RT2(リサーチザトルゥース) 2話 崩壊と再起(小野哲)  鹿児島・桜島…。  そこに一軒のホテルがあった。その窓口にその男はいた。  「いらっしゃいませ、お客様」  「ホテル桜島ですか?」  「はい、聖サクラメント学院のジャギ様で…」  「ああ、そうだが。すまないな、オーナー」  男はあの御坊茶魔、今は伊勢茶魔だった。そして聖サクラメント学院を率いていたのはあのジャギだった。  「アンナ、子供達を四階建ての部屋に割り振ってくれ」  「ええ、任せておいて」  ジャギに声を掛けられた修道女は早速子供達に声を掛ける。  「初代CEOからあんたの話を聞いて、うちの子供達に話を聞かせてやりたくてね」  「よくあんな辛い過去を乗り越えたな」  茶魔とジャギは握手を交わす。二人を取りつないだのはあの高野広志だった。あの広東騒動やアジア戦争を乗り越えた広志は二人をつないだのだった。  「そう…、話は10年前だったな…」  「あの広東騒動前後だったな、たしかジャギがGINのスパイとしてリブゲートの悪事を暴く罪償いをしていて…」  「あんたはその頃食べるものに事欠く生活だった…」  ジャギの顔立ちは以前と比べて鋭い。というのは義弟・霞拳志郎の婚約者であるユリアをリブゲートの頼みで殺そうとした際しくじって顔に火傷を負って、それからリブゲートの手先になって悪事三昧だったが、再起を果たした。彼は最後命がけでユリア達を守り抜き、拳志郎に罪を許されて整形手術を受け、ゼーラ王朝に仕える身となった。  「僕はあの時、じいやが倒れたことを知らなかった…。それでまさか知られるとは…」  「俺達よりも初代は散々苦しい想いをしてきた。そして今は若き闘神がな…」  「あの仲田剣星君か…。単なる孫の七光りかと思ったけどね…。困難に真っ向から立ち向かうとは…」  茶魔はあの広東騒動の時に散々苦しい想いを経験してきた。それは傍観者には分かることはない。  「どうだ、お客さんは」  そこへジャージ姿の角刈りの青年が入ってきた。  「兄さん、さっき来たよ。全員部屋に案内している」  「ようこそ、ホテル桜島へ。オーナーの一人である田畑です」  「聖サクラメント学院のジャギだ。今回、あなた方の好意に感謝する」  「君達のおかげで僕の農家の販売網が広がったんだ。僕こそ感謝する」  そういうと田畑小穂はジャギに手を差し出す。小穂の義理の弟が茶魔だったのだ。  10年前…。  「食べるものがなくては話にならない…」  ふらふらと街をさまよう老人がいた。彼の名は爺屋 忠左衛門(じいや ちゅうざえもん)といい、御坊家に代々仕える執事である。  そう、 茶魔は何もかも失っていた…。2年前までは誰もが羨む豪商だった彼が躓くきっかけになったのはエズフィトへの投資が全て接収されたことばかりではない、買収したユニバーサル銀行に様々な寄生虫どもが潜んでいたのだった。その処理をダークギースの浅倉威に任せたのが失敗だった。  「あのヴィクトールさえいなければ…。うっ!」  忠左衛門はふらふらになって街角に倒れ込む。その音を聞いて出てきた男児が叫ぶ。  「お父ちゃん、誰か倒れておるで!」  「小虎、なんやと!?」  そこへ若い男が家から出てくる。忠左衛門を見るとすぐに大声を上げる。  「じいちゃん、じいちゃんやないのか!?親父、医者呼んでくれへんか!」  「景虎、何があった」  そこに出てきたのは景浦安武、福岡ファルコンズの監督である。そしてフロントで作戦担当として所属している磯野克夫まで出てくる。若い男は安武の息子で福岡ファルコンズのエースである景虎である。  「爺屋さんじゃないか!」  「これはまずい、有馬先生を呼ぶんだ!」  「ひどいわ…」  険しい表情で有馬雪野は忠左衛門を診察する。  ちなみに彼女の夫の総一郎は大学院を出た後はGIN福岡支部に所属しているエリート捜査官で主に経済事件を取り上げている。ここは安武一家が経営する居酒屋である。  「御坊家はこれでは破産状態にあると見るべきだな」  「破産状態…!やはり…!!」  克夫が厳しい表情で景虎に話す。克夫は茶魔の管理能力の甘さを嫌っており、一族で関わる際には一線を引いていた。悔し涙を見せながら忠左衛門は話し始める。  「そうです。茶魔様がサッカールに騙されたのが全ての悲劇の始まりでした」  「何、アリスティド・サッカールだと!?」  「そうです、かの男は新聞記者上がりの投機家で、彼が経営していたユニバーサル銀行は経営に行き詰まっていたのです。そこでかの男は債務超過を隠した上で『今後ユニバーサル銀行に問題が発生しても御坊家の全責任で処理する事』を条件に拡大を焦った茶魔様に売却を持ちかけて九州メディアグループと60億円と引き替えに売却したのです」  「バカだ…。その奴はゴリラに情報を提供してしっかり逃げている…。ハイエナに騙されたな…」  頭を抱える福田満寿夫。彼も九州共同銀行の初代頭取を務めたが、不良債権の処理には厳しい姿勢で臨んだ。その厳しさ故に暴力団から命を狙われたがGINの保護もあって助けられた。  「まずはその彼を助けなければならない。花子、おにぎりを握るんだ」  「ええ、任せて」  克夫の妻である花子が動き始める。  「しかし、なぜ彼は助けを求めなかったのだろうか…」  「プライドです。あなた方に頼む事は屈辱なんですよ」  「そんな事はないのに…」  ため息をつく袋小路金光。彼は九州電鉄の経営再建に死に物狂いで取り組み、経営再建を果たした後も私鉄大手でありながらも新造車両の購入を控え、状態のいい中古の車両を名古屋や大阪、東京の私鉄から徹底的に値切って買い取り足回りと内装だけ手直しして使うなど凄まじいまでのコスト削減に努め、運賃の値下げにつなげていた。そして自身の給与は同業他社の経営陣と比較して最低ランクにする一方で従業員に利益を還元するなどしていた。その事もあり、九州電鉄を傘下に抱える九州ルネサンスホールディングスの収益は非常に高い。私生活にもその厳しさはしっかり生かされていた。  だが、御坊家は何から何まで新品ばかりだ。そこで袋小路家とは考えが違っていたのだった。  「そしてその後にとんでもないダニどもがひしめいていたのです…」  「それがあのヴィクトル・サッカールか…」  「奴はサッカールの息子で、金の亡者のメシャンと手を組んで自身の持ち株分30株を一株当たり1億円で購入するよう迫ったのです。もし拒めば、毒薬を銀行の支店にばらまくとまで行ってきたのです。この事をばらせば、御坊家の不正な手段での買収を暴くとまで言ってきたのです」  「なるほど…。小悪党らしい手口だな…」  安武が苦々しい表情で金光と中込威に話す。  「だが、彼はプライド故に我々をあてにできなかったのだろう…。ともかく、今は恩讐を脇に置くしかない」  「そのヴィクトールと手下達を始末しようと申し出たのがあのダークギースの浅倉威でした。彼はヴィクトール達をあの狂気の殺し屋・ミキストリの任務に巻き込ませて殺したのです。そして『俺はお前の恩人だ』と法外な要求を始めたのです。関東連合のギレン・ザビ議長の送り込んだ警備員はいずれも失敗し、奴の要求はエスカレートしていったのです。そして資産まで奪い取ったのです」  「なるほどね…。じゃあ、ダークギースの資金源は御坊家だったわけだ…」  「僕があの時御坊先輩を差し違えてでも止めていれば良かった…」  悔しい表情でつぶやく福田達夫。満寿夫の長男であり、克夫の甥である。  「で、彼はどこにいるの?」  「茶魔様の住まわれていた豪邸はグンデルマン市長が率いる福岡市に売却されました。そして税金や債務などを払って何もかも失った状態です」  「となると、急がねばならない。場所を教えてくれ」  柿野修平が話しかける。彼は茶魔と親交があり、マンション経営も細々としながら大学で経済学の講師を務めている。ちなみに彼の妻は沙麻代という。  「今は唯一残ったアパートに隠れております」  「アパートですって!?」  「信じられないだろうな…。だが、金に任せて暴走した結果がこんな悲劇を招いたんだろう…」  高畑和夫は厳しい表情で話す。先週退院したばかりなのにこんな騒動に巻き込まれるとは予想しなかった。  「あたしたちは御坊家に助けられたんです。今度はあたしたちじゃないですか」  小柄でシニヨンヘアの女性が立ち上がる。岩木みかん(旧姓・立花)で、小学生時代に父親の所属していた会社が経営危機に陥った際に御坊家先代の亀光が立ち上がって経営再建に取り組んでくれたこともあり、御坊家への温情は深かった。今は高校時代の恋を実らせて結婚している。めがねを掛けた大学生が苦笑しながら突っ込む。  「姉貴はお人好しなんだよ、まあ俺もそうなんだけどね」  「ユズピ!」  中学時代から付き合っている福沢栄子が突っ込んだのはみかんの弟である立花ゆずひこだ。彼は切れ者であり、和夫ですらも一目置いて英才教育を施していた。  「今の茶魔様は心を閉ざした状態です、誰一人も手を貸さなかった為、人間不信に陥っているのです」   「どうすればいいんや!」  その茶魔は…。  「小穂お兄ちゃん、急いで!」  「ああ、ドアは開けた」  そういうと茶魔の右肩を抱えてがっちりした青年が鹿児島ナンバーの車に乗せ込む。  「もしもし、父さん?戸籍だけど、終わった?そう、じゃあ直行するよ、志摩子と一緒に鹿児島のあの場所に向かうよ」  「あの場所?」  「俺達は御坊家に助けられた、今度は俺達があなたを助ける番だ」  そういうと田畑小穂は妹の伊勢志摩子に車のドアを閉めさせる。茶魔は婚約者の志摩子の勧めもあり、鹿児島で再起を図ることになったのだった。  「債権者対策はユン・ソンギ(尹順基)弁護士に頼んだ、君はそのまま鹿児島で再起を果たすんだ」  「…」  「ユン弁護士は君とは歴史観は違う、だけど君の苦境を知って立ち上がった。信じろ!」  「お兄ちゃん、車を早く出して!」  ユン弁護士は韓国と日本の二カ国の国籍を持っており、主に日本で活躍している。実力のある弁護士で、主に暴力団との戦いで活躍している。田畑兄妹はユン弁護士と知り合いだったのだ。  そして車がアパートを出て5分後…。  「もぬけの殻か…。くっ!」  悔しそうな表情で中込は拳を握りしめる。みかんが悲しそうにつぶやく。  「何とか再起に向けて準備は進めていたのに…。債務は完済されていたのに…」  「だが彼にとって福岡にいるのは耐えられなかったのかもな…」  無理もない、福岡ブルーホーネッツがFC福岡に追い越され、更には悪党どもに散々何もかも奪われた茶魔にとってはこの場所はいわば針のむしろそのものだった。柿野に金光が応じる。  「サッカールの犠牲者だったのかもな…」  「このアパートが彼に残された資産だったわけだ…。アパートを改装して爺屋さんが住めるようにしよう」  「それしかないでしょうね…。彼はそっとするしかないでしょう…」  「ちなみにダークギースの生き残ったメンバーは全員終身懲役刑と全資産没収、強制労働刑にあっているぜ」  「御坊茶魔は死んだ。それ以外何とも言えないけどね。ブルーホーネッツはFC福岡に吸収されても関係ない」  そう言い放つ茶魔。ダークギースの浅倉威をはじめとする生き残ったメビウスのメンバーは全員終身懲役刑が言い渡され、24時間監視下に置かれた上離れ離れになって世界中の刑務所で働かされていた。メンバーの中には精神疾患に苦しむ者もいたが関係ないと突き放されて懲役刑の執行をされていた。  「それでお前のホテルには刑務所を出た人間が多く雇用されているのか…」  「まあね。今僕らがいるレストランもそう。早川君」  そこへ笑顔で入ってきた青年。  「社長がこの場所を無償で貸してくれて助かります」  「当然だよ。かつて荒れていた過去だけで閉め出すのはいただけないと思ってね。僕が興味を持っているのはその味だけだよ」  「見た目では見ないけど、料理にはうるさいですよ、うちの社長は」  「早川ビト。フィリピンとの混血児で、少年院に入っていたことがある。でも僕は採用すると決めていた。それに、三島さんにも頼まれたことがあるからね」  茶魔が言う三島とは、三島花という。ビトとは8歳年下だが、婚約者の関係にあり、ビトと知り合ったのは2年前である。ネズミ講事件の主犯だった父親の債務を返済する為に協力してくれた茶魔はビトとの関係を知った後、レストランをホテルに開くことにした。そこでビトと面会して採用したのだった。  ジャギも頷く。  「そうそう、お前が紹介してくれた町村夫妻には助かっている。孤児院の常駐責任者に選んで助かった」  「たまたまだったよ」  町村宗助(65)・みどり(58)夫妻は鹿児島で食品会社を経営していたが、溝江隆文率いる企業再生ファンド・フェニックスキャピタルに2年前に会社を売却して身の振りを考えていたときに茶魔が紹介してジャギの孤児院で常駐責任者になった。 ちなみに娘のしおり(29)はジャギの孤児院の顧問弁護士でもある。  「そんなことはないぜ、お前も人の目利きがこの数年で向上したな」  「あの挫折が僕を一回り大きくした、そして僕にはもう一つの夢がある…」  鹿児島は喜入町…。  そこに寄宿制の小学校があった。創業者は今は亡き今津博堂で、「国家を担う若き人材を集めたい」という希望を胸に廃校となった小学校と中学校、高校を買い取って寄宿制の教育機関・聖エルモ学苑を立ち上げていた。そして今はGIN福岡支部の支部長を兼任しながら一人息子の本郷由起夫が経営している。  その学校の小学部二年生の部屋では…。  英語で小学3年生の算数の勉強が行われていた。そこで必死に英語で話す一人の少女がいた。後もう少しで授業は終わる。休み時間…。  「ツンツン!」  「このぉ!」  柿野健一郎は苦笑いしながら逃げる少女を軽く取り押さえる。彼女は伊勢祥子といい、あの茶魔の娘であり、健一郎はその姓で分かるように柿野夫妻の息子である。  「相変わらずいじられてんな、ケン」  「仕方がないさ。これが僕の運命だって割り切っておかなくちゃ」  ちょっと太っているががっちりしているのは袋小路金光の双子の子供で、長男の威である。長女の春奈とは別のクラスだが四人は非常に仲良しである。ちなみにこの学校は寄宿舎以外に電話がなく、教職員も携帯電話の持ち込みは禁止されている。四人は互いの親が誰であることは知っているが喋らないよう約束していた。それは茶魔が進学に際して祥子に釘を刺した為だった。  茶魔がなぜ今津博堂の流れを汲む学校に娘を託したか、理由は自身の挫折を教訓として、世界を幅広く見つめられるようになって欲しい想いがあった。愛国心と同時に、国家とも一定の距離を持つ今津一族に娘を託す決心をして、茶魔はそれ以来旅館の経営に専念していた。小学部入学と同時に茶魔は伊勢家の民宿を大きくするべく、倒産した企業の保養所を買収してホテルにしたのだった。そして、妻の実家である農家と連携して経営を拡大していたのだった。それもあり、茶魔の表情に充実感がみなぎっているのも納得するだろう。  そして東京…。  四谷にある邸…。8年前に空き家になってから誰も入らなかったこの場所に頻繁に人の出入りがある。  「先生、ジャギという方よりお電話です」  「分かった、出よう」  ひげを蓄えた男が電話に出る。男は高野広志だった。  「もしもし、高野です」  「久しぶりだぜ、あんたの出資には助かった」  「ジャギ、今は鹿児島にいるようだな。モニターで分かるぞ」  「あんたの監視はきついなぁ…。ご名答、今は御坊家のホテルにいる」  「そうか、かの男のホテルか」  「あんた、あの男と学友を会わせる気持ちはないのか」  「それは本人の気持ちだ。お前が決める事ではあるまい」  「同感だ。俺はあんたの厳しさを知っているがね」  「私は革新党の支持者である学友から希望は聞いている。だが、あくまでも本人の気持ち一つで動く。分かってくれ」  「でも、会わせる時期じゃないのか」  「確かに…。今度、鹿児島に巡回することになるがその際に意向を聞く為立ち寄ろう」  電話を切ると、広志は立ち上がる。  「二ノ宮さん、引っ越し参加申し訳ないですね」  「気にしていないよ、あの時の詐欺で君は加害者をしっかり懲らしめてくれたじゃないか」  「あれぐらい、何とも思いません。権力は弱者を守る為に使うのが俺の信念ですよ」  二ノ宮正太郎は広志に笑って答える。広志が下院議員になった後から手弁当で一家総出の協力を行っている。それも過去、「オレンジ屋根の小さな家」を業者の詐欺によるダブルブッキングで購入してしまい困っていたところを広志が債務を買い取って両方の被害を救済し、業者を摘発し、終身懲役刑と死亡保険金を掛ける厳罰を下した。  犯罪者達は高野広志の名前を聞くだけで震え上がるのも、その事件があったからだった。  「ヒロさん、スウェーデンの家具できました」  「ありがとう、君達力あるね」  優しい笑みを浮かべながら広志は正太郎の長男である陽太と次男の亮太に声を掛ける。  「しかし、君達のセンスはいいね」  「これは組み立てるのは誰でもできるんですよ」  「やや重かっただろう」  正太郎の妻である菜摘(なつみ)がテーブルクロスをかける。  「これはいい…。美紅、どうだろうか」  「いいわね…。あなたの好きな液晶パネルのパソコンも昨日入ってきたし、仕事体制もこれからね」  「ああ…。仕事人間になってしまうのは避けられなさそうだな」  苦笑いする美紅。菜摘と正太郎はダブルブッキングの被害者同士だったが、広志の調停もあってうまく生活出来るようになり、そのまま結婚した経緯もある。その結果、長女リナと次女ルナもすっかり高野家ともとけ込んでいた。相変わらず広志はサーバーにSSDを搭載する形でパソコンを購入するなどしてコストを抑えている。  「しかし、面白いボディガード二人を雇ったね」  「二人とも個性があります。正宗君は切れ者であり、女性の仕事もこなせる、都塚君は行動力が優れていて、互いに連携がとれる。見てくると面白いですよ」  「僕らのことですか」  そこへ眉目秀麗、質実剛健を顔に描く青年と女性が現れる。警察軍大学大学院に所属する正宗飛鳥(まさむね あすか)と都塚りょうの二人である。正宗は剣道の達人、都塚は格闘技の達人である。その実力を買った広志が二人をボディガードに選んだのだった。  「ああ。しかし、君のセンスには驚いたよ。君に記者会見場のコーディネートを任せて正解だった」  「先生、服がほつれていますよ」  「分かった、直してくれないか」  「よく受け入れられますね、私達を」  「性格は問題ない。完全な人間など、この世にはないだろう」  「タッチパネル式の液晶画面には驚きました」  「君でも使えるように工夫させてもらった。使いにくければ文句を言ってくれないか」  ちなみに都塚は大工仕事がこなせる。そのため、荒れた部屋の一部は彼女の手で修復されていた。  「久しぶりです、ゾル先生…」  霞拳志郎とユリアの二人は八王子にいた。  「先生が亡くなられてもう11年もするわね…」  「ああ、俺やジュウザもゾル先生の元で鍛え上げられた。権力と厳しく対峙し、チェック機能を果たせと檄を飛ばしてきたゾル先生の前には今でも引き締まる思いだ」  ゾルことゾンマー・ルーベンはドイツからの移民で、アメリカ批判を繰り返した鋭いジャーナリストだった。そのため三十年戦争でたびたび弾圧されたが不屈の精神で立ち向かった。千代田大学教授に就任しながら、ジャーナリズムを案じ続けたその姿勢は、勲章の一切の辞退になって現れた。風貌は軍人のように見えるが、中身は仕事と酒をこよなく愛したプロフェッショナルだった。拳志郎は学生時代に東京ポストという新聞にルポを出した事がきっかけでゾルの助手になって、そのままジャーナリストになったのだった。  その彼の残した資料は千代田大学に寄贈され、千代田大学では大学に特別資料館を立ち上げていた。そこによく拳志郎は調査をしに行く。特に外交や戦争にこの資料館はべらぼうに強い為、外交官でもよく訪れる。  「霞先輩、遅くなって済みません」  「君達もか」  「ジュウザさん、昨日ここに墓参りしたみたいでメールが来ました」  松永姉妹の妹であるみかげが話す。松永姉妹もゾルの教えを受け継いだのである。特にみかげはゾルの紹介もあって東西新聞社に入社したこともあり、尊敬している。姉のさとみがウイスキーを取り出す。  「先生は最後までウイスキーを手放さなかったですね…。あの時の私達は閉口していましたけど、今は懐かしい思い出です…」  「権力者でも、今は厳しいまでに自分を律するような政治家が出てきた。ゾル先生の監視の視線が、権力者を前進させているな」  「でも、これからですよ。次期政権がどう立ち向かうかが鍵です。誰が大統領になるかはわかりませんが…」  「ダークラボの事件もようやく摘発されたし、いよいよ犯罪者は震え上がる時代になりそうね…」  そう、シルキーキャンディや黄色い馬の気体版を開発した闇組織・ダークラボのメンバーは摘発され、裁判が近々控える。  そして2週間後…。  「いきなり訪れてすまないな」  「いえ、いつでも対応出来ますよ」  広志を前に茶魔は冷静な表情だ。広志は鹿児島へ政策研究の為視察に訪れ、その夜ホテルに泊まることにしたのだった。  「相変わらず埃一つ無いな。君の周辺が支える形にして正解だったな」  「ええ、僕も同感です。あの挫折で僕は嫌と言うほど、自分の狭い世界を思い知らされました。涼宮ハルヒの言い逃れにも失望しています」  「それだけでもいい。私も自分の歩んできた世界は必ずしも広い世界とは思わない、ソマリアでの経験は私の歪んだ視点をボロボロに打ち砕いてくれた。それだからシンクタンクを強化しているのだが…」  「そんな、高野先生のご謙遜じゃないですか」  「しかし、よくCP9製薬の保養所に目をつけたな」  「薬害のイメージが強すぎて建物はいいのに誰も買う人がいなかったんですよ。高野先生も倒産した会社のホテルを党本部に買収したり老朽化した会社の寮を買収して改修工事をして川崎の家にしているじゃないですか。要するに早い者勝ちですよ」  「早い者勝ちか。アハハ…」  「そうですね。見栄を張るほどばかげたことはありませんよ。開業して僅か1年で借金返済に成功したんですから」  「お見事、だな。その実力を認められて…」  「それは別ですよ、僕のような頭の男によく持ち込んできましたね」  「それはないぞ、今の君は虚栄心と無縁だ。私などとは大違いだな」  「まあ、袋小路一族には負けていますけどね。この前鹿児島バスを買収したんですけど赤字ばかりで驚きましたよ」  「新車と顧客の量にこだわった結果だろうな。鹿児島市交通局の路面電車と連携する経営にしてだいぶ経営は良くなったな」  「主導権をどこかで譲る必要があったんです。路面電車に出来ないことはバスがやるということにしたんです。後は中古バスを購入して、新車はフィリピンから大韓自動車フィリピン製のものを輸入していますよ。新会社には鹿児島市と鹿児島県がそれだけ出資していますしね。タクシー会社でよく行くところにはバス便を開設していますしそれだけタクシー会社を買収しています。タクシー会社の経営破綻は回避しないといけませんしね。小回りの聞く交通サービスを僕は目指しています」  「それでいい。そこで乗り換え手数料が得られるんだから」  広志と茶魔は芋焼酎を飲み交わしている。昔では到底考えられない。茶魔の実家が桜島グリーンファームという、鹿児島県屈指の農家を経営している関係もあるのだろう。また、茶魔は地元信用組合の経営を引き受けた鹿児島共同銀行の社外取締役でもあった。こうして広志と酒を飲み交わすこともありえなかったのだ。  「本題に入っていいだろうか。実はこの前、ジャギから話があった」  「学友との面談の事ですか…」  「ああ、あくまでも君の気持ち一つで決まる。君は淋しい想いをそのまましていくつもりか」  「今の僕はこの世界が全てですよ。面会なんてとてもとても」  「鹿児島のホテルから、九州のホテル王になった今、過去と決別する必要があるのかもしれない。その意味で面会するのはどうか」  「過去との決別ですか…。その言葉、いいですね…」  茶魔は会社更生法を申請した九州大手の九州リゾートホテルを買収した。再び九州財界に復帰する機会を得たが、今の茶魔はそんな名誉に振り回されることを嫌っていた。九州リゾートホテルの買収にしても、本人は乗り気ではなかったが銀行の要請もあり、引き受けた経緯があった。  「昔の衣装は全て捨てました。今は、義祖父からのお下がりの背広です。昔の僕ではないということを彼らは思い知ることになりますよ」  「ああ…。だが、絆はそれでは揺るがない。案ずるな」  「明日の予定では…」  「革新党福岡県連で政策研修を受ける。福岡特別市長選挙の応援演説もあるのでその後で君の学友と会い、意向を確認する」  「ハードスケジュールですね。この前仲田剣星君とも会いましたけど、あなたの活躍に刺激を受けていましたよ」  「君こそ、結構激しく動いているようだな」  翌日…。  「すみません、高野先生」  「やらないわけにはいきませんよ、荒岩一味候補は我々が自信を持って選んだ候補、絶対に福岡特別市は落とせませんよ」  袋小路金光下院議員が恐縮する。広志率いる革新党は福岡食品副社長だった荒岩を公認候補に選び、全党一丸でボランティアによる選挙運動を展開していた。  「しかし、エズフィト騒動でかかわったあなたが次期大統領になる囁かれるまで…」  荒岩誠(金光の政策秘書)が懐かしそうに話す。一味の長男であり、大学院で博士号を修得した切れ者だった。  「君は国連で研修を受けただけあり、鋭い問題提起を繰り返していたな」  「前日に調べたんです。一夜漬けはきついっすよ」  「何を言っているのよ」  誠の妻になったさなえ(旧姓吉永)が突っ込む。誠は知り合いの福田達夫や波野郁夫の協力を得て資料を集めて研究していたのだった。その探求心故に次期下院選挙でエズフィト選挙区からの立候補が確定しているのだ。  「話は変わるが、御坊茶魔との面会で君や柿野君達が動いているな」  「ええ、そうです。あいつは傷ついたまま福岡を去っていった。爺屋さんにも別れを告げずに…」  「確かに。今彼の体調はどうだ」  「そこそこ安定しています」  爺屋忠右衛門には家族がいなかった、そこで広志は本人の意思を確認した上で広東人民共和国から亡命して九州連合籍を得ていた中華出身の大学教授とその家族を爺屋の養子にして、爺屋家を存続させた。若干体は衰えているが、跡継ぎの家族が心身共に支えてくれている為安定しているのだ。ちなみにその教授は金融工学の研究者であり柿野修平の同僚でもあった。ちなみに柿野夫妻は革新党福岡県連幹部の重責を担っていた。  「大統領閣下、面会の調整を行ってくれるんですか」  「ああ…。私の知り合いからも頼まれてはな…」  車の外では広志コールが起きている。広志は穏やかな笑みを浮かべると手を高々と振った。  「相変わらず高野先生の人気は凄い…。いや、盛り上がるんですね…」  「君達の子供が仲良しなのに、君達と御坊家がバラバラになる理由はない。行動しよう、君達の為に」  「やっと面会が実現したか」  「ああ、お前の気持ちが実現したな」  ジャギに電話をしてきたのは広志だった。  茶魔は一家で柿野家などのかつての知り合いと面会した。そして無事和解したが、鹿児島から離れないことを決めていた。  「あんたは相変わらずフットワークが軽いな。俺は外出一つとっても国王陛下のご許可がなければ出られない。この前川崎から天道総司兄妹を招いた際には大変だったぜ」  「仕方がないだろう、お前がいる場所は国王陛下一家以外に面会出来るのは国家元首レベルの人間しか出入りが許されない場所だからだ」  「今の俺にはそれしかない。ぶきっちょの代表さん、ゼーラで待っているぜ」  「ああ、待っていろ。私はお前と必ず面会すると約束しよう。その際に拳志郎達からメッセージを携えよう」  広志は電話を切る。ジャギは広志を思い浮かべていた。あのアジア戦争の際には自ら剣を手に激しく闘い、度重なる戦いにも先頭に立って闘う。その広志の強い志を仲田剣星が引き継ごうとしている。 ----あんたの強い志、しっかりと俺の子供達に伝えることを誓うぜ…!!  聖サクラメント学院の子供達が今のジャギの子供だった。絶対に守り抜くことをジャギは誓っていた…。  作者 後書き  今回も過去の作品を見直してこのようなスピンアウトの作品を作らせていただきました。  私は一度書いたら書きっぱなしなもので、訂正をしながら書いていきます。それにしても、日本ペンクラブのホームページを無断でコピーして自分のホームページに文書として公開するのは著作権者を無視する行動であり、こうした行為はインターネットへの権力の介入を招きます。  故に私達は著作権者を明記の上、そのまま引用はすることなく自分の言葉で、大幅に組み替える形で著作へ取り組みます。 著作権者 明示 『コボちゃん』 (C)植田まさし 芳文社 1982- ギャンブルフィッシュ (C)青山広美原作・山根和俊漫画・秋田書店 2007-2010 サザエさん (C)長谷川町子・長谷川町子記念館 1946-1974 あたしンち (C)せらけいこ・マーマレード・メディアファクトリー 1994-2012 ルーゴン・マッカール叢書 (C)エミール・ゾラ 1870-1893 Smile (C)脚本・宅間孝行、篠崎絵里子 2009 『極悪ノ華 北斗の拳ジャギ外伝』 (C)原案・武論尊 原哲夫、作画・ヒロモト森一 NSP 2009 『内閣権力犯罪強制取締官 財前丈太郎』(C)原作:北芝健、漫画:渡辺保裕 NSP 2003-2009 『あぶさん』 (C)水島新司 1973- クッキングパパ (C)うえやまとち 1985- エスパー魔美 (C)藤子・F・不二雄 1977-1982 アキハバラ@Deep (C)石田衣良 2002-2004 彼氏彼女の事情 (C)津田雅美 白泉社 1996-2005 仮面ライダー (C) 東映 原作・石森章太郎 1971-1973 北斗の拳 (C)漫画家・原哲夫 漫画原作者・武論尊 NSP 1983-1988 『ミラクル☆ガールズ』 (C)秋元奈美 1990-1994 『オレンジ屋根の小さな家 My Little Home』 (C)山花典之・集英社 2005-2007 『オトメン(乙男)』 (C)菅野文・白泉社 2006- おぼっちゃまくん (C)小林よしのり 1986-1994