Over the Gate 6話 FIND THE WAY  1  「お父さん、いるんでしょ、返事して!」  ヨナが玄関に声を掛けてドアを叩く。  かすかに部屋の中からうめき声が聞こえる。事の異変を悟った天馬飛雄とうらら兄妹が隣の部屋からハンマーを振りかざして非常口を壊す。午太郎(二人の父親で千代田大学技術学部教授)が指示を出す。  「うめき声が聞こえると言う事は、くも膜下出血かもしれない」  「ワシはヴァルハラ川越に連絡を入れる、終わったら下の店に連絡して急いで彼を運ぶぞ」  鼻がやや高い初老の男が厳しい表情で話す。ノエル、ヨナは悪い予感を覚えていた。内部から鍵が開けられ、うららが二人に目配せし二人が部屋に入る。  テーブルには未使用の女物の下着が用意されていた、午太郎がそのままトイレの方に目をやると倒れてしまった光太郎の姿があった。  「しっかりして、お父さん!」  「ううむ…」  うめきながら意識を失いかけた光太郎の姿がそこにいた。口から血が流れており、乾いていない。  「光太郎さん!」  ネロ・ダースが走って部屋に駆けつけると自ら光太郎の体を抱きかかえる。  「そう…、適切な判断力ね…」  四宮梢院長はお茶の水博士相手に話している。  「一応金はワシらが立て替える、問題はないから治療してくれないか」  「お金のことはいいのよ、とにかく診察しないと…。貴水、クランケの状態はどう?」  「脳に異常はありませんでした、しかし下腹部に影が見られます」  「下腹部に影ですって?」  「悪い予感がするな…」  四宮蓮理事(現役の外科医でもある)が厳しい表情で言う。最近、真東輝からハヤタ自動車の問題で高野広志が動いていることを知っていたのだ。蓮の考えでヴァルハラグループは医療過誤問題に対して厳しく、抜き打ち査察を行うなどしていた、その上年老いた医師もどんどんスカウトして診察部門に回していた。  「とにかく、クランケを診てみないことに意味はないのよ、見ましょう」  二人はお茶の水博士に連れられて部屋に向かう、だが彼らは信じられない光景を目にすることになろうとは思わなかった…。蓮が光太郎の顔を見て思わず後ずさる。  「兄ぃ…、ちょっと…」  「マジかよ…、おい、梢、すぐに片岡先生に電話を入れろ!」  「どうなっているんですか!?」  「行方不明の人が見つかったんですよ!?」  「俺は輝先生とヒロに連絡する!」  その頃…。  「初代、あなたは小木容疑者の扱いはどうしますか」  「起訴しなければならない。その上でしっかり正義の裁きを受けてもらう。だが、本人の罪に対する姿勢次第で免罪するか否かは決まるはずです」  広志は厳しい表情で真壁史彦次期CEOに話す。広志の薦めもあり、小木は少しだが外部からの面会規制を解除されている。ただし持ち込み規制はしっかりかかっている。  「弁護士もつけなくちゃダメでしょう」  「当然です。取り調べの段階から私は弁護士をつけるよう指示を出しています」  「九頭弁護士と阿久井弁護士にお願いしましょうか」  「あの二人ならきついけど、我々は純粋に証拠で勝負できるわけですよ」  広志はニヤリとした。真壁も頷く。  「我々も人権上配慮を示しているというアピールにもなりますからね」  その時だ、野上良太郎(CEO専属事務官)が二人の元に駆け寄る。  「初代、大変なことになりました」  「どうしたのだ」  「行方不明になっていた片岡一樹氏が川越で見つかりました」  「な、何だと!?おい、宝条をこの場に!」  「そういう事ね…」  「宝条、小木に弁護士を紹介して俺のポケットマネーできちんと弁護費用を出しておいてくれ。それと仲田君に連絡を入れて、小木容疑者への手紙を書くよう頼む、容疑者の取り調べについては個人情報以外は伝えて構わない。それと川越市役所周辺でハヤタ自動車と関係した法的手続きのサーチを行え!」  「相変わらず手際が強すぎね、私はファクスで呑さんに連絡するわよ」  「それぐらいこなせば他の場所できっちりやれるぞ」  広志は栞に言うと動き始めた。手元のスマートフォンである人物に連絡を入れる。  「もしもし、高野です。輝先生、どこで合流しましょうか」    「ヒロ!」  輝が妻の綾乃と一緒に東京医科大学の校門前で待っていた。広志はマイクロバスのドアを開ける。  「大変な事態になってしまいました!急ぎましょう!!」  「川越に別名でいたとは…」  「輝先生達と微妙なニアミスでしょう、仕方がないでしょう」  「俺達もとんでもないミスを犯してしまった…」  「記憶操作が行われた可能性が高いですね」  広志がつぶやく、綾乃は素早く手元のスマートフォンで検索を始める。  「蓮先生はヒロに何を頼んだんだ」  「霞さんを呼んで欲しいって言っていました。あの人の拳法で記憶を甦らせるものがあるそうです」  「お前も確か…」  「ええ、あの人のおかげで…」  車は東京駅に直行している、そこで片岡貢一家と合流する手筈だ。  「ヒロ君、すまない!」  ちょっと頭がやせ細った印象の男がマイクロバスに乗り込んでくる。片岡貢である。  「私も驚きました、バルビツール酸誘導体、ベンゾジアゼピン類などの薬物と電気ショック治療(特に長時間にわたる場合)の併用で一樹さんの記憶が操作された可能性があります」  「医学をそんな為に使うなんて…」  貢は悲しそうな表情だ。家族も悲しそうな表情で車は川越へ直行している。  「今回、仲田君という私の協力者があなたの姪と一緒にヴァルハラ川越に直行しています、剣君、あとどれぐらいだ」  「あと1時間ぐらいでしょうか…、高速道路を使えばひとっ飛びです」  「構わない、私のポケットマネーを使え!」  「間違いない…、兄さんだ…」  「今、一樹さんは眠らせている…、だがこれを見て欲しい…」  蓮は貢、輝、広志相手に厳しい表情で話す。  「小腸に影が見られますね、まさか…」  「ヒロ…、お前には分かったのか」  「あなた方にとってはまれな症状故に苦戦するガン、小腸ガンでしかも転移の可能性が極めて高い筈だ…」  「そんな…」  広志の発した言葉に愕然と倒れる里奈。貢が厳しい表情で写真を眺める。  「彼女を見てやってくれないか、剣星君」  「分かっています、でも小腸ガンがなぜまれなんですか」  「小腸は絶えず動いているからガン細胞が定着しにくい、だがある要因で定着してしまい、気がつかないままここまで来てしまったのだろう…。とりあえず大腸ガンの手法を使うしかない。発覚した場合、転移していれば厳しい…!!!」  「十二指腸に近いところにできやすいはずじゃないですか」  広志は輝に話しかける。  「ああ…。このガンは体重が減ったり、腹痛や吐き気が起きる。そこで普通の病気と見過ごしてしまいやすい。腹膜に転移していることが恐ろしい…!!」  「蓮先生、最新の治療法を使う手はないんですか」  「あれば俺も用いたい、だが治療方法はまれなのもあって確立できていない。転移していれば間違いなく危ない…!!」  悔しそうな蓮。  「お願いです、お父さんを助けてください」  「俺も全力は尽くす、諦めるわけにはいかない。力を貸してくれ、輝先生」  「当然でしょう。医者である限り諦める訳にはいかない。あらん限りの力を尽くす事を約束しましょう」  そこへ広志の携帯電話のバイブレーターがなる、広志はわびると外に出る。  「もしもし、宝条か」  「病院に着いたようね、こちらも驚くデータを把握したわよ」  「さすがだ、関連証拠は事務所にファックスで送れ!こっちは本人である確認は取ったが小腸ガンだ」  「転移の可能性が高いという訳ね」  「ああ…、フェース4と言われる他臓器への転移必至だ」  そこへ美紅がメモ用紙を持って駆けつける、広志は厳しい表情で眺めると頷く。  「肺への転移が見つかった、地獄の治療になること必至だ!」    「お父さん…」  「君は誰だ…」  先ほどから佐治光太郎、いや片岡一樹はこの調子だった、記憶は完全になくなっていたのだ。  貢は悲しそうに言う。  「記憶を完全に薬物投与と電気ショックで奪われたんだ…」  「場所はひょっとして…」  「そのまさかよ」  そこへ入ってきた女性を見て広志は驚く、その他にもいたのは霞拳志郎だ。輝に案内されてここに来たのだろう。栞は厳しい表情で話す。  「まず、私は福島に脩と里奈にお願いして調べてもらったわ、そうしたらハヤタ自動車の関連法人の病院が鬱病関連病棟を持っていることが分かったわ」  「なるほど…、その装置を悪用したな」  「しかも、マイケル・セナの生存はないわ。完全に証拠も突き止めたわ。生存しているという部屋にはその彼はいないのよ、その他にも治療のカルテもないわ」  「さすがだ、宝条」  「俺からもお前に話がある、ハヤタが川越市役所に就籍の手続きをしていた」  「まさか…」  「俺は川越市長とも人脈があるので調べてもらった。そうしたらあのCP9で関連したあの女弁護士が中心になって暗躍していたぞ」  「あの女狐が!」  広志は苦い表情でつぶやく。そこへ広志の携帯電話に着信メッセージが入る。  「もしもし、高野です。何、ほう、奴らにガサ入れが入ったのか。分かった、しっかり調べておくよう伝えてくれ」  広志は済まなさそうに電話を切る。  「先生、どうしたんですか」  「警察が動いた、俺が伝えたのもあるが、家庭裁判所でおかしな文書を作成して架空の人物を作り上げ、15年かけて行方不明の人間を殺そうとしていたんだ」  広志に代わって拳志郎が答える。  「その通り、正義を遂行する為の権力と私は知っています、しかしその正義が暴走する恐ろしさがある。こうして拳志郎さんに監視してもらうのはありがたい限りです」  「私から呑さんにお願いしたのもあるわよ」  「それは私も承知だ、宝条」  「そこまでしでかしたのか…」  広志は栞から話を聞いて厳しい表情になった。  そこに駆けつけたのはケンゴだ。  「兄貴!」  「片岡一樹氏が見つかったというのか!?」  「ああ…、記憶を失ってしかもガンのおまけ付きで…」  ケンゴは栞のことも知っていた為、顔色買えずに話を聞く。  「藤堂真紀が中心になってハヤタ自動車から就籍依頼を頼まれたみたい、しかもハヤタから報酬額は白紙の小切手よ」  「どこまでも破廉恥な真似をして…」  「兄貴、どうにもなるまい」  広志は苦い表情をする、利益の前には何もかも吹っ飛ぶのが人間の術なのだと言うことを広志は嫌と言うほど知っていたのだ。  「ハヤタはセナの治療をしなかった可能性が高いわよ、そうして証拠を隠して妻子を保護するとして監禁していたのよ、すでに私の工作員が動いて救出しているわ」  「さすがだ、手際がいい」  「ハヤタの依頼を受けていた弁護士連中は全員摘発されただろう」  「そうだな、俺のスマートフォンでも見るか」  ケンゴはニュースを入れる、強制捜査で弁護士が逮捕されたテロップが流れる。  「よし、ハヤタもこれでおだぶつだ!」  「すでに私は呑さんにもう一つ頼んだわよ、ハヤタ記念福島病院に強制捜査が入ったわ、院長で暴君という悪名高い速水晃一が逮捕されるのも時間の問題よ」  「言うことなしだ、よく動いた」  「俺はアイアンウッドファンドが関与しているというなら奴らを止めなければならない、しかも奴らが絡んでいるのならメジャーセブンが動いているのは間違いない」  「あなた、一樹さんが…」  美紅が広志に目配せする、広志は頷くと二人に来るよう促す。  2  「そうですか…、私は奴らに記憶を奪われていたのですね…」  「そうです、そこで拳志郎さんに頼んであなたの記憶を甦らせたというわけだ…」  「でも…」  「この残された部分がある、私は残された力でできうる限りのベストを尽くしたい、延命治療を受けましょう」  広志は驚く、ここまで強い精神の持ち主は見たことはない。  「本気なのか…」  「貢、俺は本気だ。ハヤタ自動車の悪事を止めきれなかった責任は私にある」  「あんたの本気、買ってやろうじゃないか」  ケンゴがにやっとする、広志は穏やかな笑みを浮かべる。  「そこまで闘志をむき出しにするなら、私もあなたにある人物を引き合わせましょう」  その1週間後の川越駅前…。  広志、剣星、ヨナが改札口で待っている。  「一樹さんの体調はどうだ」  「落ち着いています。今は月岡兄妹がフォローに入っています」  「そうか…、安心だな」  「しかし、親父さんに誰を引き合わせるんですか」  「高齢の方だが私よりも強靱な精神力を備えた人だ。おお、来たか」  広志が自ら改札口に近づく、老婆と若い家族連れである。会釈をかわす。  「お久しぶりです、初江さん」  「だいぶ大きくなったんじゃなぁ」  「いやいや、桑田と比べて小物ですよ、背は確かに彼より大きいんですけど」  「あれ、なぜ君がここにいるんだ」  「あなたが訪問しようとしている人の家にステイしています」  ヨナが青年に答える、石橋友也は納得の表情だ。妻のめぐみと一緒に義理の祖母を川越に案内することになったのだ。  「紹介しましょう、田島初江さんで膵臓ガン、しかも最悪のステージ4から見事にはい上がった方です」  点滴と放射線治療でガンは少しづつ進行を止められている。だが、何が何でも延命しながらハヤタの闇を暴き、改めなければならない。  「そんな人なんですか…」  「そうじゃ、相当苦しいじゃろ」  「確かに。だが私には揺るぎない目標がある…。ヨナは4年後の旭川五輪でチャンピオンを目指すと言った。私はヨナが演技するところを見届けたい。里奈が大きくなる姿を見届ける夢も…」  「前向きに語っていても、絶望に駆られるところもあるのではないのか」  広志は厳しい表情で話す。GIN企業犯罪専門科所長になった上城睦月が頷く。  「ハヤタ自動車は今まで悪質な攻撃ばかり繰り返してきた。今回の犯罪は立件するまでだ、ヒロ」  「お前がそういうと思っていたよ」  広志は睦月にニヤリとする。めぐみが睦月に聞く。実はめぐみと睦月の妻であるのぞみは姉妹関係にあるのだ。  「のぞみは元気なの?」  「ああ、相変わらず。帰りついでに寄るんだったら俺が話しておくし、準備はしているよ」  「過酷なステージなのは承知の上。だが、私は諦めない。一つの命で多くの命を救えるのなら、私は投げ出す覚悟がある」  「その強い気持ち、4年後に旭川で見せてくれませんか」  初江が一樹に話す。  「ええ、必ず!あなたも絶対にこの目で我が生き様を焼き付け、語ってもらえればそれでもいい」    「話をさせてもらえないだろうか…」  彩花、ノエル、ヨナも交えて広志は厳しい表情で話し始めた。  「実は我がスタッフで宝条栞という人がいる。彼女はご両親が弁護士で、いろいろ事情があって私の元で働く事になった。その彼女が福島に弟夫妻を通じて調べたりしていた事も含めて話す」  「元々私は怨み屋だったの。8年前に逮捕されて5年間刑務所でお勤めして、今は偉大なるヒロの下で働いているの」  「過去はどうでも構わない、問題は今だ。君は罪を償って堂々と護民官として戦っているではないか」  広志は栞に戒める。  「日本人であるが戸籍が存在しない者に対して家庭裁判所の許可を求める審判を申し立てて許可が出た場合、出された審判書を添えて川越市役所に届け出る「就籍制度」(戸籍法第110条)があるの。ハヤタ自動車はそれを悪用して記憶操作して一樹さんを別人物にすり替えたのよ」  「数学講師というふれこみも、技術者で数字に強いと言う事に目を向けたハヤタ自動車の策略だろう」  「信じられない…」  がたがたと震え上がるヨナ。剣星が悔しがって椅子に拳をぶつける。  「絶対にルーザーはぶっ殺してやりたくなった!」  「落ち着け、奴への法的措置は我々が確実に執る!だが、奴を殺しても失った命は戻ってくるのか!?」  「高野先生…」  「私だって…。こんな酷い話、聞いたことないよ!」  「悔しいだろう…、私も自分の非力にいらだちすら覚える…」  広志は悲しい表情で背中のワイシャツを脱ぐ。その背中には凄まじいケロイドが残る。ヨナが剣星に抱きつくように目を背ける。戸惑いながら剣星が聞く。  「これは…」  「18年前、四国でテロリストと戦った際に背負った傷跡だ…。だが、この傷は敢えて背負い続けることにした。私はだから戦い続けた…、権力乱用を平然と行う権力犯罪者と、そして傍観者とも…」  「僕も、同じ傷を背負っています、あなたほどではありませんが」  「尚人さんもか…」  「僕の場合は、ノエルを庇ってできた火傷…、あなたはテロリストからこの国を守ってできた火傷…、あなたの傷の意味が僕なりにも理解できますよ…」  「しかも、この犯罪だがあのメジャーセブンが絡んでいる…、その総帥的存在が日本連合共和国下院前副議長の藤堂寅太郎だ…」  「何だって!?」  「皮肉なことに、その藤堂の実の娘が藤堂真紀、今回詐欺容疑で逮捕された弁護士だ…」  苦々しい表情で広志がつぶやく。  「結果として、彼らは一樹さんと里奈ちゃんを引き裂いた訳ね…」  ノエルが悲しそうにつぶやく。一樹の手を握りしめる里奈。あまりにも悲しい事実に泣き崩れる仲間達がいた…。ケンゴは電話をかけていよいよ動き始める。広志は険しい表情だった。  「俺に力があれば…。どうして悲劇の循環は止められないんだ…!!」  「小木君、初代の面会だ…」  素振りの練習をしていた駿介に管理人が声を掛ける、それと同時に広志が入ってきた。  「元野球選手だけあるな」  「書籍の差し入れはあるんですか」  「あるが、厳しい規制がある。だからヴァリュークリエイション会長だった溝江さんが個人的に寄付して図書館を設置している。実は私は被害者の遺族から手紙を託されているんだ」  広志は優しい表情で手紙を出す。  「拝啓 小木駿介様」と書かれた手紙。監視施設の施設長である久利生公平も一緒だ。  「初代はあんたが罪に苦しんでいるのを知って、遺族に手紙を書くよう頼んだんだ。手紙を書いたのは松坂先生のお孫さんだ」  手紙を食い入るように読む駿介。  「殺したい憎しみはあります。だけど、敢えて言います。「生きて罪を償え」と。冷たい視線を乗り越えて罪を償って欲しいのです」  「そうだと思う。殺して癒されるわけでもない、罪を一生背負って生きろと彼は言った。私もそうだ、この手で多くの命を奪ってしまった、信念故の犠牲者は我が罪として背負うまでだ」  広志の厳しい表情に駿介は無言だ。広志は続けて言う。  「この手が決して何物にも汚された手とは言い難い、だが我が罪は一生背負う。それが私の生き様だ」  「この手で、罪を背負う…」  「そうだ…、私は正義とは言い難い、いざという時には人に死ねということもある。それでののしられても動じてはいけない、だがその結果失った命に対して罪を背負う覚悟はある。これは我が友であるオーブ国王殿下とも一致しているがね」  広志の表情には悲しさもあった。権力という厳しい世界に身を置いた結果、失った命。自らの手で奪った命。その結果取り返しのつかない罪に駿介は苦しんでいた。  3  「そうか…。これが世界選手権の金メダルか…」  高野広志事務所にオールバックの男がいた。  「しかし、藍前副大統領、こんな場末の事務所でまともな接待ができなくて申し訳ありません」  「いや、これだけ氷上の華に囲まれれば十分だ。君は壬生国出身のようだね」  「ええ、そうです。藍前副大統領とこのような形で面会できるとは名誉です」  ノエルは藍前総右介副大統領から金メダルを返してもらう。藍前は壬生国騒動で政界を引退しようと決心したが、その切れる腕前を買っていたシュナイゼル・エル・ブリタニアの要請により中央政界に不本意ながら加わり、そして副大統領にまで上り詰めたのだった。  「高野君、次はおそらく君が大統領になるはずだ。君は大統領になるにあたって心構えはあるのか」  「私にはそんな腕はありませんよ、とんでもない」  「でも、高野先生ならありえます。松坂先生があんな悲劇に会った際に自ら指揮を取って真相を解明し、真犯人の検挙も時間の問題じゃないですか」  カチューシャをつけている女性が笑顔で話す。彼女はフィギュアスケート女子シングル韓国代表のヨナである。ノエルとプレミアステージファイナルにてワンツーフィニッシュを果たしたため、ノエルの世界選手権の優勝報告も兼ねてここに来ていたのだ。  「それは偶然の結果だ。君が剣星君の異変を訴えていなかったら私はこの事件を見逃していた。君の声が私を動かしたのだ…」  「高野先生も私達と同じクリスチャンだったなんて意外…」  「驚くことはない。私など弱い人間だ。先頭に立って声を張り上げているに過ぎない私がリーダーと思われては困る。声がでかいだけでリーダーになるなら、象が最強ということになる」  「ところで、剣星君はどこに向かったのかしら」  穏やかな笑みを浮かべる女性。広志の愛妻である美紅である。  「彼は大阪から来た両親と妹を連れて東京見物だそうだ。帰りこの事務所に寄るそうだ」  剣星はノエルの義理の兄である尚人と一緒に大阪から来た家族を東京タワーなどに案内していた。ちなみに二人は剣星から世界選手権で送り出される際に『世界を震わせ、酔いしれる演技をしてこい!』と檄を飛ばされハイレベルの演技を披露したのだった。  「すみません、家族を東京駅まで連れて行って、遅くなりました」  渋い表情で剣星が現れる。  「大丈夫だ、食事などはこちらで手配してある」  「すみません、食費は俺から出します」  「君は相変わらず公私混同に厳しいな。さすがに松坂征四郎の血を引くだけある」  「…」  「どうしたの?」  渋い表情の剣星にヨナが鋭く聞く。剣星に何か重大なことがおきたと言うことを恋するものだけが持つ眼力で見抜いたのだ。  「家族が東京に来たのは、単に東京見物だと言うことじゃなかったんだ…」  「どういうことなんだ?」  「松坂家の主宰を引き受けてくれと言う話です。それも突然」  「話を聞かせてくれないか」  広志、ノエル、美紅、ヨナが剣星を取り囲む。銀髪の男が広志に近寄る。  「バボン、来客があった場合は対応を頼む。これはどうやら深刻な問題になる」  「ああ…」  「そういう事か…。松坂家の主宰になると言う事で、周囲が莫大な資産狙いで近寄りかねない事への警戒感があるわけか…」  広志、藍前を交えて剣星は説明をしていた。  「松坂家主宰ということは、日本中に莫大な資産を持つことを意味します。今は叔父である高辻征太郎が代理を引き受けてくれているんですけど…」  「君はどう思うのか、この話を」  「早すぎるような気がします。織田信長は18歳で織田家を継いだけれど、それは戦国時代だからです。乱世を乗り越えるには強引な手段も通用しますけど、今はそうじゃない」  「そうは思わない。君がハヤタ事件で真っ向から戦い、声をいち早く上げた結果、ハヤタ自動車の闇は結果として暴かれた。ただ、その犠牲は大きかったが…」  「そうですね…」  「君は自分では実力者ではないと思っているのだろうが、そうじゃない。指揮者を希望する一方で経済関連の書籍を読むなど努力家じゃないか。それに、人を見る力もある。劣等感に悩むな」  剣星は東京芸大への進学が決まっている、というのは指揮者を目指していたからだ。そのためには音楽に強くなくてはならない。そこで東京芸大からの推薦入学の話を受け入れたのだった。その一方では「現実から足は離れられない」として経済関連の書籍を読むなどしていた。  「そう…。剣星君はかなり大変ですわね…」  その二日後の東京・町田…。  輝の自宅を訪れていたのはフィギュアスケート女子日本代表の越乃彩花だった。彼女はヴァルハラ東京中央総合病院でフィジカルチェックを受け、その結果を輝から受け取っていた。  「フィギュアスケーターとして、今度の旭川五輪は無事にやれる。まあ、無理はダメだけどね」  「ほっとしましたわ…」  「ヒロから話を頼まれた際驚いたけど、事情を知ってそれならって思った」  「それにしても剣星君、どう決断を出すのかしら…」  お茶を持って入ってきたのは綾乃だ。  「剣星君は若いのに実力がある。高野広志の再来だと俺と蓮先生は話しているけどね」  「それだけ、過酷な立場に立たされます。松坂先生の壮絶な最後に苦しみ、克服し、自らの手で闇を暴いたと思ったらメディアに騒がれる…。ノエルやヨナから彼は苦しい立場だと話は聞いていますわ…」  「ヒロは『松坂の血は宿命の血だ、織田一族の流れを汲むだけあって生き様もそれだけ見られている』と話していた。剣星君はそうなる事を恐れているのかもしれない…」  「血の重み…!!」  「ましてや、彼女の存在が大きいんだ」  「ヨナちゃんの事?」  綾乃が聞く。無言でうなづく輝。ヨナもメディアから重圧に等しい報道を受けており苦しいと打ち明けた事もある。  「本当に俺でいいんかい…。俺の血は…」  戸惑いを隠せない剣星。  ゆず茶を飲みながら考え込んでいる。皿洗いを終えたヨナが入ってきた。  「後継者に選ばれた事?」  「ああ…。俺、じいちゃんとばあちゃんの関係がネックになってくると見ているんよ…」  「内縁の妻ということ?」  「そや。で、じいちゃんの奥さんが病気で亡くなった後じいちゃんは独身を貫いたんやけど、ばあちゃんは例外だったらしいんよ」  「それを言うなら私だって同じよ。クォーターだけど、外国人兵士との間に生まれたママなのよ」  「そやな…。互いに同じ傷背負っておるんよ…」  「『松坂一族は生まれながらにして正義の血を継ぐ…』パパが話していたけど…」  「忠文さん?ホンマやったら征太郎叔父さんが松坂一族の総帥にふさわしいのに…」  高辻征太郎(松坂一族で言えば松坂征太郎定信)は白河市地域出身の下院議員である。彼もまた腐敗を嫌い、父の征四郎も顔負けの政治倫理法の制定に力を尽くすなど、フェアな男としても知られている。松坂一族は正義の一門と言われるのもそこにあった。  「その征太郎さんまでもが剣星を推薦したって事は本物なのよ。血なんて関係ない」  「それに、もうひとつの苦しみがある…」  剣星はそうつぶやくと目を閉じる。  「私の重圧の事?」  「俺は誓ったんよ…、世界中を敵に回してでもヨナは守るって…。国を代表するアスリートならまだしも、俺の場合日本屈指の名門やで…。そんな名門を背負って立つだけの自負は俺にはあらへん…。怖いんよ…」  織田信長の側室の娘が松坂一族の流れを汲む名門に嫁入りし、その流れを剣星たち松坂一族は引いていた。だが松坂一族は先進的な思想を持った一族だった。  「血筋に翻弄されるなんて…」  「宿命って奴はどうにもならへん。そやけど、主宰になるって事はそれを超えへんとあかん…」  剣星は厳しい表情を崩さない。松坂家の主宰になると言う事は、いわば松坂家の顔になると言う事だ。その振る舞いひとつが見られているのだ。呼び鈴が鳴り響く。剣星が出る。メガネをかけた同年代の女性だ。剣星は彼女を知っていた。  「こんばんわ、佐藤です」  「月岡と同じスケートクラブの?まさかスパイじゃないやろ」  「ひどいよ、それ」  軽口に思わず言い返す佐藤由佳。  「ごめんごめん。用事は何?」  「藤田玲司って人知ってる?」  「ああ、確か日本屈指のキュレーター(絵画などの修復家)にして、川越にある道明寺記念美術館の館長を勤めている人だね」  剣星の話にヨナが出てくる。  「ええ、その藤田さんが今日、ノエルの練習を見に来ていて、帰りに剣星君の事を話したら招待券をくれたの。ちょうど二人分だからいいじゃない、デートしてらっしゃい」  「道明寺記念美術館は世界中の名画を集めているから、驚きだけど…。いいのか、俺達に?」  「そう、それとヨナちゃんにサラさんがよろしくって」  ヨナはその言葉に驚く。  翌日…。  「ここが道明寺記念美術館…」  「昔物流倉庫だっただけあって広い…」  剣星とヨナは正装で美術館を訪れていた。入り口前に夫婦連れと子供二人が待っていた。  「仲田剣星君と李ヨナさん?」  「俺達がそうですが…」  「道明寺司です。ハヤタ事件にも若干関係しています」  驚く剣星。道明寺司は妻のつくしと長男の類、長女のすみれと待っていたのだ。剣星は自ら頭を下げる。  「祖父が生前お世話になりました」  「全然。むしろ征四郎先生には私達は生前よく相談に乗ってもらっていたほうよ。征四郎先生にそっくりな顔立ちになってきたけど、どちらかと言うと大学教授をしているお父様そっくりよ。征四郎先生は豪傑だったけど、あなたは礼儀正しい騎士そのものよ」  「うちの類とすみれは君達と会える事を楽しみにしていたんだ」  「じゃあ、行きますか」  剣星は類とすみれを肩に乗せる。その時だ。  「大きくなったな、剣星君」  「えっ!?」  驚きを隠せない剣星に現れた夫婦連れ。  「君を見たのは写真でしかないが、サラがよく話していた。動画投稿サイトでの活躍は何よりだ」  「鳴瀬先生の指揮と比べると太陽とスッポンです」  「小さいときのことは覚えていないみたいね」  やや浅黒い女性が微笑む。そう、二人は藤田玲司・サラ夫妻だったのだ。サラの片腕には微妙なケロイドが見える。それはアジア戦争で負った火傷だったのだ。  「まず、松坂先生のことは残念だった。遅くなったがお悔やみの言葉を申し述べたい」  「祖父が生前お世話になりました」  「すごい…!!」  「銀行に抵当に入っていた絵画を道明寺コレクションが購入したんだ。そしてこれらを川越にあった物流倉庫跡地を改装した美術館に移したんだ。だから周辺はやや騒がしいわけだ」  「そうですね。でも、逆に言えば人の目が厳しいから盗みにくい」  「君の祖父と俺が出会ったのは中学時代で、あの時は『金で買えないものはない』と思い上がっていた…。松坂先生はそんな俺をいさめる一方で、俺にとことん付き合ってくれた。初めて絆をくれたのは松坂先生だったんだ…」  「そうだったのですか…」  「今、君は苦しい立場に立っているという。高野先生の異母兄である遠野先輩から話は聞いている。君がどのような決断をしても、俺達は君達を守る。かつて君の祖父が俺を守ったようには行かないが、約束する」  司は征四郎が亡くなったとき、精神的なショックを受けた。司には父親がいない。母親は多忙のため使用人によって育てられ、ゆがんだ生き様をしていたが征四郎が話を知り、時間を割いて自ら司と向き合った。その高徳さを司は尊敬し、征四郎のような心の強い男を目指していた。  「俺の一族のことは承知なのですか…」  「ああ…。君の祖父は『剣星は辛い宿命にあっても這い上がるだけの力と強い信念を秘めている』と君を評していた。俺はああなりたい…」  「征四郎先生は生前、高野先生に頼んでこひつじ園を買収してもらい、自身も私財を一部提供して支援していたのよ」  「えっ!?じいちゃんが!!」  「征四郎先生は『わしが支援した事は伏せておけ』と園長先生にお願いしたの。それで高野CEOも『これで騒がれるのは恥ずかしくてたまったものじゃない』と匿名にしたのよ」  「征四郎先生らしい…。俺もそう思うぜ、剣星君」  8人はからくり人形展示スペースに来ていた。これらは海外の美術館が閉鎖された際に藤田夫妻によって買い取られ、この道明寺記念美術館に展示されていた。  -----なぜ松坂を継ぐ事を恐れるんだ?  -----何もかも縛られる事がいやなのかもしれない…  剣星の心の中に響く言葉。  「継承の話か…。よほど辛いんだろう…」  「きついですね、松坂一族の顔になれって事は…」  「すでに君はなっている。松坂興産の会長に就任した事からだ」  「あれは俺の名義を貸しているだけです。お飾りですよ」  「高校時代にクレジットカードを使っていた俺とは大違いだな…」  苦笑いする司。剣星は高校生にして1億円の遺産を相続した上松坂興産会長の職についたが、それでも贅沢はしなかった。祖父征四郎の質素さを学んでいたからだ。  「剣星君は東京芸大に進学するってことだけど、指揮者になるつもりなの?」  「ええ、夢は指揮者ですよ」  「だが、お飾りであっても経営者だ、一度取り組んでみたらどうだ?」  玲司が剣星に話す。戸惑う剣星に司がいう。  「困ったときは俺が支える。今度から登校する機会が少なくなるはずだ、やろうじゃないか」  「そうですか…。やります!」  「それなら、ひとつ提案がある。今、吹奏楽のサークルで指揮者がいないところがあって、俺に相談があった。君を紹介するが、いいだろうか」  「やります!俺でいいというのなら!!」  剣星の目には輝きがあった。このサークルが後に川越神田川記念オーケストラへとなろうと言う事は誰もまだ予想だにしなかった…。  4  「どう、サークルは?」  「ひどいっすね。藤田さん、何しろ楽器が壊れっぱなしでした」  渋い表情で剣星は玲司に話す。  『川越市民吹奏楽団』という名前の小さなブラスバンドサークルに剣星は加わったのだが、驚いたのは団員が10人もいないと言う有様で、楽器もまともになかった。それで玲司にメンバーを探すよう頼んでいて、剣星を玲司は紹介したのだった。  「君の高校のメンバーを誘うつもりかい」  「当然、そうします。ヴァイオリンも加えて本格的なオーケストラにしたいのが俺の考えです」  「それなら、廃校になった高校から中古の楽器を俺で調達しておこう。ヴァイオリンも中古で調達しよう」  「お願いします。こんなのありえませんよ」  「確かに。以前は警察軍のOBがいたが、転職や移住でいなくなって、この有様だ」  「どうやって再建するつもりなのよ」  呆れ顔のサラ。剣星は1週間前ブラスバンドサークルに加入したのだが、指揮者不在に加えて楽器も壊れている、さらに練習場の費用がかかっている有様だった。それで抜本的な改善を考え、メンバーと電話で話し合い、昨日再建のプランが決まったのだった。  「まず練習拠点を松坂興産で不要となった川越第一倉庫に移転することにしました。手狭になって、問屋が移転して新たに入る場所がないので本社が移転しますけど、まだまだ空いていますよ。耐震補強もしてありますけどね」  「それなら、樹脂製のアイススケートリンクをおいたら?」  サラが何気なく話す。目を輝かせるのはヨナだ。  「その話、本当!?」  「よし、善は急げだ、やりましょう!!壁をきちんと作って、二階三階のフロアも整備して、ヨナの練習スペースも確保だな」  「君は恵まれているな、環境や仲間に」  ヨナに玲司は話す。笑顔でうなづくヨナ。  「経営者の仕事は決断ができる分だけ、リスクを負っているんですね。新たな倉庫を建設した結果、こんな不良資産が生まれるところが活用方法を見出せる…」  「ハヤタ事件の関係者に呼びかけて資金を集めようよ、ノエルをサポートした方法で」  「ああ、俺はハヤタばかりか川越市民に呼びかけるよ」  「すっかり経営者になったね、剣星…」  水周りの仕事を終えて戻ってきた剣星にヨナが話しかける。  「経営者はきついけど、結果にやり応えがある。忠文さんもきっとこんな思いなんやろうな…」  「松坂家の主宰も、同じことかもしれないよ…」  「ヨナ…」  「松坂家の主宰として、立ち上がるべきよ。あなたなら絶対にできる。巨悪に立ち向かい打ち勝ったんだから」  「あれは偶然や。俺にそんな力…」  「逃げられない宿命なのよ。それなら、逃げないで真っ向から立ち向かい受け止めてがっぷり四つに組んでこそ剣星なのよ」  「そうか…?」  「私がプレッシャーに押しつぶされそうだった時、『世界を感動で震わせて来い!』って檄を飛ばしたんだから。苦しかったら支えるわ」  「周囲は俺の名前を利用しようとしているだけじゃないのか」  「そんなのはないわよ」  リビングのカップボードに飾られている片岡一樹と里奈父子の写真が剣星たちを眺めている。  「親父さんならどう答えるんだろうか…」  「ガンと真っ向から戦いながらハヤタの闇を打ち砕こうと頑張っているのよ、きっと受けるべきだって話すはずよ」  剣星は未だに迷っていた。  その頃…。  「そういう事か…」  「こんな事を『光広会』の会長補佐であるあなたに頼むのは権力の私物化になりかねないのですが…」  「剣星君の意向を知りたいわけだな?」  「ええ。それと、剣星君がどのような決断をしても私達は君を応援し守ると伝えてください」  40歳代の男が笑みを浮かべる。彼はあの浅見竜也だった。広志の元を訪れ、剣星が松坂家の主宰になるかいなかの話で困っていると言う話を広志がした事で竜也も自身の経験を思い出した。彼も浅見ホールディングスの代表取締役会長に就任しているのだが、大学を卒業してすぐに浅見ホールディングスに入るよう勧められ、それに反発して親友の滝沢直人や仲田遊里などといったメンバーと共同でトゥモローリサーチを立ち上げた。そこで実力をつけて、認められて浅見ホールディングスの経営陣に加わったのだった。  「俺も良く分かる。剣星君は彼女の事もあって、彼女を守る盾になっているけど、今やその剣星君が盾を欲しているような気がする」  「そうですね、竜也さん」  「彼はかつての俺に似ているような気がする。一人でかばい傷つく不器用さか…」  「もし、主宰になると言うのなら、私達が剣星君を支えることにしましょう」  竜也は広志の出してくれた和菓子に手を出す。この和菓子は浅草の老舗『満月堂』の和菓子職人の安藤奈津によってつくられたもので、赤坂に店を構えていたため広志が直々に買っている。ちなみに鎌倉に系列の和菓子屋である「源月堂」もある。そこは彼女の兄弟子である丸岡竹蔵がオーナーの娘と結婚した関係で満月堂に買収されたわけだが、原材料の購入以外は独立した関係である。  「ドルネロは以前『ヒロは俺たちの手の届かない怪物になる』と話していたがそのとおりになったな」  「世界の浅見さんがそんな言葉なんて褒め殺しじゃないですか」  「本気だよ。ヒロは成果を出しているじゃないか。世界共同政府立ち上げに協力するなどして、あの『ワールドタイムズ』から『今後世界を背負う偉大なる20人』に選ばれたじゃないか」  竜也の話は外れていなかった。その後、広志に待ち受けていた運命に伴う重責は彼自身、心身ともに重圧になって襲い掛かるのだが、その話はここでは伏せておこう。  「へぇ…。やるやんか、ケンちゃん」  川越の第一倉庫跡地では…。  井上アンナ(関西出身でフィギュアスケートペアダンス日本代表)が剣星に話しかける。この倉庫は三階建だが、階がなかったのだ。そこを剣星は階をつくる工事を申請したのだった。前日、設計担当者に話して3時間で計画を立て、翌日申請に入ったのだ。アンナはスポンサーを探すため松坂興産を訪れていたのだ。  「で、一応本社がここに入る予定や。そんなにだだっ広くなくていいやろ、事務所は。新倉庫はまだまだゆとりがあるし、半分に分けてもオーケストラの練習場やスケートリンクにもなる」  「ヨナにとって最高の環境やろ」  「うん…。ここまでやってもらえるなんて…」  「ケンちゃんに答えなくちゃあかんやろ?」  「おいおい、余計なプレッシャーかけるなよ」  渋い表情で剣星はアンナを窘める。顔を赤らめるヨナだ。ちなみにアンナはショートヘア、ヨナはロングヘアだ。  「もう1社本社が入る事になりそうなんや。そこが倉庫も兼ねるって事や、おそらくオーケストラの練習場は3階になるはずやで。音響装置も入りそうな雰囲気やで」  「どこが入るんよ?」  「ソニックウェーブってAV機器メーカーや。インドネシアにあったエイワの系列工場を買収して、大学の休眠特許と合体させてパソコンと組み合わせて販売してるんよ」  「まさか、あの長谷川理央社長の会社?」  「そう、倉庫の事でこの前話したら、長谷川社長本人が『半分のスペースでいいので本社機能と倉庫を統合して移転したい』と申し出てきたんよ。再来月本社移転やから忙しいでぇ…」  その時だ。  「会長、来客です」  「分かった、今行く」  「うちはどうやら帰ったほうがええようやな…」  「すまん、必ずなんだかのいい利益につなげるで」  剣星は詫びるとヨナと一緒に応接間に向かった。  「仲田君かい?」  「な、何故世界の浅見さんがここに…」  剣星は驚きを隠せない。  「驚いているようだね。俺はヒロから話を聞いているんだ、君の事を高く買っている」  「剣星、この夫婦連れは…」  「浅見竜也、浅見ホールディングス代表取締役会長だ。奥さんまで同席するとは…」  「あなた方の話はヒロから聞いていたわ。あなたの祖父には生前お世話になりました」  「祖父と比べて愚か者ですけどね」  苦笑いする剣星。  「君は征四郎先生に似てきてキレるようになってきたな。ヒロでも一目置く存在だよ」  「高野先生は俺の負の面を甘く見ています。俺はそこまで高く評価されるような人材ではないんですよ」  「謙遜が過ぎるわよ、剣星君。あなたは他の人たちにはない強みを持っているのよ」  「彼女は…」  「俺の妻の遊里だ。結構苦労をかけてきたから、それだけ大切にしたい存在だ」  戸惑うヨナに竜也が素早く答える。遊里と結婚した直後、一部メディアから遊里が浅見一族の資産目当てで結婚したと言う報道があった。しかし、竜也の父渡とドン・ドルネロが資産目当ての結婚ではないと明言したこともあってその報道は沈静化していった。  「私と竜也が出会ったのはドルネロを介してね…。父を傷つけた傷害犯を竜也が捕まえてくれた事から距離が徐々に縮まって、こうして今は二児の母親よ」  「鮮やかな時間をすごしているんですね」  「俺は最初、トゥモローリサーチを経営していたんだ。今は同級生の滝沢に任せているけど、親父の敷いたレールをただ走っているだけの人生じゃ面白くない。それで創業して、遊里達と苦労を重ねて、認められてこうして浅見ホールディングスの会長を務めているけどね」  「俺の場合は名義貸しですよ、単なる。主役でなければならないのは現場です。俺は現場の人達を守るだけで精一杯ですよ」  「現場の人を守るだけでも君は立派じゃないか。それでいいんだ。俺もその思いだけで今はグループの経営に当たっているんだ」  竜也は笑いながら言う。現に浅見ホールディングスでは退職者は定年退職以外少ない。それには理由があり、竜也がハラスメントの問題を聞けば自ら解決に当たったり、制度の改善などで会社の社風を風通しのいいものに変えていたからだった。  「俺が、松坂一族の主宰を引き受けるとすれば、どうしますか」  「ヒロも俺も、支える事を約束する。たとえ剣星君が主宰を断っても、君を守る。かつての俺をかばってくれたドルネロみたいにはやれなくても、できる事はする」  「俺で、いいんですね…」  「ああ…。織田信長も伊達政宗も18歳で当主を引き継いだ。時期の調整だろうが、二十歳まで何とか征太郎さんに代行を引き受けてもらうよう俺から話すよ」  「二十歳…!!」  剣星はヨナと顔を見合わせる。ヨナも強い瞳でうなづく。  「引き受けるべきよ。ハヤタ事件で旅立った征四郎さんの遺志を受け継げるのは剣星だけよ」  「どうやら、今度は俺がヨナから支えられるようだな…」  剣星は苦笑いを浮かべたが、厳しい表情になった。  「主宰として、松坂家を束ねる決心はあります。しかし、指揮者としての夢もあります。その夢も両立できるよう頑張る決心を受け入れてくれるのなら…」  「むろん、俺達は君の決心を支える。松坂家主宰として立ち上がる決心は本当か」  「このような男でも、良しとするなら、この仲田剣星、松坂家主宰を襲名する決心を伝えます」    「そうですか…」  広志の事務所に竜也から電話が入ってきたのはその2時間後だった。  「彼は指揮者の夢を両立する事が松坂家主宰になる条件だと語っていた。ヒロも応援できるだろう?」  「ええ、それなら。彼なら類まれなる才能がある。さらに人格面、決断力、洞察力、どれを取っても抜群ですよ。ドルネロ会長も羨む才能じゃないですか」  「ああ…。では、襲名に向けては俺が主導的に動くよ」  「お願いします。私がやってしまえば目も当てられません。公私混同になってしまえば意味はないのです」  「襲名式には出席するのは当然だろう?」  「それは当然です。松坂家主宰になると言う事は、実業家としても引き継ぐ一面もあるのですから」  広志は即答する。 -----松坂先生、あなたは素晴らしいお孫さんに恵まれましたね…。あなたの遺志を携えた強い男に剣星君はなりつつありますよ…。見守ってくださいね…  広志は事務所の写真盾に移る征四郎たちとの集合写真を見ながら心でつぶやいていた。 作者 後書き  通信手段が一時期不調だった為、今回若干遅くなりました。当初の予定とは違うことになりますが7話でだいぶ話が加わったので話は当初予定していた分より一つ多くなる予定です。  原案の使用にあたっては我々は参考にした作品を示すことで、作者への敬意を示すようにしています。それなき作品は公然たる著作権違反であることは明らかです。 著作権元 明示 「ゴッドハンド輝」 (C)山本航暉・講談社 ノエルの気持ち (C)山花典之・集英社 だんだん (C)NHK ドリーム☆アゲイン (C)渡邊睦月(注・著作権者は渡邊氏が発表した為、渡邊氏に帰属します。日本テレビはこの作品でも原案の無断盗用を繰り返した為、社会的制裁の一環として日本テレビボイコットを行っています。了解ください) 7人の女弁護士 (C)テレビ朝日・MMJ 怨み屋本舗シリーズ (C)栗原正尚・集英社 鉄腕アトム (C)手塚治虫・手塚プロダクション フランダースの犬 (C)日本アニメーション 仮面ライダーシリーズ (C)石森プロダクション・東映・ADK・テレビ朝日 超人機メタルダー (C)東映 HERO (C)フジテレビ 『北斗の拳』:(C)武論尊・原哲夫 集英社  1983 特命! 刑事どん亀 (C)TBS・テレパック 「花より男子」 (C)神尾葉子・集英社 「ギャラリーフェイク」 (C)細野不二彦・小学館 内閣権力犯罪強制捜査官 財前丈太郎 (C)北芝健・渡辺保裕・コアミックス 「あんどーなつ」 (C)西ゆうじ・テリー山本・小学館