Break the Wall 第7集 エズフィト混乱、そしてメビウス始動  今回改定・更新をかける小説内容は61話 ロンド、62話 宴の後に、63話 大国の衰退、64話 黄昏の大国、 65話 悪党どもの暗躍 前編、66話 悪党どもの暗躍 後編、67話 『シンセミア』壊滅す、68話 虚業の果てにです。 2008-01-18 20:33:53 2008-04-13 02:27:09 2008-04-23 21:38:48 2008-05-09 20:44:57 2008-11-21 23:52:47 2008-11-21 23:55:07 2008-11-26 18:52:23 2009-01-01 09:28:22 1  「取締役、いつになったら社長に就任されるのですか」  「その予定は全くありません。僕が介入する事で営業、ものづくりの現場は混乱してしまいます。ですから、僕は大株主として応援をしていきたいと思っています」  キョンこと鈴木慧はさわやかな表情で話す。  「帝都新聞社の松永といいます。今回共同で経営参画されたオリナス鎌倉の花咲真世さんという方はどういう方でしょうか」  「僕と同じ志を持った同士です。今回僕は保有していたリブゲート株式をTBGBホールディングスに売却した利益の一部でジャスダック上場のミラクルスポーツを買収させていただきました。彼女はその際に様々なアドバイスをしていただきましたので、僕は彼女にお礼の意味も込めて株式の一部を譲渡しました。彼女についてはこれ以上の質問は勘弁してください」  「金融業から卸売業と畑は異なりますが、どのようにして経営再建されるのでしょうか」  「正直申し上げて、僕はまだ不勉強です。ですが、何人か取締役とお会いしております。その中で利点を把握しています。近々強化の策を練りたいと思います」  慧は大英信託銀行にリブゲート株式を売却した。その結果、巨額の富を得る事になったのだが経営危機に陥っていた企業の再建に踏み出したのだ。  「ふぅ…。うるさいマスコミだな」  ため息をつく慧。  「魔夜さん、いや真世さんによくあんな大判振る舞いしたものだな」  「鷹介さん、そりゃ当たり前だよ。リブゲートに人生を狂わされてあんな辛い目にあったんじゃ僕はリブゲートの一員としての責任をとらねばらならいんだ」  「もっとも、ヒロさんはアパートと運営会社まで作って譲渡した。少しはましになっただろう」  魔夜はあの後、名前を花咲真世に改めた。阿鼻谷零慈の事で騒がれるのを懸念した安西晋三顧問の提案であった。  「俺達の警備も何事なくすんだな」  「ありがとう、ヒイロ」  「俺の命は紙切れのように安っぽいものさ。まあ、リリーナのためなら何でもやるが」  「その無茶はいただけないぞ」  ミリアルド、エイセイの二人が諌める。ヒイロは苦笑いしている。リリーナは理事の一員となっている川崎シチズンオーケストラの理事会に参加している。  「しかし、君も相当な過激派だな。私たちの高野君も相当動くときは一気に動くが、君は慎重にかつ大胆に動いた。ミラクルスポーツを買収して、会社更生法を申請した靴メーカーのスポンサーになるとはね…」  「安西さんが愛用しているのもありますけど、そこで働いている人たちの気持ちを踏みにじるわけには行かなかったんです」  渋い表情の安西。広志の要請で記者会見に立ち会っていたのだ。  そして川崎のGIN基地では…。  「素晴らしいですわ。相変わらずの腕の良さには感心します」  「いえ、我々のスポンサーに対して感謝するにはそれしかありません、リリーナ様」  インテリっぽい男が淡々と応える。世界的な数学者にして指揮者でもあり、川崎シチズンオーケストラの総監督を務める鳴瀬望である。音に対するこだわりは半端なく、オーディオのスピーカー一つとっても自作というのだから恐れ入る。  「しかし、リリーナ様がよくこの場末のオーケストラに出資されましたわね」  「あの彼に頼まれたのでは動かざるを得ませんわよ。トレーズ様の学友にして、盟友でもあり、マリーメイアが心を開く一人でもあるならばなおさらです」  リリーナ・ピースクラフトはウィンクして微笑む。ちなみにソレスタルビーイングの一員である事はこの場では誰も知らない。それほど慎重な振る舞いに徹していたのだ。  このオーケストラの構成は鈴木友子(テナーサックス)、中村拓雄(ピアノ)、斉藤良江(トランペット)、関口香織(トロンボーン)、田中直美(ドラムス)、渡辺弘美(ギター)、山本由香(ベース)、久保千佳(アルトサックス)、岡村恵子(アルトサックス)、大津明美(テナーサックス)、清水弓子(バリトンサックス)、石川理絵(トランペット)、下田玲子(トランペット)、宮崎美郷(トランペット)、吉田加世(トロンボーン)、木下美保(トロンボーン)、 小林陽子(トロンボーン)と金管楽器に強い。だが、その分管弦楽器にも最近補強が進んでいる。  その中心になっていたのがシチズンオーケストラのメイン指揮者である千秋真一だ。木管楽器の強化も着実に進んでいる。樫尾林太郎(クラリネット、望の秘書)、平林亨太郎(トロンボーン兼任オーボエ、望の義父)、宮園総一朗(フルート、オーケストラの会計士で望とはよく衝突するが理解者でもある)、水野和音(クラリネット)、石原律子(フルート)、榊演也(オーボエ、体育教師でもあり、中学校では吹奏楽部の顧問も兼任している)がそれぞれコンバートされているのだ。  ピアノについてはメインで担当するのは野田恵。性格の豪放さには親しい間柄の千秋ですらも使いこなせないのだが、絶対音感と絶妙なテクニック、人懐っこさにみんなはついていっている。  「で、ヒロの為にボレロはどうだ」  「あれならいい。でも、難しいぞ」  ぶっきらぼうだが面倒見のいい千秋が答える。そうなると負けず嫌いの強い演也が檄を飛ばす。  「だからやってみる価値があるじゃないか」  「やはりそうきたか」  アフロへアーと口髭が特徴の奥山真澄(おくやま ますみ) [Perc., Timp.]が応える。金管楽器チームと千秋たちを結びつけたのは彼が山形出身であり、同郷の仲間達を引き込もうと画策したのがきっかけだった。木管楽器のフルートリーダーを務めるのは鈴木萌。薄いパーマがかかっている。ちなみにストレートなのが彼女の妹の薫で、彼女はクラリネットのリーダーを務める。樫尾は彼女の補佐を勤めるのだ。峰 龍太郎(みね りゅうたろう) [Vn.] がバイオリンのリーダーを務め、同じポジションの三木 清良(みき きよら)、 コントラバスの佐久桜が彼氏の岩井一志と一緒に補佐を引き受ける。フルート担当の相沢 舞子(あいざわ まいこ) が全体の舵取りを引き受ける。  「リブゲートを潰そうと奔走していた時にはこんな音楽もうっとおしく感じていたな」  シロッコが感慨深げにつぶやく。元いるべき位置のセラミックキャピタルの取締役に戻り、今は日中の架け橋になろうと走っている。どんな苦境に置かれても諦めず、檄を飛ばして這い上がってきた広志の闘争心はこのオーケストラの団員全てに受け継がれているのだ。  「今度、中国後援のスポンサーになってくれてありがとうな」  「何の事はないさ。俺は中国のレコード会社に出資した関係で、お前らと独占契約を結べたんだからな」  「ずるい奴」  オーボエリーダーの黒木 泰則(くろき やすのり)がシロッコの頬をつねる。だが、それには悪意がない事をみんなは知っていた。 フランツ・フォン・シュトレーゼマンオーナーが話しかける。  「では、ボレロでいいかな?」  「賛成です。私だって出来ますから」  そういうなり、恵はピアノでボレロを弾き始めた。シロッコについてきたジャン、リジェ、舞が耳を傾け始める。  「しかし、新鮮な音色…」  「なあ、理央、お前今度このオーケストラで何をするつもりだ」  「プロモーションは無理だ、あくまでもBMジャパンの影法師だからな」  長谷川理央はにやりと笑う。だが、理央は新たなメンバーを集め、ネット配信ビジネスの立ち上げに動いていた。そこで川崎シチズンオーケストラをメインコンテンツにしようとしていたのだ。その話は全メンバーにすでにしており、後はその話し合いの結果だけだ。  「川崎タワー計画は他の会社に譲渡され、リブゲートは不動産事業から撤退しましたか」  「中層ビルまでは出来たのは良かったんですが、高層ビルに入るテナントがいなかったら諦めますよ」  広志に話すイワン・ウイスキー。中層ビルの商業施設に移った中堅百貨店の奈良屋が債権放棄でビアンカグループになるなど川崎タワーは散々な結果に終わった。奈良屋のあった商業施設は今、神代たちの経営で確実に上昇している。  「で、この前のサタラクラの事だがどうするか」  「僕のほうでチームベルと調整中です。壬生国から鎮明、サスケが出張中で彼らも参戦を希望しています」  「いや、彼らの参戦は辞退しよう。ところで水面捜査ではサンダールらの闇金融はかなりあくどい真似をしているようだな」  「かなりの脱法行為をしています。ジョーも憤慨していましたよ」  「民法上の契約をたてに違法債権を取り立てているわけだ」  「だけど、こちらにはヒロさんがいます。それ以前に呑さんたちがいます」  「俺の金が動けば、どんな巨悪でも吹っ飛ぶさ」  「ヒロ、少しは休めよ」  呑があくびをしていた広志に諌める。  「いや、今は一秒でも惜しいんだ。その一秒でもわずかでも多くの人を救える。だから、俺は…」  そういうなり、広志は眠ってしまった。紅茶の中には呑が仕込んだ睡眠薬があった。  「すまないねぇ、ラティゲさん」  「なに、こちらとても高野CEOに迷惑をかけているのだ。たまには誕生日祝いくらいさせてくれって言いたいほどだ」  ラティゲ、竜、凱が眠っている広志を抱えて車の中に移す。リリーナが思わず苦笑する。  「意趣返しですわね」  そういうのは以前、リリーナは無理を重ねて働いていた。それを見かねた広志が休ませようと睡眠薬を仕込み、眠らせると同時に人間ドックに回したのだった。それで体調不安はだいぶ良くなった。  その頃、横須賀では…。  「女を乗せろ!」  マリーナの一角には男達が女性をヨットに乗せている。  だが、この女性は拘束されていた上、気を失っていた。そう、彼女はカミーユの妹でデュオ・マックスウェルの想い人ヒルダ・ビタンだった。  「風間、確実に女を太平洋の件のスポットに連れて行け!」  「くっ…!!」  風間陣は悔しさを隠せない。そう、愛する人を借金の質に取られて、しのぎそのものの仕事をやらされる事を条件に借金の免除を受ける事を飲んだのだった。  だが、その光景を一隻のボートから見ていた人影がいた。坊主頭の男に女がささやく。  「洋平…、あいつらじゃない?」  「ああ、間違いねぇ。ラブ公の言った通りだぜ」  遠赤外線レーザーで状況を確認した鯨岡洋平は妻の愛にアーチェリーを渡す。  「こちらデュオ、聞こえるか洋平?」  「こちら鯨、聞こえる、応答どうぞ」  「アーチェエリーでヨットの帆を壊したと同時にヨット内に進入する!俺と兄貴で切り込む!」  「了解した!頼むぜ、ミッションスタート!!」  洋平の声と同時に愛の放った矢がヨットの帆をつないでいたロープを切り落とす。そこに火炎筒を投げ込む人影。  「ふぅぅ…。ミッション完了だぜ」  洋平は公権力乱用査察監視機構(GIN)の保有する戦艦「ラエル」に乗り込んでいた。  仕事の後にビールを飲む。この戦艦は旧ロシア連邦の崩壊の後に競争入札でGINが購入し、高速移動機能を強化した上で小型ジェット機にも対応できる滑走路も搭載されていた。いわば司令塔機能を持たせた戦艦なのだ。ヒルダに詫びるデュオ、カミーユ。  「そういう事だったの…」  「まあ、しゃべらなかった俺達が悪かった。ごめん!」  「それは俺の判断ミスだ。二人の責任ではないさ」  「もう、いいわ。でもデュオのやっている事が悪事じゃなくてよかった」  「ヒルデ…」  長いコートを身にまとったスーツ姿の男が入ってきた。戦艦「ラエル」の艦長を務める小野田真である。広志とは10年前のテロ戦争からの付き合いである。  「あなたは…」  「この戦艦の艦長を務めさせていただいております小野田と申します。これからあなたをGINの施設まで案内し、しばらくの間保護させていただく事になりました。ご協力をお願いします」  「このような状態になってしまった私たちも悪かったわ。ごめんなさい」  愛がヒルダに詫びる。  「ううん、大丈夫。しばらくの間我慢すればいいだけだよね?」  「ああ。必ず迎えに来る。ソレスタルビーイングの任務を完遂してから戻ってくる!」  「そうだったのか…。こっちは睡眠薬でパーティに巻き込まれてしまった」  苦笑いする広志。鷹介が広志に報告をしている。  「ミッションは成功しました。ビタン嬢はオーブ王宮の王妃宮に住み込みで働く形にして保護しました」  「ラクスなら安心だ」  「最近ではあまりにも事件が多すぎますね」  「モモタロス、件の市国のトラブルはどうなっているのか」  「エズフィトの事件?ザンビエフ兄弟を中心としたオーブ支援のゲリラ組織アイアンエンジェルスが押しているぜ。後は件の大きな切り札二つを投入すればアメリカは和解に追い詰められる」  「完全勝利よりは和解に持っていかねば、憎しみの連鎖は絶てない」  広志は厳しい表情になった。近くで黒い服装に身をまとった男がお茶を置く。  「デネブ、君のパートナーの桜井を通じてチームガンツと接触し、GINとのプロ契約を交わすよう交渉を開始してくれ」  「了解した」  「アイアンエンジェルスだが、アメリカが撤退した暁にはミキストリおよびチルドレンを改組する新組織に加入する事になるだろう。我々も組織の補強を進めなければならない」  広志の頭の中には、リブゲート事件後の混乱を経た新たな世界が描かれていた。  「また、桜の救出だが急がねばならない。スタッフ会議を明日までに招集する。明日までに作戦の中身を考えて提案してくれ」  「お父さん、まだ起きていましたか」  安西晋三はウイスキーを片手に夜空を眺めていた。連合共和国議会下院議員である長男峰彦の妻・弥生(旧姓生野)が軽いおつまみを持ってくる。  「ああ。君も良く峰彦についてきたな」  「あの人は昔から負けず嫌いでしたよ。最初ヒロさんと競い合って最後には認め合う仲になったじゃないですか」  「彼にとって、高野君との出会いは最高の出会いになったわけだ。そして、それは私にも言える事だ」  安西は首相をしていて、国の改革に連邦制を採用した。その直後にロシアの崩壊、中国の民主化と周辺状況は変化し、日本は全千島列島の譲渡をロシアから受けた。そして、ロシア人の移民が新潟を中心に増えた。  二年前のワールドカップではロシア、ブラジル、アフリカからの移民がチームの5分の2をしめるまでになった。それにより、人種差別の動きもあった。だが、広志たちが立ち上げたGINの啓発運動などで沈静化しつつあった。  5年前の連邦共和国制度導入により、初代大統領に安西は選ばれていたのだが直後に初期ガンが発見され、潔く大統領職を辞退、初代大統領は老獪な手腕で知られる金丸真が引き受けた。その潔さに広志はGIN顧問就任を要請し、安西も快諾したのだった。  「ラゲクさん、こんなところでイチャイチャしたら困ります」  渋い表情のメレ。ラゲクと言われた女性は久保田セリナ、シャーフーのパートナーである。  「あら、私は平気よ、ね、ダーリン」  「困ったものだ…」  スクラッチエージェンシーのトライアングルの社章のバッチはいつの間にかなくなっている。ケンゴが言う。  「メレが一番しっかりしているな。バエの暴走を止められるのはメレだけだからな」  「どういう事か苦手ですね」  苦笑いするバエ。  「勘弁してくださいよ、サンダールさん」  「今日こそ決断してもらうぞ。マグロ船に乗って働いてもらうか、借金返済か…」  マスクがその足元に落ちている男は目つきがおかしい。服部常次朗が突き放す。  「黄色い馬なんて関係ない。俺らは責任を取ってもらうまでさ」  「マグロ船か借金返済か、どっちなんだよ!?」  若い男が迫る。だが常次朗が抑える。  「島袋、止せ。決断はこいつにさせるまでの事だ」  そう、男はあのサタラクタだった。『オボロゲクラブ』から出て行った彼は相棒となった竹内のノルマにはめられて『黄色い馬』や『シルキーキャンディ』の売人に成り下がっていた。しかも服従の為に黄色い馬まで服用させられる始末である。  その竹内はゴリラに身柄を確保され、黄色い馬やシルキーキャンディの卸がぴったり止まった上に借金が膨れ上がる始末。  だが、その光景を望遠鏡で見ていた人影がいた。そう、無限斎とおぼろを中心とした7人だった。  「うぅむ、まずい状況だな」  「お父ちゃん、ミッション開始といこか」  ウェンディーヌ(水谷奈央)、ヒイロ、ミリアルド、エイセイが手元の拳銃を取り出す。  特にウェンディーヌはGIN特殊工作隊に配属された。そのリーダーであるデューク東郷から朝7時から深夜11時まで猛特訓を受けた。それゆえに拳銃の扱いは『オボロゲクラブ』屈指の腕である。  「The government structure to inspection and misuse, of publicstatement(Gin)とソレイタルビーイングによる共同ミッションを開始する!」  「手を上げろ!」  突然入ってきた4人に驚くサンダール。  「おい、民事不介入じゃないか!」  「借金の返済に暴力を用いるとは穏やかではないな」  ミリアルドが厳しく迫る。だが、小太りの男が懐から取り出したのはマシンガン。  「クソデカども、こいつで奴の頭を吹っ飛ばすぞ!」  「くそっ!」  「よくやった、奥野!デカども、悔しかったら下がるんだな!」  「何だって!?奴らがマシンガンを調達していただと!?」  「ヒロ、おそらくミキストリの司馬仲達経由で奴らが手にしたに違いない!」  トレーズが考える。張五龍が苦々しい表情だ。  「くそっ、ラティゲもとんでもないじゃじゃ馬に振り回されるとは!」  「まさしく死すとも災いをもたらす輩という事だ…」  「奴らの車にヒイロが逆探査装置を取り付けて置いた。今、「ハラハラ本社」に止まっている!」  「怨み屋も恐らくそこにたむろしている筈だ。ゴリラの杉下さんに連絡を取って、連中の逮捕状を準備させるんだ!」  広志が次々と指示を出していた。その時に七海が広志にメモを手渡す。  「突撃指示だが、無限斎館長に判断を一任せよ!彼には指示の内容を出しておく!!」  「何があったんですか!?」  鷹介が聞く。  「今、そればかりではないニュースが入ってきた。その対応に俺は当たる!」  「鷹介…、行ったほうがいいよ…」  覚羅が声をかける。  「……」  彼にとっては複雑な心境だった。裏切ったサタラクタ(桜宗吾)とはつるんでいた仲でもあった。裏切られて、リブゲートに操られるきっかけになったのも彼の密告故だった。覚羅の父サーガイン(大谷雄吾)が促す。  「行こう、彼の魂を救うためにも。お前もこのまま何もしないままでは悔いが残るだろう」  「…しかし俺は…」  「鷹介、確かに俺達はあいつに煮え湯を飲まされた。だがお前は特にあいつとは親しかった筈だ。お前が救わなければあいつは一生帰る所を失ってしまう、それでもいいのか?仲間の危急をお前は見捨てられるのか?」  「…分かったよ、俺も行く!」  すでにゴリラから永井仁清、杉下右京が応援で入った。霞兄弟は出撃に向けてマンマルバ(石丸和樹)の手伝いの元準備を始めた。  「さあ、防弾チョッキの準備は終わったぞ!」  「仁さん、いいのか」  「俺の肉体は鋼そのものでね、大丈夫だ。杉下さん」  「只野主幹、件の装置はまだか?」  「無限斎の旦那、今俺が車に積んで持ってきている!もう少し持ちこたえてくれ!」  只野仁主幹は車を止めて携帯電話に出ていた。  車の後部座席には携帯ガスボンベがたくさん搭載されている。だが、その中身はただのガスではない。黒崎がうざったさそうにつぶやく。  「あんたじれったいぜ、俺が代理で運転しようか」  「頼むぜ!」  「うわぁ、ひどすぎ…」  フラビージョ(金古瞳)は思わず眼をそむける。  バス運転手のチューズーボ(仰木炎)も苦々しい表情だ。ハラハラ本社周辺は無残なまでに砲弾の跡がばらばら残っていた。このバスは防弾ガラスが張られている。また作戦司令機能も用意されている。無限斎はその中で指示を出すべく移った。  「まずはマシンガンの弾切れを図るのじゃ!」  「了解しました!」  緑色のシグナルが周囲に鳴り響く。GINの出撃を意味するのだ。  「やばっ!ゴリラが来たわ!」  杉河里奈があわてる。  宝条栞は苦虫を噛み潰したような表情になった。今までゴリラやGINに事ごとく手下たちがつかまってきているのだ。この前は工作員の十二月田武臣が仇敵の亀田呑に泳がされた挙句逮捕されたのだ。ゴリラが来るという事はGINの応援もあるのは確実だ。  宍倉英治にいたっては「今閻魔」仁清の正義の鉄拳にぼろぼろにされて入院する始末。ゴリラの名前を聞くだけで恨み屋は震え上がる始末だ。GINになると、もう絶命請負だ。  「こうなった以上わしらは白旗を上げるしか方法はおまへん」  「あんたが勝手に白旗を上げてろよ!俺達はそういうわけにはいかねぇよ」  脩が萬田銀次郎の襟首をつかむ。外からは拡声器で警察が投降を迫る。  「人質を解放して直ちに投降せよ。もはやお前達の周囲は完全に包囲されている」  「黙れ!」  島袋がマシンガンを放つ。  「弾切れを起こすな!」  思わず叫ぶ福次朗。だが、その会話も含めて全て筒抜けになっているとは思いもしなかった。  「奴らのマシンガンの弾切れは近いようです!」  イワン・ウイスキーが無限斎に連絡する。呑が郵便物に似せた用紙に半導体を巧妙に混ぜた盗聴装置で状況は把握できた。  「ウェンディーヌ、頼むぞ!」  「待っていたわよ!」  先ほど只野と黒崎が持ってきたガスボンベ。実はただのガスボンベではなかった。このガスボンベは最初の1本目は韓国軍で採用したある切り札であった。それを投入すれば大体いちころだ。次こそが本番だ。狙いは家の飾りとして残してある煙突。まだ機能している煙突にガスボンベを発射すればいい。  「行くわよ、多くの罪なき市民を恐怖のどん底に追いやったあなた達!」  バァーン!!  ガスボンベが突然飛び込んできて暖炉内で大爆発を起こす。周囲は白煙が吹き上げ、不快なにおいが漂う。  「ゴフゴフ…、涙が止まらないわ…」  「催涙ガスだ!まさか…」  島袋はマシンガンを握る気力を完全に失ってしまった。そこにもう一つのガスボンベが飛び込み破裂する。鼻がむずむずして次第にくしゃみが出る始末だ。  「へクション!へクション!」  「唐辛子スプレー投入成功!七海!!」  「OK!行くわよ!!」  七海を先頭に鷹介、マンマルバ、吼太、一甲、一鍬が右手にバールを、左手で拳銃を持って飛び込む。仁清はそのまま突っ込もうとうずうずしている(彼は「ステゴロ」という別名があるほど肉体を武器にした戦いを得意としている)。七海は鍵をこじ開けにかかる。他のメンバーはバールで窓の破壊にかかる。そのときだ。  「石丸君!」  「えっ、何故ここに君達がいる!?」  霞兄弟が驚く。  「私たち、石丸君を追いかけて来てここまで来たの」  「そういう事だったんだ…」  リジェ、舞、なつめが驚く。フラビージョがすばやく3人を安全な場所に案内する。  「よっしゃ、大窓壊しに成功したぜ!仁さん!!」  「間抜けどもは俺に任せとけ!!」  永井仁清が部屋の内に入るなり、抵抗する島袋と奥野に鉄拳を振りかざす。二人の悪党は壁まで吹っ飛んでいく。サーガインは震え上がるサンダールをねじ伏せ、マンマルバは栞を完全に組み伏せる。脩、銀次郎、常次朗、里奈は杉下、呑、吼太が取り押さえる。仁清が容疑を読み上げる。  「お前達、桜宗吾に対する誘拐及び監禁の容疑で現行犯逮捕する!」  その瞬間、金色の手錠が容赦なく悪党どもの腕にかかる。  「サタラクタはどこにやった!?もう、逃げられないぞ!!」  鷹介が栞の襟をつかんで迫る。  「ぐ…風呂場…よ」  ゴリラ捜査員が犯罪者どもを連行していく。呑は連中の連行に加わるため、席をはずす事になった。  「くれぇ…、薬を…、黄色い馬を…」  「まだそんな事を言っているのか、お前は!?」  一甲がサタラクタをつれてくる。杉下が指示を出す。  「救急車を!医療設備の整った拘置施設に案内するんだ!!」  「何故お前は隠していたんだ!?俺達に助けを求めればよかったのに何故だ!」  「…」  「今のあなたは病人なのよ!その体を元に戻して、罪を償ってきて!!」  サタラクタの眼に動揺が広がる。  その頃、川崎のGINタワー・事情聴取室では…。  「あなたが、溝江則章さんですか…」  「ええ。職業はヴァリュー・クリエイティヴの最高経営責任者です」  広志の目の前にいた男は、溝江。そう、柊舞の後見人のような人であった人だ。  「今回、あなたは黒い手帳の事でお話したいという事で自首されたわけですね」  「私は覚悟しております。私一人の責任に済ませて欲しいのです」  溝江の顔に覚悟の表情がうかがえる。広志はうなづく。  「溝江さん、これはあくまでも自首扱いに当たります。よって、あなたの逮捕という形には至りません。また、取り調べの段階から私たちは被疑者および参考人に対して弁護士をつけるよう義務付けられております。当番弁護士が来るまで、雑談しましょう」  「証拠書類も用意してありますが」  「そうですか…。これが黒い手帳のコピーですね」  「ええ、私はマードック社長のマーク・ロンからひょんな事から受け取りました書類の中にこのようなものがあったのです。私は知り合いと相談したら、知り合いがコピーした上でこの書類を使ってロンを強請ろうとたくらみました」  「あなたはその事で責任を感じて自首を決めたのですね」  「そうですね…。元々は私の失策に他なりません」  「あくまでもあなたは自首扱いです。留置所とはいってもホテルを留置所に改造したものです。自殺防止に裂き難い布類は最小限、監視カメラがある以外はあなたの自由は取り調べ時間以外については十分確保しましょう。希望する書籍は公序良俗に反しない限り用意しましょう」  「ボス…」  青年が広志にメモを渡す。  「すみません、携帯電話は預からせてもらいますよ。もうそろそろ当番弁護士が来るようです。弁護士の方と面談をされた後、取調べを開始しましょう」  「ええ、インターネットは用意されているのでしょうね」  「特別なファイヤウォールがかけられていますが、保障はします」  「ボス、桜宗吾容疑者の身柄は確保しました。それと怨み屋連中は全員誘拐容疑でゴリラが逮捕しました」  「よくやってくれた。俺は溝江氏の当番弁護士との打ち合わせが終わり次第、彼が携えてきた資料と照らし合わせながら交友関係を把握しよう」  広志は厳しい表情に戻りながら指示を出す。  「ゴリラとの情報交換は進めてあります。ゴリラが確保した桜容疑者はどこに収容しましょうか」  「医療拘置所に収容し、薬物治療と平行しながら取調べを行う。取り調べ時には弁護士を必ずつけておくように」  「かしこまりました」  「ヒロ君!」  そこに入ってきたのは桜庭薫弁護士である。  「すみません、桜庭先生にはまたご迷惑をおかけします」  「犯罪者にも人権があるのは当たり前だよ。溝江さんとの打ち合わせは終わったよ。溝江さんが重大な事実を知っているようではなしたがっているよ」  「分かりました、すぐに入りましょう」  そのときだ。構内にいる係員全員が持っている通信機のバイブレーターが響く。  「もしもし、高野ですが。何、柊嬢が仲間達と一緒に来ているだと!?」  「そうか、君達も把握していたわけか…」  溝江、薫を挟んで広志は柊舞の目を見つめる。  この部屋には事情聴取を行う際には必ず録画されるようになっている。そうする事はGIN設置法により義務付けられてあった。  「はい、溝江さんは私たちをかばうために一人で自首したんです」  「本当ですか、溝江さん」  「みずきさんが泣いていましたよ。何であんな無茶をしたんですか!?」  広志の眼が溝江に向く。溝江は沈黙している。舞の彼氏である川島竜也が叫ぶ。  「宝条栞という女性が俺達に近づいてきて「ロンを強請ればもっと金が入る」と煽ったんだ!溝江さん、あんた一人でたたかってはいないんだ!!」  「それは本当か、川島君」  「間違いありません、私はその当時の記録をたまたまカセットテープに残してあります」  門馬が淡々と応える。柊淳一郎が溝江に言う。  「何故君一人で罪を背負う覚悟を決めたのだ!?私たちの責任でもあるのだ」  「…」  「淳一郎さん、あなたと溝江さんは師弟関係にあるのですね」  「!!」  「分かります。恐らく、溝江さんは恩師であるあなたに対する恩義から一人で責任を背負う覚悟を決めたのでしょう」  広志は優しい目つきになった。  「この事実をあなた方は私たちに伝えていただいた事実が残ります。あなた方の自由は保障しましょう、もちろんこの私があなた方の罪を背負う事にしましょう」  「!?」  「溝江さん、あなたがうらやましいですね。よき恩師にこんなに守ってもらえる仲間をあなたは持っているのですから。今から、公権力乱用査察監視機構による証人保護プログラム規定を適用する手続きに入りましょう」  「高野さん、これは黒い手帳の本体です。溝江さんのコピーと同じです」  「分かりました、これでロンの悪事を突き止める事が出来ます」  広志はうなづく。溝江たちの免罪は早くても1ヵ月後に手続きが認められるだろう。それまでは証人保護プログラム規定を発動させるまでだ。  溝江は彼らにとって相当慕われている存在だった。舞の学業支援を行ったり、竜也が大学にいけるように付きっ切りで勉強を教えたりしていた。それゆえに彼らの溝江への信頼は厚かった。  2  「鬼さんこちら、ベロベロバー!」  17歳の少年が米軍兵士を目の前にからかっている。  怒り出して駆け出す兵士達。だが、足元にロープが張られて隠されていた落とし穴に次々と落ちていく。その落とし穴にはロボットが待ち受けていた。  「食らえ、クレセントスクリュー!!」  「ブルースクリュー!!」  銀色と青い戦闘服にそれぞれ身を固めた戦士が残った米軍兵士をなぎ倒す。  「ふぅ…、エズフィトの米軍兵士はきりがないよ」  「もうすこしだ、俺達には切り札がやってくる!」  「そうだよ、キロスの言うとおりだよ、フェニックス君」  そう、ここは沖縄県が高度な自治区としていわば国交樹立権まで認められた『琉球国』の市国エズフィト。なぜかこの街が米軍に占拠されているか。そう、彼らはエズフィトの住民だった。彼らは米軍から自治権を取り戻すべくゲリラ運動を起こしていたのだった…。  「タケル、ミッション完了したぜ!」  緑の衣装に身を固めた男が笑って入ってくる。黒い服装に身を固めた青年が男にタバコを勧める。  「すまんな、ケンタ」  「気にするな、お前にはいつも助かっている」  「さすがバラバだな」  「タケルほどじゃないさ。お前の作戦はいつも成功する」  タケルの表情は普段より引き締まっている。ここはかつて沖縄県といわれていた地域、今はアメリカ、沖縄人、中華人、台湾人が中心になって共存する特別自治区「琉球国」の市国エズフィトである。  この国を作ったのはアメリカ軍を退職したネイロス大佐だった。  沖縄の中でも経済格差の大きかった地域に無関税地域やタックスへイブンを立ち上げようとエズフィトを立ち上げたのだった。この制度は日本連合共和国内でも意見が分かれる制度でもあった。その優遇された環境ゆえにアメリカやヨーロッパの企業が本社機能を移転し、福岡証券取引所が合弁でエズフィト証券取引所を立ち上げたのだった。しかも会計制度も世界で際立って厳しい精度にしたのだった。「世界の一流企業はエズフィトに進出する」と言われるほどなのだ。  だが、そんな国にアメリカが目を向けないはずがない。何よりもアメリカはエズフィトに多数の企業が本社を移転した為に税収が低下していたのだった。そこで、ベネット大統領らがワシントンの大統領関連施設に中華人のテロ組織が飛行機を突っ込んできたとCIAに事件をでっち上げさせたりしてエズフィトに傀儡クーデターを引き起こさせ、その混乱に乗じてアメリカ人の保護にかこつけてアメリカ軍を侵略させて、エズフィト自治政府の7人の高等自治官を無罪の罪で絞首刑に追いやったのであった。しかも、傀儡政権を立ち上げて無能極まりない悪政を繰り返す。更にはアイルランドの石油メジャーの一つアイルランドペトロムに冤罪をかぶせて乗っ取り屋ゴードン・ゲッコーが暗躍する始末。  これではエズフィトの住民は激しく反発する。彼らはサムソンとデビットのザンビエフ兄弟をリーダーにゲリラ組織『アイアンエンジェルス』をオーブ国王キラ・ヤマトの支援の下立ち上げたのだった。  「マッカートニー代表の政治は順調ですな」  にやりと笑うマクラーレン副大統領。  アメリカ国連大使のローゼンバークはうなづく。そう、この男は典型的なごますりである事は言うまでもない。ゲリラの連中はたいした事はないとタカを食っていたのである。  「ルイス・ロダム・マッカートニーの権力志向と、暴走したら止まらないジョージ・B・レノン、愛国心と信仰心だけのヒラリー・ハリソンなら我々の操り人形そのものですな」  「我がアメリカにとっては言う事を黙って聞いてくれるロボットであれば万事結構だ。壬生国のフクゾウ・モグロであれば我々は大歓迎だ」  ベネット大統領はにやりと笑っていた。それも無理はない。愛国心を煽って人気絶頂にあるのだ。だが、そのベネット大統領の余裕も数日後には焦りに変わろうとは誰も予想しなかった。  「サトー一佐、作戦は成功したようですね」  「皆さんの成功のおかげだ。俺は何もしていないよ」  苦笑いしながら応える男。  彼はオーブ国王補佐、シン・アスカから頼まれてオーブ義勇軍を率いていたエドワルド・サトーだった。心情は保守派なのだが、今回のアメリカのやり方は絶対に納得できない。  「素直に認めるべきだな」  そこに髪の毛の長い青年が現れた。オーブ国王直属の情報収集機関『オーブの耳』のリーダーでもあるカナード・パルスである。ハルカが控えている。  「カナード様!」  「ふん、我が弟キラにもよく諌められている悪い癖が出たな」  「いよいよお前達にとって明日から少しは楽になるぞ」  そこに入ってきたのはイガム。  「お姉さま、あの方々がこられるというのですね」  「ああ、ようやく我慢に我慢したテロリストハンター達だ」  「そして、こちらには強力な切り札がある」  イアルに姿三十朗は微笑むと東の方向に視線を向けた。  「旧CP9製薬の薬害は歯止めがかからない。よほどスパンダムの無能さが出ているな」  ディアッカは呆れながらなぎさにぼやく。  「それがリブゲートの経営陣の頭の中でしょ。稼ぐためなら殺しても構わないって言う体たらくなんだから」  「全く情けがない…」  トダカは渋い表情で広志に話す。今回の薬害は『ゴードム』。不可解な早期承認が関東連合で行われていた。何の人体臨床実験が行われないまま見切り発車で承認されたこの抗ウイルス薬、効果は確かに抜群なのだが心筋梗塞や肺機能の破壊などで多くの死者が出ていた。故に広志は捜査を水面下で進めていた。だが、この事件はかなり複雑な様相を呈していたのは明らかだった。  そう、ここは公権力乱用査察監視機構が持つ小型ジェット機にして、空中司令室『アイヴァンフォー』。広志たちは羽田からオーブに向けて急いでいた。  「時間がない、アメリカはいずれにせよエズフィトから撤収させるのは必死だが、どうやってけじめをつけさせるかが問題だ」  「ベネットを退陣させればいいじゃん?」  「そんな問題ではないさ。アメリカは大国ゆえに一人だけでは安易に動けない事情があるんだ」  「マスター、いつになったら出来る?」  「もう少し待つんだP!」  甲高い声で語尾にPとつける大男が困った表情だ。  彼の名前はマスターP。22歳のときにプラントの爆発に巻き込まれて一部サイボーグを組み込まれた。特技はコンピュータ作成である。後に彼はエズフィトにコンピュータ製造会社を立ち上げたのだが、それは蛇足である。  「ずいぶんくみ上げたものじゃな」  「サムエル様、もう少し時間が欲しいP!」  「わしも手伝わせてくれ」  そこに現れたのはザンビエフ兄弟。弟のデビットはマスターPのパソコンつくりの手伝いをし始めた。  「デビット様、僕らにもやらせてください」  「フェニックス、これはわしが頼んだ事だ。おぬしらもやるか?」  「マスターPって、よく体が頭より先に動くじゃない?不器用なんだよな」  「仕方がないっP!俺のくせなんだP!」  半袖シャツに身を固めた少年が笑う。アクアヌーンという隣の町から応援に来ているビシュヌ・ティキである。ティキは海が大好きで、泳ぎが得意なのだが、逆にからからな環境が苦手で河童とからかわれていた。ピンク色の髪の毛の少女が初老の男に聞く。  「ヒロ様の交渉はどこまで進んでいるのか?」  「シルヴァ様、私には分かりませぬ。ただ、エズフィトからアメリカの撤退は最小限実現させると明言された以上、その線は譲らないのでしょう」  「プタゴラトン、時間がないぞ!これ以上の戦いではアメリカ人とそれ以外の民族との間に亀裂が増すばかりだ!」  「あの方も不安視されておりましたからな」  ザンビエフ兄弟は険しい表情を崩さない。二人は元々台湾にあった信託銀行を買収してこのエズフィトにアジア信託銀行として移転させたのだった。その本社ビルをアメリカ軍は司令室に接収したのだった。  故にデビットは激怒した。七人の賢人の遺志を受け継ぐ若者達を育てつつ、アメリカからこの国の主導権を取り戻さねばならない。  テロリストハンターを投入した理由は簡単だった。兵士の命を奪わず、戦意や資金、兵器を奪い取る事で国際社会からの批判を抑えられる事が出来るからだった。さらにその事に賛成したのはあのソルジャーハンターといわれたメンバーもだった。  「エズフィト三賢女からの要請文を見て、僕は動かないわけには行かないと思ったよ」  「ああ。その真情は俺も痛いぐらい良く分かる」  広志の目の前にいるのはオーブ国王、キラ・ヤマトだ。オーブがエズフィト独立に協力する理由はエズフィト三賢女のナディア、メディア、ノアがキラの育ての母親だったからに他ならなかった。  キラが送り込んだ「スターゲイザー」部隊はオーブ軍で屈指の強さを誇る。壬生国に派遣されていたアウル・ニーダ、マユ・アスカ、ルナマリア・ホーク、スティング・オーグレーを中心にシンの政策補佐官を務めるスヴェン・カル・バランが所属し、その兵力は一人で10人相手にしても怯むばかりか闘志をむき出しにするほどなのだ。  「だが、今のエズフィトはかつてのベトナムになりつつある。これ以上占領を許すとアメリカにとっても傷跡が大きくなる」  「僕はその点についてニコルを通じて説得している。ソレイタルビーイングのトレーズ・クシュリナーダがベネット大統領に説明しているよ」  「彼女なら、理性ある説得が出来るからな…」  ニコル・アマルフィはキラの外交における補佐官を務める才媛である。方向性は議会が決定し、詳細は国王の責任において行われているのがオーブの特徴なのだ。故に、キラを尊敬する国民が多かったのは明らかだった。しかも、その官僚達は詳細な情報を以って議会で証人として説明しなければならない。故に議員達から代替案が出されてそれが反映されるのが大きな特徴だった。  故に、オーブにおける官僚達はおろか、議員達は料亭に行く暇すらないのが特徴である。その特徴は公権力乱用査察監視機構やゴリラにも引き継がれた。  「軍事面で言えば、アメリカにとって不利な状況が続いているな」  「ああ。関東連合からドズル・ザビ将軍が義勇兵を率いて加勢したようだね」  広志は険しい表情を崩さない。  「もう戦争の大勢は判明した。後はいかにしてメンツを保ちつつ、撤収させるかなんだ」  「そうだね。この事はウェールズのパタリロ王も同感だったよね」  「そうだな、エズフィトサイドからは和解交渉担当官にマルス・ベネットを送り込んだ。まさか親父さんと真っ向から喧嘩するとは思わなかったよ」  広志はこの戦争をやめさせるべく、イギリスのマーガレット女王やチトワンのクルト王と相談しつつ、エズフィト独立に米軍兵士の身柄を保障する事を条件に協力をしていた。そのためにテロリストハンターを招く事にしたのだった。  「ヒロの事だから、交渉は確実に進めているさ。まあ、安心だろう」  鬼壮士と言われるリトルミノスが肩を回している。アスカがぼやく。  「分かってるけど、情報ぐらいいってもいいじゃん?」  「そうはいってもいえないものもあるのよ」  金髪の女性がつぶやく。シルヴァ・マリアの双子の妹のアマゾ・アムルである。そこへ大男と女性が辺りを見ながら近づく。  「君達がエズフィトのゲリラか?」  「はい、そうですけど…」  「良かった…。案内してくれるかしら…」  「僕はV・ヤマト。ヤマトで十分だよ」  「私は天野クリスですの。きやーっ!!」  天然ボケの女性にひじで諌めるヤマト。  「ヒロは元気か?」  「はい、そりゃ元気ですよ。この前オーブにいったって話ですよ」  「オーブだと!?いよいよ和解に向けて本腰になり始めた証拠ですな」  プタゴラトンの表情に笑みが浮かぶ。モモコはお茶を入れるとうれしそうに部屋を出て行った。  「彼は本気で交渉している証でしょう。後は壬生国、ゼーラからの助っ人でしょう」  「間違いなく四聖天、四大老、真田十勇士はもちろん、京四郎四人衆は間違いなく参戦だね」  ヤマトが微笑む。四聖天は狂の部下で際立って強い4人のサムライである。文武に強い四大老と連携しながら攻める為、壬生国屈指の強兵と言われる。さらに壬生京四郎率いる鎮明、紅虎、太白、真尋の京四郎四人衆はいずれもスピードで攻めかかる為、壬生国は彼らを選抜して派遣を決めたのだった。  そんな彼らの身の回りの世話を引き受けるのがゆやだった。  「悪いな、待たせてしまっちまったな」  そこに大声で男が入ってきた。胸元には喪章がつけられている。関東連合軍で将軍職にまで上り詰めたドズル・ザビである。彼の心情は保守派なのだが、兄ギレンとは違って他人の意見には耳を受け入れないわけでもなく、革新派からも認められていた。  「ドズル、久しぶりだ!」  「でかくなったな、ヤマトの小僧!それにクリスもずいぶんベッピンさんになりやがって!!」  「その喪章…」  「ああ…。結局兄貴と俺達の生き方が違っていたのだろうな…。この前の喪黒福造殺害事件で指示していたのが兄貴だってばれて、ゴリラから取調べを受けた直後に拳銃で自殺しやがった…」  「そうだったんですね…」  ドズル・ザビは悲しそうな表情を浮かべた。  ギレンは一人娘を忘れ形見に自殺した。よほど権力を奪われる事が怖かったのだろう。その後任の議長に選ばれたのはシャア・アズラブルだった。シャアは辞退しようとしたが盟友アムロ・レイの説得に引き受ける事を決めた。シャアが議長に就任して最初に始めたのがオーブへの職員派遣であった。壬生国の派遣公務員制度をさらに発展させるべく、シャアは愛妻ラファを壬生国に派遣する事にした。末弟のガルマは千葉特別市の市長に選ばれ、リブゲートによって私物化されていた行政を元の仕組みにすべく頑張っていた。キリシアはリブゲートの被害を救済すべく奔走している。  「俺と一緒についてきた連中だが、俺よりもいい扱いにしてやってくれよ。あいつらは俺の酷な命令に頑張って着いて来やがった。食事の待遇ぐらいいい思いをさせてやってくれや」  「ところでフェニックス君は?」  「サラジンさん相手に剣道の練習中だ。あいつ、どんどん強くなってきているな」  ヤマトにミノスが答える。ミノスは夜、誰もかもが寝静まったときに真剣を振りかざして修行しているのである。  「とりゃぁっ!!」  フェニックスが大男相手に竹刀を振っている。  「いい調子だ、そのまま突っ切れ!!」  「サラジンさん、行きますよ!!」  その勢いで突っ切っていき、サラジンの面に見事竹刀は当たる。  「一本とられたな。大分実力を挙げてきたな」  「サラジンさんほどではありませんよ」  「君達はよほど高野広志にあこがれているようだな」  「そりゃそうでしょ。10年前のテロリストとの戦いで最先頭で戦ってきたヒーローなんだもん」  マーニャ(シルヴァ、アムルの末妹)がいう。  「彼らの力をヒロは認めて、その上で強くなるように檄を飛ばしたのでしょう。その後からあなたに対して貪欲に取り組み始めたのでしょう」  「ノア様、それが大きいのでしょうね」  フェニックスたちは3年前にたまたまエズフィトにトレーニングできていた広志と共同合宿をした。そのとき最後に広志の竹刀を受け止め、その強さを知った。そして、広志は「お前達は必ず強くなれる」と声をかけて帰っていった。  それからプタゴラトンの勉強の時間には貪欲に取り組む彼らの姿があった。遊びの中にトレーニングを取り入れる彼らの姿があった。  最近では力押しの戦術を得意にするマスターP も巧みに生かしながら、米軍のゲリラ戦で確実に成果を挙げてきている。挑発して落とし穴に落とし込み、催涙ガスなどで抵抗力を奪い取ってからゴム弾をマスターPが放つパターンで面白いように米軍捕虜が増える始末。  その彼らをエズフィトの農園で働かせて、食料を維持するのだからアメリカ軍はどうにも手が打てない。  「エズフィトの捕虜はどうなっているのか!?」  苦々しい表情でつぶやくベネット。  「昨日までで10000人は突破しております。兵器はもちろん、資金まで捕獲される始末です」  「しかも評判の悪いテロリストハンターがゲリラサイドに加入したようです」  「ヒロシ・タカノが裏で糸を引いたな…」  「バートレットの亡霊が!」  マクラーレン副大統領が憤っている。ジェド・バートレットは先代アメリカ大統領でアメリカと日本の関係は彼のおかげで改善され、日本は台湾、大韓国、中華連邦、ロシアと共同でアジア安全保障条約を締結するまでに来ていた。それがアメリカ単独主義を掲げるベネットによって破壊されてしまったのである。  広志はそのバートレットの教え子の一人だった。エール大学大学院に留学を希望したときに掛け合うなどして受け入れに尽力してくれたのがバートレットだった。故に、広志はバートレットの薫陶を受けていた。そんな関係ゆえに安西は広志を首相時代に政治面での顧問としたのだった。だが、その光景はあるシステムで公権力乱用査察監視機構に把握されていた…。  「さすがにマトリックスはすごい…」  公権力乱用査察監視機構・情報統括本部所属の本郷由起夫はゴリラの亀田呑とにやりと笑う。  そう、マトリックスとは公権力乱用査察監視機構が国連の協力を得て極秘に開発した盗聴衛星であった。これがあればいかなる悪党の悪事は全て把握できる。だが、その機能の高さゆえに悪用は禁止されていた。使用に際しては厳しい審査が必要だったのだ。  「ベネットは相当焦っていますね。後はトレーズ長官のダンスにのせてしまえば一巻の終わりです」  「所詮拙い男だったってわけさ」  「呑さん、後は間抜けな取り巻き連中と…」  「物騒な武器商人さ。しかもアブレラも嫌うお色気馬鹿と来た」  「もっとも、公権力乱用査察監視機構は国境を問わず権力犯罪に限って逮捕状を請求できますからね」  「まあ、悪党どもの断末魔の叫びをしっかりと見届けようじゃないか」  「なんですって!?ベネットがエズフィトから手を引く動きを見せはじめたですって!?」  大あわてする女性が受話器でがなり立てる。  「とにかくクラーケンを使って説得しなさい! その彼も何もできないというの!?」  彼女の顔は青ざめている。  「株価は間違いなく暴落請負ね。下方修正の記者会見もしなくちゃ…。それに、買収の話も早く進めなさい!」  電話を切ると息つく女性。スーツに身を固めた青年が諌める。  「エミリー、そんなに焦ってはまずいよ」  「ウィリアム、どうやらこの和解の動きは本物ね…。潰さなくちゃ!」  そう、女性はエミリー・ドーン、アメリカの武器産業最大手のドーン・エンタープライズの社長だった。そして、男はウィリアム・J・ブキャナン。世界最大手のソフトメーカー、ミクロソフトの創業者社長だった。  「司令官、ホットラインから連絡が入りました」  「分かった。私が出よう」  サムソンがデビットを制して電話に出る。  「もしもし、サムソンですが。ほう…、では、国王陛下との条件提示は決まって後はアメリカサイドの出方次第というわけですな。くれぐれも我々はエズフィトからの米軍撤収と被害回復を第一にすえておりますゆえ、その事をお忘れなきようお願いします」  電話の受話器を置くサムソン。  「兄よ、方向性としては固まったようだな」  「デビット、ようやく七人の賢者たちに報告が出来そうな雰囲気になってきたな」  その会話を聞きながらヘラ秘書が青年に話す。  「マルス様は父上の退陣要求についてどう思うんですか」  「僕は仕方がないと思う。地位あるものにはそれなりの振る舞いと同時に責任が伴う。僕はフラガ一族達と共同でファンドを立ち上げて痛いほど良く分かったよ。父はエズフィトでも壬生国でも指導者としての責任が問われる失態を繰り返した。それゆえの責任は取ってこそがアメリカ大統領としての選ばれた男としての誇りなんだろうけどね」  「ヒロがここにいるかのような意見だな」  「遠ざけていた私に頭を下げるとは本気の姿勢ですね」  「もはや、双頭の鷲も瀕死の状態だ。こうなった以上、エズフィトとの和解に踏み切らざるを得ない」  「ベトナムの二の舞を結果として踏んでしまったわけでしょう」  「……」  トレーズ、そして国連事務総長のジャミル・ニート(アイルランド出身)を目の前にうなだれるベネット。  「エズフィトからの撤収はもちろん、損害賠償としての無償支援をエズフィトは求めています。責任者の制裁までは求めていません」  「なぜ…」  「高野広志の考えですよ。彼は憎しみの連鎖を断ち切ってこそが、紛争の解決になると信じています。後は、指導者としてのあなたの責任の取り方だけが最後の鍵になるでしょう」  「……」  ベネットは厳しい決断を促されていた。  このままの情勢なら、米軍撤収でアメリカ中の批判は避けられない。来年にはアメリカ大統領選挙が控えているのだ。このままでは政権与党の大敗は避けられない。  その表情には焦りがあった…。かつての大国は今、緩やかな衰退を始めていた…。  その頃、アメリカのとある片田舎である男達が会話をしていた。中には顔に傷がある者もいて人種もさまざまである。  「はあ…。なんか面白い事になってきやがったなあ」  と日本人らしき男が首を傾げながら不気味な笑顔をする。  「浅倉、俺達の出番は近い。俺の情報網によるとエミリーなる女が誰かを暗殺しようとしているらしい。それに今、お前の故郷も混乱状態に陥っているところもあるそうだ」  と髪をオールバックに固めた男が言う。  「へへっ、やっと待望の戦争が始まるのか…」  とまるでライオンのような顔をした赤髪の男が言うと  「ひゃあーはっはっは!!もうウズウズしてしょうがねえ!!」  とまるでヘビメタバンドにいるような格好をした男が叫ぶ。  「アリーもビショップも待ち遠しいようだな。壬生国での内乱の時は俺達の出番は逃したが今度は確実につなぎをつけるぞ。あのエミリーという女にな」  「頼むぜ、リーダー。俺は金が入ればそれでいい、戦争ほど魅力ある商売はないからな」  「はあ…。俺は戦う事が好きだからな。お前もそうだろ?ビショップ」  「おうよ!俺達『ダークギース』は戦争大歓迎だぜ!!」  そう、彼等は先ほどの髪をオールバックに固めた男、ドミンゴ・カイアットをリーダーとし、数々の戦争に出向く私設傭兵師団『ダークギース』である。この師団はあらゆる兵器に精通しているプロの戦闘集団だが浅倉威のように凶悪な性格を持っていたり、アリー・アル・サーシェスやビショップのように戦争がしたくてたまらない性格といった人格に問題ある人物で構成されているのだ。その彼等はエミリー・ドーンに近づいて彼等の捻じ曲がった欲望を満たそうとしていた…。  3  「大統領、エズフィトのテロリストはまだ健在なんですよ!何故撤退なんですか!?」  スーツに固めた女が鋭く迫るが、ベネット大統領の表情は揺るがない。 そう、ホワイトハウスの面会室でドーン・エンタープライズのエミリー・ドーン社長はベネット大統領と面会していた。ベネットのそばに控えているのはトレーズ・クシュリナーダとレディ・アン・クシュリナーダ夫妻である。見かねたトレーズが割ってはいる。  「君の言い分は危険極まりないのではないのかね」  「どういう事なんですか!?」  「一国だけでは世界は成立しないのよ。そんな当たり前の姿を何故あなたは分からないの?関東連合で顰蹙を買っている涼宮ハルヒと同じじゃない?」  「あの馬鹿と同じにしないで!」  「いいや、君と彼女は同類だな。同年代でありながらこの醜い争いをなくそうと昼夜を問わず奔走した公権力乱用査察監視機構(GIN)の高野広志長官と比べる事そのものが恥ではないか」  トレーズの鋭い口調に黙るエミリー。ベネットは口を開く。  「君の用件は分かった。だが、君の意志ひとつだけでは国は動かないのだ。その事を分かってくれ…」  「分かりました、要請は受けられないという事ですね。ならば、覚えてらっしゃい!」  エミリーはそういうと帰っていった。  「そうですか、武器商人がくだらない茶々を入れてきましたか」  「この事は君に伝えておきたくてな」  トレーズは広志と英語で会話している。  「報告感謝します。では、和解に確実にベネット大統領の次期大統領立候補断念は盛り込まれましたね」  「この事を条件に君はエズフィトの民とアメリカの和解に動いて欲しい。頼むぞ」  「了解です。後は私とオーブ国王が動きましょう」  「君達はいろいろなルートで和解交渉を続けてきてくれた。私も最後まで動き続けよう」  広志は電話を切る。近くにはシャワーを浴びたばかりの美紅がいた。  「悪かった。今、件の交渉でね」  「後もう少しでしょ。大丈夫よ」  だが、そういうわけには行かなかった。  その一週間後…。エミリーの屋敷にものすごいリムジンが到着する。そこからシークレットサービスとともに降りてきたのはアメリカ副大統領のジェームス・マクラーレン。なぞの女性が屋敷へと導く。 そこに立っていたのはエミリー。マシンガンを腰につけている。  「今回の話で君もかなり驚いたようだな」  「おのれ、ヒロシ・タカノめ!!」  「それは私も同感だ。だが、いい。私は君達の代弁者になろう」  エミリーに導かれて広間に入るマクラーレン。そこに控えていたのは喪黒福次郎と実の娘であるシャロン。彼女とエミリーは親友なのだ。女四人に男が控えている。  「次期大統領閣下、我等メビウス一同忠誠を誓います!」  「コードネームマトリックス、ウィリアム・J・ブキャナン!」  「コードネームギガンテス、喪黒福次郎」  「コードネームシャドー、喪黒シャロン」  「コードネームシーサー、今帰仁チョコレート(CIA)!」  「コードネームエスタナトレーヒ、山本洋子!」  その瞬間、周囲は驚く。ゴリラから武器商人の一人として「ミス・ブラッディ」といわれ仇敵とされている山本がメビウスに加入するとは驚きである。今帰仁チョコレートの加入も衝撃である。  「なお、エスタナトレーヒは万事において優秀なため、われらが作戦を指揮する軍師として任命する。頼むぞ!」  「はい、かしこまりました。ヒロシ・タカノめ、誰にケンカ売ったか教えてあげるわ!」  「シーサーは日本国内で諜報活動を行え!」  「ははっ!!」  「コードネームダビデブ、御堂まどか!」  「コードネームゴモランジェロ、白鳳院綾乃エリザベス!」  いずれも軍服に身を固めた女が軍刀を抜く。そして広志の右腕といわれる財前丈太郎、キラ・ヤマトの肖像画を真っ二つにする。  「やつらをこのようにして差し上げましょう。我等はアメリカのため!アメリカは我等の為!!」  そう、最悪極まりない秘密結社が誕生してしまったのだった…。  「マクラーレン副大統領、次期大統領候補として共同党から立候補してください。民政党、独立党は我々の活動でねじ伏せて見せますわ」  「ぜひそうさせてもらおう。最悪の三極体制になってしまったが、必ず元に戻してみせる」  更に翌日…  そのエミリーのもとに一本の電話が入る。  「やあどうも、エミリー・ドーン社長ですね」  「アンタ誰?」  「私は…、そうですなあ、あえて『ジャウアー』とでも名乗っておきましょうか」  電話の相手は言う。  「で、そのミスター『ジャウアー』が私に何の用?」  「ヒロシ・タカノ及びオーブ国王キラ・ヤマトを抹殺したいそうで…」  「な!何でアンタそれ知ってるのよ!?」  「ハハハ、それは企業秘密と言っておきましょう。我々の情報網を甘く見ないでもらいたい」  「まさか…。『ソレスタル・ビーイング』?それとも…」  「いいえ、我々は『ダークギース』、傭兵師団ですよ。ご心配なく、この話は盗聴防止の為に秘話システムが作動しておりますので筒抜けにはなってませんよ」  しかし、エミリーの表情は強張っていた。自分達の計画を『ダークギース』が知っている事に不気味さを感じていたからである。が、彼女はあえてその感情を抑えつつ話を続ける。  「で、どうしようというの?用件を言いなさい」  「なあに、我々もその計画に参加させていただきたい。実は壬生国内乱に参加したかったのですが我々は出番を逃してしまいましてね、今度はエズフィトが不穏だというのでそのついでに貴方の計画にあやかろうというわけですよ」  「フン!要するに戦争がやりたいわけね?」  「そういう事です。 ご存知のとおり、我々傭兵は戦争があってこそ成り立っているわけです。何せ今は開店休業状態でしてね」  「……」  「出来る事なら回答を今すぐに出していただけるとありがたいですがね」  「成程、もし『NO!』といえば計画をばらすのかしら?」  「さあ、どうしますかねぇ…」  『ジャウアー』のはぐらかすような言い方にエミリーは一瞬迷ったが  「いいわ、ただし手土産は欲しいわね」  と条件付きで『ジャウアー』の提携話を受ける事にした。  「いいでしょう、我々が掴んでいる情報一切を貴方にお渡し致しましょう」  「そう、なら契約成立ね」  「よろしくお願いいたします」  『ダークギース』と手を組む事にしたエミリーは電話を切ると不快げにそしてはき捨てるように言った。  「何なのよ、アイツ等!それにしてもあの戦争屋共、どこで私達の計画を嗅ぎつけたのかしら…?」  「さて諸君、提携はうまくいったぞ」  そう、エミリーに電話してきた『ジャウアー』とは『ダークギース』のリーダー、ドミンゴ・カイアットであった。  「へへっ、まさかあの女、自分達の計画を俺達が知っているとは思わなかっただろうな」  「フッ、まさかCIAの今帰仁から情報を引き出したという事は知らない筈だ。ドリスコルが奴とは親しい間柄だからな」  ドミンゴが言う『ドリスコル』という人物もまた『ダークギース』の一員であり彼が今帰仁から巧みな話術で計画を訊きだしたのだった。無論、間接的な言い方から推測し調べたのである。  「さて諸君、あの女から計画に参加するにあたり手土産が欲しいと言ってきた。よって彼女等が標的にしているヒロシ・タカノとキラ・ヤマトに関する情報を手に入れる必要が出てきた。浅倉、ドリスコルと共に先に日本に行ってくれ」  「分かった…ついでだリーダー、手土産ならば俺にいい考えがある」  「ほう面白い、言ってみろ」  「ああ、俺の知り合いに毒物に関してプロの女がいる。そいつをあの女社長に紹介してやりたいんだが」  「それはいい、早速連絡を取ってくれ。ついでに訊くがどんな女だ?」  「その女、元々は植物学者だったのだが環境保護に関してかなり過激な発言をしていたんだ。それがもとで仕事先から叩き出されたというわけさ。おまけに金には目がないからな、俺達の誘いに喜んで飛びつく筈だ」  「それはいい、毒物に強いならば暗殺にはもってこいの女だな。あの女社長もこの手駒には喜ぶだろう…」  その一週間後…。  「美紅、わざわざここまで来てもらってすまない」  「たまにはこうしなくちゃ、息抜きにはならないでしょ。ラクスも来るんだしね」  そう、ラクス・オーブ国王妃と美紅は親友なのだ。キラが広志と親友であるように、二人も親友だった。  エズフィトホテル内に広志の姿があった。そう、ここでベネット大統領とアイアンエンジェルス代表のサムソン・ザンビエフが和解文書に調印する事になって、広志とキラが立会人として見届ける事になったのだ。  オーブからはキラ、ラクスに加えて四大将軍が参列していた。アスラン・ザラを筆頭にトール・ケーニヒ、イザーク・ジュール、ドゥエイン・ハリバートンといずれ劣らぬ重鎮である。彼らも和解交渉に必死になって取り組んだ。  「お父さん、彼が…」  「マルス、そこまでやらなくていいさ。高野です」  「君は本当に嫌な男だな」  苦笑いしながらベネット大統領は広志に握手を求める。  「今回、ここまでこじれたのは軍事産業でしょうね…。そういう意味ではあなたも被害者ですよ、ベネット大統領」  「いまさら言い訳はしたくはないさ。高野君、君は今後の世界を担う一人になるだろう…」  そう、広志が交渉の基本案を考え、キラやトレーズが修正したのが今回の和解文書になった。原案ではベネット大統領の退陣を原則としていたのだがそれを次期大統領出馬辞退に訂正し、その代わりにエズフィトへの無償支援、米軍のエズフィトからの撤退が盛り込まれた。さらに、アメリカ人との融和を進めるべく英語を公用語に採用する事、定住権の容認が行われた。その上でアメリカはエズフィトに大使館を立ち上げ、脱税のしにくい仕組みにするべくエズフィトに協力する事も盛り込まれた。その分エズフィトはアメリカに責任追及はしない事が確約された。エズフィトへの永住を決めたV・ヤマトと入籍を決めたクリスが微笑みながらベネットに駆け寄る。  「我々も多くは求めるつもりはありません。ベネット大統領、退陣後はエズフィトに遊びに来てください。我々はお待ちしますので」  「高野君、気をつけてくれ…。どうやら、君を狙う輩が出てきたようだ…」  その瞬間、広志の表情に厳しさがにじむ。  だがその和解文書が調印されていた頃、エズフィトにある米軍基地近くの酒場で不穏な動きがあった…。  「おい!そりゃ本当か!?」  「ああ、あの和解交渉は表向きで実は『アイアンエンジェルス』と名乗っているテロリスト共を一掃する為の偽装工作なのさ」  この酒場に来ている兵士達に話しているのはドミンゴが言っていたあのドリスコルである。彼は言葉巧みに兵士達を扇動する、無論この酒場には彼だけでなく浅倉もいた。  「私はペンタゴンから直々の指令をもらっている。『和解交渉で油断しているテロリスト共の本拠地を襲撃、殲滅せよ』という内容でな」  「し、しかし大統領は本気で和解しようとしているように見受けるが…」  「フッ、それだけ演技力が優れているという事よ。君達も死んだ仲間の為、そして受けた屈辱を晴らす為に殲滅しようではないか。我が祖国アメリカがテロリスト共に屈してもいいのかね?我等合衆国は世界の警察だ、その威信を貶めたままで世界を守れるのかね?」  するとドリスコルの話を聞いていた兵士の一人が立ち上がり  「そうだ!!俺はこの和解に不満があったんだ!!世界を守るんだ、この世界に蔓延るテロリスト共から!!」  と高らかに叫んだ、それにつられて  「そうだ!!その通りだ!!和解が偽装ならやってやろうじゃねえか!!」  「おおう!俺達は合衆国の兵士だ!世界の平和の為に戦うんだ!!」  と兵士達の中から声が上がった。  「よし、では諸君これからこの殲滅作戦の説明をしたい。ここではだめだな、他の所で説明する」  「基地ではだめなのか?」  「だめだ、第一これは極秘任務だ。それに基地にスパイがいる可能性もある…この近くに港があったな、そこの倉庫で説明しよう。参加したい奴だけついてこい」  とドリスコルは言って酒場を出ると兵士の大部分がついてきた。因みに彼が言っていた倉庫は彼と浅倉がねぐらとして下調べしておいた所である。無論、『ペンタゴンからの直々の指令』というのも嘘である。  「はあ、単純な奴等だな。こんな言葉にひっかかるとはな」  浅倉は兵士達と歩きながら誰にも聞こえないように呟く。しかしこの光景を同じ酒場で醒めた目で見ていた一人の米軍兵士がいた。彼は兵士達が出る前に店のマスターに金を払うと目をつけられないように店を出て基地に戻って行った…。  ここは横浜…。夜7時の港構内…。  「巣来間風介(すくるま ふうすけ)とはお前の事か」  「ああ。仲間を奪い取った公権力乱用査察監視機構は許せないんでね」  憎悪の表情でウィリアムに言う男。車の近くで二人はタバコを吸いながら話す。  「普段は横浜で官僚をしているようだな」  「ふん、怨み屋は兼業程度だったがね」  表向きは横浜市内の区役所の戸籍係に勤める冴えない公務員という巣来間は怨み屋の仕事をするのは平日の午後5時以降、土日・祝日・有給休暇時のみである。また、表の職を活かし、依頼人の情報を収集する事もある。  だが、これは公権力乱用査察監視機構設置法による権力乱用罪(私物化)に該当し、広志たちが水面下で調査しているのは言うまでもない。足元でチワワがキャンキャンないている。  「ボラン、落ち着きなさい。俺はとにかく、高野広志をやる。怨み屋として合法的な手段で復讐させてもらうがな」  「とにかく、しっかりやってもらうぞ。私は件の仕掛けを用意する。お前は高野広志の足を縛ってくれ」 「依頼金はがっぽり取るぜ」 「任せておけ」  フィアット500 に愛犬と一緒に乗り込むと巣来間は『スペードのA』のマークが入ったストラップのついた携帯電話にスケジュールを書き込む。相棒でもある荒羽天馬(怨み屋本舗横浜支店の支店長)がにやりと領収書を見せる。サングラスをかけていて、車内にはロックバンドのラモーンズの音楽が流れている。  ウィリアムは一目するとうなづく。  「妥当な額だな。高野広志を潰すのに1億くらい安いものだな」  「シェケナ!承ったぜぇ!!」  「俺と高野は方向性は同じだが、手段は違う。それゆえに衝突も覚悟していたがここまで激突されたら俺も本気でやらせてもらう」  「もし何かあれば俺が七色の声でごまかしてやるさ」  その一時間後…場所は再びエズフィト米軍基地…  「何っ!!本当かその話は!?」  「ああ、親分間違いない。俺もたまたま仲間に誘われて飲みに行ってたんだ。そこでこの話を聞いた」  「まずいですねぇ、こりゃ大事ですよ」  基地の中にある寮の一室で酒場にいた兵士ロッキー・アーミテジが親しい仲間のトマス・ノーランドとロズウェル・タラーナに酒場での事を話していた。尚、トマスは他の二人より階級と年齢が上なのでロッキーとロズウェルから『親分』と呼ばれている。  「話していたのはどんな奴だ?」  「聞いたところによるとペンタゴンから派遣されてきた仕官だというそうだが…」  「そりゃおかしいな、ペンタゴンがそんな秘密指令を出すか?それも基地司令に通さずに」  「その質問も他の奴が尋ねたがその男が言うには『もちろん伝えてある、司令も了承済みだ』と答えたそうだ」  「しかし、大統領が和解交渉したんでしょ?テレビで見ましたがあれは演技とは思えませんがねえ…」  ロズウェルは首を傾げる。  「それだけじゃない、その男には連れがいた。地元の人間らしいがどうもきな臭い」  「どうきな臭いんだ?」  「外見からして俺達と同業のような気がする、目つきもやばそうだった。もしかすると傭兵かもしれない」  「成程、基地司令に作戦計画を伝えているというのも嘘だな。とにかく司令官に急いで知らせよう、このエズフィトが血で汚れるどころか我が国の信用ががた落ちになる。だから俺はいやだったんだ、ベトナムの二の舞になると思ってたからな」  元々、トマスはこのエズフィト侵略には反対の立場だった、しかし自分も米軍兵士故に命令には従わざるをえないのでいやいやながら参加した。そして、そこで地元住民の反発を見てこの侵攻が間違いだったという事を確信したのだった。  「親分、司令は俺達の言う事を取り上げてくれると思います?」  ロズウェルが心配そうな顔で疑問に思っていた事をトマスに言うと  「その時はその時だ、エズフィト政府に話すまでさ」  とトマスは言う、彼は指揮官としては優秀なのだが軍への忠誠心が薄く、品行も良くなかったので問題行動を起こした事もあった。が彼はそんな事を気にも留めていない。  「しかしですねえ親分、我々は一兵士ですよ。エズフィト政府も…」  「ごちゃごちゃ言ってないでとにかく知らせに行くぞ!」  この時、トマスは知る由もなかった…その『アイアンエンジェルス』襲撃を扇動する人物の中に顔見知りがいるという事を…。  「エズフィト自衛隊に更なる加入者が出てきたのか」  「はい、少年少女防衛隊まで出てきましたよ」  「おいおい、それはやばすぎるよ。国連ですらも懸念を表明するさ」  広志は苦笑いしながらアキラにぼやく。  「仕方がないでしょう。ヒロ、あなたもある意味人の事は言えませんよ」  「それはな…」  かつて広志は武器を17歳のときに成り行きとはいえ手にした。手元には日刊北斗の朝刊がある。  「M資金詐欺か 銚子鉄道経営危機…。経済詐欺師はろくな事がないものだな」  「そうですね。真面目に働いてもらいたいものです」  銚子鉄道とは鉄道事業のほか、食品製造販売業、物品販売業も行う企業である。とりわけ食品では、鯛焼きや銚子名産の醤油を使ったぬれ煎餅などを製造、販売しており、鉄道事業の赤字を補うまでになっている。特に『ぬれ煎餅』については、銚子駅や犬吠駅の売店、一部の高速道路のサービスエリア・パーキングエリアのほか、首都圏を中心としたデパートや私鉄の駅売店でも販売されているほどだ。  だが、その銚子鉄道が詐欺に遭遇し、総額約1 億1000万円の損害に遭遇した。M資金(エムしきん)とは、占領軍(連合国軍)最高司令官総司令部(GHQ)が旧日本軍から押収し、現在も極秘に運用されていると噂される架空の秘密資金もしくはその話を用いた詐欺の手口で、Mは、GHQ経済科学局の第2代局長であったウィリアム・フレデリック・マーカット(William Frederick Murcutt)少将の頭文字とするのが定説である。  第二次世界大戦敗戦時の混乱期に、大量の貴金属や宝石類を含む旧日本軍の膨大な資産がマーカット少将の指揮する部隊に押収されGHQの管理下に置かれた。資産は戦後復興・賠償にほぼ費やされたとされたのだが、その後、ごく限られた日本政府の高官やアメリカ政府の関係者によって運営される秘密組織によって、その一部が管理されてきたという噂が流れてきた。その巨額の資金(1950 年代で800億円、現在では数十兆円ともされる)は、昭和26年の日米単独講和条約(サンフランシスコ条約)の締結により、その一部が日本側に返還され、一定の条件の下に秘密組織により適切と判断した個人とその団体に委譲され、保有資金が最大限有効に活用され今日に至っているといいこの資金を一定の制約の下に、非常に有利な条件(利息、返済、課税)で資金委譲を受ける資格を得た者がその恩恵に与るという。この資金の恩恵に与る有資格者には、一定の条件を満たす人格者(社会的信用、資金管理及び経営能力、地域社会における指導力、人心掌握力等に優れる者)である事が求められる。更に、この資金の有効活用に鑑み、十分なる理解力、発想力、想像力、継続力を具える事を必須となる。そして、これらの資格を証明するものとして、提供資金に見合った申込金、手数料などの支払いが事前に必要となる。 ―多くの場合、それらの申込金、手数料は提供資金よりはるかに低額に設定され、数千万円から数億円の金額である。金を用意し、仲介者に渡した場合、仲介者はそのまま行方不明になる事が多い。  それになんと千葉市長を務めていた社長が引っかかってしまい、社長は自己破産してしまい、会社までもがいつの間にか連帯保証人にされてしまったのである。これで大慌てしたのが銚子市などである。  だが、この詐欺は始まりに過ぎなかった…。そして彼等は知る由もなかった、エズフィトの米軍が不穏な動きをしている事も…。  「おいおい、やばすぎる事態になってきているぜ」  その頃、黒崎高志ゴリラ横浜署巡査部長は帝都新聞を見て渋い表情になった。柴田竹虎巡査部長が川崎署に警部補として栄転したために昇格したのだ。  「わしもこうなると打つ手がない」  今津博堂GIN顧問は苦々しい表情である。一応様々な伝手で救済に取り組み始めたのだが一向に埒が明かない。  「あんた、90歳超えてるのにいまだに筋肉隆々ってすごいよな。抗酸化性の食べ物(特に梅干し)を好むのも関係してるじゃん」  「そういってしまえばそうやな」  陣内隆一GIN関西本部副本部長が苦笑いする。捜査官としては古今の名作文学をそらんじるインテリでありながら、裏社会はもちろん権力を乱用する警察や権力者たちにも恐れられる武闘派なのだ。彼は怒りに震える時涙を流す。  「黒崎、この梅干は前からわしが欲しかったものだ。良く気がついたな」  「それぐらいゴリラは把握してるさ。もっともあんたの個人情報までは私物化できないけどね」  「そうしたらすぐ俺達の金色の手錠が待っているさ」  伊達竜英GIN新潟支局長がにやりと笑う。彼は陣内の兄貴分である。  「おお、怖っ!」  「ずいぶん軽口を叩いているな」  そこにタバコをふかして現れたのは財前。  「どうもやばい動きがアメリカで起きたらしい。この前トレーズにあっさり喝破されたお間抜けの家にマクラーレン副大統領とシャロン夫妻、それに謎の女性達が集まっていた」  「嫌な予感がする…。エミリーって女とシャロンが友人だって言うのも気になる…」  伊達がぼやく。  「お前らにとっては複雑だろう。シャロンと学友だったからな」  「そやから、俺らは止めたいんや…。学友ゆえにや…」  「同感だな…。まあ、何かあったら相談に乗るからな」  「丈太郎、俺らはシャロンに対して複雑な感情を確かに抱えている。だけど、陣内の言葉通りなんだ。俺達はプロフェッショナルだから、必ず捕まえると誓った」  「そういう意味では辛いのよね…」  バッチに綾野美奈子と彫られた女性が現れる。彼女は夫隆一の秘書を勤めている。  「美奈子、分析が終わったんか…」  「ええ…、やはり渋い結果が出てきたわ」  財前が陣内達を信頼しているのは公私混同を嫌う精神の強さだからだ。シャロンが学友だと知っても、陣内達は決して妥協はしないと断言した。その精神の強さを財前は認めていたのだ。  「ヒロ、お帰りなさい」  「悪かったな、ちょっとバボンの誕生日祝いに買い物していて遅くなった」  「翌日非番だからいいじゃない」  「そうだね。久しぶりにプールで泳ぐか」  広志は美紅に詫びるとバボンの部屋に向かった。今日はバボンの40回目の誕生日なのだ。九条ひかりがブーイングしてくる。  「お帰りなさーい!お兄ちゃん、おそいよ!!」  「すまなかった。ワインセーバーを買ってきて遅くなったんだ」  「すごい偶然!私はドンペリ買ってきたんです」  なぎさが微笑む。ほのかが続く。  「早速だから使いましょ」  「ローストチキンもついでに買ってきた。そのほかにも来ている様だな」  広志の声に反応したのかすっかり出来上がった男が絡んでくる。  「ヒロ、さすがだねぇ。俺なんかまだまだ行けちゃうよ」  「蓮先生、もう出来上がっちゃってますよ。無理ですよ」  「ごめんなさい…。うちの旦那がすっかりバボンさんに乗せられちゃって…」  四宮ひかり(九条ひかりとは別人)が困った表情だ。バボンが入ってきた。  「かなり派手に出来上がったようだな…。コーヒー飲んで酔いをさませって」  「すまんすまん」  蓮とバボンは10年前から仲良しなのだ。バボンはコーヒーを入れるのがうまく、そのほかにも様々な薬用酒を持っていた。ロボット(とはいっても生身の肉体に二割機械を入れている)のくせして酒にはめっぽう強いのだ。ほのかが不安そうに聞く。  「四宮さん、トイレ大丈夫?」  「最近は大丈夫よ。ありがとう」  彼女は胃腸が弱く、トイレが近かったのだが蓮が中学2年からかばい続け、支え続けてくれた。その想いがいつしか、蓮への愛に変わっていき、蓮が壬生国に移住した後に結婚したのだった。  「ずいぶんにぎやかなパーティーだな」  「それが、ヒロのマンションなんです。俺も最初は戸惑いましたけどね」  シロッコに話す千秋。バボンは今度は野田恵を相手にまた一杯交わしている。理央、シロッコはど派手ぶりに戸惑っている。  「ヒロ、まだまだ大丈夫だろ?」  「いや、ちょっと勘弁してくれ」  困っている広志にほのか、なぎさが押さえ込む。コーヒーにウォッカが注がれる。  「分かった、これで今日は最後だから」  「しかし、ヒロのおかげで今日の俺達がいるんだな…」  しみじみというバボン。バボンはクローン人間として生まれてきた。政治家に心臓や腎臓、肝臓などの臓器を提供された後に安楽死される運命にドン・ドルネロが憤慨して心臓などの機能を機械で代用する形で救ったのだった。それがきっかけでドルネロは人工臓器開発に乗り出したのであった。  「俺こそ、バボンのおかげで今こうしていられる。バボンは絶えず頭の回転が速く、俺の気がつかない場所まで問題点を指摘してくれる。本当に助かる」  「俺達のような人間が生み出されないようにする…。本当にそれだけ今は祈っているさ」  「ああ。とんでもない『奇跡の子』だからな」  バボンはクローン人間をなくすため、細胞加工技術の技術支援を呼びかけている。実はバボンの奥さんもクローン人間だったのだ。その彼女を家に引き取り、子供まで生まれるまで幸せをつかんだのであった。  だが、そうそういい事態とは行かなかった。広志の携帯電話の着信メッセージが鳴り響く。  「ビーッ、ビーッ、エマージェンシー!!エマージェンシー!!」  「何か悪い予感がする…。はい、高野ですが」  「ヒロちゃん、私、芳香だけど、大変な事になったの。明日出来るだけ時間を作ってくれない?」  「何の事で?」  「ほら、あの薬害『ゴードム』!それでとんでもない事をやらかした人が今来ているのよ」  「えっ、何だって!?」  「スパンダムに頼まれてデータを盗んでしまったのよ。言葉巧みに乗せられて…」  「まずい事になってしまった…。分かりました、俺のほうから埋木法律総合事務所に連絡します。これは企業犯罪専門の弁護士でなければ処理できない問題ですね」  「ごめんね、明日魁や由佳ちゃんと一緒に来るから、時間作ってくれない?」  「いくらでも、明日なら非番ですから」  「良かった…。じゃあ、明日までに資料を作るから待ってて!」  電話はすぐに切れた。広志は険しい表情である。  「ヒロ、薬害の事ですか?」  「ああ…。サクヤ、君は明日ここにいて欲しい。ウルフライ、君はゴリラの薬害担当の部署に連絡を取り、あさってスカイタワーに担当者を呼ぶよう調整をしてくれ」  「アイアイサー!!」  鬼丸光介(通称ウルフライ)は手をさするようにうなづく。この男、普段はふざけてゴマばかりするのだが、イザというときは動く。広志はその良さを認めていてなぎさの部下にすえたのだった。  「ヒロ!とんでもない事になってしまったようだな!!」  「センさん、それにウメコさん!」  「ウルフライから連絡を受けてここに駆けつけた。あのゴードムがどうやらとんでもない代物だったようだな」  「ええ。でも、すみませんけど二人とも『特強』の身分を伏せておいてください。彼女達が萎縮します」  広志はあの後、近くのコンビニで酔い覚めのドリンクを購入して服用したため事なきを得ている。美紅も服用しているためいつもの元気な表情である。  「昨日俺達はホージーや彼女と一緒に食事に出かけていて、その帰りにウルフライから連絡を受けたんだ」  「ウルフライも頭がいいよ…。ヒロ、本当に恵まれているじゃない」  そのとき、チャイムが鳴る。広志はすばやく窓口に出る。  「高野ですが」  「俺達だ!ヒロ、すぐに来てくれ!!」  「バボン、行くぞ!」  「了解!!」  玄関前まで走る二人。魁、由佳、芳香に連れられて四人の少女達が待っていた。一人はパソコンの入ったケースを持っている。  「何か切ない表情だな、ヒロ…」  「とにかく彼女達から事情を聞かない限り話は進まない…」  「ヒロ、彼女達をつれてきた!!」  「分かった。俺が高野だが…、君達が…」  「お願いです、私たちを助けてください!!」  そういうなり四人の少女たちは広志の胸元に駆け寄り泣き崩れる。  「かなり危ない話なのは間違いないな」  「芳香姉ちゃんもびっくりしたんだ。これはすぐにヒロに頼むしかないという話になったんだ!!」  「分かった、一応ゴリラには連絡を取ってある。また、弁護士の手配も完了した。刑事民事両面から対応しなければならない」  そこに駆けつけてきた男女2人組。  「ヒロさん!」  「埋木君、百関さん!」  埋木慎吾は弁護士であり、助手の百関みゆき(通称百目)とパートナーを組んでいた。みゆきの視野は広く、慎吾の気がつかない視線から鋭くアドバイスする。二人とも広志の後輩に当たる。  「何だって!?スパンダムに頼まれてゴードムらしき資料をハッキングして奪っただと!?」  霧生満の涙が止まらない。広志は魁と由佳が話を聞いて纏め上げた資料を見ながら話を聞いている。センは驚きを隠せない。  「このハッキングソフトか…。まるでイギリスの情報収集機関がもつ『ゴールデンアイ』に匹敵する恐るべきソフトだな…」  「『ゴーヤーン』…。これなら、どんな暗号ソフトも破れるの…」  「なあヒロ、『ゴールデンアイ』って…」  「魁、十五年前の事だ、イギリスの諜報機関MI6があるテロリスト組織を追っていた時に問題となったハッキングソフトさ。あの事件の後、何でもこのソフトの情報が流出したという話は聞いていたが…」  慎吾は広志と厳しい表情を崩さない。ウメコが聞く。  「君達はスパンダムから依頼を受けた際、その場所に誰がいたの?」  「氷室さんって人…。背広姿の男の人が二人いて、秘書の人もいた…」  「じゃあ、本来のゴードムはそれ以上に危ない代物だったというわけか…」  「本当の名前はゴーレム…。クリプテックスという入れ物に保護されていて、EMETという合言葉がなければ開けられなかった…」  「まさか、じゃあ…」  みゆきのなかである一つの考えが浮かぶ。魁が険しい表情で拳を怒りで握り締め、つぶやく。  「それに、政治家が絡んだ事件である事は間違いない…。何という事だよ…」  「ヒロ…」  「近々、俺はゼーラに向かわねばならなくなった…。渋い事だ…。君達の身柄を証人保護規定で保護しなければならない。それも、今すぐに!」  サクヤが証人保護手続書を四人に差し出す。この文書に調印してから1ヶ月間は公権力乱用査察監視機構が保護し、その後は証人保護規定法に基づき警察軍が保護する規定なのだ。  「ガジャ博士は厳しい方法で情報を保護していたが、君達はあっさりと破ってしまった。それはそれでガジャ博士も失敗だったのだ。だが、君達は自らの犯した罪の重大性を分かっているようだ…」  「ヒロくん、だから力を貸してあげて!」  芳香が由佳と一緒に頭を下げる。バボンが四人を慰める。  「お前さんたちは加害者かもしれないが、巻き添えを食った意味では被害者なのさ。ヒロは本気で助けてくれる。安心しろ!」  「頭を下げなくても、俺はやりますよ。むしろ君達よりも本当に許しがたいのは金の為なら殺す事も躊躇わないスパンダムとそれに群がった政治家連中だ…。奴らが真相を棺桶まで持っていけないようにするのが我々GINの存在目的だ…。絶対に暴き立てて見せる!」  「では、この絵をこの場所にある私の事務所にお願いできますか」  礼儀正しそうな男が画商であるミケラ・フォン・シューマッハを訪れていた。  ミケラは半信半疑である。なぜならこのギャラリーの絵画は決して安くはない。大野アスカが『飛鳥庵』に名画を購入した際には2年契約でのローンで購入したのだ。だが、想像以上の集客でローンは前倒し完済された。それほどこのギャラリーの扱う絵画は超一流なのだ。  「では、現金払いという事でよろしいでしょうか」  「今携えております。一千万円ジャストで!」  ミケラは商品一式を引き渡すしか方法はなかった。しかし、目の前にいる男がゴリラの黒崎高志捜査官の仇である御木本巽とは知らなかった。  そして、御木本は新たなたくらみを胸に秘めていた…。  「ええっ、あの赤富士が売れたの!?」  リジェが驚いている。彼女は叔父に当たる工藤瑞穂を訪れて川崎に来ていた。その知り合いがミケラ達だったのである。  「そうなんだよ、ありえない話でね」  「しかし、妙な話じゃないか。配送代金も含めてジャスト一千万円を払うなんて…」  ヴォッファ・レストン(作曲家)が首をかしげている。  「契約書には何の不備はないわね。でも、気になる事が一つあったわ…」  「あの折り鶴の事…?折り鶴だって!?」  行政書士の鈴木春美(夫の竜次は司法書士で公権力乱用査察監視機構とプロ契約した、双子の娘でユカ、リカがいる)がシバトラと顔を見合わせて青ざめる。リジェが聞く。  「どうしたの、シバトラさん」  「その人、初老の男だった?ミケラさん」  「ああ、身なりはしっかりしていたな」  「間違いない、まさかこの人?」  シバトラの通信端末もかねたPDA(ゴリラ特製警察手帳も兼用)には重大犯罪者で指名手配中のリストの男として『御木本巽』が上がっていた。  「そいつだ…。まさか…」  「何だって!?御木本が川崎をほっついているだと!!」  普段冷静な黒崎が思わず興奮する。  「黒崎くん、気をつけて!君の仇だって僕も知っているけど、冷静に対処して!!」  「分かってるさ。あんたに言われなくたって俺は知ってるさ」  「とにかく何を考えているんだろうか…」  「とにかくろくな事は考えていないのは間違いない…」  二人の表情は普段より険しくなっている。  「氷柱、川崎はもちろんその周辺全体で口座で奇妙な動きをしているのがあれば把握してくれないか」  「任せといて!」  氷柱は腕元で甘えていた黒崎の愛猫を渡す。すぐにシバトラに甘える黒猫。  「しかし、相変わらず動物に好かれやすいな」  「よく美月ちゃんに言われるよ。五月にもね」  シバトラは胸元にかかっていたロケットを見せる。父親になっても童顔でひげが生えないのは相変わらずだが、父親としての顔は随所に見えている。5歳になった一人娘の五月を本当にかわいがっているのは一目見て分かる。  最近では母親の美月に似てきていて演技がうまくなってきている。  「久世君、我等がクライアントから連絡はあったか?」  御木本は久世留美子に確認を取る。  「バックスポンサーも含めて今のところ。でも、相当ヤバイ状況ね…」  「こちらは資金繰りは順調だな。五木島、あの絵画はうまく運んだな」  「アイアイサー!!」  太った男が御木本に頭を下げる。  「では、成功報酬として500万円を渡そう」  「ありがたいでっせ。では…」  「ギャンブルは禁物だ。分かったな」  「はいーっ」  五木島薫は頭を下げる。この男はギャンブルジャンキーだったところを御木本に拾われて悪事の片棒を担いでいた。日本各地を回って詐欺を働いていたが、ロンに雇われる事になったのである。  「あんたみたいなギャンブラーは苦手やな」  「あんたにいわれとうないわ」  五木島に噛み付いたメガネをかけたちび。このスーツを身につけた四十歳代の男の携帯電話にはなぜかねずみと亀、リスのキャラクターのストラップがぎっしりついている。  「山上、件の鉄道から回収後、次のターゲットはどこにしたか」  「検討中や。やけど、ゴリラが動いておるわ」  「しかし、よくあんたが我々の仲間になってくれたものだな」  闇医者の遠藤礼次郎がにやりとする。この男、マゾヒストであり、闇社会の医者として凌ぎに繋がる仕事ばかりする。ちなみにあの黒杉の自殺未遂に繋がる奥歯に毒物を詰め込んだのはこの男である。日本最大手の流通業イアンドーの副社長を務めるのが山上達夫である。  「松谷、後始末は終わった?」  「バッチリよ。後は千葉の事務所はわざとポチャらせてホームレスは逃亡資金を与えてバイバイさせたわ」  松谷澄奈はシャアシャアと鈴本由夏にいう。西原澄江が戒める。竹内がゴリラに落ちたが何とか彼女は逃れて新たな組織クラヤミクラブに移ったのである。  「油断大敵よ。ゴリラが動き出したという事は公権力乱用査察監視機構まで動き出した証拠よ」  「もし、そうなったらこちらはフロスト兄弟にお願いしよう…」  そう、彼らのスポンサーはあの最悪極まりないフロスト兄弟だったのである…。  その頃アメリカでは…  「どうしても辞めるというのか…」  「はい、大統領」  ベネット大統領は国防総省(通称:ペンタゴン)の高官であったノーマン・キング・ベイツと会っていた。ノーマンが辞表を提出し、エズフィトに渡るという話を聞きつけ、彼をホワイトハウスに呼んだのだった。  「あれは君のせいではなく、ひとえに大統領たる私の責任の筈だ。それなのに何故君が辞める必要がある?」  「確かに今回のエズフィトの件は大統領、貴方に責任があります。ですが例の『ダークギース』にペンタゴンが利用された事とあの騙し討ちに等しい襲撃を防ぐ事ができなかった事に関しては私も同罪です」  「あれは『ダークギース』という傭兵達が起こした事ではないか、それに君には次期大統領候補としていや私の後継として期待しているのだ。私一人が罪を背負えばよい」  「ありがとうございます大統領、ですがもう決めた事です。エズフィトに行き、私なりの償いをしたいと思います」  「決意は固いようだな…」  「はい…」  ベネットは数秒間瞑目しながら黙っていたが  「分かった…残念だ、君ならば我が合衆国をうまく導けると期待していたのだが…」  とノーマンを引き止めるのを諦めた。  「…それでは失礼いたします」  とノーマンは敬礼をすると執務室から出て行った。  「大統領、よろしいのですか?彼は優秀な人物です、彼を手放すのは…」  と執務室にいたターナー補佐官が言うが  「…無理だな、彼の決意は固いのは今見たとおりだろう。それよりも補佐官、エズフィト行きの手配はできているのかね?」  とベネットはエズフィトへの公式訪問の段取りをターナーに尋ねる。  「はい…しかし今回の一件でエズフィト市民は怒っております。暗殺も起きかねませんが…」  「よい、その時はその時だ。あえて殺されようではないか、自ら十字架の刑に服した主のようにな」  「大統領!!それでは…」  「分かっているよ補佐官、それでは報復の応酬になってしまうな。しかし、だからこそ行くのだ。愚かな争いに終止符を打つ為に…」  一方、ホワイトハウスを出たノーマンを待っていたのは弟のジョンだった。  「…兄さん、これでよかったのかな?」  「ああ、かまわないさ」  「でも兄さんだけでも残って欲しかったよ。兄さんは…」  「ジョン、お前も大統領と同じ事を言うんだな」  「当然じゃないか!兄さんはベイツファミリーの期待の星なんだよ!何も辞める事はなかったんだよ、大統領になってからでもあのエズフィトの人達に償いができるじゃないか!何の為に俺が辞めたと思っているんだ!?」  ジョンもまた今回の襲撃の件で責任を感じ、軍を辞めたのだった。  「ありがとうよジョン、お前の気持ちは嬉しいよ、お前は小さい頃から兄である俺を思ってくれていたな。だがもういいんだ、これは自分で決めた事だからな。例え、俺が大統領になったとしても俺は自分の中にいる神に対して良心をそむき続ける事になる。それだけはいやだ」  「…兄さん」  「とにかく兄弟揃って軍を辞めたんだ、気持ちを新たにして一家で行こうじゃないか。お前も行くんだろう、エズフィトに」  とノーマンが笑顔を見せながら弟に言うと  「ああ、そうだな兄さん」  とジョンも笑顔を見せながら言った。二人はエズフィトの国家再建に貢献し、後にノーマンはエズフィト国家主席に就任する事になるのだが、それはまた別の話になる。  「焦ってはいけませんね…」  根岸は厳しい表情で白鳥英輝(日動証券社長)に話す。  今、彼らは夫婦を挟んで会食をしている。彼らは金融持ち株会社の経営統合で大筋合意に達し、後もう一つの話をしていた。根岸と三島は「日動あおいフィナンシャルグループ」顧問に退く事を決めていた。一応大株主である事だけでもまだましである。  「経営統合の話は決まりましたけど、銚子鉄道の経営再建はどうしますか」  「地元銚子市からの要請でしょう。まずは地元財界の盛り上がりはどうですか」  「署名運動がありますね。それも私が驚くぐらい全国からも集まっています」  若松美果がいう。彼女も日動証券の大株主として今回の経営統合に賛成しているのだ。  「食品事業の強化は必須でしょう。それと、鉄道事業に関連してホテルはどうでしょうかね」  「ホテルですか…」  白鳥の頭の中にある一つのホテルチェーンが経営者を探しているのが思い出された。そうなると、そのホテルチェーンと銚子鉄道、地元の食品産業を経営統合させるのがベストだ。  「この醤油、おいしい醤油なんです。良く家でも使っていますよ」  「へぇ…、江戸前醤油という名前ですか…。なるほど…」  根岸は隣に座っていた三島に目配せする。三島はすぐにネット端末を取り出してリサーチを始める。  「なるほど、それならうまく行きそうな組み合わせだな…」  エズフィトでは…  「畜生!!米軍の奴らめ、あんな騙し討ちしやがって!!」  「そうだ!!和解と言いながら基地を襲撃しやがって…あれで何人仲間が死んだと思ってやがるんだ!!!」  『ダークギース』の話に乗った一部の米軍兵士達に襲われた『アイアンエンジェルス』基地でエズフィト兵士達が騒いでいた。無理もない、米軍が和解に応じながら兵士を差し向けて来た事に憤っているのだ。  「今度だってそうだ!!どうせまた騙し討ちするんだろ!!」  「そうだ、そうだ!!また嘘に決まっている!!」  「復讐だ!!今からでも遅くはない、米軍基地を襲おう!!あいつ等が俺達にやった報いを受けさせるんだ!!」  「そうだ!!やろうじゃないか!!でなければ死んだ奴が浮かばれねえ!!」  「オオーッ!!」  兵士達がそう叫ぶや否や各々武器を手に取り、トラックやジープに乗って米軍基地に向かおうとする。しかし、彼らは基地の正門前で止められた。  「テメエ等、どこへいく?」  彼等を止めたのは同じ『アイアンエンジェルス』所属兵士の一人、ロロノア・ゾロであった。彼だけではない、彼と傭兵時代からの仲間であるクラウド・ストライフとハル・グローリーも正門前に立ちふさがっていた。  「どこへって決まってるだろう!?復讐しに行くんだよ、米軍の奴等に!!」  「馬鹿野郎!!テメエ等、また戦争を蒸し返すつもりか!!いい加減にしやがれ!!」  「何言ってるんだ、そこを退いてくれ!!俺達は奴等を信用できねえ!!」  「まだ分からねえのか!!あの米軍は『ダークギース』って奴等の話に乗った連中がやった事だ!!それに襲撃に参加した連中は米軍側で処罰すると言っているんだ、こんな事をやる必要はねえ!!」  「ゾロの言うとおりだ、俺はかつて愛した女性を『ダークギース』に殺された。本当に憎むべきは『ダークギース』であって米軍ではない」  とクラウドも兵士達を説得する。が  「…やっぱりアンタ達、所詮は元傭兵だな」  「何!?」  「そうじゃねえか、アンタ達は外から来た連中だ。仲間を失った悲しみなんかこれっぽちも分かっちゃいねえんだ。そんな物、戦争を仕事にしていたアンタ達にとっては何も価値ねえんだろ」  「そうか、俺達の事をそういう風に思っていたのか。テメエ等の気持ちを俺達が分かってねえというなら当たりだな。誰が分かるか!あの連中と同じ事をしようとしているテメエ等の気持ちなぞ!」  「ああそうかよ!!それでも俺達は行くぜ。もう一度言う、そこを退け!!」  「やなこった!どうしても行くと言うなら俺達を殺して行くんだな」  「ああ、やってやろうじゃねえか!!」  エズフィト兵士達はゾロ達三人に向けて銃を向ける。一方の三人も戦闘体制をとり、一触即発の状況になる。そこへ  「おい、お前等何やってるんだ!!味方同士で殺し合いなんて馬鹿げてるぞ!!」  と横から男の声がした。  「!アンタは!」  その場にいた全員が声のした方向に向くと三人の米軍兵士が立っていた、そう『ダークギース』の襲撃をこの基地とエズフィト政府に知らせたトマス・ロッキー・ロズウェルの三人である。  「今の話を聞かせてもらった。お前達の気持ちなら俺はよく分かる、どういう理由であれ襲撃したのは俺達米軍だ。例え『ダークギース』の連中に騙されていてもな」  「……」  「そ、そうですよ。それに僕達は最初からこの国の侵攻に乗り気じゃなかったんですよ。だ、第一…」  「ロズウェル、その続きはやめておけ。俺も親分と同じ気持ちだ、俺は『ダークギース』が仲間を扇動していた時にその場に居合わせた者だ。今でも思う、あの時何故仲間を止めようとしなかったのか…。今更許してもらおうなどと思っていない」  「コイツの言うとおりだ。だがな、その罪を俺達で償いたいんだ。頼む、自分達でやってしまった事は自分達で後始末をつけさせてくれ」  トマスは両手を合わせて拝むような仕草をして彼等に懇願する。  「…しかし…」  「俺もだ、親分いや俺達の頼みを聞いてくれ」  「お、お願いしますよ。ね、か、彼だってこうして反省しているんですから」  ロッキーもロズウェルも彼等に懇願する。すると、兵士達の間でざわめきが起こり、話し合いが始まった。  「…どうする?」  「どうするって言ってもなぁ…」  「おい、お前等仲間の無念を忘れたのかよ!?」  「しかし、あの人達は恩人だぜ」  「何言ってる、米軍じゃねえか!アイツ等も!」  「でも嘘言ってるように思えないし…」  と話合っているうちに  「…俺やめる。こんな事しても無駄だからな」  「俺もだ、こんな事しても死んだ奴等は生き返らねえしな」  と一人また一人と銃を下ろしてトラックから降りる兵士も出てきた。が  「馬鹿野郎!!お前等の気持ちはその程度のものかよ!?仲間がどんな気持ちで死んでいったか知ってるだろう!!畜生!!こうなったらお前達から血祭りにあげてやる!!」  とまだ納得しない一部の兵士達がトマス達にも銃を向けた。その時、  「やめなさい!!貴方達、ゾロやその人達の言ってる事がまだ分からないの!?」  と今度は反対側で女性の声がした。  「アムル…」  兵士達に向かって叫んだのは彼等と共に戦ってきたアマゾ・アムルであった。彼女にはマーニャと言う妹がいて彼女も一緒に戦ったのだが国連による停戦勧告の際、仲間のフェニックスが『ダークギース』に狙われたところを彼女がかばって銃弾に倒れたのだった。  「お願い、もうやめて。こんな馬鹿な事…」  「何言ってるんだ、アムル。お前の妹だってアイツ等に殺されたんだぞ、一緒に来いよ!お前だって米軍の連中が憎いはずだ!!」  「その気持ちが無いとは言わないわ!!私だって…悲しいわよ…でも…でもね…フェニックスをかばって死んだ時、マーニャはこう言ったわ『終わったんだ… これでやっと私達は自由になれる…エズフィトは平和になる…』って…。その言葉に…憎しみの感情は一つも無かったのよ。今の貴方達を見てマーニャがどういう気持ちでいるか…どういう気持ちでいるか想像してみなさいよ!!」  アムルは必死に悲しみをこらえ、涙を流しながら兵士達に叫ぶ。  「…し、しかし…残った俺達の気持ちはどうなるんだ!?それに死んだ人間の気持ちって言うけれど『仇を討ってくれ』って言ってる奴等だって…」  「じゃあ、仇を討てばその人が浮かばれるって言うの!?違うわ!!貴方達は『死んだ人間の為』って言ってるけど自分達の気持ちを死んだ人達に押し付けてるだけじゃない!!それで死んだ人達が喜ぶと思って!?そ…それも分からないって言うなら私もそこの米軍兵士と一緒に殺してよ!!こんな…こんな…争いが繰り返されるくらいなら死んだほうがましよ!!」  「…そ、そんな…」  更にそこへ  「な!?お前達一体!?」  とフェニックスもその場に駆けつけてきた。  「ゾロさん、これは一体…」  「おう、フェニックスか。この馬鹿共、米軍に復讐すると言って襲撃しようとしてるんだ」  「何だって!?何て馬鹿な事を!!マーニャの言葉を忘れたのか!!」  「……」  「とにかく銃を下ろせ!!それでも行くと言うなら俺も相手になるぞ!!」  「やめてフェニックス!!もういやよ…こんな…こんな憎しみの…応酬なんて…たくさんよ」  アムルはそう言うとフェニックスに抱きつき、泣きじゃくった。  「テメエ等、アムルの気持ちを考えた事があるか。それでも分からねえ奴はここを出て行け!軍隊というところがどういうところか分からねえ奴は『アイアンエンジェルス』にいる資格はねえ!!」  ゾロがそう叫ぶと残りの兵士達全員が銃を下ろした。彼等の中にはアムルと同じように泣きじゃくっている者もいた。その光景を見てトマス達がぽつりと言う。  「やっぱり虚しいもんだな…戦争ってやつはよ」  「ああ」  「ホントっすねぇ…親分」  「ボス、溝江さんの免責が確定しました」  「そうか、本人には通知したか」  「はい、僕のほうからしました」  野上良太郎はうれしそうな表情だ。  溝江の免責は彼がロンの黒い手帳を公権力乱用査察監視機構に提出した事が認められて決まった。しかも、溝江はあるもう一つの決心をしていた。  「先ほど奥さんと一緒に来ていました。良かったですね」  「君も妻帯者だからな…」  覚羅に目配せする広志。サーガインが苦笑いする。  「だが、何故ここまでわれらの自由を許すのだ?」  「捜査に支障がないからですよ。それに、指揮系統は言葉遣いでは揺るぎません。それに、あなたの礼儀の正しさは娘さんや(彼女の旦那さんの)鷹介を見て分かります」  「あの人物発見伝にうっかり話してしまった野々宮ノノさんですが、どうなっているんですか」  「彼女はとりあえず我々が保護している。一応婚約者がいるが、彼と一緒に我々の施設に移し、彼はそこから事務所詰めで働くように調整させてもらった」  ノノの婚約者である天津暁は人気俳優の長瀬優也のマネージャーである。ちなみに長瀬の妻なのがあのイヴァン・ニルギースのプロデュースを受けた事もある実力派歌手・中原明奈である。  「ボス、来客者が四人おらっしゃいます。準備は出来ました」  「了解、ではヘリポートに移動する様に」  広志はこれからゼーラ帝国とオーブにある科学アカデミアに出張する事になったのである。  「遅くなりました!」  美翔舞が詫びる。  「いや、君達は早く来てくれた。身なりはしっかりしているね」  「はい!」  ディアッカが連絡をしていたがにやりと笑う。父タッドがオーブ近くにある科学アカデミアでガジャ博士の補佐を務めているのだ。  「親父は今日休みで、ピンチヒッターがサポートに入っているようだぜ」  「親父殿は調整されたようだな」  「ああ。ヒロによろしくって言ってたぜ」  「近々訪問しよう。普段の恩義に応えるべくな。頼みます、南雲姉弟!」  「任せといて!」  女性がにこりと微笑む。南雲茜と南雲隆之という姉弟ヘリコプター操縦士だ。  「行くぜ、スカイホーク!!」  「何だって!?M資金の主役が御木本だと!?」  丈太郎は驚きを隠せない。  一応存続困難だった銚子鉄道の経営再建として、しょうゆ最大手の日本醤油子会社の江戸前醤油、中堅ホテルでレストランも併設しているプリンセスプラザ、銚子鉄道の3 社が江戸前食品と持ち株会社を設立し、その下で合併再編する事で経営再建に乗り出す事が確定した。社長にはあおいフィナンシャルグループから三島が就任する事が決まった。しかも、再編後は江戸前醤油、江戸前食品、江戸前レストランとプリンセスプラザと銚子鉄道の運営を引き受ける「ちょうてつ」が設立され、鉄道の近代化も進められる事になった。合併後に債務を一括で処理する事も確定したのだった。  プリンセスプラザにとっては進出しているレストラン部門の強化が図れるほか、銚子鉄道を買収する事でネーミングバリューの獲得にも繋がるのだ。しかも、後継者は江戸前醤油の経営陣がいるのだから安心である。  「危ない状況になったわね…」  「まあ、銚子鉄道の経営再建にめどは立ったがこのままでは第二の被害が発生するぞ」  財前潤子は険しい表情を隠せない。黒崎は鋭い表情のまま目を閉じている。腹をめくるとじんわりと傷跡が残る。  「俺の親父は…、あいつに騙されて財産を奪われた…。そして、家族を巻き込んで心中したんだ…。その時の傷がこの跡だ…」  「そうか…。だから、お前は全ての詐欺師と戦うと誓ったのか…」  「ああ。ゴリラの一員として、全ての白鷺赤鷺を食い尽くす黒鷺として戦うとね…」  「怨み屋はどうなっているんだ?」  「とりあえず公権力乱用査察監視機構から安西さんが一人完オチしかかっている奴に当たっている」  「安西さんなら落とすのがうまいからな」  数日後、場所は再びエズフィト…  この地にベネットは再び降り立った。和解交渉後に起こった襲撃事件に関して自らがエズフィト市民に対し謝罪をする為にである。市内の雰囲気は物々しく、彼が乗ったリムジンに向かって市民がアメリカを非難する文を書いたプラカードや幕を掲げたり、中には石や卵まで飛んでくるという有様だった。尚、彼が向かったのはあの襲撃された『アイアンエンジェルス』基地である。最初は双方の外交官の間で和解文書が調印されたホテルで行うと決まっていたのだが彼が被害にあった兵士達に直接謝罪したいという意向があり、この地に変更されたのだった。  尚、この基地には高野広志の他、オーブ国王キラ・ヤマト、ラクス王妃、『ソレスタルビーイング』司令官トレーズ・クシュリナーダ、エズフィト市長ネイロスも参列、更に警備には大統領専属のSPだけでなく、先の襲撃事件を収拾させた国連直属特別平和維持軍『クロスボーン・バンガード』が不遜の事態に備え、当たっていた。  ブーイングの嵐の中、ベネット大統領は壇上に登る。  「やい、お前達は自分達の為なら平気で騙し討ちするのか!!」  「そうだ、何が和解だ!!平気で破りやがって!!」  「そうだ!!何とか言え!!」  こうした野次が飛ぶ中、彼は群集が静まるのをじっと待った。その間にも群集の中にいたフェニックス達のような冷静な人物が騒ぎを鎮める。壇上では広志が厳しい声で注意を促す。  「落ち着くんだ!君たちのこの国への熱い思いは私も同感だ、だが今は憎悪を捨てるんだ!!」  「勇敢なるエズフィト兵並びにエズフィト市民よ!私は今回の襲撃事件に関し、全ての責任がこの私にあった事をこの場で認める事をここに誓う」  静まったところでベネットは群集に向かって謝罪の言葉を述べ始めた。静かになった群集には彼の声だけが響き渡る。  「そもそもの発端は我が合衆国がこの日本連合国に対し、影響を与えんが為に『正義』の名の下に侵攻した事だった。だが、今回の事で私はその『正義』というものがいかにあやふやで利用されやすいというものかを思い知らされた。いや、大統領たるこの私でさえ『正義』というものを利用していたのだ」  「ヘッ!何を言ってやがる、偉そうによ」  と群集の隅にいた一人の男が小声で独り言を言う。ここへ大胆にも乗り込んできた『ダークギース』のメンバーの一人、アリー・アル・サーシェスである、無論彼はバレないように変装はしている。  「我々は人間だ、それ故にあらゆる考えや価値観から各個独立している。私は認める!我が合衆国の理念の一つである『自由』というものが諸君にもあるのだという事を!私は誓う!諸君等一人独りにある『自由』を土足でもって踏みにじるという事をしないと!そして最後に、今までの悲惨な戦いで命を落としていった者達に哀悼の意を捧げたい。これをもって諸君等への謝罪としたい!」  ベネットが言い終わって数秒間、会場の中に静寂がこだまする。それからざわめきが起きる。彼の謝罪の言葉に群集が戸惑っているのだった。この時、ベネットに代わってオーブから戻ってきたネイロスが壇上に立ち群集に向かって語りかけた。  「諸君!諸君等が戸惑うのもよく分かる。これまでの米軍による我がエズフィトへの侵攻、謀略、そして和議に託けた今回の騙し討ち、これらによって何万人もの我等の同胞や家族が尊い犠牲となった。そしてこれらの行為によって諸君等にアメリカに対する不信感や怨恨が心の中に根付いておる。だが我々はこの恨みや憎しみを越えなくてはならない、さもなければより多くの同胞が死に、残った者達に更に大きな怨恨を抱かせる、それが繰り返され人類は滅ぶ事になる。そんな怨恨の繰り返しを未来の子孫達に残してもいいのだろうか!?その中で生きる子孫達の姿を諸君等の頭の中で創造して欲しい」  が群集の中から一人が進み出て  「待ってくれ!市長。そんな事言われても俺達の心には怨恨が深く根付いているんだ!『それを越えろ』と言われても俺達には死んだ仲間や家族の姿が今でも焼きついている。とても…とてもそんな事はできない!」  と叫ぶ。それに呼応するかのようにざわめきが大きくなる。その時、  「そんな事はないぞ!!」  と群集の中からもう一人の叫び声が上がった。それは誰であろう、フェニックスだった。彼は群集をかき分けて前に出ると大声で叫んだ。  「みんな、マーニャの言葉を思い出せ!!彼女は死ぬ間際までこのエズフィトの平和と独立を望んでいたんだ!!それに俺達があの時の米軍と同じ事をすれば今度は米軍兵士の家族が今のみんなと同じように憎しみを抱くぞ!!憎しみに対して憎しみで応酬なんてマーニャが望んでいたか!?俺達が本当に望んでいたものは何だよ!?このエズフィトの平和と独立だろ!?せっかく手にした平和と独立を自分達で捨ててしまうのかよ!!もう一度言う、マーニャの言葉を思い出せ!!」  彼が叫び終わってしばらくの間、再び静かになる。ネイロスは彼の続きを拾うかのように  「諸君!!ここにいる少年の言うとおりだ!!我々は今ここに本当の自由と独立を手に入れた!!その自由と独立を感情によって手放してはならない!!我々がこれからやるべき事は死んだ人間が望んだものの中で子孫達に輝かしい未来を創る事だ!!」  と叫ぶ。するとその叫びに呼応するかのように群集から喚声が沸きあがった。  「諸君、私とそこの少年の言葉を理解してくれてありがとう。私エズフィト市長ネイロスはここに宣言する!本日を以って我がエズフィトは独立しアメリカ合衆国と和解かつ平和条約を締結すると!!」  そしてネイロスはベネットと握手を交わし、エズフィトは完全に独立を果たす事となった。後に会場になったエズフィト軍基地は米軍が使っていた基地を接収してそこへ移り、以前の場所を平和記念公園に造りかえる事となる。そこの中央広場にはマーニャの像が建てられ、その広場を人々は『マーニャ広場』と呼ぶようになる。  「チッ!何だ、せめて暴動ぐらい起こって欲しかったぜ。そうすりゃ面白くなったのによ」  と隅にいたアリーはつまらなそうに呟き、壇の周辺を見回すと気づかれないように立ち去った。  「ようやく真の指導者になりましたな」  広志はベネットに握手を求める。  「君は若い。その若さが羨ましい」  広志の下にフェニックス達が駆け寄る。広志は笑みを浮かべると握手を交わす。  「久しぶりです、高野CEO」  「強くなったな、君たちも。力と言うよりも、心も…」  「彼らは?」  キラがたずねる。  「彼らは私が3年前にこの島を訪れた時に合宿に参加したいと懇願してきた。そして剣術を学んできた。ミノスとマーニャ、そしてイザナの事は残念だったな…。彼らは生きていれば必ずこの国を導く光になっていたのだろう…」  「CEO…」  ミノスはダークギースの奇襲に自らおとりを引き受け、致命傷を負って亡くなった。イザナは反乱軍を阻止しようとして重傷を負って亡くなった。後にエズフィトに勲章ができた際に「ミノス・イザナ勲章」と名づけられる事になる。  「…失敗だな。まさか、あの三人とトマスがこのエズフィトにいたとはな。大誤算だ」  「ああ、全く以って大誤算だよ、俺達のな」  ここはエズフィト繁華街路地裏にあるさびれたビルの一室。この誰も来ないような所に『ダークギース』は隠れ家にしていた。  「町はすっかり平和ムード、俺達はお尋ね者。さてどうするか…」  「おいおいリーダー、それじゃ困るぜ。どうにか脱出しねえと」  そこへエズフィト軍基地に様子を見に行っていたアリーが戻ってくる。  「どうだった?」  「奴等、完全に和解しちまったぜ。面白くもねえ」  「何だ、お前ベネットかネイロス、高野広志にキラ・ヤマトでも殺せたんじゃねえのか?」  と浅倉が揶揄すると  「ヘッ冗談じゃねえ、そんな準備なんざしてこなかったからな。それに奴等の周りを国連までが固めてやがった、今のところ隙がねえ。尤もお前の言うとおり、奴等のどちらかを殺せたら面白かったがな」  とアリーが答える。  「となると厳しいな。もう少し様子を見る必要がある」  「そうだな、それにしてもビショップのドジめ!あの時、うまく『クロスボーン』のリーダー格を殺してくれりゃ成功したものを。そうなりゃ、エズフィトで商売繁盛だったのによ」  「過ぎた事を言っても仕方ないだろう、ここもしばらくしたら移るぞ。いずれ目をつけられるからな」  「フィリップ社長、ゴードムの販売を停止しました!回収も完了です」  「そう、ではゴードム開発者の事情聴取に移りましょう」  きびきびした女性が鋭い目つきで指示を出す。彼女の名前はジョアンナ・フィリップ。CP9製薬を引き受けたアムロ製薬の社長である。オランダから一緒に来た秘書のフローネ・ロビンソンが呆れている。  「社長、前任者は一体何をやっていたのでしょうか…」  「相当マネジメントがなかった証拠ね。だから有力社員の流出が目立ったのよ」  「かつての三越みたいですね…」  1970年代、栄光を極めていた百貨店大手の三越はブランド力に胡坐をかいだ結果、売り上げの低下を招き、さらに社長のワンマンぶりに耐えかねて有力社員が退社する事態になった。そして、三越は最後同業他社の傘下になってしまった…。  「社長、外部からお客様です」  「用件を伺いなさい!」  「公権力乱用査察監視機構の高野広志長官です」  その瞬間、ジョアンナの表情が青ざめる。近くにいた女はすっと部屋を去る。あのカリファだった。顔色を変えるとすぐにある部屋に移る。  一方、同時刻の横須賀・ゴリラ拘置所。  男女が一人の女を取り囲み事情聴取を行っている。近くには弁護士もいる。  「宝条、あんたがいかにとぼけようとも俺達には証拠はぎっしりある。服部はすでに自白したぜ」  「……」  「都合が悪いとすぐに黙秘ね…」  柊順平に呆れながら速水真理はノートを取り続ける。  「あんたの言うアリバイは全て不成立だ。もはやあんたの犯した脱法犯罪は全て立件出来る目処が立ったんでね」  「証拠を出しなさいよ、証拠を!」  「ふざけるなよ、テメェ…」  飄々としていた柊の表情が一変すると栞に平手打ちする。倒れる栞のエリをつかむのは真理。  「柊警部が切れるのも無理はないわね。あなた達のやった脱法犯罪でどれだけの市民が苦しんでいるのか、分からないの!?」  さすがの弁護士も激昂振りには戸惑っている。  「速水、この馬鹿には冷却時間が必要だ。引き上げよう。宝条、あんたがどうあがいてもあんたは一人だ。それだけはしっかり覚えておく事だな…」  「榎本君…。お疲れ様」  「柊警部、お疲れ様です」  「服部のほうはどうだ?」  「GINの安西顧問が対応していますがさすがプロですね。落とし屋というあだ名があるのも無理はありませんよ」  「俺のほうはだめだ。証拠はあるし動けないように雪隠詰めにしてやったが、シラばっか切りやがる…」  苦々しい表情で順平はぼやく。  「あれでいいでしょう。あれだけ落とせば、後は今閻魔につなげれば正解になりますよ」  円城寺正義ゴリラ横浜署署長がいう。  「仁ちゃんにお願いしましょう」  「おう、俺はいつでも動けるぜ」  胸を叩いてうなづく仁清。  「へぇ、あなたの奥さん、妊娠されておられるのですか…」  「そうだけど、あんたなんで聞くの?」  「私の息子の嫁ですが、妊娠が分かりましてね…」  「孫がいるのか?」  「ええ、いるんですよ」  安西は服部常次朗の心の隙間にじわじわ忍び込む。  さすがに政治家を務めたのは伊達じゃない。服部の表情にはリラックスすら浮かんでいる。  「では、始めましょう。一つ、約束させてください。私は一切の暴力を振るいません。ですが、事実だけを述べていただきますようお願いします」  「俺も約束しましょう。今から安西さんに話す内容が全てにおいて事実である事を」  「あの人は長女で山口選挙区から下院議員の瀬戸奈津子さん(27)と孫に当たる修くん(5歳)がいるんだぜ…。そこに長男の峰彦さんがいるんだけど、こんど親父さんになるのか…」  呑が柊に説明する。  「なるほど、太陽と北風という奴ですか…」  「最初から最後まで北風じゃ話にならないぜ。だがよくあすこまで地獄に突き落としたのは正解だぜ」  「あまり使いたくない方法でしたけどね」  苦い表情で本郷由起夫がぼやく。  「あれぐらい狡猾じゃなければ犯罪者は落とせないぜ。仕方がない」  安西の表情には充実感が溢れている。服部はそれに引き込まれて怨み屋の悪行をどんどんしゃべっていく。  「分かりました。ならば、あなたの身柄を犯人から証人に変更しましょう。ただし、司法取引が必須ですが。榎本君、資料を用意して!」  「はい」  「私からは以下の条件が必須だと思います。まずは闇金融からの撤退と違法手段で得た資産を利息分を含めて返済する事、怨み屋とは今後一切縁を切る事、その二点でどうでしょうか」  「それは最低限の条件ですね…」  「そうです。後はあなたからの条件を追加してください」  「俺は、金融業から足を洗います。そして、農業に進出しますよ…」  「農業ですか…。いい事ですよ。私もGINの顧問ですが引退後には山口にこもって陶芸でも楽しみたいと思っているんですよ。あなたの故郷は福岡でしたね」  「よく調べましたね…」  「それと、あなたは後もう一つ大切な話を抱えているようですね…」  「その話、実は服役していた俺の部下に当たる藤本が告白した話なんです…」  「話を伺いましょう。藤本さんもあなたと同様に証人保護プログラムを発動させましょうか」  「お願いします。これは政治の闇にかかわった事件です…」  「溝江さんの告訴文書に不備はありませんね」  「ああ、これで間違いなく太鼓判だぜ。宝条姉弟はもちろん、萬田は完全に破滅確定だな」  にやりと笑うウルフライ。  「さすが今鳳統!」  「いやいや、今孔明ことキラ様にはかなわないさ」  目の前には10人の団体が必要書類に契約文を書いている。彼らはGINに加入する事が確定したのだった。桜井侑斗が言う。  「まさか、林五奏さんと藤木由奈さんが一緒に告訴に名を連ねているのは予想外でしたね」  「あいつらが夫婦で妊娠中だって俺は知っているがね…。まさかAV女優だったとは知らなかったがな」  「主任補佐もお子様がおられるんですね」  「まあな。だが、この事は奴らの悪事が深刻な被害をもたらしている証拠だろう…」  苦々しい表情で部下につぶやくとウルフライは写真を眺めた。  「俺はこの子達に平和な時代を送ってもらいたいだけでね…。そのために俺の権力があると自覚しているんだぜ…」  栞らは国連の情報機関から懲戒解雇された。ちなみに常次朗は免責手続きを条件に自主退職で和解した。  「何だって!?あの高野広志が訪問しているだと!?」  「ヤバすぎよ…。このままなら私たちが関与しているのはバレバレよ」  「早くトンズらかろうぜ」  氷室、カリファ、ブルーノの3人はこそこそ話をしている。そこへ社内放送が流れる。  「中央研究所よりお越しの氷室様、来客が入りましたので応接間までお願いします」  「ヤバッ、ずらかるぜ!」  3人は取るものも構わず受付口を突破する。その瞬間だ。  「待っていたぜ、この腐れ野郎!」  褐色の弾丸が飛び込んでくる。ディアッカ・エルスマンだ。続けて怒りに燃えるモモタロスが拳を振り上げる。  「俺は最初から最後までクライマックスだぜ!」  「モモタロス、気をつけろ!」  トダカが戒める。なぎさが戦闘態勢に入る。  「強くカッコよく戦おうね、モモタロス!」  「ああ、こんな悪党どもには情けはいらねぇ!」  モモタロスの性格は短気かつ好戦的だが、涙もろく良識もある程度持っているなど、本質的には単純で憎めない。良太郎の頑固さや根性を認め惚れ込んでいるほどだ。赤色の刀・モモタロスォードを構え、3人の悪党に迫る。  「もう、逃げられないわよ…」  「そうかしら…」  カリファの胸元から突然煙が噴出される。  「しまった、催涙スプレーだ!」  「クソッ、体が動けねぇ…」  そうしている間に悪党どもは駐車場に移って車で逃走する。  「フッ、お馬鹿さんね」  カリファは逃げる時に捨て台詞をはいた。  「すみません、俺の失敗です!俺がいたらこんな事には…」  広志に謝るデネブ。なんと川崎の本部に書類を忘れてしまいメールで転送するよう頼んでいた隙にあの奇襲だったのだ。広志はデネブに声をかける。  「いや、君は悪くはない。あの失敗は恥ではない、律儀に詫びても問題は今後、どのようにこの問題を再発させないかだ」  「とにかく、不意を打たれたぜ…。あのスプレーは俺達のお株を奪いやがった…」  ディアッカが悔しそうにうめく。  「フィリップ社長、まず我々はあなたに伺いたい事があります。ゴードムという抗ウイルス物質ですが、あれはあなた方が旧CP9製薬から引き継いだものの一つですよね」  「ええ。そうですわ」  「では、開発者は誰なんでしょうか。一体どこにいるのでしょうか」  「ガジャ博士という方ですわ。ですが、あの方はどうやら旧CP9から懲戒解雇されています。その理由も不明ですわ」  「臭い話ね…」  なぎさが厳しい表情で言う。3人を確保しようとして奇襲された時を防犯カメラが撮影していた。咲が3人の顔を見て驚く。  「あの3人、私たちに仕事を頼んだ時にいました!」  「そうか…。これで君達の言う違法行為に奴らが関与しているのは間違いないな」  「クソッ、俺がもう少ししっかりしていればよかったんだ…」  モモタロスが悔しさのあまり歯軋りする。  「仕方がない。この仕事が終わったら団子でも買って科学アカデミアに向かおう」  「あら、いらっしゃい!」  野上愛理(のがみあいり、22歳)が愛想を振りまく。  ここは星をテーマにしたライブラリーカフェ「ミルクディッパー」。ウラタロスやリュウタロスが店内で紅茶やケーキを出している。セレーネ・マクグリフ(28歳、天文学者)がここを訪れたのは最近設置したプラネタリウム装置の具合を確認するためだった。  「久しぶりね。どう、プラネタリウム装置は」  「バッチリね。スヴェン君の調整はバッチリよ」  「安心したわ。スヴェンに連絡しなくちゃ」  「私の弟もあれぐらいしっかりして欲しいわね」  呆れ顔の愛理。美しいのにマイペースで天然ボケなコーヒーマスターなのだが一方で鋭い視点と思慮深さを持つ。良太郎がGINに加入し、その部下達が休日に手伝ってくれているのをありがたく思っている。  「桜井君はどう?」  「捜査部門で頑張っているけど、もうそろそろ気象部門に移して欲しいよね…」  その頃、関東連合では不穏な動きがあった。  あのマフィア『シンセミア』内に組織の亀裂が走り始めていたのだ…。  「チッ!あの社長もケチだぜ。少しは報酬上乗せしてくれたっていいのによ!」  自宅であるマンションで文句を言っているのは『シンセミア』bQの実力者であるグラース・Z・ニューマークであった。彼の話し相手は同じメンバーの一人であるスピンガーンである。  「ああ、俺達いや正確に言えばキルボーンとヤイバがルートを何箇所も作ってくれたからよ、こうして俺達はリッチな生活ができるわけだがな」  「しっかしそろそろ俺達にも売り場の一つや二つぐらい任せてもらってもいいじゃねえか、ルートだっていくつもあるんだからよ」  「だがあの社長はその気無しだからねえ。大部分を自分の懐に納めてやがる」  「まあ、そういうこった。それにそろそろ目ぇつけられてるぜ、GINの連中が嗅ぎつけてきやがったし、ジャーナリストの連中もだ」  「そもそもあのジュウザって奴とノノって女を殺し損なったのが始まりだったからな。おまけに粛清し損ねたジャギまで奴等の側に回っちまいやがった。そのせいでいくつかのルートが潰れたぜ」  「ああ、表看板の『ツェルベルスガード』も手じまい仕度を始めたし」  彼等の隠れ蓑であった『ツェルベルスガード』にも寝返ったジャギの情報を元にGINが監視し始めたのだ。  「あれはかなり不気味だぜ。わざと手を出してねえところを見ると」  「俺達もヤバくなってきたな、伯爵。そろそろ俺達も社長の下を離れねえと…」  ニューマークは何故か仲間から『伯爵』と呼ばれているのだ。  「だがその前にせめて分け前を増やしてもらわねえとな…」  「それとあの社長ベッタリの三人組はどうする?それにヤイバも」  「そうだな、あの三人は放っておけ。たいして役に立たん。ヤイバは俺達のところに引き込むか、アイツは味方になれば大助かりだ」  オーブ・アカデミア島にある科学アカデミア…。  そこに降り立つスカイホーク。仲間達が次々と降り立つ。  背広姿の男が広志を見つけると駆け寄る。  「星です。このたび任務ご苦労様です」  「公権力乱用査察監視機構の高野広志です。ご多忙の中お時間を作っていただきありがとうございます」  「ゼーラの情報機関のスタッフとはお会いしましたか?」  「いや、彼らはイギリスに行っているようで不在でした」  「ビアス学長の事で追跡されておられるのでしょうね」  「今回の薬害は相当深刻のようですね…」  ため息をつく広志。  「ガンちゃん、1号室からフラスコ装置を準備!」  「了解!」  青いツナギを身にまとい、その胸元のネームプレートには高田ガンと彫られている青年が走り出す。  「ドクター尾村、なぜあんな無気力な怠け者を信用するんですか」  いらだつ青年に戒める尾村豪。  「独断では人は計れないんだよ…。どんなに優れた頭でも、暴走したらただの馬鹿さ」  「俺は鈍感で優柔不断ですもん」  そういうと黙り込む高田。  「君には正義感がある。最近の科学には正義が欠落しているんだ。君の技術でその補佐をしてほしいんだ」  「ドクター尾村、バッテリーとって来ました!」  「分かった、セッティング頼む!」  「100パーでセッティングしました!」  「よく君はパーが口癖だね。ではユーリ博士達に足りないものを確認して!」  黄色のツナギを着ている上成愛に尾村は鋭く指示を出す。  「尾村君が訪問してくれるといつも助かるよ」  「いえ、そんな事なんて」  ユーリ・アマルフィが微笑みながら現れる。工学エンジニアでありオーブ・マイウス市に住んでいる。ちなみにニコルの父親である。  エリカ・シモンズも赤いツナギをつけている。オーブ国籍の彼女はオーブを代表するエンジニアなのだ。白衣をまとった老人が出てくる。ガジャ博士である。  「すまない、これからワシは用事があるので、指示通りで頼むぞ」  「分かってます。裏切りませんよ」  仲間達は微笑みながらガジャを送り出す。  「何?事情聴取していた西岡英雄からシルキーキャンディの陽性反応が出ただと?」  鋭い目つきで広志は電話に出ている。  「では、関係先やその背後にある組織を取り調べろ。いずれにせよ、カリファらを取り押さえる鍵になるのは間違いなかろう。…、それなら、慎重に事は進めろ。いいな」  電話を切ると元の温厚な広志に戻る。  「お久しぶりです、尾村博士」  「君は相変わらずだね。ガジャ博士、高野少尉です」  「おぬしがあの伝説の『奇跡の子』か?ゴッド君から話は聞いているがな」  「ええ、あなた方の業界ではひそかに有名らしいようです」  「それで、おぬしらが…」  ガジャは四人の少女に目を向ける。四人は一斉に土下座する。  「ガジャ博士、申し訳ありません!あなたの地位を奪ってしまった罪をお許しください!!」  「いやいや、あの失敗はワシの責任だ。クリプテックスに慢心した上に不完全と承知の上でラー・デウスを用いていたワシの失敗だ」  「話は聞きました。CP9は本当に許せないですね…。母が薬害にあって苦しんでいるんです」  ガジャが四人に手を差し出す。尾村は険しい表情になる。ゴッド野口(バイオ組み換え遺伝子研究のトップ)がうなづく。  「ワシはエルスマン君から話を聞いて、手短にと簡単な経過をメモした。これを参考にして欲しいが、いいだろうか」  「これですか…。なかなか細かい説明ですね。これをもとに確認しましょう」  「あのゴーレム、奴らがおぬしらに命じてコピーさせて販売を始めた『ゴードム』だが、ワシは研究段階で副作用に気がついておった。故にワシは販売に反対したのだ」  「ええ、分かります。ゴーレムの持つ意味はヘブライ語で言うドロ人形、すなわち悪用すると最悪の結果をもたらす代物でしょう。あなたは薬害を戒めるために敢えてあんな名前にしたのでしょう」  4人の目からこぼれる涙。なぎさはすばやくハンカチを差し出す。  「弁護士はおられますか?これから事情を伺いますので、弁護士を呼んでいただけませんか。私たちは事情をうかがう際には必ず弁護士を用意してもらいますので…」  「もうすでに来ていますよ」  にこりとしながら出てきたのは埋木慎吾。今日はシルクハットの青年を引き連れている。  「メフィストJr!」  「スパンダム相手に喧嘩売ろうってんの?スパッとやろうぜ!」  この青年も結構な過激派弁護士なのだ。15歳のときから父親で今は事務所の顧問を務めるメフィスト博士の下で仕事を手伝ってきた。  アカデミア島の教会の庭がまぶしく見える。  「何故、スパンダム君が販売にこだわったのか、ワシは知らん。だが、政治家が絡んでいるという噂は聞いておった…」  「政治家だって?」  一方、東北連邦にあるつばさ製薬子会社の大衆薬製造部門のつばさ藤崎製薬の研究室では…。Zが重なった刺繍をまとった白衣をまとった男が呆れ顔だ。  「的場副社長、結果が出てきました」  「すみません、立川さん」  「何故、このような不完全極まりない薬を関東連合が認めたのか、全く理解できません…」  「俺もそう思った。理解できない」  首をかしげる二人。藤崎卓也が苦々しい表情でいう。  「奇妙な話を聞いたぜ。CP9が倒産寸前に大量の株式の売却があったじゃないか。あれで儲かった政治家がいるって話なんだが、ありえないよな」  「俺も聞きましたよ、その話」  石川敬三(通称・石間翼、つばさ製薬の持ち株会社・つばさファルマグループで戦略部門の責任者を務めている)が反応する。  「その話もヒロに報告しよう。いずれにせよ、これは大変な事になってきた…」  「改良方法もついでに見つけてありますが、それはアムロ次第でしょう」  「ガジャ博士、ゴーレムの改良ですがどうしますか?」  「ほぼ、目途はついておる。後はアムロ次第だな」  ガジャはゆっくりとつぶやく。  「それなら、今俺が交渉しましょうか?」  「それはいかん。この場所に社長らが訪問するのは構わない。その上で交渉なら話は分かるのだが…」  「その代理人、俺が引き受けてやるぜ!」  メフィストJrが笑って立ち上がる。  「薬の機能を細分化し、患者に合わせて調合するのだが、その細かい分析に時間がかかっているのだ…」  「それなら、俺達が引き受けますよ!」  そこに現れたのは科学アカデミアの同僚達だ。  「できるのかね?天宮君」  「そこにいる彼が協力してくれるなら交渉は簡単です!」  と天宮勇介は自信たっぷり言う。  「おいおい、どこからそんな自信が出てくるんだよ?交渉なんてやった事ないくせに」  と大原丈が少し驚いて天宮に尋ねると  「だから、そこのメフィストJrが協力してくれるならと言ったじゃねえか。後は今博士が言った実状を説明さえすれば」  「しかしなあ…」  「何だよ、俺じゃ不安だっていうのかよ?お前だって猪突猛進な性格のくせに」  「何!?」  「やめなさいよ!ここで言い争ってる場合じゃないでしょ!」  と岬めぐみが二人を嗜める。  「とにかく分かった、ではメフィスト君と君達に任せよう、頼むぞ」  「了解!任せて下さい」  その一週間後…。  アムロ製薬はガジャ博士に対して資料のスパイ行為を引き継ぎ元だったCP9製薬が行っていた事実を認め、謝罪した。盗聴に関わっていた社員は懲戒解雇され、ほとんど逮捕された。  そして、ゴードムは市場からなくなり、本来あるべき姿としての『ゴーレム』が流れ始めた。確かに、薬害はなくならなかったがそれほどではなかった。効果や副作用にあわせて調合しやすく改良したからだった。  ガジャ博士は謝罪を受け入れたがアムロ製薬からの退職金は辞退した。困惑したアムロ製薬に広志はさりげなく助言をした。それは、科学アカデミアに機材を寄付する事であった。  だが、新たな野望が水面下でひしめいていた。その牙は美紅に慈悲なく襲い掛かろうとしていた…。  「ヒロの時計、修理が終わったから今日取りに行かない?」  警視庁少年課に勤務する鮎川環は美紅から誘われていた。戸惑う彼女に夫が声をかける。  「いいじゃないか。行ってきなよ」  「大丈夫?」  「家事ぐらい任せとけって」  夫の一声に環はうなづく。ちょっとラメの入ったコートに身をまとった女性が言う。  「私のリムジンではありませんわよ」  「美和子さん、分かってるわよ」  「へぇ、これがヒロの愛用している時計なの?」  「タグホイヤーのソーラー電池搭載のスポーツウォッチ。ロンドン五輪のときに知り合った今はなきスコットランドのアーサー・ウィリアム皇太子から友情の証に特注品でいただいたものなのよ。戦うときは別の時計だけど普段はこちらを使っているわ」  「さすがに一目祖父が置かれるのも無理はありませんわね…」  神戸美和子(ゴリラ東京東署警部補)は納得する。彼女の目利きも優れていて、環はよく彼女からコーディネートを受けているのだ。  「ところで伊達さん、あなたは何を…」  「俺?もうすでに終わっちゃったよ。コートを修理に出しておいたんでね」 舌を出して伊達竜英はにやりとした。その瞬間だ。  「危ない!」  伊達が3人と店員に伏せるよう指示を出す。その瞬間、覆面姿の男がマシンガンを取り出し5人めがけて狙撃し始める。  「どうなって…?」  「この、腐れ外道が!」  伊達は覆面姿の男にハイキックで襲い掛かる。マシンガンを飛ばされてあわてた男がアーミーナイフで伊達の腹部を突き刺す。だが、伊達はその程度で怯む筈がない。鉄拳三発で覆面姿の男は倒れてしまった。  「竜英!」  「なんとか…。みんな無事か、姉さん…」  「うーむ、まずい話になりおったわ…」  初老の男が部下から耳打ちされる。  「公権力乱用監査監視機構が動き出したとなると、ワシらとスパンダム社長との関係が暴かれてしまうぞ」  「同感です。以前医療ミスを起こした際には役立たずの研修医のせいにして解雇しましたからな」  「こうなると次のスケープゴートを探さなければなりませんな…」  ここはあかね市民病院。川崎市にある病院である。この会話をする怪しげな二人はその上部にある組織の大学病院の医者だった。  「水沼先生、こうなればサウザー先生のお力を借りましょうか」  「困ったときにはあの方以外に選択肢はあるまい、関川君…」  「伴番、大変だ!」  特強本部で黄色い馬販売ゲートの捜査反省文を書いていた赤座伴番警部に駆け込むのはゴリラの亀田呑。  「どうしたんですか、亀田先輩」  「エージェントエックスが動き出したぞ!」  「あいつが…!!」  その瞬間、普段明るい伴番の表情が険しくなる。怒りで拳を握り締めている。  「あいつの名前を聞くだけでも腹が立ってくる…」  「落ち着け!あいつは俺も許せない…。神戸があいつに狙われた…」  「あいつが!?」  「それだけじゃない、GINの伊達が彼女を庇って刺されて重傷だ」  「マジかよ!?」   「ククク…」  エミリーはマシンガンを手に不敵な笑みを浮かべる。  「ゲームは始まったばかりよ、高野広志…、それに赤座伴番…!!」  「我等メビウスのターゲットはクリーク…!」  ウィリアム・J・ブキャナンがウイスキーを片手ににやりと笑う。  「ここはこのエスタナトレーヒにお任せくださいな」  「ミス・ブラッディの実力、しかと見届けよう…」  山本洋子はブキャナンに笑うと、広志の写真めがけてカッターナイフを投げつける。そのカッターナイフは広志の顔を真っ二つにする。  「ヒロシ・タカノめ、誰にケンカ売ったか教えてあげるわ!」  「所詮この手もドス黒い血が流れている…」  イギリスのシェフィールドでビアスは一人、紅茶を手に回想していた。 ----あの手紙が、島村青年に届いただろうか…。せめて、私の意図が分かればそれで構わないが…  「教授、お薬の時間です」  「分かった。では用意してくれ」  ガッシュに命令すると、ガッシュはメモと錠剤、水を用意する。  「俺を京都に留学させるんですか?」  伊橋悟は驚いていた。それも無理はない、前々から希望していたとはいえ、ようやく実現したのだ。  「伊橋…、この場所では成長はしないでしょう…。今のあなたには、もっとチャンスが必要よ…」  「しかし、何故京都を選んだ?あれだけ部屋には数々の郷土料理の資料、数々の料理のVTRがあって、料理学校首席卒業の実力をやっと発揮していたお前が何故…」  「半分気分で決めたところもありますけど、自分の目指す味は京料理が基本だと気づいたんです」  「板場の役目で言えば、花板(はないた/板場の責任者。献立を決めるのが、一番大きな仕事。カウンターがある店ではカウンターに立つ事が多い。"しん"とも)、立板(たていた/魚をさばき、刺身を引くのが主な仕事。カウンターがある店ではカウンターに立つ事が多い。"にばん"とも)、煮方(にかた /煮物担当。板前は煮方になれば一人前ともいわれるらしい)、脇鍋(わきなべ/煮方になるための修行中の人)、向板(むこういた/立板の補助役。魚をさばくのが仕事)、脇板(わきいた/向板になるための修行中の人)、焼方(やきかた/魚を焼いたりするのが仕事。田楽を焼く事もある。焼場(やきば)とも言う)、油場(あぶらば/天プラを揚げるのが主な仕事。揚場(あげば)とも言い、焼方と大体同じ地位)、八寸場(はっすんば/盛り付け)、追い回し(おいまわし/雑用係。盛り付けなども行なう。芋剥きなども追い回しの代名詞であり、『ボウズ』『ボウヤ』『アヒル』とも言う)の順だが、よく脇鍋まで上り詰めてきたな。だが、ここではお前は成長しない…。京都で修行して来い…」  「はるちゃんも修行に行くの?」  伊橋は驚きを隠せない。仲居のはるちゃん事伊藤洋子がうなづく。  「黒岩(辰夫)支配人のアドバイスよ。ここでは成長はしないって。思えばそうね…」  「俺は京都に行くけど、はるちゃんはどこに?」  「あたしは伊豆に行く事になったよ。黒岩支配人の出身もとのホテルが受け入れてくれるって」  その会話をひそかに盗み聞きながら壱原は複雑な表情だ。 ----私の犯した罪でこれ以上多くの人を巻き込むのはいけない…  そう、壱原は『怪談亭』から多くの人を独立させる事を決めていたのだった…。 4  「ふうん…。私の願いは環境保護なのよ。故に公権力乱用査察監視機構が刑務所を作るために環境破壊をした事は許せないのよ」  鋭い目つきの女がエミリーに話す。女はパメラ・リリアン・アイズリーといい、ユニバーサル・アイアン・ウェルファーマの研究員だった。  「ヒロシ・タカノを始末して欲しいのよ。それと…」  「腰巾着のキラ・ヤマト、ラクス・クラインとフラガ三兄弟。財前丈太郎は言うまでもあるまい…」  「おい、案山子野郎、余計な事しゃべるな!」  緑色の服装に身を固めた男が文句をつける。案山子の仮面をつけた男が不満顔だ。どうやらこの二人は犬猿の仲らしい。  「このクイズ馬鹿、少しはだまっとれ!」  「何だと!?」  「まあまあ、待てよ。俺達の敵は高野広志だろうに。あの組織が邪魔臭い事しでかしたからクライアントが切れてんぜ」  浅倉がすぐに戒める。  「コードネームロードの合流も決まった、いよいよリナックス開発のクリークを乗っ取りに入ろうじゃないか」  「おう、やっちゃおうゼ!俺達ゃ戦争混乱大歓迎だぜ!なあ?新入りさんよ!?」  とアリーが自分が座っているソファーの後ろに立っている男に尋ねる。  「フッ、そうだな。こんな面白い事はない」  と答えたのは誰であろう、あの『闇のヤイバ』だった。何故、彼が『メビウス』・『ダークギース』と共にいるのか?それは彼が以前所属していた『シンセミア』に見切りをつけ、始末してきたからである…。  話は一ヶ月前に遡る…。  「クソッ!まだ監視が続いてやがる…」  『シンセミア』のボス、グスタフ・ゼルマンは苛立っていた。ここ最近、麻薬の流通ルートが何箇所かバレてしまい潰されたばかりか、隠れ蓑にしてきた警備会社『ツェルベルスガード』がGINに目をつけられ始めたからである。  「どうする社長?俺が監視している連中を攪乱してやろうか?」  とヤイバは冷ややかに提案する。  「馬鹿な!そんな事をしても無駄だ!前にも同じ事をやっても変わらなかったではないか!」  「確かにな、俺が攪乱した連中と入れ替わるように別の連中が張り付いてやがったからな」  「ええい、何を余裕もって言ってる!そもそもお前があのジャーナリストと女を片付けていればこんな事にならなかったんだ!!」  「そうだな、あれは俺の古巣の連中が奴等の護衛に来てたのは知っていたしソイツ等も始末は出来たがまさかあの『黒猫』の二人まで呼び寄せていたのは俺の誤算だった。まあ、言い訳にもならんがな」  二人が話していたのは野々宮ノノと彼女を高野広志のところへ送り届けようとしたジュウザを暗殺しようとした時の事である。彼等はサウザーからの依頼を受けて二人を始末しようとしたのだがヤイバが昔所属していた『ダークシャドウ』が邪魔立てした為に二人を取り逃がしてしまったのだった。  「クソッ、こうなるとここも…」  とゼルマンが言ったとき、彼の携帯が鳴る。  「私だ、どうした?…何っ!?それは本当か!?間違いないのか!?…ええい!!なんて事だ!!…分かった、無茶はするな。戻って来い!」  彼は通話を切るとヤイバに険しい顔を向け  「ヤイバ!お前はもう二人殺し損なったな…。あの冥王せつなとドジを踏んで粛清した筈のジャギが生きているそうじゃないか!!その上、あの二人がGINに協力しているが為に俺達の存続もヤバくなってきているぞ!この責任をどう取るつもりだ!!?」  と彼に叱責を浴びせる。  「ほう、あの女が生きていたとはな、飛び降りる所も確認したはずだが…替え玉か、やられたな」  「まだそんな悠長な事を言ってるのか!?俺達は袋の鼠にされているんだ!!」  と言った時、またゼルマンの携帯が鳴る。  「またか…何だ!?…ニューマークが!?あの野郎!!ここにきて裏切るつもりか、手柄顔しやがって!!…分かった、お前は奴等を監視しろ。いいな」  「やれやれ、今度は裏切りかい?」  あまりに落ち着いたヤイバの一言にカチンときたゼルマンは彼を睨むが  「とにかくだ!あいつに裏切りの代償がどれほど重いのか思い知らせてやる!!」  と叫ぶ。  「おいおい、そんな事よりこの包囲網をどうにかするのが先決じゃないのか?でないとアンタも裏切った連中も共倒れだぜ。どうだ、ここは一つ俺が裏切ろうとする連中と社長との間を仲介するというのは?アンタだってずらかる必要があるんだろう?そういう時に内紛なんて外の連中の思う壺じゃないか」  とヤイバが提案を持ちかける。  「…できるのか?」  「ああ、あいつらも俺の力を必要としているだろうからな。それに奴等とて捕まりたくはあるまい。俺に任せておけ」  「…いいだろう。今までの失態はそれでチャラにしてやる。早速準備してもらおうか」  「了解した」  しかし、ヤイバはこの時点で『シンセミア』を見限っていた。その証拠に彼は裏口からGINにばれないように建物を出ると呟く。  「フッ、そろそろ潮時だな。このマフィアもあれではもうお終いだ」  数日後、ニューマークとスピンガーンがヤイバの取り成しによってゼルマンとの交渉に応じる事にした。  場所は無論『ツェルベルスガード』の事務室内である、当初は場所をどこにするかでゼルマン側とニューマーク側でもめたが結局はヤイバが「どこへ行っても監視されるのは変わりがない」という一言でこの場所に決まったのだった。無論あのキルボーンも交渉の場に参加する事になった。 が彼等は知る由もなかった、ヤイバがその場所に指定した本当の狙いを…。  「…そういう訳でだ社長、この取り分で応じてもらいましょうか。無論、そこまで欲張りな取り分じゃないでしょう?俺達だって共倒れはごめんだ」  「何!?ふざけるな!!貴様等、今まで恩を仇で返すつもりか!?ここまで地位をあげてやった恩も忘れやがって!!」  「社長、それはこっちの台詞ですよ。俺達がアンタをいや『シンセミア』をここまで押し上げたんですから。アンタ一人で密売ルートを作ったんですかい?」  「グッ!人の足元を見やがって…だがこの取り分は多すぎる。このぐらいにしてもらおうか」  「これだけですかい?アンタ、相当なケチだな」  「何を言う!これでもお前達には譲歩したつもりだ。それとも俺の道連れになりたいか?」  「そうきますか、調子いい事を言うもんだ」  こうした話し合いがなされている中、ヤイバは部屋を出るとトイレへ行き、そこで携帯を取り出して掛けた。  『ホ〜レ、控えるだべ〜!』  「ハハーッ!!」  失敗続きで埼玉の安アパートに隠れ住んでいたあの三人組に『ドクロベー』から電話が掛かってきた。無論その正体がヤイバである事は言うまでもない。  「あの…ドクロベー様、新しい指令ですか?」  『何を言ってるんだ!このアカポンタン!!失態続きのお前達にやる指令なんてあると思ってるのか!!』  「ええ〜っ!?そんなぁ〜!!」  三人組はみるみる青ざめる、それはまさに『粛清』を意味する事になるからだ。  「せ…せめてお慈悲を…私達はまだ死にたくありません!」  「お願いだよ、ドクちゃん。僕ちゃん達にチャンスを頂戴!!」  「お、俺どでじにだぐねえ!!」  三人は必死に懇願する。  『アカポンタン!!誰がお前等の命を取ると言った!!お前達の命なぞ取るにつまらんものだべ!』  「で、ではお許しいただけるので?」  三人に安堵の表情が戻る、が  『ええーい!人の話を最後まで聞け!!お前等は本日を持って用済みだべ!!今回はそれを伝えにきただべ』  「ええっ!?そ、それは一体どういう事ですか?」  ジェーンが驚いて理由を尋ねると  『アカポンタン!!今言ったとおりだべ!よってどこへでも消えうせるがいいべ!と言ってこれで話は終わりだべ』  「ちょ、ちょっと待って下さい!!ドクロベー様!!」  しかし、ジェーンの声もむなしく通話は切れた。三人はその場にへたりこむ。  「ジェーン様、僕ちゃん達これからどうしましょうか?」  とステビンズが尋ねると  「このスカポンタン、私がそんな事知るかい…」  とジェーンは力なく答えた。  一方、交渉の場は…  「ん?ヤイバ、どこへ行っていた?」  と部屋に入ってきたスピンガーンがヤイバに尋ねる。  「フッ、用を足しただけだ。それよりうまくまとまったか?」  「ああ、ようやく折り合いがついたぜ。社長が4、俺等が6の割合だな」  「そうか、ならば撤退の用意をしないとな。せっかくだ、何か飲みながらそこを話し合おうではないか」  「うむ、そういえば少し喉が渇いたな」  「では俺が用意しよう、何がいい?」  「俺はアイスコーヒーにするか、お前達は?」  「俺はホットだ」  「俺もそれでいい」  「よし分かった、では入れてこよう」  ヤイバはそう言うと部屋を出て給湯室に向かった。そこで呟く。  「フッ、これがお前達の最後のコーヒータイムだ…フフフ…」  「さてと撤退の件だが…」  コーヒーを飲みながらゼルマン達が話し合いを続けようとしたその時である、  「…!?」  「おいどうした社長、…!こ…これ…は」  ヤイバを除く四人が突然、強い眠気に襲われた。そう、ヤイバはコーヒーの中に睡眠薬を仕込んだのだった。  「ヤイ…バ…お…前…」  「テ…メエ…盛り…やがった…な」  「どうだ、睡眠薬入りのコーヒーは?あの世に行くのに格別だろ?」  「おま…え…はな…から…」  「フッ、そういう事だ。ご苦労だったなゼルマン、俺もここは住み心地がよかったんだがお前達がこうなっちまえばもう俺にとっては用済みだ。ミイラ取りがミイラになるとはこの事だな」  「だ…が…お…前…とて…」  ゼルマンはそう言うとガクッと崩れ落ちた。他の三人もそれに続くようにして深い眠りに落ちた。  「ゼルマン、結構楽しかったぜ。安心しろ、お前達の儲けはあの世でも持っていけるようにしといてやる。まあ、地獄で金が使えればの話だがな」  ヤイバはそう言うと部屋に取り付けてある換気扇に細工を施した。実はこの換気扇を覆ったフードからエチレンガスを送り込む手だてだ。しかも、このエチレンガスは窒息死させるほか、時限発火装置で爆破する事もできるのだ。  「このエチレンなら、どんな馬鹿でも天国に苦しまずにいけるからな。せいぜいあの世に行くまで甘い夢に浸っていろ」  彼はそう言い捨てて配達業者の服装に着替えて外に出た。  「?ちょっとすみません」  ヤイバは裏口を出たところで一人の男に呼び止められた。  (チッ、こんな時に…タイミングが悪いな)  彼がそう思うのも無理はない、彼を呼び止めたのがGINが派遣した監視員の一人だったからだ。  「はい」  彼は思っている事を顔にも出さずに答える。  「貴方、このビルから出てきましたよね?」  「そうですけれども…」  「どこの階に行ってらっしゃたのですか?」  「と言いますと?」  「実はあのビルにはちょっと問題のある企業がありましてねえ、私共はそこを監視しているのですよ」  「はあ、そうですか。私はそ事は違う所に配達に行ってたものですから」  「そうですか、ですが念のために聞きたい事がありますのでちょっと私に協力していただけないでしょうか?」  (クソッ!まずいな、仕方がない)  「わかりました」  と彼はその監視員と連れ立って少し歩くといきなり後ろから羽交い絞めにして小さな通りに引きずり込みハンカチを取り出してそれに染みこませたクロロホルムを嗅がせた。監視員はその場に倒れる。  「ふう危なかったぜ、急いで退散するか」  彼はそう言うと行方知れずとなった…。  ドッゴーン!!  警備会社『ツェルベルスガード』がある部屋が突如爆発して火事になったのはヤイバが出て行ってから数十分後の事だった。  「な!何や!?」  たまたまそこを監視していた陣内隆一はその光景を双眼鏡から目撃して驚いた。妻の美奈子は拳銃を取り出して警戒態勢に入った。  「こりゃ、大変や!」  「私は周辺を調べるわ!」  彼は携帯電話をポケットから出して掛ける。  「もしもし!CEOですか、大変です!!例の事務所が爆発した上に火事になってますんや!!急いで来て欲しいんです!!ええ、早ようお願いします!!」  GIN本部に連絡した後、彼はそのまま119番通報する。  「もしもし!すんまへん、火事です!!今から場所言いますからお願いします!!場所は…」  「これは…ひどい」  火事が消し止められた後、高野広志と陣内、それに『特強』のメンバーは現場を見て唖然とした。事務所内は壁一面黒くなっていた上に人の死体が焦げた臭いも残っていたのだ。厳しい表情で火災調査官としてGINに加入した高瀬奈々瀬が調査している。  「放火ですね、どう見ても」  「何かクラクラするな、それにこの甘い臭い…。一体誰が…。陣内、そう言えばお前ここを監視していたな。ここで何か不審な動きを見かけなかったのか?」  「それが…他の連中に聞いてみましたけど誰一人見かけてませんのや。俺が監視していた所からも事務所の中はブラインドで見えへんでしたわ。ただ一人外の通りで倒れてる奴がいまして今病院で回復を待ってますんや」  「マジかよ、まいったな…」  と伴番が困った顔をしていると香川竜馬の携帯が鳴る。  「俺か、香川です…えっ、結果がでましたか。それで…睡眠薬ですか!?では犯人が彼等を眠らせた後に現場を爆破したのですね、分かりました。こちらも引き続き調査します」  「竜馬さん、何か分かったのですか?」  「ああ、スワンさんが本庁の検死官と共に死体を司法解剖したところ、体内から睡眠薬が検出されたそうだ」  「えっ!?」  『ビーッ、ビーッ、エマージェンシー!エマージェンシー!』  更にそこに広志の携帯も鳴った。電話は美奈子からだった。  「もしもし高野です…。何、倒れていた奴の意識が戻ったのか!?それで何か分かったのか?」  「実はここが爆発する十分ほど前だったでしょうか、彼が運送業者の配達員らしき人物がこのビルから出て行ったのを目撃して呼び止めたんです。しかしその後その配達員から聞き出そうとした途端、何かを嗅がされたそうだと言ってました」  「何だって!そうか、そいつが恐らく犯人だな。してやられたか」  「ソイツは『闇のヤイバ』だべ」  とそこに二代目月光とスチールバットが入ってきた。  「確か君達の組織『ダークシャドウ』にいた…あの?」  「ええ、こんな事ができるのはあの男しかいません。恐らく『シンセミア』に見切りをつけたのでしょう、その証拠に自分がいた痕跡を綺麗に抹消しています、書類からパソコン内のデータまで」  「くそっ!もう追えねえってのかよ!?」  「いや、こうなったら俺はどこまでも追って行くべ。アイツだけは許せねえ、己の欲望を満たすために親父から伝授された技を使い、その上人殺しすら平気でやりやがる…。おまけにシズカの思いまで踏みにじりやがって!!」  「そうだな、お前の言う通り、何としてでも奴を追おう。奴が行きそうな所と次の目的を調べなければ…」  「高野CEO、我々『特強』も奴を重要参考人として全国に指名手配して追います。ここは一つ協力体制でやりましょう」  「そうだな、俺からも正木警視監にお願いしよう。よろしく頼む」  こうしてGINと『特強』は協力体制のもと『闇のヤイバ』を追う事になったのだが彼がその捜査網を掻い潜ったかのようにその後の足取りを追うのに困難を極める事になる。  数日後、場所はエズフィト…  「どうだ、状況は?」  「くそっ!ダメだ、港も空港も使えやしねえ。どこもかしこも厳戒態勢だ」  『ダークギース』の面々は襲撃に失敗した後、今いるエズフィトから脱出しようと試みていたが彼等に対する捜査網が厳しく出るに出られないという状況だった。  「まいったな、夜でも続いてやがるから飛行機すら奪えやしねえ」  「港も同じだ、漁港にも警察が回ってやがる」  「どうするリーダー?完全に袋の鼠だぜ」  彼等は今、エズフィト政府及び米軍からも追われ、あちこちを転々と回って行方をくらましていたが捜査網が着実に縮まっていくのをひしひしと感じていた。そして今彼等は港近くの小さな村にある廃屋に身を隠していた。  「どうだい、傭兵さん達よ?脱出の手口は掴めたかい?おっと、その様子じゃダメなようだなクックック」  廃屋に入ってきたのは四人組の男達だった。彼等の名はノルウェー出身のテロリスト『ヘルヴィタ』、アメリカが『アイアンエンジェルス』と戦っていた頃にどさくさにまぎれて入国していた。エズフィトに来たのもヨーロッパ地方でかなり過激なテロ行為を行って各国から指名手配された為、行方をくらます目的できたのだった。しかもこのテロリストのリーダーであるシャーセと言う男は『ダークギース』のメンバーであるアリー・アル・サーシェスと顔見知りであり、彼のSOSを受けてこの廃屋に匿ったのである。  「ケッ!言ってくれるぜ、テメエ等だって同じ状況のくせによ!」  アリーが悪態をつくと  「まあそう言うな、俺とお前の仲じゃねえか。ノルウェーで暴れた頃にお前がこの連中を紹介してくれてあの包囲網から脱出できたんだからよ、その借りを返せるんだからな」  とシャーセが宥めるように言う。  「ほう、だったらあの時の借りをすぐにでも返してもらおうじゃねえか。オメエ等なら手筈が整えれるだろうな?」  「ああ、実は段取りがついたんだよ。それを伝えに来たのさ」  「何!?」  「驚いただろう、だが条件がある」  「何だ、言ってみろ」  「なあに簡単な事さ、今から手伝ってくれる奴を三人紹介してやるからソイツ等を仲間にしてやってくれ。心配するな、腕もかなりのものだぜ」  と言ってシャーセは二人の男を連れてきた。  「何だよ、三人と聞いたが二人じゃねえか」  「すまねえな、もう一人は今準備を整えているんだ。勘弁してやってくれ、おい自己紹介だ」  とシャーセは連れてきた男達に自己紹介を促す。  「どうも、俺の名はナイヴズ、ナイヴズ・スタンピード。これでも米軍兵士だ」  「米軍!?こりゃまた面白い奴を連れてきたな。『スタンピード』とは、クックック」  とドリスコルが笑うと  「生憎だが俺はすたこら逃げはしない、むしろ突っ走る方なのでな」  ナイヴズは言い返す。  「でこいつは俺の直属の部下である」  「レガート・ブルーサマーズだ」  「というわけだ。よろしく頼む」  「こっちこそよろしくな。でシャーセ、どういう段取りになっている?」  「なあに要は米軍基地に潜り込むのさ」  「おいおい、あそこも警戒厳重だぜ。どうやって潜り込むんだよ」  「そうだな、お前達には死んでもらう事になる」  「何だと!?笑えん冗談だな」  「心配するな、本当に死んでもらうわけじゃない」  「死んだふりってか?熊に遭遇するわけじゃあるまいし」  「それもただ死んだふりをするわけじゃない。この二人がお前達を始末した事にする」  「こりゃまた手の込んだ事をするな。この二人に手柄を立てさせようってわけか」  「そういう事だ。コイツ等がオメエ等に接触してきたのも例の襲撃に参加して歓喜極まっただけじゃなく、あの後の軍事法廷にかけられそうになったからさ」  とシャーセが言うと  「俺はあの『デルタフォース』の第二部隊である『ミリオンズ』にいた。だがあそこじゃ俺の戦い方に問題があるっていうんで事実上追い出されるような格好でこのエズフィトに従軍したのさ。アンタ達がやった『アイアンエンジェルス』基地襲撃、あれこそまさに戦いだと思ったね。久々に胸が躍ったよ」  とナイヴズが言う。  「そうか、そいつはよかったじゃねえか。どうせ、米軍に未練もねえんだろ?」  「ああ、このレガートもだ。今まで俺の参謀的役割を果たしてきている、コイツの頭もアンタ達にとって大いに使えるぞ」  「面白い、ならその計画に乗った!だが三人目はどういう人物か知っておきたい」  「そうだったな、そいつは忍者さ」  「忍者?」  「ああ、実は関東連合に『シンセミア』ってマフィアがいたんだがつい先日壊滅した。そいつはその『シンセミア』にいてかつそこを壊滅させた奴さ」  「ほう興味深いな。で決行はいつだ?」  「そうだな、二、三日後という事でどうだ?俺達もナイヴズの手引きでオメエ等と共にアメリカに渡る」  「いいね、面白くなってきたぜ!」  三日後、米軍基地…  「…本当に仕留めたのか?」  「はい、今から顔をご確認下さい」  米軍基地司令官はナイヴズとレガートの報告を聞いて首をかしげた。彼等が指名手配された『ダークギース』のメンバー全員を見つけて射殺したというのである。  「…分かった、顔を見届けよう。繰り返し言うが間違いないのだな?」  「はい、間違いありません」  「よし行こう」  彼等は死体が安置されている所へ向かった。  「…間違いない、確かに指名手配されていた奴等だ…ところで彼等は一体何者だ?」  死体を確認した基地司令官は部屋の傍らにいた四人組がいる事に気づいて尋ねる。  「はい、彼等は本国から来た検死官たちです。これから死体を本国に送らなければなりません。許可していただけますか?」  「う、うむ。それはいいが彼等はいつ本国から来たのだ?」  「司令官、彼等は今回の戦いで死んだ者達の遺族に彼等の死を知らせなければなりません。その為に連れてきたのではありませんか?」  「まあ確かにそうだが…」  「司令官、今回の過ちをエズフィト市民に対し償う為にも彼等の死を知らせなければなりません。早急に許可をお願いします」  「わ、分かった。輸送機を用意させる」  「ありがとうございます」  こうして基地司令官を見事に騙した二人はアメリカに渡る許可をもらった。それもその筈基地司令官が見たのは麻酔で仮死状態にされた『ダークギース』の面々であり、その中には本物の死体となったビショップもいた。しかもナイヴズや『ヘルヴィタ』は死体が実は生きているとばれないように弾痕を体の一部に偽装させるほどの徹底ぶりだった。  輸送機の中…  「やあ、お目覚めかな?」  「ああ、よく寝たぜ。うまくいったようだな」  「ああ。後は離陸するだけだ、おっとその前に紹介しておこう。今回オメエ等に加わりたいという三人目の忍者だ」  シャーセは傍らにいたパイロットを紹介する。  「ほう、コイツか」  「どうも、俺は『闇のヤイバ』と言う。よろしく頼むぜ」  「そうか、お前か、マフィアを利用したあげく壊滅させたのは」  「フフッ、人聞きの悪い。俺はただ自分の力を最大限発揮できるところにいたいだけさ」  「なるほどねえ、ところでこの輸送機を動かした経験はあるのかい?」  「セスナぐらいだな、飛行機といえば。俺はそのライセンスもある」  「おいおい、セスナと輸送機じゃ違いすぎるぜ」  すると  「心配するな、俺はこの輸送機を動かした事がある」  とレガートが言う。  「本当か?」  「ああ、一度十年前にな」  「ならいいが…とにかく頼むぜ」  「ああ任せてくれ」  「は?例の奴等が死体となった?」  同じ頃、あのトマス達三人も『ダークギース』が射殺されたというニュースを聞いていた。  「あまりにあっけないですねえ、親分」  「怪しい、怪しすぎるぞ。射殺したのは誰だ」  「ナイヴズ・スタンピードとレガート・ブルーサマーズという男だそうだ。確か『ミリオンズ』という部隊に所属していた奴と聞いたが…」  「待てよ?あの二人も確かあの襲撃に参加していたんじゃないか…!!まさか」  「まさか…何です親分?」  「分からんのか!?あの死体は恐らく偽物だ!急げ!司令官のところに行くぞ!」  しかしその時は既に遅かった、『ダークギース』・『ヘルヴィタ』、そしてナイヴズ・レガート・ヤイバを乗せた輸送機は既にアメリカに向けて離陸した後だったからだ。  「何だって!?既にアメリカに飛んだ後だった!?」  エズフィトで調査していたエージェントから報告を受けた広志は愕然とした。ようやく、ヤイバの足取りが掴めたと思った矢先だったからだ。  「そうか…一足遅かったか、分かったもう戻ってきていいぞ」  「クソッ!またしても逃げられたか…」  二代目月光が刀を投げつけて悔しがる。  「しかも報告によればエズフィトで暴れまわった例の『ダークギース』と一緒らしい。その上、米軍兵士の中に内通して手助けした奴もいたそうだ」  「あの男…己の力を発揮できるところならどこでもかまわないのね…」  とスチールバットも苦い表情だ。  「なあCEO!俺をアメリカに派遣させてくれ!俺はどうしても奴を…」  「ダメだ、私怨で追う事は許さない。それにこれは俺の勘だが…、奴は戻ってきそうな気がする」  「えっ!?」  「どうも嫌な予感がするんだ。あの『ダークギース』と接触した事で何かとんでもない事をやらかすかもしれない」  この広志の予感は不幸にも当たっていた。何故ならヤイバと『ダークギース』はあの『メビウス』と手を組み、広志も標的にしていたからである…。  5  「民事再生法寸前の株式取引を旧リブゲートのバクスター証券で調べ上げた結果、やはりあの方々が絡んでおりました…」  苦々しい表情で現れたのは喧嘩の阿久井で知られる阿久井慧弁護士。GINとプロ契約を交わしたのだった。くたくたな表情で現れたのは加藤勝。  「税務署の方にも立ち会ってもらって調べてもらったらスパンダム名義でこんなに政治家が取引していたんですね…。これ、最悪ですよ…」  「サウザー、涼宮ハルヒ、フロスト兄弟…。いずれも劣らず胃薬が欲しくなるな」  「同感だね」  呆れ果てるのは坂田研三。頭脳系に強く、公認会計士の資格を持っている。北欧系の鋭い目つきの金髪の美女が話しかける。  「CEO、今回の事件は相当深刻な問題になりますね。ティターンズが絡んでいるという事も判明してしまったのですから…」  「ああ。冥王せつなの告白でそれは決定的になった…。後はハッキング部隊に頼んでフロスト兄弟のパソコンをハッキングさせているがな」  アン・ラウドルップの話に応じる広志。彼女はバエ(本名・的場栄介)の同級生にして交際相手であるスウェーデン系統の日本人である。よく故郷に帰った時には広志のインテリアを代わりに購入してくるのだ。海外の金融機関にまで渡る複雑なスパンダムの資金繰りの流れを解明するために彼女を新たに追加したのだった。  広志の策はしたたかだった。パソコンのメンテナンスを無料で行う業者を装わせて、玄野兄弟を営業職として派遣させ、ハッキングしやすいように環境をこっそり整備していた。後は免責プログラムで新たに加わった霧生姉妹を中心としたサイバー部隊を投入するだけだ。  「だが、気になるのは横須賀マシンガン乱射事件だ。一体何故旧ロシア製のマシンガンが入ってきたのかが分からない…」  「そうでしょうね。私も同感です」  重々しい表情で口を開くのはゴリラ医療捜査部捜査官・諸橋正志。彼は元々医者だったのだが冤罪で首にされたのをきっかけに検事になったのである。  「あのさ、諸橋さん、そう肩肘張っちゃだめだっちゅうの」  「まさか君が公権力乱用査察監視機構に移籍しているとは思わなかったよ。それに昔と変わらないね」  「俺は被害者の代弁者であり続けたいだけでね。それはヒロに対してもそう貫くさ」  「それで構わないさ。その信念を貫いて見せろ!」  そう、ラフなジーンズにダウンパーカー姿の久利生公平(27歳)は舌を出す。頻繁に捜査に出かけているため、同じ行動派の諸橋とは医療の事で話をよくしている。  「雨宮、薬害賄賂事件だが進展があったようだな」  「CEO、やはりスパンダムは関東連合の政治家のほか、医薬品審議会の会長を務める二人の人物に賄賂を贈っています」  「まさか…」  雨宮舞子(24歳(10月15日生まれ))の話から驚く諸橋。  「感情的になってはいけない。何故二人と組むようお願いしたのかはあなたは分かっている筈だ」  「そう、俺のブレーキ役が雨宮だけど、あんたにはブレーキがないんじゃない?」  「それを言われると僕は急所を衝かれた気分になるね。正治からも指摘されて困っているよ」  「そういえば、正治君の容態は安定していますか」  「ああ、安定しているよ。高野CEOが支援してくれたおかげです」  「いやいや、お金は生きた使い方をしなくちゃだめですよ」  苦笑いする広志。雨宮はきわめて真面目な性格で、学生時代には少林寺拳法をやっていた。最近ではなぎさが彼女から学んでいるのだ。  「あんたの下には変人が集まるんだよね。よくそんな変人を使いこなせるよね」  「よく言ってしまえばおおらか、悪く言えば大雑把って事だな」  「俺の事か?」  ウルフライが反応する。壬生内戦の際にゲリラの軍師として米軍を事ごとく打ち破った切れ者だが、長い物に巻かれやすい欠点がある。だがそれも最近ではかなり鋭いまで自分の信念を貫くまでになってきた。  「だから鬼丸さんは今鳳統が似合ってんだよね。このまえあんたの実家から日本酒を送ってもらったときには驚いたよ。元気君だっけ、セーラちゃんや日美子ちゃんと一緒になって持ってきたのには思わず喜んだけどね」  「あれはゴマすりじゃないからな。感想を知りたくて贈ったんだ」  「鬼丸さんの子供ですよね、三人ともかわいかったですよ」  「料理酒にも使えるよね、あれって」  ウルフライの出身地壬生国は水が豊富で農業国だった。ハイテク工業に移行し始めてもいまだに農業国である事に変化はない。ウルフライの実家は造り酒屋だったのである。それゆえに会計から帝王学にまで長けている。  「テル先生、いくらなんでもこれはひどい実態ですね…」  渋い表情で新たにヴァルハラ川崎病院の院長に就任した後沢照久がぼやく。  「後沢先生も同感でしょう。俺は相当なメスをいれなければ無理だと思いましたよ」  「同感ですよ、輝先生」  ここは相模原市にある「あかね市民病院」。民事再生法を申請して倒産した横浜にある清天会病院の系列病院である。呆れ果てた表情で黒乃屋蘭真(父親蘭丸譲りの天才外科医)が話す。医療機関再生機構の連絡を受けてヴァルハラがスポンサーになる事が決まったのだが、総責任者として赴く事に決まった真東輝が絶句するほど凄まじい医療ミスの連発と、無責任な医者がトップについていた実態である。  美空 あおい(23歳、正看護師)を輝は再生のキーマンとして抜擢した。救急救命にいた経験から豊富な知識や技術を有する彼女をナースチーフに抜擢したのだった。だが、ナースチーフは一年ごとに交代する可能性もあり、絶えず技術を磨かねばならない。  この提案をしたのが綾乃だったのである。当然、医者の技術向上のためチーフドクター制度も創設し、競争社会にもっていく事にしたのである。  「私でいいんですか、真東先生」  「大丈夫だよ、君の知識は豊富だから」  「それと、本体にメスを入れなければいけないわね、テル先生…」  綾乃が困った表情で話す。仕事が出来て冷静な小峰響子(こみね きようこ)看護師をナースチーフに抜擢する事で内定しているのだ。クレームノートを見て絶句する中田魁(医療機関再生機構主任理事)。  「ドジで薬や点滴の取り違えが平気な看護師とは何なんだ!?これでは医療ミスが連発するぞ!」  「本体が腐ってたらその末端まで腐敗しますよ。これはどうにもなりませんね」  「なになに、「本体の腐った消化器専門の内科医は腹立たしいです。あいつは地位や名声のある患者だけに特別時間をかけて診察しているというんです。それにゴマすりの事務局長。彼は売り上げ第一主義で人権を踏みにじっています」。これは一体どういうわけだ」  「許せるかよ、そんな腐った医者なんか要らない!」  「田所先生の事でしょう。あの人はひどすぎます。宝田さんも要らないでしょう」  あおいが輝に話す。  「本体も相当腐っているな。東條優という医者はどうなっているんだ」  「奴の評価は輸血の措置がひどすぎる。あれでよくエースというのだから恐ろしい」  「よし、東條も解雇しよう。アメリカ帰りを鼻にかけて腐った真似ばかりしていると悪評判らしいからな」  魁の一言はシビアだ。彼もアメリカに留学していて、ヴァルハラの会長候補といわれていたのだが医療機関の腐敗に憤慨して医療機関再生機構という政官財が一致して医療機関の再生に当たる機関を設立し、主任理事になった。後沢が一同をいさめる。  「テル先生、田所らに引導を渡すのは私に任せてくれ。いずれ懲戒解雇は必要ではないか」  「俺も同感だ。田所は解雇第一号になる!」  「中心になる医者は緒田君にしましょう。専門は循環器内科で医師としても情熱を持った人です。電子カルテの採用も彼が主張しているようです」  「よし、彼について教えてくれ!」  輝の手帳に緒田 桐人(おだ きりひと)と書き込まれた。  「放射線科のレントゲン技師である片桐さんの残留もお願いします。あの人がいなければ手術にも支障があります」  「ああ。美空チーフが推薦した人から残留させていくよ」  「福原先生も残留できればお願いします。整形外科の中核で必要なのは明らかです」  「当たり前だ。ここは今までが悪すぎたんだ。これからはみんなでよくしていこうじゃないか」  そのとき、輝のPHSが鳴り出した。  「はい、真東です。何、変な文書が本体から見つかったって!?一時間後に行くから待っててくれ!」  「真東理事長!」  軽自動車から飛び出した輝と綾乃に小西明美(看護師)が駆けつける。ここは横浜市にある清天会病院。  「前理事長の秘密の部屋から怪文書が見つかったって!?」  「この前問題になったゴードムに関連した書類でしょう。最悪きわまりありません…」  金城 靖幸(かねしろ やすゆき、外科医)が輝にはなす。  「佐山、お前はどう見る!?」  「こうなれば、然るべき捜査機関に情報を提供しましょう」  輝の頭には広志があった…。  「真行寺十三(しんぎょうじ じゅうぞう)先生です。浜松の大学の名誉教授で内分泌の分野では世界的権威だそうです。先生が文書に気がついてくれました」  「これは大変な陰謀が隠されておりますぞ、テル先生…」  「前理事長とは水沼忠彦、阪和大学医学部教授…。副理事長は阪和大学医学部准教授の関川時彦…。これはまずい組み合わせだ!」  そこにぬうっと現れたのは諸橋達である。諸橋は赤い警察手帳を、久利生と雨宮は菊と葵をあしらったマークの入った白い手帳を提示する。  「公権力乱用査察監視機構司法部捜査官、久利生公平です」  「同じく司法部捜査官、雨宮舞子です」  「私は警視庁特別捜査一斑、通称ゴリラの医療捜査部を引き受けます諸橋正志です」  「用件はこれでしょう…。我々も見つかって大騒ぎになっています」  輝が資料を三人に渡す。  「水沼はCP9から株式の譲渡を事実上受けていて、「民事再生法」申請直前に浴びせ売却して巨額の利益を得ています。また、料亭で接待を受けていた事も明らかになっています」  「医者といえるかよ、そんな奴!」  輝は思わず激怒した。四宮凱ですらもそんな接待政治を嫌い、輝の父真東光介と協力して硬直した四瑛会改革に取り組んでいた。その矢先のテロの被害で二人は子供達をかばって亡くなり、助けられた子供達はいずれも彼らの意思を引き継ぐ名医になっていた。  「私も水沼に遺恨があります。あの男は白衣をまとったギャングそのものでしょう。教え子の関川が心臓手術の際にミスを犯し、立ち会っていた私に責任を押し付けて私は首にされたんですよ」  「信じられない…!!」  綾乃ですらも背筋が寒くなるようなものである。  「これは間違いなくヴァルハラ総力で再建させなくてはだめだ!」  「そういえば、この前蓮先生が相模原に買収したじゃない…」  「それだよ、それなら病院のレベルアップにも繋がるよ!」  輝は綾乃のささやきに笑顔を見せる。すぐにPHSで蓮に連絡を取る。  「へぇ、輝先生が俺の病院に興味を持つとはね…」  「蓮先生、お願いだから病院の法人を統合させてくれないか」  「もちろん、俺は賛成するよ。でも輝先生、君の理想はどうなんだ?ぶれちゃいないよね」  四宮蓮は受話器で飄々とした声でつぶやく。  「以前、蓮先生は「人を力でねじ伏せる医療は嫌いだ」と言っていましたよね」  「ああ。偉大なる光介に助けられて以来そう信じているよ。俺の目指すべきマッサー(外科医)はあの人なんだ」  「では…」  「ああ、病院もこのままでは経営が厳しかったからいい再建になるだろうね。それに、先生達もしっかりしているよ。じゃあね、後詳しい話は弁護士同士で調整しよう。全員残留が条件だけどね」  「はい、俺もそうします」  「柊先生、次は私たちの場所なんでしょうか…」  外科医の島津涼子がぼやく。  「そんな事はないさ。蓮先生は再建のカルテを考えているさ」  柊又三郎(外科医)が応える。執刀医としての腕はとても優秀だが大学を捨て肩書きも無いただの外科医を通している。因みに彼には兄がいるがその兄こそ『赤カブ検事』こと柊茂だ。飄々とした性格でハーモニカが上手く、入院患者相手に演奏会を開いている。妻は病気でいなく佳美という大学生の娘がいる。  前任者である加藤勝之助から引き継いだ相模原あけぼの病院院長のポストについてから、病院の設備環境の改善に取り組んで経営は何とか安定している。しかし、医療制度の改革などで逆風が吹き荒れているのには不安だった。その矢先にライバル病院の倒産劇である。  斉門純一(外科医)が入ってくる。アメリカ留学の経験もあり、シビアなスキルを持っている。彼の目標は又三郎と医療機関再生機構の主任理事である魁である。  「どうしたんだ?」  「柊院長、ヴァルハラ川崎病院の院長という人物から電話が入っています」  「分かった。俺が出るよ」  赤星健太郎(内科医)、水野文(看護師(外科病棟・オペ室担当))が入ってくる。二人は婚約中なのだ。  「はい、柊ですが。…。ああ、真東先生の息子さんで!なんですって!?その提案、面白い提案ですけどすぐに結論は出せませんよ」  「合併の話ですかね」  北別府光太郎(病院事務局の事務長)がひそひそで話す。中原浩が振り切るように部屋を出る。  「俺達はまず医者でしょう。さあ、診療です」  「ううーむ、疲れた…」  見城実(麻酔医)があくびをしながら入ってくる。斉門の手術にパートナーとして入っていたのだ。ちなみに鈴木峰子(看護師(外科病棟・オペ室兼外来婦長))と今西京子(看護師(外科病棟・オペ室主任))が同時に入っていたのだった。  「分かりました。では、近日中に結論を出しましょう」  電話を切る又三郎。  「清天会病院の経営引き受けでしょうか」  「元々我々はヴァルハラ系列だから、要請受け入れは仕方がない。だが、リストラがどうなるのかが不安だ…。俺が少しでも戦うよ」  厳しい表情で又三郎はつぶやく。だが、その不安はしなくても良かった。輝は又三郎をヴァルハラ相模原総合病院の院長に据え、全員を残留させる方針だった。輝は又三郎の下でも学ぼうと言う貪欲な姿勢を持っていた。  「こいつをマフィアに売却して来ればいいのか」  「そうよ、メンテナンス料金はいつもの通りで、作戦提案コンサルタント料金は別枠でぼったくって来て!」  山本洋子の指示はがめつい。マシンガンの入った箱を見て男達は次々と販売に動き始める。  「ふん、『キラーズ』というストレートチルドレン上がりのギャングによく売りつけるな」  「ストレートチルドレンなら効率的よ。しかも、頭が悪いからいくらでも料金は吊り上げられるしこっちの情報も分からない…」  浅倉は呆れている。  「だが、無防備は用心する事だな」  「大丈夫、心配御無用だ。我がクロック軍団は管理が厳しいゆえ、失敗も少ない」  初老の男が時計を見ながらにやりと笑う。  「クロックキング、気をつけなさい。公権力乱用査察監視機構はシビアよ」  一方、川崎の公権力乱用査察監視機構ビルでは…。  「ブルース司令官、高野です」  「相変わらず元気だな。それにしても君は人使いが荒い」  苦笑いしながらブルース・ウェインは手元のメールを送り出す。  「エミリー・ドーン…、奴がらみに集まる人間のリストですか…。何、マクラーレン副大統領だって!?」  「彼の娘シャロンがエミリーと盟友だ。恐らく、彼らは相当な悪行をたくらんでいる」  「オジーの情報網でもお手上げですか」  「さすがに彼も困り果てていたがな。それとテンプル・ヒュゲットに気をつけてくれ」  「テンプル・ヒュゲット?そいつは何者ですか」  「その男はクロックキングと名乗って悪事を働いている。日本に潜入している事も明らかになっている。危険極まりない「ダークギース」と同行しているようだ。気をつけてくれ」  「了解、あなたもご用心を」  ヴィジョンが消える。良太郎が聞く。  「偉大なるブルースからですか?」  「ああ。アメリカにおける公権力乱用査察監視機構、USGINの総責任者だ」  一方、とあるアメリカの港町では…。  案山子の仮面をつけた男が筋肉の塊の男を従えている。なぜか奇妙な事にその男にはマスクと頭部に謎のヘッドギアがつけられている。  「クレイン博士、海洋実験装置設置完了です」  「アントニオ、実験装置に向かってくれ」  「了解」  その男、アントニオ・ディーゴは走っていく。屈強な肉体を持ち、体内に繋がる管とおどろおどろしいプロレスラーのようなマスクをかぶっている。  「マックス、ここまでよく我々の要求した設備を準備してくれたな」  「エミリー様のご命令なら何なりと…」  マックス・シュレックはにやりと笑う。この人物も化学産業出身だが、化学兵器を販売していた事から批判されていた。  「ジョナサン・クレイン博士、今回我々も同行させていただきましょう」  「実行部隊として動いてもらわねばな…」  船の中にはリモコンで操縦できる飛行艇があった。だが、その装置にはガス噴霧装置が搭載されていた。そう、エミリーの策略が始まったのである…。  「ルパート・ソーン、サル・マローネ、お前達はクレイン博士の指示に従え」  「畏まりました」  「すみませんでした、俺のこの失態、処罰ものでしょう…」  頭を下げる伊達竜英。広志は自ら手を差し出した。  「いや、ありがとう。むしろ俺のほうから頭を下げねばならない。あなたのとっさの判断がなければ美紅はもちろん、罪のない一般市民に犠牲が出ていた筈だ」  赤座伴番(特強所属警部)が伊達の為に椅子を用意する。立会人にギド・アブレラもいる。  「コートは代わりに取りに行ってきたわ。相変わらず手入れはうまいわね」  「姉さん、今回相当な陰謀が始まったような感じがするんだ。死ぬか生きるかの瀬戸際の戦いが始まったばかりだね」  ここはGIN本部にあるスカイラウンジ。広志はここに客を招く事がある。このスカイラウンジでは機密機能が高く、携帯電話も使いにくい。  「赤座警部、エージェントXに対してあなたは因縁があると伺っているが、一体どういう事でしょう」  「あれは、ヒロがテロリストとの戦いで勝利した後、今から八年前の話だ…」  「確か、赤座さんがSATに出向していたときの話でしょう」  神戸美和子が反応する。その他にも美紅、小津魁、鮎川環、山崎由佳がこの場所にはいた。  「エージェントXの売りまくっていたマシンガンを取り締まっていた俺達はその顧客である一人のテロリストを追跡していた」  「それがシンセミアのゼルマンだったわけか…」  「あいつが罪のない一般市民を巻き添えにして、一家ごと…」  「……」  「悔しかった、腹が立った…。もう、これ以上悲しい命は一つも生み出したくはない…」  「分かります。俺も同じ立場に立っていた事があるから分かります」  そのときだ。良太郎が駆け込んでくる。  「CEO、大変です!ヤマトテレビを見てください!」  「どういう事だ!?」  「CEOを名指しで犯罪予告のビデオが流されています」  すぐにテレビをつけていた美紅。おどろおどろしい仮面を付けた二人がいた。  「私の名前はエージェントX。こちらはミス・ブラッディ…」  「我等秘密結社メビウスは、この一週間以内にGIN、公権力乱用査察監視機構の解散とオーブ国王、キラ・ヤマトの退位を要求する」  「我等の要求が全て受け入れられない場合、テロを実行する。覚悟するがいい」  「我等は刃向かうと恐ろしい存在である事を思い知るがいい…」  テレビを見て歯軋りする伴番。  「エージェントX、お前はこの手で必ず捕まえる!」  「貴様らは地獄の果てまで追いかけて捕まえて見せる!!」  普段温厚な広志がここまで怒りをあらわにするのは珍しい。アブレラも怒りを見せている。  「俺も貴様に宣戦布告しよう…。ミス・ブラッディ、今はモラルよりも金儲けが優先される時代ではない事を証明してみせる!!」  「竜…、いい?」  「ああ、CEO、お願いがあります。姉である鮎川をGINに加えてください」  「何!?」  広志は驚きを隠せない。  「これは絶対に許せません。危ない武器をミス・ブラッディは面白半分で売っているのです。人の命を玩具並みに扱うなんて許せません!」  「ヒロ、決心は本当のようだ。鮎川はショートヘアにしているが、その関連だろう。辛かったな」  「分かりました、加入手続きに入りましょう。ですが、しばらくは大学院レベルまで法律の勉強をしてもらいます。実践は警察軍の特殊部隊に出向して勉強してもらいます」  広志は厳しい表情になった。いずれにせよ、これからが本当の戦いの始まりなのだ…。  一方、東京郊外にある治療拘置所では…。  ベッドにいる少女に3人の男が取り囲む。  「一応、お前の事情聴取だがとある人物のアドバイスもあって弁護士もつける事にした。お前が知りうる全ての事実を俺達に話してほしい」  新庄徹警部が少女の目をのぞく。無言でうなづく少女。その人物が高野広志である事は言うまでもない。そう、彼女はあのシルキーキャンディの売人だった町田リカである。あの自殺未遂の昏睡状態からようやく目が覚めたのであった。  「この前に話しておきたいが俺の実家は個人商店でね、父が早く亡くなり、母が一人で切り盛りしていたが万引きに泣かされていた。だから、俺は警察官になった」  「そうなんだ…」  「俺は甘いシバトラが苦手だが、実力は認めている」  「では、始めましょう。町田さん、あなたには黙秘権も有しています。ですが我々には証拠がありますので、その証拠に対する説明義務がある事も併せ持って申し伝えましょう」  久間吾郎弁護士が説明する。つい最近、GINに弁護士だった息子の司の悪事を暴かれ、弁護士廃業を決断していたが説得を受けて廃業を思いとどまった。その代わりにGINの要請があればボランティアで事情聴取の付添い人を引き受けている。  そばにいるのは古畑任三郎警視(1月6日生)。複雑な殺人事件を次々と解決してきた名警視であり、今は府中市から移籍先のゴリラに勤務している。事件解決後には鍋パーティーを開いている。彼は独自の手法で犯人を自白させる。つまり、犯人に粘って付きまとい徹底して質問し、ぼろを出させる手法なのだ。この手法には絶対の自信を持っており、負けず嫌いの性格も伴っている。  「たとえ全てを失ったとしても、死んでしまった人間のために生き続ける事が生きている人間の義務でしょう。私は古畑といいます」  紳士的に振舞う古畑。室内に折りたたみのセリーヌの黄金の自転車を持ち込んでいる。  シンナー常用者の副作用ゆえに歯が溶けてぼろぼろな舌っ足らずの話し方でリカは話し始める。古畑は警戒を怠らない。リカは実践空手を習得していたからだった。  「武良という男と君とのつながりはどうなんだ?もし、苦しかったらギブアップをして構わない」  「ヒロさん、やはり深刻な状況なのは間違いないな。一応容疑者の証人保護プログラムは発動させる方向で動いているが…」  「シルキーキャンディを販売しているマフィアのゼルマン、その手下連中がリブゲートの元副社長の久世留美子の指示で動いていて、その久世が行方知らず。そこにパオというヤクザ。マボロシクラブとのつながり。一つ一つが困難に満ちていますね」  古畑は魚肉ソーセージを食べながらぼやく。美紅がため息をつく。  「古畑さんのミートローフや焼き茄子、茶碗蒸しとは異なる厳しさね…」  「前と比べるとだいぶ良くなっているよ。大丈夫さ」  「こちらもどうやら相当物騒な奴らが動き出していますね。傭兵師団「ダークギース」。たちが悪い連中ですよ」  「野球みたいに三振は取れないね。困ったものだ」  古畑はため息をつく。高校時代は野球部に所属し、エースで四番打者だった過去がある。  「ところで、この前お化け屋敷に行ってきたようじゃないか」  「げげっ、まさかシバトラさんから知ったんですか!?」  「五月ちゃんが同情するほど怖がっていたんだってね…」  広志は渋い表情である。アジア戦争でテッカマンアトランティスとしてテロリスト集団・イムソムニアには無類の強さを発揮した英雄もオバケが苦手である。  九州連盟の首都である福岡…。  鯨岡洋平はとあるワンルームマンションにいた。妻の愛が麦茶の準備をしている。ここはGINの福岡支部の跡地になる場所だ。薬品卸問屋の福岡支店の入っていた空きビルへ移転したので、後は契約を解除する手続きだけだ。  だが、ある二人を迎える事になっていた。  「もうそろそろだろうね」  「あの人は二人で来るって言っていたから、準備は出来たわよ」  そのとき、玄関のチャイムが鳴る。  「はい、鯨岡です」  「はじめまして、デスラーです」  「へぇ、スターシャさんと同行したって事は…」  「公権力乱用査察監視機構を君はいわば代表として訪問してくれた。妻まで同行してきたという事は、私もそうするのが礼儀と思ってね」  セヴァスチャン・デスラーは九州連盟のアルバート艦隊の総責任者である。彼はその中で際立って中心的な戦艦「ガミラス」の艦長である。九州連盟で策略にも強い屈指の軍人であり公私混同を厳しく嫌う潔癖な性格から厳しい艦隊の規則であるのにも拘らず、多くの志願者が後を絶たない。過度の私情を持ち込まない厳しさと相手への敬意を忘れない謙虚さ故にデスラーはアルバート艦隊の総責任者になったのだ。  「君の願いは分かる。危ないテロリストが日本を襲おうとしている。私も見逃すわけには行かない」  「協力してくれるというのですね」  「当然だ。若き軍人よ、われらも君の戦いに参画しよう。高野CEOと今度会談しなければなるまいな」  「そうなんですか、高野CEOと我々が提携するというのですか」  古代進は驚きを隠せない。戦艦「ヤマト」の若き艦長として、九州連盟で伸び盛りの軍人としてデスラーが育成しているのだ。  戦艦「ガラミス」艦長のドメルが言う。  「我々にとっても、正体の見えない敵と戦うのは怖い。だが、必死に調べねばなるまい」  「同感だな…」  ヤマトの副艦長を務めるタランがため息をつく。  「十隻同盟、いや我等アルバートとてもこの国に忍び寄る脅威を見逃すわけには行くまいよ…」  広志の反撃は水面下で着実に進んでいた。九州連盟の政治体制はいわば各県の知事による共同による運営であった。  その頃…  「ジェーン様、僕ちゃん達どうすればいいんでしょうかね…」  「何度も聞くんじゃないよ、このスカポンタン!私だってどうにかしたいっていうのを分からないはずがないじゃないか!」  ドクロベー(ヤイバ)に用済みとばかりに捨てられ、拠りどころであった『シンセミア』も壊滅し行き場を失ったあの三人組は今まで住んでいたアパートを引き払って横浜をさすらっていた。  「はあ、このままホームレスとなって一生を過ごすのかねぇ…」  「ジェーンざま、ぞんなごど言わないでぐだざい。俺だっで…」  「分かってるよ、でもどうしようというんだい?お前達も私に頼らないで何か考えな」  山下公園に行き着いた三人はベンチに座り、うつむきながらこれからの行く末を考えたり時にはボーッと空を眺めたりしていた。  「おや?君達は…」  その三人に声をかけた一人のショートヘアの女がいる。  「?どちら様で?」  「随分困ってるようだねえ?」  「はい、私達行く宛てがないんです。それで困っておりまして…」  「うむ、そうか。どうかね?よかったら私についてこないかね?中華街でごちそうしよう」  「え?本当ですか!?ありがとうございます…お前達聞いたね?」  「はい、ジェーン様」  「だずがっだあ」  三人の顔に希望の光が戻った。  「なるほど…君たちはその『シンセミア』に所属していたのかい」  「はい、ですが私達突如用無しと言われたんです、その上…」  中華街のとあるレストランで食事をしながら三人組と男は話をしている。  「なるほど、事情は分かった。よかったら私の所で働くかね?とりあえず尋ねるが君たちは何ができる?」  「私は情報や謀略なら自信があります」  「僕ちゃんは機械には強いの」  「俺ばぢがらなら誰にもまげねえ!」  「いいだろう、その前に私の上司に連絡をとってみよう、ちょっと失礼するよ」  と女は席を外すとトイレへ向かい入り口付近で携帯を掛けた。  「ふ〜ん、アンタその三人組を使ってみたいわけ?」  「ええ、かなりの下っ端ですが何かに使えるかもしれないのでね。使い捨てでも十分役に立つと」  「チョコレート、アンタも物好きね」  そう、この電話を掛けている男こそ『メビウス』のメンバーの一人、今帰仁チョコレート(コードネーム:シーサー)だった。そしてその電話相手はリーダーのエミリー・ドーンである。  「許可をいただけますか?」  「好きにしてちょうだい、どう使うのかは一任ね。あ、そうそう例の傭兵連中と接触したわよ、さすがに戦争好きな奴等ね、どうも気に食わないけど」  「ほう」  「とにかくヒロシ・タカノの行動を引き続き追ってちょうだい、ついでにあの国王も殺るわよ」  「ついに殺りますか、あの国王を」  「ええ、思い知らせてやるのよ。私達に楯突いた報いを…」  「というわけで君たちは正式に許可された」  「あ、ありがとうございます」  三人は席に戻ってきた今帰仁から好意的な言葉を聞いて彼女に感謝した。  「頼むぞ、これからは私の指示に従ってもらう。私が所属している所の名は後で明かそう」  「どこでもいいです!とにかく働ければいいんですから」  「そうか、私の名は今帰仁だ。よろしく」  「よろしくお願いいたします、今帰仁様」  こうして三人組もまた『メビウス』の下っ端として働く事になった。だが彼等は知る由もなかった、前の指令役だった『ドクロベー』事『闇のヤイバ』もいた事を…。 加筆者ニュートライザーよりあとがき:今回はかなり我が親友のアドバイスももらいながら時をかけて書きました。因みに文中にあるナイヴズとドリスコルのやりとりには意味があって『スタンピード』とは英語で『すたこら逃げる』と『飼い牛の暴走』という意味の言葉です。(Wikipedia日本語版『トライガン』より)  今回は過去の話を大幅に再編集しています。PDFファイルによる編集を行う事で、かなり良くなりました。それだけ細かい文字になりましたが、ご了解ください。 今回使った作品 「ゴッドハンド輝」 (C)山本航輝・講談社 『スーパー戦隊』シリーズ :(C)東映  1988・2002・2003・2004・2006 『仮面ライダー』シリーズ:(C)石ノ森章太郎・テレビ朝日 1992・2001・2007  『機動戦士ガンダム』シリーズ:(C)サンライズ・創通エージェンシー 1985・1991・1995・2002・2004・2007 『新ビックリマン』:(C)ABC・ASATSU・東映動画 1989 『スーパービックリマン』:(C)ABC・ASATSU・東映  1992 『ONE PIECE』:(C)尾田栄一郎/フジテレビ・東映アニメーション 1999 『プリキュア』シリーズ:(C)ABC・東映アニメーション  原作:東堂いづみ 2004・2006 『タイムボカンシリーズ ヤッターマン』:(C)タツノコプロ 1977・2008 『フロントミッション』シリーズ:製作 株式会社スクウェアエニックス 1996・1997 『FINAL FANTAGY7』:製作 株式会社スクウェアエニックス  1997 『特命!刑事どん亀』:(C)TBS・テレパック   2006 『RAVE』:(C)真嶋ヒロ・Studio DEEN 1999・2001 『沈黙の艦隊』:(C)かわぐちかいじ 1988 『悪魔くん』:(C)水木しげる・東映アニメーション 1963・1989 [シバトラ]  (C)安童夕馬/朝基まさし・講談社 「離婚同居」 (C)柏屋コッコ・コアミックス 2007 「Orange」 (C)能田達規・秋田書店 2001-2004 「舞姫〜ディーヴァ〜」 (C)倉科遼原作、大石知征作画・小学館 2006-2008 「the Star」 (C)島崎譲・講談社 1988 「ギャンブルフィッシュ」 (C)青山広美・山根和俊・秋田書店 2007- 「それゆけ!宇宙戦艦ヤマモトヨーコ」 (C)庄司卓 『内閣権力犯罪強制取締官 財前丈太郎』(C)原作:北芝健、漫画:渡辺保裕・コアミックス 「傷だらけの仁清」 (C)猿渡哲也・集英社 「クロサギ」 (C)黒丸・夏原武・小学館 「こまねずみ常次郎」 (C)青木雄二・秋月戸市・吉本浩二・小学館 「怨み屋本舗」 (C)栗原正尚・集英社 「難波金融伝・ナニワの帝王」 (C)天王寺大・郷力也・日本文芸社 藍より青し (C)文月晃・白泉社 弁護士のくず (C)井浦秀夫・小学館 富豪刑事 (C)筒井康隆・テレビ朝日 『フロントミッション』シリーズ:製作 スクウェアエニックス  1996・1997 『特急指令ソルブレイン』:(C)東映・テレビ朝日・ASATSU 1991 『トライガン』:(C)内藤泰弘 マッドハウス 1995・1997・1998 『空想科学世界ガリバーボーイ』:(C)広井王子・フジテレビ・東映映画 ゲーム製作 ハドソン  1995 『デトロイトメタルシティ』:(C)若杉公徳・白泉社 2005 『味いちもんめ』:(C)あべ善太 作画 倉田よしみ・小学館 1987 「はるちゃん」(C)あべ善太 「火災捜査官ナナセ」 (C)橋本以蔵・市川智茂・コアミックス Dr.検事モロハシ 1  (C)能田 茂・集英社 殺医ドクター蘭丸  (C): 梶 研吾, 井上 紀良 集英社 特命係長・只野仁 (C)柳沢きみお 『ザ・ホワイトハウス』 (C)NBC 1999-2006 バットマン (C)DCCOMICS 『ノノノノ』 (C)岡本倫・集英社 2007-2010 宇宙戦艦ヤマト (C)原作 西崎義展、山本暎一(企画原案)、監督 松本零士 ?1974、オフィスアカデミー(1998年に東北新社に譲渡) 『SAMURAI DEEPER KYO』 (C)上条明峰・講談社 1999-2006 『涼宮ハルヒシリーズ』 (C)谷川流・角川書店 古畑任三郎 (C)フジテレビ、共同テレビ 脚本:三谷幸喜 サイボーグ009 (C)石ノ森章太郎・秋田書店 それが答えだ! (C)フジテレビ、共同テレビ 脚本:戸田山雅司 スウィングガールズ (C)監督・脚本 矢口史靖 矢口純子(脚本のみ) 製作 フジテレビジョン・アルタミラピクチャーズ・東宝、電通 2004 "LOVe" (C)石渡治・小学館 1993 -1999 風の陣  (C)本宮 ひろ志・サードライン・集英社 外科医柊又三郎 (C)テレビ朝日、CUC 脚本:黒土三男 『赤かぶ検事シリーズ』 (C)和久峻三 『Ns'あおい』 (C)こしのりょう・講談社 『GANTZ』 (C)奥浩哉・集英社