない。妻のエーディトは海清と話していたが、アンネを呼び寄せる。青年と一緒にアンネが拳志郎に一冊の本を持ってくる。  「拳志郎さん、これは日記です。日々の出来事を書いているんですけど、これでジャーナリストになれますか…」  「ちょっと読ませてくれないか…」  「ペーター、クロスワードパズルをみんなに配ってくれない?早く解けたらジュースの賭けよ」  「面白いや。父さん、準備は?」  「任せておけよ」  ペーター・ファン・ペルス(オランダからの移民、ユダヤ系日本人で父ヘルマン・ファン・ペルスと母のアウグステはアジア戦争の明石攻防戦で戦死し、叔父のヤサカに引き取られた)の声に養父のヤサカが動く。アンネとは恋仲にあり、肩には「ムッシー」という猫が乗っている。  「ムッシー、シェレカンと遊ばない?」  「ミャア!」  ムッシーは甘い声を上げて少女の茶トラの飼い猫とじゃれあっている。  「ソフィー…」  「拳志郎さん、かっこいいじゃない。憧れて当然よ」  「君達はオシャレや男の子の話題で盛り上がるところは、ごく普通の女の子だろう」  ソフィー・アムンセン(本名:シュニューフェ・アムンセン、ノルウェー系日本人)は舌を出して笑う。父親は石油タンカーの船長で、その関係から世界中の洋書を持っていて、アンネやペーターは読んでいるのだ。  「ねえ、ヒルデったら誘われても来なかったのよ。どうして…」  「分からないわ。あなた従姉妹でしょ」  「その彼女は一体…」  「私の従姉妹です。ヒルデ・ビダンと言います」  「ビダン…、確か、この前…」  「あれは事故です。高野CEOも起訴はしないとはっきり明言していますよ」  ソフィーの彼氏でもあるヨルゲン・グヴァムスダールが断言する。実はヒルデとその兄のカミーユは国連職員のアルベルト・ビダンの子供であり、今は関東連合に住んでいるがオーブに住むフランク一家と親戚関係にある。  「ペーター君は来年オーブ王立大学に進学するようで…」  「彼はフランス語や英語もこなせるし、母国語のオランダ語もこなせます。外国語学部に進学して、外交官になると思いますよ」  「…!!この一節、君も同じ認識だったというわけか…!!」  拳志郎ははっとなって気がつく。  「どうしたんですか」  「白鳥遥という政治家の箇所だ。君は危険視しているが、同じ事をあの高野広志も指摘していた」  「あの人まで…!!」  「君の眼力は鋭いということだな」  椅子に腰掛けていた品のある男がアンネに声をかける。更には男女が小型犬と一緒にいる。その小型犬は何故か煙草パイプを加えている。  「あなたは、確か元プロゴルファーで…」  「今はしがない精神科医でね。花房勇だ。あなたの話はオットー氏から聞いている」  「花房さん、無理はダメですよ」  「分かっているさ。早坂さん」  「君は…!!」  「僕もゆりあさんの行方不明事件の真相を今追いかけています。GINから依頼を受けてゴリラ神戸支部として今動いています。詳しいことは言えませんが、ある程度の事実は見えてきています」  「諦めては駄目だ、必ず我々は真相を突き止めるさ、ワトソン君たちとな」  「…!!」  拳志郎は驚いた。犬が人の言葉を喋ったではないか。チームシャードック(ゴリラ神戸支部の通称)のリーダーである輪島尊が愛犬、シャードックだ。尊の幼馴染にして公私ともにパートナーでもある早坂未来が言う。  「あの奇跡の青年を知っていますよね。シャードックちゃんも同じエボル遺伝子を埋め込まれていて、人の言葉を喋れるんです」  「そうだったのか…」  「私も事件のことを知って尊に捜査に立ち上がるよう言いました」  「君達にも助かる…」  拳志郎は思わず涙ぐむ。花房は脳出血が原因でプロゴルファーを引退したがリハビリを繰り返して今は杖を使って生活できるまでになった。ペーターは花房のリハビリの手伝いをしており、花房が精神科医として再出発を果たした際にはアンネと一緒に花束を送って祝ったほどだ。  「お父ちゃん、今日も漁に出るの?」  「そうじゃ、体さこわれるわ」  ため息をつきながら田島忠は娘の石橋めぐみにつぶやく。毎日の漁獲量が少なくなってきている上、宍道湖にCP9が垂れ流す廃液の為に奇形のしじみが出てくる始末だ。  「この前霞さんが取材していたが果たして報道されるのだろうか…」  「信じるより他はないさ…」  ため息をつくと忠は家を出て行った。彼の二歳年上の妻である嘉子は悲しげな表情だ。めぐみの夫で外科医の友也が言う。  「お母さん、『杜甫』が今や高級酒になってしまうなんて笑えませんね」  「友也さんもそう思うんか…」  「あれは庶民の為の日本酒なのに、なぜあんな理不尽にまでくみ上げるんじゃ」  憤慨するのは老舗の作り酒屋「石井酒造」の社長である石井寛治だ。CP9は彼がクレームをつけてもうんともすんとも言わずに逆に規制を懸けて手足を縛る始末だ。それで休業に追い込まれてしまったのだ。  「これも全て公権力を私物化する輩どもの仕業じゃ、真東のこせがれも憤慨請負じゃ」  白髪の男が厳しい表情でつぶやく。四宮龍奉といい、ヴァルハラの前身の一つである四瑛会を経営し日本屈指の病院グループにした立役者である。だが、今でも現場に立つことにこだわっており手術まではしないが地域巡回医療に携わっている。ちなみに高校時代の真東輝の才能を見抜き育成したのは彼である。  「和江さん、どうじゃ?」  「この前から抗ガン剤をつかっているが、苦しくての…」  「大丈夫、和江さん必ずようなる。安心しい」  「先生、何とかこの湖を取り戻したいんです…」  「分かっておる。ワシもヴァルハラに呼びかけておる」  その頃、チトワン王宮では…。  「彼が世継ぎの…」  「なれるかどうかは分からない。エヴァンスって命名したんだ」  「父親そっくりの金髪と母親譲りの甘い瞳と顔立ちってところか…」  オリエ妃がクルトとの間に得た皇子は叔父のアスナス大司教によってエヴァンスと命名された。  「一番最初に親が子供に贈る贈り物は名前よ、いい名前じゃない」  「ありがとう、美紅さん」  エヴァンスに母乳を与えていたオリエは美紅に答える。広志は水を飲みながら答える。  「名前か…。ヴァルハラの初代グレートファイブの四宮凱はかつてバチスタ手術で新生児の手術の失敗を犯すところを真東光介や伊野治、ケビン・ゼッターランド久坂、安田潤司の支援で助けられた。そこで生まれてきた四男に失敗するところだった新生児の名前の慧をご両親の承諾を得てもらって与えたそうだ。凱さんは自らの戒めにしたんだ」  「確か生前不器用で…」  「誰にでもね。唯一慧さんとつながっていたのは慧さんのピアノだったんだ。忙しい日々に仮眠をとるのに彼のピアノは最適だったそうだ」  寂しそうに広志は夜空を見上げる。  「絆を持ったものこそが本当の家族か…。実の父と実の母との絆がない俺にはそのことすらも考えたことはなかったな…」  「ヒロったらあれから後も戦場をがむしゃらにひたむきにただ突っ走ってきたからね…。今こうして考えるってことはそれだけ年をとったわけか…」  「それは否定出来ない事実だろう…」 ?ルルル・・・ジョンディ 誰と踊るの 髪飾り揺らして誰と踊るの ルルル・・・ バスティ あなたと踊るのよ あたしもあなたもまだ若い 唐草の布が織れるまで バスティ あなたと・・・  オリエがエヴァンスを寝かしつける子守唄だ。  「いい顔をしているね…。君は一人なんかじゃないよ…」  優しい声で広志はエヴァンスにささやくとエヴァンスはそっと眠っていく。  「相変わらずね…。傷を背負いながらも戦うことを諦めないなんて…」  「ヒロは人には見せないけど、傷つきながらも戦い続けたのよ。背中のやけどだってそう、キアス・ベアードとの最後の戦いで負った腹部の傷にしてもそう、京都攻防戦で肩に負った傷にしてもそう、それでもヒロは『傷つくのは俺だけでいい』って言って…」  「泣くことはない。同じ立場になれば、きっと同じような戦いをする」  「だからこそ、ヒロは一人で背負い続けたんだな…。私は父親になった今だから分かるさ。あの時は未熟で分からなかったが…」  クルトは苦笑いしながら言う。  「未熟という言葉は俺にこそだな。エボル遺伝子の連鎖は生あるうちは終わらない。その事を未だに怯えている俺がいる…」  「私は大丈夫よ、遺伝子なんて…。大切なのは絆だから…」  美紅は涙をこぼしながら広志を背中から抱きかかえる。  「その一言だけでもありがたい…。怖いものを今でも覚えている俺がいるけどね…。物騒な血で苦しむのは俺だけでいい…」    その頃、千葉のカジノ『クスクシェ』では…。  「皆様、チャンスタイムの時間でございます」  ピエロの格好をした女性がステージから声をかける。このカジノは多国籍料理も出すためレストランとしても評判が高い。カジノは入り口でメダルを購入する。つまり、メダルの中身で倍率が変わってくる。商品券や証券、土地の権利書(破産した会社の債権者から買い取った)を商品にしている。  「いいぞ、ベルちゃん!」  「ありがとうございます。さて、今日の勝負はダーツ勝負、対戦相手はこの二組です!皆様、10分以内にコインをどれぐらい賭けるかご選択願います!!」  そこに入ってくる二組の対戦相手。黒い服装に身を固めた男と灰色に近い髪の毛の男が四人組と握手を交わす。  「俺達もお前達も心理テクニックに長けている。お互いに全力を尽くして戦おう」  「僕達もあなた方と全力で戦う。約束するよ」  「勝てば、俺のリュックを譲渡する約束だ。お前達が負けても俺達は奪うつもりはない。それは約束しよう」  「杜夢…、本当にいいの…?」  水原 和輝(みずはら かずき)が不安そうに白鷺杜夢(投資銀行勤務)につぶやく。彼らは水戸学院高校附属中学校時代からの同級生・後輩の関係にある。水原は法務省に所属しているエリート官僚で、将来は「天下りして豪邸でメイドを雇って優雅に暮らす事」を夢見ている保身的な性格であるが、同級生の杜夢に協力し多才な能力を持っている。  「僕は今燃えているんだ…。あの結城凱といい、グレイといい、ギャンブラーの中でトップクラスの相手だ、こんな相手に指名されるなんてギャンブラーとして名誉なことはない」  「杜夢先輩、いいんですか?」  「先発は君に任せるよ。最初思い切っていけばいいさ」  ツインテールヘアの樹村 菜摘(きむら なつみ/ゴールド不動産千葉支店勤務)に声をかけるとグレイが立ち上がる。グレイは菜摘と握手を交わし観客に手を振って笑顔で答える。  「君が相手か…。手は抜かないが、いいな?」  「ハイッ!」  「いいね、その返事が」  「なぜ菜摘を先発に回したのだ?」  戸惑う表情で月夜野 由佳(つきよの ゆか)が尋ねる。彼女は菜摘の同級生で天才的マジシャンでもある。  「彼女には仲間思いの性格。柔軟な思考の持ち主で、いざというときの発想力には一目を置く部分がある。ただし、感情的な性格ゆえに相手の挑発に乗って目前で勝利を手放すことが多い。だから、最初に失敗しておけば僕らも大まかな手の内は見えてくるというわけさ」  「なるほど…。彼女はそれを承知で…」  「僕が前日説明した。彼女は理解してくれて引き受けるって答えてくれた。だからこそ、全力で戦って勝ちたいんだ」  「それなら、私も頑張る理由があるな」  「僕もだよ、白鷺くん」  その頃、オーナー室では…。  「今回のかけは相当な金銭が集まっているようだな」  「オーナー、今回は売上が史上最大になりそうな雰囲気です。あの究極のギャンブラーコンビの結城凱とグレイが若手の四人のチャレンジを受けるという形でテレビの注目も集まっていますよ」  「欲望…。まさに世界を救うのは欲望というわけだ…。アーッハッハッハ!!」  「会長、ちょっとやり過ぎじゃないですか」  「松嶋くん、みたまえ!あの欲望にギラついた顧客の姿…。全てを底なしで欲しがる強さ、素晴らしい…!!」  渋い表情で『フロンティア建設』社長の松嶋健一郎(30)は苦言を呈するも鴻上光生会長(42)は動じない。松嶋のフィアンセでもある町田佳乃(24)が声をかける。  「仕方がないじゃないですか、健一郎さん。鴻上会長は意欲を重んじているからですよ」  「だけど、これは欲望じゃないですか」  「欲望は、新たな技術を生み出す入り口なのだよ。アーッハッハッハ!!君だって柔道教室を開いて多くの若者を柔道に案内しているじゃないか。それだって立派な欲望だよ」  その時だ。松嶋の携帯電話が鳴り響く。  「はい、松嶋です」  『お兄ちゃん、大変なことになったわよ!』  「どうしたんだ!?」  電話は松嶋の妹の美奈(24)で、兄と違い几帳面な性格で兄を恋人で兄の後輩に当たる熊沢志郎(29)と一緒になって支えている。  『鍵和田建設が持っていた私達の会社の債権がリブゲートに渡ってしまったのよ!』  「何だって!?」  鴻上は佳乃と顔をあわせて厳しい表情になる。最近では彼女が勤務しているインテリアショップ『アーニャ』を買収し、通信整備中堅にインテリア中堅と拡大経営を進めているさなかにリブゲートが債権を買い取ったというのだから悪い予感がする。  「とにかく、今俺は千葉にいる。明日松戸本社に東西銀行の担当者を呼んで相談してくれるようアポをとってくれ」  『分かったわよ』  電話を切ると鴻上と妻の珠美(36)は厳しい表情だ。  「あなたの門出にこんな最悪の事態なんて…」  「やるしかないですよ。試練は乗り越えるためにあるんです」  「君も私と似ている、欲望の持ち主だな」  鴻上にとって欲望の意味はあくまでも事業拡大のための前向きな欲望であり人はそれを意欲という。リブゲートはそんなフロンティア建設を買収しようと暗躍していた。まずは株式の買取を企んだが鴻上も松嶋も却下し、デジタルキャピタルの中込威、ヴァリュー・クリエーションの溝江則章と資本参加の話し合いを始めていたのだ。鴻上を内心松嶋は尊敬していた、というのは両親を病気で失っていたためで理想像の家族を鴻上に見出したのだった。  鴻上は普段は関東連合議会議員で、ルルーシュらギアス連合会ともジオン党とも中立を保っている。それ故にルルーシュに接近するか、ギレン・ザビ関東連合議会議長に接近するか動きが注目されている。  その頃、カジノの別室では…。  「凱もグレイも相当なギャンブラーだな」  「でも、こんな私たちでいいのですか?私はわかりませんわ」  「Da Bomb!!問題ないぜ。俺達の組織には様々な出身者がいる。弁護士、テッカマンから中卒の検事さんに大学院生、移民に元政治家、元右翼に元首相だ。軍人出身なら俺でも驚かないぜ。あいつらは苦戦するだろうが勝つだろうよ」  財前丈太郎が説得に入っているのは天童竜、凱、グレイ、藍リエ、鹿鳴館香だった。だが生憎ながら凱とグレイはこの場にはいない。カジノで杜夢たちと戦っているのだ。  「凱とグレイは俺に交渉に関しては一任しています。だからこそ、二人の条件も含めて突っ込んで話し合いたいのです」  「天童の言う通りだな。それに関してはザイナーズのブラックプラチナカードでいくらでも対応できるぜ」  「待遇面ですよ、それにやりがいです。凱はそのことをうるさく要求しています」  「あんたもかなり凱にぞっこんだな」  香に丈太郎はにやりとした。近くにいる丈太郎の秘書を兼ねている矢田真悠子(矢田建設工業の令嬢だったが経営危機に陥って下半身接待を要求されたところを丈太郎たちに救われ、実家は奥村工務店の子会社になった)がメモを取る。  「しかし、財前さん。あなたも大変じゃないですか。年下のCEOに従わなくちゃいけないなんて」  「全然。俺なんか何度も死んでいるけどね。俺はあいつとイギリス時代から親友だ、あいつは『本来ならあなたが初代CEOになるべきだと上層部に話したが説得に負けた』と話していたぜ。まあ、最も俺もあいつならCEOを務められると見ていたがその通りになったぜ」  「リエ、財前さんにそんな質問は…」  「気にしていないさ、天童。俺は高野CEOの生き様を聞いて驚いて、あいつのためならなんでもやるって決めたんだ。本郷をGINに招いた際には苦労したがな」  元公安調査庁で今津博堂の長男の本郷由紀夫をGINに招いた際には丈太郎は示現流薩摩拳法の由紀夫と琉球手(空手の原型)で戦い、お互いに認め合ってGINに招いたのだ。更には今津の頼みで親友の妻だった山本薫を広志は保護していたのだった。そこまでやるわけだから、今津も協力を約束するほどだ。  藍リエはそのことを聞いていたので驚いていた。因みに彼女は竜のフィアンセでもある。  「ベル、今回のビットはこの程度だな」  「いつもと比べて少ないじゃないですか」  「サラがいるからな。やりすぎても困る」  スーツ姿の藤田玲司は苦笑する。  「しかし、なかなかやるな。小娘は健闘して、二番目の水原って奴…。あのグレイもタジタジだぜ。賭けたかいがあったぜ」  「しっかり食いついているか…」  「フジタ、もうそろそろゼロさんが来るんじゃない」  「ああ…」  やや浅黒い肌の少女が玲司に話しかける。クウェート出身の移民のサラ・ハリファで兄のアブドラ・ビン・ハリファに連れられてここに来ていたのだ。  「杜夢に賭けるってどういうこと?普通だったらグレイたちよ」  「少額のかけだ、大番狂わせだってあるさ」  そこに入ってきたのは榊零と三田村小夜子だ。  「遅くなったな」  「気にしてはいないさ。注文は?」  「魚のおまかせ料理にしておいた。安いぶんだけワクワクさせてもらえるしな」  そして別のテーブルでは…。斑目獏が別室の様子を望遠鏡で見ながらにやりとする。  「財前さんの交渉は順調みたいだぜ」  「本当ですね…。天童って人、嘘がつけなさそうですよ」  「そうじゃないとGINの仕事は務まらないさ」  初老の男が男女に言う。秋山深一と神崎直はコクリとうなづく。彼ら4人は投資家を装っているが実はGINの経済犯罪取締一班に所属しており、リーダーの木下勇次に連れられてここに来ていた。彼らの稼ぎは不正に稼いだ利益の1割を山分けする仕組みで100億円なら10億円、300億なら30億円であり、現代の賞金稼ぎみたいなものである。勇次は因みに英国バーナード・スタンダート子会社のコスモ金融グループに2%出資している、これには理由があって経営不振だった大日銀行、朝日銀行、日本工業銀行が経営再建を目指すために経営統合したのだが勇次の親友でもある藤堂三郎の甥が勤務していたことから広志に融資を頼み、広志は「バーナード・スタンダードに出資してもらうと同時にスコットランド王朝のメインバンクの一つになればいい」とその日のうちに経営再建のめどを立ててくれた。  コスモグループは今では首都圏の経営不振に陥った信用組合や信用金庫を買収、コスモ千葉銀行、コスモ東京銀行、コスモ埼玉銀行を立ち上げ、最近では証券会社も傘下に収めた。  ステージではダーツチャンピオンの千木良(ちぎら)慎太郎が審判を務めている。1000発連続Bullという超辣腕のダーツの腕前の男で、今は妻と一緒にダーツ普及に尽力している。  一方、玲司たちのテーブルでは…。  「サラ、ここでWi-Fiが使えるのか」  「問題ないみたい。これこれ、見てよ」  「最近サラはこのブログを良く読んでいる。相当なファンだな」  「と言うよりはダウンロードでラジオが聞こえるの。クラシックも対応しているのよ」  「インターネットには可能性があるからな」  「お前さん、珍しいな」  従業員のベリトが玲司に話しかける。  「今回は判官贔屓させてくれ。少額のかけで当てにするなよ」  「まあ、この前のオークションで運を使い果たしたわけじゃなるまいな」  このベリト、ギャンブラーとしても優れているがギャンブル中毒にはならないようアドバイスもしている。  「それはないさ。ダーツは心理的な揺さぶりはあまり利かないからだ」  「なるほど…、あの小僧もそれで苦戦すると見たな。最終戦だがどうも負けは確定だな」  「僕の負けだ…。あなたは強かった…」  杜夢はサバサバとした表情で敗北を認める。  「いや、お前らの執念には負けた。俺達は勝負には勝ったが、お前らの執念には負けた。グレイ、約束は果たさないとな」  「ああ、ちょっと待っていろ」  そう言うとグレイは携帯電話を出して通話をしていたが、従業員のベル(本名:小倉マヤ)に目配せする。  「彼らの住所を確認して、明日俺らはリュックサックを購入して届けるから配送してくれないか」  「お客様、かしこまりました」 ------この人達って結構いいお客様だものね…  ベルは内心喜びを感じる。いつも凱とグレイのギャンブルだと稼ぎが大きいからだ。そのステージの陰で目付きの鋭い男がメガネをかけた初老の男に迫る。  「さあ、どうする。体を売るか、今すぐ俺に一括で返済するか。お前の選択肢はそれしかない」  「サンダール様、お助けを、お恵みを」  「無理だねぇ…。それか、俺のバイトの手伝いでもする?」  メガネをかけた小男が初老のメガネをかけた男に迫る。男はあの竹内清宝である。  「待て、竹内。答えはこいつに任せよう。今すぐ答えを出せ」  「そうですな…」  男は二人のヤミ金融業者に返済を迫られていたのだ…。  「ほう…、ではそいつの腎臓を借金返済の手段にするわけですな…」  サザンクロス病院では、ジャコウ理事長がにやりとしながらサンダールからの電話を受けていた。  「では、一人オペさせる医者を選んでおきましょう。まあ、うまく騙しておきましょう…。いいじゃないですか、持ちつ持たれつですからな…」 -------まさか最近病院から3人もヴァルハラに移籍するとは何という事か!?  ジャコウは電話を切ると厳しい表情で外を眺めていた。  14 輝きを刻む者  「困ったもんや…。こんなずるい手段で買収を受け入れろと迫るなんて…」  困った表情で木下幸之助はデスクに向かっていた。  「木下部長、ノルマですか…」  「そうやで…。ハチャメチャな要求や…。取り敢えず神奈川に債権回収をさせたんやけえど…」  僕元公司(通称:ボクモト)にため息をつきながら木下はフロンティア建設の企業案内を見ている。その時だ。  「部長、けんもほろろにされてきましたよ…」  「また慌てたのか…。まあ、計算のうちだったが…」  「毎日訪問して返済するよう説得しますよ、いいでしょうか」  「返済よりは債権を株式化しろというのが会社の上層部の命令なんや。困ったやろ…」  「ひどいじゃないですか…」  「もう、かえってもええかなぁ?」  その一言に神奈川大介は震え上がる。木下はそう言いつつもしっかりと仕事をこなしており、ボクモトの育成もその延長線上にすぎないのだ。ここは虎ノ門にあるリブゲート本社「企業再生・企業価値向上事業部」である。彼らは経営不振の企業を買収して再建させ、株式を上場したり同業他社に売却することで利益を上げてきた。  「それに、君島さんこの前亡くなったじゃないですか」  「僕の娘を可愛がってくれた人や。あんな良い人がなんで早く亡くなるんや…。ホンマに理不尽や…」  「部長らしくないじゃないですか、元気出してくださいよ」  「石川、俺も腹が立っているんや…。こんなアコギなやり方を続けたらいずれ己に跳ね返ってくるんや」  石川毅に厳しい表情で言うと木下は考えこむ。  「反乱を起こしましょうか」  「そうしたいんやけど、金はどこや」  「作戦は僕が考えます。資金繰りはあとで考えましょう、ここはフロンティア建設のメンバーと共闘すべきでしょう」  「このままでは世の中に迷惑をかけてしまうだけですよ」  清水智子は必死の表情で説得に入る。石川とフロンティア建設の乗っ取りを防ぐにはどうすればいいのかを連日相談しており、そこに後輩の山田めるこが加わったのだ。  「資金は後からついてくるか…。よし、賭けてみよ」  全員が強い表情でうなづく。このチームは君島俊太郎前部長と木下のコンビによって結成され、君島は木下を厳しくも暖かいやり方で育て上げた。その部下たちを木下は引受け、誰一人とてもやめることはない強靭な組織にこのチームを育て上げたのだった。  「今月の俺達の給料をそのまま回していいんですよ」  「それはダメや。まず僕が資金を出す」  大塚高生を軽く諫めると木下は資金計算書を打ち込み始めた。外回りの営業でトップクラスの柴門賢也、斉藤秀和、日泉純、石川の活躍で債権を株式化して外部から経営幹部をスカウトし企業価値を高めて売却するのがこのチームの方針だ。  「最近では我々の事業にウィルソン・スタンレーが参入していますよ。病院の再建を支援するコンサルタント会社をたちあげて日本中の経営不振の病院を買収しているようです」  「それでチトワンの税収入が改善しているんですからねぇ…。関東連合なんか消費税一本ですよ」  「あの久世留美子には分からないんですよ、法人税が一番やりやすい税制だって」  「だけど、彼女はオプションにこだわっているんだろう…」  「ネイアス…。あなたに再び会いに来た…」  広志は礼服をまとい、金沢を眺める小高い丘の墓地に来ていた。  ネイアスとはアジア戦争の京都攻防戦でクルト達を逃して最後壮絶な討ち死にを遂げた男だった。ネイアスの墓にワインをかけると無言で手に胸を当てて目を閉じる広志。  「今、この国は再び悪夢に襲われようとしている…。武器という形ではなく、経済を悪用したテロが襲いかかろうとしている…。俺はこの国を命をかけてでも守ることにした…。たとえ憎悪がこの俺に襲いかかろうとてもあなたが愛したこの国を…」  「お前もいたのか…」  「お久しぶりです、キメラ様」  「そこまで頭を下げることはない。お前がよくやっていることは誰もが分かっていることだ」  そう言うとキメラはユリの花をネイアスの墓に手向ける。  「王妃陛下の庭の百合ですか」  「よく見抜いたな、若き闘神」  「そこまで計算に入れられなかった私は恥ずかしい男ですね」  「それはないぞ、若き闘神」  キメラは広志に言うと口調を改める。  「この場では血なまぐさい話になるので休憩所で話そう」  「関東連合のデモ弾圧事件についてお前達の組織は調べているのか」  「それは調べていますけど、GINはあくまでも公権力の濫用を規制する機関ですよ」  「お前の組織も強力な力を持っているため厳しい立場だな…」  キメラは広志につぶやく。  「場合によっては大統領ですらも逮捕できるような組織ですよ、それ故に慎重な行動が求められるのですよ」  「井尻三郎という、デモ事件の被疑者は暴行されているという。それだけで動けると思うが」  「まあ、それはそれで動きますよ。後は週刊北斗の報道でしょうね…」  「全くだ…」  その同じ頃…、銚子市では…。  「フゥ…、やれやれ…」  井坂深紅郎はため息をつきながら救急車が出ていくのを見届けた。朝の4時頃に飛び込みで入ってきた妊婦の分娩を手伝い無事に男児を取り上げたのだった。その後、隣町のかかりつけ医に産後の経過観察を頼み、搬送を頼んだのだった。 -------まだまだなんだ…、俺はまだ人を多く救わねばならないんだ…!!  この内科クリニックは24時間無休を掲げていて、多くの患者がこの内科クリニックに駆け込んでくる。その中にはあまりにも薬を飲み過ぎている患者などがいて、井坂はそうした患者に適切な量の薬を与えていた。その評判はよく、銚子市の名医と言われていたのだった。  「神様先生、おはようございます」  「君達も気をつけていってきなさい」  近所の子供達に声をかけると井坂は食事を取ろうと部屋に戻った。  その頃、名古屋駅に金髪の男が降り立った…。  その男はスポーツバックを片手に駅前の百貨店の入り口で誰かを待っている。そして10分後…。  「久しぶりだな、アンク」  「ブラジラに誘われての仕事か…。面白いぜ…」  「アイスキャンディーはいくらでも売っている。この名古屋は熱いからな」  この二人は一体何を目論んでいるのだろうか…。二人は車に乗り込むと、そのまま駅を去っていく。  その頃、壬生国・豊橋…。  「これで、よし!」  ネットブックパソコンにブログを打ち込んでいた少年がエンターキーを押す。彼は天王寺 瑚太朗(てんのうじ こたろう)といい、普段は高校生なのだが海外の新聞を翻訳して日本語にするブログ「ガイアニュースブログ」を運営している。  「お前、相変わらずお人好しのお世話焼きだな」  「俺は過激な環境保護団体にはやってられないんだ」  瑚太郎の両親は世界規模の環境保護団体『マグナ・マーテル』の会員で過激な環境保護を叫んでいた。そのひどさに反発した彼は中学から寄宿制の学校に進学した。無口な性格で誤解されやすく、「生きることは拷問に似ている」と嘆いたこともあった。「自分を変えたい、世界が憎い」と願った瑚太朗の決断に裕福な両親は文句も言わなかった。  ここは瑚太郎の幼馴染の神戸 小鳥(かんべ ことり)の実家だ。小鳥の趣味はガーデニングで、元気いっぱいで小動物っぽいところもある。吉野 晴彦(よしの はるひこ/ガイアニュースブログの共同管理人にして好敵手)はにやりとしながら言う。  「お前には負けないからな、スウェーデンのニュースは俺に任せとけ」  「ああ、お互いにな。だけど三枚目キャラは勘弁してくれよ」  「なんだと!?」  吉野は思わず文句を言うが大学生の男が止めに入る。  「喧嘩はやめろ!そんな場合じゃないさ」  「岡崎さん」  「今の喪黒政権は生きることの正当性を潰している印象ね…」  小鳥はベジタブルガーデンを手入れしながらつぶやく。岡崎 朋也(おかざき ともや)の協力でようやく野菜畑ができたのだ。  「しかし、岡崎さんはこんな畑でいいんですか」  「いいさ、義父のパン屋にかなり役立つんだ。それに、渚は身ごもっている。俺は夜間の大学生だから、もっとしっかりしないとな…」  携帯電話の待受画面には婚約者の古河渚とその父親の秋生、母親の早苗の写真が写っている。もう一人のリーゼント姿の少年がパソコンをいじくっている。  「で、こんな調子でオーケー!」  「著作権は問題ないのか?」  「それに関しては問題なし」  江坂 宗源(えさか そうげん・ガイアニュースブログ代表幹事)にニヤリと笑う如月弦太朗。彼らは喪黒政権のメディア政策に反発し、ブログをたちあげて戦いを始めたのだ。相沢 祐一(あいざわ ゆういち)がぼやく。  「こいつの要求は厳しいぜ」  「当然だ。俺はもっと良い放送を追求したいだけなんだ。お前の料理教室はどうなんだ」  「おばさんから教わっているけど大変だぜ」  祐一の母方の叔母で同級生の水瀬名雪の母親でもある秋子は料理の天才として知られていて祐一も料理ブログをたちあげて実践しているのだ。名雪が素早く答える。  「私だって得意なんだよ、弦ちゃん」  「知っているさ。だけど、こいつは素人だ。こいつにマスターさせると面白いじゃん。名雪にはスポーツ面を頼んだのは陸上部だろ」  肩までの髪に真っ赤なカチューシャを付けた少女がニコッと笑う。  「しかし、白いダッフルコート、ミトンの手袋、そして羽の生えたリュックサックなんて子供じゃん」  「弦ちゃん、これはボクの趣味だもん!ヒャッ!!」  月宮 あゆが反発するもずっこけてスカートがややめくれてしまった。あゆにはドジな面があり、彼氏でもある祐一には「小学生くらいの男の子みたい」などとよくからかわれている。  「うぐぅ…。恥ずかしい…」  「まあ、元気で明るいのが救いなんだがな…」   彼らの行動は壬生国に新たな波紋をもたらそうとしていた…。 今回使った作品の著作権元 「金色のガッシュ!」 (C)雷句誠 2001-2008 『グーグーだって猫である』 (C)大島弓子・角川書店 1996-2001 『Q.E.D. 証明終了』 (C)加藤元浩 1997- 「7人の女弁護士」 (C)MMJ  2006、2008 「wildharf」 (C)浅美裕子・集英社 1996-1998 「名探偵コナン」 (C)青山剛昌 1994- 『花より男子』 (C)神尾葉子・集英社 1992-2004 ブースカ!ブースカ!! (C)円谷プロダクション 脚本:川上英幸、古怒田健志、太田愛、吉田伸、武上純希、右田昌万、大西信介、増田貴彦ほか 1999-2000 龍狼伝シリーズ (C)山原義人 1993- 「金田一少年の事件簿」 (C)天樹征丸・金成陽三郎・さとうふみや 1992- 「星の瞳のシルエット」 (C)柊あおい・フェアベル 1985-1989 「魔法陣」シリーズ (C)斉藤栄 1978- 「桔梗の咲く頃」 (C)柊あおい・集英社 1995 「スーパー戦隊シリーズ」 (C)東映・東映エージェンシー 1986-1987、1988-1989、2000-2001、2002-2003、2005-2006 the piano (C)ローズマリー・ボーダー・オックスフォード大学出版局 1989 のだめカンタービレ (C) 二ノ宮知子 2001-2010 機動戦士ガンダムシリーズ (C)創通・サンライズ 1979-1980,1985-1986,1986-1987,1991,1993-1994,1995-1996,2002-2003,2004-2005,2008-2009 北斗の拳 (C)武論尊・原哲夫・NSP 1983-1988 悪魔くん (C)水木しげる・水木プロ 1963- 美味しんぼ (C)雁屋哲・花咲アキラ 1983- この恋は実らない (C)武富智・集英社 2006-2007 天才柳沢教授の生活 (C)山下和美 1988- F-ZERO (C)任天堂 1990 BLEACH (C)久保帯人・集英社 2001- 涼宮ハルヒシリーズ (C)谷川流・角川書店 2003- あんどーなつ-江戸和菓子職人物語- (C)西ゆうじ・テリー山本 2005- 内閣権力犯罪強制取締官 財前丈太郎 (C)北芝健・渡辺保裕・NSP  2003-2007 BALLAD 名もなき恋のうた (C)監督・脚本:山崎貴 『BALLAD 名もなき恋のうた』製作委員会(ROBOT、東宝、ジェイ・ドリーム、電通、ADK、レプロエンタテインメント、シンエイ動画、双葉社、白組他) 2009 魔神王ガロン (C)永井豪 原作:魔神ガロン(C)手塚治虫 2004 超機甲爆走ロボトライ (C)バースディ・坂本かずみ・バンダイ 1989-1990 『小公女』 (C)フランシス・ホジソン・バーネット 踊る!親分探偵 (C)原作:牛次郎「親分探偵ポパイ」 東映 2005,2006 『舞姫 ?ディーヴァ?』 (C)倉科遼・作、大石知征・画 2006-2008 傷だらけの仁清 (C)猿渡哲也・集英社 2005- 2011 ピグマリオ (C)和田慎二・メディアファクトリー 2002(初刊は白泉社) 1978-1990 ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE- (C)CLAMP 2003-2009 xxxHOLiC (C)CLAMP 2003-2011 仮面ライダーオーズ WONDERFUL 将軍と21のコアメダル (C)東映 原作・石ノ森章太郎 2011 サウザンドブルズ  (C)左慶太郎・かいはせた NSP 『ソフィーの世界 - 哲学者からの不思議な手紙』  (C)ヨースタイン・ゴルデル著 池田香代子訳1995 ハドソン・ホーク (C)監督:マイケル・レーマン、脚本・原案:ブルース・ウィリス、ロバート・クラフト(製作総指揮)、脚本:スティーヴン・E・デ・スーザ、ダニエル・ウォーターズ、製作:ジョエル・シルバー、ロバート・クラフト、配給:トライスター・ピクチャーズ、 コロンビア・トライスター映画 1991 スイートプリキュア♪ (C)アサツーディ・ケイ・東映アニメーション 2011-2012 少女少年 (C)やぶうち優 1997-2005 忍者ハットリくん (C)藤子不二雄(A)・光文社 1965-1968 こちら葛飾区亀有公園前派出所 (C)秋本治・集英社 1976- コードギアス 反逆のルルーシュ (C)創通・サンライズ 2006- 『公権力横領捜査官 中坊林太郎』 (C)監修:佐高信 作画・原哲夫 NSP 1998-2000 仮面ライダーシリーズ (C)原作:石ノ森章太郎、東映・アサツーディ・ケイ 2009-2010 逃亡者おりん (C)C.A.L. 2006-2007 MR.BRAIN (C)脚本 蒔田光治・森下佳子 2010 ディア・ドクター (C)エンジンフイルム・アスミック・エース 監督・脚本・原作:西川美和 2009 ドラッグストアガールズ (C)松竹・電通・テンカラット・衛星劇場 脚本:宮藤官九郎 2004 クロサギ (C)夏原武・黒丸 2003- 『NHKにようこそ!』 (C)滝本竜彦・角川書店 2001 『キャットストリート』 (C)神尾葉子・集英社 2004-2007 ぼくらシリーズ (C)宗田理 1985- スーパーロボット大戦シリーズ (C)B.B.スタジオ(旧バンプレソフト)・ウィンキーソフト・エーアイ・モノリスソフト、発売元:バンダイナムコゲームス 1991 それが答えだ!  (C)脚本:戸田山雅司、共同テレビ 1997 『総理の椅子』 (C)国友やすゆき・縣山文博 2008- レスラー軍団〈銀河編〉 聖戦士ロビンJr. (C)脚本・シリーズ構成:園田英樹、監督:奥脇雅晴、東京ムービー新社(現トムス・エンタテインメント) 1989-1990 ハンマーセッション! (C)小金丸大和・八津弘幸・棚橋なもしろ 2006-2010 『島根の弁護士』 (C)香川まさひと・あおきてつお・集英社 シナリオ協力/春木修、協力/島根県弁護士会 2004-2008 ノエルの気持ち (C)山花典之・集英社 2008-2010 ゴッドハンド輝  (C)原作協力・構成監修:天碕莞爾・山本航暉 2001-2012 『夜王』 (C)倉科遼(原作)、井上紀良(作画)・集英社 2003-2010 MAJOR (C)満田拓也 1994-2010 交響詩篇エウレカセブン (C)原作:BONES、監督:京田知己、シリーズ構成:佐藤大、ボンズ 2005-2006 『あまいぞ! 男吾』 (C)Moo念平 1986-1992 『だんだん』 (C)脚本・森脇京子 2008-2009 『華と修羅』 (C)原作:谷本和弘、漫画:井上紀良 集英社 2010-2011 『弁護士のくず』 (C)井浦秀夫、法律監修・小林茂和/一部作品の著作権は『乗っ取り弁護士』 (C)内田雅敏 『いまを生きる』 (C)監督:ピーター・ウィアー、脚本:トム・シュルマン タッチストーン・ピクチャーズ/ワーナー・ブラザーズ 1989 イントゥ・ザ・ワイルド (C)原作:ジョン・クラカワー『荒野へ』、監督・脚本:ショーン・ペン 配給:パラマウント・ヴァンテージ 、スタイルジャム 2007 ふたりエッチ (C)克・亜樹、白泉社 1997- 『グリーンマイル』 (C)スティーヴン・キング 1996 デビル (C)ソニーピクチャーズ 製作 ローレンス・ゴードン、ロバート・F・コールズベリー、脚本 ケヴィン・ジャール 、ロバート・マーク・ケイメン エグゼクティブプロデューサー ロイド・レヴィン 、ドナルド・レヴェンサ 1997 小公子 (C)バーネット 1886 『独裁者』 (C)監督・脚本:チャーリー・チャップリン 1940 Batman (C) DC Comics 作者:ボブ・ケーン1939- スーパーマン (C) DCコミック 原作ジェリー・シーゲル、作画ジョー・シャスター 1938- ONE PIECE (C)尾田栄一郎・集英社 1997- スパイダーマンシリーズ (C)コロンビア映画、マーベル・エンターテインメント、ローラ・ジスキン・プロダクションズ 原作:スタン・リー、監督:サム・ライミ 2002,2004、2007 『デアデビル』 (C) マーベル・コミック 原作者:スタン・リー 1964-  『アイアンマン』  (C) マーベル・コミックス 原作者:スタン・リー、ラリー・リーバー、ドン・ヘック、ジャック・カービー 1963- 『赤い靴』 (C)アンデルセン 1845 『ふたりはプリキュア』 (C)東映アニメーション 2004-2005 「LOVe」 (C)石渡治 1993-1999 『藍より青し』 (C)文月晃・白泉社 1998-2005 『神様のいたずら』 (C)脚本:江頭美智留、松田裕子 共同テレビ 2000 TAXI (C)製作・脚本:リュック・ベッソン、監督:ジェラール・ピレス 配信:コムストック 1998 『ドカベン』 (C)水島新司・秋田書店 1972- 『ハングリーハート』 (C)高橋陽一・秋田書店 2002-2004 『デビルマンレディー』 (C)永井豪 1997-2000 獣神ライガー (C)永井豪 1989-1990 白い巨塔 (C)山崎豊子 1963-1968 笑ゥせぇるすまん (C)藤子不二雄(A)・実業之日本社 1968- ジャック・ライアンシリーズ (C)トム・クランシー 1984- 『りりむキッス』 (C)河下水希・集英社 2000-200 アグリー・ベティ (C)ABC 2006-2010 『いぬばか』 (C)桜木雪弥・集英社 2004-2010 『東京大学物語』 (C)江川達也 1992-2001 飛べ!イサミ (C)長谷川裕一・志津洋幸 1995-1996 きみの友だち (C)重松清 2005 かいけつゾロリシリーズ (C)原ゆたか・ポプラ社 1987- [シバトラ] (C)安童夕馬・朝基まさし 2007-2009 『キャットストリート』 (C)神尾葉子・集英社 2004-2007 ブラック・ジャック (C)手塚治虫・秋田書店 1973-1978 イタズラなKiss (C)多田かおる・集英社 1990-1999 美少女戦士セーラームーン (C)武内直子 1992-1997 空想科学世界ガリバーボーイ (C)広中王子・東映アニメーション・ハドソン 1995 『さよなら、小津先生』  (C)脚本・君塚良一 2001 A・Iが止まらない (C)赤松健 1994-1997 沈黙の艦隊 (C)かわぐちかいじ 1988-1996 黄色い星の子供たち (C)監督・脚本:ローズ・ボシュ、製作:アライン・ゴールドマン、配給:ゴーモン、アルバトロス・フィルム 2010 『ももへの手紙』 (C)監督:沖浦啓之 製作:Production I.G、配信:角川映画、角川書店 2012 FAIRY TAIL (C)真島ヒロ 2006- 「街の医者・神山治郎」 (C)東映 原作:宮川一郎、脚本:難波江由紀子 2001- ブラックジャックによろしく (C)佐藤秀峰・長尾憲(監修) 2002-2010 『雷神?RISING?』 (C)真船一雄 2000-2001 『パタリロ!』 (C)魔夜峰央・白泉社 1978- 相棒 (C)東映 2000- スター・ウォーズシリーズ (C)監督・脚本・製作総指揮:ジョージ・ルーカス、ルーカスフィルム 1977- 地獄先生ぬ〜べ〜 (C)真倉翔・岡野剛・集英社 1993-1999 ギャラリーフェイク (C)細野不二彦1992-2005 おくさまは女子高生 (C)こばやしひよこ・集英社 2003-2007 『女子アナ魂―こはるON AIR―』 (C)海野そら太・集英社 2004−2005 探偵犬シャードック (C)安童夕馬・佐藤友生 2011- マイ・ガール (C)佐原ミズ・NSP 2006-2010 まっすぐな男 (C)MMJ 2010 脚本-尾崎将也 ライヤーゲーム LIAR GAME (C)甲斐谷忍・集英社 2005- 嘘喰い (C)迫稔雄・集英社 2005- 総会屋勇次 (C)江上剛 2004 ギャンブルフィッシュ (C)青山広美・山根和俊・秋田書店 2007-2010 木下部長とボク (C)脚本・大宮エリー 2010 AKB49?恋愛禁止条例? (C)元麻布ファクトリー・宮島礼吏 2010- CLANNAD (C)ビジュアルアーツ/Key 企画:麻枝准、シナリオ:麻枝准、涼元悠一、魁、(丘野塔也)、原画:樋上いたる、エグゼクティブプロデューサー:馬場隆博 2004 Kanon (C)Key / ビジュアルアーツ 企画 :久弥直樹、脚本:久弥直樹、麻枝准、原画:樋上いたる 1999 Rewrite (C)Key/ビジュアルアーツ 企画原案・原画 - 樋上いたる、世界設定 - 田中ロミオ、シナリオ - 田中ロミオ、竜騎士07、都乃河勇人、QC(クオリティコントロール・監修) - 麻枝准、アニメーション制作 - WHITE FOX / アニメーション監督 - 田中基樹 2011 宇宙の騎士テッカマンブレード (C)タツノコプロ企画室(原案)、監督・ねぎしひろし、シリーズ構成・関島眞頼、あかほりさとる、脚本・岸間信明、川崎ヒロユキほか 創通エージェンシー・タツノコプロ 1992-1993 あずみ (C)小山ゆう 1994-2008 あさりちゃん (C)室山まゆみ 1978- みにくいアヒルの子 (C)水橋文美江・幻冬舎 1996 今回取り込んだ話 コメディ「派遣国会議員」(11話、小野哲) 2007-10-26 22:39:29 コメディ「派遣国会議員」(12話、小野哲) 2007-10-27 19:11:19 コメディ「派遣国会議員」(13話、小野哲) 2007-10-28 19:33:43 コメディ「派遣国会議員」(14話、小野哲) 2007-10-29 21:41:11 派遣国会議員15話(小野哲) 2007-10-30 21:57:18 コメディ 派遣国会議員16話(小野哲) 2007-10-31 20:36:47 コメディ 派遣国会議員17話(小野哲) 2007-11-01 21:45:24 派遣国会議員 Sift On(0話・小野哲) 2007-11-03 20:48:01 派遣国会議員 Sift On(1話・青春時代に 小野哲) 2007-11-04 18:29:20 shift on(2話、小野哲) 2007-11-05 20:26:06 shift on(3話、雨に打たれても 小野哲) 2007-11-06 22:07:12 shift on(4話、静かなる闇 小野哲) 2007-11-07 20:01:09 Shift on(5話 運命 小野哲) 2007-11-08 21:02:25 スピンアウト(小野哲) Break the Wall番外編 2007-12-04 23:03:49 shift on(6話 兄弟 小野哲) 2007-11-09 23:03:19 Shift on(7話 戸惑い 小野哲) 2007-11-10 21:17:12 Shift on(8話 静かな混乱 小野哲) 2007-11-25 18:46:10 シフトオン9話困惑(小野哲) 2007-12-05 23:28:19 シフトオン10話 歪んだ野望(小野哲) 2007-12-16 09:33:51  作者 後書き  本当に強い怒りは、激しい怒りではなく静かな怒りです。  本村某よりも故筑紫哲也氏や伊波洋一氏の静かな怒りに私は惹かれます。今回の小説は今までの作品を統合しながら以前我が盟友に送信した内容を大幅に書き換え打ち込んだものです。そのため時間がかなりかかりましたが、それだけ情報を集めています。 過去の回想は徐々に書いていこうと思います。なお、法令遵守に逆らうメディアには今後も断固として著作権クレジットから排除する制裁を行うなど容赦なく対処します。犯罪行為を直ちにやめると同時に反省と改善を行うよう厳しく要求します。  また、佐倉ともえのモデルですがちびまる子ちゃんの本名と篠原ともえさんを組み合わせています。