Over the Gate 5話  Reason(小野哲)   1  「よっ、久しぶり」  松坂征四郎が殺されてから1週間後の金曜日。  仲田剣星が神田川高校に登校してきた。親友の安仁屋 恵壹は嬉しそうだ。  「あの事件で迷惑をかけてすまない」  「真相が明らかになればいいな」  「そうあってほしい」  剣星はつぶやく。いつもの冷静な剣星だ。だが、いつもよりも目つきがおかしい。さらに痩せている印象だ。  「剣星、大丈夫なの?」  「大丈夫さ。休んでばっかじゃ、みんなにすまない」  剣星は李ヨナ(留学生で剣星と同い年)に答えると職員室へと向かう。担任の川藤幸一に挨拶に向かう為だ。御子柴徹(安仁屋と同じ野球部でトップクラスの優秀な生徒、剣星のライバルでもある)が不安そうだ。  「李さん、仲田君大丈夫かい」  「松坂先生の事件を知った時、悔しがっていて、高野先生に突っかかっていたほどよ」  「そう簡単には立ち上がれないかも」  「まさか、ありえないぞ」  波風マリが悲しそうな印象なのに疑問を呈する御子柴。だがマリのその言葉は外れていなかった事は明らかになる。  「そうか、登校を再開したようだな」  2日後の永田町の高野広志下院議員事務所では…。  法律秘書の宝条栞に広志は答える。広志の指示で栞がサポートを務める事になり、そっと見守ってきた。栞はかつてのチームの一員で今は秋葉原でパソコンショップの経営者である十二月田猛臣(しわすだ たけおみ)に依頼してそっと見守ってもらう事にしていた。  その猛臣から剣星が登校を開始したと言う情報を知り、広志はやや胸をなでおろすと同時にある種の不安感を覚えていた。  「十二月田君には苦しい思いをさせてしまった。すまないな」  「あれは仕方がないわ、仕事ですから。身体能力の高さを買っていたのに残念よ」  「松坂先生の遺族から責任を追及されるのなら、この私が何よりも責められるべき立場だ。彼に罪はない」  視察現場に遭遇した猛臣は自ら何もできなかった事を責め、広志に土下座した上で遺族にも謝罪したが逆に広志は自ら手を取ると「君に罪はない、全ての責任はこの私にある」と慰めた。その光景を見た栞は広志の度量の大きさを改めて確認した。さすがにスコットランド伯爵らしい。  「ただ、彼曰く無理をしている印象ね。剣星君にはカウンセラーが必要じゃないかしら」  「同感だ。だが何より大切なのは事件の検挙だ。それは君自身よく知っている」  「そうね、あなたがGINのCEO時代に検挙した聖福教違法脱税事件と殺人事件がそうだったわね」  栞の両親は弁護士で、カルト団体と戦ってきたが殺されてしまい、栞は復讐を誓ったが松坂征四郎率いる警視庁が検挙して悪事は全て暴かれ、全資産没収と終身連日21時間労働懲役刑を全員言い渡された。加害者は過労死を迎え、その遺体は臓器移植に使われた上病理解剖された上墓場すら葬られない。それほど厳しいのだ。  「それは関係ない。君が受けた被害と他人の受けた被害が共通していただけで、罪は罪で償ってもらうまでだ。罪を償えばそこからは本人が罪を背負い、生涯その重さと向き合い、被害者に許しを請うまでだ。命を奪う事は逆に加害者にとって大いなる祝福に過ぎないのだ…。それを松坂先生は承知していた」  広志は淡々と目を閉じると厳しい表情で考え込む。  「剣星君はどうなるんだろうか不安ね」  「分からない。いずれにしても、我々は彼を見守るしかない」  「松坂先生の代わりに見守っていかねばならない立場じゃ…」  朱雀ほのか(広志の政策秘書、旧姓雪城)が悲しそうに見ている。  その時だ、広志の携帯電話が鳴り響く。広志が出る。  「はい、高野広志下院議員事務所ですが」  「高野先生でしょうか」  「私がそうですが、あなたは」  若い女性の声に広志は首を傾げながら聞く。この前の葬式の写真を急いで見ながら記憶をたどり寄せる。広志は下院議員の仕事故、多くの人と会っているのでこの作業は欠かせない。写真から見ると韓国の新聞でよく出てくる顔だ。広志の元に電話がかかってきたのはおそらく剣星に渡した名刺からであろう。  「この前松坂先生の葬儀でお会いしました李ヨナです。高野先生のお力をいただきたくお電話しました」  「ああ、あのあなたか。分かった、仲田君の事だろう」  「ええ、仲田君です。おとといから登校を再開したのですが、食欲が落ちているような印象です。みんな戸惑っていて、不安です」  「どういう事だ、李さん。私に説明を願いたい」  「昼食の時、姿が見えなくなっているんです。場所を探したら図書室で黙々と本を読んでいたんです」  「どうやら、食事がとれないという事はかなり深刻なトラウマを抱えているようだな」  「はい、昨日月岡さんとも話をして、このままなら高野先生に協力をいただくしかないという事になって…。仲田君を助けてください」  受話器の声は途切れ途切れだ。広志はヨナが泣いている事を察した。  「案ずるなかれ、然るべく私でも動こう。それと、事件の捜査も急がねばならないな」  「高野先生、私に代わってくれない?」  「分かった、ちょっと待ってくれないか」  「もしもし、宝条です。高野先生の秘書を勤めています。できれば放課後、あなたと会えたら会いましょう」  「お願いします…」  「じゃあ、川越駅前のデパートの入り口で6時ごろね…」  「はい…」  電話を切った栞に広志は財布を取り出した。  「どうやら会食に向かうつもりだな」  「ええ、女の気持ちは女じゃないと分からないでしょ」  「そうだな。食事の費用は俺の自腹で立て替える。領収書を持ってきてくれ」  「いつもの事よ。当然、この事は個人情報に留意した上で公表するんでしょう」  「当然だ。政治家は李下に冠を正すなというからだ」  「そこまで深刻なのか…」  その日の夕方…。  月岡尚人(ハヤタ記念高校・現代国語教師)は義理の妹のノエルから剣星の状況を聞いて為いきをついた。  「食欲不振が続けば、彼はこのままじゃ危ないわよ」  「あの事件で彼は苦しんでいるのだな…」  「さっきヨナちゃんからメールが来て、剣星君がおかしな状況にあるっていうの。どうすれば剣星君を助けられるの」  「分からない…。彼はけっして弱みを見せない性格だろう、かなり無理をしているはずだ」  尚人は車を運転している、というのは児童養護施設である「こひつじ園」に寄付する衣料品を運ぶ為川越に向かう事になった。そこへノエルが「どうしても川越に行かなくちゃいけない」と話した為尚人と同行する事になったのだ。  「ノエル、川越駅まで連れて行くよ。大丈夫かい?」  「そこでヨナちゃんと待ち合わせているから」  二人は相談をして、剣星を助けるべく動き始めたのだ。 ----君はもっと助けを求めるべきなんだよ…。苦しい時は誰でもあるんだから…  アグレッシブに動く印象がある剣星に尚人は心で話しかける。  「そういう事ね…」  「葬式直後から食事が取れないほど精神的に追い詰められているんです。私は剣星になれなくて…。どうやれば彼は元に戻れるんですか」  「どうにもならない状況なのね…」  渋い表情でノエルは尚人と顔を見合わせる。  栞は厳しい表情を隠さない。食事をしながら厳しい表情で言う。  「こうなったら、強制手段に打って出るしかないわね…」  「まさか、拉致するつもりですか」  「そのまさかよ。安心して、私は正当なルートで剣星君を助けるわ」  栞は微笑むと一枚のメモを取り出す。  「あなた達には明日、彼をピクニックに誘ってそこでヴァルハラに連れて行くのよ」  「抵抗したらどうするつもりなんだ」  「私がいるわ。琉球空手をやっていたから、みぞうちに一発やればどんな大男も意識を失うわ。ちなみに私を倒したのは高野CEOと財前丈太郎だけよ」  「怖い…」  「ゴメンね、怖がらせちゃって」  栞はみんなに詫びた。怨み屋時代と違い、弱者には怖がらせない事が信念に変わっている。  「しかし、君が剣星君の事が好きだとは知らなかったな…」  「ありえるわよ、彼女は幼なじみだからよ」  「単にそれだけじゃない…」  ヨナは物静かにつぶやく。  「あなたはある意味、韓国で孤独だったのでしょ?だから、日本に来て自分らしさを取り戻そうとしたのでしょう」  「それに、剣星の腕は温かかった…」  「そうか…。これは事態が深刻だな…」  広志は栞からの連絡を事務所のパソコンで聞いていた。  「間違いないわ。このままでは剣星君は精神的に破綻しかねないわ」  「君がそこまで言うのならやむを得ない。強硬手段だな、だが犯罪にはならないよう留意してくれ」  「当然よ、私は行政書士の資格を取得したばかりですから。それに、また刑務所に逆戻りなんて洒落にもならないわよ」  「頼むぞ、そして終わったら一報を入れてくれ。強制入院の責任は私がとる」  通信が終わると大男に広志は目を向ける。あのドン・ドルネロである。  「おめぇ、あの剣星って男に関心があるようだな」  「さすがにドルネロさんですねぇ…」  「あの剣星って男は地獄に落とされてもはいあがるだけの凄まじい闘争心を持っている。今はそれを引き出す術を持っていないだけだぜ」  「その力を引き出せば、彼は小さな怪物になりますよ」  「俺も同感だぜ。あいつは化物そのもので楽しみだぜ」  2  「これはひどいトラウマだね…」  長髪の男が厳しい表情でテスト結果を見てつぶやく。  ここは川越にあるヴァルハラ川越総合病院。公権力乱用査察監視機構とも協力関係を持っている。日本連合警察の科学捜査研究所所長である九十九龍介はテスト結果を見ていた。ヨナからの電話を受けて広志は栞に命じて剣星をうまく病院に連れ込んだのだった。  その際にヨナとノエルが協力した事は言うまでもない。ヨナのステイ元にノエルは一泊して、剣星に「ピクニックに行こう」と誘い、剣星をまんまと病院に連れて行ったのだ。そしてカウンセリングと点滴を受けさせるなどして肉体面での支援を行っていた。  「何とか騙してここまで連れて行くのに苦労したわよ。抵抗しそうだったので脅したけどね」  「あんた、けっこうしたたかなんだよね。俺もあんたと話す時には慎重にならざるを得ない」  「私の上司こそよ。あの人は突き放す厳しさもあるから読めないわ」  栞が渋い表情で話す。  「一応カウンセリングは俺がやる。一日十分でも電話でもいい、話を聞いておきたいんだ」   「俺も協力するさ…。俺も松坂先生に散々助けられたからな…」  「蓮先生、それはどういう事で」  「天下航空の墜落事故で、俺達四宮五兄妹は輝先生と生き残った。俺達に支援をしてくれたのは当時国家治安委員会委員長だった松坂先生だったんだ」  四宮蓮は悲しそうに話す。ヴァルハラ本部から巡回指導として、主に関東を引き受けており経営不振の病院はほぼこの数年で蓮のゴットハンドで再生されてきた。「切り捨てるよりも新たな可能性を見いだして再生する」事が蓮の信条で、病院再生のプロフェッショナルである長男の中田魁も、弟の蓮に一目置く。ヴァルハラでは外国出身の医師も多く、英語は欠かせないのだ。それだけ医療ミスには厳しく、常習犯は医師免許を返上させられた上、辞職させられるのだ。  「あいつは16歳と青春真っ盛りの時に戦争に巻き込まれた。そして出生の秘密や人類の欲望に巻き込まれ、苦悩の果てに闇を打ち砕いた。あいつの戦いを俺達も側面で支援する事が、この国を救う路だと今でも俺達は思っている」  その翌日の川崎の広志邸では…。  「なるほど、片岡一樹氏が行方不明になってしまい、その行方を探していた際にハヤタ自動車のリコールの容疑が明らかになったわけだ。この前受けた資料にはあなたの事までは書かれていなかったが…」  広志はヨナ、川越から東京に戻ったノエルに加えて一人の少女と話をしていた。彼女はあの片岡里奈だった。町田の真東輝邸から輝の息子である輝広と一緒にきていたのだ。ウルフライ(鬼丸光介)が広志の話を受けて話す。  「そして、マイケル・セナの行方不明事件がその前にあった。そして電気自動車の販売直後から小さなリコールが出てきたというわけだ」  「松坂先生が残してくれた資料やあなたの話を総合した結果で推測であるが、片岡氏は電気自動車に関係する重大な欠陥を知っていて、販売に反対した可能性がある。おそらくルーサー社長は気にくわなかったから、セナ選手をテストレーサーに使ったのだろう。その直後から行方不明だ、とすれば…」  「バボン、その関連で調べてくれないか」  「任せろ、お前さんの考えは俺にはよく分かるぜ」  バボン(高野慶次郎)はニヤリとウルフライに答えた。広志が下院議員として実績を上げているのはウルフライ、バボン、ほのかの三人が協調して資料集めをした上、広志自身も徹底して手を抜かない。研修生である草薙吐夢、楠木世良、栞も三人と同じ待遇にしてある為、士気は非常に高い。その為政権与党・革新党の政策でも批判も躊躇わない徹底した議論となり、日本連合共和国屈指の論客といわれていた。  「剣星君だが、一応表面的にはトラウマを消す事はできたそうだ。だが、心身共に支えないと彼はだめだと思う」  「私が支えます」  広志の言葉にヨナが即答する。彼女はいじめられていた事があったが剣星のおかげで乗り越えられた上、フィギュアスケートのプレミアステージで世界第3位になった。  「そうか、君なら彼を支えられる。苦しい時に支えてもらったからな。だが、気をつけてくれ。場合によっては自殺しかねないからだ」  「ヨナちゃんの陰に剣星君、って事ね」  ほのかがやんわりとからかう。昔のきまじめだが天然ぼけだったほのかよりやや柔らかくなった。  「しかし、君達が羨ましい。昔の私なら、理解されない立場故冷たい視線だったからな」  「それは私もそう。お相子よ、ヒロさん」  ほのかが素早く切り返す。その鋭さは相変わらずだ。  「ほのかさん、栞さんに任せるって剣星くんは何とかなるんですか」  「大丈夫よ、栞さんはかつてヒロさんと戦っていて、その手法を把握しているからよ。ヒロさんはだから安心して任せているのよ」  戸惑うノエルに答えるほのか。  「昨日の敵は今日の友というからな」  「悔しい…」  剣星は松坂征四郎の遺影を見て悔しさを隠せない。  「悔しいな、理不尽に殺されてやり場のない怒りをどう晴らせばいいのか」  「傍観者に分かってたまるか、この悔しさ!!」  剣星の憤りを龍介は受け止める。広志から「傍観者になるな、真っ向から受け止め、議論や評論などする事なく最後まで支えよ」と頼まれていたからだ。  「GINは組織を挙げて事件の検挙に挑んでいる。無視していないんだ」  「死んだじいちゃんは戻ってこない、じいちゃんに会いたい…」  「どう、気分は」  栞が担任の川藤幸一をつれて入ってきた。川藤の表情はかなりかなしそうだ。そこまで苦しい想いを剣星が抱えていたとは思わなかったのだ。  「…」  「そうとう無理をしていたようだな。お前の苦しみを理解できなかった事を許してくれ」  川藤は剣星の前で頭を下げてわびる。無言の剣星。  「志の大きさは、その人間の大きさだ。俺はお前が立ち上がる事を信じている」  「無理に比較をするな!!」  龍介が川藤にいう。だが、川藤は慌てない。  「本当にどうしようもない人間なんて、この世にいませんから。ここは俺に言わせてもらえませんか」  「九十九さん、この人は本気よ」  栞の言葉に龍介は考えながら話す。  「川藤さん、俺はあんたを信じよう。心の迷宮を打ち砕くには俺一人じゃできない。あんたにも協力してもらうよ」  「剣星、元気出せよ。お前らしくないぜ」  川藤の後に入ってきたのは安仁屋と幼なじみの八木塔子。二人とも川越神田川高校まで同じ学校に通っているほか、埼玉屈指のクラブチーム・川越サンダーバーズのメンバーでもあった。ちなみにオーナーは神田川高校教頭で野球部部長を務める池辺聖である。  「俺達のクラブチームにも、ソフトボール出身の投手がいるんだ。彼女、硬式野球を諦めきれなくてわざわざ東北の中学校から移ってきたんだ。俺も彼女の情熱に負けられない」  「亀山さんの事だろ、分かる」  亀山恵子は東北出身でしゃべりに若干なまりがあるが剣星は気にしていない。そこへ入ってきた初老の男。  「遅くなって申し訳ない、川藤君」  「村山校長!!」  川越神田川高校校長(関東学苑理事、塔和大学顧問)の村山義男が汗だくになって入ってくる。川藤の同僚である真弓りえ(ソフトボール部顧問、空手をしていた時から川藤とは知り合い)から事情を聞いた村山もこの場に駆けつけたのだ。真弓は普段、川藤がカップラーメンばかり食べていると知ってからは「しょうがないから」と弁当を作ってあげたりしているほど世話焼きである。  「真弓君から話は聞いた、君達は泥をかぶりすぎだ。汚れ役は私がやらねばならない」  「だが…」  「君達はだが、学校の宝だ。絶対に守り抜く」  そういうと剣星の手を握りしめる。  「松坂先生の眼差しが、君にまだある。私は松坂先生に若い頃助けられた。最近では野球部の備品や施設の寄付で助けられた。松坂先生は亡くなっても、その魂は決して滅されない。私が松坂先生の魂を引き継ぐ一人だ」  「最後に松坂先生と会ったのは福原だったよな、確か弁護士になろうとして励まされて。あいつも松坂先生が殺されたって知って泣きじゃくっていた。俺達も松坂先生に支えられていたんだ」  安仁屋が悲しそうにつぶやく。普段強気な彼がここまで悲しむ。  「剣星、俺達にできる事ならできるだけの事はする。約束させてくれ」  「できる事から、はじめる…」  考え込む剣星。そして10分後…。  「真相を、突き止めて犯人を摘発するしかない」  「本気か!?」  「それしかない。じいちゃんの悲劇をこれ以上繰り返すわけには行かないんだ!」  剣星の眼差しは本気だ。剣星の決心が本当だと見抜いた龍介が確認で聞く。  「君の恨みだけで動いてはだめだ、それは約束できるか」  「ええ、恨みは捨てます。ないと言えば嘘になります、だけどこれ以上悲劇は繰り返すわけには行かないんだ」  剣星が再び立ち上がった瞬間だった、そして、彼の決心は大きな組織の犯した闇を暴き、大きくそのあり方を変えるきっかけになろうとは誰も予想だにしなかった…。そして、剣星はこの事がきっかけで大きく生まれ変わろうとは誰も思わなかった…!!  「今回の原因はどう見てもハヤタ自動車の事件が絡んでいるな」  2週間後の広志の永田町の事務所…。  重田俊彦は険しい表情で広志に話す。そこを剣星、ヨナ、ノエルが里奈と共に訪問していた。松坂の遺産のうち、住宅と1億円の資産、そして松坂がオーナーを務めていた不動産会社の松坂産業は剣星が継承する事になった。その為の弁護士の契約を永田町の高野広志事務所で取り交わした後の話だ。  「確かに事実でしょう。私もここまで調べるのに大変だったわよ」  「それは宝条の指摘通りだな。しかし、君はやせたな。よほど辛かったんだろう」  「ええ、彼は食事をとれなくて…。ようやくこの前からとれるようになったんですけど…」  ヨナが話す。  「それでこの前私に君は依頼してきたな。まあ、その程度なら私も支持者に要請して支援する事は出来るのだが…」  「剣星君、あなた幸せよ。これだけ支えてもらえるだけあって…」  「そうですね…。今でも、じいちゃんの事は…」  「分かる、その辛い気持ちは私にはよく分かる。松坂先生の事は忘れるな、みんなのなかに生きている」  広志は悲しそうな剣星に声を掛ける。自身も天下航空の墜落事故で戸籍上の両親を失った悲しい過去を背負っていたほか、その出生も人類の欲望が絡んだものだった。それで広志は苦しみ悩んだが、多くの人の支えで立ち直った。そして、アジア戦争でテロリスト・イムソムニアを打ち砕いたのだった。その強靭なまでの闘争心が広志を強くも優しくもさせていた。  「剣星、もうそろそろよ」  「ああ…。俺は今回あなたにお願いをしにここに来ました。祖父の敵を取りたいんです、俺にもあなたの手伝いをさせてください!」  「ダメだ、私怨で動くのは大きな禍根を招くだけだ!」  広志は厳しい口調で言った。だが、剣星は動かない。  「じいちゃんは、俺の言葉がきっかけであんな事件に巻き込まれたんです。じいちゃんを巻き込んだ結果のけりは、俺につけさせてください!」  「だから言ったでしょ、高野先生も反対するって」  「ヨナ、俺も承知だ。だけど、許せないんだ。たかがしれた一企業がくだらない失敗を犯して、失敗を隠す為に人の命を奪い取るのは許せない…」  剣星の目からは悔し涙すらも流れている。欅一十郎が続く。  「剣星ぼっちゃまの無念は分かります。私も主の敵を取りたいのです」  「ううむ…。これは私の個人的な推理の枠内の話だが…」  「高野先生…」  「アスカJr、ハヤタ関連の資料を用意してくれ」  「あります。こちらです」  ネームプレートに飛鳥大貴と書かれた青年が資料を持ってくる。更に金髪の青年が入ってくる。広志の弟で週刊プリズムの編集委員を務めている九条ひかるである。姉のひかりは異母兄・広志や遠野ケンゴと共にアジア戦争を戦った戦友である。  「彼はゼーラからの政治留学生でね、この事務所でアルバイトをしながら大学院に通っている。彼が今回大まかな情報を集めてくれた。ひかるも動いてくれていてね」  「これは…」  「今回、GINも独自に動いている。僕は詳しい事は知らないがGINに所属するスタッフ二人がハヤタ自動車の販売店に潜入捜査していてクレームが頻発している事を把握している」  「父はこの事を知っていたんですか?」  「分からない…。だが、ブレーキ系統に関するリコールが10年前から頻発していた事も把握している。販売店が困るのは無理もないな」  里奈にひかるは厳しい表情で話す。そこにヨナが考え込みながら話す。  「そういえば…、私の家の車がよく故障していたのも…」  「どういう事なの?」  「ノエルちゃん、私の家はハヤタ自動車と韓国で販売の合弁会社を経営しているの。よく故障するから独自に修理するアフターサービスを行ったり部品の交換を定期的に行ったりしているのよ。私の家の車もよく故障していたのよ」  「あなたの家の車もハヤタだったのか…」  溜息をつく広志。ひかるも渋い表情で話す。  「なおさら、ハヤタの悪事を突き止めなければならなくなった、兄さん…。彼らの心に技術者の誇りはないのかな」  「あればこんなリコール事件は起きまい…」  「そうだな、亡くなった君の祖父、松坂征四郎は私にこう語っていた…、『怨みで事を進めるなかれ、悲しみが大きな悲しみを、憎しみが更に大きな憎しみを招くだけだ』と警告していた」  今や広志の右腕になったシャア・アズラブル上院議員も続く。頷く広志。  「その事を絶えず意識に置いて、冷静な行動を取る意識が君にあるのか…」  「あります、ここにいる仲間達が俺のブレーキ役を引き受けます、頼む!」  こくんと頷く三人の乙女。広志は剣星の瞳を見ていたが頷く。  「よし、君達の覚悟は受け止めよう。私も出来うる限り最大限のサポートを行う!」  「俺はハヤタ自動車の悪事をこの世に暴き、経営者に正義の法の裁きを受けさせる事こそが祖父への弔いになると思っています。力を貸してください!」  「というわけですわね…」  「越乃先輩、迷惑をおかけします。それにつばささんに井原さん、田村さんまで…」  「事情は承知した。僕はハヤタのやり方が潔白である事を証明できるかできないかに興味があるが、どうやら渋い状況だな…」  井原満は苦い表情だ。田村麻奈美は現役の小学校教師だが、私立の休校日だった為参加する事になった。  「でも、悪事が暴かれた後にどう変わるかが問題なんです。里奈ちゃんの為にも、力を貸して欲しいんです」  「その為にいるんだ、僕達は」  剣星に尚人が話しかける。無言で頷く剣星。  広志は自らの国会議員としての特権を利用し、シュナイゼル大統領の了解を得て剣星達を国会図書館に入館できるよう掛け合ってくれた。シュナイゼル大統領は「大人二人を付き添わせるのなら」と条件を出した上で受け入れ、剣星、ノエルが大人達を集めた。  ちなみに里奈は高野広志事務所で待機させる事にした。  「越乃先輩、ごめんなさい」  「大丈夫ですわよ、それにしてもハヤタのやっている事はひどすぎですわね」  越乃彩花は渋い表情だ、一応彼女は今年19歳になる。だが、ノエルの情報サーチに協力できる能力を持っていた為参加をノエルが求めたのだ。ちなみに彩花は「フィギュア界のラクス・クライン」と評されている。  「フィギュア界三大美女を従えていやはや…」  「こればかりは不可抗力でしょ?」  だが、そんな彼らを黒い帽子の男が車の中から見張っていた。男は電話を掛ける。  「もしもし、スワローテイルですか?サムです、奴ら国会図書館に潜り込んだようです…」  「吐夢、システムから検索した結果は?」  「先生、これだけ出てきました。それと奴らのヨーロッパでの暗躍も出てきました」  「世良、お前はどうだ?」  「これはひどすぎるぜ、偉大なるヒロ…」  広志は自ら指示を出すと福島の事件の洗い出しを始めていた。  数々の資料を眺めながら厳しい表情で里奈に話しかける。  「これだけのブレーキ関係のクレームがあったとは…。今までハヤタは定期補修を行ってきたので、ごまかしてきたのだろうな…」  「実に巧妙な手口だな…。奴ら、車体を始末している可能性が高いな…」  「父はこのクレームに気がついて…」  「その可能性が強いな…。そこから、ハヤタが焦って後始末したと言う事かもしれない…」  里奈は悲しげな表情だ。広志は厳しい表情で話をする。  「ハヤタの狙いはただ一つ、電気自動車で主導権を握らんとしていた…、その為にはイメージが悪いリコールは隠す必要があったわけだ…。ソレスタルビーイングのトレーズ・クシュリナーダが調べてくれた…」  「これだ…!これがあの福島県の事故の記事だ…」  「だけど、おかしいじゃない?その後肝心のセナ選手は退院していないじゃない」  「そうですわね…」  彼らは広志の紹介状で国会図書館に入っていた。  そして広志の特権でハヤタ関連のコピー資料を受け取る。これらは、あらかじめ広志が話をしていた為である。更には広志が根回しして、国会図書館職員がすでに関連資料を用意して待っていた。  「メールでも入れとく?一応会話はできないけど、通信メモリー用意してきたから」  「これ、オーケーなの?」 「一応大丈夫だって。だから権力って怖いんだよ」  「先生、メールが来ました」  「いいわよ、こちらもデータベースの準備はできたわ」  「なになに…。『ハヤタ自動車福島レース場、マイケル・セナで検索してください』」  「いいわよ…」  ノエルの振り付け師で母・みゆきのライバルだった生田奈緒子がうなづく。  メールを受け取ったのはノエルの同級生である佐藤由佳だ。剣星は港区の図書館にも奈緒子と由佳を回して情報の収集を頼んでいたのだ。  「剣星君、かなりの切れ者ね…」  「アナリストとしてもピカイチですよ。あの松坂先生の教えを受けた最後の教え子なんですから」  「だからヨナちゃんの演技がうまくなっているのね…」  「出向の準備は終わったな」  ここは平河町にある桑田福助事務所。  福助は永田町に本部を置かず、近くの平河町に事務所を置いていた。地方からの陳情も多いのだが、福助は陳情には丁寧に断っている。しかし、問題点をきちんと分析して国会で質問するので断られた人達も不満には思わない。その実績が認められ、広東共和国に国家顧問として出向する事になった。  「広東共和国に4年間単身赴任ね…」  「ああ、明後日議員辞職届を出して、4年間だ…。まあ、俺不在の間は宇宙工学者出身の柘植君が党首を務めるがね」  絵里に微笑む福助。上院議員の市丸麻美も懐かしそうに言う。  「8年前がつい昨日のように感じられるね…」  「ああ…。あの戦いが俺達の運命を変えてしまったんだな…」  その時だ、二人の若い男が駆け込んできた。  「桑田先生、我々を助けてください!」  「君達は一体!?」  「この資料…。見てくるだけでも恐ろしい…」  「たまたま税務署に眠っていた二年前の調査です、それが全く手がつけられていなかったんです」  橋場大二郎が厳しい口調で話し始める。  「私は坂下さんと相談しました。彼も調べた結果、税務署も一緒になってハヤタ自動車が脱税をしているという事に気がついたんです」  「まずいな…。市丸、二人の保護を頼む!」  「ええ、GINにつなげるわよ!」  「俺達はどうなるんですか…」  坂下俊が不安そうに聞く。麻美はさっそくGINに電話をかけ始める。  「GINは悪党の資産は容赦なく奪うし、正義の為に戦う者達の味方だ。俺達進歩党もそうした意味では彼らの味方だ」  「もしもし…」  「しかし、よくおかしいのに気がついたな」  「ルーザーが以前社長を務めていた日本モーターが6年前に買収して持ち株会社に組み込んだ東洋電装の正体不明の株主がハヤタ自動車の垂水嘉一会長だったという事が分かったんです。この資料が焼却処分されるところだったのを今回こっそり持ってきました」  「となると相当狡猾な手法を使っているな。8年前のリブゲートの粉飾決算事件に匹敵するな…」  「7年前から6年前、日本モーターは経営不振として赤字決算をしていたじゃない、もしそれが粉飾決算なら…。ぞっとするわよ」  その頃…。  高野広志事務所に電話が入ってきた。スーパーコンピュータで出てきた情報を机に集めて推理を続けていた広志は電話に出る。  「もしもし、高野です」  「俺だ、真東だ。今福島にいる」  「輝先生、なぜ福島にいるんですか!?」  広志は驚いて戸惑った。広志の主治医の一人で、何かあれば相談相手になってくれる歳の離れた親友でもある真東輝だった。  「奇妙な患者の話を聞きつけてハヤタ記念福島病院に行ったが、面会させてもらえなかった。そこで、その告発者と面会したんだ」  「そうでしたか…」  「医療機関再生機構の魁兄ぃ(中田魁、四宮一族の長男)とGINの陣内に立ち会ってもらって事情を聞いた。そうしたらその患者の名前がマイケル・セナというんだ…」  「まさか…!!」  「ヒロ、マイケル・セナは死んだ可能性が高くなったと思わないか…」  「ええ、俺のスーパーコンピュータのデータベースでも生存が疑わしいと出てきています」  「先ほど福島駅前であの二人と合流した、彼らから話を聞いたがかなり暗躍しているようだ。傍観者じゃいられないのは俺達ばかりじゃなかったようだな…」  「分かりました、くれぐれもお気をつけください」  広志は厳しい表情で電話を切った。近くにいた栞にニヤリとする。  「宝条、君はたいした根回しだな」  「偶然ね。私は今回サウザー・ロペスに連絡してあの二人を貸してもらっているわ。そこへあの真東先生がハヤタの事で調べていると言うから、合流させて協力させたまでの事よ」  「俺で後でお礼を言わねばなるまい」  「それは不要よ。私が行うわよ」  広志のデジタルフォトフレームには陣内一家の写真が出ていた、陣内は美奈子夫人と広東騒動の後丈介、寛子と二人の子供に恵まれていた。その時だ、電話が鳴る。広志が電話に出る。  「はい、もしもし、高野広志事務所です」  「高野先生…、どうして…、どうして…、義兄さんが…!!」  その声は彩花で、涙ぐんでいる。  「どうした、何があったんだ!?」  3  その1時間前…。  黒い帽子をまとった男が車から出てきた。男は周辺を気にしながら電話を受ける。  「もしもし、サムだ」  「サム、件の青バエどもがやかましいのよ。スワローテイルもボスもうんざりしていたわ。さっさと始末して」  「この前の松坂と同じように殺れというのか」  「無理ね…、国会図書館は刃物持ち込み厳禁よ。絞首なら大丈夫だけど…」  女は無邪気に言い放つ。そう、男の名前は小木駿介、サムというコードネームを持つ男である。  「前回の1億円の報酬は確認した。今回のサラリーは?」  「人数次第で決定ね、一人当たり100万円ってところよ」  小木は社会人野球チームで将来を期待されていたが婚約者で弁護士の二ノ宮颯乙(さつき)を庇って肩に大きな怪我をしてしまいチームから追い出されて生きる為に始末屋に加わった。そして初めての仕事が松坂征四郎暗殺だった。何とか成功したが愛用していた帽子をうっかり落としてしまった。  それでも成功報酬は1億円と膝ががくがく震える世界だ。それではどんな人間でも良心を麻痺してしまう。  「よし、やってやる!」  小木は自ら立ち上がると足を引きずる素振りをした。車の中には杖がある、片方の目に眼帯をつけ、身体障がい者を装う変装をすると国会図書館にふらふらと向かっていった。  「いたな…」  記憶力の確かな小木はターゲットを剣星とヨナに絞っていた。その二人が資料を厳しい表情で眺めている。 ------よし…、行くぞ…!!  小木は手元の杖をすっと引く。だが、女性の後ろ姿を見て驚いた。 ------まずい、なぜ颯乙(さつき)の妹の彩花がここに…!?まさか…!!  こうなった以上奇襲しなければならない。だが、青年がその光景をみて思わず声をあげた。  「危ない、剣星君!」  その声を上げた月岡尚人の声に剣星は素早く動く。  黒衣の男が杖を剣星の頭に振りかざそうとしてきたのだ。素早くカボエラでマスターした動きでヨナをかばいながら男に向かう。  「ヨナは逃げろ!」  「剣星!」  「奴の狙いは俺だけや、じいちゃんの弔いだ!」  剣星は叫ぶと黒衣の男の振り回す杖を片腕で受け止める。ヨナを庇いながら剣星は男と真っ向に向かい合っている。杖を引いて奪い取ると男は拳をぶつけてくる。剣星は片手でその拳を正確に受け止める。焦った男の表情を剣星は見逃さなかった。  素早く飛び上がると男の眼帯と左肩めがけて手刀をぶちかます。  「痛っ!!」  男が苦しみながら後ずさりする。眼帯まではずれてしまい、彩花はその男の顔を見て震え上がる…。  「どうして…、なぜ…!!」  「くっ!」  男は驚いて国会図書館から走って逃げていく。  「彩花先輩、あの人は一体…!!」  「そういう事だったのか…」  広志は彩花からの電話を受ける。  「恐らく、義兄さんがハヤタの今回の事件に絡んでいるわ…、義兄さんを助けて…」  「了解した、警備は強化しよう」  広志は電話を切った後険しい表情で里奈に目を向ける。重大な事が起きたと一同は見抜いていた。  「今、国会図書館で剣星君とヨナちゃんが襲われた。幸いにして剣星君が反撃し、暴漢は追い出された。だが恐らく、次はあなたが確実に狙われる。さていかなる策を打とうか」  「簡単な事よ、里奈ちゃんに危ないリスクを負ってもらうけど、彼をここにおびき寄せるのよ」  「なるほど…、あんた狡猾な頭だな」  策略に長けたウルフライ(鬼丸光介)が栞の提案にニヤリとする。バボン(高野慶次郎)、朱雀ほのかが頷く。ウルフライ、バボン、ほのかは広志と8年前から同じチームの一員だから連係プレイは確実だ。それを踏まえた作戦である。広志は不安そうに聞く。  「大丈夫か?」  「はい、真実の為なら何でもやります!」  「失敗は俺が責任をとる。どんと行け!!」  「私達はヒロと一心同体じゃないですか」  「馬鹿な事を言うな。私のために死ぬ必要などない。むしろ私は君達の危機に命を投げ出してでも守る!!」  4  「クソッ…」  まさか彩花に顔を見られるとは誤算だった。その上、剣星の反撃はきつかった。  左利きの剣星の攻撃力は凄まじい。その攻撃を喰らって以前野球で怪我をした肩の古傷が痛む。だが、失敗した以上もう一つの手柄を得なければならない。小木は焦って判断がまともではない。  高野広志事務所を見ると、里奈が一人で本を読んでいる。  「ウォリァァァァァッ…!!」  小木が広志の事務所に入って里奈に飛びかかろうとした瞬間だ。  「おい、待ってたぜ!飛んで火に入る夏の虫さんよ!」  背後から襲いかかったのはバボンだ。バボンは羽交い締めにして小木の持っていたナイフを素早くたたき落とす。  「ナイフを回収しろ!」  「松坂先生のお返しだ!」  ナイフを軍手で素早く回収したウルフライが小木の首筋めがけて重い手刀をぶちかます。  「ウグッ!」  ふらついたところを栞が見逃すはずがない、素早くハイキックをかます。  「ほのか!」  「任せて!」  倒れてきた小木を素早く受け止めるとほのかは紐でぐるぐる巻きにした。入ってきた広志が4人に手を上げる。  「ヒロ、一丁上がりだぜ!」  「さすが、ナイスプレイだ!」  小木の落とした携帯電話を回収する栞。  「奴の電話番号を調べろ。もしレンタル携帯電話なら法人名を突き止めて調査をかける。頼むぞ」  「当然よ、任せといて」  「始末屋だと…」  広志は厳しい表情でイザベラ(ベラ)・マリー・スワン、エドワード・カレン、ジェイコブ・ブラック(三人とも警察軍大学に通うGIN所属メンバー)から話を聞いていた。  「小木容疑者を連行して調べていますが彼は口が堅くてなかなか供述しないんです、しかも実兄や婚約者姉妹との面会の話も拒んでいます。栞さんのおかげで素性が分かったのはいいのですけど…」  「そうか…、で始末屋連中の素性は分かったのか」  「ネロスセキュリティといっていますが、実際はハヤタとつながりの深いアイアンウッドファンド専属の警備会社で社長は桐原剛造という男です、そしてスワローテイルというあだ名の副社長である乃木怜治が陣頭指揮を執っています」  「連中は全員芋づる式に逮捕したか」  「はい、初代の教えに沿って奴らを誘い込んで一網打尽にしました」  「それでいい。エディ、君は成長しているな」  「ベラが僕に教えてくれた事です。彼女は僕よりできています。そして僕の気持ちを読める相棒のジェイコブがいなければこのミッションは成功できませんでしたよ」  財前丈太郎は世界共同政府から参画要請を受けている為、次のCEOに真壁史彦を選んだ。普段は陶芸家なのだがいざという時には自ら陣頭指揮を執る切れ者だ。だが、GINの世代交代も一気に進めなければならない。そこで若手の学生を研修生として迎え入れたのである。そんな彼らが真壁一騎、皆城総士・乙姫兄妹、遠見真矢、羽佐間翔子、春日井甲洋、要咲良、近藤剣司、蔵前果林と平均14歳の若手であった。  その彼らを厳しく指導しているのが鬼丸元気だった。今は彼らチーム児雷也の運営責任者として、自ら先頭に立って激しく戦う為反発もあるのだが、彼らは『高野広志の再来だ』として元気の現場での経験に共感していた。そんな元気のやり方に許嫁でもあるセーラは一つの不安を感じていた。その為彼女は医学の道を歩む事にしたのだった。  「高野先生、初代CEOとして彼の事情聴取をお願いしたいのです」  「お受けしよう、だがいつまでも俺に頼むのはな…」  渋い表情で広志が言う。日野道生が広志に話す。  「俺はあなたの事を知っています、是非力を貸して欲しいのです」  「君に頼まれるとな…」  広志は苦笑いしながら日野に微笑む、というのは彼はセルゲイ・ルドルフ・アイヴァンフォーの戦いに関わった日野誠の親類でアメリカに留学していた切れ者だった。ソマリアに研修へ行っていた際に知り合い、その実力を広志に認められてGINへ移籍したのだった。  「容疑者の実兄が兄貴と関係がある。だから俺が動く事になるだろうなとは思った。よかろう、動く事にしよう」  「はじめまして、高野です。私の兄があなたにお世話になっているようで…」  朝日奈孝也(34歳、アイアンウッドファンド副社長)と広志は向き合って話し合っている。実は朝比奈の実の弟が小木駿介だったのである。  「我が双子の弟があのような事になろうとは…。何ともやりようがない…」  「あなたは目的の為なら手段を選ばないと言われているようだが、本質は違うんじゃないですかね」  「私の事を事前に調べられたようですな」  「ええ、そうじゃないと話になりませんからね」  広志の前に牛山百子が紅茶を入れる。広志は頭を下げると紅茶を手にした。  「あなたの娘さん、雛さんというそうですね。実は行方不明になっているエンジニアの片岡一樹さんの娘である里奈ちゃんと親友だそうですね」  「私も投資している関係上、ハヤタの事が気になっています。弟を頼みます」  「その為に、私はあなたから話を聞きに来たんです」  そこへ広志の前に入ってくる若い男。  「彼は熊田といいます、ハヤタの財務資料を彼は独自に分析しています。あなたにお渡ししましょう」  「ありがたい、ぜひいただきましょう」  「相変わらず口の堅い男だな」  あきれ果てる桜井侑斗警部。  「全て黙秘します」  「お前がどんなに黙秘しても我々には証拠がある、もうお前は終わりだ」  「関係がない、俺は何と言われようとも黙秘します」  「…」  広志は厳しい表情で事情聴取の光景を見ていた。真壁史彦次期CEOは和服姿で広志に話す。  「しかし、初代が直々事情聴取に当たられるとは…」  「日野君に頼まれたのではこちらも貸しがある、貸しはしっかり返しておかねばならない。そうでしょう」  「初代にはお手数をおかけします」  広志に頭を下げるのは風見シヅカ。今はGINでホワイトプラチナライセンスを所有する幹部のひとりである。    桜井に肩を叩くのはシヅカ。  「初代CEOが直々に事情聴取に入られます」  「そうか…。よし、では初代の腕を久々見せていただこう」  「すまないな…、ここまで手こずらせるとは…」  「何しろ相手は頑固です、場合によっては免罪プログラムも使う必要があります」  「免責措置はあくまでも財前と真壁の二人しか使えないぞ」  「初代、私も事情聴取に入りましょう」  「それがいいでしょう、私がやってしまうと独断になってしまう」  「久しぶりだな…、何日ここにいる…」  広志はすうっと事情聴取室に入ってきた。  「お前の名前は小木駿介、34歳だな。私はGINの初代CEOの高野だ」  「そうですが…」  「お前の兄とも会ってきた。率直に言わせてもらうがお前さんが松坂先生を殺したのは明らかだ。なぜならお前さんは二つの有力な物的証拠を残したからだ」  広志は帽子の写真と会場に残された靴の跡の写真を示す。  「お前さんの靴と、会場に残された靴は一致している。そしてお前さんが我が事務所を襲った時に用いたナイフに残った血痕が松坂先生の血液と一致している。お前さんの罪は揺るがない。もうお前さんは終わりだ…」  「…」  「それで心に壁を作って閉ざしているのだろうが、まだチャンスはある…。お前さんに指示を出した連中、その背後にある組織の実態を教えてくれ…。それによってはこちらも何だかの手を打たないわけでもない…」  真壁がゆっくり話し始める。だが、小木の心は閉ざされたままだった。  「黙秘権を行使する事は、ある意味図星という見方もできる。肩の怪我、どうなんだ…」  「現在治療を受けています」  「その怪我の原因が社会人野球チームから独立リーグの相模原ベースボールクラブにいた際に負った怪我、そして婚約者である弁護士を庇ってできてしまった怪我でもあるな…。自分の罪は許せないが、何よりも彼女が悲しい顔を見るのは嫌だったんだな…」  広志の穏やかな口調に泣き崩れる小木。  「CEO…」  「そんな心があるなら、お前が知りうるハヤタの犯罪について話して欲しい。そしてこれ以上ハヤタの被害者を増やすわけにはいかない。我々に力を貸して欲しい…」   「初代、彼の供述はどうですか」  「今まで我々が調べてきた情報の裏付けになっている、間違いはそれほど無い」  広志は厳しい表情で話し始める。  広志は川崎の事務所に一旦立ち寄り、そこで福島から戻ってきた輝、栞、ほのかと情報を交換していたのだ。侑斗の弟である桜井弘斗もそこにはいた。  「ネロスセキュリティはアイアンウッドファンドと独占契約を交わしていて、現金輸送、警備を手がけているのだが捕まった面々が闇の世界の仕事に関与していた…」  「その内容がハヤタ自動車にとって都合の悪い人物を始末する仕事だったそうですね…」  「ああ…、宝条よ、福島での奴らの暗躍はどうだ?」  「脩と里奈が輝先生が戻った後も調べているわ、看護師の一人がマイケル・セナの部屋にうっかり入って誰もいないのに不信感を持って医療機関再生機構に告発したでしょ」  「ああ、それと行方不明になっている片岡一樹氏…、そしてその直後に出てきた新たな人物を調べて欲しい」  「ええ、然るべく!」  「怒りで頭が沸騰しかねないでしょう?」  「そうね…」  ほのかの言葉に頷く栞。  「仕方がない、だが奴らは間違いなく真東先生の周辺も把握しているな」  「ヒロ、こうなったらひつじ園に里奈ちゃんを避難させよう。一応剣星君には俺からアルバイトとして朝早く彼女の中学のある駅まで金を出す」  「それしかなさそうですね…」  「ここに私はしばらくの間住むんですね…」  「ああ…、今ヨナがステイ元に戻って里奈の為に使っていない下着を持ってくるそうだ」  剣星は厳しい表情で周囲を見渡す。中学生向けの洋服があまりにも不足していた為、セーラが自分の服を貸す事にした。元々セーラはそれほど贅沢な服装を好まない、自宅にいる時は質素な服装を用いている。相棒でもある元気もラフな格好でいるのだ。  「もしもし、俺っす、剣星です」  「もうそろそろヨナちゃんが来るのか」  「はい、この前買ったばかりでまだ使っていない女物の下着あるじゃないですか、その準備お願いできますか」  「いいぞ、任せておけ」  剣星はうなづくと電話を切る。しかし、剣星は知らなかった…、佐治光太郎の実の娘が隣にいる里奈である事も、そして彼を大きな苦しみが待ち受けていようとは…!!    その10分後…。  大きな買い物袋を片手にヨナとノエルがスパシオス川越の4階にあるステイ元の佐治光太郎邸に入ってきた。  「あれ…?」  「どうしたの?」  「さっきからチャイムを鳴らしても出ないんだけど…」  光太郎の家はセキュリティに厳しく、内側から鍵を二つ掛けている。  「ねえ、どうしたの?」  内側でなにかうめき声が聞こえる。ノエルは素早く隣の家のベルを鳴らす。  「すみません、隣の家で何か異常がありました!」  ちょっと奇妙な寝癖のついている男の子が家から出てきた。  「ヨナお姉ちゃん、ちょっと待ってて!お父さん!」  家の中から品のある男が二人、おしゃまな少女が家から出てくる。  「隣の家の住民の体調がおかしいみたいなんです、隣から入る事できませんか」  「できるが、ドアを破らなければならない。ちょっと待っていてくれ」  そう、彼らは知らなかったのだ…。この後彼らを待ち受けていた出来事が多くの人々の運命を切り裂く悲劇であった事を…。 作者 後書き  物語もいよいよ後半編に踏み入れています。  今回は襲撃と事件の真相の一部が明らかになりましたが、最後に出てきた事と前回の最後の話はそれなりに関係してきます。韓流ドラマをベースにしている部分もありますが、あくまでも実際あった事をベースにしたのがこの話なのです。 著作権者元 明示 「怪盗セイントテール」 (C)原作:立川恵・講談社 朝日放送・電通・トムスエンタテインメント 1994-1995 「だんだん」 (C)NHK 「水戸黄門」 (C)CAL・TBS ドリーム☆アゲイン (C)渡邉睦月 蒼穹のファフナー (C)ジーベック トワイライト (C)ステファニー・メイヤー 内閣権力犯罪強制取締官 財前丈太郎 (C)原作・原案:北芝健、作画:渡辺保裕、NSP 2003-2007 『ROOKIES』 (C)森田まさのり・集英社 MR.BRAIN (C)TBS 脚本:蒔田光治、森下佳子 「ハピ☆ラキ!ビックリマン」 (C)LAD・NAS・テレビ朝日・東映アニメーション 『ゴッドハンド輝』 (C)構成、監修:天碕莞爾 作画・山本航暉 講談社 『みかん絵日記』 (C)安孫子三和・白泉社 ふたりはプリキュア (C)ABC・東映アニメーション 原作 東堂いづみ2004- 2005 ノエルの気持ち (C)山花 典之・集英社 怨み屋本舗 (C)栗原正尚・集英社 ハートでDanDan (C)浅倉まり・朝日中学生ウィークリー 未来戦隊タイムレンジャー (C)東映・東映エージェンシー・テレビ朝日 『GANTZ』 (C)奥浩哉・集英社