Break The Wall外伝 Research the Truth リサーチ・ザ・トゥルース 1話 嵐の前の静けさ  1  川越駅前のカフェに品のある青年ときれいな女性、そして精悍な体つきの男がいた。  青年は男と情報をやり取りしながら、何かを打ち合わせているようだ。そこに女性がアドバイスをしている。  「来たみたいですね、コーヒーとケーキが」  「しかし、君達は無欲だな」  「霞先輩にそこまでたかりたくはありません。剣星ったらゴミ屋敷を掃除してもそこで出てきたゴミをぎりぎりまで使い倒そうとするケチですもん」  そういって笑うのは李ヨナである。彼女は今やフィギュアスケート選手として人気を集めている。そして、その彼氏なのが仲田剣星である。  剣星は川越の名門・松坂家の主宰として、松坂剣志郎光広として襲名する事が決まっている。その際の儀式に参加を要請した一人が、霞拳志郎である。その拳志郎が目の前にいる。  「しかし、君が襲名する名前はいい名前だな。俺の名前を一部もらい、しっかり生かすとは…」  「高野先生からも名前はもらいました。じいちゃんや輝先生の亡くなられた父上の名前も…。奇しくも、蓮先生の長男の名前と重なるとは縁ですね」  「それで四宮先生が考えていた訳ね」  「あの人の名前はかっこよくていい。選んだ際にアドバイスをしてくれたのはヨナやろ」  「君達を見てくると、すっかり信頼し合っていると分かるな」  拳志郎がいう。剣星もヨナも大学生になった。剣星は東京芸術大学に進学し、それと同時に高校の吹奏楽部のメンバーを誘って高校3年の時に加わった川越神田川記念オーケストラを結成した。ヨナはアジア屈指のフィギュアスケートの環境を持つ関東大学に進学し、そのまま世界を舞台に活躍していた。剣星とヨナは互いに話す時にはざっくばらんなのだ。  「互いに隠し事はあまりせえへんし、たまにあってもたわいのないことやしね。普通整形手術受ける人多いのにヨナは受けへんできれいだし、こうしてすっぴんなのもめっちゃ最高!」  「そうそう、剣星とは大学以外はほぼ四六時中ベッド以外一緒だもの、そうなったら互いに何を考えているか分かるし、遠慮しないでできるのよ」  「まぁね…。俺は知ってるけど、ヨナがいやがるような目つきで見とうはあらへん。というか目を見たら何を考えてるか分かるんよ。だから恥ずかしい写真なんて見てあらへん」  剣星にヨナはほおをつねる。苦笑する拳志郎。  「ユリアも羨む自然体だな。今度、旭川五輪があるね。その時のプログラムは決まっているのか」  「ええ、ほぼ決まっています。剣星には演奏をお願いしています」  「引き受けると決めたんや。しっかり元でも取れ…」  その時だ、ぐちゃっと外で音がした。拳志郎と剣星は目を合わせる。  「君、ここにいるんだ!」  「一体何があった!?」  三人は驚いて外に出てくるとビルの目の前に背広を着た男が血を吐いて倒れている。  「おい、しっかりしろ!」  「ヨナ、救急車と警察を!」  剣星が叫ぶ前に素早くヨナは携帯電話で連絡を入れている。さすがにしっかりものだ。拳志郎は厳しい表情だ。  「これは…。意識はないぞ…」  「ひょっとして飛び降り自殺を図ろうと!?しっかりしろ!!」  2  「なるほど…。君達が彼を見つけて連絡を入れたわけだ」  警察を呼んだ剣星達に事情を聞いていたのはGINさいたま支部の捜査官を務める高遠遙一だった。  「はい、僕とヨナは霞先輩と今後のことで話をしていました。そこへぐちゃっと音がしたので出たら彼が倒れていたんです」  「ああ、私にも分かるさ。彼は恐らく飛び降り自殺を図ったのだろう」  高遠はトマトにかじりつきながら事情を聞く。その表情は優男なのだが、鋭い目つきも秘めている。  「このことについては公表はしばらく控えようか?」  「そうですねぇ…、霞さん、このことは伏せておいていただけませんかね」  「構わないが、警察発表と被疑者の弁護士の言い分しか書かないのが俺の原則でね」  「身元は分かったんですか」  「これからだよ。じっくり調べる。私は被疑者に対して当番弁護士制度の説明もしているし、必ずつけるようにしてもらっているんだ。GINは警察よりも強い権限を持っている。強引な手段でやられていると見られていたら困る」  近づく猫をひょいと抱き上げると優しげな表情で高遠は剣星に手渡す。猫は剣星に甘える。  「俺は犬飼っているんですけど」  「君には小動物が似合うようだな」  そういうと高遠はハンカチを取り出すと手に伏せる。ちょっといじくってハンカチを取り除くと薔薇の花が四本飛び出てきた。  「うわ!?」  「私の殺された母がマジシャンでね…。君の失うことへの辛さはよく分かる」  「え!?」  「君の祖父の話は以前聞いた。三代目CEOから松坂顧問の話は伺っている。だから、権力犯罪はなおさら許し難いのでね」  「そうですか…」  そこへバイクに乗ってきた青年がバイクを止めて駆けつける。  「高遠さん、遅くなってすまない!」  「悪かった、私が君に無断で動いてしまってな」  「気にしていないぜ、高遠さん。GINさいたま支部の主任捜査官の金田一一です」  「仲田剣星です。霞先輩やヨナとこの事件の第一発見者です」  「あんた、あのハヤタ自動車をノックアウトした男だな。会いたかったぜ」  そういうと一は剣星に握手を求める。剣星は応じる。拳志郎も手をさしのべる。  「それに、霞さん。以前インタビューでお世話になりました」  「君も捜査官として成長したな。高遠さんと二人で切磋琢磨しながら成長していると分かるぞ」  「スケベなところは相変わらずなんですけどね」  頭を掻く一。高遠は通信で大学の法学部に通いながら、GINに勤務している努力家だ。その彼はかつて優れたマジシャンである母親の近宮玲子を同僚に殺され、復讐を誓っていたが一に見抜かれた上、復讐をやめるよう説得された上、一の義兄・桑田福助が同僚の不正を摘発した。  その事への恩義もあり、高遠はGINに加入したのだった。その後、ある殺人事件で知り合った挿絵作家と結婚しており、今は一児の父親である。加入以来、一とのコンビは年を重ねるごとに熟練味を増してきている。  「事件に関してだが、出来る範囲で君達には説明するさ。当事者だからだ」  「僕も出来る範囲で捜査に協力すると明言します」  「そうですか…。自殺した人の身元が分かったわけですね…」  渋い表情で剣星は自宅で紅茶を飲んでいた。  「じゃあ、他殺の可能性は完全にないわけですね…。分かりました、ですか動機は何でしょうか…。分からない?仕方がないですね、この事調べましょうか…」  「剣星、何話しているの?」  金髪の女性がヨナに話しかける。プロポーションが抜群に優れているが、探検家が用いるような服装を身につけている。この空気の読めないファッションは剣星もヨナも若干渋い表情だ。しかも言動もあまりにもデリカシーがない。無邪気なのだからなおさら始末に負えない。ちなみにヨナはジーンズを好んではいている。  ちなみに剣星は電話に出る際には標準語になってしまう。これは剣星のクセであった。  「シャナナ、この前の事件よ。川越の飛び降り自殺事件」  「あの事件?僕には分からないや…」  「カールソン君、手伝うつもりはあるの?」  「その気がなくちゃ、ここには来ないよ。インディ先生からはっぱかけられたし、シャナナ、やろうよ!」  「もちろん、シャナナもその気持ちだよ!」  シャナナ・ドルネロはあのドン・ドルネロの養子の一人・ギエンの養女である。ギエンの義理の弟・ガロード・ランのつてもあり、幼なじみのトミー・カールソンと一緒にオーブ大学に留学してインディ・ジョーンズの元で勉強をしている。今回、剣星が事件に巻き込まれたとヨナからメールがあったため二人は事件を調べるべく動いているのだ。電話を終えた剣星が戻ってくる。  「GINの高遠さんからや。まず、自殺した人の身元が分かったで。木納祐(きのうたすく)といい、動機は不明やって」  「携帯電話の番号が分かればそこから債務の有無が分かるよ」  「そうしたいんやけど、個人情報や。俺でも知らへんよ」  「完全に自殺と結論が出たの?」  「ああ、警察とGINが同時に調べた結果や」  テーブルの上には剣星も個人的に出資している甘玉堂の和菓子がある。シャナナやトミーは川越に来ると必ずこの和菓子を買って帰る。  「しかし君達すっかり円熟味が増したね」  「剣星とは同じ場所で練習しているし、練習の時にメンタル面で改善ができるからいいもん」  「俺は時代に対応出来へん倉庫を改装してフィギュアスケートの練習場に変えたのは会社の資産を効率よく使うのが大切やって斎藤さんにたしなめられたんよ」  剣星が言う斎藤とは貿易会社を経営している斎藤浩徳のことである。剣星の祖父・松坂征四郎がテロの凶刃に倒れた後、剣星は名目上不動産会社の松坂産業の会長を務めているが、実際は斎藤とマンション管理大手を経営している城之内房子が共同で経営している。だが二人は剣星の経営能力の高さを知っており、出しゃばる真似はしなかった。なぜなら斎藤と妻のマリアを引き合わせたのは征四郎であり、城之内の窮地を無利子で救ったのも征四郎だった。二人は征四郎への恩義を果たすべく、剣星の要請に応えたのだった。  「君の祖父が懐かしいな…。僕らが遊びに来たときも笑って答えてくれた」  「じいちゃんの人格で今俺は食っているようなもんやね」  そういうと剣星は写真に目を向けた。そこには千秋真一・恵夫妻と剣星、ヨナ、そして老人の笑顔の写真があった。その老人は剣星のピアノの師匠である。彼は高梨浩介といい、剣星が高校生になったときに偶然パソコンの周辺機器を買ってついでにグレートカメラ川越店の店頭の電子ピアノを演奏していたところへ高梨が酷評したことがきっかけで知り合った。  彼との出会いが剣星の指揮者としての才能や手を抜かない厳しいまでの指揮への姿勢を更に高めた。今の剣星は大学1年生にして精密機械レベルの演奏能力を持っていた。また、剣星は今では両肩のケアを怠っていない、というのは高梨の戒めがあったからだった。  剣星はオーケストラの経営基盤を高めようと日々頑張っていたのだった。  その頃…。  「クルーゼ様、調整はどうでしょうか」  「渋い表情だな」  中年の男が資料を読みながら厳しい表情である。オーブ王国・姫路のある豪邸にその男、ラゥ・ル・クルーゼはいた。そして執事からの手紙を受け取る。  「奇跡の青年が次期大統領に就任することが有力視されている。だが、民族紛争は何が何でも解決しなければなるまい」  「歴代大統領が悩まされてきた移民問題…。ワンランクステップアップ移民制度が、新たな格差を拡大しているとは…。困ったことになったぜ、兄貴」  「ムゥ、お前の言うとおりだよ。このままではお前やレイに大きな迷惑を掛けてしまう」  「俺は気にしていないさ、兄貴」  気さくな笑みで微笑むのはラゥの双子の弟でフラガ家本家の継承者であるムゥ・ラ・フラガである。  オーブからワンランクアップ移民政策は始まっていた。その仕組みは海外の大学で高学歴・高技術を持った学生を優先して学業確認試験と日本語検定を受けて一度で受かればそのまま日本の希望する国家への移民が認められる仕組みだった。そのおかげで日本に有力な技術が流入し、日本は世界屈指の技術大国の地位を固めていた。  だがオークションで定められた枠の国家に移民した上で一定の期間内に日本語検定を三度受けて合格しなければならない上、法規検定も定められていた次期に苦労して日本に入国した移民達にとっては実に不公平だった。そこで、不満に思った以前からの移民はブルーコスモスなる政党を立ち上げたのだった。  そしてその彼らは加古という街で紛争を起こしていたのだった。  「義兄様も本当に困っていますわね」  「マリューか…。君の言うとおりだ、私達はキリスト教徒だが、今回の問題は宗教問題が関わっている。しかも微妙に一部利用し合っているのだからな」  ラゥがいうのは、神道系統の日本神道会、日本イスラム市民連盟、日本ユダヤ教市民連合会という三つのながれだった。彼らのいがみ合いが特に酷い。しかもその中で有力なのは日本神道会だった。その彼らを率いていたのが三輪防人だった。  「三輪という輩は危険極まりないぜ」  「ああ、関東連合で暗躍して言い逃れて逃げてきたからな。元々私もジブリール元首相もデュランダル前議長も信用していないがな」  「あの人はきな臭いことを考えているかもしれないわよ」  赤い髪の毛の女性が言う。  「フレイ、そうだな。私はかの男が国家を乗っ取りかねないかと思う」  そういうとラゥは厳しい表情になった。  「そういう意味では仲田剣星って成功例ね」  「剣星君か…。かの奇跡の青年、高野広志の知遇と、祖父である松坂征四郎の愛情が彼を若手指揮者に成長させた側面がある。李ヨナというのは偶然の産物だ。だが、そうでなくても二人ならあり得る」  「二人とも似た者同士だっていうのが大きいんじゃない、パパ」  そこへ紅茶を持って入ってきた少女。ラゥとフレイの娘、ローラ・ル・クルーゼである。母親そっくりの顔立ちに父親譲りの金髪で、誰からも愛される活気な性格だ。  「ありがとう、よく入れてくれた。あの仲田剣星について話していたが…」  「私の周辺ではイケメンって言っているけどね…。でも、剣星君はそれだけじゃないって」  「彼は努力家だからな。見栄を張らないでそのまま自然体にがむしゃらに頑張る。だから誰からも愛されるのだ」  ムゥはローラの紅茶を受け取ると静かに飲む。  「あの二人は同じ時間を過ごしているだけあって、互いのことを分かり合っている。きっと二人は同じ時を過ごして同じ年を重ねると思うわ」  「そうだな、その幸せをあの紛争の当事者にも味わえるように私達も頑張らねばなるまい」  そういうと引き締まる彼ら。だが、彼らは川越で起きた飛び降り事件と民族紛争事件が大きなつながりを持っていたとはその時考えなかった…。  3  「剣星、食事出来たよ」  「すまん、今行くわ」  ヨナの声に剣星は部屋から出てきた。  「大学の勉強をしていたんよ、すまへん」  「相変わらず忙しい?」  「ヨナほどじゃない。できるだけ教えるけど、最後はヨナの努力や」  今日はヨナが食事を作る番だ。剣星は過去カナダに留学していたことがあり、自炊もできるのだ。  「フィギュアスケート選手のメニューだけどいい?」  「ああ、大いに歓迎やね。俺も体にケア入れないとあかん」  そういうと剣星は外に干してあった葉っぱを中に入れる。  「ドクダミ茶?」  「ああ…。俺は小さい頃から好きなんよ。ドクダミっぽくなくていい」  「麦茶をミックスしていればそうでしょ」  「ああ、それがいいんよ」  「食事の後どうする?」  「風呂入れとこか。屋根の太陽熱システムであったまっとるし…」  食事の後…。  「のど元がひげだらけだから剃らなくちゃあかん…」  入浴している二人がいた。風呂場とトイレが一体で、たまたまヨナが用を足している音を剣星は聞いているのだ。  「いつもこれだから、恥ずかしい話なんてしなくなるでしょ」  「やったらめっちゃ恥ずかしいやん。目の前で恥ずかしい本見てたら嫉妬されるのが落ちや。そうそう、北里先輩が今度結婚するってほんま?」  「ホントよ。学生結婚で、北里先輩が婿として会社を継ぐみたい」  「なるほどね…。会社にとっては広告塔がタダで手に入ったわけや」  「そういう所では私はパパから跡継ぎとなれって言われなかったのは良かった」  「忠文さんは公私混同を嫌うんだ。だから跡継ぎは李一族から選ばないって決めたみたいや」  ヨナの父である忠文は剣星の祖父・征四郎の教え子である。その薫陶もあり、韓国準大手の商社にまでリジェンを躍進させた立役者だった。今は李一族をリジェンの後継者にしないと明言している。  「自然体で話せるか…。俺とヨナが特別なんかな…?」  「そんな事ないわよ。人には誰しも度量があるのよ」  「まあ、特別って言葉はヨナだけにしか使いたくないんよ」  ボディソープが体にまとわりつく二人。  「ヨナの肌もっとすべすべになるやんけ」  「そうじゃなくちゃ」  笑顔でウィンクされると剣星もパッと顔を赤らめる。  「ヨナの体は白い肌やし、まるでシルクなんよ。俺が包まれとるっていった感じや」  「何かあったときには楯になってかばってくれる。いつか私が剣星を守れるようになりたい」  「それは、俺の台詞や。互いに足りへん部分補いおうて、支えあうんよ。同じ時間、同じ年を重ねて行ければそれでええんよ」  「有野さんたちの台詞みたい」  クスッと笑うヨナ。この前剣星の家を訪れたのが週刊北斗の有野信次と智恵夫妻で、二人は剣星がアルバイトをしていた「桜都」の先輩だったのである。二人は自然体そのものの夫婦生活を重ねていたのだ。因みに一家は川越に住んでおり、大手総合商社から新聞会社に経営幹部として移った信次は今年で34歳、智恵は今年で27歳となった。二人の間に8歳の長女・輝乃(真東輝が長女の出産に関わったため)、5歳の次女・信乃がいる。智恵は輝の妻である綾乃の遠い親戚筋に当たる。  「智恵さんとあの人が一緒になったのは体が欲しいだけじゃない、あの人達は同じ時間を重ねて同じ年を重ねたいって思っているんじゃない」  「俺もや…。あの人達と出会った時には戸惑ったけど、今やったら分かるんよ…」  「事件、どうなの…」  「とりあえず言える事がある、あの自殺の動機が見えない…。俺は借金かもしれへんと思うんよ…」  剣星の指摘は正しかった。剣星も飛び降り自殺事件の真相を突き止めるべく動いていたのだった。  風呂上がりの二人は浴衣を着ていた。  「おお、似合うな。艶めかしく見えるぞ」  「梅安さん」  180cmの坊主頭の男が日本酒の入った杯を片手に笑う。男は藤枝梅安といい、剣星とヨナの体のマッサージを引き受ける男である。ヨナはともかく、剣星も指揮する際に体中を激しく使い、滞空時間までも計算に入れた緻密な指揮を振るう為体中ボロボロになるのだ。  「あの自殺事件はどうだ」  「俺も高校時代の親友に手伝ってもらって調べているんですけどパサラです。電話番号が分かれば借金も見えますよ」  「しかし、それをやってしまったらGINの規則に反してしまうぞ」  「そうでしょうね…」  「いいさ、奴の関係者をしらみつぶしに当たってみるか」  「彦次郎さん」  「いいってこった。お前さんにはお世話になっているからな」  馬込彦次郎はマッコリ(韓国の酒)を片手にどんと胸を叩く。ちなみに彦次郎、梅安はGINさいたま支部に所属する捜査官である。普段は梅安は凄腕の鍼医者、彦次郎は妻子持ちの家具職人である。彦次郎の家具作りの腕は廃材から家具を見事に作り上げるほどで、ヨナが剣星の家に同棲した後、家具は全て彼が作り上げたほどなのだ。しかも家の中でしっかり調和しているほどだ。  「彼を死に追いやった悪人はいずれにせよこの世の中にのさばらせては為にならない。俺もしっかり懲らしめる」  「困ったときには小杉さんがいる。私も慌てはしないよ」  「あの人も分析官でしたね」  「ああ、君にも情報をそれとなく流しているようだな」  「でも、俺もしっかり流しますよ、あなた方にも」  小杉十五郎は梅安の親友であり、剣術に優れている。普段はセールスマンをしながら実はGINの捜査官を務めているのだ。  「そうそう、二人に今日浴衣を持ってきてもらったんですから豆腐はどうですか」  「おーっ、気が利くねぇ」  「私達は最初から歩いてここまで来たのだからな。文子に伝えなければな」  梅安の妻である文子に梅安は素早くメールを入れる。その中で淡々と酒を飲む二人。  「秋山さん、どうですか」  「何か入りにくい雰囲気で…」  剣星に声を掛けられるのは秋山大治郎といい、高校で体育教師をしながら剣道部の顧問を務めている。妻の三冬と一人息子の小太郎と一緒に剣星の家に住んでいる。どうも性格は堅物のようで、この場には慣れないようだ。剣星となぜ知り合ったかというと、あのハヤタ自動車騒動の後に剣星の家を護衛する必要があると父の正文がアドバイスしたことがきっかけで大治郎を住まわせたのである。その後大治郎は関東連合前首相の田沼意次の娘である三冬と結婚したが剣星はそのまま二人を仲田家の離れに住まわせていた。意次は政界を引退して今では後輩の松坂定信に地盤を譲っている。彼もまた、権力の恐ろしさを知っており、権力を楯にやりたい放題する連中への怒りは非常に深かった。  「三冬さん、肩肘張らなくていいんですよ」  「分かってはいるけど…」  戸惑い気味なのは三冬だ。  一方、大阪…。  「みなと亭」と書かれている料亭では…。  その一室に長身の青年がいた。彼は料亭内の掃除をしているのだ。すでに料亭の営業は終わっている。  「まっさよっしくーん!」  「痛っ!」  長身の青年に飛びついてくる和服姿の少女。彼女は剣星の妹である美華である。そして青年はあのヨナの弟である李正義である。日本で生まれた為、日韓両国の国籍を持っている。姉がフィギュアスケート韓国代表を選んだのに対して弟の正義は日本代表を選んだ。  今は大学に通いながらJ3Westに所属するFC南大阪のエースストライカーとして大暴れしている。だが大学とチームトレーニングが終わった後は料亭の手伝いをしているのだ。  「君達相変わらずじゃれているねぇ…」  呆れ顔なのは矢車弾。アメリカ・ブロンクスで生まれ育った為、英語に堪能なのだ。  「フフフ…。お前さん達は仲がいいなぁ」  「小兵衛さん」  年老いた作務衣の男が三人をやんわりからかう。彼は秋山小兵衛といい、あの大治郎の父親である。以前は警察官だったが今は引退してみなと亭に住み込みながら優雅に包丁さばきを見せている。ちなみに剣星の父である正文の友人であり、剣星の護衛にと大治郎を高校教師として送り込んだのである。  「正義君は相変わらず礼儀が正しいわねぇ…。接客しても安心してみていられるわよ」  「10年前に亡くなった祖母がうるさく教えてくれました。今でも尊敬しますよ」  剣星の祖母があらわれる。彼女は日本人と中国人のハーフなのだ。  「加古の騒動も君みたいな人が多ければ収まるのにな…」  「俺も姉も嫌な思いをしています、矢車さん」  ちなみに秋山家と仲田家は関係が非常に深い、というのは秋山の教え子で今は外科医になった内田久太郎の結婚の時に正文が媒酌人になった。ちなみに内田は剣星の剣道の師匠でもあり、剣星の繰り出すタクトのスピードはその剣術故だった。  4  「渋いことになってしまったなぁ…」  川越の問屋街の奥まった倉庫…。  新聞を読んでいた剣星は渋い表情だ。というのは加古市長が今まで中道派だったのが日本神道会の流れを汲む市長になってしまい、民族専用の住宅地に無理矢理民族が組み込まれた結果紛争が酷くなっているというのだ。  「どうしたんだ、剣星」  「早乙女、今朝の新聞見た?」  「日刊北斗?見たよ、あの紛争だろ?叔父も困ってたぜ。あのルルーシュ・ランペルージュもカナード・パルス首相も懸念を表明しているぐらいじゃないか」  長髪を後ろで束ねた青年が渋い表情だ。彼は早乙女健太郎といい、神田川記念オーケストラではバンドを担当する。ちなみに彼の親類が二ノ宮颯月である。よって剣星の祖父・松坂征四郎が義叔父の小木駿介に刺殺された後彼は土下座でわびたが剣星は「君には罪がない」と優しく手を差し出した上、彼を苦しめる者には果敢に立ち向かった。  それ以来早乙女は剣星の親友になった。オーケストラを立ち上げると決めた祭に真っ先に参加を決めたのは彼だった。  「困ったことになったよね、剣星君」  「波風もか…。君の出身地が確か…」  「あの近くの街なんだ…。剣星みたいに小さな違いなんてからからと笑える人がいればいいのに…」  波風マリ(トランペット担当)が悲しそうな表情だ。彼女は背中まで伸びる髪の毛が自慢なのだ。そしてショートヘアの女性が入ってくる。  「剣星君、ハープの修理出来た?」  「さっき届いたよ、悪かったね。チトワンの『ゴーゴンの指輪』なんだけど、大変だったんだ」  「ようやくできる…。大学のサークルに頼むことがなくなる…」  「聖子、良かったじゃない」  小川聖子は嬉しそうな表情だ。剣星のオーケストラは中古の楽器を格安で買い取り、修理して使うパターンがほとんどだ。聖子のポジションであるハープもその一つで、広東人民共和国で消滅したオーケストラの楽器を剣星が買い取って修理していたのだった。ちなみに聖子とマリ、早乙女はパンパシフィックリーグ2部に所属する埼玉レッドウィングスで活躍する吉岡瞬と同級生であり、オーケストラの仕事の一つに年一回オーケストラ演奏をレッドウィングスのスタジアムがある埼玉スタジアムで行う契約をこの前取り交わしたのだった。  「おう、みんなやっとるな。若き闘神」  「高梨さん」  年老いた男が若い三人と一緒に入ってくる。彼は高梨浩介、電子ピアノ奏者であり、日本屈指の腕を持つ。そして若い三人はフルート担当の今井一也、ヴァイオリン担当の西大寺時彦、そしてヴィオラ担当の飛鳥未来である。三人は小さい頃から楽器を学んでいたのだが、学費の関係で音大に通えなかった。そこへ剣星がオーディション形式でオーケストラを創設するというので三人とも参加したのだった。  その公平さもあり、剣星のオーケストラにはすでにオファーが入ってきている。  「しかし、君は闘神と言われて平気なのなんでだ」  「読んで字の如くだ。俺は闘う神っていわれるなら、人々の為に、そして音の為に闘う。音は平和の象徴だからだ」  「その信念には負けたぜ」  西大寺が呆れ顔だ。ちなみに西大寺と未来が付き合っていることは仲間達も知っている。  「今度サン・サーンスの『死の舞踏』やるんだろ」  「ああ、やるよ。李ヨナの直々の指名でね」  「お前の彼女の頼みか」  「そうであってもなくても、俺達はオーケストラだ。指名されたら答えてなんぼだ!」  ちなみにこのオーケストラは神田川高校のOBの他、経営している関東学苑も出資している。その関東学苑を経営していたのはヨナの叔父に当たる李一族だった。三十年戦争で敗戦状態になった北朝鮮に韓国は支援を行ったが、その際に共同軍も民主化とその統治システムの普及を行った。李一族はその際に司令官だった松坂の気配りや人格にひかれ、韓国に次男が移り住み、長男は松坂の支援を受けて日本に移り住んだ。そして長男は破産寸前の専門学校を買収して関東学苑を立ち上げ、次男は釜山にあった廃業寸前の運送業を買収して今では韓国準大手の財閥・リジェンを立ち上げたのだった。今、関東学苑は売却されている。  関東学苑はその後ある実業家が買収し破産した私立高校やあの塔和大学まで買収した。そして専門学校も買収して塔和大学に統合し、関東大学に再編した。ヨナはいわば広告塔なのだ。  その頃、ゼーラ王朝では…。  「国王陛下、お呼びでございましょうか」  鋭い眼差しの男がフランツ国王の目の前に控える。  「ジャギ、あなたにお願いがある。実は三輪防人がまたしても暗躍を始めているようだ」  「あの男がですが…」  ため息をつくジャギ。彼はゼーラ王朝に仕えるようになって後、国王一家のみがいられる禁断の間に仕える。ちなみにこの禁断の間は国家元首しか立ち入りが許されない。  「あなたには、三輪の暗躍の実態を調べ上げてもらいたい。それと、気に掛かることがある。ブルーコスモスの動きも留意してみてもらいたい」  「かしこまりました、国王陛下」  「孤児院の仕事で忙しく、頼むのに躊躇したが、放置するわけにはいかない。許してくれ」  「国王陛下、我が孤児院に支援を戴いた以上、私も動きまする」  ジャギに手を差し出す女性。彼女はフランツの妻であるサファイアである。  「本当ならば私も街に出て調べたいのだけど、国妃である為出来ないのよ。あなたが頼りよ」  「サファイア様、かしこまりました」  ジャギを禁断の間の給仕に選んだのはサファイアだ。というのはジャギは悪事を散々はたらいて命がけで償ったが、その際に男性機能を完全に失った。そこでサファイアはジャギの生い立ちを知った上で禁断の間に控えさせることを決めたのだった。  ちなみにジャギは孤児院を立ち上げた際に倒産して閉鎖されていたビジネスホテルを買い取って孤児院に寄付してくれたのがあの桑田福助、資金面でアドバイスを行ってくれたのが高野広志だった。剣星も匿名であったが出資していたのだった。  「この前あなたの知り合いのアンナ修道女と会ったよ。あなたの戦いを支えてくれているね」  「ありがとうございます」  アンナ修道女はジャギの知り合いで、王宮内に教会を開設している。兄のボスはちなみにゼーラ軍の大佐である。  そして加古…。  市役所公舎の市長室にその男はいた。  「石川市長、どうだい」  「フフフ、さすが三輪さんだ。この色分けで日本神道会にかなり有利な居住環境になった」  石川ウルベ市長がニヤリと笑う。彼はオーブの地域政党・ブルーコスモスの代表であり、加古市長でもある。そして目の前にいる男はあの三輪防人だった。旧日本軍の軍人がまとうような白い服をまとっている。  「しかし、よく逃げたな」  「関東連合がファシスト狩りを始めたのは誤算だった。私は急いで逃げ、宗教団体を買収してオーブに眠っていたのだよ」  「休眠中の神社をよく買い取ったな」  「そこへ資金源で苦しい君達だ。何も知らないのんきな若者達を飲み込んでブルーコスモスが誕生したわけだ」  「三輪さんのおかげだ。こっちは純粋なエリートに名前だけの地位を与えて、実権は私達が握っているわけだ」  「金の力は絶大、というわけだ…。ムフフフフフ…」  このブルーコスモスは札幌特別市長選に立候補して不正が発覚したあの杉山泰造を連合共和国下院議員選挙・オーブ選挙区から立候補させることを企んでいた。  「先生、そんなにうまくいくんでしょうか」  「大丈夫だ、アレンビー君。政治のことは我々に任せなさい」  スーツ姿の秘書であるアレンビー・ビアズリーにいうと石川はにやりとした。この男も相当な闇の世界を渡り歩いているのだった。  「そうか…。あの事件に君達も関わっていたのか…」  東京は永田町…。  革新党の本部ビルにその男はいた。  「高野先生には迷惑をおかけします。今回の事件での捜査に協力願いたいのですが」  「そりゃ、協力はする。だが、情報を外部に漏らすわけにはいかないんだ」  「剣星君、分かるよね」  「シバトラさんの言うことは分かりますけど、今回俺は巻き込まれたんです」  「巻き込まれてしまった訳か…。私もそうだったな…」  高野広志は苦い口調で昔を思い出していた。そう、もうあのアジア戦争から20年以上経過したのだが、広志にとっては昨日のような出来事に感じられる。柴田竹虎(ゴリラ本部捜査一課・課長)は渋い表情で話す。  「剣星君、実は自殺の動機が見えてきている。君にはこれを見て欲しいんだ…」  「どれどれ…」  剣星は竹虎の持ってきたネットブックを見ていた。このネットブックはポシェットに収まる程度の大きさだが、高性能のスマートフォンまで搭載されている。その中に入っていた写真に剣星は目を疑った。  「これ…!!」  「借金の借用書なんだ。それも、中堅のサラリーマン金融みたいだよ」  「その利息計算、調べていますか!?」  「調べているけど、計算が複雑すぎるんだ。金融工学のプロにも入ってもらっているよ」  「この写真は誰が撮ったんですか」  「鬼神引越センターの河東君。彼は今でもインターネット引越センターを経営していて、今回特別清掃も込みで引っ越しを引き受けたらこの資料が出てきたと言うんだ」  「最悪だな…」  広志は厳しい表情になった。剣星とヨナは同時に頷く。竹虎にとって剣星は恩義を感じる存在だ、というのは妻の美月が愛娘を庇って失明した後、松坂征四郎の刺殺テロがあり、剣星達遺族の承諾もあって征四郎の角膜は美月に移植されて美月は再び光を取り戻したのだった。  「シバトラさん、俺ももう少し調べる必要がありますね…」  「うん…。僕もそう思う。君も大変だね、事件の捜査に加えて育児放棄された小学生の兄妹を引き取るなんて」  「じいちゃんの気持ちが最近分かるようになってきましたよ…」  剣星は育児放棄された小学生の兄妹を引き取って育てていた。やがて義理の弟は成長し、剣星と同様に松坂家の分家として認められ、松坂雄志郎光孝と襲名してインターナショナルスクールの経営者になることになるのだが、それは後の話だ。 著作権者 明示 ワタシハペット (C)仙道ますみ・集英社 「仕掛人・藤枝梅安」・「剣客商売」 (C)池波正太郎 ブリザードアクセル (C)鈴木央 リトルコップ (C)小林たつのり ドリーム☆アゲイン (C)渡邊睦月 「百の永遠と無限の未来」 (C)佐東香歌子 1991 「ハートでDANDAN」 (C)浅倉まり 1991-92 『極悪ノ華 北斗の拳ジャギ外伝』 (C)武論尊・原哲夫・ヒロモト森一・NSP 2009 『機動武闘伝Gガンダム』 (C)サンライズ 1994-1995 リボンの騎士 (C)手塚治虫 シバトラ (C)安童夕馬(原作)・朝基まさし(作画) 2006-2009 『内閣権力犯罪強制取締官 財前丈太郎』 (C)原作:北芝健、漫画:渡辺保裕・NSP 2003-2007 「金田一少年の事件簿」 (C)原案→原作:天樹征丸、原作:金成陽三郎(case2巻まで担当)、作画:さとうふみや 「ゴッドハンド輝」 (C)山本航暉 原作協力・構成監修:天碕莞爾 2001-2011 「蒼天の拳」 (C)原哲夫 武論尊、ノース・スターズ・ピクチャーズ 「魔境のシャナナ」 (C)山本 弘, 玉越 博幸・NSP 2009-2010 「機動戦士ガンダムSEED」 (C)サンライズ 2002-2003 「のだめカンタービレ」 (C)二ノ宮知子 「つばさ」 (C)脚本:戸田山雅司 2009 作者 後書き  同時並行的に描く小説第三弾です。  今回取り上げるのは民族・宗教問題になります。これもまた、戦争の要因になる危険性をはらむものです。その取り扱いを間違えると取り返しのつかない悪夢が待ち受けています。前シリーズの最終話の8話はこの話の後につながってきます。まだ未公開にさせてもらいますのでご了解ください。  なお、今回よりドラマより引用する際には脚本者の名前も明記することにしました。これは脚本者への創造への感謝を込める為です。その点ご了解いただきますようお願いします。それと同時に法令違反を繰り返すメディアには著作権を認めない制裁を行っております。ご理解の程お願いします。  自殺の動機は借金にすることは決めていましたが、本人の自主的な動機ではないことは確かです。何の脈絡のない二つの事件、そしてもう一つの事件が大きな流れになって襲いかかるのが今回の話のプロットになりますね。さて、2話ですがBreak the Wall,Over the Gate,真実の礎で忘れかけていた一つの話をそこでまとめることになります。