CTD 嵐  1  「一体何があったのよ、ルナに」  「俺にもわからない、肝心のシオンですらもな」  EV(電気自動車)に乗り込んでいる二人の男女。  二人は滝沢直人と金城リラといい、直人は警備大手になったトゥモローリサーチの実質的な経営者、リラは中堅の化粧品メーカー・パメラの社長である。  「銀行口座にルナから振り込まれた形跡が見当たらない、電話にも出ないのはおかしいのよ」  「俺も気になる。とにかく、今はデジャヴに向かわなければ…」  二人の乗ったEVは西品川から秋葉原に向かっていた。二人は職場が品川区にあるため、西品川に同棲していた。  「シオンは秋葉原駅のナンバカメラ前で待っているそうよ」  「合鍵を持っているのはあいつしかいない。何か悪い予感がする…」  「直人さん、リラさん!」  銀髪の青年が声をかける。  「シオン、すまない!」  「僕も先ほど電話をかけましたけど、出ないんです」  紫苑和也は戸惑い気味で話す。実はシオンというのは紫苑のあだ名で、彼は広志と同じ警察軍大学付属高校に通っていた同級生だった。紫苑は秋葉原近くに住んでいて、ルナ・ドミーロとは幼馴染にして婚約関係にあるのだ。広志と同世代にして同じ教会に通うクリスチャンと言うこともあって仲は非常にいいほか、小津魁まで交えると止まらないほどだ。  「ビューリン被害で忙しかったから、どうなっているの…」  「それでもルナはきちんとお金を払う律儀な人だ、ありえないぞ」  車に乗り込んだ紫苑を乗せると直人は秋葉原の改装中の大型施設の駐車場まで急ぐ。  「この施設、パチンコ店だったのに、何にするんだろう」  「確か、スカイフーズとIT企業が共同で買収するって話だったわね。それでいいんじゃない」  「僕もそう思います。ですけど、ルナが…!!」  「急ぐぞ、このままじゃ間違いなくルナは何かがあったんだ!!」  直人が必死になって走り、リラ、紫苑が続く。三人が走ると、にぎやかなメイドカフェが見えてきた。「あかねちん」だ。  「いらっしゃ!?」  「すまん、2階の事務所に用事があるんだ!!」  驚き戸惑うメイドを尻目に三人は会談を駆け上る。  「ルナ、僕だ、シオンだよ!!」  「鍵がかかっているんだ…!!」  「僕が合鍵を持っています、リラさんは下がってくれませんか」  紫苑が鍵を取り出すと鍵穴に差し込む。すると鍵は開いたではないか。その時だ、小さな影が二つ飛び出してきた。直人が驚きを隠せない。  「ロバート、クリスティ!どうしたんだ!!」  「腹ペコ?」  リラが二匹のマンチカンを抱きかかえて部屋の中に入る。紫苑は台所に入ると驚く。  「ルナ!」  「気を失っているな…、リラ、下に連絡を入れてくれ!!」  「分かったわ!!」  ルナは意識を失って倒れている。紫苑はすぐにルナを抱きかかえるとリビングルームに移す。マンチカンは去勢手術を受けていれば、食欲をコントロールできなくなる。ルナは厳しい食事制限を二匹に行っていたのだ。その二匹はよほど腹ペコだったのだろう、紫苑のえさにがっついている。  「大丈夫ですか、ルナお姉ちゃんは!?」  リラにつれられて入ってきた女子高校生。彼女は桜井エミリといい、ドルネロに助けられた一人である。母親を病気で亡くしたがその治療費をドルネロが立て替えた上、学業まで支えてくれている。その影響もあり、エミリは内科医を目指していた。  「意識を失っているんだ。心臓は?」  「大丈夫ですけど、救急車を!!」  その頃、週刊北斗編集室を訪れていた男がいた。  「こんな場末の出版社をよく訪れていただき、ありがとうございます」  「二人とも壬生国騒動で大変な思いをさせてしまい、申し訳ありません」  「あれは俺たちのミスなのになぜあんたが…」  パット、リンに頭を下げていたのはあの高野広志だったのだ。戸惑う二人は広志に話題を変えようとする。  「気を使わないで結構です。それと、あなたがたのミスは別物ですから」  「気になることがあるんです、CP9のことで…」  「あのビューリンのことですか…。一度使えば麻薬のように依存性が強くて、使えば使うほど肌が悪くなる代物と分析されている化粧品のことですね」  広志は厳しい表情で話す。  「その魔性の化粧品で今、市川市内で公害が起きていて、GINも重大な関心を寄せています。どうも政治家や官僚に違法な接待が行われている可能性が高いと思いますが、証拠がなければ動けませんよ」  「そこがあんたたちの問題点なんだよな…」  パットはため息をつく。編集長がパットをたしなめるように話す。  「そうは言えないぞ、GINは強大な権力を有している、暴走してしまえば取り返しがつかない悪夢をもたらす組織だ」  「だからこそ、内部で監視体制を強化しなければならないのです。権力と言うのは恐ろしいもので、一度腐敗してしまえば暴走するだけです。そうならないように一定の緊張感がなければならないのですよ」  その時だ、広志のスマートフォンに電話が入ってくる。  「はい、高野です」  「俺だ、ドルネロだ。今回はビジネスじゃねぇ、とんでもないことになってしまった」  「あなたが持ち込む要件はいつもビジネスではないでしょう、で何が」  「ルナが秋葉原の事務所でぶっ倒れてしまった。おぞましい化粧品から回復させる仕事で過労になっちまった、すまねぇ…」  「分かりました、彼女の担当していた顧客を信頼できる場所に移してくれと言うことですね」  「おめぇには骨を折らせるまねで申しわけねぇ」  「あなたに散々お世話になっているんです、GINの権限と分けて対応しましょう。スコットランド王朝の男爵の地位を使えば問題はないのですから」  広志は電話を切ると、渋い表情になる。  「ビューリンのことで動いたのでしょう」  「ご察しの通りですよ、やれやれ…。ドルネロはお人よしですからねぇ…」  2  「というわけか…」  一見冷淡に見える青年が運び込まれたルナを診察している。  「費用は俺達が出す、できるだけの手当てを頼む」  「大丈夫、任せてくれ」  仲代壬琴は淡々とした口調で診断を済ませると、薬を用意させると同時に点滴をルナにさす。  「栄養不良なので、点滴をうっておきましょう。それと、休養が必要です」  「良かった…」  リラに紫苑はほっとした表情で話す。その時だ。  「大変です、仲代先生。『ビューリン』被害者が病院に押しかけています!」  「まずいな…。長田君を呼んでくれ!!」  看護師に指示を出すと仲代は紫苑、直人、リラに向き合う。  「なぜ、ビューリンの肌の手入れを彼女は…」  「エステシャンとしての能力が彼女は優れていたんです。だから、誰も拒まず最後まで治療しようと頑張っていたんです」  「俺は彼女と比べると恵まれている…。救えないのは何故なんだ!!」  悔しそうにつぶやく仲代。そこへ入ってきた青年。  「仲代先生!」  「栄養失調そのものだったので診察を行っていたが、あの魔性の化粧品で被害者が殺到しているそうだ、俺はその対処にあたる、お前は彼女の診察を主に、忙しいときに応援に入ってくれ」  「分かりました!!」  「みなさん、この後はこの長田が対処します、ご安心を」  長田亨はあの伊野治の姪である高野小春の婚約者であり、治の教え子の一人でもある。彼の父親が大工だったのだが怪我をした際に治が素早く治療したことがきっかけで外科医になろうと決めた青年で、今は治の勧めでヴァルハラ東京中央総合病院にて外科医として勤務していたのだった。  「食事もうかうかできん…。おにぎりだったからマシだ…」  おにぎりを片手に仲代は急ぐ。実はこのおにぎりは研修日と知った恋人の大野春香(愛称:リジュエル)が姪のリジェ(大野アスカとマホロの一人娘)に頼んで作ってもらったものだった。  「仲代先生が忙しくてすみません、長田といいます。患者様の手当てに入らせていただきます」  「そういうことか…」  ヴァルハラ東京中央総合病院に駆けつけた広志が厳しい表情である。  「ヒロ、これは大変なことになってしまった…。ルナがこれだけの患者を抱えて必死に手当てをしていたとは…」  「リラさんの話から推測すると、彼女はお人よしなんだから、一人で抱え込んでしまう。そして、自らのキャパシティも構わず必死に対応する。これだけの頑張っているエステシャンは見たことがないですね…、竜也さん…」  「そういえば、『ビューリン』の承認過程で不正があったといううわさがあるそうじゃねぇか」  「さすがに地獄耳の持ち主のようですね」  「当然だ、おめぇも知っているんだろうに」  「まあ、そうですね。情報収集を中心に対応しているところですが」  ドルネロを交えて直人から連絡を受けた浅見竜也、広志が話し合う。  「おめぇ、動くのなら協力するぜ。おめぇの正義を支えることが今の俺の贖罪だぜ」  「壬生国や麻薬のことで今立て続けで忙しいのに、無理だろ、ドルネロ」  「大丈夫ですよ、GINには人と言う資産がありますよ。強力な護民官たちが牙を研いで待っています」  「ところで、シオンはどうするつもりなんだろう…」  「俺も分からねぇ…。ただ、シオンはルナを大切にしている、ギエンにとってのメイであるようにな」  そこへ紫苑が近づく。  「すみません、ルナのことでこんな大事になってしまって…」  「当然だろう、シオン。いざと言うときには友がいるだろ」  「それに、仲間がいるだろう、大丈夫さ」  広志と竜也が紫苑に声をかける。ドルネロが言う。  「俺は金でしか支えられねぇが、それで命が助かるなら出してよかったぜ、今回は俺が負担するぜ。患者さんのことも任せとけよ」  「ドルネロ…」  「彼女のそばにいるつもりか?足りないものがあれば言ってくれ。俺が支援するよ」  「ヒロ…」  広志には紫苑がルナのつきそいでいることを見抜いたのだ。  「苦しいとき、声をかけ、支えてやってくれ。それが今の彼女には必要なんだ」  3  「というわけですよ、あなたにもたらすべき資料は」  「そこまでしてもらい感謝です、ピエール先生。メールを確認しました」  「媚びなくてもいいですよ、バロン」  「マロンの間違いですか?」  「フフフフ…、だからあなたは面白い人です。体に気をつけて」  「ええ、お仕事気をつけて」  ここは川崎のスカイタワー。  広志にかかってきた電話はドルネロの執事であるピエール・へリックだった。彼はフランス出身でフランス語に当然堪能のほか、テーブルマナーにも精通していたので広志はピエールから学んでいたほか、トランプでも互角に渡り合える仲だった。  「CEO、この記事に驚きましたぜ!」  電話を切った直後に顔に傷のある男と金髪の美女が入ってきた。  「グリムジョーか。すまん…、迷惑をかけている…」  「ビューリンの被害者があまりにも膨大で、驚きですわ」  セリーナ・カインがグリムジョー・ジャガージャックに続く。ちなみにセリーナは「ダークシャドゥ」出身であり、二代目月光、スチールバット、風のシヅカと同門である。  「確かにそうだ。日本連合共和国では販売禁止を言い渡しているが、関東連合では拡販が続いている。販売禁止を拒絶する理由に内政干渉を理由にしているが、これは筋が通るまい」  「なんだかの裏取引があると踏んでいますぜ、俺は」  「そうだ、それは明らかだな。怪談亭でなんだかの闇取引が交わされている可能性がある。内部捜査を行う必要があるな」  「そういうときにダークキャットがいればいいのですが…」  「それは無理な相談だ。すまん…」  セリーナに渋い表情で詫びる広志。ダークキャットこと今野淳一は妻の真弓がゴリラ東京中央署に勤務している関係から、そのままゴリラに加入させるよう広志は掛け合った。万が一、GINの情報がゴリラに横流れしてしまえば組織は混乱しかねない。ゴリラとGINは相互査察関係にもあるのだ。  「君達にこのデータを見てもらいたい。これが、ビューリンの実態だ」  「これは…!!」  「研究所で調べた結果だが、この化粧品は肌を美しくするという触れ込みに反して、強力な中毒性を有しているほか、服用をやめると肌をぼろぼろにしてしまう代物だ。最悪の場合は大理石同然になってしまうと言う結果も出ている」  「そんな…!じゃあ、ペイシェントは…!」  「ペイシェント・フィリップスはそのことを内部告発しようとした可能性がある。そこで、実家の両親にCD-Rを託したのだろう。そして、恋人のトム・ローン警部と一緒に調べていたところを何者かによって交通事故を偽装されて殺された可能性が高い…」  思わず涙を浮かべるセリーナ。実はペイシェントとは親友であり、ヘデア・ジャパンに勤務していた頃から仲がよかったのだ。  「それならば、睡眠薬が二人の体内から出てきて当然ですぜ」  「そのほかにも、ヘデア社の社長であるローレル・グロリアだが前の夫であるジョージ・ヘデアが病死した際に莫大の保険金を受け取り、その直後にスパンダムと再婚している。私はこのことも怪しいと見ている」  「確か心筋梗塞でしたね、病因が」  「それに関してはいくらでもできる。その以前から保険金をかなりかけていたと言うし、夫婦仲についてどうかは知らないが冷え切っていれば間違いなく他殺の可能性が高い」  「ヴァルハラ東京中央総合病院の患者さんたちはどうなったのでしょうか」  「治療中だが、仲代医師が悲鳴を上げていたほどだ。見かねた間黒男氏やヴァルハラ市川総合病院の院長である阿部一郎氏が応援に入ったほか、『千葉飛鳥亭』の白亜凌駕氏が栄養士の資格を生かしてサポートに入っているそうだ」  「そうですか…。ほっとしましたぜ…」  「君達には、CP9の取引先にもぐりこんでくれ。スコーピオン東京薬品という、主に薬剤を病院に卸している会社だがCP9とはあの薬害を引き起こしている薬剤以外で取引がある」  「かしこまりました。私にこの任務を命じた理由は何故…」  「正直に話せば、この任務はリスキーなんだ。公私混同になりかねないからだ。だが、グリムジョーと言う良き相棒を得た君なら、そうした壁を超えられるはずだ。君にとってかけがえのない親友だったフィリップ女史の無念を晴らすこととは、すなわち今回の『ビューリン』の不正な承認の実態を暴きたて、この世から完全に抹殺することだと思ってくれ。実行犯はゴリラが突き止めるそうだ」  「御意のままに。このグリムジョーが支えますぜ」  「信じているぞ、君たちを」  グリムジョーとセリーナが部屋から去った後…。  「もうこんな時期か…」  広志はため息をつきながらコーヒーを片手につぶやく。そして地図を眺める。追路山に天下航空がイムソムニアの少年テロリストの自爆によって墜落した『追路山の悲劇』が…。そして、その15年後におきたアジア戦争で広志は数奇な運命に巻き込まれた。  派手なトランペットの着メロが鳴り響く。  「もしもし、高野ですが」  「俺だけど、元気かい?」  「真東先生、相変わらずですね。もうそろそろ、あの慰霊祭が近いじゃないですか」  「俺もそう思っていた。四宮も今回慰霊祭に夫婦で参加するし、おととしからお前も一族を引き連れて慰霊登山に参加しているじゃないか」  「当然のことです。私にとって高野圭介は父、実の母はみどり。その二人を悼むことは家族として当然のことでしょう」  「先ほど、ドルネロから電話がかかってきたんだ。あの山の近くにリゾート施設を持っている会社の株主だそうで、招待券を手に入れたそうだ。お前や美紅ちゃんはきっと断るだろうから、紫苑たちにって…」  「なるほどね…。じゃあ、私も動きますか」  「四宮やドルネロの調整は俺が引き受けるよ、それに安田先生も任せてくれ」  4  「迷惑をおかけして申し訳ありません」  病院前に止められた車。  ルナは困惑しながらもドルネロに詫びる。  「気にしちゃいないぜ、おめぇさんあれだけ頑張っちゃ、俺が何もしないのは恥ずかしいじゃねぇか」  「そうだよ、むしろ苦しかったら助けを呼んだっていいんだよ」  ワゴンに3人は乗り込む。運転手はピエールである。  「では、ドルネロ様、どこへお連れしましょうか」  「『デジャヴ』にしたいところだが、トゥモローリサーチが対処しているから時間がかかる。今日はホテルにしておいたぜ」  「いいんですか?」  「それぐらいの金なんて気にするな。俺は納税額がトップレベルだし、貧困対策の職業訓練施設も立ち上げているからな」  そういうとドルネロはにやりとした。紫苑とルナは顔を見合わせる。  「おめぇらの服や身支度は俺で対応した。実は、関東近郊の追路山近くに俺が投資している会社のリゾート施設があって、招待券をもらったんだが、せっかくだ。おめぇら行ってこいよ」  「いいんですか!?」  戸惑う二人にドルネロはにやりとした。  「俺も後から行く。ルナはこの数ヶ月の間気を張り詰めていて厳しかっただろう、おめぇには息抜きが必要だぜ」  「それに、化粧品の代金は滝沢様が立て替えております。あなたの戦いを支えたいと言う意向です」  「よほど気を張り詰めていたんだろうな…」  紫苑の隣に寄り添いながら眠りについているルナ。  紫苑は辛そうな表情で追路への電車に揺られていた。その時だ。  「よっ、シオン!」  「ケンゴさん!どうしてここにいるんですか!?」  「明日、追路山で慰霊祭があってな。真東先生と四宮先生も夫妻で参加するそうだ」  遠野ケンゴはにやりと笑う。実はケンゴと広志は異母兄弟の関係にあり、ケンゴが兄、広志が弟の関係にあるのだ。九条ひかりが笑みを浮かべて話す。  「その慰霊祭に私達も参加するのよ」  「なるほど、そういうことだったんですね…」  「旅館は相部屋になっているみたいよ。きっとヒロさんのことだから男女別の部屋にしているけど…」  ほのかが話す。広志は日本に帰国後追路山慰霊祭を一度も欠かさない。慰霊登山も当然欠かさない。  「ヒロさん、ああ見えても過酷な運命に翻弄されて、それでも優しさと強さを失わない人なのよ。今の仕事はヒロさんにはまり役よ」  「僕もそう思う。ヒロは多くの経験を積み重ねて、護民官になっていったんだ」  竜也達トゥモローリサーチでは最年少だが、ケンゴ達では兄貴分でもある。  「シオン兄さん、ヒロ兄さんは今日の夜に直行するって言う話だって」  「仕方がないわよ、ひかるくん。ヒロは多忙なのよ」  美墨なぎさがいう。  そしてその夜…。  「済まない、遅くなって」  広志、美紅、小津魁、山崎由佳が荷物を抱えて入ってきた。  「ヒロ、済まない。君にここまで迷惑をかけてしまって」  「大丈夫だ。すでに手は全て打ってある。リラさんには化粧品の代金は払っておいた」  「これから使い放題って事だけど、気を張り詰めちゃ駄目よ」  「そうそう、俺達トゥモローリサーチのメンバーにまた迷惑をかけちゃ困る。苦しかったら早めに相談してくれよ」  リラと直人が話すと同時にドルネロが入ってきた。  「オーナー!来られるのなら一言おっしゃっていただければ…」  「今日は私用だ。気にするなよ、いつもどおりの全力接客すればいいのだからな」  「それにしても、ここはイケメンが多いような感じがする…」  真東輝が戸惑う。それもそう、ドルネロはホストクラブにいた従業員を次々に引き抜き、ゴールド不動産の子会社である太陽リゾートに採用させ、日本中のホストクラブから憎まれていた。新宿のホストクラブはデギム・ソト・ザビ時代に徹底した規制で激減し、そこで職を失ったホスト達がドルネロの運営するホテルに従業員として採用されていったのだ。その政策を日本中の地方政府が導入していたのだ。  「お客様、どうぞこちらへ」  「相部屋で構わない。すでに高野君が動いたようだけれども」  「夫婦は別の部屋を用意してあります。水入らずの時間を邪魔するとは野暮にもほどがある」  広志はにやりと笑う。  「いつもあなたは心憎い相手ね、ヒロ君」  「こいつはいつもそうだ。気を使い、自らは負担を集約させて徹底して気が張り詰めるまでやりぬく。たとえ無茶と分かっていながらも最後までやりぬくんだから、俺も我慢できなくなってしまうぜ、な、ドルネロ」  「安田院長の言う通りだぜ」  スキンヘッドの男とドルネロが広志の頭を軽く小突く。さすがに広志も苦笑を隠せない。この追路山は静かな山で森林のために空気がきれいだ。  「大丈夫か?」  翌日の朝…。  追路山初登山組の真東綾乃、紫苑、ルナ、ドルネロに広志は気を配る。美紅が素早く返答する。  「みんな大丈夫よ、ヒロ」  「すまない…」  「しかし、直人さんとリラさんが二度目の登山とは…」  「私は何でも興味があるのよ、貪欲なまでに。そこで直人を誘って上ってみたけど、頂上は気持ちよかったわよ」  「俺も自己中心的で、こいつに付き合うぐらいたいしたことはない」  直人はにやりと笑う。二人とも貪欲なまでに物事に取り組む傾向があり、それが過ぎてしまって周囲が見えなくなってしまう傾向がある。  「すごい霧…」  「ひかる、仕方がない」  「サングラスが似合わないわよ、ヒロ」  「勘弁してくれよ、なぎさ」  苦笑する広志。だが本当は悲しい感情を隠すためにサングラスをかけていたのだった。GINの立場を今は忘れて親しい間柄になっていたのだ。  「ここが、慰霊碑…」  紫苑が戸惑いの表情を隠せない。  広志はサングラスをはずすと花束を慰霊碑に捧げる。そして犠牲者の刻まれたプレートに近寄る。その眼差しからこぼれる涙。普段厳しい表情で指揮を取る広志とは違った一面だ。  「また、会いにきたよ…」  「慧さん、あんなヒロくん見たことがない…」  「令以子さん、僕もそう思う。普段のヒロは厳しい指揮官だ。何か事態があっても非情に振る舞い冷静かつ沈着に対応し、自ら汚名を背負う覚悟すら携えている。それがあんな表情を見せるとは…」  輝、綾乃が直人に促されて真東光介の名が刻まれたプレートに近づく。慧と令以子も四宮凱の名の刻まれたプレートに近寄る。  「まだ父さんのような医者にはなれていないけど、必ず父さんを超えてみせる。約束する」  「慧や蓮兄ぃにとって凱さんは超えるべき壁なのね…」  「ああ…。光介先生と父さんは名コンビだった。互いに目を合わせると何が必要で何をなすべきかを見抜ける相棒だった。本当なら、僕らの代わりに生きていれば・・・」  「そんな事はねぇぜ。あのテロでなくても、親は自らの血を分けた子供を守ろうとする。凱先生はおめぇらを身を挺して守り、破片が突き刺さりながら蓮先生や輝先生の心臓マッサージをして最後散って行った光介先生の気持ちが俺には痛いほど良く分かる。実の血を引いていない子供たちがいるけどな…。自分たちが命をかけて助けた子供たちが医者になるとは…。今のおめぇらだってあの二人に引けをとらない連携プレーができるんだから二人はきっと天国で誇りに思うだろうし、ヒロが命をすり減らしてでも成し遂げた奇跡を讃えるだろうよ」  「ひかり、ひかる!」  「ああ…」  広志の一声と同時にひかりとひかるは水を慰霊碑にかける。  「この国を、護民官として守り抜く。いかなる試練に打ち勝つと私はあなた方に誓う。あなたがたは我が戦いを見届けてくれ…!!」  「ヒロ…」  「人には弱い顔がある。その弱い一面を隠し、ごまかしてはいけない。かつての俺もそうだった」  紫苑とルナに広志は話しながら下山する。  「10年前、戦争に巻き込まれた俺は自らの運命を憎しんだ。人の手で生み出されたデザイナーズチルドレンだったと言う事実、そしてそれが人の欲望を背負ってたった存在だったと言うこと。何から何までもが罪悪感を抱えた過去であって絶望だらけだった…」  ルナは広志がテッカマンアトランティスだったことを昨日、由佳から明かされていた。その広志が凄惨な過去に苦しめれられ、苦悩していたことをなんとなく分かったのだ。  「だが、俺の養父母である久住夫妻と美紅がいたから、ここまで這い上がってこれた。そして、自分にできることはこの世の中を戦争に巻き込んだイムソムニアとシャドーアライアンスを打ち砕くことだと気がついたんだ。だから、この手で戦うと誓ったんだ」  「だからあれだけ無茶な戦いを重ねて…!!ヒロ、無茶苦茶すぎるんだよ」  「ああでもしないと、汚名は返上できない。罪悪感に追い込まれたら誰でもああいった無理に追い込まれる。ましてや、俺の代でこの闇は断ち切らねばならなかったんだ…」  「ヒロは自らの弱さを承知なのよ」  「由佳…」  「魁、俺は決して強い戦士じゃないんだ。セルゲイですらも乗り越えられたとはいえない。これからが俺の戦いだと自覚してもいるがな」  魁と輝、ドルネロ、美紅は10年前の広志の戦いを思い出す。たとえ傷ついても広志は護民官として戦うことをやめなかった。たとえ遺伝子が急激に消滅するテオメア減少症候群に追い込まれても、剣を手にイムソムニア・シャドーアライアンスの共同軍の侵略に立ち向かった。人々に蔑まれても、その人々のために戦い続けた。その不屈の精神が広志の下に多くの仲間を集め、そしてイムソムニアを葬り去ったのだった。  なぎさ、ほのか、ひかりは広志が傷つきながらも自ら剣を手に咆哮しながら戦ってきた記憶を思い出す。自らが傷ついても三人の制止を振り切って自ら先頭に立って人々と共に戦った。その姿から、オーブ国民は『オーブの国兄』と讃えているほか、警察軍にとっては英雄そのものだったのだ。  「弱いことを自覚している限り、人は強くなれる。溝呂木さんが俺に話してくれた言葉だ。俺は渡米後、溝呂木さんが紹介してくれた医者のオペを受けてテオメア減少症候群を改善することができた。だが、今でも死におびえている俺がいる…」  溝呂木眞也から渡米のときに受け取ったネックレスを握り締めながら広志はつぶやいた。  「溝呂木さんはヒロを良く支えてくれていたものね」  「ああ…。だけど、溝呂木さんから『俺はお前の戦う姿から励まされ、絶望の人生から希望の人生へと導かれたんだ』と言われたときには戸惑った。むしろ俺が支えられてきたのに…」  「これからが本当の戦いということだな…」  「ああ…、兄貴の言うとおりだ…。イムソムニアを滅ぼしても新たな闇は生まれる。肝心の喪黒は相変わらず暗躍している。これからが本当の戦いだと言うことは俺が承知だ…」  広志は自ら10年前失い続けても傷ついても人々のために決して戦うことを諦めなかった。その想いがいつの間にかデザイナーズチルドレンと言う数奇な運命を乗り越え、イムソムニアを打ち砕き、アジア戦争を終結に導いたのだった。  「必ず、この大地を守り抜く…!」  険しい表情になった広志がそこにいた。すでに闇は確実にその勢力を拡大しつつあったのだ。広志はその闇とこれから激しく戦わねばならないのだ。 作者 あとがき  今回の話は構想から比較的短時間で書き上げることができました。  ほっとしていますが、これから我が盟友に託し、修正作業を行ってもらってから私の元で修正作業が待っています。小説はこうした作業の積み重ねで成り立っているのです。 著作権者 明示 ウルトラマンネクサス (C)円谷プロダクション スーパー戦隊シリーズ (C)東映エージェンシー・東映 ふたりはプリキュア マックスハート (C)東映エージェンシー・東映アニメーション 星の瞳のシルエット (C)柊あおい ゴッドハンド輝 (C)山本航揮 バットマンシリーズ (C)DCコミックス おとうと (C)松竹 監督・脚本 山田洋次 泥棒に手を出すな (C)赤川次郎・徳間書店