Break the Wall 第3集 / 『真実の礎』SEASON2 Change the Destiny エピソード5.5 Heat the Reactor 憎悪を超えて、踏み出そう、明日へ…(小野哲)  作者 まえがき  今回の話はBreak the Wall第三集の側面が強いですが、我が盟友が現在向き合っている作品Change the Destinyともリンクしてきます。  今回もT.M.Revolutionの『UTAGE』『Save The One,Save The AII』(エピックレコードジャパン)の歌詞を参考に各節のタイトルとさせて頂きます。作曲の浅倉大介氏、作詞の井上秋緒氏に感謝申し上げますと同時に西川貴教氏の社会貢献をこの場をお借りして支持を表明します。 Epilogue UTAGEの前に  「このスウェーデンの新聞の記事をまとめたレポートは面白いな」  川崎のGIN・スカイタワーでは…。  高野広志はタブレット端末を見ながら財前丈太郎と話していた。  「Da Bomb!!同感だぜ、俺らはどの国の言葉でも対処できるが素人にはそこまで要求できないぜ」  「しかも、このメディアがあの壬生国というのが面白い」  「高校生らしいぜ、この吉野って翻訳担当は」  一方、豊橋「ガイアニュースネットワーク」事務局では…。  「吉野、お前の好きな梨剥いてきたぜ」  「サンキュ!お前良く気が利くな」  天王寺瑚太郎が持ってきた梨の皿を吉野 晴彦は手にする。スウェーデンの新聞記事を短時間でまとめる能力に長けておりその腕前はマッハそのものだとみんなが認めている。  「今頃大垣さん、元気で工業やってるんだろうな…」  「お前の知り合いか?」  「ああ…。「自分を変えたい、世界が憎い」と思っていた俺に「その力を人のために使えるかもしれない」とアドバイスしてくれた」  「以前、君は「生きることは拷問に似ている」と話していたからな…」  江坂 宗源事務局長が言う。瑚太郎の中学生時代からの知り合いである。普段はアンティークショップを経営しているのだが今の壬生国のメディアの腐敗に戦おうと決めた一人だった。因みに美食に興味を持っていてそのレシピを聞き取ろうとメモを取ったりしている。  「だけど、カイオウだって信用出来ない。彼らは自分の権利を侵されるから暗躍しているじゃないか」  「ミドウ、言葉がすぎるぞ」  フードをかぶった男を戒めるのは吉野。だがミドウがこんな言葉を投げかけるのも無理はない、第一次壬生国騒動で恋仲にあった花澤篝(かがり)を騒動の弾圧の流れ弾で失ったためだ。神戸小鳥はベジタブルガーデンの手入れをしていた。よく彼女は100円ショップで野菜の種を購入しており、瑚太郎とは親を通じて顔見知りでもある。その時だ。  「大変なことになった!」  「加島さん!」  「この新聞を見てくれ!!」  加島桜(かしま さくら)と洲崎周一郎(すざき しゅういちろう)が顔を青ざめて新聞を持って入ってくる。二人はかつて日本で一世を風靡した行動的な環境保護団体日本マグナ・マーテルのリーダーだった。瑚太郎と小鳥の両親はそこに所属しているが、あまりの過激さに瑚太郎は引いてしまった。その後あまりの過激さによってもたらされる問題点に二人は改善を施し穏健な手法を中心に据えた環境保護運動団体を創設した。  「これ、スポーツ東京って新聞じゃないですか」  「この社会面を見てくれ!!」  「これ、噂されている核廃棄物最終処理施設建設の場所に春野町が決まったと言うじゃないですか!?」  「とんでもないことになってしまった…!!これでみんなが反発するぞ…!!」  岡崎 朋也(壬生大学国際法学部2年生)は厳しい表情で言う。昼間は婚約者の古河渚の実家の「古河パン」で働き、夜に国際法学部に通っている苦学生だ。大学で知り得た情報を瑚太郎たちに提供している。  「君はつらい立場なのによく頑張っているな」  「俺は父との喧嘩で右肩を負傷してバスケットボール選手としての生命を絶たれたから古河家に移り住んだんです」  「でも、お父さんは決して忘れちゃいないのよ」  「それはな…」  婚約者の渚に愚痴をこぼす朋也。飛び級で17歳の時に高校3年生になっていたのだが、大病のために留年を余儀なくされていた。そんな時に担任の幸村 俊夫(こうむら としお)を通じて朋也と出会い、恋に落ちた。真面目な性格で誰にでも丁寧口調で話すが気弱で、自分に自信を持てず、お人好しなうえに要領の悪く、話をうまく逸らされたり自分が損をしてしまうこともしばしばだが頑固な面もあり、些細な不正や曲がった事を極端に嫌い、演劇に興味をもっており、朋也とのデートでよく行っている。  渚はアンパンをテーブルに配る。このパンを焼いたのが父の秋生(元俳優)である。口は悪いが根がやさしい人物で朋也ともすぐに打ち解けた。母親で家庭学習塾を解説している早苗と四人で生活しており、渚は朋也の子供を身ごもっているのだ。  「ところでお腹の子の性別は分かったの?」  「女の子みたいよ」  「そう…。良かったじゃない」  「名前も因みに決めているんだ。『汐(うしお)』にするさ」  「早っ!!」  相沢祐一が思わず驚く。祐一の恋人である月宮あゆが素早くたしなめる。  「いいじゃないの?ボク、納得するよ」  「岡崎先輩って早すぎなんですよ。古河先輩と結婚するにしても学生結婚じゃ無茶苦茶ですよ」  「いいんだ。俺はあの家を出たかったんだ。それに、一緒にいたいって思ったしな…」  「でもあゆちゃんって、祐一くんと比べて子供同然ね」  「よく小学生くらいの男の子みたいって言われちゃって…。うぐぅ…」  「怪談話が苦手じゃ、夜の肝試しなんて無理だねぇ」  春原 陽平(すのはら ようへい)がニヤニヤとからかう。彼は福島出身で、妹の芽衣も学校法人逆十字会・鳳学園に通っているため壬生大学にてスポーツ医療を学んでいる。因みに陽平が交際している相手は水瀬名雪である。 母親の秋子は春原兄妹をそのまま受け入れた穏やかで寛大、聡明にして豪胆な人格で、陽平は頭が上がらない。  その名雪が困った表情で言う。  「もし、あの人がこのニュースを知ったら怒り狂いそうだよ…。ただですら壬生タイムズがあのパパラッチ新聞と接近しているんだから…」  「ホントです。あのニュースオブ・ザキューシューの裸ばかりの記事には困ります…」  金髪でツインテールの少女がぼやく。彼女は瑚太郎の後輩の中津 静流(なかつ しずる)であり、実はオッドアイである。頭はべらぼうにいい。  「俺、怖いんだよ…。俺、かつてデザイナーズチルドレンだっただろ、絶対喪黒に狙われる」  「その時は我々がかばうさ。生きることの正当性を潰させるものか」  「そうだよ、絶対にそんな事なんてさせない!」  小鳥も強い言葉で言う。江坂は普段アンティークショップ『バイアーン』を経営している。そこで知り合ったのが瑚太郎たちだったのだ。  「あいつも狙われそうだ…」  「如月?ありうるな…」  その頃、あるアパートの一室では…。  「君たちに部屋を貸してくれと言われて貸したら、ミニ放送局を開設するためか…」  「いいじゃないですか。浦和さんは収入源がある他、花壇づくりの手伝いが増えたんでしょう」  「そうだな…。僕はブログで花壇づくりをやっているけどね」  携帯音楽プレーヤーで音楽を聞いていた少女がにこりと笑う。彼女は野座間友子(のざま ともこ)といい、高等部1年である。インターネット放送局の開設は彼女が中心になって行なっているが、あくまでも目的はコミュニティFM放送局の開設である。 浦和誠は壬生国に空手を教える為に来ていた。普段はNPOのフードバンクで活躍しているが、仕事が終わったあとにあの浅見竜也から受け継がれた空手を壬生国の子供達に教えている。  「浦和さん、あの高野広志と知り合いなのか?」  「まあね。僕がもともと空手を学ぼうと思ったのは不良グループから恐喝の被害を受けていてその対抗策だった。だけど、ヒロさんが立ち上がって不良グループを解散に追い込み奪われた金は利息をつけて取り戻してくれた。その際に『力に溺れて心を忘れるな』と諭されてね…」  「それで俺達の計画に慎重になれって…」  「そうだ。放送だって権力の一つだからね、DJフォーゼ 」  レザー系ファッションに身を包んでいるリーゼント姿の青年が納得の表情だ。如月弦太朗(きさらぎ げんたろう)といい、曲がったことを嫌う真っ直ぐな性格の努力家だ。それ故に浦和の弟子になった。考えるより行動といったタイプ故に短絡的な性格を戒められてもいる。  「歌星くん、大丈夫?」  「俺は大丈夫だよ、だけどこの虚弱体質が恨めしい…」  咳き込んでいた青年がロングヘアの少女に答える。二人は弦太朗の親友でもある歌星賢吾(うたほし けんご) と城島ユウキだ。賢吾は生まれつき体が弱く、頻繁に目眩や息切れを起こす虚弱体質に悩みを抱えていて、その気持ちを打ち明けられるのは放送部のメンバーだけだったのだ。ユウキは宇宙科学に関心があり、ブログニュースでは科学に関するコラムをよく書いている。  「それに、気にかかることがありますわね」  「風城先輩」  「核廃棄物最終処分場建設構想がこの壬生国にあるとのことですわね、学園の近くという噂ですわ。事実ならOopsそのものよ」  風城美羽(かざしろ みう) が険しい表情で話す。彼女の実家はオーブにあり、オーブ放送という放送局を経営している。ミニFM放送局開設計画は彼女のサポート無しでは出来ないとみんなは思っていた。誇り高い努力家であり、弦太朗を認める一人でもある。  「その時は俺が何とか戦うまでさ。俺は鉄砲玉だぜ」  「その鉄砲玉って考えは感心できないよ」  浦和は厳しい口調で大文字 隼(だいもんじ しゅん) を戒める。因みに風城と大文字は弦太朗たち3人より1つ上の高等部3年である。大文字はアメフト部部長で腕っ節は強い。だが喪黒福造の暴政に憤り、ミニ放送局開設に立ち上がったのだ。  「ミニFMだが、あくまでも規定以下の微弱なFM放送の周波数帯を用いる「微弱無線局」で、放送法上の放送局とは違って免許が不要なんだ。電波も微弱である事から近隣にしか届かない。だから、児童館や大学生の課外活動、学園祭や運動会などの町の話題や地域のコミュニケーションの場としての実況放送、商店街や町興しやイベントの会場案内などに使われる。だけど放送受信の妨害にならないよう地元近辺の放送局の周波数を考慮して使用周波数を決めなくちゃダメなんだ」  「課題は多いけど、やりがいはある。やろうじゃないか」  「だけど、君たちはあくまでも広範囲にわたって放送するつもりだろう。電波法110条第1項違反になりかねないよ」  「取り敢えず俺達はFMの送信機を揃えました。後は効率のいいアンテナを接続してしまいましょう」  「あなた達の行動にはあまり賛成できないけど、こうなれば賽は投げられたという事ね…、浦和さん…」  「僕も同感だ。覚悟はできていますね」  弦太朗たちの担任教師である園田紗里奈(そのだ さりな) は浦和に厳しい表情で頷く。放送部顧問という顔を持ち、個性派揃いの部員たちを取りまとめている。  「先生もゲリラ放送に加わるんですね」  「ええ、私もやることはやるわよ。浦和さんもやるって決めているのよ、こうなれば私もやるしかないわよ」  一方、川崎では…。  「よう、相変わらずオメェも忙しい日々だな」  「お久しぶりです」  広志はドン・ドルネロ、小津魁、リラ(本名:金城リラ)に頭を下げる。  「まずは私からよ。この前フロンティア建設の債権をリブゲートが購入したのよ。その債権を私が買い取って魁ちゃんと一緒に株式にしたってことを報告しておくわ。念には念を入れて他の会社にも出資してもらうわよ」  「すみません…。まさか、リブゲートがあんな方法で乗っ取ろうとは誤算でした…」  「ヒロ、気にするなよ。お前が戦っていることはドルネロでもしのちゃんでも分かっているんだ」  「そうですよ、ヒロさんには恩があります」  「あれは当然だろう。人の恥ずかしい弱みに付け込んで破廉恥なことを強制しようとは許せない」  広志は思わず語気を強める。メガネをかけた若い女性はリラの秘書を務めている森村しのといい、ドルネロの養女の一人でもある。外で用を足していたところを無粋な男に付け狙われ性行為を強要されそうになっていたところを広志とドルネロによって救われたのだ。  「私が『お金、お金』って謳いながら入っていったのをしのが笑っちゃってたわよ」  「いつもリラさんって、拝金主義を装っているんじゃないですか。でも、人道主義そのものですよ」  「まあ、そのことは私も知っているさ。今回はそんな案件じゃない」  「まずはこの新聞を知っているか」  「どうやら、壬生国のある町に核廃棄物最終処分場の建設を喪黒福造は目論んでいるようですね」  「ああ、で俺が懸念しているのは危険なエコテロリストどもだ。この日本でもかつてマグマ・マーテルという危険な団体があったからな。その流れをくむ連中が壬生国にいる」  「困ったことですね…。環境保護には理解は示しますが、人の命を奪うやり方には賛同できかねますよ」  「俺もだ…。過激な運動では問題をかえってこじらせるだけだ」  「ところで、ソレスタル・ビーイングが接触しているっていう話があるんですけどどうなんですか」  「それはちょっと言えないね。もし関係していたら我々の機密事項だ。全てが終われば話せるということじゃないのか」  「なあ、こいつは10年前と違って人の命をさらに背追い込んでいるんだ。甘い気持ちで聞くなよ」  がっかりしているしのをたしなめるとドルネロは壬生国の情勢に話題を切り替える。  「壬生国だが、現在第三勢力の壬生保守党がいる。その代表が九条政宗といい法務大臣を歴任している。奴はあのカイオウとも親しかったが、壬生国騒動で袂を分かったという」  「なるほど、是々非々で行動するカイオウ氏と完全な反米の彼では水と油だったようですな。ただ彼はGINに協力しています。近々協力することになるのではないでしょうか」  一方、壬生国首都・静岡の黒王邸では…。  「とういうことなのか…」  厳しい表情でチューブのリーダーを務めるカイオウ、壬生国防衛大臣の朽木白哉、その妹のルキア、更木剣八、日番谷冬獅郎、更に前壬生国議会議長の藍染惣右介がラオウと話していた。  「うぬらのおかげで何とか軍事面では立ち向かうめどが付いた。しかし、問題は政治面だ」  「俺の革新党だけじゃいまいちまずいということだな」  「すまぬ…。我らの役不足だ…」  「気にしちゃいねぇよ。ないなら無いなりに戦えばいいだけだぜ。後は地下協議会の開設だがテメェに任せたぜ」  鬼眼の狂(本名:鬼山狂)は冷静に言い切る。公平透明党の躍進で平和党、民主連合、国民党、そして保守党は大敗した。狂率いる革新党だけがかろうじて生き残っている状況だ。  「ああ…。だが、俺も打つべき手はすべて打った…」  「いや、まだ可能性がある。カイオウ先生のお力添えが必要だ」  「俺の力が必要ということか…」  「保守党を率いる九条政宗だ。かつて君とつながりがあったはずだ」  「だが、今は過激な反米保守だ。俺はいまいち接触しがたい」  厳しい表情でカイオウは言う。かつて壬生国騒動で参謀役を務めた九条政宗はオーブや議会派の調停に不満を持ち、そのままカイオウと袂を分かった。それからロシア人の移民と手を組み、保守党を立ち上げた。  「だが、アメリカと戦うという意味では保守党とも手を組む必要がある。その中で保守党の過激な反米保守を改めてもらうべきだ」  「私もその意見に賛成ですね」  岩清水アキラが静かな表情で言う。不安そうに酒井吹雪前副議長が指摘する。  「だが、説得するには誰が向かう。カイオウ先生以外に誰が行く」  「必要なら私も向かいましょう。義父さん、これ以上の憎悪の連鎖を生み出すわけには行きませんよ」  「こいつには正しい失敗が必要だからな、テメェに任せたぜ」  「狂、あなたの期待に答えます!」  「しかし、君に時人を託して正解だった。これだけの仲間がいるのだからな」  「僕みたいな昼行灯を狂は親友として受け入れてくれた。こんな国を正体不明の喪黒がめちゃくちゃにしている。我慢出来ないさ」  穏やかな表情の青年が言う。彼はあの壬生京四郎であり、狂の親友でもある。  「黒王邸の庭、よくここまで手入れしたものだな。国が安定したらここで茶会を開こうか」  「その提案は受け入れよう。だが、この俺がそこまで持つか…」  「何を言う、これでもこの国をかつて乗っ取ろうとした男か」  ラオウに思わず言うのは黒崎一護だ。父親の一心の後を継いで国会議員になった男である。  その夜の川崎・小津家では…。  「なるほど、リブゲートはそこまでしてフロンティア建設を買収しようとしていたのか…」  広志は厳しい表情で資料を眺めていた。  「君はこのやり方をどう思うのか」  「勇さん、これはエグいやり方ですよ。債権を買い取ってそこから乗っ取ろうとする。ハイエナファンドそのものですよ」  「私も同感だ。こんなやり方では誰も反発する」  「それと、ヒロに聞きたいんだ。奴ら、壬生国に京都の寂れた寺を『魔の庵』として移築する他、その周辺にマンションを建設するみたいなんだ。プロジェクトの名前は「壬生国ハイコートスクエア計画」なんだってさ」  「その土地が工場予定地だったのに用途が急に住宅になったのでおかしいということだな」  「それよ、さすがヒロさん!」  「それと、マードックだが携帯電話会社のオーブコミュニケーションを買収した。そこから壬生国に新たな携帯電話会社を立ち上げる計画をぶちあげたそうだな」  山崎由佳に続くかのように勇が答える。  「あれは本気だと思いますよ。喪黒が背景にいますし、シンクタンクの「壬生国総合情報研究所」も持っていますよ。それに、気にかかることがある」  「サーシェス・テクノロジーの買収の噂か」  「あれにアロウズ証券が『我社の投資先が開発した技術が御社の半導体に無断に引用されている』とパテントトロールをやらかし和解条件にマードックによる買収提案を行なっています。経営陣は現場共々激しく反発していて、神戸ひとし率いるアプリコットコンピュータやセラミック・キャピタルに第三者資本割当による資本参加を要請しています。おそらく、株式の大半は両社が握ることになるでしょう」  「セラミックか…。俺はあの会社のオーナーの押小路龍を知っている。あの人は実家が東北地方なんだけど、赤字続きだったローカル鉄道会社を改軌させてミニ新幹線を走らせて今じゃ黒字の優良会社に育てたんだ」  「知っている。東日本電鉄が福島に貨物新幹線を走らせようとした際に自分たちの路線を迂回路に使うよう要請して電化と改軌を同時に行った。今じゃあの鉄道会社は近代化しているさ。俺の部下で佐藤ハジメっていう男がいるが、大学の研究論文でこの事を取り上げていて、俺に相談を持ちかけてきたがな」  美紅は思わず広志の顔を見て苦笑した。  「本当に慕われているわね、ヒロ」  「いや、彼は交際相手の父親が会社をセラミック・キャピタルに売却したことに関して聞いてきたんだ。俺は『どんな経営者とてもあの世に金までは持っていけないさ』と答えたがね」  「言い得て妙な答えね」  「そうですね。俺はスコットランドでそのことはよく知っていますよ」  深雪(勇の妻、魁の母親)が納得の表情だ。ハジメの彼女が鈴木マナミといい、その父親が茂という。この茂は『あの世にはお金までは持っていけないものだ。最小限の利益で私は満足だ』と半導体開発の仕事に熱中していた。その成果あって、日本を代表するCPUの開発を成功させた。今は会社をセラミック・キャピタルに売却し、今は一開発者として仕事に熱中していた。  「君は大変な立場なのも相変わらずだな」  「権力に関わった者の宿命なんでしょうね…。悲しいですけどね…。公平、公正、共存、共栄、そして透明性、いずれも失ってしまえばどんな組織も崩壊します」    その頃、鹿児島では…。  「愛ちゃんにはすまないな」  「大丈夫です、村上さんのことは今津顧問から頼まれましたから」  小さなビルの一角にGIN鹿児島支部は構えていた。だが、表向きは派遣会社の支店である。がっちりした体格の男が部屋の中に入ってくる。あの村上秀夫の相棒の一人、西郷隆(33歳)である。  「西郷さん、足の怪我は大丈夫か」  「大丈夫でごわすよ、村上さん」  「しかし、すぐに打ち解けたじゃないですか」  「君のゴーヤーチャンプルーのおかげだよ。最初は大変だったが今は何とかうまくこなせているな、俺達は」  「村上さんの献身的な行動のお陰ですよ。西郷さんの武術・学問指南まで手伝ってくれて、助かります」  龍愛加那(たつ あいかな、23歳)は明るい表情で笑う。今津博堂GIN顧問の盟友である龍差民(財前丈太郎の琉球手の師匠)の孫娘で、西郷の後輩に当たる。  「エズフィトだが、どうなんだ?」  「奴ら、米軍陸軍の投入が確実ですね。それに、気になるのはもうひとつ。ベイツ兄弟が出軍する可能性が高いようです」  「あの二人か…。強敵になるぞ…!!」  「すぐに高野CEOに伝えないと…!!」  「頼むぞ、愛ちゃん!」  「坂本さんと大久保さんにも伝えないと大変でごわすよ」  「ああ、坂本さんには明後日ここに来るよう伝えてくれないか」  「分かったでごわす」    その頃、壬生国・春野町では…。  「よし、準備はできたな」  「できたぜ、旦那」  丸坊主の男に背の小さな男がにやりとする。彼の目付きは何か鋭い。  「西、お前にはその体でしっかり活躍してもらうぞ」  「ああ、あんたは俺の破壊の趣味を満たしてくれる。あんたと手を組んで最高だよ」  「それに、俺も今がスリリングで最高だからな」  黒髪のロングヘア、190cm近くはあろうか容姿端麗かつ長身の青年である和泉紫音(いずみ しおん)は冷淡に西丈一郎に言うと写真を眺めていた。万能な性格ゆえに刺激が欲しくて、ブラジラなる男のもとに駆けつけた経緯がある。優れた身体能力とスリルに対する欲求を満たせるのだ。  「シャーリー、バリケードの準備はできているか」  「大丈夫よ、ブラジラのためならなんでもやるからね」  「お前は激情家だからな。柔軟性を忘れるなよ」  ブラジラはシャリー・レーンに声をかけると厳しい表情で新聞を見ている。  「ジャネット、あなた急がなくちゃ大変よ!」  「分かっているわよ」  穏やかな声で応じるのは下平玲花(しもひら れいか、コードネーム:ジャネット)である。その体つきはまるでグラビアアイドルそのものである。だが、ブラジラ一派では身体能力の高さ故の相当な戦闘能力を持っている。  「ブラジラの家は未だにお化け屋敷じゃないか。いいのか?」  「あれは俺もサツキも愛着がある。義妹もだ。そんな大地を核廃棄物最終処分場で汚すとはもってのほかじゃないか。それに、戦争の理由などいくらでも後付けできる時代だからな」  ブラジラは苦笑いする。日本農業工科大学を卒業して徴兵志願で軍人になり、8年の徴兵期間を経て壬生国で大規模農業に取り組み最近成果を上げてきたところに、後輩のアンクが持ってきた新聞で壬生国に核廃棄物最終処分場建設計画がありその場所が春野町に予定されていることを知って驚いたのだった。  一時、ブラジラはマグマ・マーテルに加わっていた。今は脱退しているがそのシンパである事に変わりはない。茶髪でメガネを賭けた女性が困った表情で言う。バニー・ビギンズという。  「成功するには手段は選べませんよ。いいんですね?」  「構わん。この地球を護るためには手段は選ばんさ」  「あんた、やるねぇ…」  「お前もやるか?」  「俺が持ってきた新聞でここまで動くとはね…」  アンク(本名:安西玄人)はにやりとする。  2年前に南米エルドビアにてアンクは親友の火野映司、木佐原渡、塩谷和範と一緒にNPOの一員として住民の生活支援にあたっていた。そこへ内戦が起こり、日本連合共和国の退去勧告が間に合わなかった四人は人質にされてしまった。その時に英国政府と日本連合共和国共同部隊を率いた高野広志、財前丈太郎によって3人は助けだされたものの、木佐原は流れ弾に当たり死んでしまった。多くのコメンテイターやメディアは四人を非難した。  それがきっかけでアンクと火野の友情関係にひびが入ってしまった。そして二人の仲介に入っていた塩谷は精神疾患を起こしてしまい入院を余儀なくされてしまった。木佐原の父親である芳信と妹のやよいの献身的な看病の隙間に塩谷は飛び降り自殺してしまったのだ。塩谷はエルドビアでの仕事が終わったあとに大企業への就職が決まっていた。その人生を壊したのは火野とアンクは思っていたのだ。  「あんたもかなりの憎しみに走っているわね…」  「そう思って結構。俺は俺だ」  冷たい声で真木 仁美(コードネーム:キャス)に言い放つアンク。  「物語がエンドマークで完成するように、人もまた死で完成するのよ。所詮はね。でも、苦しくても生きることを選ぶのならいいじゃない」  「あんた、相当腹黒い性格だな」  アンクが壬生国に乗り込んだ際に持ってきたスポーツ東京なる新聞にブラジラたちは驚いた。壬生国の春野町に核廃棄物最終処分場をリブゲート子会社・岩田屋フーズが建設するというのだ。しかも今までの食品事業は同業大手のJフーズに売却して工場は閉鎖するというのだ。  「正直に言えば望ましくはあるまい。だが虎子を欲するなら虎穴に入れではないか」  その頃、船橋では…。  「アンクの奴、どこにいるんだよ…」  火野映司はメールを入れていたがアドレスが変更されているとのことで戻って来る始末だ。その姿はエスニック調のファッションだ。  「全然届かないのか?映司の友達に」  「駿太くんの言うとおりだ…」  「でも、朝倉くんがここにいるとは知らなかったよ」  背の小さな男が映司に言う。彼はあの柴田竹虎だ。実は映司の本名は朝倉茂樹で、あの朝倉啓太一族の遠い親戚に当たる。  「あまり実家には話さないで欲しいんだ、この事も」  「そうか…。僕は話さないと約束するよ」  「相変わらず蛇は苦手みたいね。さすがにヘビ柄の財布は持って来なかったわよ」  「蛇の話だけはやめてぇ…!!」  映司、速瀬駿太、ミリカの三人は悲鳴を上げる。三人とも蛇が苦手だからだ。竹虎のもとに映司からのアポが入ったのは2日前だ。内容を聞いて驚いた竹虎は直接の上司である杉下右京に「花の里」(右京の妻・たまきが右京の知り合いで政界を引退した瀬戸内米蔵(本職は僧侶で精進料理を出している)と一緒に経営している料亭)で相談した。右京は「彼は君を信頼してくれているのだから、君に任せますよ」と全てを一任してくれた。そこで、妻の美月と一緒に船橋の速瀬家に向かったのだった。  「杉下さんに相談して正解だった。僕のチームは個性派揃いなんだ。奥さんがジャーナリストの人もいるんだ」  「確か亀山さん?」  「ああ。もし知られたらこの事を書かれてしまいかねない。ヒロ君は情報を隠す事には長けているけど、亀山さんは無理だよ」  亀山というのは亀山薫といい、右京の部下の一人である。彼の妻は美和子といい、主に東西新聞に記事を寄せているフリージャーナリストである。最近では木佐原やよい(木佐原渡の妹でジャーナリスト志願の女子大生)までもが「花の里」に出入りするようになっている。竹虎は情報の管理に気を使うようになっていた。  「エルドビア共和国のことに関しては政府も非を認めて反省しているんだけど、大変だっただろう」  「やるせないのは、二人の命を守れなかったことだ…」  悔しそうな表情で映司は拳を握り締める。どれほど辛かったかを駿太やミリカは初めて知った。  「「男はいつ死ぬか分からない。パンツだけは一張羅を履いておけ」って亡くなった祖父は語っていた…」  「エルドビア共和国の内戦で心を通わせた少女を目の前で失って、自身の寄付した募金が内戦に悪用されていたことにショックを受けていたなんて…」  「言いたくても、人は言えない傷があるものだ…。火野というのは、母方の姓だったわけだな…」  「あなたが過剰なまでの自己犠牲的な姿勢を通していたのもそのトラウマ…!!」  コクリと頷く映司の目から涙がこぼれ落ちる。泉信吾(GIN千葉支部、コードネーム:桃若)は厳しい表情で言う。  「分かった、この事は僕も高野CEOにのみ直接報告するが他の人達には伏せることを約束するよ」  「高野CEOとなら、俺に任せてくれないか」  「伊達さん!」  「俺の兄貴が高野CEOの直属の部下の一人なんだ。俺の弾丸の摘出手術も動いてくれた人でね」  伊達明はひょうひょうとした表情で言う。エルドビア共和国時代からの親友で内戦に巻き込まれた際に狙撃戦に巻き込まれて頭を撃たれて生還はしたものの左後頭部内に銃弾が残っていた。その後兄の竜英にはその事実を隠し、海外の病院で手術を受けようとしていたところに明のフィアンセの佐倉真美から頭痛や眩暈の症状を知った竜英がGINからのスカウトに応じる条件に明の手術を頼んだ結果ヴァルハラ川崎総合病院にて手術を受けたのだった。  「しかし、お前も過酷な人生を抱えてきたものだな…。その人柄故に苦悩するとはな…」  「頑張ることなんてないんだよ、自分の命を犠牲にしてでも他人を救おうだなんて…!!」  信吾の妹でもある比奈が映司を揺さぶるように話しかける。だが、竹虎が止める。  「彼も過酷な人生だった…。人類の欲望を全て抱え込んでしまい、その出生に幾多の命の犠牲を払った…。そんな出生の事実を知って彼は苦しんで、自分一人で全てを背負い込んでイムソムニアと戦った…」  「その彼が高野広志…!!俺、すごい人と出会ったんだ…!!」  「彼は公私混同が許されない立場なんだ。安易に会うことはできないが、話を伝える程度なら出来るだろうがね」  「問題は、アンクの行方だ。彼はどこに行ったのかを突き止めなくちゃダメだね…」  「ああ…。同感だ…」  頷くのは後藤慎太郎だ。伊達の後輩で、映司の親友でもある。  「俺達はお前とともに歩むと約束するさ。お前は自分を責めるな」  「クッ…!!」  自分の無力に悔しさを感じる映司。  「問題は、アンクがどこに行ったかです。困ったことに行方がわからねばダメです」  「そこを里中ちゃん、頼むよ。鴻上先生には給与を出すよう頼むからさ」  伊達に言われている女性は里中 エリカといい、関東連合議会議員の鴻上光生の秘書である。高い実務能力を兼ね備え、業務は常に無愛想な態度と派手な格好で行い、時間外労働を徹底的に拒むなど我が儘な勤務態度だが、給料さえ出れば当人の意向など関係なく全て「仕事」だと割り切るドライな考えの持ち主なのだが、後藤とはなぜか仲がいい。  その頃、壬生国・春野町の「大垣農園」では…。  「お疲れ様」  「大垣社長!」  「みんな、ここに集まってくれ」  あのブラジラが若者たちに声をかける。ブラジラの本名は大垣勘太という。日本農業工科大学を卒業後、軍人を経て実家の農家を受け継ぎ、その他にも農家を廃業した人たちから土地を買い取って大規模農園を経営していた。そこで住み込みの従業員として働いているのが5人の若者たちだ。  彼らの柔軟性をブラジラは高く評価していた。知り合いからの紹介で彼らを雇ったのだが雇用して正解だったと考えている。  「どうだ、じゃがいもの収穫は?」  「とにかくやってみて、何とかノルマは達成したんだ。だけど中身がいまいちだ…」  千葉アラタは済まなさそうにブラジラに話す。  「お前らしかぬ態度だぞ、ここまでよく粘り強く頑張ったからいい収穫になったじゃないか」    「社長が何か考えているって!?」  佐藤エリ(22歳)はアラタからの話を聞いてびっくりした。  「この前来たあのアンクって奴と最近良く話しているんだ。何か考えているはずだよ」  「でも、そんな悪いやつじゃないさ。環境のことをよく考えていて、ダチョウの飼育計画に賛成してくれて、俺は今何とか頑張っているんだけどな」  浜尾アグリ(アラタの同級生で21歳)は困惑気味に言う。ブラジラからその怪力を買われて力仕事を任せられている。それで、ブラジラに頼み込んで農園の一角でダチョウの飼育をしている。その卵を使ってワクチンの培養に使う(鶏の卵と比較して600人分のワクチンが作れる)などしていて、農園の経営は好調である。  「野菜ジュースが煮立ったわよ」  「おお、すまないすまない」  妹のモネ(17歳の高校生)に言われて大慌てでアグリはキッチンに向かう。彼は結構な凝り性な性格であるほか律儀さもあり、ブラジラはそうした点も認めていた。因みにモネは昼間は高校に通っているが夜の作業では野菜の箱詰めを担当する。その時の仕切り屋ぶりにはブラジラですらも顔負けになるほどだ。仕事を時間内に終わらせようと熱心になるあまりにブラジラでも怒鳴りつけるところを兄のアグリは諌めているが、誰もが才能があることを認めている。  「ブラジラのことで話題になっていたか」  「天地博士!」  四人が驚く。天文学者でもある天地秀一郎(壬生大学教授)は笑みを浮かべながら言う。なぜか靴下が片方ずつ違うのだが、彼は広志の義父・久住智史の後輩にあたり普段はブラジラに協力しながら夜は天体観測をしている。五人は秀一郎の手伝いをしながら、近所の保育園にボランティアとして手伝いに行っており、そこでブラジラと知り合ったのだ。保育園の園児達をブラジラは受け入れていた。  「ブラジラですけど、最近アンクって奴と関わっているんです」  「アンクか…。僕もあの男は怪しいと見ている。裕子さんとこの前電話で話したら同じ事を言っていたね」  秀一郎の妻である裕子は東西銀行・東京本部で人事部に勤務している。アラタたちとも一度会った事があるが天然な性格だ。  「まあ、何とかなるなる。とにかく観察しないと…」  「いや、アラタの言うとおりかもしれないぞ」  のんきなエリを戒めるのは小野ハイド(23歳)だ。 農園の皆を纏めるリーダー格で、冷静かつ慎重、時には大胆に、と臨機応変な指揮をとるため信頼を集めている。ブラジラと同じ部隊に所属していたこともあって沈着冷静で生真面目な性格だが、融通の利かない一面もある。これには理由があり、アジア戦争の時に目の前で親友を失ったためで、仲間思いが強い。天知 望(あまち のぞむ、秀一郎の息子)が言う。  「これ、僕が書いたんだけどこの前岩田屋フーズの工場前でバリケードが張られた事件があったじゃない」  「あったな、そんな事件」  「ブラジラの仕業かもしれないよ。その近くに車が止まっていたんだから」  「望くんは観察力が鋭い。俺はその観察力を認めているんだ。ブラジラはアンクが来た時から何かおかしい様子だ」  「アラタ…」  「今は信じるしかないよ…。ブラジラは決して悪いことを許すわけじゃない」  「相変わらずアラタって楽天すぎるよ」  呆れ顔の望。アラタがブラジラを信じているのはその正義感や粘り強さや困難に立ち向かう心をブラジラが認めているからだ。ちなみにエリはアラタの幼馴染である。料理の腕は見た目はざっくりしているが味は美味しいと評判だ。  そして、結婚式場と思しき建物では…。  「とにかく、まずい状況になってしまいましたね」  「正吉の言う通りじゃ。まさか、営業権のみを売却して工場を閉鎖し、その跡地に核廃棄物最終処分場を建設しようとは…」  「許せねぇ!リブゲートをぶっ潰してやりてぇ!!」  大声を上げる男。野村正吉は厳しい表情で新聞を見せる。彼はブラジラとも顔見知りであり核廃棄物最終処分場建設計画を知らされて反対運動を立ち上げたのだった。鶴亀和尚(壬生国の万福寺住職。65歳)がなだめる。  「権太よ、落ち着くがいい。今は憤慨している場合ではあるまい」  「春野町にある岩田屋フーズ本社工場は今回の岩田屋フーズの食品事業売却の対象になっていない。会社サイドは閉鎖する方針だと言うんだ」  「設備はつい最近まで最新のものだったのにいつの間にか古いものばかりになっていたんですね。企業ぐるみの選挙活動に比例代表ですから離党したら議員辞職ですよ。しかも非拘束制ですから候補者の名前を書いてもその政党に票が集まる仕組みです。そこを喪黒は悪用したんですね…」  草壁メイ(24歳)が呆れ顔だ。彼女は岩田屋フーズに勤務していたが、選挙活動までただでさせられたのに憤慨して会社に辞表を提出したのだった。その直後に核廃棄物最終処分場建設計画である。しかもリブゲートアセットマネジメント(投資顧問及び投資銀行子会社)に買収される前の岩田屋フーズはワンマン経営者によるワンマン経営が行われていた。選挙の時に企業ぐるみ選挙が行われていた慣習があった。  核廃棄物最終処分場建設計画のことをメイは姉の大垣サツキ(36歳、小学校教諭)から伝えられた。ちなみにサツキの夫がブラジラである。二人の父親はタツオ(54歳)といい、壬生大学で中華大陸を専門にした考古学を教えている(そのため中国語に堪能でもある)。母親の靖子はかつて体が弱かったが今はブラジラの農園で働くまで回復している。  大声を上げた大瀧権太は憤慨の表情を崩さない。鈴ヶ森青左衛門(醤油製造業・鈴八醤油店店主)が義理の息子をなだめる。権太の妻の玉子は青左衛門の娘である。  「落ち着け、権太」  「親父、こいつが我慢ならねぇのはわかってるだろ」  「権太の気持ちはわかる。だが、今は力でねじ伏せる段階ではない」  「玉三郎の言う通りじゃが、まさか岩田屋フーズを奴らが買収してそこまで動いていたというのは驚きじゃ…」  「生まれてくる私達の子供が不安よね…」  おキヨ(本名野村キヨ。正吉の妻)が不安そうにつぶやき、六代目金長(本名・小松明三郎)はメガネを外して厳しい表情で言う。因みに玉三郎と言われた男は金長の娘である小春の夫でもあり、正吉の親友でもある。普段は神社の神主なのだが結婚式場も経営している。憤慨の表情なのは隠神刑部。彼は888人の人々を率いて松山から移住し、壬生国の林業を立て直すべく活躍していた。  「すでに地元住民への説明と称して福沢竜太郎なる男が暗躍しているようじゃ。腹立たしい!!」  「あの狐面には腹立たしい限りじゃ。わしの神社まで3億円で買い取ろうと言い出す始末じゃ」  「応じなかったんですよね」  「当然や。そうしたら手を替え品を替え呆れた働きかけじゃ。長島平蔵、小泉剛、ラモス松原には呆れてくる限りじゃ」  「それに、気になるのはブラジラだよ…。最近、何か変な人と話し合いをしているみたい…」  「ホッホッホ、あの計画は順調ですね」  壬生国・首相官邸では…。  喪黒福造はあの高笑いをしながら計画書を見ていた。  「リブゲート子会社は事業を売却して老朽化した施設を核廃棄物最終処分場にする…。岩田屋フーズは特別清算してリブゲートの不良債権をすべて押し付ける…。さすがに考えましたわね」  「ですが、久世君、君はフロンティア建設買収計画で失敗しましたね」  「すみません…。ドルネロと高野広志の息のかかった面々が債権を買い取ってきたんです…。鴻上光生オーナーも株式の譲渡に合意していたのには誤算でした…」  「また同じ手を使ってきましたか…」  久世留美子は青菜に塩の表情だ。  「あの男は我々の目のコブです。抹殺を目論んだら逆に警備を強化してくる始末です。あれだけ用心しなさいと指示したのは何だったのですか」  「冷静に、首相」  黒すくめの服をまとい生気の少ない無表情の男が抑制の少ない口調で無感情に語る。  「真木くんですか」  「この計画はもうひとつの懸念材料があります。建設反対運動です」  「確か2つありましたね」  「ひとつは穏健派、もう一つは過激派です。彼らがまとまればそれこそあなたにとって地獄です。バラバラだからこそ安心です」  真木 清人(まき きよと)は淡々とした口調で言う。喪黒の参謀的な役割を果たしており喪黒もすっかり安心しきっていた。だが、真木にはもうひとつの顔があったということを後に思い知ることになる…。更にはパプテマス・シロッコの野望にも…。  「メディア対策ですけど、当面の間報道統制を行いましょう。壬生タイムスと壬生放送に独占で放送させます」  「町長、この反対者の署名は多すぎます!計画を拒絶されてはいかがですか」  春野町役場では…。  筋肉質で長身、ワイルドミディアムのヘアースタイルに短い顎鬚を生やしている男が厳しい表情で署名の入った封筒を見る。彼の名前は桑原和男という。  「関係ない。直ちにシュレッターにかけろ!」  「おいおい、やばすぎるぜ町長さん」  「さすがに元三洋銀行浜松支店長だけある」  パーマのかかった黒髪に浅黒い肌に長身で精悍な顔立ちをしている岡八郎は桑原を諌める。この二人は同じ大阪の大学出身で春野町に戻ってきた桑原が町長選挙で当選した時に岡を町長補佐として誘ったのだ。  「で、このままじゃどうなの?安全を保証する数値が全く揃っていないわよ」  「そこをお前らに数字を出してもらいたい、厚生労働省のエリートのお前らなら誰もが納得する」  香田麻紀と瀬戸ミーナは納得の表情だ。喪黒の息のかかったエリートで、次回の壬生国議員選挙に立候補することを条件に喪黒の核廃棄物最終処分場建設に協力していたのだった。  そして春野町の保育園では…。  「ひゃあっ!!」  花戸小鳩は子供たちが目の前を突っ切ったのに驚いて思わずすっ転んだ。  「こばと先生、大丈夫?」  「エコ君、私は大丈夫ですよ」  「相変わらずドジだなぁ…。お前は歌はうまいんだけどね」  呆れ顔の青年。こばとは思わず声を荒げる。  「いいじゃないですか、藤本さん」  「でもお前を見てくると危なっかしくて、なにか飾らない心で癒すところがあるんだよな」  藤本 清和(科学アカデミア・法学部3年生)はそういう。こばとと清和はアジア戦争で両親を失った戦争孤児だった。清和が沖浦和斗・清花(さやか)夫妻を助けようと弁護士の夢を諦めようとした際にこばとが「諦めないで」と説得した結果、学費の安い科学アカデミアに進学することになったのだった。そして学校が休みの日には帰郷して手伝いをしている。  「相変わらずだな、キヨ」  「和斗さん!」  黒いスーツの男が涼し気な表情で笑っている。沖浦和斗その人である。  「よもぎ保育園ですけど、経営はどうですか」  「お陰様で。科学アカデミアの経済学部の学生のバイト君が財務面でアドバイスしてくれたから助かったよ」  「こばとは相変わらずドジっ子ですね」  「仕方がないさ。清花は大目に見ているさ」  清花は子供たち相手に対応していたが戻ってきた。  「お久しぶりです」  「すっかり精悍な顔つきになったわね」  「俺、やっぱりここが一番居心地がいいみたいですね」  「キヨお兄ちゃん!」  そこに3人の子供が飛びついてくる。俊彦・義男・満里奈の3人だ。  そうして、役者は整った…。  パパラッチ新聞によって暴かれた真実が、新たな闇へと人々を誘う…。  1 咲き並ぶ幾百の華  壬生国・藤枝…。  パソコンに何やら入力している青年がいる。近くにはショートヘアの女性がいる。彼女は書類を見て青年に小声で指示を出す。そこへ少女が入ってくる。  「お兄ちゃん、J君が来ているけど、部屋に通す?」  「ああ…。GINのことで相談だな…」  高木遥は兄の藤丸にいうとドアを閉める。藤丸は通信制の大学に通う大学生であるのだが、実はGIN壬生支部に所属しているのである。そして入ってきた青年二人と初老の男だ。  「相変わらずだな、ファルコン」  「ああ…。ところでカイオウ一派の動きはどうなんだ?どうも『チューブ』なる組織を立ち上げたらしいけど…」  「あれは問題はない。むしろ共闘することになった」  J(本名:神崎潤)はニヤリと笑う。好物は手軽に食べられるもので、昼食は決まっておにぎりである。  「中村さんとは接触できたのか?」  「それは私が対処した。安心しろ」  「しかし、九条さんがGINに協力してくれるとは…」  「私はアメリカの核兵器の廃止を目指しているんだ。高野くんとはその点で共闘しているだけさ。だが、彼もちゃんと私と話を交わしているからお互いの気持も尊重はしている。それが、GINなのだよ。さすがに彼は手段を選ばぬやり方は嫌う」  九条政宗(前壬生国法相)は淡々とした口調で言う。水沢響(藤丸の公私共のパートナー、普段は壬生大学に通う)が厳しい口調で言う。  「それと、気にかかることがあるわ。あの核廃棄物最終処分場で推進勢力によるデータ捏造の疑いがあるの。今、私とファルコンで調べていたわ。法相にはすでに報告済みよ」  「データの入手は私に任せてくれ。君に手段を選ばないような真似はさせたくはない。音弥や遥ちゃんには悲しい思いはさせるわけには行かないんだよ」  「じいちゃんは気を使いすぎだよ。響はそんなことを承知で情報を調べていたんだ」  呆れ顔の九条音弥。響はかつてアジア戦争でイムソムニアのキラーチルドレンの一員だった過去がある。道具として生まれたことに苦悩していたが幸いなことに洗脳される前に高木家に救出され、一人の人間として認めてくれた事に好意を抱き、藤丸とパートナーを組んでいる。彼女はそのままならキラーチルドレンのエリート部隊・ヘルズゲート部隊としてマスターコントロールユニットによって絶対服従を命じられ、刃向かえば体内に埋め込まれた爆弾が爆破されて自爆する立場に追い込まれていただろう…。このやり方をあのドン・ドルネロは非人道的と憤慨している。  「高野くんも君と同じように戦争の道具として生み出され苦悩した。その果てに自分にできることは何かを悩みもがきたどり着いた答えが戦争から世界を守ることだった。君の苦しみは高野くんと出会って今何となく分かるようになった。すまない…」  「法相、そんな事なんて気にしていませんよ」  「法相、お久しぶりです」  「竜之介くんか。相変わらずすまないな」  お茶を持って入ってくるのは高木竜之介・遥親子である。  「気にしていませんよ。どうですか、GINの捜査状況は」  「君が掴んでくれたデータ偽造のことは高野くんに報告済みだ。すでに動いているとのことだ」  「安心です。アレクセイ君には町役場に潜入してもらうことにしました」  竜之介はさわやかな表情で言う。  宇宙に詳しい天文学者の火野アレクセイを臨時職員として春野町役場に送り込んでいたのだ…。広志は壬生国を訪問した際に政宗と面会し、そこで竜之介・藤丸親子と面会した。その才能をひと目で見出した広志は喪黒一派の暗躍を調べるべくGIN壬生支部を立ち上げたのだった。竜之介は遥が腎臓に障害があり、定期的に人工透析を受けていることで悩んでいたが広志は即座に対処し、本人の承諾を得てIPS細胞を使って腎臓を作らせて移植させた。そのことへの恩義もあって遥も「命の恩人のためなら」と積極的にGINに協力している。因みに音弥と恋仲にあり、そのことは兄の藤丸も竜之介も響も政宗も知っている。  更に竜之介を慕う3人の部下も壬生国公安警察からGINに加入した。霧島悟郎、加納生馬、サーシャ=カバレフスキーの3人である。  「場合によっては俺はテロリストの汚名も背負う覚悟です。無理はダメですよ」  「そんなことを高野くんがさせると思うのか。彼は絶対にさせない」  その頃、広志のもとに…。  「久しぶりだな、ヒロ」  「相変わらずですね、溝呂木さんに弧門さん」  「10年前と全く同じよね」  溝呂木眞也と弧門一輝は美墨なぎさと握手を交わす。10年前のアジア戦争で彼らは広志とともに共闘した関係にあるのだ。  「昨日、九条法相から話がありました。春野町に持ち上がった核廃棄物最終処分場で安全の根拠とされているデータが捏造されているという情報です。裏付けはすでに壬生支部でとっているそうです」  「おお、怖い…。お前はいつも知らないうちに手を売ってくる」  「それを言うなら喪黒の方だぜ。まさか、リブゲートによる富士食品買収で、またしてもJフーズ子会社の赤坂フーズとの合弁会社に食品部門を移してバイオ部門だけを手元において逆ざや合併だから嫌なものだぜ」  「これでリブゲートの資本の流れがわかりにくくなる…。困ってしまいますね、溝呂木さん」  「そこをなんとかするのが俺達の仕事だろ。まさか、鍵和田建設のスポンサーに喪黒の弟の福次郎が経営している東京建設グループがなるとは思いもしなかったぜ。そこであのフロンティア建設乗っ取りの話になったんだろう」  財前丈太郎は渋い表情で言う。本当ならば妻の潤子を使って名目上の大型株主になってもらい合併に反対させる作戦を打ちたいのだがGINによる私物化という懸念を考えて断念したのだった。  「それと、奴らの急所も見えてきた。根岸忠と三島正人という男だ。奴らはリブゲートの汚れ役もやっているようだ」  「最近その二人の名目で東和不動産という会社が買収され、壬生生命保険と壬生証券の経営権が譲渡されたようですね。そこに『あおい金融準備会社』なるものを最近壬生国は立ち上げた。どうやら、奴らはあおい銀行という名前の銀行を立ち上げるんでしょう。外貨通貨取引の会社まで連中は有しています。これでおそらく東証やアジアの経営不振の金融会社を買収するつもりなんでしょう」  「奴らに喪黒は防衛信用組合を押し付けようとしているはずじゃ。壬生軍は活動停止を命じられて何も出来ない状況じゃ。そこが奴らの狙い目じゃろう」  「今津さん」  「ほれ、梅干しは抗酸化作用があるんじゃぞ」  一輝は今津博堂から梅干しをもらう。  「だけど、その二人がなぜ守られているの…」  「二人の背後には上海からの移民資本がある。王 鈴玲(わん りんれい)といい、香港から上海出身の人達が日本の経営破綻した会社に投資して経営再建して構成したクーロン財閥のオーナーの一人だ。その夫が、赤城亮介といい実に旨いラーメンを作る男だ。買収の際に二人は出資をして協力したようだ」  「資本を出してくれるということは、それだけクーロン財閥も彼らを信用していて厳しいことも言える関係にあるようだな」  「しかも、今回の買収にあたって多くの孤児たちを会社は雇ったようだ。あの二人もそれなりの良心を持っている」  広志は無言で考え込んでいる…。  その夜、渋谷のスポーツバーでは…。  「ヒロ、溝呂木さんまで今日はここに連れてきたのか」  「ああ、奥さんの凪さんや娘さんもね」  広志はアヤックス・アムステムダム(オランダの強豪クラブチーム)のユニフォームを着ていた。同じような格好をしているのは小津魁、由佳、シオン(本名:紫苑和也)、シオンのパートナーでもあるルナ・ドミーロである。  「もうそろそろくるんじゃない、美紀ちゃん」  「確かに。明後日オランダに行くから、今日はめいいっぱい祝ってやろうか」  その時だ、美紅がアヤックスのユニフォームを着た女性を連れてくる。  「遅くなってごめんなさい」  「大丈夫だ、今来たばかりさ」  「面白い人達が来ているわよ」  美紅と一緒に来ていた人たちに広志は驚く。  「古美門さん、なぜあなたがここに!?」  「私は叶兄弟の顧問弁護士の一人ですからね。因みにACミランのサポーターですよ」   古美門 研介はにこりと笑う。訴訟で未だ1度も負けたことが無い敏腕弁護士で、相手の弱点をシビアに衝く鋭い性格だ。その性格の鋭さを広志は認めており、被疑者立ち会い弁護人に抜擢して高額の報酬を与えている。そのためにGINの起訴の持つ意味は重い。その一方で広志は合理性にも強く、徹底的な情報収集を怠ることを嫌う。  「少しは頭を柔らかくしたかな?」  「私がガリ勉さんなんですか!?」  「そのようではまだまだ甘い。柔軟性がなければ相手に勝つことはできないぞ」  黛 真知子(九頭・桜庭法律事務所所属の駆け出しの若手弁護士で六法全書を丸暗記しているほどのお人好しの勤勉家)は広志に食って掛かる。その根性を広志は認めている。最近ではネット犯罪を中心に活躍しているためネット犯罪者たちは真知子の名前を聞いて震え上がるのである。  「残された答えがひとつとは限らない。事件にはそれなりの動機があり構造がある。その構造を断ち切らない限り第二第三の悪夢の連鎖は断ち切れない。それを知らぬ者が安易に『逃げる場所はありませんよ!』と言い放つようじゃ俺に言わせるとまだまだ素人だな。君のほうが数段進化している」  「あんたは相変わらず厳しい、あの藤堂真紀弁護士には」  研介は渋い表情だ。あの藤堂真紀とはゼーラの裁判所でさんざん戦ったがCP9製薬のずさんな実態に呆れる始末である。  「さあ、試合が始まります。みんなで応援して叶兄弟の試合を楽しみましょう!」  「でも、あなたは相変わらずね」  「フーリガンは嫌いです。今は試合を楽しみましょう」  堂本香織は広志の前向きな姿勢にホッとする。婚約者の叶成介がACミランで日本代表のMFとして大活躍しているのに対して彼の義理の弟の叶 恭介はアヤックス・アムステムダム所属の日本代表FWだ。オランダリーグで得点王に輝いたエースストライカーで、広志達と同級生なのだ。  そしてその妻なのが美紀(旧姓:辻脇)だ。恭介が高校を卒業してオランダに渡ると同時にオランダの大学に入学し、4年前に入籍した。  「始まったぞ。相変わらず強靭な肉体だな」  「でも、ヒロとあいつ、なんで仲良しなんだろう…」  「その事か?あいつの実の父親は天才ストライカーだったんだ。だけど交通事故で妻と一緒に死んでしまった…。忘れ形見だったのが彼で、父親の親友が養子として引き取ったんだ。俺の場合も似た境遇だからだ…」  「そうだったな…。ヒロの人生も数奇すぎるから…」  「ようこそ、渋谷フットボールパークレストランへ」  「若杉さんも相変わらずのようです。ゴリラのメンバーも懐かしいようですよ」  「この前薫さんたちが遊びに来ましたからね」  この若杉栄一、あの亀山薫の知り合いでかつて闇金融に巻き込まれていた。その危機を知った広志は今津の協力を得て闇金融を解散させ、若杉夫妻の面倒を見てきた。このレストランは表向きはスポーツバーだが、GINの捜査官が情報を交換する場所にもなっている。  「この前、アメリカの高級紙『デイリー・プラネット』が取材に来ていたでしょう」  「驚きましたよ、こんな俺の場所によく来るなんて」  「それに、奥さんの真子さんとの間に娘さんが生まれたでしょう。『薫子』とは可愛らしい名前です」  「杉下さんから聞いたんでしょう」  「図星ですね。この前土屋くんたちがここでデートしたようです」  「あの二人は一体…」  若杉は困惑している。この前、大学生が一緒に食事をしていたのだがその時にディープキスをかわすなどかなり深い関係にあることに若杉は戸惑っていた。  「あの二人は私の知り合いです。彼女はやや共依存ぎみでしてね、ドルネロから頼まれて二人をGINの寮に住まわせています。ちゃんと料金は払ってもらっていますがね。ただ、愛し方は他の人達よりちょっと変わっています。それでも強い絆で結ばれていますよ」  土屋尚雪と高田心は中学時代から交際している。尚雪は千代田大学工学部で潮力発電研究に勤しむ3年生、心は臨床心理士を目指して千代田大学心理学部に通っている。心はかつて「尚に飼われたい」という願望を持っていたが、それはSMクラブに勤務していた母親の影響からだった。今は入浴や同じベッドのなかで一緒に寝るまで落ち着いたが、そこまで心理的に支えた尚雪の存在は大きかった。  「早速お義兄ちゃんとの戦いね」  「兄弟対決で騒いでいるけど、最高の試合になりそうだな」  恭介はブラジル代表のMF・アジエルにパスを出す。その一蹴りに溝呂木美涼(眞也・凪の娘)は息を呑む。広志は10年前のことを思い出していた…。  「アイリッシュセット入りました」  「早いな」  眞也はにやりとする。加賀美敦子(愛称:アッコちゃん)はにこりとした。何事にも一生懸命で元気なのだが、ドジで泣き虫な性格でもある。以前失敗した際に若杉は解雇を宣告しようとしたが眞也が敦子の恋人でもある早瀬尚人と一緒に止めた。そのため加賀美家と溝呂木家は家族ぐるみの付き合いであり、眞也・凪はよく敦子の父である健一郎と母の恭子から子育てのアドバイスをもらっているのである。  「高野さんは平然としているんですね」  「当然だ。君達は私を見て慌てるだろうなということは想定内だ」  2 駆ける世の夢  その頃週刊北斗編集室では…。  元院内紙記者でフリーランスの記者の鹿手袋啓介(東西新聞出身)がリハクと向き合っている。  「君は壬生国の動きと関東連合の動きをなんと見るつもりだ」  「私も関係は大いにあると見ています。更にはゼーラにおけるCP9も絡んでいますね」  「君の情報提供源は連座制で政治家失格になったあの弁護士か」  「ええ、本人は政治家に戻るつもりはないそうです」  2年前、ある金融会社の経営破綻をめぐる贈収賄事件があったがそのことに若手ながら有望株の女性衆議院議員だった片山 雛子が関与していた。だが、GINによって悪事は全て摘発され、司法取引によって政治家を引退することを条件に弁護士になった。今は権力犯罪相手に果敢に戦う名弁護士になっている。  「彼女には我社の顧問弁護士になってもらうつもりだ。その話を持って行く事はできるか」  「ええ、喜んで。それとジュウザ記者の容態はどうでしょうかね」  「GINも事実上支援をしているようで回復に向かっている。拳志郎くんやパットくんたち不在では私がフル稼働しないとな…」  リハクはワープロの原稿を推敲していた。啓介とかろうじてこの編集室を守っているのが今の状況で、『人物発見伝』で新たに日英両国の国籍を有する世界屈指のピアニストであるアンソニー・エバンス卿とのインタビューを交えたルポを書いていたのだった。  「かの男も大変苦しい状況ですな」  「高野広志はなおさらだ。彼の時間は分刻みそのものの世界だ、僅かな決断の遅れが取り返しの付かない失態になると彼は知っている」  「それと、GINは核融合エンジンを有しています。GINの傘下組織のGIN技術開発研究所に属しているミューラ・エヴィンがアメリカの大手重工・ゼネラルアックス(本社・マサチューセッツ州ボストン)と東西重工、モルゲンレーテとの共同開発で完成したものだそうです。GINは詳細までは公表していません」  「この事は口止めをするよう求められるだろう、敢えて伏せねばならない」  「ミューラ氏のご主人がハンゲルク・エヴィン氏で日本連合共和国の法務省事務次官補佐です。おそらく圧力があるでしょう」  「もし、不当な圧力なら我社は徹底的に戦うまでだ。あの井尻三郎のように」  「ちなみに彼が経営していた井尻パンは民事再生法を申請して大手の傘下になりましたたが幸いにして大手の社長も井尻氏の支援に入っています」  「10年前のオーブはイムソムニアによって占領されていたな…」  「アスラン!」  一人夜の中でつぶやいていたアスラン・ザラに声をかける金髪の美女。  「ステラか。試合は始まっているのか」  「そう。今は0-0よ」  「ヒロの奴、10年前よりも強くなったな…」  「義兄上も感じていたんですか…」  「シン!」  シン・アスカ国王代理が歩いてきた。妻のステラ妃(シンがキラの義理の弟になって、皇室の一員となった)を探してここでアスランと会った。アスランも皇室の一員だが、妻のカガリがキラ・ヤマト国王の姉故である。ここはムルタ・アズラエル私邸である。  「みなさんも早く来てくださいよ。温かい食事が待っていますよ」  「アズラエルさん」  「ヒロ君の話ですか…。彼が立ち向かおうとしているアメリカは困った相手です。だめだめですねぇ」  屋敷の主・ムルタは呆れ顔で言う。アジア戦争でオーブはアメリカに損害賠償を請求したがアメリカは様々な口実で逃げ口上を図ろうとした。ムルタはそれこそ最後の最後まで徹底的に交渉を行い高額の賠償を勝ち取った。  「あの国のベネット大統領が問題ですね。最近オーブはギリシャから移民を受け入れていますけど、アメリカは強引ですからねぇ」  「僕はオーブ外相を勤めさせてもらいましたがアメリカと交渉するときは本当に困りましたよ。世界の警察官と思い込んでいるのですから。まあ、僕もそのアメリカから移民してきたから分かりますけどね」  「昨日の大会のバンザイイベントだ。みんなも早く来いよ」  もう一人の金髪の美女がアスランを引っ張る。真中シロ(女子陸上100m日本代表で普段はドルネロの不動産会社「ゴールド不動産」で働き夜に練習している)とコーチの霧島リヒト(MITで人間工学を学び博士号も取得したスペシャリスト、会社を経営している)の婚約を祝うパーティーでもあるのだ。  「分かった、みんなも行こう。すまないな、カガリ」  「堅苦しいのは苦手なんだ、アスランがいないと我慢出来ない」    10年前のチトワン・金沢…。  ベジタブルガーデンも備わったイングリッシュガーデンを一人の大男が入っていく。  「できたぞ、こんな場所で武器を渡すとは物騒な話だがな…」  「鬼王丸さん、すみません」  「本当なら鋤や鍬や包丁、メスにこそ俺は力を込めたい。だが、イムソムニアの侵略には危機感がある。これで武器が折れるようなら俺は自害しなければなるまい…」  「オーブがイムソムニアに乗っ取られ、僕の親友のキラたちが京都に亡命政府を立ち上げています。危機感がありますよ」  「全ては友のためか…」  この庭は『オリエの花園』と言われる場所で、水晶の姫オリエが母メドゥーサ、その乳母のオーラ、叔父アスナスの妻でもあるリシェンヌと花や樹を選び、育てた場所で怪力の持ち主であるクルト、シルヴァーナ、タロスが植樹などに協力した。  「本来なら私も出撃すべき身分…。そこをまさかネイアスやギャラガが止めるとは…」  「わざわざ姉上の手を煩わせる必要はありますまい。ここはこのギャラガにお任せください」  「無骨故に信用できるわけだ。しっかり頑張ってこい」  「お前の信用に答えるからな」  鬼王丸とギャラガは握手を交わす。鬼王丸は月山鍛冶を師匠と仰ぎ、名刀を次々と鍛える能力を身にまとっている。包丁や鋤や鍬を鍛えるなど、人殺しを基本的には好まないがイムソムニアの侵略に怒りを覚えたクルトたちのために大地の剣、クリスタルの剣、風の剣、破邪の剣を鍛えていた。「職人は手を抜いてはいけない」が信条で<一鉄百練千打>(鉄は百練、すなわち鉄を練るとは打って打って不純物を打ち出すという事を意味し、一練するに千打、百練するには十万回大槌を振るわねばならない。その中に己の自惚れや過信が加わってしまえば人の命を奪うことにつながる。よって 鉄に己の魂を打ち込むのが刀匠の誇りであり、男の魂を守ることでもある)なる言葉を作業場にでかでかと掲げている。  「これをお前達に渡すが、決して無駄な殺傷はするな」  「当然よ…。ニルスも同じ事を言っていて、すでに京都攻防戦に加わっているのよ…」  破邪の剣を受け取ったアン・オリエは鋭い目付きで言う。彼女のフィアンセでスウェーデン皇太子のニルスはすでに京都亡命政府に加わり、ウェールズ王太子・パタリロ、スコットランド王朝王太子・アーサー・ウィリアムとともに戦っていた。  「何、オーブのウズミ・ナラ・アスハ国王が自爆されただと!?」  「セイラン一派の突撃に自ら加わった…。あいつが『オーブの獅子』と言われた理由がよくわかった…」  警察軍川崎基地…。  広志は恭介からオーブがイムソムニアに占領されていることを知った。  オーブの混乱を知った警察軍は鯨岡洋平と高樹愛を派遣していた。だが、オーブはイムソムニアによってほとんど侵略された。残されたのは京都地域だけだ。そこで大阪の空港機能を破壊しようとセイラン一派が動いたのだがウズミも自ら加わり関西空港のアンテナを破壊して壮絶な最後を遂げた。悔しそうに広志は拳を握り締める。  「俺が行っていればこんなことに…!!」  「ヒロ…!!」  「このまま洋平たちは京都亡命政府を支援してくれ!俺も調整が済み次第京都に向かう!!」  本当なら警察軍はテッカマンの出撃を好まない。一回出撃するごとにファイトマネーとして1億円が動く仕組みだ。故に広志のチームではは会計事務所大手マーレイ&スクルージ社と契約している。イザベラ&エベニーザー・スクルージ夫妻、クラチット夫妻、マーレイ一族、フェジーウィック博士が立ち上げた企業で、世界屈指の企業だ。  その頃、川崎では…。  「宿命の輪廻は断ち切られることは出来ないというのか…」  45歳前後の男が苦い表情で女に言う。更には数人の男女がいる。  「あなたも私も三十年戦争で嫌な経験を重ねてきたのに、まさか美紅も広志も…」  「広志はあんな悲しい過去を背負っていたのに更に剣を手にして戦わねばならないとは…」  「僕らは隠れ年金を受け取ると引き換えに三十年戦争に関わった事実を語らないよう求められてきた…」  「智史くん、広志くんって一体…」  日野真理子が素早く久住智史に尋ねる。高畑和夫がピンと何かに感づく。  「そういえば広志くんは養子だったね。セルゲイに似ているっていうのは偶然じゃない…」  「そのことも含めて話さないといけないんだ…。彼の出生の秘密を…。更にはチトワン王朝にも絡んでいる…」  「三十年戦争を語ることがある意味タブーなのよね…」  高畑魔美(旧姓:佐倉)は言うと親友の久住香澄(旧姓:沢渡)の入れてくれた緑茶を飲む。チトワンでの騒動の後、東西新聞の社会部記者という山岡士郎とその相棒の金上鋭が智史を訪れ三十年戦争に関して取材を試みてきたのだ。特に金上は鋭いまでに情報を集めて突っ込んでくる。この事に二人はタジタジだったが「警察軍の担当者に一任しています」で逃げ口上を図った。  三十年戦争はアメリカの世界覇権に反発した日欧共同軍と連盟軍との戦いだった。その戦争のさなか、不時着したUFOテクノロジーを連盟軍は解析し、秘密兵器「テッカマン」を開発した。だが、共同軍はその技術をある人物の投降によって奪い取り、一人の男にそのテクノロジーを託した。それがセルゲイ・ルドルフ・アイヴァンフォーだったのだ。  皮肉なことにセルゲイの父イワンは共同軍から連盟軍に寝返った名軍人だった。セルゲイはイワンとの戦いを繰り広げ、連盟軍の送り込むテッカマンに打ち勝ったのだが持病に苦しみ最後はイワンを打ち倒してその生命を終えた。だが、セルゲイの忘れ形見を身ごもっていた女性がいた。その人物は吉祥寺啓子で、三十年戦争の後に遠野行と入籍し、生まれた子供はケンゴと名付けられた。力尽きたセルゲイを司法解剖した軍はセルゲイの精子を密かに採取し、クローン研究を進めていた。その精子がイムソムニアに流れてしまい、広志が生まれることになってしまったのだ…。  更に三十年戦争の後にテッカマンの技術はかなり危険な技術故に人工衛星によって封印されたのだがその技術をイムソムニアの前身組織・ゴアが入手してしまった…。  京都駅のコンコースでは…!  次々とイムソムニアとの戦いで傷ついた兵士たちや市民が運び込まれてくる。  「いずみ、消毒液を!」  「分かっています!!」  高杉いずみ(旧姓:朝倉、川崎・東洋電機産業記念総合病院所属)は厳しい表情で患者の手当に入っていた。すでに一歩先に入っていた真東輝(警察軍より派遣)が同僚の佐倉綾乃と必死になって野戦病院同様の環境で手術を強いられているのだ。夫の健太郎は普段の人当たりのいい性格が一変して必死に指示を出す。だがいずみはそうした逆境にべらぼうに強く、逆に的確な行動を先読みして動くために認められている。  「神戸の野戦病院の状況は!?」  「章大厳の児童養護施設を開放して劉先生が奥さんと一緒に対処しています!」  「明石でも戦争状態か…。不安だな…」  沢田俊介は妻の翔子に厳しい表情で言う。難易度の高いオペを何度もこなす名医で知られているが輝の危機を知って『後輩の危機を見捨てる訳にはいかない』とオーブに向かったのだ。綾乃が声をかける。  「沢田さん、角膜移植のオペを!」  「分かった、向かおう!真東くん、ここを頼む!!」  「分かりました!!」 -----ヒロ…、早く来てくれ…!お前の戦いが人々の希望なんだ…!!    修羅場から食事に出るよう命じられていずみと健太郎は食事をとっている。  「国と命は、どちらが大切なんだろう…」  「分からない…。ただ、僕らは今やるべきことをやるしかない…。さっき霞拳志郎って人の手当をしただろう、あの人の心の痛みはこの戦いが終わっても癒されることはないだろう」  「そうよね…」  いずみは普段はドジばかりするのだが患者への思いは強い。そのことは夫の健太郎や先輩ナースの翔子、更には沢田に大きな影響を与えている。  「君たちも休憩か」  「沢田さんはオペが終わったんですか」  「真東くんが休憩を取るよう勧めてきた。今は財前くんがやっている」  「あの人で大丈夫なんですか」  「大丈夫だ、東先生も一緒にやっているさ」  財前五郎と東貞蔵の二人も大阪から駆けつけてコンコース内の野戦病院でオペをしていた。しかも、妊婦の出産までこなすまで完全に忙しい。  「急ぐぞ、ここから京都だ!」  広志の険しい表情に綾瀬慎之介はバスを動かす。  このバスは防弾ガラス加工が施されている。ドルネロが広志の出撃を知って密かにバスを入手し、防弾加工を施したのだ。しかも、並の弾丸ではパンクできない。  「ヒロ、後方を走っている車の動きがおかしいわよ!挑発している感じよ!!」  「カーチェイスでもしたいのか。今はそんな場合じゃない!」  「竜也、どうも本気みたいよ」  「仕方がない、ここで止めてくれませんか」  「仕方がないな…」  綾瀬は車を停める。もう一人の男が綾瀬に声をかける。  「あいつら、何者なんだ」  「バロン、分かっていたら俺だって困らない」  「あたしたちも行く?」  「なぎさもほのかもやめておけ。相手は剣を持っている。飛び出した6人はお前達も承知のようにいずれも剣の達人だ、安心して見ていられる」  広志、竜也、仲田遊里、魁、花丘イサミ、ケンゴがバスから飛び出す。因みにケンゴは養父・行譲りの剣術使いだ。行もあの三十年戦争でテッカマンチームの一員だった過去がある。美墨なぎさと雪城ほのかを諌めたバロン小澤は厳しい表情で戦いの状況を見守る。  「お前達は何者だ!?」  「我らはペルソナ騎士団!高野広志、お前と勝負だ!!」  仮面をまとった6人組が広志たちと対峙する。魁は鱗の鎧をまとった男と、竜也は銀の衣装をまとった男と、ケンゴは緑色の衣装をまとった男と、イサミは金髪の美女と、遊里は水晶をあしらった剣の女性と、広志は金髪の男と戦う。  「お前はなぜ俺を!?」  「我が名はトニオ!大地の剣の力を受けてみよ!!」 -----こいつ、力の踏み込みが本格的だ…!  広志は剣を愛刀エクスカリバーで受け止めながら金髪の男が誰であるかを考えていた。今までの経験から一つの考えが浮かぶがすぐに左利きから右利きに変えて相手を混乱させる。  「な…!?」  「甘い!」  広志はエクスカリバーに瞬時に力を込めて大地の剣を弾き飛ばすとエクスカリバーを鞘にしまい、トニオを組み伏せようとする。トニオはすぐに投げを見せようとする。  「強くなったな…、あれからわずか2ヶ月でここまでたどり着くとは天賦の才故だ…、クルト皇子」  「ハハハ…、やはり君には見抜かれていたか…。相変わらずの強靭な肉体だね…」  苦笑すると男はペルソナを外す。  「みんな、チトワンの仲間たち…」  「せっかくだ、僕達も君たちに同行しよう」  「トニオって名前はどこからつけたんだ」  「アガナードお祖父様からもらった洗礼名さ。因みにオリエはマリアって洗礼名を授けられている」  「しかし、君の剣の腕はいい。2ヶ月で更に強くなったな」  「毎日毎日奇襲が来れば否応なく強くなるしかないんですね」  銀の剣を持つマリウスに広志は渋い表情で言う。  マリウスと竜也は互いの健闘を称えると握手を交わす。ちなみにクルトたちが使っていた車はバロンが運転を引き受けている。  「本当だ。2ヶ月前と比較して上半身が更に分厚くなった印象だ」  「破魔の剣を持つギャラガ将軍のお褒めの言葉に恐縮です」  「竜也の話によると2ヶ月前剣術の練習をしていないのにあすこまで私と渡り合うなんてスゴいわね」  「遊里さん、ヒロ君の戦いを見て私にも何かできることがあるって思って母から学んでいました」  「メドゥーサ姉さま譲りの剣術はしっかり受け継がれていたのね。あなた、小学5年なの?」  「はい、そうです!破邪の剣は鋭かったですね。あたし、まだまだ太陽の剣を使いこなせていません」  「そんなことはない。小学5年にしてここまで強いとはすごいものを感じる。私と戦った竜也のベクターは素材が私のものより低いが使う技術でカバーしている。銀の剣の素質をまだ引き出せていない私も強くなれそうだ、腕も心も…」  すっかりチトワンのペルソナ騎士団と仲間たちは打ち解けている。  「ヒロ、俺とレオン、どこまで強くなっていくんだろう」  「分からない。だが、剣や富が強大であろうとも心が強くなければ意味は無いんだ。そういう意味ではまだ俺は弱い。炎の剣と龍の剣は伸びていくはずだろう」  「私とよく渡り合えたな、ケンゴ」  「いや、俺はまだまだです。何とか武器で逃げた程度ですよ、ギャラガさん」  「正直に言えば、俺は水晶をあしらった女性は負けると見ていた」  「あたしもそう思っていました。でも、私の星は運命の人を守る星ですから」  「でも、素人とは思えなかったわよ。相当教えられたんでしょう」  遊里は震えを覚えながらも言う。広志は恭介と美紀(当時:辻脇美紀)の元に行く。  「すまない、ケンゴと一緒に下準備をやっていて…」  「大丈夫だぜ、俺達は雑用なんてこなせる」  「でも、なぜクルト皇子がオーブを支援しようと…」  「交流があったからよ。チトワン王朝の善君エンゾには二人の王子がおられたの。ルーン族の血を引く長男のステファン王、グリーン・ノア族の血を引くグリフィス王で、一時期世継ぎをめぐって争いがあったの。そこを警察軍が調停して両者を共同国王にすることと議会の開設で合意したの」  マリウスの隣に座っていた金髪の美女が話す。マリウスの婚約者でジャジャ・レオンの姉にあたるシルヴァーナである。ステファンがアガナードの次女・ガラティアと結ばれたのに対してグリフィスは最初オーブからのエマニュエル妃との間にマリウス、エルザを得たがエマニュエル妃は病死しその後アガナードの長女であるメドゥーサと再婚し、その間に生まれたのがオリエだった。  奇しくもクルトはオリエと同じ時に生まれたのだが、クルトを取り上げたのがあのステラ・ルーシェの父親で産婦人科医だったラファエルであり、オリエを取り上げたのがセルゲイと共闘したシーボルト記念財団医科大学教授の黒乃屋蘭丸だった。  「だけど、共同国王制度にして正解だった。僕もオリエも同じ時に生を受け、こうして争うことなく君とともに戦おうとしている…」  「ヒロ君の身体能力って相変わらずね…。呼吸はどれぐらいできるの?」  「わからないね…。俺の体は遺伝子操作で生み出されたものだ、だからどれぐらいの可能性なのかはわからない」  「でも、そんな君が剣を手に戦う姿が僕らをこの場に導いた。君は自信をもつんだ」  京都・今津博堂私邸…。  「ヒロ、それにクルト!」  「無事だったか!まずは父君のことは残念だ…」  「気遣いは感謝したいが、今は僕よりも多くの人達が僕と同じ、いやそれ以上の壮絶な苦しみを味わっている。僕が泣くのは一番最後でいい」  「キラ…!!」  今までにない厳しい表情のキラに広志は驚きを隠せない。思わず広志は頭を下げる。ここまでキラはある意味追い詰められていたことに広志は心の中で共感した。そこへ赤髪の青年が入ってくる。  「俺達はあんたが仲間を誘ってここに来るって聞いた時に悲しんでいる暇はないとここに来た。共にあんたと戦おうじゃないか」  「この人達は!?」  「俺はオルガ・サブナック。国王陛下の『子供』の一人だ。ウズミ様は俺達身寄りのない子供たちを引き取って児童養護施設で育ててくれた。だから、俺達はウズミ様の敵を討ちたい。あんたと一緒に恨みの連鎖を絶ちたい」  「それに、ウナト様もヒロのことをよく話していたからな。あんたがここに来るって聞いて俺も駆けつけたってわけ」  「アウル!」  「あれから後俺はウナト様の養子になった。そこにまたしてもイムソムニアの奇襲だ。俺は逃げない、平和を勝ち取るためにあんたとともに戦う、いや戦いたい!!」  「本気か…!!」  「本気だ…。あんただけに戦いを押し付けて俺達がのほほんとしているなんて恥ずかしい。せめてマユだけでも守りたい…!!」  ウナト・エマ・セイランはアウル・ニーダの事を知り、養子に迎え入れた。そこへイムソムニアがまたしても奇襲をかけてきた。ウナトは盟友のドゥエイン・ハルバートン提督を後見人に据えてアウルにセイラン家を継がせ、自身はイムソムニアに立ち向かって壮絶な最後を遂げた。ムゥ・ラ・フラガが渋い表情で言う。  「つい最近までこいつが悪さを働いて俺が叱って、マリューが笑う。いつの間にかそんな日常がなくなってしまうとはいいことなのか悪いことなのか…」  「どちらとも言えないだろうな…」  ギルバート・デュランダル(自由オーブ政府首相)が言う。  「まずはこれを…。自由オーブ政府支援のために私達が集めた義援金です」  「君たちには助かる。心から感謝する」  「君の話は皇太子陛下から伺っていました」  「あなたは!?」  「ムルタ・アズラエル、自由オーブ政府議会副議長ですよ。君は失敗が何一つ許されない立場だから自分を追い込み過ぎなんですよ。たまには休むことも必要ですよ」  「でも、今のオーブはそんなことではやってられませんよ。俺は少なくとも気合と根性で戦っているわけじゃない。俺が戦わなければこうしてまたひとつの命が失われていくんです…」  「京都の野戦病院では多くの人達が収容されている。そこで分娩も行われたと聞いている。私も支援に向かったが壮絶な場所だ。そんな場所によく来てくれた、君たちに感謝する」  「ラゥさん!」  「またひとつ強くなったな、奇跡の青年。たくましさが顔に出ているぞ」  ラゥ・ル・クルーゼは口元に静かなほほ笑みを浮かべる。目の元を隠すマスクは相変わらずだ。  「俺はあなたと比べてもまだまだです。これから超えていかねばならない山はたくさんありますよ」  「では、どこから攻めて行く?」  「僕たちは大阪方面に向けて攻めて行く。問題は京都や滋賀をどうやって守るかだ…」  「攻撃は簡単だけど守備は難しい。俺はそう考えているんだ」  「私も同感だ」  「京都の守備は俺が引き受ける。あとはオーブ王朝の奪還で動いてくれないか」  「それならお前に任せよう。私は滋賀に向かい指揮を執る」  広志の指摘に納得の表情なのはパタリロ・ウェールズ皇太子である。  「しかし、君は若いのにそこまで頭の回転がいいのはなぜだ」  「たまたまです」  「僕はアーサーで構わない、そのかわり君をヒロと呼ばせてくれないか」  「この方は?」  「スコットランド王太子・アーサー・ウィリアムだ。お前の話を聞いて会いたがっていたそうだ」  「君の視線はひたむきに真っ直ぐだな。自分の負った傷を気にすることなく進む未来を信じて戦っている。僕も君とともに戦おう。気高き未来を信じるためにもな」    その頃、イムソムニア小豆島基地では…。  「奴らが警察軍の支援を受けているようです」  「タイス・ゼビナ…。油断は禁物だ…、奴らの弱点はどこだ」  「兵糧攻めが最適でしょう。しかし、奴らは物流網を完全に守備しています。勝利にいかなる手段は選びません」  「人類支配計画にオーブは最適の実験場だ…。総力をあげて絶対に支配を確立するように…」  「御意!」  ルパート・ソーン(テッカマンドワイト)はゼビナともに頭を下げる。小坂直也はにやりとした。  「あの男は我らが貴重な実験体…。必ず生きて捕らえよ…」  「なぜあの小僧にこだわるのですかな」  「あの男は我らが希望。新人類による世界支配には絶対に欠かせない切り札だ」  「そういう事でしたのね…」  「ヒロは出生の秘密を受け入れたわ…。でも、『たとえセルゲイの血が受け継がれたとても絆こそが我が血筋』とはっきり言ってくれた…。強い…」  「私も天下航空機の墜落事故で母ジェニファー・クラインを失いましたわ…。その事実を知らされて苦しみました…」  「そうだったの…」  「ヒロはそんな傷を背負いながらも戦うことを選んだのですわ。なぜそうさせているかは私には分かりかねますが…」  「使命感だけなのかもね…」  「ヒロは無理を重ねる傾向がある。しかも、うまく取り繕ってごまかす。そこに怖さがある…」  「輝先生」  「ようやく野戦病院から開放された。四宮兄弟が応援に入っている」  「お疲れ様でした、輝先生」  「あの天下航空機の話か」  「ごめんなさい…」  「俺も四宮一族もあれで家族を奪われた。あの時の無力感が俺達を医師にした。そして、父さんたちの思いを携えてヒロが戦おうとしている…。何もかも全てを賭して…」  ラクス、美紅、オリエに輝が関わる。そこに現れた少年。  「輝先生、病院から電話で薬の在庫確認です」  「分かった!」  「あなたは?」  「僕はニコル・アマルフィ。今度の戦いで真東先生の護衛を務めます」  にこりと笑う少年。だが、美紅もオリエもラクスもニコルの素性を知らなかった…。  「ニコル、急ごうぜ」  「シャムズは焦りすぎだよ」  色付きメガネを使っているアフリカ系オーブ人のシャムズ・コーザは苛立っている。有能な兵士なのだがやや好戦的なのが欠点だ。因みに趣味はビリヤードである。  京都郊外のコンビニ近くの駐車場では…。  「俺が怪我をしていなかったらニコルは今頃ウィーンに…」  「トール、仕方がないわよ。トールが悪いわけじゃない」  「ディアッカにも迷惑をかけているような気がする…」  「馬鹿げたことを言うな!お前は大切な人にとってかけがえのない人を守っただけだろ!!」  「まさか、彼女が少年兵として出撃するとは…」  悔しい表情を隠せないのはトール・ケーニヒであり、それを慰めていたのはミリアリア・ハウだ。更にはディアッカ・エルスマンがいる。トールとディアッカは悪友でもありトールのアカデミーの宿題のアドバイスをディアッカが引き受けるなど関係は深い。  「俺は今から京都の臨時政府に戻る。お前らは近くにある病院にいるんだ、いいな!?」  「あんたにも、武運を…」  「ああ…、ハウメアのご加護とイエス・キリストの祝福があるように…!!」  微笑みを浮かべるとディアッカは自転車に乗り込む。  会議の後、広志はネイアス、ギャラガと会話をしている。  「あなたは新婚直後になぜ…」  「妻のマルスから説得されたのもあるが、尊敬する姉上の頼みなら動かない訳にはいかない。卑怯なことは私には出来ない」  「ギャラガはお前にそっくりなんだ。ひたむきに戦う姿勢や卑怯な手を嫌う正々堂々とした心がね」  「俺はそう思いません。むしろネイアス将軍に近いかもしれません」  広志の知略の鋭さは戦いを重ねていくうちに磨きがかかっていた。ギャラガはチトワンでの戦いの後アガナードの修道院に仕えていたマルスという修道女見習いと一緒になった。  「お前の場合は人々を一人でも多く救うための知略だ。私の場合は保身だ。保身のための策略など姑息そのものだ」  「そういえば姉上から話は聞いた。セルゲイ公の遺伝子を引き継ぐ戦士だったのだな…」  「セルゲイ・ルドルフ・アイヴァンフォーとチトワンにどんな関係があったんですか!?」  「我らが大司教アガナードがセルゲイ公の葬儀を執り行われたことがある。更にチトワンの紛争を調停されたのがセルゲイ公だったのだ…」  「セルゲイはあなたがたにとって英雄そのものだというのか…」  「そうだろうな…。このネイアスでよければ、今までの知略を全てお前に授けよう」  「あなたの知略を俺に!?」  「そうだ…。かつて私は地獄将軍としてイムソムニアと戦ってきた。お前ならその知略を人々のために用いる。お前の強い瞳に私の未来を託すことにしよう…」  「名高いあなたからの指名、誇りに思います。必ずあなたから受け継げる全てのものは受け継ぎます」  「この京都にはチトワンで顔見知りのメンバーがいる。お前にとってもやりやすい」  「スティング・オーグレー、アウル、ステラ・ルーシェ、シン・アスカ、マユ・アスカ、ルナマリア・ホーク、メイリン・ホーク…。いずれも強靭なメンバーばかりです」  「よっ、久しぶりだな」  そこへ入ってきたのはディアッカだ。  「ディアッカじゃないか…」  「お前も相変わらずだな…。また人の心を知らないうちに動かすなんてすごいぜ…」  「シンたちは?」  「あれからオーブに戻って、ウズミ様の庇護のもと王騎将軍のもとで勉強を重ねていたぜ。俺もイザークと一緒に手伝っていたけど食いついてくるから大変だったぜ。終わったら終わったでシンは王騎相手に剣術の修行をつけてもらっていたぜ」  「その人は一体…」  「オーブの怪鳥というのか、オーブの闘神というべき戦上手だ。部下が4人いるがいずれも強靭な相手だ。その中に童のくせにギャラガを負かした男がいる。お前の話をしたら気にかけていたぞ」  「兄上、確か李信という男でしたな。昨年若干8歳にしてでした。竹刀とは言え侮れません」  その時だ、大男が広志のもとに駆けつける。この屋敷の主、右翼の大物でもある今津博堂だ。  「大変じゃ、山崎近郊にイムソムニアのテッカマンが二体出現したそうじゃ。出てくれるか」  「いつでも、なんときでも、人々のためにこの力を用いろと求められれば俺は人々の最後の希望の砦としていつでも戦います!」  ネオクリスタルを取り出すと公園まで駆け出す。そこに洋平、愛、イサミが続く。  「ヒロ!キアス・ベアードの可能性が高いな!」  「ああ…。絶対にやるしかないな…」  三人は広志に頷く。  「テックセッター!!」  たちまち四人のテックシステム規制がボイスキーによって解除され、生まれたままの姿に機甲が取り込まれていく。  「ヒロ…!!」  美紅、ギエン、竜也、遊里、メイ、なぎさ、ほのかは厳しい表情で広志達4人が山崎方面に向かう姿を見届ける。  「さて、俺達も状況分析班として直行だ!」  「ああ…。僕も出来るだけの事はする。ヒロの中学時代の恩師とこの前会ったけど、穏やかな人格になったわけがよく分かったよ」  「坂本先生のこと?」  「そうだな…。俺も分かるよ、ヒロは傷つくことを好まないのは昔からだって」  坂本金八は広志が中学時代の恩師で、広志がテッカマンになったことを知って戦いをやめるよう説得に来たが広志の戦う動機などを知り支える約束をしてくれた。  「キアス・ベアード、テッカマンプルートゥだ!!」  「もう一体は何…!?」  「テッカマンガルバトロンだ…」  「ヒロ!」  「奴の動きに警戒してください!奴は手段を選ばない!!」  広志は竜也に連絡を入れると三人に叫ぶ。  「洋平、愛、イサミはプルートゥを!俺はガルバトロンを引き受ける!!」  「了解!」  力の洋平、スピードの愛、テクニックのイサミがプルートゥに攻めかかる。広志は強大な相手であればあるほど闘志をむき出しにする。また、強い相手を3人に押し付けるのはいけないという優しさがあった。  「小童どもが何人かかっても怖くはない!」  「侮るな!俺達はあの時の無力感に悩んでいた俺達じゃない!!」  「ガルバトロン、俺が相手だ!!」  「ふん…、キアスの話を聞いていたら大したことはない…!このタイス・ゼビナが抹殺してくれるわ!!」    「遺伝子という鎖に僕たちはとらわれる宿命か…」  戦闘が始まったことを聞かされたキラは悲しそうにつぶやく。  「それでも、ヒロは逃げない。自分の戦いが人々の絶望を希望に変えるものだと知っているから…」  「王太子陛下、大阪方面奪還に向けてご指示を!」  大男が頭を下げる。キラは軍配を大男に託す。  「王騎将軍、あなたにこの軍を託します。できうる限り不殺の戦いを目指してください。憎しみではこの戦いは終わったことにはなりません」  「御意。あの奇跡の青年が京都臨時政府を防衛すると聞き、我ら一同安心して戦えます」  「僕は養父とは何の血縁のゆかりもありません。チトワンのゴアの研究所で遺伝子研究をしていたユーレン・ヒビキとヴィア・ヒビキの子供です。ただ、実父が養父の末弟でした。遺伝子組み換え人間研究で生み出された高野広志との比較サンプルとしてこの世に送り出された運命です」  「…」  「でも、今僕にはすべきことがあります。この国を守り、元の姿に戻すべく最後まで頑張りぬくこと…。王騎将軍、あなたの力を貸してもらえませんか?」  「かしこまりました、そこまで我らが皇子が覚悟を示された以上、この身を尽くす覚悟です」  「やろうぜ、オーブを取り戻すために!!」  人々が声を上げる。    「ウォォォォォォ…!!」  「甘い!」  広志の踏み込みにガルバトロンは悠然と弾く。  「負けるものか…!!」  「闘志は私を凌ぐが、技術は未熟だ!!」  「俺は逃げない、強くたってここで俺が屈したら誰が戦うんだ!!」  「な…!!」  「ウォォォォォォ…!!LIMITED、発動!!」  「ムッ…!!」  広志は禁断のLIMITEDを発動させる。戸惑う竜也。  「まずい、LIMITEDをまだあいつは使いこなせていない!!」  「だけど、ヒロはためらってはいられない…!!」  美紅がいう。広志は咆哮しながらエクスカリバーを力強く振るう。ガルバトロンはその一刀を受け止めるのが精一杯だ。しかもその振りは強いばかりじゃない、早く、正確な一撃だ。  「貴様…!!」  「お前がどんなに強くても、俺はお前を倒す!それがテッカマンだ!!」  「成敗してくれるわ!!」  「やっと本気になったか…!」  「あたしたちの番よ…!行くわよ、くじらサーブ!!」  洋平と愛のコンビネーション攻撃に手を焼くキアス。  そこをイサミの一撃が狙いすましたかのように襲いかかる。キアスの声に苛立ちが感じられる。  「やるな…、小僧ども…!!」  「気をつけろ、奴にはまだ技がある!!」  「わかってるよ、よーへー!」  「喰らえ、ボルテッカ!」  プルートゥは3人めがけてボルテッカを放ってくる。すぐに広志は察知するとガルバトロンとの戦いを放棄して三人の前に立ちはだかる。禍々しい渦はたちまち広志の胸元に吸い込まれていく。  「ウォォォォォォォ…!!」  「な、ボルテッカを吸収して…!!」  「もう、俺は誰も傷つけさせない…!!」  両肩にダメージを負いながらも広志はエクスカリバーを構える。プルートゥとガルバトロンは驚きを隠せない。  「ボルテッカを弾くとは誰も出来ない…!!」  「オーバーロードトップギア、10%発動!ファイナルオーラバースト!!」  2つの悪魔めがけてエクスカリバーは一気に光の刃を放つ。2つの悪魔をそれは切り裂いたかのように見えた。  「やったか…!?」  「今回の勝負、貴様の勝利だ。我らは退却する!」  「待て!!」  洋平が悔しそうに叫ぶ。  「洋平、落ち着くんだ。今回の勝負は確かに俺達の勝利だ。だが、奴らを完全にねじ伏せねば俺達の勝利とはいえない」  「分かっているのになぜ!?」  「これ以上京都を戦争のステージにするのは俺は許せない…」 3 宴酣(えんたけなわ)に ただ麗しく  「ヒロ…」  「これぐらいの傷なんて大したことじゃない。ちょっとした切り傷だろ」  そう言うと広志は目を閉じている。  輝と綾乃は厳しい表情で広志の両肩の傷を手当している。  「お前は一体どこまで無茶をするんだ…!!」  「俺がやるしかないんです。俺が戦わなくちゃまた一人こうして死んでいく…。もう、悲しい思いはしたくないから…」  「取り敢えず入浴には問題ない程度だ。だけど傷跡は残る。大丈夫か」  「承知のうえです。俺は3人の命を預っていました。預かった命は守りぬくだけでしょう」  「君は本当の闘神だな…。生命がいくらあっても足りない男だな」  「でも、美紅ちゃん泣かせもいけないのよ」  綾乃が諌めるも広志は落ち着いた表情で言う。  「誰かが、悲劇の連鎖を絶たなければならないなら、俺がやるしかないんです」  「しかし、戦いを重ねれば重ねるほど強くなるなんて…」  「それがデザイナーズチルドレンなんだ…。人類最後の希望の剣というのなら、俺は応えるまでだ」  なぎさは広志の闘争心に震えすら覚える。 -----まさに闘神そのもの…!!  「あいつ、般若がふさわしいかもな…」  「サクヤ…」  「でも、その般若が僕たちを助けてくれる。優しさを捨てずに自ら傷つきながら戦うことをやめない…。誰もがほだされて来るような気がするね」  京都の公衆浴場では…。  「臨時政府向けに貸切にしてくれるなんてすまないな…。ただ、やや恥ずかしいところはあるけどね…」  「仕方がないわよ、クルト。それだけ混浴で我慢しなくちゃ…」  「ヒロだけど、大丈夫だった?」  クルトは魁に話しかける。魁は渋い表情で話す。すっかりクルトと魁は打ち解けてもいた。  「あいつ?肩に切り傷が残っちゃったけど問題ないって」  「しかし、君の知り合いは相当な無茶をする。クルトも顔負けだな」  「ニルス王太子…」  「僕もかつてあんな無茶をしてきた。チトワンに留学した際に僕は様々な経験をさせてもらった。そしてスウェーデンに戻ってその経験を国民との関わりで活かすことができている。そんなチトワンの民がオーブのために戦うと言うのなら僕も戦うべき動機がそこにあると思った。アンとの絆もあるけどね」  「まさかあなたが共闘を申し入れてきた時には驚いたわ…」  「本気だよ、チトワンの民に対してスウェーデンは好意を持っている。僕は先頭にたって戦う。オーブを取り戻すために」  「もうそろそろヒロ君来るかもね」  由佳が言う。恭介たちと一緒にバックアップメンバーとして加わっていたのだ。  その頃、治療を受けた広志は美紅、輝、綾乃と一緒に浴場の脱衣室に入っていた。  「1年前と比較して胸板が分厚くなった感じね。下半身も割とどっしりした印象よ」  「それほどじゃない。だけど、一人でも多くの人を救いたい。だから、トレーニングを強化しているのかもな…」  「集団の混浴なんて初めてよ。まるで江戸時代みたいね」  「俺は慣れていないんだ。どうも気を使わざるをえないし、体を自慢するつもりもない。チヤホヤされたくもない」  「俺も割りと慣れていないんだ、ヒロ。お前の体はダビデ像そのもので羨ましいよ」  「輝先生もヒロくんも慣れていないんですか?私は大丈夫ですよ」  「綾乃さんは大丈夫なの?」  輝は真っ赤な顔だ。その顔つきから相当綾乃にベタ惚れだろうということは広志もレオンも見抜ける。  「ヒロは私となら平気なのに?」  「まあな。一緒に育てられたってこともあるしね。相変わらず華奢だな、美紅」  「ヒロの前ならギャフンと言わせるけどね。洋平君にとってのラブちゃんみたいなものよ」  「確かにな…」  苦笑いする広志。  「怪我のことだけど大丈夫か?」  「レオン、それは大丈夫さ。包帯を巻いているけど防水加工なので水が入らないようになっているよ」  「それは良かった…。私、不安だったんだ」  「クルトたちは早いね」  「なんて言ったってクルトとオリエは同じ時に生を受けたんだ。ただ、クルトのほうがちょっと早かったけどね」  「初耳ね…。あたしなんか家族を…」  「イムソムニアにか?」  脱衣を終えた輝が下半身にタオルを巻いてショートヘアの少女に聞く。  「シェスタはセレネという国をイムソムニア系統のテロリストに滅ぼされて父親のアンダルシア王と姉のメズリール王女を殺されたんだ」  「気の毒だったな…」  「ヒロ君も、あなたと同じよ。両親を天下航空機の墜落事故で奪われて…」  「待ってくれませんか、綾乃さん。彼女は俺より悲惨だと思いますよ、物心ある時に肉親はおろか母国まで失ったんです。フラッシュバックに苦しめられている意味じゃ俺よりも残酷かもしれません。俺の場合は物心の付かないうちに失ったわけですから…」  「ヒロ…!!」  美紅は広志の思いやりの深さに目頭を押さえる。  「俺にはだから、戦うべき動機があるんだ。みんなが争いごとで悲しむことのない国を一緒になって作って行きたい。だから、テッカマンとして戦うんだ。さあ、湿っぽい話はここまでにしておこう」  そう言うと広志はレオンとシェスタに頭を下げる。無礼な発言を詫びていることをシェスタは分かっていた。  「気にしてはいないさ。私はお前の礼儀の正しさを知っている。お前の強さがわかったような気がした」  「俺はそんなに強いわけじゃないんだ。何とか支えられてここまで来たんだ」  「しかし、ヒロってあまり下半身の話題を好まないね」  「小さい時からよく一緒に美紅と入浴していたからね、デリカシーのないことはとても出来ないよ」  「筋肉の鎧そのものの上半身だね。僕も羨ましく思うよ」  クルトとオリエは石鹸で体を洗いながら互いの体に湯を掛け合っている。  広志は自前で持ち込んだ垢すりで強引に垢をこする。心身代謝が急ピッチで進んでいる証拠で垢が次々と出てくる。広志いわく足の筋力は弱いのだが、常人と比較してもゆうに強い。  「輝先生、下半身の強化はどうします?」  「当然10Kgのリュックサックを太ももに括りつけるしかないだろうね」  「相変わらずどうやったら強くなれるかしか考えていないなんて…」  「俺が強くなり、アトランティスをいかに使いこなせるかなんだな…」  「同じ事、ギャラガも言っていたわね」  「ギャラガ将軍が?あの人は無骨だから納得だけど俺は…」  「父様は君についてこんなことを話していた。チトワンでの戦いでギャラガが君に加わろうとした際に君が止めて、父様や母様の護衛に回るよう頼んだだろう」  「あれは犠牲者を出さないための手段だけさ」  「父様は『彼に本当の英雄の姿を見た』と語っていたんだ…。今回の戦いでもよく分かる…」  「あのネイアス将軍から軍略を教わるっていう話じゃない」  「そう、明日からだ。ひとつ残らず学び取り応用で活かしたい」  「やる気満々だったね。僕も嫉妬するぐらい」  「レオンも?」  シェスタが思わず聞く。レオンは配慮深くクルトを巧みになだめる一面があるが誇り高い一面もあり無茶もする。そこをすかさずフォローするのがシェスタだ。    入浴後、ネイアスは広志の部屋に来た。  「このファイルを君に差し上げる。予習として学び取りなさい」  「分かりました。この内容は…」  「東西の軍略に関して研究した書籍の数々です。孫子、諸葛亮孔明、司馬懿仲達、竹中半兵衛、黒田官兵衛、徳川家康、伊達政宗、ナポレオン、アレクサンダー大王からネルソン総督、ロンメル将軍まで色々と揃っています。そこから応用で生かしていきなさい」  「必ずものにします。そして剣術もあなたに引けを取らぬように磨き上げたく思います」  「水晶の姫様から聞いたわけか…」  「ええ、『運命の人を守る星』と自らを称しているじゃないですか」  「君を見てくるとセルゲイ公も羨むでしょう…」  その時だ、青年がゲームをしながら部屋に入ってくる。  「ここでゲームでもしていいか?」  「いいけど、ちょっと音が大きいような気がする…」  「ごめん。俺、クロト・ブエルというんだ。ソルテッカマンレイダーとして戦うことになった。イムソムニアなんか抹殺してやるさ」  「あなたもオーブの…」  「国王陛下の『息子』の一人さ。キラを絶対に守る!」  その頃、オーブ海上の戦艦・ヴェサリウス艦内では…。  一人の少年が生まれたままの姿で水槽の中に沈んでいた。その体には輪郭が浮かんでいる。金髪の少女が不安そうにその様子を見守る。青年が紅茶を片手に入ってくる。  「シン…」  「大丈夫だよ、シンくんは必ずこのフォーマットに適合しているよ」  「ダイゴ…」  「僕もドジばかりしてテッカマンだ、彼なら僕より優秀だよ」  意識を失ったシン・アスカはテックシステムのフォーマットを受けていたのだ。これも彼が強く望んだことだ。 -------ヒロさんだけに血まみれにさせるなんておかしいじゃないですか!?俺達はこの時代の傍観者じゃないんです!!俺も一緒に戦いたい…!!  「私もシンの気持ち…、分かる…」  「生理は大丈夫?」  声をステラ・ルーシェにかけてくる女性。  「レナ、それは安心だから…」  「言葉遣いが拙いけど、あなたがシンくんを強く思っている事はわかるわ。ソルテッカマンガイアとして戦えなくても、あなたがシン君のそばにいるだけでもシン君は安心できる」  『大丈夫だ。俺がちゃんと、俺がちゃんと守るから!』  あの時、父と母を失い泣き叫んだステラにシンはそう言って慰めた。  「彼は若いゆえに無鉄砲な行動に出るが、場合によってはその行動が吉と出ることもあるものさ」  「ケイゴさん!」  「彼のフォーマットは60%まで行っているみたいだな」  「これで果たして良かったのでしょうか…」  「ダイゴ君、君の疑問は私も同感だ。ましてや私は力に溺れてテックシステムの暴走を止められなかった。技術がどんなに最先端であっても心がともわなければ意味は無い」  「でも、シンは大丈夫…」  「ステラ!」  「私もいる、マユもアウルもいる、スティングもルナも、キラもラクスも…、ヒロも…みんなで支えるから…」  16年前の天下航空機の墜落事故は広志の運命を大きく変えてしまった。そして、アジア戦争は多くの若い人達の人生を大きくねじ曲げてしまった…。正木ケイゴ・サイテックコーポレーションCEOは厳しい表情で円ダイゴ(オーブ軍所属)に言う。  「本当に…、愚かしい限りだな…。彼らは平和だったら本来学生だっただろうに…」  「でも、ケイゴさん。僕達にできることを僕達の出来る範囲でやるしかないんですよ」  「そうだな…」  「テックセットを受ける本気度を聞いたら『烈士徇名(れっしじゅんめい=筋道を通すしっかりとした男は金や地位にこだわらず、名誉の為に命もかけて戦う事)』という言葉を口にしたのには驚いたわ…」  早田玲奈(愛称:レナ)が言う。ダイゴと違ってしっかり者で、テッカマンティガとして戦うダイゴをうまく支えている。ケイゴの助手を務める一人、高山我夢(たかやま がむ)が険しい表情で言う。  「武器の調整が追いつきません!」  「ダイゴ、レナはサポートを!!」  「了解です!!」  「俺もサポートに回ります!!」  藤宮博也(ふじみや ひろや)も加わる。初老の男がステラに声をかける。  「シンをみんなで支えようという思いはここにいる人たちも同じだ。その思いをムダにすることなく支えると約束できるか」  「うん…!!」  「分かった、私は君を信じよう」  エドウィン・トダカはにこりと頷くと状況を見届ける。  その頃、京都の修道院では…。  「我が腹心の友の息子がここまで大きくなるとは…」  「お久しぶりです、ユリアナ先生」  「ここは相変わらず明るい雰囲気ですね…」  クルト、オリエに連れられて広志、美紅はミサに来ていた。ふたりともキリスト教徒だったのだ。  「この子があの評判の…」  「恥ずかしい、悪名高い川崎の暴れん坊ですよ」  ユリアナ修道院長(本名:阿部まりあ)は思わず苦笑する。アガナード大司教と盟友にあるほか善君エンゾとも知り合いで、かつて金沢の修道院で院長を務めていた。京都攻防戦でも修道院を避難所として開放するなど勇気ある判断力を見せる一方、たまに失敗もする一面もある。  「随分無理をされますわね、ユリアナ先生」  「あなたは彼をどう思いますか、シスター・メアリー」  「何か陰を抱えたような一面を持っている印象ですね…」  「この人は…」  「私は元はクラブで歌手をしていたのよ。ここではシスター・メアリーよ」  メアリー・クラーレンス(本名:デロリス・ヴァン・カルティエ)はにこりと笑った。ゴスペルの名人で、その腕を高く買ったユリアナがアメリカの修道院から引きぬいたのだ。  「オリエ、あなたとこの人の関係は…」  「私に洗礼を授けてくれたのがユリアナ先生なのよ」  「そういう事だったのか…」  「僕の祖父であるアガナードお祖父様とも盟友でもあるんだ。チトワン王朝とも深い関係にある」  「俺はあなたがたと比較して粗暴そのものですよ」  「そんなことはない。君の他人への思いやりは誰にも負けないだろう」  「そうか…。ここまで悩んでいたのか…」  「俺は憎しみに囚われる訳にはいかない…。だけど心の底では憎悪を断ち切れないから、悲劇の連鎖は終わらない…。力を貸してくれるというのか…」  「正直に言えば、難しい問いかけね…。でも、私たちはやらなくちゃダメなのよ…」  「失敗したらどうするつもりなんだ」  「その時はまたやり直せばいいじゃないか。We Can Do It!の精神だよ」  「若いお前達がここまでもがき苦しむとは…。クルトもオリエも成長しているな…。そして成長を引き出したお前もだ…」  「ユリアナ先生…」  広志の手をユリアナは触れる。  「この手にどれだけの傷を抱えて生きているか私には分かる。その傷を誰にも見せない…。強さと優しさを兼ね備えたお前ならさらに強さを増していくはずだ…」  「俺にそんな強さがあるというのですか!?」  「あるさ。君は黙っていればロンドン五輪の金メダリストだった。だけど、傷つく他人を守ろうと戦おうと自ら剣を手にした。その強さが僕達をこの場に導いた」  「ここにいたのか…」  そこに現れた坊主頭の男とおさげの女性。驚く広志。すぐに身構える美紅。  「あなたは…」  「俺は菊池ヒロシ。今は京都大学で学生をしている。相棒のさやかちゃんと一緒にここに来た。俺は狙撃手として警察軍大学付属仙台高校で学んだ。俺の腕を活用してくれないか」  「なぜ京大のエリートが…!!」  広志は戸惑いを隠せない。  「菊池さん、警察軍大学付属仙台高校で狙撃術トップクラスだったの。今は京都大学で工学部の電気電子工学科を選考しているのだけど、この現状を放置していられないって来たのよ。私は観月さやかよ、菊池さんより一歳年下だけどね」  「うまく菊池さんをコントロールしている印象ね」  美紅は鋭い観察眼でさやかに言う。  「というか、俺は頭が上がらないんだ。ちょっとした事で助けたらデブな体をここまでにしてくれた。感謝感謝だ」  「それを言うなら私の方よ。空知くんや真直くんと一緒にひどい目に合いそうだった私を助けてくれて…」  「あれは男として当然だ。破廉恥なことをする同性には腹立たしいだけだ。俺は劣等生だったがあんなことは我慢ならない。京大に進学してまさか理学部に加わって俺をアシストしてくれることも感謝だが、さやかちゃんが俺のためにダイエット計画を立ててこの体にしてくれたことが何より感謝だ」  そういうと菊池は写真を取り出す。やや太った印象の男を中心にさやかと二人の男が一書に写っている。  「俺の後輩二人共宇宙飛行士を目指していて、最上真直と青山空知というんだ。最上はアリゾナ州立大学で学んでいて、青山は警察軍大学で勉強している。俺は京大で宇宙向けの太陽光発電システムを研究してあいつらをアシストする。そんな馬鹿げたような夢に付き合ってくれて感謝しているさ」  「そんなこと馬鹿げちゃいませんよ、菊池さん。それに狙撃手として加わるということに感謝します」  「腕に関してはこれでやらせてくれないか。だけどここは教会だから物騒だ」  菊池は父親が太陽光電池開発のエンジニアだった。だがそれがあまりに役立たずのためクラスでいじめられ劣等生になっていた。だが正義感だけは誰にも負けなかった。後輩たちから自分の父親のことを褒められ、「太陽光電池をもっと改良して日本が開発中のスペースシャトルHOPE-Xに採用させる」というでかい夢を持つようになりそこから警察軍大学付属仙台高校に進学してそのまま京都大学工学部に推薦で進学した。  さやかはそんな菊池の夢を支えようと理学部に進学し、そのまま菊池の下宿先のアパートに転がり込んだ。最初は気を使っていた菊池だが今では一緒に入浴するまでお互いに隠し事のない関係にまでなった。  「イムソムニアは俺達二人にとっても許せない…。絶対に倒したい…。俺も、お前とともに戦う…。たとえ傷ついて力尽きても…」    「奴らがとうとう宿命の青年と出会ったか…」  ラダム獣によって操作されているカラスを通じて情報を把握していた小坂直也だった。  「しかし、奴らとあなたに何の関係が…」  「キアス・ベアード、奴らは絶対に許せない…。この僕の人生を狂わせた最大の戦犯だ…」  そう言うと小坂は脇腹をそっとめくる。凄まじい傷跡が残っている。  「最上真直、菊池ヒロシ、そして青山空知…!!まあ、僕はそれだけイムソムニア総帥として、この権力を大いに活用し、この世界にイムソムニアの支配権を確立し、人類支配計画を実現させる…」  「その計画、実に素晴らしいものです。われらを中心に、劣った人類を支配する…」  「全ては遺伝子によって生み出される…。子供は我らの指示の下絶対服従するものしか認めない…。18人の子供の犠牲の上に究極の支配者が光と影を支配する…!!」  「この私は奴を操る…」  「高野圭介の意思を携え、あの高野広志が再び戦いに赴くとは皮肉なもの…」  そう言うと小坂は写真を取り出す。母親とのツーショットと思われる。  「あなたがイムソムニアに合流されてから組織は発展しました」  「そうあってくれればいいのだけどね。母親は僕に完全犯罪の全てを叩き込んだ。そして自らを実験体にして完全殺人をさせて亡くなったところにタイス・ゼビナが僕を招いた。高野広志は僕らの最後の希望でもある…」  「ヒロはここまでもがいているの…!!」  広志の苦悩を一番そばにいて分かっているのに何も出来ないことへのもどかしさ。  美紅はそのことに苦しんでいた。激しく戦う姿は何か広志が怯えているかのような思いすら感じる。恭介は厳しい表情で考え込んでいる。 -------ヒロになんであんな力が…!!  「あいつは出生の秘密を知ってから変わった気がする」  「叶くん」  「俺は実の父親も実の母親も物心つかないうちに交通事故で失った。あいつはテロで同じように法律上の父親と実の母親を失った。そして、遺伝子操作によって生み出された生命である事実を知ってから以前のような明るい性格じゃなくなった…」  「…!!」  「俺があいつの立場なら決して耐えられない…。だけど、あいつは強い…。重圧に苦しみながらも自分のできることを果たそうとしている…。そんなあいつに比べると俺なんてちっぽけに思えて…」  「確か、義理のお兄さんとの比較を嫌がって一時期サッカーから…」  「警察官になりたいと思って警察軍大学付属川崎高校に入学した。そこでまさか小津と出会うなんて思わなかった。あいつは俺の気持ちをわかってくれたから…」  その時だ。何人かが入ってくる。  「あっ、美紅!」  「ステラちゃん!それにシン君も久しぶりね」  「ヒロさんはどこにいますか!?」  「今は王太子殿下と今後の作戦で話し合いをしているわよ」  シン・アスカは穏やかな笑みを浮かべる。そこへドアが開く。  「今会議が終わったところだ。ウッ!?」  「ヒロ!」  「ヒロさん!!」  キラとクルトに支えられた広志の額が輝きを増している。シンも体が崩れてステラに支えられている。広志はシンがテッカマンになったことを悟った。頭を抱えながら広志はシンに詫びる。  「シン…、君もそうか…、全ては君に阿修羅の道を歩ませたこの俺の罪だ…。俺は何といって君に詫びればいいのか…」  「馬鹿なことを言わないでください!俺達はこの時代の傍観者じゃないんです!!」  「お前が自分を責めてどうするんだ!!」  「俺は違う…。俺は、俺にできることを俺自身の手で確実にこなすだけだ…。俺が強かったらこんなことには…」  「ヒロ…!!」 4 時代(とき)は糸を絡ませ  「ヒロ君の知略の勉強はどうなの?」  「姫君、まさに乾いた砂が水を吸い込むように吸収が早い。彼に必要なのは応用の場所ですよ」  「その分、あたしはあなたから実用の場所で鍛えられているわ」  「彼は参考書を読み込んだ上に更に他の文書まで読み込んで鋭く聞いています。経済学まで応用してくるためにこのままなら私は確実に彼に抜かされるでしょう。政経と戦争は背中合わせだと言う言葉には驚きました」  「あたしも強くならなくちゃ…」  竹刀を構えてネイアスと打ち合っているのはオリエである。  1ヶ月前にクリスタルの剣を手にしてから更に剣の腕は上達している。あの無骨なギャラガが一目置くほどだ。広志との出会いはクルト達を大きく変えていた。彼らはいずれも才能に目覚めていたのだ。  「戦いというのはあくまでもチェスのようにうまくいかないものです、姫君。最後に勝つのは相手に勝ちたいという強い意志です」  「小競り合いであたしたちはすっかり戦に慣れてしまったけど、いけないことなのよね…」  「戦慣れは望ましくありますまい。姫君には本来なら花園で花々を楽しんでいられるといいのですが…」  その時だ。マリウスが驚いて駆けつける。  「大変だ、クルトとレオン、シェスタがイムソムニア兵士団に巻き込まれている!テッカマンが奴らを率いている!!」  「クルトが!?」  「マリウス皇子、直ちに向かいましょう!」  シルヴァーナが厳しい表情で立ち上がる。  「クルト、あいつらを引き付けるんだ!」  レオンの指示でクルトが挑発する。  怒った兵士たちをレオンとシェスタの火炎器が襲いかかる。そこをクルトが大地の剣で切り崩す。ネイアスがレオンに指導している軍略の一種だ。レオンは続けて炎の剣でクルトに加勢する。  「クルト、こいつら多すぎてキリがないわ!」  「シェスタ、もう少しの辛抱だ!メドゥーサ伯母様の言葉を信じるんだ!!」  その時だ。緑の機体の兵士が駆けつける。  「大丈夫か!?」  「スティング!!」  「今はソルテッカマンカオスだ!ヒロさんたちはプルートゥとガルバトロン相手に立ち向かっている!!」  「スティング、行くわよ!!」  ルナマリア・ホークの声がする。  「ルナ、インパルスの力を見せてやれ!俺は精鋭部隊を打ち崩す!!」  「スティングこそ、気をつけてよ!」  「おう!バーストカノンの威力をぶちかましてやるぜ!!」  スティングは肩に乗せた長距離砲2つを構えるとラダム兵めがけて狙撃する。その効果はラダム兵だけにダメージを与え、古都京都の建物にはダメージはない。  その頃、シンは…。  ネオクリスタルを取り出すと目を閉じ、厳しい表情で構える。 -------ヒロさんだけに血まみれの手を押し付けて俺達が平和を貪るなんてできない…!自由はこの手で守りぬくんだ…!!  「テックセッター!!」  その瞬間シンの体をネオクリスタルフィールドが取り込んでいき、光の甲冑が取り込まれていく。そう、テッカマンディスティニーの誕生だった。ディスティニーは長刀アロンダイドを構えると大空へと向かっていく。  「ヒロさん、今俺もあなたのもとに向かいます!クルト皇子達が苦戦中です!」  「分かった、シンが到着し次第俺は戦線を離脱する!!」  「シン君、僕も君に合流する!ケイゴさんはライジングにテックセットしてすでに大阪方面で戦っている!!」  シンに声をかけるのはダイゴティガだ。  「分かりました!急ぎましょう!!」  「貴様…!」  「テッカマンマスターは同じ失敗を繰り返さない…!お前の弱点は解析している!!」  広志はガルバトロンの剣にエクスカリバーで応酬する。  「どこから貴様の闘争心は湧いてくる!?なぜだ!!」  「俺は俺に思いを託してくれた人に応えるまでだ!オーバーロードトップギア、45%開放!!」  LIMITEDを発動させるのではなくオーバーロードトップギアで一気に加速する。パワーは落ちるがそれだけスピードで相手を撹乱する。  「ヒロさん!」  「洋平!」  「ここはソルテッカマンチームと俺達に任せて、ヒロさんはイサミと一緒に四条通へ!チトワンのクルト皇子が苦戦しているぜ!!」  「大丈夫なのか!?」  「ヒロさん!!ここは俺達が引き受けます!!」  「やっときたか!!」  ソルテッカマンカラミティ(オルガ)がシンにニヤリと笑う。今までソルテッカマンアビス(アウル)とコンビを組んで攻めていたが真打のシンが来た以上、勇気凛りんだ。  「早く王子様を助けてきやがれ、このへっぽこ!!」  「あとでしっかり「お返し」しますよ」  苦笑いすると広志はイサミに目配せすると戦線を離脱していく。  「小童が何人かかろうがこの私に勝つのは無理だ!」  「やってみろよ!俺達はあの時の俺達じゃない!!」  「キアスはあの新入りを!私が残る連中を始末する!」  「御意」  プルートゥはシンに襲いかかる。だが、シンには最初から想定内だった。すぐにアロンダイトで対抗する。  「お前は全てを得た。俺は全てを失った。刃を交えるしか貴様には分からない!」  「あんたのそんな歪んだ考えが多くの犠牲者を生む!俺は憎悪を断ち切る破邪の剣となってあんたを倒す!!」  「奴の挑発に乗るな!!」  ダイゴの檄が飛ぶ。シンは頷くとプルートゥめがけて襲い掛かる。  「あの小僧ども、なかなかやる相手ね…」  セシーガ・ヴァレンスカは感心した口調でつぶやく。 -------だけど、あたしにはあたしなりの動機がある…!!  「ルシーズ様、奴らは増員してきました!」  「ならばこちらも物量戦で対抗よ!室谷、島木、花紀、お前達の出番よ!!」  「待っていたぜ…」  坊主頭の男と筋肉隆々の男、更には長髪で中性的な顔立ちの男がにやりとする。三人ともイムソムニアの報酬に目が眩んで警察軍を裏切ったエリートクラスの男である。  「おそらく、アトランティスは確実にここに来る。そこまでにあの小僧どもを始末しなさい」  「おう、やってやるぜ」  坊主頭の室谷信雄はにやりとした。我が強い上に無茶苦茶な事をしでかす性格と評されるもトップクラスのエリートだった。筋肉隆々の男である島木ジョージは冷静な表情を崩さない。  「急ごうぜ。いくら物量戦でもきりがない。ゴーゴンを導入しようぜ」  「俺も同感…」  花紀京は涼し気な表情で言うと動き出す。    「ラダム兵が前を塞いでいるわ!」  「俺が中心となって切り崩す!イサミはなぎさに連絡を!」  駆けつけた広志は即断すると一気に加速する。  「ヒロ!」  「みんなは一丸になって奴らを!俺はそのまま前に突っ込む!!」  魁、竜也、遊里、なぎさ、ほのか、ケンゴが中心になってラダム兵に切り込んでいく。広志の果敢な姿に負けるわけには行かないのだ。だが今の広志は単に果敢に戦うだけじゃない、次の手を休むことなく叩きこむ。  「ゾーダ、奴らの物量戦のパイプを絶つことはできるか!?」  「やりますぜ、ヒロさん!」  「貴様もかなりの策士のようだ」  イザーク・ジュール(ソルテッカマンデュエル)が広志の策略を瞬時で見抜くとゾーダに目配せする。  「ありがたい、恩に着ます」  「貴様ら、辛抱しろよ!」 -------あいつは2ヶ月前よりも怪物になっている…! 5 吉凶の見えぬ赤い空  「キラ、京都の大半の護衛は間に合っている、問題は四条通だ!」  「彼らの物量戦の中心部というところだね…。幸いにして、ヒロが向かっている」  キラはアスランからの報告を受けて厳しい表情で考えている。  「バルトフェルド将軍、俺も向かいましょうか」  「君はここにいてニコルと一緒に私の手伝いをしてくれると助かるさ」  顔に傷跡の残る男が言う、アンドリュー・バルトフェルドである。その頃、クルトたちは…!!  「ニルス王太子!!」  「君の危機はアンの危機に等しい!家族のためならこの身を削ってでも守ってみせる!!」  流れるような金髪が舞うように、ラダム兵を容赦なく切り崩す。同行してきたギャラガも剣で豪快なまでに切り崩す。優雅にスピードよく斬りこむニルスに対してギャラガは力づくで攻め立てる。ニルスはクルトの部下たちに檄を飛ばす。  「ヒロはもう少しで来る、負けるな!!」  「クルト!」  「オリエ!マリウス兄様!!」  「奴らは私が引き受けます。皇子はレオン、シェスタ様共々お休みを!」  「そんなことは僕にはできない!君たちを放置してはいられない!!」 -------さすがにチトワンの次世代を担うべき方…!!  ネイアスは心の奥で喝采を叫ぶ。だが、物量戦では確実に消耗戦になる。  「この店が開いている、お前ら全員早く逃げろ!」  「スティング、君は大丈夫なのか!?」  「俺はヒロとともに戦う!あいつが来るまで我慢してやる…!!」  「あんた、あまりにもお人好しすぎよ!!」  「やるしかねぇ!あいつらは俺達の恩人だろ!?ルナだって無茶して戦ってるだろ!!」  スティングとルナマリアは声をかけながらラダム兵を次々と切り崩す。その時だ。  『素人兵士が…!!』  「なんだ、あの大型兵器!!」  「気をつけて!」  ソルテッカマンインパルス(ルナマリア)が声をかける。  「だが、やるしかねぇ!バーストカノン!!」  スティングの豪快なミサイルが巨大なメカニックスーツに炸裂する。  「やったの!?えっ…!!」  「馬鹿な…!!バーストカノンでも効かねぇっていうのかよ!?」  「ならばあたしよ!」  スピードでルナマリアは錯乱しようとする。だがそうはいかない。十字が次々と襲い掛かる。  「ルナ、アブねぇ!!」  「スティング!」  スティングはルナマリアをかばうとバーストカノンを再び放つ。油断すらできない。  『このゴーゴンにここまで歯向かうとは大したものだな』  「テメェら図体だけのデカい木偶の坊なんかに負けてられるかよ!!」  「オーブを侵略したあんたたちに負けてたまるものですか!!」  『悪態だけは一流のようだな』  「そうは言わせねぇぜ!!」  スティングはバーストカノンを次々と放っていく。  「皇子…!!」  「スティングやルナマリアは僕達のために戦っている…。僕が非力だからか…!!」  「そんなことはないさ、お前の平和への叫びが私達を突き動かした。更にはスウェーデンから友も来た。力を合わせて戦うしかないさ」  「そうだ、この大地は人間だけのものじゃない、生きとし生けるものすべてのものだ。私はすべての者達のためにこの戦いに加わると決めたんだ」  ニルス王太子はクルトの手当をしながら言う。アンは蜘蛛が苦手故にゴーゴンにふるえている。  「あたしの苦手な蜘蛛…!!」  「あれは始末に終えないぞ…!!」  「アトランティス次第ですわね…、マリウス様…」  「ああ…。だが、一人でも戦力は多ければいい…。一息ついたらいけるか、シルヴァーナ」  「いつでもいけますわ」  弟のレオンの切り傷を手当しながらシルヴァーナは応える。シルヴァーナとレオンは山の一族の出身で炎使いの姉弟としても知られている。  「あいつら、まるでゴキブリのようにぞろぞろわいてくるぜ」  「一体どう戦えば…!?ヒャァっ!!」  「ネイアス!!」  「お許しを、姫君!」  涙を流しながらネイアスは次々に一同めがけてガスを吹きかける。このガスは催涙ガスだったのだ。  「何を…」  「あなた方は次世代を担うべき方…。このネイアス、我が生命を…!!」  ネイアスは悲しげな微笑みを浮かべるとアンの破邪の剣を手に店から出てドアを締切る。 --------幼かった姫君や皇子がここまで成長するとは…。このネイアス、生き様に後悔はない…!!  走馬灯のように全ての思い出がネイアスの脳裏を駆け巡る。だが、今はただ立ち向かうべき敵と戦うまでだ。  『なぜ、かつての地獄将軍の剣術を学びたいと言われるのですか、姫君』  『私の愛する運命の人のため。私の星は運命の人を守る星。星と水晶の光にかけてクルトを守ってみせる』  『それなら、全てを尽くしましょう。冷酷非情には一人でも多くの人を救うためという動機があります』  「もう、そんなことは叶わない…。だが、次世代を担うべき者たちがいる限り我が魂は不滅だ…。我が屍を超えて強くなれ、高野広志…!!」  愛刀『氷の剣』を引き抜き、破邪の剣とともに二刀流でラダム兵に切り込む。  「ネイアスの野郎、無茶しやがって!!」  「あんただって人のことは言えないわよ!!」  『そうだ、このゴーゴンにどこまで持つかな…』  「この木偶の坊、ふざけるな!!」  スティングはサイドから切り崩そうとする。  その時だ、イサミホーネッツが駆けつけ、ゴーゴンの武器を次々と断ち切る。  「スティングさん、ルナマリアさん!!」  「イサミ!!」  「ヒロさんがソルテッカマンチームが来るまでラダム兵を引き受けてくれます、一緒にこのデカブツ相手に戦いましょう!!」  「すまねぇ、こいつを片付けて早く合流だぜ!!」  『ホーネッツの小娘め…!!』  「あたしを小娘呼ばわりしたってあたしはあんたの挑発には動じない!」    「しつこい男ね…!!」  セシーガは苛立ちを隠せない。  ネイアスがスティング、ルナマリアと一緒に戦っている。スティングやルナマリアの闘志はそのおかげでさらに盛り上がる。 -------こうなったらあの男を滅して闘志をかき消させるしかない…!!  「テックセッター!」  セシーガはテックセットしてテッカマンルシーズになるとラダム兵の先頭に向かう。 ------来たな…、奴らの親玉が…!!  「わざわざ私の前に死にに現れたか」  ルシーズはにやりとした。だが、ネイアスは揺るがない表情でただひたすら前を見据える。  「確かにテッカマン相手だと震えるほど怖いさ。だが…、俺に命令できるのはこの世で唯一人!水晶の姫・オリエ様のみ!!」  「あのような小娘に!」  「この命に代えても、刺し違えても、姫君を何が何でもお守りしたい!この、クソ野郎!!」  「ならばこの世から、消えうせろ!!」  「姫君…。今一度氷の心を呼び戻すことを、お許し下さい。地獄将軍ネイアス、最後の戦いをとくと見よ!!」  そう言うとネイアスは氷の剣と破邪の剣を両手にルシーズに襲いかかる。テッカマン相手にネイアスは逃げることなく激しく剣をふるい落とす。  「な…!!」  「これが人だ…!誰にも譲れない時はある…!!」 -----なんて男だ…!テッカマン相手にびた一文引かないとは…!!  その剣戟の音はイサミに伝わる。  「ヒロ!大変よ、ネイアスがルシーズと戦っているわ!!」  『了解!俺が向かう、何とかソルテッカマン部隊で持たせる!!』 -------絶対に死なせるものか…!!  広志は素早くラダム兵を切り崩すため加速させる。  「オーバーロードトップギア、15%発動!!」  「ヒロ、待たせたぜ!!」  「ディアッカ!?」  「ようやくチューニングが終わったぜ、ここは試運転なしのぶっつけ本番で行くぜ!!」  「すまない!」  「俺にここは任せろよ、早く急げ、クルトたちが踏ん張ってるぜ!!」  ソルテッカマンバスターを動かしながらディアッカは叫ぶ。バスターは火器系統に特化したソルテッカマンだ。総合力に長けたアトランティスとコンビネーションを組ませると何故か安定する。  「はっ…!!」  鋭い剣戟の音に気がついたのはニルス王太子だ。  「アン、クルト!みんな、起きるんだ!!」  「体が…、痺れそうな…!!」  「ネイアスが奴と戦っている…!!」  「兄上…!!」  ギャラガは無念の表情で拳を握り締める。そうしている間にネイアスの体にルシーズのランスが突き刺さる。だが、ネイアスは氷の剣と破邪の剣を構えて立ち上がる。  すでに致命傷は負っている。それでも這い上がる執念の深さにルシーズは震えていた。  「断じて通さない…!!」  「なぜだ、あんな小娘どもを守るためにここまで戦うとは…!」  「俺が守っているのではない、姫様たちに守られているのだ…!!」  「な!?」  「お前らイムソムニアなど姫様たちには勝てやしない!絶対にだ!!」  その時だ、イサミとスティング、ルナマリアが駆けつける。  「あんたの手下のゴーゴン、ようやくぶっ倒したわよ…。最低この上ないわね…」  「馬鹿な!?イムソムニアの最先端のテクノロジーがなぜ!?」  「人の思いを踏みにじったお前達のテクノロジーが俺達に勝てるわけがねぇだろ!!」  「あんたを、絶対に倒す!!」  イサミホーネッツがシャンゼリオンソードを構えて叫ぶ。その瞬間だ。トリコロールの機体の戦士がエクスカリバーを手に舞い降りる。広志アトランティスだ。  「ヒロ!」  「みんなは下がるんだ!イサミ、ネイアスを頼む!!」  イサミは広志の表情から怒りをたぎらせているということを悟った。全てを知った広志は拳を強く握りしめ、対峙すべき敵に立ち向かおうとしている。  「ネイアスは致命傷を負っている。みんなを極力遠ざけるんだ、頼む!」  「まさか一人で!?私も戦うよ!!」  「いいから!LIMITED、発動!!」  広志は大声で言い切るとLIMITEDを発動させる。頭の中でガラスが弾け飛ぶかのような衝撃が走る。だが、ネイアスの思いを知った以上、絶対に逃げる訳にはいかない。エクスカリバーを握りしめ、激しい怒りをたぎらせる。  「お前たちイムソムニアの野望の犠牲にされた人たちの思いにかけて、絶対にお前を地獄に叩き落す!覚悟、ルシーズ!!」  「こんな男のどこに価値があるのだ!?」  「お前なんかに、お前なんかに…、ネイアスの気持ちなんて分かってたまるか!!」  広志は激しい口調で叫ぶ。彼は実の父も実の母もイムソムニアに殺された。ネイアスの想いのこもった氷の剣を右手に、エクスカリバーを左手に構える。 ----クルトたちが羨ましい…。実の両親と会えるんだから…!!  「ヒロ…!!」  「ならば見せてみるがいい!」  広志は氷の剣を握り締める。彼の戦いを見届けたものとして、絶対に勝たねばならない。 ------この想いを託された以上、絶対に負けない!  20本の翼を展開させるとエクスカリバーと氷の剣の二刀流で広志は攻めかかる。  「インフェルノフレアー!」  「ブリザードバリア!!」  たちまち炎と氷がぶつかり合う。だが、広志は逃げない。激しい闘志をむき出しに叫ぶ。 ------負けるもんか、負けてたまるか、ネイアスは命を犠牲にしてでも次世代のために戦ったんだ…!!  「ハァッ!!」  「何!?」  広志の気合の声と同時にたちまち炎は氷によってかき消されていく。  「こんなものか…!!」  「貴様…!!」  「これは、ネイアスの分だ!」  広志の氷の剣が素早くルシーズの足元を拘束する。美紅は広志の異変にすぐに気がつく。 ------LIMITEDの副作用が抑えられている…!?どうして…!!  「あいつの強い精神力がLIMITEDの人格支配障害を封じ込めているんだ…!!」  「小津君…!」  「僕らにはヒロの全身全霊には追いつかない…!!」  「次はオーブの人たちの分だ!」  広志の攻撃は次々と間髪なく確実だ。真空の刃が容赦なくルシーズにダメージを与える。そうなるとルシーズは息つく暇すらない。確実にダメージを食らっている。 -------こうなったら、翼の力で…!!  「この勝負、次回におあずけよ!!」  「絶対に逃がすか!」  ルシーズが逃げようとしているのを見抜くと広志は両腕からチェーンを飛ばして動きを止め、高電圧電流を流す。悲鳴を上げるルシーズ。  「グァァァァァァ…!!」  「この輝きは貴様がこの世で見る最後の光だ、喰らえ、お前たちのくだらない野望の犠牲者達の怒りを!オーバーロードトップギア、30%開放!」  「離せ…!!」  「ファイナルオーラバースト!!」  エクスカリバーにエネルギーを流し込んでいくと動けないルシーズめがけてファイナルオーラバーストでむかいざまに切り捨てる。たちまち反物質の光がルシーズを消し去っていく。LIMITEDだけでも凄まじい破壊力だが、オーバーロードトップギアが加わると確実性が高まる。  断末魔の悲鳴を上げて消えていくルシーズ。厳しい声で言い放つ広志。  「地獄で幾多の人々の命を奪った罪を償ってからこの世に戻るがいい…!!テックセット解除!」  「ヒロ…、ネイアスが、ネイアスが…!!」  「美紅、今向かう!!」  「勝ったか…!」  「ネイアス将軍、気を確かに!まだ希望はあるはずです!!」  クルトたちのもとに駆け寄る広志。  ネイアスはもはや虫の息に等しい状況だ。美紅がすべてを悟り話しかける。  「あなたは最初から死を覚悟で…!!」  「私には時間がない…。これを受け取ってくれ…」  「これは…!!」  「お前の父、高野圭介が私に託してくれた手甲だ…。きっとなにか役に立つはずだ…。氷の剣とともにお前に託そう…」  「これはあのセルゲイの愛用していた手甲だ…!!」  「そして、王子様達を私に代わって見届けてくれ…。必ず私を超えるはずだ…」  戸惑いの表情のクルトに広志は厳しい表情だ。  「兄上…、なぜあんな無茶を…!私に命じていただければよかったのに…」  「愚かなことを言うな、愛する弟に死ねという兄がいるか…。また一人で抱え込んでマルスを悲しませるのか…」  ギャラガはネイアスに言われて泣き崩れる。  「未来を守れて良かった…」  「まだネイアスにだって光はあるじゃないか!まだまだ教えてもらいたいことがあるのに…」  レオンが泣き叫ぶ。だがネイアスの声は途切れ出す。  「君の課題は明確、実直な経験で王道の道を歩みなさい。経験が君を真の武将に導くでしょう」  「どの時代にも、最強と言われたものは新たなる最強によって凌駕される…。だが、新たな最強の出現によって時代の舵を引き渡す宿命…。ですね…」  「知略を教える約束だったな…。だが、今の私はもはや無理だ…。仲間たちと共に修羅場をくぐり抜けて学びなさい…」  そう言うとネイアスはUSBメモリーを広志に手渡す。  「これを見て基本を学びなさい…。応用は戦場を駆けまわって学びなさい…。君には一国のリーダーとしての素質がある…」  「将軍…!!」  そして静かなほほ笑みを浮かべると広志に目を向ける。  「最後にこの世界を頼む…。我が魂を、我らが最後の希望…、君の手に……!!」  「将軍!」  「ネイアス!」  クルトたちの叫び声がする。広志は動揺して戸惑いを隠せない。  「しっかりして、ヒロ!」  6 風雲急を告げて  「ヒロ!」  「俺は、俺は…!」  ネイアスの死は広志に大きな動揺を与えていた。 -------もっと強くなっていたらこんな事にならずに済んだのに…!!俺は命を預かるものとして失格だ…!!  「なぜお前はそこまで自分の命を度外視してでも…!!」  「…!!」  輝に話しかけられても広志は沈黙を貫く。  「天下航空機の犠牲者の命を君は背負いこんで生きているんだろう…」  「背負いこんでいるんじゃない…。支えられているだけだ…」  「…」  「生き延びた俺ができること…。できることを俺はするだけだ…」  「ヒロ…!!」  「光介先生も凱先生ももっと多くの人たちを救いたかった筈…。俺のために…!!」 ------ヒロ…!!  闘いの先頭にたって激しく戦い、仲間たちの危機には守りぬく姿勢が何となく読めるような気がする。  「だけど、お前は生きなくちゃダメだ!みんながいるんだ!!」  「今までの彼は命の重みを分からずにがむしゃらに戦ってきたのだろう…。守りたいという一心で…」  「ユリアナ先生!」  美紅が驚く。ユリアナはヒロシから話を聞き、驚いて駆けつけたのだ。  「だが、苦しいと思う時には打ち明けることも強さの一つだ。今のお前はまだできないだろうが…」  「ネイアス…」  誰もいなくなった亡骸のある部屋に広志はいた。  「俺の事を許すというのか…!?」  ネイアスの顔に手を触れる。このあとネイアスは棺に収められ、別れのミサを京都のユリアナの修道院にて行った後荼毘に付され、故郷チトワンに葬られるのだ。  「辛かっただろうな…。今はただ、チトワンで静かに眠ってくれ…。俺はあなたの魂も引き継いでこの生命と引換にしてでもこの戦争を必ず止める…!!」  「重圧か…。お前の戦いぶりはクルトから聞いた」  「ユリアナ先生」  「クルトはお前の戦いぶりを『何かに怯えているかのようで無謀な戦いをしている』と言っていた。あの出生の事実からお前が変わっていったのだろう」  「怯えているだって!?」  広志はこの指摘に震える。  「辛いだろうな…。他人と全く異なる出生の秘密…。そして、あの悲劇…」  「見えていたのですか…」  「お前の苦悩する姿は私は話さない。だが、お前はいずれにせよこの事実と向かい合わねばならない」  「逃げられない事なんですね…」  「それと、お前の愛刀を見せてくれないか」  ユリアナは広志にエクスカリバーを見せるよう求める。広志は鞘から引き抜く。  「ほう…。かなり綺麗に使っているようだな…」  「俺は荒っぽく使って…!?」  「お前は澄んだ瞳を持っている。だが、その出生の事実を知ってお前は苦しみながら前に進んでいる。正統なる戦士の血がお前の中に流れている」  「俺は犠牲者を生み出したくない一心でテッカマンとしての宿命を受け入れました。その思いに揺るぎはありません。武器はあくまでも護民のための最低限の武装に過ぎません」  「だからこそ、強いのだ。生前ネイアスはお前の強さを認めていた。『過酷な人生に遭遇しても彼なら必ず超えていける』と語っていた」  「俺のことを怖くないと言うんですか…」  「私にとってはお前もクルトやオリエと同じだ。お前の母、高野みどりは私の教会の修道女だった。お前の緑色の瞳はみどりに似ている。彼女は済んだ瞳と優しい心の持ち主だった。そして国の英雄となった高野圭介に見出されて一緒になった。彼もあのような悲劇がなければ…!!」  「どういうことなんですか、父に何があったんですか!?」  美紅、クルト、オリエは広志を探していた。  「ヒロは一体どこに…!!」  「キメラ将軍がここに着いて話を聞きたいと望んでいるのに…」  「ヒ…!?」  「ヒロ君が泣いている…!!」  「彼が…、あの高野広志というのか…!!」  鋭い表情でギャラガに話す女性。ギャラガはすぐに応える。  「姉上、彼こそが兄上が希望…。そして、この世界すべての最後の希望…!!」  「ネイアスが命と引き替えにしてでも守ろうとした最後の希望か…」  「どうしたんだ、ヒロ…」  「いや、何でもない…。ユリアナ先生は俺のことを気遣ってくれた、それだけだよ」  「お前が高野広志か…。我が弟ネイアスが生前世話になった…」  「この方は!?」  「チトワンのキメラ将軍だ。お前の強さは末弟のギャラガから聞いている。生前のネイアスはお前の知略への貪欲なまでの吸収力を認めていた」 -------なぜヒロは泣いていたんだろう…!!  クルトは大きな疑問を感じていた。美紅ですらもだ。  「何をユリアナ先生と話していたの?」  「その事か…」  広志は美紅からの質問に目を閉じる。  「戦いについて気遣ってくれたんだ。それ以上のことはない」  「そう…。ヒロって、なにかキツいことがあってもあまり人に話そうとしないところあるじゃない…」  「仕方がないところもあるさ。重圧を交代しろといってもできるもんじゃない。国の世継ぎであるあいつらだって同じだ」  「あたしはずっとヒロと一緒に生活してきたから、分かる…。でも、ヒロが話しにくいというなら、聞かないわ…」  「分かった…。正直に言って、俺は聞いて今でも動揺している…。今はまだ言いたくはない…」  そう言うと広志は目を閉じる。  その頃、ユリアナは…。  「高野みどりよ…。あの悲劇を知ってもお前の息子は優しさと強さを備えている…。広志の親であることが羨ましい…」  教会の聖堂にて祈りを捧げると、部屋に戻る。 -------だが、このまま彼が戦うことは彼自身の命を滅することにもなりかねない…。武運を…!!  「ユリアナ様、ネイアスの別れのミサの予定は…」  「私が全てを取り仕切る。彼は地獄将軍という汚名をあえて背負い、チトワンの民やオーブの民を守りぬいた。地獄という名前は彼に相応しくはない。その汚名は私が晴らさねばならない。破邪将軍という諡(おくりな)をチトワンは与えたが、そのことを伝えねばなるまい」  「兄上のためにここまで尽くしていただき感謝申し上げます」  ギャラガがキメラとともに頭を下げる。その時だ。大男と華奢な美女が現れる。その大男の唇はなにかタラコのように分厚いがそれだけ腕もがっちりしている。  「我が戦友に会いにここに来ました」  「あなたは!?」  「オーブの王騎といいます。摎(ひょう)共々ここに来ました」  「同僚の李信から『早く別れのミサに出てネイアス将軍の魂を慰めてやってくれ』と頼まれて主人とともに来ました」  「生前我らが家族がお世話になりました」  「いや、この私こそネイアス将軍に様々な意味で助けられました。彼の愛するバラの花束を捧げることにしましょう」  その頃…。  「リラ、その話本当か!?」  「そうよ、この記事を見て!!」  リラが持ち込んできた図書館の新聞の縮刷版の記事を見てドン・ドルネロは驚いた。知り合いの柴田竹虎の頼みで新聞の情報検索に加わった際になんとなく調べた結果、広志の父親と思しき人物の悲劇が見えてきたのだ。  「この高野圭介が宇宙飛行士で、イムソムニアの前身の秘密結社・ゴアのテロによって…」  「しかも、小坂一也という同僚がその一員だったなんて…。過酷すぎるわよ…」  「要するに、子供が出来ない体になってしまった事なんだね…」  「リラもギエンも喋るんじゃねぇよ、こいつの事は誰にもな。『赤いホワイトデー』はもちろん宇宙ステーション2号機の話題は禁句だぜ。絶対にな」  「もちろんよ。ドルネロ」  「僕も喋らない。だけど、問題はシバトラだ」  「あたしがしっかり口止めしておいたけど、どこから漏れるかわからないわ」  「同感だぜ、こいつは渡にも竜也坊にも喋れねぇ…」  ドルネロは苦い表情で言う、日本に移住し国籍を取得した際に協力してくれたのはあの浅見渡である。かつて渡は親の力に頼らずに一人の力で行きていこうと頑張っていた。その独立の心は竜也にも受け継がれた。  「ガロードには知らせる?」  「勧められねぇ…。あいつは戦争で父母を失い俺が養父になったばかりじゃねぇか。戦争の犠牲者の話をまともに受け止められるかよ」  その翌日…。  「そうでしたか…」  王騎が広志の前で頭を下げる。  「王騎将軍にはこの場にご参列いただき感謝申し上げます」  「かの男はオーブで屈指の軍師でした。剣術も優れていました。彼を失ったチトワンに哀悼の念を示します」  「このUSBメモリーに覚えはありますか」  「ありますよ。私が彼に渡したもので、東西各国の軍略に関して全て記述したものです。彼はそれをひとつ残らず覚えていて、そこから応用していました」  「僕は生前のネイアス先生から学んでいました」  「あの頑固者があなたを弟子にしたのですか…。面白い、ネイアスが伝えられなかったことはこの私が京都滞在中に全て叩き込みましょう」  「本当ですか!?」  「ええ、私も挑戦できます。君たちも参加しますか」  広志のほかにもクルト、オリエ、マリウス、キラがいた。  「喜んで。すでにこのUSBメモリーはコピーしています。後は頭に暗記します」  「ムフフ…、君の頭の良さは天下一ですね…」   7 今すぐ手に入れたいものは 直線上にはなくて  「あの時のヒロは何もかも背追い込んでいたような印象だったな…」  「魁」  「俺も分かったさ。ただ、あんな過酷な出生の秘密じゃ話せないとも思ったよ」  「それを言うなら、戦乱で命を落とした人たちは何だって思ったからだ。彼らが最後に俺に託した希望はどこに行くのかってな…」  「お前は相変わらずの闘争心の持ち主だな」  眞也は驚きの表情を隠せない。  「あなたと出会う前から、ヒロ君はヒロ君だった…。何もかも失い、それでも他人のために我が身を投げ出す人相手じゃどんな奴でも負ける。そんなヒロ君にあなたは希望を…」  「凪の言うとおりだ。俺は自分の戦いに疑問を感じて戸惑っていた。怖さすらあった。だけどこいつはそれ以上の苦悩を抱えて戦っていた」  試合は引き分けに終わった。広志は全員と握手を交わす。  「最高のゲームだった…。ACミランが資金難っていうのが残念だ」  「あの後またしても…」  「奴らが攻めてきた。さすがに京都近郊は完全に守備範囲なので舞鶴港から攻めかかろうとしていた」  「その時だったよね、ヒロとシンくんたちがコンビを組んで戦ったのは…」  テレビ画面では関西タイガーズの実況中継が流れている。甲子園ドームにいよいよ覆面クローザー・「Mr.ルーキー」がマウンドに登る。素性は全く分からないが豪速球のストレートとカーブを武器にパンアジアリーグ制覇に貢献した投手である。  「あいつ、やるな…」  「溝呂木さん、知っているんですか」  「あいつの正体は知っている。普通のサラリーマンで会社の経営陣の承諾を得てタイガーズとアマチュア契約を交している。普通の家族を持っていて、俺の後輩だ。普段はドルネロの経営するビール会社でビール事業本部企画開発部の一員として精力的に量販店の拡販活動をこなしているんだ。それで、甲子園ドームだけでしか投げられない」  そう言うと写真を取り出す眞也。そこには「Mr.ルーキー As 大原幸嗣 No.19」と書かれている。美涼と大原の一人息子の俊介(10歳)は年は離れているが仲良しである。  「ヒロさん、あなたは…」  「人間の作り出す技術に絶対というものはない。俺はLIMITEDを使い続けてその副作用としてテロメアの消耗に苦しむことになってしまったからよく分かるさ。君の研究が純粋に人々を喜ばせるものであって欲しい。俺はそれだけを望んでいるさ」  敦子に優しい笑みを浮かべると広志は目を閉じる。  「赤いホワイトデー…か」  10年前の高円寺の交番で背の小さな男が独り言をつぶやく。  「どうしたの、虎ちゃん」  「いや、何でもないや」  宝生美月(15歳)に尋ねられて柴田竹虎(通称:シバトラ、警察官)は慌てて口をふさぐ。 -------彼は出生の事実を知って更に苦しみ、更に前に前にのめり込むように戦い続ける…!実の父親以上に…!!  赤いホワイトデーとは同僚の高野圭介によって宇宙開発に関する不正を暴かれた小坂一也が宇宙ステーション2号機の非常脱出ポットに爆薬を仕掛け、圭介の爆殺を目論んだ計画だった。だが、圭介は負傷を負っただけで済んだ。その負傷の箇所が下腹部だけだったのだが、圭介は子供が出来ない体になってしまった。 -------気になるのは残された小坂の妻子…!一也は自殺したが、一体どこに行ったのか…!!  「虎ちゃん、あたしを引き取るって本気なの?」  「うん。君の家庭を僕は知っているからね。君はお父さんになついていたじゃないか。母親に今更引き取られるなんて戸惑うでしょ」  「そうだよ、あいつは今頃泥棒猫のようにしゃしゃり出て母親を装うんだから腹がたったよ」  「君を守る。絶対に守る!」  その時だ。メガネをかけた男が入ってくる。  「円城寺署長!」  「ほう、美月ちゃんか」  「またここに来ちゃいました。虎ちゃんに差し入れで」  「君の差し入れはうまい。署員から好評だよ」  円城寺正義はニコニコと笑う。エリートクラスの警察官だがちっともそんな素振りを見せない気さくさだ。  その頃、京都・舞鶴港では…!!  「クッ…、早くあいつらが来てくれば助かるぜ…!!」  ソルテッカマンフォビドゥン(シャニ・アンドラス)がボヤく。イムソムニアのテッカマンガルバトロン、テッカマンプルートゥの攻撃に手を焼かされているのだ。ソルテッカマンブリッツ(ニコル)が素早く突っ込む。  「文句を言っても何も始まりませんよ、シャニさん!!」  「分かってらぁ!!」  「人形がここまで手を焼かせるとは…!!」  「舐めるんじゃねぇ!お前ら侵略者に俺達オーブ人が負けてたまるかってんだよ!!」  プルートゥにフォビドゥンが言い返す。ブリッツも続く。  「人々を恐怖で支配しようとする限り僕達は絶対に負けません!!」  「ムフフ…、あなたの実力、しっかり見せてもらいましょう…」  広志は王騎に送り出される。  この1週間で広志は徹底的に策略を叩きこまれた。そして王騎相手の将棋でも完勝を収めるほどになった。  「やりますよ…、テッカマンチーム総力で、イムソムニアを完膚なきまでに打ちのめします…」  「君はその時その時にすべてを注ぎ込む傾向があります。でも、今回は敢えて出だしは七割の力で戦いなさい。シン、イサミ、洋平、愛の四人があなたとともに戦います」  「四人の命を預かる責任者としては…」  「そこであなたはまだまだなんです。自分のことばかりにとらわれてしまっているのですよ」  「そうだぜ、いつもヒロは一人で抱え込んでしまう癖があるぜ。うまく取り繕ってしまってその結果失敗するんだ」  洋平が広志に言う。  「今回は俺もいます。ヒロさん、俺達はヒロさんがオーブのために戦っていることを知っています。俺はそんなあなたの盾になろうと決めました」  「そんなことはダメだ!シンは自分らしく生きろ!!」  「若き戦士、あなたには人望がありますよ。安心してあなたの戦いを見届けましょう」  「あらん限りの全力を尽くします!行くぞ、みんな!!」  広志の声と同時に四人が頷く。広志は上着を魁に預けると海に向けてネオクリスタルを取り出すと構える。 -------待っていろ…、キアス・ベアード…、今すぐお前を止める…!!  「彼はまさしくオーブの盾になりましたね、騰」  「はい、将軍のおっしゃるように」  イラン出身の騰忠彦がにこりと笑う。  「この野郎!」  シャニが怒りを見せながら這い上がる。  プルートゥ相手に果敢に戦っているのだが、プルートゥには何も利かない。かえって遊ばれているのだ。  「面白くないな、人形。アトランティスを呼べ」  「あいつらが来るまでは俺達が相手だ…!!」  「シャニさんの言うとおりです…。僕も負けられません…」  ニコルも執念で這い上がる。ガルバトロンは感心しきっている。  「小娘め…、ここまで私の手を焼かせるとは…」  「戦場じゃ男も女も関係ありません!僕はあなたを倒す!!」  「おい、プルートゥ、ボルテッカで片付けてしまおう!」  「了解!」  その瞬間だ、5つの煌く星が急スピードでたどり着く。その先頭に立つのはアトランティスだ。  「ガルバトロン、プルートゥ!!」  「アトランティスめ、ようやく来たか…」  「イサミはソルテッカマンチームを安全な場所へ!愛はラダム兵を頼む!」  「俺は洋さんとプルートゥを引き受けます!ヒロさんはガルバトロンを!!」  「分かった!俺は最初からフルスロットルで行く!!何かあったら頼むぞ!!」  広志は叫ぶと禁断の世界に突っ込む決断を下す。ホーネッツがソルテッカマンチームを安全な場所に誘導していくのを見届けると目を閉じる。脳裏にガラスが浮かぶと内部から砕け散るかのように割れていく。  「LIMITED、発動!!」 ------この禁断の技術を使ってでも守りたい世界が俺にはあるんだ…!!  体中に凄まじい火花が走るかのようだ。不快感すら通り越している。漲る力を感じながら剣を取る広志。  「ヒロさん!」  「ウォォォォォォォ…!!」  雰囲気がガラリと変わったかのように声から激しさすら感じられる。洋平はシンに言う。  「あいつは本気で俺達を守ろうとしている…!この前のネイアスの悲劇を繰り返したくないからフルスロットルで動いたんだ…!!」  「行きますよ、俺達もヒロさんに負けないように。そして、ヒロさんの盾となりましょう」  「行くぜ、最悪の死神!!」  「お前達の執念には頭がさがるな」  「俺達はヒロさんに頼ってはいられないんだ!」  そう叫ぶと洋平はまっさきにプルートゥに突っ込んでいく。  「よーへー!!」  「気を抜くな、ラブ公!!」  「私たちはラダム兵相手よ!!」  フリッツとフォビドゥンを安全な場所へ誘導したイサミが年上の愛を戒める。その頃、広志対ガルバトロンの激闘が始まっていた。  「お前はそこまでして戦いたいのか!?」  「何もかも失った者の痛みはお前にわかるまい!」  剣から放たれた火花が四方八方に散る。  「憎悪が更なる憎悪と悲劇を招く!俺はこの生命を引換にしてでも、汚名を背負ってでも、憎悪と悲劇を断ち切る光になってお前達を止めてみせる!!」  「だったら我らを止めてみろ!!」  「この手で止めてみせるさ!!」  「まずい、あいつがまたしてもLIMITEDを使っている!!」  輝は広志の異変をすぐに察知した。  「そうなると本気で勝利を目指している証拠…!でも、どうしてそこまで勝利に…!!」  「あいつはこれ以上失うことを恐れている…!」  「輝、なぜあいつがあすこまで戦わなくちゃいけないんだ…!!」  鋭い目付きの男が言う。四宮一族の長男で大物政治家の末娘の夫でもある名外科医・中田魁だ。  「魁兄ぃ、あいつの両親はあの事故で…!!」  「分かった…。あいつはきっと生き残ったものの責務として戦っているのかもな…。だが、このままじゃ危ない」  「だけど、俺達は俺達にできる戦いをするまでだ…、綾乃さん、行くぞ!!」  「はい!!」  綾乃は輝、中田と一緒に立ち上がる。これから自分たちに待ち受けるのは多くの患者たちだ。広志たちはそんな患者を増やさないために激しく戦っているのだ。  「何かできることがあれば手伝うが」  「すみません、じゃあ患者さんの誘導をお願いできますか、パタリロ様」  「任せるがいい。私にできることがあればやるまでだ」  「よーへー!!」  「ラブ公はヒロさんを!イサミは俺達の元へ!!」  「分かったわ!!」  愛は広志のもとに駆けつける。  ラダム兵は完全に倒した。こうなればガルバトロン、プルートゥだけだ。だが両者は完全なる強敵だ。  「ヒロ!」  「すまん…、俺は暴走覚悟で戦う…!何かあったら俺を殺してでも止めろ!!」  「ファイナルオーラバーストもボルテッカも使えば周辺に大きな影響を与えてしまう…。どうすればいいのよ!?」  「答えはただひとつ、これしかないんだ!!」  ガルバトロンに突っ込んでいく広志。剣で反撃するガルバトロン。  「ボルテッカで片付ける予定が貴様の闖入で台無しになるとは…!!」  「お前達はそこまでしてこの国を、この世界を…!!」  広志の声に怒りが感じられる。アトランティスの額が輝きを増している。それと同時にアトランティスの動きが加速する。洋平が驚愕する。  「貴様を倒す…!絶対に倒す…!!」  「ヤバい!ブレイカーモードに突入しやがった!!ラブ公、出来るだけヒロのナビゲートを頼む!!」  「分かったわ!!」  「ヒロ…!!」  恭介は広志の戦いに震えている。 ------あいつは命を削ってでも戦っている…!!  「負けるもんか、負けるもんか!」  「ヒロ君、あんな辛い過去を背負いながらもひたむきに生きているの何故…」  「あいつに俺だって聞きたいさ、辻脇。アイツを突き動かしているのは責任感だけじゃない…!!」  「ヒロ、右よ!」  「どりゃあっ!!」  素早く広志のエクスカリバーがガルバトロンに的中する。愛のナビゲーターは正確無比この上ない。エクスカリバーを左右に使いこなしながらガルバトロンを追い詰める。  「こいつ、執念で…!!」  「残念だったな…、こいつはブレイカーモードになったら相手がぶっ倒れるまでとことん食いつくんだぜ」  シャニが皮肉たっぷりに言う。  「まずいぞ、退却だ!」  「逃がすか!!」  広志は素早く肩のボルテッカ放出口を開放させる。瞳と額が凄まじい光を放ち、光の渦が放出口に集約されていく。咆哮が大地に響き渡る。  「ボルテッカ!!」  ボルテッカはガルバトロンとプルートゥを飲み込んでいく。そしてラダム獣までもが次々と消えて行く。  「やったか…」  「ヒロ、正気に戻ったのか!?」  「何があったんだ…」  戸惑う広志。だが光の渦から二人の悪魔が出てくる。  「クソッ…、成長しているな、若きテッカマンめ…、今回の戦いはここまでだ!」  「待て!!」  シンが追いかけようとする。だが、悪魔どもは素早く消えていく。広志は悔しさのあまり拳を握り締める。  「ヒロ…!!」  「俺がもう少し、ブレイカーモードに飲まれることなくもっと強ければ…!!」  「そんなことはないじゃないか!!」  洋平が広志に言う。だが広志は言う。  「奴らを撃退しても、同じ悪夢は奴らによって続く。悪夢の連鎖を絶たなければ問題は解決できないじゃないか」 8 誰もが欲しがる  「兄上、すみません!俺がプルートゥを倒せる後もう少しまでいっていたのに力不足で…!!」  シンがキラの前で頭を下げる。  「いいんだよ、シン。君が頑張っていることはここにいるみんなが分かっているんだ」  「むしろ責められるべきはこの俺だ…。LIMITEDを全開にして戦ったのにもかかわらず後少しで奴らを逃してしまった…!!」  「ヒロ…!!」  広志がキラに続いてシンを慰める。  「君を見てくると、自分を過剰に責めているような気がするんだ」  「クルト…」  「私もクルト皇子の意見に賛成だな。君は何もかも背負って全てを守ろうとしている」  「誰もが平和な世の中を欲しがるじゃないですか。それなら俺にできることをするまでです」  「そこが問題だ。パタリロ王太子は不安視していたぞ。真東という医師の不安そうな表情から君の戦い方が自分を追い詰めているということを」  「…」  「少し休もうか、外に茶屋がある」  「いらっしゃいませ」  今津の家の前に古民家がある。  その古民家に「落窪亭」という看板がかかっている。今津博堂の知り合いの末娘の源幸恵が婚約者の藤原道頼、姉分の源晴海、その夫の惟成(これなり)、道頼の親戚の源資親と幸恵の姉で婚約者の志保と一緒に立ち上げた茶屋である。  「抹茶を頼む。和菓子は君のセンスに委ねよう」  「では、杏仁豆腐で」  「そうしてくれ」  アーサー・ウィリアムは即答すると戸惑う広志に言う。  「君は成果を出さねばならない立場なのは私もよく分かる。だが、相手はそれ以上に強い。君は焦りすぎだ」  「でも、誰かがやらないと出来ませんよ。俺はそんな宿命を背負ったんだと…」  「そこなんだな…。君はネイアス将軍の死でかなり追い詰められている」  「俺は自分にできることをするだけさ、クルト」  広志は決して揺るがない答えを返す。  「俺を水晶占いで見るとしたらどうするんだ」  「大きな太陽…。そこにみんなが引き寄せられているわ…。あたしも、クルトも、アンお姉さまも、マリウスお兄さまやレオンも…」  「恥ずかしいや、太陽なんてとてもとても」  「でも、言い得て妙だぜ。太陽って例えは」  「叶…」  「その太陽が剣を取ればそれこそあたしたちも顔負けの鬼になるわ。メドゥーサお姉さまも…」  その夜…。  「そうか、高校を卒業したらオランダのアヤックスに加入することでまとまったのか…」  「ああ…。この前の高校選手権で優勝しただろ、その時にアヤックスのスカウトが来ていたんだってさ」  「あの名門が叶を誘うなんて納得だ。シュートが鋭いからね」  「U-18日本代表に加わる事になったジェフとロドリゴからも『行った方がいい』と言われたのもある。だけどあくまでも高校でみんなと一緒にやってからだ」  「エゴの塊じゃサッカーは出来ないもんな」  「ああ…。俺はお前に負けないくらいデカい人間になって、日本代表として世界を驚かせる夢がある。お前はすでに柔道で日本代表になり、テッカマンとして今戦っている。お前には必ず追いついてみせる!」  恭介は広志と麦茶を手に語り合う。  「お前はすでに選手としては一流だよ。後は経験だけだと思うけど、俺は既に負けている。せめて、人として輝きたいと思うだけだ」  「アヤックス・アムステムダムに行くのは本当なの?」  「ああ…。でも、久住には話していないが高校を卒業してからだ。後2年、ジェフやロドリゴと一緒にU-18日本代表で世界を驚かせたい。監督も納得してくれたんだ」  「辻脇は知っていたのか?」  広志は美紀に聞く。  「その席に私も立ち会っていたから知っていたわ。高校卒業後という条件は…」  「あれは俺のわがままだ。それ以外の条件はすべてアヤックスのものを呑むと決めたんだ」  「そうなのね…」  「俺と高野は同じオヤジの名前を持つ…。世界に飛び出した後、どちらが人として大きな器になっているか俺はそちらが楽しみだ」  そして現在の渋谷…。  「今度フランス代表とやるだろう?その際に叶兄弟は選ばれるのか?」  「大丈夫よ。すでに二人共参加したい意思を伝えてクラブ側も了解したって。最終予選はクラブをできるだけ優先しているのが今の日本代表よ」  「アジア最終予選はある意味リザーブだからね…」  「ひどいぜ、ヒロ」  魁が思わず文句を言う。だが、広志は落ち着きを見せる。  「ヨーロッパのクラブチームはそれこそ毎週がハードだ。ましてや二人が所属するチームはチャンピオンリーグにも出ている。タフじゃないと務まらないさ。ロドリゴだってFCポルトで活躍していて大変なんだ。本人は日本代表を優先したいって思っているけどクラブチームが拒否しているのが現実さ。ただ、リザーブだって最近カメルーンからの国籍取得者が増えてきていて、侮れない。すでにイギリスのアーセナルに二人移籍しているからね」  「二人共ヒロ君に会いたいって話していたわ。時間の調整はできる?」  「堂本さん、それは問題なくやりますよ。おそらく川崎のGINの寮で行うことになるでしょうね」  「結局、お前とその叶って男、どっちが器が大きい人間になったんだ?」  「溝呂木さん、俺には判りかねますよ。それは人それぞれの経験があるわけですよ。でも、叶は俺の想像した以上に大きい怪物になっていることはたしかでしょうね」  「そうとも言えないわね。うちの人は『ヒロは出生の秘密や多くの重圧に苦しみながら前へと突き進んだ。器の大きな人間とは彼のことで、ああいつかはなりたいものだ』と話していたわね。私も同感よ、多くの試練を乗り越えて弱者とともに戦える大きな器の人になった感じね」  美紀が広志に言う。  「それは褒めすぎというものだ、俺はそんな器じゃないさ。若輩者が何も知らずに突っ走った結果こんな事になっただけだ。加賀美さんとても可能性があるんだから。でなかったら、早稲田大学理工学部に通っていないわけがない」  「ヒロさん…」  その頃、川崎のヴァルハラ川崎総合病院では…。  「治療の結果、IPS細胞は正常に機能していますね」  「じゃあ、退院ということで…」  「ええ、来週なら問題ないでしょう。リハビリも順調に進んでいますからね」  久坂春男は涼し気な表情で言うと巨漢の男に目を向ける。  「まさか、あなたがこのプロジェクトに出資してくれるとは…」  「俺は武器よりは医療に力を入れるのが趣味でな…。それだけ金儲けになるが、今回は実験だ。時間がかかるだろうがオメェなら安心できるからな。俺の良きライバルの苦境を放置するのは野暮じゃねぇか」  「小児がんは一概にこうだと断定できません。母や真東院長、後沢副院長が応援してくれなかったら失敗していましたよ。父が前日アドバイスをしてくれなかったら恐ろしかったですよ…」  「オメェ、何を言うんだ。オメェの親父の血が最後にこの手術を成功させたんだよ。側葉部大脳の回復はこれで成功だ」  大貫浩介はホッとした表情だ。養女のパコ(八重子)は両親を交通事故で失い自身も側頭部大脳を失うダメージを受けていた。その事に心を痛めたシュナイゼル・エル・ブリタニアは大貫に養子縁組を頼み、大貫は二つ返事で引き受けた。大貫は横浜市に本社を置くルワールという化学大手の大企業を率いる社長である。最近では多角化経営も凄まじく、化粧品メーカーと食品メーカーに加え、不動産会社や建設会社、マンション会社を持つ同業他社と合併したり、会社更生法を申請した大手小売業やリゾート運営会社のスポンサーになるなどして躍進していた。  「だけど、この技術は発達する事はいいんでしょうか」  「俺もその点では同感だぜ。安易な復活治療になってしまう。人の命は金では買えねぇんだよ」  「そうだな…。でも、この子はこれからの時代の子供だ、だから助けたかった…」  春男はあのケビン・ゼッターランド久坂の長男で、妻は真東綾乃の妹・時乃だ。その関係もあり、春男は義理の兄、輝からみっちりしごかれている。母親のルイーザは小児科医でもあり、春男が小児がんに精通しているのはその影響が大きい。 9 究極の獣道  話を再び10年前に戻す。  「ニルス様、スウェーデンからの支援は…」  「これはあくまでも私一人の義勇軍であり、これ以上巻き込むことはホルゲセン王朝の筋が許されないさ。本来なら君達は戦火に飛び込んではいけない立場だろう。私のために死ぬ部下はいないが、私は部下のために命を投げ出す覚悟はある。溺れていた兵士を冬の海に飛び込んで救ってそれが原因で亡くなったロシアのピョートル大帝のようにな」  ほのかに即答するニルス。  京都攻防戦も落ち着きを見せつつある。京都全域に加えて、すでに神戸・大阪は奪還した。三重、和歌山と岡山だけが待ち受けている。すっかり緑茶を好むようになったニルスだった。  「私はヒロがあんなに戦っているのに自分はなにもしないでいいという事に我慢ができなくて加わったんです。すでに私もこの手を血で汚していますから…」  「傍観者じゃ嫌だということか」  「ええ。でもあなたも完全に馴染みましたね」  「当然だな。みんなの癖もある程度見えてきたら応じやすくなる。クルトが君達と顔見知りというのも大きい」  その時だ。なぎさがびっくりした表情で入ってくる。  「ニルスにスウェーデンの人たちが手助けに来たって!早く来て!!」  「本当か!?」  戸惑うニルスにクルトが集団を率いて入ってくる。  「ニルス兄様、ここまで来られて驚きだよ」  「王太子殿下、あなたの苦境を知り、我ら一同も義勇兵として加わります!」  「君達は戦争の現実を分かっていない!私は君達をそんな現実から守るために単独で戦っているにすぎないんだ。そんな私でいいというのか!?」  「ニルス…」  「我らはチトワンから戻ってきた殿下を見て驚きました。わんぱくな性格が一変して徳と優しさを備えた知将にまでたどり着こうとは…」  「アンの存在が大きかったんだ。だから、わがままを通して婚約することになったんだ。チトワンで私は多くの人達と出会った。メドゥーサ公の教えを受け継いだ以上、そのチトワンの人達がオーブのために戦うなら私も戦うのが筋だ。配慮深い我が相棒も戦うと決めた以上私も戦わねばな」  「なるほどな、ゴルゴよ、殿下の動機は納得した」  ゴルゴ・ケブネカイセに言うのはレックス・ヨハンセン、スウェーデン軍の名参謀と後に言われる策士である。二人は三十年戦争で両親を失い、ケブネカイセ軍人学校の校長になった女将軍・アッカの養子になった。  「でも、レックスが加わってくれて助かる。その知恵で犠牲者を減らすことができる」  「戦争の被害者は弱者、故に弱者を守らない兵士は単なるテロリストに等しいんです。我が策はあくまでも犠牲者を減らすためでありそのための汚名なら喜んで受け入れましょう」  「その覚悟、支えるからな。究極の獣道に踏み込むのはお前だけじゃないさ」  「まるであたしにとってのエヴァにそっくりね…」  ラッセがレックスに言ったことに反応するオリエ。今回の義勇軍は男女混合軍というべきものである。ラッセが出軍を決めた際に婚約者のスイリーも即座に同行を希望した。オリエにはエヴァという元盗賊で補佐官がいる。キメラ三兄弟はその流れをくむ部下たちだったのだ。だが、オリエを生んだ後に盗みに入った彼らをメドゥーサが捕まえたために彼らはチトワン王朝に仕える身になった。  「忠臣というべきか、仲間といえるかは私には分からない。だがモルテンは私の言わば半身に等しい存在だ。ダンフィンと一緒になると決まった際にはうれしさを覚えたさ」  「殿下…」  涙を見せるモルテン。配慮深い性格はこの戦場でも忘れたことはないのに尊敬の念すら湧いている。  「モルテンの温厚さと情熱的な性格が私をここまで導いてくれた。感謝するのは私の方だ、我が半身にして我が友よ」  「良かったな、モルテンよ。お前の苦労が実っただろう」  男泣きにむせるモルテンに声をかけるグンナー将軍。生真面目な性格ゆえに頑固でニルスに厳しい声をかけてきたがその責任感は強くニルスも一目置いている。  「私はこうなった以上、あなた方の命を背負う責任がある。レックスの失態は私の失態として受け入れる!グンナーの失態も私の失態、イングリット夫人の失態も我が失態としてだ!あなた方を全力で守る!!」  「殿下…!!」  一同が頭を下げる。ニルスはひとりひとりに握手を求める。  「この国でも次世代を担う若者が出てきている。全員で全力を尽くしてこの国を守りぬこう。そして、全員で笑ってスウェーデンに戻ろう。この場で約束しよう」  「幼かった頃の王子とは全く違います…」  「私は変わらないさ。だが、君達の忠義には応えねばならぬ立場がある。それだけさ。人の上に立つ以上、部下のために命を投げ出すことが真の指導者なのだ…」  その2日後、チトワンでは…。  「いってらっしゃい、お父様にお母様」  「お前も連れていきたかったが私の代行を務める関係上難しい。すまない」  「マリウスお兄さまやオリエ、クルトによろしく伝えてくれれば…」  エルザ王女が父・グリフィスと母・メドゥーサと抱きあう。  「奇跡の青年はネイアスの死を自分の責任と責めているようだが、そうしたことは戦争の中で多々あること。ネイアスはそのことを承知で戦い、オーブとチトワンの民のためにその尊い生命を捧げた。彼が責任に感じることはないと伝えてやらねば…」  「お前もチトワンの戦乙女と言われたからな…」  二人は車に乗り込む。これから金沢駅まで向かい、特急の個室で京都まで向かう。  「ウォォォォォォ…!!」  その翌日…。  和歌山での戦いに乗り込んだのは広志だ。スウェーデン義勇兵部隊やスナイパーチームが加わったのは大きい。  「菊池さん、スナイパーチームは大丈夫なんですか!?」  「全員無傷だ!お前の活躍に燃えてくるぜ!!」  「分かりました!サイドから切り込みましょう!!」  広志の声に菊池は頷くとチームに檄を飛ばす。わずか3日間で和歌山地域を落とさねばならない。2日でほとんどは奪還した、残りは政治の中心部だ。 -------俺達は一刻も早く人々を戦乱から開放しなければ…!!  「おい野郎ども、真っ向からぶつかるぞ!全員で生きて笑って京都に戻るぞ!!」   「行くぞ、スウェーデン義勇隊!!」  菊池の声にニルス王太子は抜刀する。アン・オリエ、マリウス、シルヴァーナが頷くとそれぞれの武器を取り出す。  広志はラダム兵を次々と打ち崩す。  「この愛する大地を、俺は守る!命を賭してでも!!」  「ラダム兵は撃退、和歌山は奪還完了と…」  「いや、まだ。岡山が残っている。それに、イムソムニアは海上の制空権を握っている。奴らの動きを完全に止めることは無理だ」  「まるで頭痛を治そうとして頭を刈り取るようなものね…」  和歌山を奪還した広志たちだ。  パトリック・ザラが京都臨時政府から駆けつけ、政治面で支援を行なっていた。イムソムニアによりオーブは混乱のどん底にあったのだ。三重では洋平、愛、イサミが中心になって奪還を果たしたがその際にはアズラエルが駆けつけて支援を行なっていた。電話に出ていたパトリックが広志に声をかける。  「後のことは我々に任せてくれ」  「ザラ先生」  「君に来客がいる。早く京都に戻ってくれないか」  「分かりました」  パトリックの一声に広志は動き出す。道路規制が未だに継続されているが後もう少しで解除されるだろう。菊池も説得に入る。  「後なにかあったら俺らスナイパーチームが対処する。お前は早く帰って休んだほうがいい。この3日間で和歌山地域を奪還しようと不休不眠に等しい戦いぶりだったからな」  「私達も一応戻ろう。そのほうがいいようだ」  「ようやく戻ってきたか…」  「道路の復旧が進んでいる証拠よ、お母さん」  オリエはメドゥーサに話しかける。  「彼らが降りてきたぞ。相当疲れているだろう、食事の準備をしないとな」  「大丈夫、あたしが動きます」  「マユちゃん」  「ヒロさんにしても美紅さんにしても、自ら危険な場所に赴いて戦ってくれているんです。あたしたちオーブの民はヒロさんのお陰で国を取り戻そうとしているんです」  そう言うとマユ・アスカは笑って台所に向かう。彼女もまたソルテッカマンチームの一員でソルテッカマンストライクとして戦っている。ストライクとステラガイアは息がぴったりの攻撃を見せるが、シンとのつながりが大きい。マリウス達を中心に広志が戻ってくる。グリフィス国王夫妻を見ると顔を青ざめる広志。  「父上に母上!」  「マリウス、久しぶりだな」  「まずはネイアス将軍のことでお詫び申し上げます。あんなことになってしまい、万死に値する罪、申し訳ありません!いかなる処分も甘んじて受ける覚悟です!!」  「ヒロ、そのことは…!!」  驚いてクルトが土下座する広志を止めようとする。  「いや、そうさせてくれ…」  「事情はキメラ将軍から聞いた。お前は優しすぎる」  「お前は周囲の人を気遣い過ぎる。オリエから話は聞いた」  「どういうことなのか…」  手を差し出して起こそうとするメドゥーサに戸惑いの表情を見せてクルトに広志は事情を聞こうとする。  「オリエ、あの話をしていい?」  「大丈夫よ、ヒロ君なら受け止められると思うから」  「あの話のことですね、母上」  「ああ…」  「私とエルザは母上と直接の血縁関係はない。だが、後妃として嫁いできた母上は私達を実の子ども同様に可愛がってくれた。そんな時だった…」  「私とグリフィスとの間に子供ができた。正直に言って私は恐れた、マリウスとエルザが邪魔者になって殺してしまうのではと恐れすら感じた」  「あなたがそんな…」  「だが、マリウスが私に生むべきだと説得した。エルザも同様に説得し、生まれたのがオリエじゃ」  「なるほど…。グリフィス王の瞳とあなたの美貌をそのまま…」  「ヒロ、オリエはどんどん似てきているね、メドゥーサ伯母様に。それに人懐っこい性格は温厚な性格のグリフィス伯父様に似ている。素敵になっているよ」  「クルトったら…」  思わずオリエが顔を赤らめる。クルトとのつながりが深いことを広志はよく分かっている。  「みんな、準備はできたわよ」  マユが声をかける。そこに戻ってきたのはシン、洋平、愛、イサミ。  「ヒロ…、疲れたぜ…」  「お前達も久しぶりだな」  「グリフィス様!」  イサミが驚いて頭を下げる。  「出生の秘密を知ってあたしは驚いたけど、お母さんの事が好きになったわ。そしてマリウス兄様やエルザ姉様も」  「そう言ってくれるだけでもありがたい。家族冥利につきる」  「父上、母上が嫁いできた際に私はこう言いました、『たとえ血で繋がっていなくても、父上が母上と決めた以上私にとっても母上です。これからは絆で家族を結んで行きましょう』と。今でもその思いは変わりません」  「マリウス様…」  「シルヴァーナも広志も我が子達に相変わらずよく尽くしてくれて嬉しく思いますよ」  「恐れ入ります」  広志は頭を下げる。シルヴァーナにいたっては震えてもいるがグリフィスが笑顔で手を差し出す。洋平は礼儀正しい広志に戸惑いを隠せない。  「よーへー、ヒロは柔道の黒帯だよ、礼儀をうるさく叩きこまれているんだよ」  「ラブ公…」  「いつもこんな調子か、彼は」  「そうとも言えないですね、チームの士気を高めるために檄を飛ばしたり、失敗した部下には慰めの言葉をかけたりしていますよ」  「いい仲間に恵まれてお前達が羨ましいな。私はセルゲイの教えを受けていた頃が戦士として充実していた頃だった」  洋平にメドゥーサは応える。  「2ヶ月前と出会った際より更に成長したな、お前は」  「俺は多くの仲間達に導かれてここにいるだけですよ。とてもとてもみんなと比べると三流の男としか言えませんよ」 ------俺こそみんなに恵まれているんだ…!俺がみんなに答えなくちゃダメだろ…!!  その責任感が広志を更なる試練の地獄へと導こうという事はその時点で誰もまだ気が付かなかったのだ…!!   10 咲き誇る幾百の華の命が生きる限り  「あなた…」  「10年前、俺は京都にいた。京都攻防戦に兵士として関わっていた…。その後国連に入って戦争のない時代を作ろうとやってきたがまさかあの狂人どもを管理する事になろうとは…」  ロンドン郊外の豪邸…。  エドガー・ラティゲは渋い表情で妻につぶやく。  「あなたがこの前GINの高野広志に謝罪文を出したのも…」  「ミキストリの責任者として示しをつけるべきだと思ったからだ。だが、奴らは私がどんな厳しいルールを定めても無視する。小坂直也を生み出したマッドサイエンティストどもを相手にしているようなものだ。あの時共闘した彼にこのような形で謝罪しなければならない俺は何なのか…」  「それなら納得だ。あんたがあの狂人どもに散々手を焼かされていることはあの文面から分かったぜ。うちのボスもそのことを把握した上で俺にイギリスに渡ってミキストリ牽制へのアイデアを出すよう頼んだんだぜ」  「一日とはいえ、すまない…」  「DA Bomb!問題ないぜ、こんな事で弱音を吐いていたらGINなんて務まらないぜ。何しろGINは元総理大臣やテッカマン、元検事に元右翼の大物など人材は豊富でね、油断も隙間もあったもんじゃない。競争が激しいんだぜ」  財前丈太郎はニヤリと笑うとミキストリの組織構成図を見ていた。  その頃、東京・田町では…。 -------歪んだ野望で人々の運命をねじ曲げる悪夢は俺が断じて繰り返さない…!!  広志は厳しい表情で1ヶ月前に購入したオフィスビルを眺める。  「オメェもあの小坂直也もマッドサイエンティストどもの犠牲者のようなものだったな…」  「複雑な思いですね…。俺はキアス・ベアードも、小坂も殺すことでしか救えなかった…。他にも選択肢はあったはずなのに…」  「オメェが自分を責めることなんかねぇ。オメェはよくやっているぜ」  小坂直也は母親のよしこと一緒に一也亡き後逃亡していた。そしてその中で一也を死に追いやった者たちへの復讐を誓い、殺人術から策略まで全てを教えこまれた。最後にその策術を実践すべく自分の身を犠牲にしたのがよしこだったのだ。そこに現れたマッドサイエンティスト3人、ザコン、風見博士、ジャコによって直也はイムソムニアに総帥として迎え入れられたのだった。  彼等の悪の教育によってさらに進化した直也はイムソムニアに加えてシャドーアライアンスを立ち上げた。イムソムニアの政治部門というべきもので、過激なまでの反米主義を掲げ、アメリカに虐げられていた多くの人々をイムソムニアに巻き込んでいった。ドルネロが声をかける。  「面接の時間だぜ、行こうか」  「ええ、行かねばなりませんね」  「最終面接が集団面接という形になりましたが、GINにはマニュアルはありません。最初に集団面接を行う場合もあればディベートを最初に持っていく場合もあります。それほど柔軟性を重視しているのです」  広志は集団に対して説明を行う。  陣内隆一がにこやかな表情で言う。  「GINの任務は公権力の過剰な行使を牽制し、場合によっては被害を受けた民衆を救う。そして加害者には法に則り適切に法的措置を下すんですわ。皆さん方に今回ひとつのケースを出し、議論した上で1時間以内に結論を出してもらいまひょ。図書館もこのビルの中にあるんですわ。使っていいですわ」  「質問です、インターネットの利用は大丈夫なんですか」  「それはダメや。インターネットは玉石混交の世界や。何が本物で何が偽物かを査定するには時間がかかるで」  「玄野計(くろの けい)」と書かれたプレートをみて陣内は即答する。  「なお、図書館への入室カードは私のものを貸す。代表二人が入室を認められる形を取り、その際には携帯電話の使用は認めない」  広志は計の才能を見抜いていた。普段は平凡な学生だが大学のゼミナールでは仲間たちを取りまとめ、ゼミナール外でもリーダーシップを発揮する能力の高さから陣内の後継者に据える意向を固めていた。「加藤勝(かとう まさる)」というプレートを掲げる190cmはあるであろう程の長身で、襟足の長いオールバックの男が広志に聞く。  「メモ用紙は用意されているんですか」  「大丈夫、私に話せば用意します」  「計ちゃん、じゃあ始めようか」  「ああ…」  「では、課題を出します。この事件に関して、あなた方はどのような判断を下すのか?1時間以内に議論をまとめて私に出してください」  「しかし、あいつらがGINに加入するなんて信じられないぜ」  その晩の巽家では…。  巽纏は広志・美紅と話をしている。  「驚かないわよ、あの子は正義感が強いけど、殺傷を好まない。ヒロ君に考えが似ているのよ」  「まあ、彼らにあのテストは優しかったと思います。でも、GINの任務はこんなもんじゃない…。過酷にして冷酷な判断も下さないといけませんよ」  「そういう意味じゃ険しい道なのよね…」  纏の妻であるつぐみが広志に言う。加藤の父親は纏の消防学校時代の教師だった人物で、纏の消防士としての考え方は彼の教えが非常に大きく影響している。  「歩君、大きく成長して今は大学生よ。ヒロ…」  「アメリカに移って俺はアメリカの低所得者層も見てきた。今、日本にその低所得者層が多く移り住み、チャンスを掴んでいる。そうしたことに不平不満を持つ連中が政治家と癒着して既存の特権を維持しようとする談合政治を繰り返すことは絶対に阻止しないといけない。だけど、俺は新自由主義でもない」  「そうした意味じゃ辛い立場なんだな…」  「複雑なんですけどね…。坂田君のような鋭い正義感は理解するが正義感が全てというわけでもない」  坂田研三はGINへの加入が決まった一人で、いじめ被害を受けたことから情報解析能力を習得し、その解析能力で課題の解決に大きく貢献した。だが欠点がやや倫理面で狭量な一面がある。それを含めて広志は実力を認めたのだった。  「うちの末弟がライバルと話していたあいつも合格したのか?」  「別枠で加入が決まっています。ただ、同じチームに加入したいという意向ですから尊重しますよ」  博多出身の風大左衛門(かぜ だいざえもん)は中国武術の八極拳の使い手で幼少期から、老けた顔と年齢に合わない筋肉質な体格に恵まれていた。その身体能力は人間離れしており口数は少ないが男気に熱い性格であり、喧嘩で日本一を目指して上京した時に広志と出会い、戦ったことがある。広志はその才能を認め、GINにスカウトすることを決めていたのだった。肉弾戦に秀でたものを持つほかチームコンビネーションにも長けている。  「あいつはお前と戦ったことを誇りに思っていた。『俺の戦いは強さの証を立てるためじゃない、守りたいもののための戦いだ。そう感じさせてくれた高野広志を心から尊敬している』とな」  「彼は純粋な思いで俺にぶつかって来ました。そして真っ向から戦いました。彼は必ず俺を超えて強くなりますよ。生あるものはいつか死を迎え、親を子は超えていかねばならない宿命ですよ」  「ところであいつ、最近養子を迎えたって本当なのか」  「ええ、当面の間は里子ですがいずれ養子になりますよ」  広志のいう養子とは河本タケシで、幼稚園児だったが母親の交際相手による虐待からGINの面接に向かっていた坂田、計、加藤が救い出し、広志に救済を要請したのだった。広志はその正義感を認め、3人の面接を別枠で用意した上でタケシを保護して、大左衛門に頼んで一緒に生活するようにした。タケシは絵を書くのが好きで、救ってくれた人達の似顔絵を書いていて広志の執務室にも飾られている。また、身体能力にも優れたものを持ち見よう見まねで大左衛門の得意技「鉄山靠(てつざんこう)」を繰り出し、広志相手に善戦した。最後は広志に負けたが広志は敗者のタケシを「小さい頃の私より君は実に強い」と讃え、大左衛門に託した事が正しいと確信したのだった。  大左衛門は現在、同僚の桜丘聖(さくらおか せい)の家にタケシと一緒に生活している。彼女はバイクテクニックもあるほかキックボクシングでの試合経験もあり、戦闘能力と優れた適応力、状況判断能力を持つ。  「将来枠か…。お前もそんな立場になってしまったんだな…」  「GINはあくまでも公の機関ですよ。俺一人の思想で暴走してしまえばFBIのフーバーの二の舞です」  広志はそう言うとリストをしまう。今回の面接で加入が決まったのは他にも桜井弘斗(さくらい ひろと)、加藤恵(勝の妻、旧姓岸本)、玄野多恵(計の妻、旧姓小島)、東城アリス(通称:トンコツ)である。桜井はあの桜井侑斗の弟に当たる人物で、情報解析能力を坂田から学んでいたことがきっかけで加入が決まった。恵は優秀な情報収集能力を、多恵はモンタージュ技術に負けない似顔絵を書く能力を買われて加入となった。アリスは桜井の知り合いで精神面で追い詰められていた彼を支えつづけた。GINへの募集に応じる決心をした桜井に賛同し、自分もカウンセラー見習いとして加わった。  更にはGIN大阪支部の人材育成に向けても補強を進めていた。育成部所属として鈴木良一(すずき よしかず)を文部科学省から加入させた。鈴木は思いやりのある優しい性格で計とも信頼関係を結び、仲間たちから「おっちゃん」と慕われている。大阪支部向けで採用したのは計の弟の玄野アキラ、平塚健太郎、山咲杏(やまさき あんず)である。アキラは兄と比較して身体能力の高さや学業の優秀さもあって親からの寵愛もあったが、GINに兄が加入すると知って自身もGINに加わる決心をした。臆病だが正義感の強い男に憧れを持っていた健太郎、イラスト能力の高さを持っていた杏とトリオを組みそのままGINに加入したのだった。  「いずれにせよ、これからが大変なことになる」  「同感です。本当の戦いはこれからなんですから、壬生国も、この国も…。幾多の花を守りぬくためにこの我が身を捧げる覚悟はありますよ」  すでに丈太郎からは天童竜、結城凱、藍リエ、鹿鳴館香、グレイ(本名:佐田国一輝)の加入のめどが付いたとの報告を受けている。ミキストリ牽制のアイデアを丈太郎は練っていたのだ。  「すみません、電話がかかってきましたのでいいでしょうか」  そう言うと広志は携帯電話に出る。  「もしもし」  「ヒロ、僕だ!セドリックさ」  「君か…。今はフォントルロイ卿か…」  「そんな言い方は慣れていないよ、セディでいいさ、ヒロ」  「お互いにな…。俺もスコットランド王朝伯爵の称号なんて恥ずかしい」  「君はお祖父様から認められた数少ない男だよ、自身を持って」  電話はセドリック・エロル、いやフォントルロイ卿である。広志がアメリカに留学していた時に年の離れた友情を交わし、広志がイギリスに渡る際に祖父のドリンコート伯爵の後継者として共に渡った。そして、広志がスコットランド王朝のアーサー・ウィリアム王太子とのつながりがあることやアジア戦争を終結に導いた立役者であることを知ったドリンコート伯爵はその栄誉を称えるため広志を男爵から伯爵に推薦した。驚き戸惑った広志だったが、周囲の説得に応じることになった。  「君は相変わらずリトルプリンスと信頼関係を交わしているようだな」  「分かった?ジョータローが無事に到着して今休んでいるってことを伝えておきたかったんだ。帰り25年もののマッカランを用意して帰るって話していたよ」  「すまない…。本来ならちゃんとしたホテルを手配しなければならないのを君の好意に甘えることになろうとは…」  「礼儀の正しさは相変わらずだね、ヒロ。僕がヒロを見本にしているのは礼儀正しさなんだよ」  「それは逆だろう。君の祖父への礼儀の正しさこそ俺は見習わねばならないんだ」  広志は10年前の湘南の浜辺を思い出していた。 ------ひかり…、俺はあの時お前と真っ向から渡り合った…。そしてお前は俺達と共に…!!   11 力と想い、光の如く行き交う  「どりゃっ!」  砂の上でボールコントロールは難しい。  魁は戸惑いながらゴールめがけて走ろうとする。10年前の湘南・江ノ島…。  「竜也さん!!」  「ああ!」  魁の声を受けて竜也はボールを受けようとする。だが、そうは行かない。  「ワンパターンですよ、小津さん!」  「しまった!!」  「ほのか!」  なぎさが魁と竜也の間に入ると素早くボールを奪い取る。彼女はラクロスをしていてその動きは素早い。すばやくなぎさはほのかに声をかける、声に反応したほのかは相手をひきつける動きをする。二人の動きは息が合っており、身体能力の差を埋めているのだ。それと同時にサングラスをかけた青年と女性が走り出す。  すさまじい勢いで守備から突っ走るのは広志だ。マークしていた滝沢直人、リラは追いつけない。  「ごっつぁんです!」  「ヒロ!!」  「OK!」  GKをつとめる土門太郎(愛称:ドモン)とディフェンダーの遊里が広志の動きを封じ込めようとする。だが、砂の上でも広志のボールコントロールは正確かつ的確だ。左足が一閃したかと思うとゴールネットにボールは突き刺さっていた。  「強すぎ…」  魁がへとへとな表情で広志に話す。  「みんな、汗だらけだな」  「すでにお姉ちゃんはユニフォームを変えたわよ」  「メイさん、分かりましたよ。みなさん、着替えを!」  メガネをかけた男とセーラー服の少女が現れる。  「ピエール、すまない!」  「当たり前でしょう。私にはこれぐらいしか取り柄がありません。今回は山崎さんにも手伝ってもらいましたから助かりました」  「いつもピエールの作ってくれるサンドイッチはおいしいもんな…」  上半身のユニフォームを脱いだ竜也がピエールと由佳の作ったサンドイッチを手にする。  「あんたは今日朝から忙しかったものね」  「ギエンとリラが手伝ってくれなかったら大変でしたよ」  広志たちは対イムソムニア・シャドーアライアンスにフィジカル強化を図るため合宿に入っていた。広志の上半身はこの数ヶ月間で鋼鉄の肉体そのものに変貌していた。下半身も強靭なまでの筋力を身にまとっていた。  「怖くはないのか…」  「全然。俺にとってヒロは親友だ!デザイナーズチルドレンだなんて関係ないだろ!!」  広志はシャドーアライアンスの中心的組織・イムソムニアにより遺伝子操作されて生まれてきた強化人間の完成先行版だった。だが、それを広志は知らずに智史・香澄夫妻により養子として育てられてきた。しかも、実の両親と信じてきた父親が違っていて、三十年戦争を終わらせた立役者だったセルゲイ・ルドルフ・アイヴァンフォーが実の父親だったことも明らかになった。  それも知らずに広志はシャドーアライアンスと戦うことになった。その事実を知って広志は苦しんでいたが、久住一家の支えと美紅の存在が広志の戦う動機になっていた。  「いくか、第二弾」  「おう、お前ならグラップ使えるからな」  ドモンは笑って立ち上がる。このドモンは格闘技選手で、グラップのチャンピオンだ。その時だ、広志の時計形携帯電話が鳴り響く。  「はい、アトランティスです!」  「俺だ、アヤセだ!シャドーアライアンスがドルネロを襲ってきていやがる、すぐ来てくれ!」  「了解!」  連絡を入れた元が藤沢の警察軍陸上部門基地だ。目と鼻の先で起きたことを放置するわけには行かない。ドルネロは基地でシオン、アヤセと一緒に新兵器の開発に当たっていた。そこを襲ってきたのなら問題だ。  「みんなはマイクロバスで!俺はテックセットして直行します!!」  「翼の部分につかまっていい?あたしたち平気だよ」  「大丈夫か!?」  なぎさの申し出に広志は驚く。チームアトランティスでは広志は剣術で豪快に切り込むのに対して魁はスピード系で、なぎさは打撃系で、ほのかは柔軟な身体能力を生かした足技で攻め込み、最近では広志直伝の柔道のテクニックで立ち向かう。竜也は空手を得意としているため、チームの連携は非常に強い。  「大丈夫、私達は今までヒロを信じてきて裏切られたことはないわ」  「分かった、美紅は病院に直行してけが人対策を!!」  「任せて!!」  バスに乗り込むメンバーを見送ると広志は首にかかったネオクリスタルを構える。  「テックセッター!!」  「パパの敵…!!」  金髪の少女がアヤセ相手に戦っている。  テコンドーを得意にしているアヤセは少女相手に苦しめられている。ドルネロをかばうシオンは険しい表情だ。  「シオン、俺がこいつを食い止める!早く逃げろ!!」  「僕はアヤセさんを見捨てるわけには行かないんです!」  シャドーアライアンスの兵士たちに専用兵器のボルパルサーを連発して食い止めようとするシオン。だがラダム兵が次々と襲い掛かる。  「おめぇら、俺に構うな!」  「馬鹿野郎、あんたにはまだ借りがあるんだ!借りを残したまま死なれちゃ俺たちの恥だ!!」 -----そうです、まだあなたは絶対に死なさせない!みんなからの借りが山ほど残っているんですから…!!  その声と同時に白いトリコロールの機甲兵が降り立つ。広志だ、それと同時になぎさとほのかが翼から降り立つとドルネロに襲いかかろうとするラダム兵を足技と拳で切り返す。  「テッカマンアトランティス!」  「バーチャルネット!!スタンショット!!」  アトランティスの肩から目に見えない網が放出され、イムソムニアのテロリストたちはたちまち拘束される。バーチャルネットから放たれる高電圧はテロリスト全員を気絶させるのに効果抜群だ。  「テックセット解除!!」  テックセットを解除した広志がエクスカリバーを構える。急いでなぎさとほのかがドルネロの元に駆け寄る。  「大丈夫ですか!?」  「おめぇらまで!」  「行くぞ、シャドーアライアンスの手先!?ううっ!!」  一瞬広志の頭に何かすさまじい衝撃が走る。 -----キアス・ベアードやケンゴがいる時と同じ衝撃が…!?どうなっているんだ!!  「ドルネロをかばうのなら私の敵!死ね!!」  金髪の少女に戸惑いを覚えるなぎさとほのか。  「やめて!!」  「九条さんがなぜシャドーアライアンスに!?」  広志に襲い掛かる金髪の少女。だが、すさまじいスパークが広志の周囲から迸る。アヤセが思わず後ずさる。  「まずい…!!『バーサーカー』(Berserker)になってしまった…!!!」  「どけ、小娘!!」  瞳の色が普段のコバルトブルーに近い青から禍々しい赤に変わった普段の広志とは口調が変わる。何かの衝撃で広志はすさまじい力を発動すると同時に敵味方見境なく襲い掛かることがある。たちまちすさまじい勢いでエクスカリバーが少女に襲い掛かる。彼女は受け止めるだけで精一杯だ。  「なんて強い…!!くっ!!!」  悔しそうな表情で金髪の少女は素早く退却していく。だが、彼女が退却した後も広志の暴走は止まらない。シオンとアヤセ、ドモンが飛び掛るがあっという間に吹っ飛ばされる。驚いて駆けつける魁、竜也。サングラスの青年とドモンが後に続く。  「ヒロ、駄目だろ、仲間を傷つけちゃ!!」  「ブレイカーモードに突入してしまったの、一体どうして!?」  「ほのかちゃん、慌てるな!状況を説明してくれ!!」  「グワァァァァァッ!!」  広志の猛攻に竜也はほのかをかばいながら走りまくる。なぎさと魁は広志の背後から攻めようとするが広志の右腕に吹っ飛ばされる。  「九条さんがシャドーアライアンスの一味だったのよ…。その彼女を見た瞬間ヒロが頭を抱えて…!!」  「美墨さんの説明が正しいならなんだかの拍子でヒロのブレイカーモードが発動したんだ…!!」  「私は諦めない…!!」  「そうだな…。あれだけ強いんだったら逆に燃えてくる…」  竜也はサングラスの青年に目配せする。  「ギエン、頼む!」  「ああ、僕にできることならやる!来い、ヒロ!!」  ギエンといわれた青年は突然広志の前に立ちはだかる。広志は無言でエクスカリバーを振るう。だがギエンは両手でエクスカリバーを真剣白刃取りで受け止める。その腕力に苦しみながらもひざを突いてギエンは耐える。  「今だ!」  ギエンの声に反応した竜也、魁、ドモン、シオン、アヤセ、なぎさ、ほのか、遊里が広志にアタックする。その瞬間広志に再び電流が走ると意識を失って倒れこむ。  「ふぅ…。強すぎる…」  「しかし、彼女は何者かしら、ドルネロ」  「わからねぇ…。俺の昔の仕事に関連しているのは確かだが…」  リラに話すドルネロ。  「私たちの学校の後輩です、彼女は」  「九条ひかりといいます、父親が確かラグビーチームのコーチです、昔プロレスラーだったそうです」  「調べてみる必要があるな」  直人が厳しい表情で話す。  「ギエン、サングラスなぜはずさないの?」  「勘弁してくれよ、これは僕の命ともかかわってくるんだ」  メイに言われて困るギエン。メイは遊里の妹であり、ギエンの補佐を勤めている。おどけているときは無邪気な表情もある。   12 否めない暴走 止まれない思い  「ごめん…!!」  病室で広志は美紅から話を聞いていた。  「苦しいのはヒロだってみんな知っているから、罪悪感を感じることじゃないのよ」  「確か意識が切れる直前、ケンゴを身近に感じるような感覚をあいつから覚えた…!その直後に俺の意識がなんだか一気に吹っ飛んで…!!」  「意識が飛ぶということは、ブレイカーモードそのものに突入したな…。前回と違って幸いなことにテックセットしていなかったからましだったのだが…」  「校長先生…」  顔つきがやや犬に似ていて鋭い男が広志の病室にいた。彼はドギー・クルーガーといい、警察軍大学付属高校校長を務めている。かつて警察庁に所属しており、日本中の犯罪者から『地獄の番犬』と恐れられていた。その名残にコートには「SPD」ロゴが入っている。  「クルーガー校長、それでも彼を使うつもりですか」  「それしかない、今は彼に全ての希望を託すしかない。辛いのは俺も同じことだ…」  「…!!」  不動ジュン(広志・美紅の担任)が戸惑う。そこへほのかが入ってくる。  「ヒロに会いたいって人が訪れているのよ」  「誰だ!?」  身構えるのは早見青二(警察軍所属)。だがクルーガーが止める。  「九条ひかりに関係している人物だろう、ちょうどいい。俺も会いたいと思っていた」    「我が娘がこのようなことをしでかしてしまい申し訳ありません」  立派な体つきの男が広志に土下座で詫びる。  「やめてください、九条さん。あれは僕にも責任があります」  「バルデス九条、かつては日本代表のラガーだったのに、怪我で駄目になってしまいプロレスに転向し、2年前に引退した…。そのあなたの敵といっていたわけとは何ですか…」  ジュンがバルデスに聞く。バルデスは靴を脱ぐと靴下まで脱ぐ。  「この足首を見ていただけますか…」  「アキレス腱に傷跡…」  「2年前、ギャングによって私達九条家は襲われました。その際私と妻は戦い、何とか守り抜いたのですが、私は娘を守ろうと拳銃を足で食い止めて…」  「なんと言う無茶を…。まさか、そのときに使われた拳銃がドルネロの!?」  「ドルネロの取り扱っていた拳銃が闇社会に流れてしまい、それを手にしたギャングが一家襲撃に…!!」  美紅はほのかの指摘に素早く反応し、悔しそうな表情で言う。  「仲田家の被害と共通しているな…。もっとも、ドルネロはそうした被害に対して心を痛めているから救済基金を立ち上げて救済しているが…!!」  「ひかりを、止めてください!私にはかけがえのない命なのです!!」  「バルデスさん、僕から聞きたいことがあります。九条ひかりの本当の素性はどういうことなのですか」  「!?」  「まさか!?」  クルーガーは広志の問いかけに全てを見抜く。真っ青になったバルデスは無口になったが、口をしばらくして開く。  「私とひかりは血がつながっていない、それでもひかりは私の娘なんです、お願いします!!」  「彼女の本当の父親と、遺伝子上の父親は僕と同じじゃないんですか…!でないと、ブレイカーモードになって暴走した理由が見えてこないでしょう…」  「まさかセルゲイ・ルドルフ・アイヴァンフォー!?」  その時だ、広志の時計形携帯電話にまたしてもスクランブルシグナルが入る。  「どうしたんだ!?」  「大変だ、ドルネロが基地で会議中にまたしてもシャドーアライアンスが襲い掛かってきた!昨日の九条ひかりが中心だ!」  魁からの通信だった。広志はベッドから起き上がる。  「やるしかない、俺にできることがある!」  「無茶だ!ブレイカーモードになって暴走しかねないぞ!!」  「それでも俺にしかできないことがあるんです、校長先生!!」  藤沢の基地には昨日の対策で魁、ギエン、リラ、直人、なぎさに加え、ピエールの頼みで加わった巽一家がいる。その彼らですらも苦戦するのだから、放置はできない。  「仕方がありません、私達も向かいましょう」  「君の闘志、確かに受け取ろう」  「彼女を止められるのは、ヒロしかいないんです…」  「DVディフェンダー!!」  直人の拳銃がラダム兵の強化兵士・キラーチルドレンに炸裂する。  だがキラーチルドレンは倒されても増えてくる。このしつこさに直人は内心いらだつ。 ------まるでゴキブリのように次から次と出てきている…!!  「おめぇら、俺にこだわるな!」  「何を言っているのよ、ドルネロ!あなたには仲間がいるじゃない!!」  ドルネロの護衛に入っている遊里が反論する。  「俺達はドルネロを見捨てるわけには行かない!ヒロに頼まれたんだ!!」  「ドルネロは俺たちに力を貸してくれた。俺達がドルネロを守る番なんだろ!!」  「気合で守るしかねぇ!!気合だ!!」  巽 纏(たつみ マトイ/首都消防局レスキュー隊員)が立ち上がって強化兵士に立ち向かう。ギエンがキラーチルドレン相手に激戦を繰り広げているのに我慢ができなかったのだ。  「マトイさん、無茶です!」  「やるしかねぇ!」  この纏、精神力と責任感が人一倍強いのだが、巽兄弟の仲で長男としての責任感が空回りしやすい傾向がある。だが弟妹達のピンチには自らの危険を顧みず助けに行く。その纏にほだされたかのようにギエンも立ち上がる。普段は心優しく、冷静沈着で丁寧な口調なのだが、いざと言うときは激しく戦う。  「ボルシュート!!」  ギエンの放ったキャノン砲がキラーチルドレンの背後に炸裂する。キラーチルドレンたちはたちまち慌て大きなダメージになった。  「やったな、ギエン!」  「マトイさん、これからです!ヒロが来るまで辛抱するしかないんです!ううっ!!」  「どうした!?」  頭を抱えて苦しむギエン。ギエンを抱える纏に弟の流水(ナガレ/首都消防局化学消防班員兼研究スタッフ)から通信が入る。  「ギエンは思考をコンピュータにより補助されているんだ!そのコンピュータにダメージが走ったんだ!!」  「ギエン、お前は…!!」  「サングラスは、僕の思考を補助する機能とバッテリーを備えているんです…。今は僕のことは気にせず、あいつらを…!!」  「ギエンに代わって私が行くわよ!よくも最悪の眺めにしてくれたわね!」  リラが巽 祭(たつみ マツリ/国立臨海病院所属救急救命士)と一緒に駆けつける。  「ギエンさん、私の声が聞こえますか!?」  「僕は大丈夫だから…、あいつらを…」  「祭、ギエンを安全な場所に!」  纏の指示で祭はギエンを安全な場所に運び込む。リラはビームガンで相手を狙撃する。祭に運ばれてきたギエンに声をかけるのは巽世界博士、巽兄弟の父親だ。  「大丈夫かね、ギエン君」  「何とかやったかな…、ハカセ…」  「ああ…、立派なものだ、小さい頃の君とは大違いだ。電子頭脳で補助されているとはいえ、誰もが認める男前だ」  「律子さんの言葉…、守れたかな…」  「ええ、あなたが頑張ったおかげで力を合わせてたたかうことになるでしょう…」  意識を失いながらギエンは律子(世界の妻、巽兄弟の母)の膝元で眠りにつく。これからギエンには破壊された電子頭脳の交換が待っている。ギエンを運び込んだ祭も戦いに戻る。  背後を崩されて大きなダメージをこうむったキラーチルドレンたちが襲い掛かる。だが、ギエンを傷つけられて怒りに燃える纏、リラ、直人、祭には通用しない。たちまちキラーチルドレンたちは撃退されていく。  巽 大門(たつみ ダイモン/首都警察巡査)が駆けつけると襲い掛かる強化兵士相手に格闘技で戦い抜く。巽兄弟の男性陣では一番年下のため甘えん坊で泣き虫だが、その努力家ぶりでギエンと意気投合していた。だからよく小さい頃から相撲を取り合って遊んでいたのだ。更にはドモンとも顔なじみである。  「負けるもんか!!」  「ドルネロとギエンに勝利を捧げるわよ!!」  「鐘は九条の説得に入ってくれ!」  「分かった、任せろ!」  巽 鐘(たつみ ショウ/首都消防局航空隊ヘリコプター部隊員)が纏の指示に動く。兄弟のなかで三番目なのだが、ムードメーカーにして一徹さと優しさを備えもつ男だ。人質をとった犯罪者を説得できるのは彼だ。  「待っていたわよ…」  金髪の少女が強兵を率いて現れた。九条ひかりだ。鐘となぎさが立ちはだかる。  「やめるんだ、ドルネロの武器を悪用した奴が悪いんだ!!」  「九条さん、もうやめて!」  「黙れ!私の想いがわかってたまるか!!」  魁がドルネロと一緒に走りこむ、強兵達に追跡されてこの場に追い詰められたのだ。  「ちょうど都合がよかった…。死になさい、ドルネロ!」  ナイフを取り出したひかりがドルネロめがけて走りこむ。 ------焦って罪を犯すな…!!  ひかりの頭に声が響いたかと思うと白い超人が地面に降り立ち、右腕を前に突き出す。テックセットを解除した広志がドルネロの前に立ちはだかったかと思うとひかりのナイフを受け止めたのだ。  どすっ!!  「ヒロ!!」  美紅が叫ぶ、だが広志はためらわない。広志の右腕にはひかりのナイフが突き刺さっている。広志は戸惑うことなくナイフを引き抜くと毅然とした表情でにらみつける。  「どきなさい!」  「駄目だ、俺は絶対にどかない!これ以上の憎悪は俺が絶対に許さない!!」  広志はドルネロをかばいながら叫んだ。魁が広志をかばいながら叫ぶ。  「傷ついたからと相手を傷つける権利なんてないだろ!ヒロを傷つけるんだったら俺がお前を止める!!」  「そうよ、ヒロの言う通りよ、九条さん」  「憎しみに身をゆだねて暴走するな!それじゃ何も生まれないんだ!!」  「こいつ…!!」  ひかりが広志の声に戸惑いながら後ずさる。広志は苦痛に耐えながら鋭い目つきで迫る。  「その通りだ、彼の言うとおりだ」  広志をかばうために加わったのはクルーガーとジュンだ。  「ヒロは仕組まれた運命に翻弄されているわ、だけどヒロは守りたいものを見つけて戦うって決心したのよ」  「たとえ仕組まれた宿命であっても、逃げて罪になるなら、俺は罪を背負ってでも戦う。それが俺だ!」  広志の鋭い一声に駆けつけた竜也がうなづく。  「そうだ、俺達はヒロの運命に驚いたけど、ヒロは決して諦めない」  「ドルネロの犯した罪は許されない。だけど、ドルネロはその罪を抱えて被害者を助けよう、弱者を守ろうと戦っている。そんなドルネロを殺すんだったら、俺を殺してからにしろ!」  すでにシャドーアライアンスの強兵たちは身柄を確保され連行されていた。  「彼はお前の実の兄だ…」  「お父さん!?」  「もうやめてくれ…。実の兄妹が憎しみあうのは私には耐えられない…」  バルデス九条は泣き崩れる。  「おめぇには申し訳ねぇ事をしてしまったな…」  「ドルネロ!」  「遊里もメイも、俺が売ってしまった武器が原因で父親が大きな怪我を負う羽目になってしまった…。俺には武器を売った道義上の責任がある…」  「そうよ、ひかりちゃん。憎しんでも、何も始まらないのよ」  「憎しみがあるなら、俺にぶつけていい。俺はひかりが十分だと思うまで付き合うまでさ」  泣き崩れるひかりに広志は声をかけるとクルーガーを呼ぶ。  「お前は何を頼むつもりか、まずはこの傷を治せ」  「そうしますけど、お願いがあります。今回の事件、俺の責任にしてもみ消してもらえませんか」  「そうか…。実の妹のために…」  「俺からも頼みたい、クルーガー校長、頼む!」  「非行歴を残さないためにお前のドジにしてしまえばいいということか。大丈夫だ、任せろ」  「あの時の話を思い出していたのか…」  「この腕の傷は俺の誇りです。一人の女性を殺傷の道に歩ませなかったんですから」  九条ひかりはあの後、ドルネロと和解した。  広志の苦心の和解交渉があったこともあったが、ドルネロの罪と向き合う厳しい姿勢をひかりが認めざるを得なかったのだ。  「ヒロとほのかちゃん、似ているところあるかもね」  「つぐみさん、それは言えますね」  「美紅!?」  「ヒロは失うことの辛さを知っているわ。その点ではほのかちゃんも同じよ。両親と会えるのにまた別れなくちゃ駄目なんだからいつの間にか背伸びしていたんじゃない」  「でも、お前は俺達にないものがあるさ。どんな絶望のどん底に叩き落されても屈することなく何度も何度も這い上がって戦う姿勢だよ…。その姿勢がひかりちゃんに大きな影響を与えたんだ」  「俺のような三流の男がそこまで影響を与えるわけがないと思いますよ」  その時だ。纏の父・世界(もんと)が入ってくる。  「高野くん、君の知り合いが来ているのじゃ。上げていいだろうか」  「小津くんたちですか?いいじゃないですか」  13 進化する時の風  「まさか、ここにも顔を作っていたとは思わなかった」  魁は意外そうな表情で広志に言う。  「驚くに値しない。この人達は俺の出生のことも知っている。遠慮することはないさ」  「じゃあ、血のホワイトデーに関しても…」  「問題はないさ。あの悲劇の遺族と最近俺は会った。そして『あなたのおかげで励まされた』と言われたが俺はとてもそうじゃない。俺がみんなから支えられ、みんなの命に繋がって生きているんだ」  広志は魁に言う。1ヶ月前に広志は『血のホワイトデー』で犠牲にされた宇宙飛行士・鴨川今日子の遺族で夫の友朗、そして一人娘で宇宙飛行士になった島津アスミと面会した。アスミは夫のタカシとの間に子供を身ごもっており、どうしても広志と会いたいという希望を叶えたのだった。美紅が言う。  「今頃アスミさん、赤ちゃん生んでいるわね…」  「ああ…。間違い無く元気な子供で在って欲しい。そして、俺はこの世を再び戦乱に巻き込む訳にはいかない」  「高野CEOはだから甘すぎなんですよ」  「升本、俺はそう思わないさ。どんな悪人だとても最初から悪人として生まれたわけじゃない。そうさせるにふさわしい環境や動機があってそうさせざるを得なくなった。だが結果責任は結果責任で償うべき義務はある」  升本幸雄は広志に頷く。彼はアメリカで広志と出会い、その壮絶な過去にショックを受けた。壮絶な過去を抱えながらも人々のために戦い続けた広志を尊敬するうち、GINを広志が立ち上げると知り、アメリカのカリフォルニア大学バークレー校で学んだ政策学をGINで活用したいと申し出て加入したのだった。自身も実の母親を殺され、父親から育児放棄をされた過去がある。そのことを知った広志は『お前の過去こそつらいものだ』と受け止めてくれた。そのことも広志への忠誠心につながっている。  「あの時俺の過去をCEOが受け入れてくれなかったら俺はこの場所にいませんでしたね。それに、母を殺した内山に罪と向かい合わせるべく対決したのもCEOでしたね」  「さすがに、奴を自殺に追い込むことはさせる訳にはいかない。秋元一家には過去をきちんと話してもらった上で受け容れるかどうかを聞いたが三人とも受け容れる覚悟を示した。そうなればお前とても文句は言えまい」  「そうですね、後は内山の生き様で見ていくつもりです」  「それでいい。憎悪の連鎖をあえて断ち切る厳しさが奴の贖罪につながる。その為なら俺はいじめ被害を受けた発達障がい者向けの学校をたちあげさせて彼らを住みこみ教師として入れている」  内山亮・千佳夫妻を中心とした心ある教師たちは発達障がい者向けの学校を立ち上げた。運営法人はNGOだが、学校としての運営ノウハウはある。理事長は千佳の両親である秋元泰雄・敏江である。内山が過去升本の母親を殺したことに憤慨したが、内山の贖罪の覚悟を知って一緒に土下座して升本に詫びたのだった。内山に襲いかかろうとする升本を広志と中学時代のクラスメイトの内藤アヤが止めたのもあって升本は暴走することはなかった。  「俺の場合、叔父夫妻が育ててくれたのもあって暴走を抑えられることができたのかもしれません。高野CEOが久住家に引き取られたのと同じように絆の家族なんでしょうね」  「その点でお前とは同感だな。お前はそして犯罪被害者への救済を呼びかける活動も休日返上でしている。お前には頭が上がらないよ。そしてそこで結びついた仲間たち。お前の仲間はいずれも立派なGINのメンバーだ。お前は過去のフラッシュバックも乗り越えたから俺よりも強いさ」  「高野CEOほどじゃありませんよ。あんな壮絶な過去を超えて世界を救ったじゃないですか」  「アヤちゃんとの交際、どうなっているの?」  「まあ、上手くは行っています。でも、女心を読み解くのはいまいち俺は苦手で…」  「由(ゆう)、彼は不器用なんだ。さりげなくアシストする程度なら問題はないけどやりすぎるな」  由佳をたしなめる広志。  「でも、ヒロさんの秘密を私達は知ってショックを受けて…」  「俺は嫌われることへの覚悟はあった。嫌われたのならそれも人生と思っていた…」  「でも、俺達はヒロを信じるって決めたんだ…。あれだけ壮絶な戦いに自ら飛び込み、俺達を守りぬいた…。今度は俺達がヒロを守るんだってね。俺がヒロを守るって決めていた」 ------俺は負けない…!!最後まで屈する訳にはいかないんだ…!!  瀬戸内海の最後の戦いで広志がエクスカリバーを構えながら凄惨なまでに戦い続けた光景が彼らに浮かぶ。  「お前も数奇な運命だな…。オーブの国兄と贈り名された上にスコットランド王朝では伯爵か…」  「卑しき身分の俺にあまりに身に余る栄光で戸惑っていますね」  だが、その頃とんでもないことがあの船橋のサザンクロス病院で起きていた…!!  話はその日の12時頃に遡る…。  「お父さん、しっかりして!」  船橋駅で倒れた初老の男を抱きかかえる若い女性。彼女の名前はネフェルタリ・ビビといい、父親のコブラが会長を務めるイラクの製油会社『アラバスタ石油』の営業部長であった。その彼女はその後、極めて不愉快な思いを搬送先の病院で思い知ることになる…。  そう、この出来事からCP9の悪事が少しずつ暴かれていくきっかけが始まろうとは誰も思わなかった…。  「奇病クラクラ病の原因は…」  6時間後のヴァルハラ東京本部。  夕方なのに、患者がひっきりなしに訪れている。ここに来ればどんな病気も治ると評判の病院である。ちょっと太った中年の男が週刊北斗を見て険しい表情になった。あの伊野治である。  「伊野先生、どうしたんですか」  「…」  「週刊北斗の記事のことですか」  「そうや、まさかヴァルハラ松江の石橋センセの追いかけていたクラクラ病が俺達の市川市の謎の奇病と重なっておるとは…」  「しかもこれ、偶然じゃないっすよ。CP9の工場があるじゃないっすか」  伊野は悲しそうな表情だ、というのは京都医科大を卒業後、初めて医者として勤務したのが市川市だったからだ。ヴァルハラは職場と移住を一体化させることが原則なのだ。研修医の相馬啓介が断言口調で言う。  「原因が杜撰な下水処理で宍道湖クラクラ病が発生している、市川の奇病も目先のコスト優先で簡易化された結果処理が杜撰になったじゃないっすか」  「断定するのは早過ぎや。相馬、今はじっくり証拠を集めるしかないんよ」  「そうだな、伊野さんの言うとおりだ」  そこへ入ってきた二人の男。  「ブラックジャック先生じゃないですか」  「この前市川に行ってきたがビラを配ったことで逮捕されていたぞ」  「またですか」  呆れる相馬。間黒男は厳しい表情で話す。  「この前ヴァルハラ松江に支援で入ってきたがクラクラ病で大変だったぞ。石橋君が地獄のような環境で闘っている」  「俺も行かなぁあかんなぁ。石橋君辛かろうに…」  「伊野さんは市川での戦いに全力を尽くしてくれませんか。松江には私が行きましょう」  伊野は非番には必ず市川市にあるヴァルハラ市川総合病院を訪れて治療に協力しているのだ。今の伊野はヴァルハラ直属の巡回指導医であり、多くの研修医を育成してきている。更には京葉大学特任教授として多くの後輩の育成にも力を注いでいる。あの石橋和也は伊野の教え子の一人でもある。  「明日、市川に行くかぁ…」  「私も明日赴きましょう。院長も休みなし、手弁当でよくあすこまで闘っているのを黙って見ているわけには行きますまい」  「そうや、ブラックジャックはん。俺は市川市に育てられたんや。それにオリエンタル製薬の事件の後からあの地域はおかしくなりはじめたんよ」  その時だ、ブラックジャックの携帯電話にメールが届く。  「ほう、手術のオファーが来たか…。以前のあの方か…」  その5時間前…。  「ふうむ…、心臓病ですな…」  「それは分かっています、父の持病ですから。父は日本で手術を受けた事があります。その時の主治医を招いてくれませんか」  「いや、ここサザンクロス病院には優秀な医者がたくさんおりますが…」  「本当にそうなんですかね?私はクロコダイル社長からあなた方の評判が芳しくない事を伝えられていますがね」  電話をしていた男が部屋に戻ってくる。コブラ会長は現在睡眠薬を投与されて眠っている。次の段階を巡ってサザンクロス病院のジャコウ理事長とビビは対立していた。ちなみに男はイガラムといい、『アラバスタ石油』の常務でネフェルタリ親子と共に仕事で来日していた。クロコダイルはアラバスタ石油の社長で、アラバスタ石油が彼の経営していたバロックワークスという独立系製油会社を合併した際に社長になった人物だった。それもそう、コブラは同族経営を心から嫌っており、ビビですらも丁稚奉公させて経営手腕を鍛えさせて営業部長にまで自力で上り詰めさせたのだった。二人とも生活が普段から質素で、社員からの信頼が厚い。  クロコダイルはいい意味でも悪い意味でも巧みな戦略の持ち主でコブラの信頼も厚く、ビビですらも尊敬する。だから日本でも販売店が最近増えているほか、最近では日本の得意としている太陽光発電技術まで投資するほどだ。新興国でのシェアはほとんど五割を超えている。しかも、赤字経営が出た時から給料のカットとボーナスゼロを実践しているので誰も文句は言えない。最近では水資源にも興味を持っており、水プラント企業との合弁も進めていた。  「ブラックジャックを今すぐ呼びなさい!あなた方の措置では到底彼の技術には太刀打ちできないわよ!!」  「ならば、出て行ってもらいましょうか。むろん、措置費用も払ってもらいますよ」  「ほう、患者に死ねというのですか。だったらこの病院を買い取りましょうかね。金ならいくらでもありますよ」  イガラムが厳しい表情でにらみつける。その喧嘩を遠くから眺める人達がいた。  「勝馬…、一体この病院は何なんだ…」  苦々しい表情でひげを蓄えた男に話しかける男。ちなみに彼はアフリカ・ケニア出身でかつてケニア代表として三度パリマラソンで優勝したマモ・ベラインといい、ひげを生やした男は高木勝馬という。二人はパリマラソンでワンツーフィニッシュ(勝馬が優勝、マモが二位)を果たし、今は現役を引退していた。マモはその後勝馬に誘われて日本に移住し、船橋を本拠にマラソン教室を開いて活躍していた。  「マモ、この病院は昔は信用できていたから俺はここにしているが、あのジャコウという男が理事長になってからおかしくなった」  「確かに…。相当CP9の商品が増えたな。薬害が多いから不安で仕方がない」  苦々しい表情でぼやくのは岡部守。勝馬、マモとコンビを組んで経営破綻したスポーツクラブの経営再建に乗り出し、自らをはぐくんでくれたマラソンへの感謝も込めてマラソン部をスポーツクラブに創設し、最近では経営危機に陥っていたJ3のヴィヴァイオ船橋を引き受けてスポーツクラブの名前もヴィヴァイオ船橋アスリートクラブに変更した。岡部はクラブの社長を務めているのだ。  「終わったぜ、父さん」  「ピキ、他のメンバーはどうだ?」  「全員一通り終わったみたいだぜ、帰りはトレーニングジムで食事しようぜ」  このピキ・ベラインは筑摩大学の陸上部で絶対的なエースとして活躍しており、通信大手のマリナーズモバイルに内定が決まっている。このマラソン部は基本としてスポーツクラブはトレーニング施設やメニューを提供し、提供を受ける選手達は全員本業をこなしながら練習をしている。本業はみんな船橋市内の企業が基本で、中には中学校教諭をしている選手もいる。これは岡部の方針で、地域に足をつけて生活してもらいたいという狙いがあった。  「さて、母さんに頼んで豆乳でも用意してもらおう」  「おいおい、あれあまり味がないぞ」  品のある青年にスポーツカットの男が突っ込む。ちゃらちゃらした彼はマラソン日本代表の阿川泰という。ちなみに阿川が突っ込んだ相手は筑摩大学陸上部でキャプテンを務め、今は千葉市内で中学校教師をしている田原清隆という。阿川は普段、ヤマトテレビの営業職をつとめているが、自宅のある船橋から勤務地のお台場まで毎朝毎晩走って通勤している。同期のライバルである大泉毅から彼が経営しているSE中堅の大泉産業への移籍を勧められるが、本人は現状が気に入っている為やめるつもりはない。その大泉もこのスポーツクラブに加わっていた。その他にも山梨学園大学で活躍したロシェ・ミルバもそのまま加入しており、トライアスロン日本代表である。  「阿川さん、いいじゃないですか。俺は豆乳好物ですよ」  「確かに、そうだろう」  穏やかな表情の青年に勝馬が聞く。  「一馬、どうだったか?」  「福岡マラソンに出場するのに問題はないそうだって」  「お前はトライアスロン選手だから、不安視していないがね」  「それに涼香がしっかり体調管理しているから安心だ」  一馬が隣にいる美女に微笑む。彼女は顔を赤らめる、というのは彼女は一馬の妻である涼香(旧姓・立木)で、彼女も福岡マラソン女子部門に出場を決めている。ちなみに大学まで一緒なので完全に互いの意図は分かるのだ。  「美和子さんが厳しく教えてくれなかったらここまでうまくいかなかったでしょ」  「確かに。美和子は一馬の事を詳細まで把握しているからな」  「高木先輩は奥さんにも頭が上がらないんですね」  ややシニカルに言われて一馬は困った表情だ。彼は普段母校である筑摩大学で職員として働いている。申し遅れたがちょっとした皮肉を言った男はチームの若手で良知功章(なちのりあき)といい、10000m日本代表だがニューヨークマラソンを完走した経験があり、今回福岡マラソンではペースメーカーとして参加することが決まっている。彼の精神力の強さは通信教育で大学を卒業した苦学生時代の経験からで、フェニックス工業という家電製造の会社で営業職として勤務している。箱根駅伝に憧れていたが、実家の貧しさでダメになって絶望していたところを一馬や勝馬、マモの支援で通信制の大学に所属しながら働いていた。だから一馬が福岡マラソンを走ると決めた際に『ペースメーカーでいいから参加させてくれ』と志願したのだった。2週間前に神戸マラソンで優勝を収めたばかりだ。  「スッポンはどうだ?」  「俺?ノープロブレム!」  やや髪の毛の長い青年がにやっとする。彼は相原ヒロシといい、大学時代はアルバイトとして不動産会社のカウンター営業をしていた。そのまま彼はその会社に正社員として入社してマラソンを続けている。執念の強さから付いたあだ名がスッポンで、マラソンのスペシャルドリンクの目印にスッポンのキャラクターの入ったフラッグを使っている。彼はこれからアメリカのボルダーで高地トレーニングを行った上でロンドン・マラソンを走ることになっていた。  わいわいがやがやしている光景の中、不安そうな女性が院長の事務室に向かう。  そしてその頃…、六本木では…。  「ここが仕事の依頼主の場所?」  「フラビージョ、そうだってさ。『REAL』…。何かホストクラブっぽい感じ…」  椎名鷹介と金古瞳の二人は戸惑いながら店の玄関にたつ。  「いらっしゃいませ」  品のいい若者が二人を迎える。バッチには『義之』と書かれている。そして長髪の男が二人に近寄り挨拶する。  「社長の北崎拓です。どうぞこちらへ」  鷹介達は二階の個室へと案内されていく。そしてそこに男女が厳しい表情で座っていた。  「オボロゲクラブの椎名です」  「用件は、店内で麻薬取引が行われているので、それを妨害して欲しいのです」  北崎は厳しい表情で話し始める。  「あなた方は、元々ホスト?」  「そうですね、俺は19歳です」  「いや、落ち着いて見えるよ。しっかりした礼儀だし、俺も見習いたいほどだよ」  「ありがとうございます」  義之は引き締まった表情で話す。  「元々私と義之がホストで、この美容師の林と一緒に美容院とレストランをここに開設したんです。細々と経営して何とかやってきたのですが、最近何人か黄色い馬中毒にかかってしまったんです。そして、ここで黄色い馬の取引が行われていたと言うことが分かったんです」  「つまり、対策を考えて欲しいわけですね」  こくりと頷く小さな背の青年。そのバッチには『隆』と書かれている。  「黄色い馬ジャンキーに俺の彼女は怪我を負ってしまいました。これ以上、黄色い馬に翻弄されるのは我慢出来ません」  「隆の彼女である綾乃って人が黄色い馬ジャンキーに襲われて骨折したのよ」  車いすで話す女性。北崎は彼女の側にいて苦悩の表情だ。  「沙樹、元々この『REAL』は車いす生活者でも気軽に来られる店を目指していた…。それが、黄色い馬に夢が壊されるとは…」  「分かりました、対策を打ちましょう。あなたの夢を打ち砕いた黄色い馬は必ず阻止します」  「そうか…、君はヴァルハラに移るのか…」  「はい、この病院では無理だと分かりました。私の追いかけていた理想とはあまりにもかけ離れた実態です」  サザンクロス病院院長室…。  シン院長に話すのは水野亜美。彼女は姉の遥を通じてヴァルハラ千葉ニュータウン病院と接触し、インターン契約を交わすことで合意していた。ヴァルハラがインターン契約を交わしたことは、将来ヴァルハラへの採用を意味するのだ。そして魚沼愛、伝通院洸も亜美を通じてヴァルハラへの移籍を決めていた。  「実は先ほど私の古くからの友人と接触した、彼がヴァルハラに所属している。明日ここに来ることになるのでその際に君達三人を紹介しよう。心臓病の患者さんの手術を私が彼に頼んでおいた、ジャコウ理事長を押し切る形でな」  「伝通院先生や魚住さんも移籍するんですか」  「ああ、いずれこのままなら私も移籍は必至だ。君がうらやましい」  シン院長はうらやましい表情で話す。というのは亜美は姉の遙の夫に当たる村上直樹、彼女の同級生でヴァルハラ千葉ニュータウン総合病院の薬剤師を務める浦和良の推薦で移籍が決まったのだ。  「先生は…」  「俺は前院長とも相談した。しばらく様子は見るが、できるだけジャコウやサウザーと戦うことにした。俺の方針でオークション制度を導入させたのもその一環だ」  シンの提案で医薬品から備品まで購入品の全てを公開入札に切り替えたのはシンのCP9製薬対策というのもある。そのため少しずつCP9製薬の商品は減り、同じ成分で効果も同じなのだが安い後発薬が増えてきていた。理事長のジャコウは渋い表情だったがコスト削減で成果を上げていた為文句は言えなかった。  「先生…」  「君達と共に俺も最後まで戦う。案ずるな」  「ずいぶん嫌な視線だな」  「すまないな、間」  シンが渋い表情で男と少女を迎え入れる。  そう、あのブラックジャックである。ジャコウ理事長は敵意をむき出しにしていた。それをブラックジャックは一瞥するとすぐに院長室に向かう。  「間、彼女はあなたの子供なのか」  「というより養子縁組を交わして私の娘になった。ピノコ、アタッシュケースを机においてくれ」  「わかったよぉ」  ちょっと背の小さな少女がアタッシュケースを机に置く。名札には『間裕子』と書かれている。ちなみに彼女は10年前のアジア戦争のイムソムニア残党のテロによって実の両親を奪われ、姉はかろうじて寄宿制の中学校へ進学したが彼女は1歳児だった為、大学院生だったブラックジャックが彼女を養子として引き取り、実の娘同然に育ててきた。それ故、普通の小学生と違って頭がいいほか、シビアな観察眼も持っている。ヴァルハラで看護婦を務める実の姉とは面会しており仲がいい。  「実は後で紹介したい三人がいる、詳細はメールで送ったとおりだ」  「分かったぜ、まずは患者さんだ。ビビさん、久しぶりだな」  「あなたにまたお願いしなければならなくなりました。すみません」  「気にするな、私はあなたからリスクプレミアムを受け取って自分の義務を果たすまでだ」  ブラックジャックは小切手を受け取ると、シンから受け取ったレントゲン写真などを確認する。  「前回と同じ場所だな。一気に行くぞ!」  「場所を貸すが、頼むぞ。もし何かあれば私が手伝う」  「ああ、私もあんたとの間柄だ、あんたの顔は潰さないし、恩義は受け取るぜ!」 14 天地を揺るがす一筋の矢のきらめき  2日後、川崎のスカイタワーでは…。  相変わらず厳しい表情の広志が二人の男性とともにいた。  「秋月のクラクラ病のレポートは間違いないのだな」  「はい、問題は『真っ黒』とスパンダム・グロリアがどんな関係でいるのかと言うことですわ。そこに三洋銀行とリブゲートの金融部門がどう絡むかですわ。提出を引き受ける際に説明は確認しましたんや」  「確かにそうだ。陣内、もう少しその彼らに支援射撃をかけるんだ」  「CEOがそういうと思うて、笹森を彼らの助手に回しましたんや」  「さすがに根回しが早い。それと、お久しぶりです、姫矢先輩。ご婚約おめでとうございます」  「相変わらず君は下手に出るな」  「今の光景を見るとそうでもないと分かるでしょう。相手のセラという方は年が離れていらっしゃるがあなたが妹のように大切にしていられたようですね」  照れるのは姫矢准(ひめや じゅん)といい、フリーカメラマンである。だが広志とも10年前からの知り合いであり、広志を様々な場面で支援してきた一人だった。そのため広志は彼と話す際には丁寧な口調になる。元々は報道カメラマンだったが、今ではそのカメラの腕を生かしてフリービデオジャーナリストとして活躍している。  そしてもう一人の男は陣内である。麻薬事件がきっかけで妻の美奈子と一緒に塔和大学の不正を追跡しており、その情報を集めるべく広志の立ち会いで姫矢から話を聞いていたのだった。  「姫矢はん、先ほどあの塔和大学のことで話を聞かせてもろうて、大いに参考になったんで感謝してまっせ。最近市川クラクラ病を追跡してはるんけど、どうなんや」  「陣内さん、もう話を聞いたら憤慨請負だ。この前千樹くんが調べてくれていたんだが、どうも警察がCP9に買収されている可能性があるようだ。千葉のある料亭で接待を毎晩上層部が受けているらしい」  「まぁ、驚くに値せえへん。俺も美奈子も…」  「陣内、その過去は秘めておけ。宿命は乗り越えるものだろう。今の話は内偵を入れておかねばなるまい」  広志の一声に野上良太郎はメモを取る。  「そうでしたんや、すみまへん」  「気にするな。千樹さんは元気のようですね」  「彼と君がアメリカで留学時に知り合っていたことは最近知ったよ」  姫矢がいう千樹というのは千樹憐(せんじゅ れん)といい、広志がアメリカに留学したときに様々なアシストをしてくれた同級生である。今は姫矢率いるチームネクサスに所属しながら、シンクタンクから客員研究員としても契約を受けている。  「話を続けるが、ビラを配っただけで尾行していた公安警察が逮捕する、法的条件を全て満たしたCP9への抗議デモが悉く却下される一方でCP9の息のかかった連中によるデモが反対派住民の自宅周辺で行われ、住民達は寝不足で苦しんでいるようだ」  「何という連中や…」  陣内は憤りを隠せない。  「憤る前にそうした悪事を打ち砕くのが我々の使命だ、陣内」  「陣内さん、先ほどの説明で詳細にわたる証拠はこのDVDに入れておいた」  「この前孤門はんから説明を受けたが化学方程式は相変わらずわからへん…」  「仕方がないさ、陣内さん。俺だって分からない、千樹くんから説明を受けたが今でもちんぷんかんぷんだ」  「弧門さんの挙式はいつですかね」  「分からないさ。それを言うなら君だって人のことは言えまい」  「アハハ…、確かに…」  チームネクサスはフリージャーナリスト、シンクタンク研究員、大学教授を中心に現場の経験者達で結成されたジャーナリスト集団でもある。しかも、テロリスト相手にも戦える抜群の戦闘能力も持っている。その能力はあの最悪の傭兵集団といわれるダークギースも恐れ慄(おのの)くほどだ。眞也(コードネーム・メフィスト)になると一人でテロリスト10人をねじ伏せる能力を持つ。一輝(コードネーム・ノア)はちなみに普段は京葉大学で研究員を務めている。  「溝呂木さんは相変わらず奥さんに尻ひかれているんですねぇ」  「そうだ、陣内さんも顔負けなほどだ」  ちなみに眞也はテロリスト相手には狡猾な手法で戦う能力を持っているが、弱者にはなぜか狡猾な知恵を使って戦えない。だから子供相手のチェスでは負けてしまうほどだ。彼は傭兵出身であり、10年前のイムソムニアとの戦いではゲリラをまとめ上げてイムソムニアを打ち砕いた。その際に知り合ったのが妻の凪である。  「今度ここに来た際にチェスでもしませんか?久々ですからねぇ」  「今度溝呂木さんも加えてチェスでもしようか。彼はネットのチェスゲームでハンドルネーム「デスゲーム」と名乗って闘っている。ネット上では相手の顔が見えないから遠慮しなくて勝てるって豪語していたがね」  「そうですねぇ…」  ちなみにチームネクサスの戦闘部門になると、狙撃手の平木詩織(ひらき しおり)、その彼氏でもあり分析能力を持つ電子戦のプロフェッショナル・石堀光彦(いしぼり みつひこ/コードネーム・ザギ)がいる。ちなみにスパイ戦に強いのは斎田リコ(さいだ/コードネーム・ファウスト)であり、彼女が一輝の婚約者である。  「ヒロ、真東先生と蓮先生がブラック・ジャックを引き連れてきたわよ」  「分かった、客室の間に招き、無礼なきよう対応を頼む」  なぎさに指示を出す広志。  「相変わらず分刻みのスケジュールだな」  「組織が硬直しないか、不安ですよ」  「なぎさちゃん、相変わらずヒロにタメ口叩いているな」  「いいじゃない。ヒロは慣れているって言うし」  「まあ、いいさ。ここに他所の人がいたらそうは行かないだろうかどね」  そして、1時間後…。  「そういう事ですか…」  広志はブラックジャックを前に厳しい表情でSDメモリーカードを見ていた。このカードはあのシン院長がブラックジャックに託したものだった。先ほどその分析が終わり、出てきた結果はあまりにも驚くものだった。久利生公平もこの場にいた。  「これは、あのエニエスの投与を受けた患者の全データだ…。それと、何だろう…」  「これはCP9の他の病院への採用工作のリベート内容だそうだ」  「本当に酷い連中じゃないか!」  輝が思わず机を叩いて悔しがる。広志がなだめにかかる。  「輝先生、落ち着いてください。憤りたいのは俺も同じです」  「そうだ、彼の気持ちを察してやってくれ」  ブラックジャックになだめられて輝は落ち着く、蓮は苦々しい表情で話す。  「ここまで政治的暗躍が行われるとは…。仁術であるべき医療が忍術にまで成り下がったに等しい…。親父や偉大なる光介がいたら憤慨することは間違いなしだ」  「蓮先生、であの3人はどうしますか」  「千葉ニュータウン病院に俺から本採用するよう兄貴に推薦する。水野という奴、確か村上夫妻の妹なら腕も悪くはあるまい。それに浦和君という薬剤師が優秀だから二人でコンビを組ませると安心して任せられる。後は水野という奴の腕次第だな。基本的に一度組んだ相棒は崩さないのが俺の鉄則だがね」  この蓮、人の発掘能力に非常に長けており、他の病院で苦しい経験をしている医師をヴァルハラの待遇を提示した上で引き抜かれた病院にもヴァルハラへの加入でフォローする気配りまで見せていた。浦和良は薬学部の大学を卒業して一年間中堅のドラッグストアにいたがあまりの激務に疲れ果てていたところを蓮が救い、そのまま入院先のヴァルハラ千葉ニュータウン病院に加入した。そのため浦和は蓮を『命の恩人』と慕っていた。ちなみにそのドラッグストアはその直後経営破綻し、蓮が取り持って同じ地域の大手ドラッグストアに吸収買収された。薬剤師はヴァルハラに行くか買収先に行けるかの選択を出したのも彼の温情である。そのためヴァルハラのスタッフの士気は非常に高い。  「蓮先生、それにしても…」  「まあ、サザンクロス周辺の医院でいくつかヴァルハラに加入しているがいずれもサザンクロス病院の治療のずさんさでびっくりしている。俺はヴァルハラ藤村船橋医院もアドバイザーとして担当しているが、あゆむ君は毎回毎回凄まじい薬害に頭を抱えて俺に面会するたびに『医者を急いで補強してくれ』と悲鳴を上げているぐらいだ。市川、習志野でも同様の声が上がっている。市川ではCP9の工場があってその従業員が来ているがクラクラ病患者が非常に多くて大変だ。この前の霞さんの記事は大変参考になった」  ちなみにあゆむとは藤村あゆむのことで、アイヌモシリ共和国の医大を卒業して妻・まりもの実家のある船橋で医院を開設している。険しい表情を広志は崩さない。  「このデータは奴らのずさんさを裏付ける決定的な証拠になり得ますね…。ゼーラでも、クラクラ病の情報を知ってしまったネロというCP9の従業員が報復で交通事故に巻き込まれてしまっています。一応、司法取引で彼の周辺の保護と、彼の新たな受け皿を水面下で探っています。ちなみにわざと死亡を発表した上で病理解剖を終えた死体を彼の死体とでっち上げて偽の葬式まで仕立て上げておきましたけどね。この事は他人には話さないようおねがいしますよ」  「CP9、どうなるんだろう…」  「分かれば嘆かないさ、真東君」  呆れ顔のブラックジャック。蓮が不安げに話す。  「しかし、奴らは何を次しでかすんだろう…。ヒロ、困ったことになったな…」  「もうこうなったら何でもありです。こちらも任務上の機密がありますので話せませんが、然るべき手は打つことになるでしょう。ただし、権力そのもので彼らを潰すのではいけないでしょうからねぇ」  「したたかだねぇ、あんたは。もっともその腹黒ぶりがあるから悪党どもも翻弄されるからねぇ」  「間先生、今回の情報提供への謝礼はどうしましょう」  「謝礼はいいさ。私はあくまでも患者のリスクプレミアムに対して受け取っているのであって、今回は…」  「いや、もし何かあったら私がスポンサーとして動くというのはどうでしょうか。これで大きな証拠を得られたんですから」  「あんたの律儀さには参ったなぁ…」  渋い表情でブラックジャックは広志からの小切手(2億円まで)を受け取る。  「あなたの思う所へボランティアで資金を出して欲しいのなら、これとは別に私に頼んで構いません。それと、あなたは千葉市にお住みのようで…」  「古いアパートでね。でも私もピノコも十分満足しているさ」  「近くに住居付きの空きビルがある。あなたにそのビルと不動産を譲渡します。そこでヴァルハラ千葉病院を開業されてはどうでしょうか」  「あんたにそこまでサポートしてもらえるとはねぇ…。私もあんたのサポートをさせてもらうがいいかね」  「喜んで。ましてやヴァルハラの一員ですからね」  ブラックジャックは広志に握手を求める。広志も穏やかな笑みで応じる。  「そういえば、コブラ氏の手術はどうでしたか」  「成功したよ。以前と同じ場所だったので今度は別の方法を使ったがね。それにしてもシン君もかなり監視されているようだな」  「ええ、この前週刊北斗のスクープ記事で明らかになりました。あともう一枚のカードですが、あれは…」  「週刊北斗編集部に送って欲しい。彼は直接霞拳志郎に手渡すよう頼んでいた。だが、彼がゼーラで取材しているのなら仕方がない」  「承りました。霞先生には私からお話ししましょう。カードを渡したことは、シン院長も解雇も覚悟した証拠です。やるしかありません。また、さりげなく彼を保護するよう指示を出しましょう」  その頃…。  千葉市郊外の閑静な住宅地に軽自動車が止まる。中から降りてきたのは品のある紳士でインターホンに向かって声を掛ける。  「ヨーゼフ先生はご在宅か」  「あら、ガルマ様!」  そういうと玄関が開くとうら若い女性が出てきて門を開ける。  「あなたの父君はご在宅かな」  「お父様はガルマ様が訪問されると聞いて準備してお待ちしていましたわ」  「そこまでやらなくてもいいのだが…。私も父がお世話になったからだ」  そういうと車を車庫に入れると、ガルマ・ザビは家の中に消えていく。  「そうですか…。やはり義父上(ちちうえ)も市川市の不穏な空気を不安視されていましたか…」  「君の言うとおりだ。私は大手のパン製造業の山本ブレッドの山本一族から、市川市の井尻製パンが民事再生法を申請した為スポンサーになった話を聞いたのでその理由を聞いたら、クラクラ病でパンが売れなくなって経営破綻したというのだ」  「あの井尻パンはおいしいのに、どうして…」  「CP9の杜撰な下水処理だ。あの連中は宍道湖でも同様の悪事を繰り返している、その上…」  「落ち着いてください、義父上」  ガルマが素早く興奮しかかったヨーゼフ・エッシェンバッハを押さえる。デギン・ソト・ザビはヨーゼフの好敵手にして認め合う親友でもあった。その関係もあり、ヨーゼフを慕っていたガルマとヨーゼフの一人娘・イセリナは仲良くなって婚約した。ヨーゼフもガルマの聡明な性格を買って自身の後継者に指名する意向だった。また、ヨーゼフの影響もあり、公私混同をガルマは嫌っていた。その清潔さに加え、話を最後まで聞く真摯な性格は誰からも慕われていた。冷静さを取り戻したヨーゼフが週刊北斗を前に話を続ける。  「君は私の理想を継ぎつつ、冷静だから安心して話せる。CP9は他にも薬害問題を起こしている、彼らを止めるには行政指導が不可欠だ。この記事を見ればなおさら必要性が増す…」  「週刊北斗ですか。霞拳志郎記者とは一度取材でお会いしましたが、あの人は鋭い。私も議会の質問には彼の記事を使っていますよ。あれぐらいの批判は私にも必要でしょう」  「私も彼の姿勢には共鳴するさ。以前人物発見伝で取り上げられて恐縮してしまったがね」  「私も喜んで協力しましょう、義父上。市川市に行政指導を行うよう要請する際に私も要請に加わりましょう」  「ガルマ君」  「私は井尻製パン社長の井尻三郎と同級生でした。彼の会社がつぶれた事は放置していられませんよ。その彼はデモをおこして逮捕されたのですが、デモの条件が認められる要素があるのに全く認められない、やむなくゲリラデモを行ったら逮捕ですよ。その酷い手口に我が姉キシリアが憤慨して手弁当で弁護人を引き受けています」  「ひどいものだな。あの少年が泣きじゃくるシーンがテレビで流れて私も胸がつぶれる思いがした。彼はテレビの前でCP9への怒りをあらわにしたぞ」  「あの少年、川上真一君には私の方で学業支援を確約しました。いずれにせよ、CP9の魔の牙を食い止めることが先決でしょう」  「さすがにガルマ君だ」  「お父様もガルマ様も厳しい表情ですわね…」  イセリナが紅茶を用意して入ってきた。  「関東連合でも、ジャミトフが中心になって政権交代を目指しているそうですが、私には寒気がする話です…。この前ジオン党を離党したのはその関係です」  「そうだな、彼らの狂信的な愛国心には呆れてくる。ギレン・ザビが評価する壬生国でも狂信的な愛国心教育が強化され、多くの反発する教師に違法な処分が行われたと言うじゃないか」  「『愛国心は悪党の最後の隠れ家』ですわね…。彼らにつながっているのはあのマーク・ロンですわね…」  「イセリナ、君の言うとおりだ。その聡明さをあの涼宮ハルヒに見習ってもらいたいほどだ…」  ため息をつくガルマ。彼もハルヒの狂信的な愛国心には呆れていたのだった。  一方、六本木…。  「シロッコ、久世副社長からマボロシクラブのアシストを頼まれているな」  「理央、奴らはバカだな。とりあえず応じているが、こちらはGINに情報を流し始めている。そして匿名ファンドの結成…。全てこちらのシナリオに奴らはのっているな…」  長谷川理央にニヤリと笑うのはあのパプテスマ・シロッコ。ホストクラブのマボロシクラブ経由で黄色い馬は販売され、ねずみ算のように黄色い馬は爆発的にはやっていた。だが、それだけ情報は横流しされていたほか壬生国の喪黒首相サイドからの情報も漏れ始めていたのだ。  「壬生国支配計画も奴らを追い込む一つのプランだ…。精々踊らせておこうじゃないか」  「確かに…。だが、シロッコ。我々は慎重に動かねばならない…」  「麻薬については駆け引きもある。今はまだ話すな」  「当然だろう。ロンは壬生国でメディアを買収したが、すでに他のメディアがマードックの疑惑を取り上げ始めている。麻薬取引をインターネットで行うようにしているのを黙認していることもな…」  「彼にとって大切なのは金だ。金さえあれば何でも出来るんだろう」  「我々は当面の数字を誤魔化すだけだ。後は…」  「モルゲンレーテも水面下で反撃を始めているようだ。こちらはそうこなくては…」  乗っ取り騒動で苦杯を飲まされたモルゲンレーテもオーブ国王キラ・ヤマトの実姉、カガリ・ユラ・アスハを社外取締役に招き入れていた。そして、オーブはしたたかな外交を展開し始めていた。  「そういえば、三島と根岸はどうだ」  「彼らには一応資金を提供しようと申し出たが、丁寧に断られた。そして太平洋不動産という、経営不振に陥っていた東証2部上場の不動産会社を買収した。どうも、そこが壬生証券や壬生保険グループを組み込むことになる」  「バカだな、喪黒は」  冷笑するシロッコ。三島と根岸の独立傾向の強さを知っていたのだ。そこで、リブゲートから切り離すよう動いたのだ。だが、その動きを知っていたのは彼らだけではなかった…。  そして再び、市川…。  「お父ちゃん、大丈夫?」  「すまんなぁ…、ほんまやったら宇宙の仕事に集中させてやりたいのに…」  ここはヴァルハラ市川総合病院、花山満天は父の日高英雄を見舞っていた。彼は町工場の社長だったのだがCP9製薬の杜撰な下水処理で汚染された水でうっかり作られていたパンでクラクラ病にかかってしまったのである。ちなみに娘の満天は宇宙飛行士になっていて、その時の同僚の花山陽平が今の夫である。クラクラ病発症時に孫のそら(満天と陽平の娘)がいた英雄は必死になってリハビリを受けていた。  「どうでっか、様子は」  「伊野先生、すみません」  「俺がこの街におったとき何ともあらへんかったオリエンタル製薬が何でこんな事になるんか、ほんま困った」  「この前の週刊北斗の記事は…」  「7割方、当たっていますわ。俺もあれだけ説明を受ければ納得しますわな」  「花山さん、お父さんの様子どう?」  そこへふらっと入ってきた夫婦。びっくりする陽平。  「柘植さん、日本に戻ってきて間もないのに大丈夫かい?」  「放置するわけにはいかないんだ。俺も親友の谷口がクラクラ病にかかってしまった。黙ってみていられるか!」  柘植喬之(つげたかゆき)は花山夫妻の同僚であり、元々は新聞記者だった。だが宇宙飛行士になって近々オーブの科学アカデミアに教授としての加入が確定している。宇宙飛行士として有能であると同時に、物事をそつなくこなせる反面、なぜか妻の桔梗(旧姓・相田)が苦笑するほど後先考えずに行動する。彼女曰く「人のいいおっちょこちょい」、 「突然な人、いつも後先考えずに行動する」、 「両手いっぱいの花束のような人」なのだ。桔梗が困った表情で話す。  「市民運動のホームページには人々が集まってきているけど、肝心のクラクラ病のデモにはつながらない、ゲリラデモではどうにもならないのよ、どうしようかしら…」  「焦りは禁物、ですわ。すでに週刊北斗が動いてますわな」  その光景をちらちらと見る清掃担当者がいた。彼女は掃除を終えると、トイレに駆け込んでスマートフォンを取り出して何かを打ち込み始めた。そして彼女は何食わぬ顔をしてトイレから出てきた。  「そう…、クラクラ病でCP9のスパイがいるのか監視をしていたら被害者がいたのね…」  その頃、千葉駅前の小さなビル…。  表向きは小さな証券会社・ジーラ証券のカスタマーセンターであるのだが、実はこの場所はGIN・千葉支部である。マーシ・ラメイル(ちなみに彼女の養母がジーラ証券のオーナーである坂本あつこ、あつこの夫は桑田福助の秘書を務め、日本連合共和国下院議員になった純一)は天沢汐からのメールを見ていた。  「では、俺が明日から応援スタッフで入ろうか」  「そうだね、烈D(レッド)」  レッドと名乗る少年に同意するのはロビン・G・ジュニア、GIN千葉支部の若い責任者である。千葉支部を構成するメンバーは他にも狙撃のプロフェッショナル・ブルー・ジョー(父親が警察軍の名スナイパーだったため、彼に付けられたあだ名はキラー・ジョー)、厚生労働省出身の天沢航司(汐の夫で分析官)である。  「僕も聖司から話を聞いた。CP9はここ千葉で不正な接待を繰り返しているようだ。どうやってその証拠をつかめるのだろうか…」  「おそらくは怪談亭だと思うけど、彼らのガードは堅くなってきていて日程も分からないのよ、どうするの」  ため息をつく天沢雫。ちなみに彼女は汐の妹であると同時に航司の義妹になった、というのは彼女の夫が聖司で、彼は外務省につとめていてヨーロッパを中心に情報を把握していたため、夫と一緒にGINに加入した経緯がある。  「皆さん、お疲れ様。差し入れを持ってきたよ」  「おじいちゃん、済まないね」  航司が素早く老人に駆け寄る。彼は西司郎といい、若かりし時貿易会社に勤めており、孫達が外国語に堪能なのはその影響が大きい。  「そうそう、雫さん、CP9の関連資料を届けておくよ」  「いつも助かります」  ちなみに雫の父である靖也は退職しているが大学の図書館で司書をしていた経験を生かして情報を集めている。雫の情報解析能力はその靖也譲りだった。ちなみに彼らをバックで支えるのは円ダイゴ・レナ夫妻のスポンサーでもあるあの正木ケイゴである。  その1週間後…。  千葉市役所の市長室にガルマの姿があった。彼の他に青年ときびきびした女性、そして何か穏やかな空気を漂わせた女性がいる。  「市長、回答が出たのですね」  「回答は、君達に恥ずかしくて到底見せられない代物だ」  ヨーゼフは渋い表情でガルマに文書を見せる。あの2日後、市川市長の松下百合子に二人でクラクラ病の原因調査とCP9市川工場の下水処理の改善を求める行政指導を行う要請を行ったのだが、回答は「明確な証拠がないため出来ない」と事実上門前払いの結果だった。呆れ果てた表情でルルーシュ・ランペルージュはガルマから回された文書をヨーゼフに返す。  「全くだ…。松下という市長は市民の代表ではないな」  「ルルーシュ、君の言うとおりだな。私も君達と急いであの話を進めなければならない。シャアと調整を始めているがアムロたちにも参加してもらわねばなるまい…」  「あの話か…。私も急がねばならない。奴らはシュナイゼル君に冤罪を被したのだ、このままでは私達も危ないぞ。後はアムロ・レイたちも誘わねばなるまい…」  ヨーゼフも同調する、というのはギアス連合会とジオン党ガルマ・シャア派はこのままでは主導権は握れない、そこで政策的に似ている日本連合共和国首相である朝倉啓太率いる日本政友党と合同する話を持ちかけていたのだった。すでに政策調整会議は進んでいるが、ガルマ達はギレン達に話を聞かれてはまずいと考えて水面下で行動していた。ちなみにこの調整で動いているのはガルマの姉であるキリシア(千葉市で弁護士事務所を開いている)である。  「キリシア君、あの話は別として、千葉におけるクラクラ病で損害賠償の交渉はどうなっている」  「工場サイドが全く責任を認めていませんわ。オリエンタル製薬時代ではあり得ません。私もシャーリーも、CP9と闘います」  「しかし、サウザーは何を考えているのか…。ジオン党を分裂させて連邦党の移民反対派となぜ手を組むのか全く分からない」  「そうですね。エッシェンバッハ市長、私も驚きました」  シャーリー・フェネットが厳しい表情で話す。彼女はルルーシュと同じイギリス出身の移民の娘、ヨーゼフはドイツ出身の移民の子供である。  「CP9が市川市を乗っ取っているな…。議会も全てCP9の政治資金を受け取っているメンバーばかりだ、これでは公害になるのも無理はない」  「ため息をつきますねぇ…」  その日の夜…。  「ビアス先生の塔和大学学長就任を祝し、乾杯!」  スパンダム・グロリアCP9製薬社長、オリファー・ビアス塔和大学学長を前に関東連合産業開発相をつとめる土井健三が声を掛ける。  「乾杯!」  「それにしても、宍道湖のNGOは迷惑この上ありませんな」  「確かにね…。でもこの関東連合ではそうはいきませんよ」  にやけた顔つきなのは関東連合警察で組織対策一課の警部を務める武井公平だ。スパンダムは彼に様々な利益供与を行っており、その見返りに武井はCP9市川工場周辺でのデモを許可しないよう働きかけていた。  「船田さん、GINの動きはどうですか」  「それが、奴らは全くブラックボックスですよ」  渋い表情なのは船田勉だ。彼は塔和大学出身で、ビアスに心酔しているのだ。  「やっかいなのはあのブンヤどもも同じです。この前一人痛みつけてやったようですが、逆にGINがブンヤを取り込んで動いていますぜ」  ビアスはちょっと疲れたような表情だ。  「先生、どうしたのですか」  「いやぁ…。ちょっと体がだるく感じるようでね…」  「学長と教授の二つのわらじのためでしょう」  「まあ、宴会が終わったら帰って寝るか…」  ビアスは軽く考えていた。しかし、そうではなかったのだ。その際の軽い判断が彼にとって命取りになろうとは誰もその時考えなかった…。そう、その爆弾は肝臓にしこまれ、そして体を巡っていたと言うことを…。 15 あがきを止めない者  東京・新宿…。  ひょうひょうとした男が周囲を伺う、そこにタオルを頭に巻いた眼光の鋭い男が接近してくる。  「阿鼻谷、バロン先生の指示はどうなっている」  「週刊北斗関連で、あの記者が入院している病院を突き止めろとのことだ」  「ジュウザ記者か…。まあ、仕事だからな」  「冴羽、あんたと手を組んで正解だったな」  阿鼻谷零慈はにやりとする。この冴羽獠(りょう)は公私共のパートナーでもある槇村香とコンビを組み新宿の歌舞伎町で表向きはカフェテリアを経営しているが本業は闇の何でも屋である。「XYZ」という注文が入れば闇に関わる仕事を引き受けるのだ。  「あんたが俺達に接触したのは愛娘を取り戻すためだろう。俺も憤慨したが、あんたは闇の社会にあえて飛び込んで取り戻そうとしている。放置はできないさ」  「私はあんたを巻き込んで済まなく思う。香さんや愛娘まで…」  「二人共承知だ。俺は戦争で国籍を失ってこの国にたどり着き、国籍を手にした。この国のために俺はやるべきことをするまでだ」  中南米出身でゲリラに育てられた獠はバロン影山のボディガードをしていた。そこで国籍がないことを知ったバロンは獠に国籍を与えるため妻の旧姓を与えた、すなわち冴羽の名前を与えると同時に養子縁組を交わしたのだ。更には情報を分析すべく女泥棒3人まで取り込む始末だ。  その頃、上野のレストランでは…。  「リィナの学習の手伝いで美術館めぐりなんてな…」  「ごめんね、ゴッドフェニックスの仕事が休みなのに付き合ってもらって」  「いいさ。俺だってこのところヒロさんと連絡を取り合っているんだ」  ジュドー・アーシタは妹のリィナとレストランの外で食事を取ろうとしていたのだ。リィナは高校生で、美術部に所属している。水彩画が得意で、油絵から水彩画に活かせるものはないのかと研究に熱心だった。その時だ。  「誰か、あの男を捕まえるんだ!!」  夫婦連れが叫ぶ、白っぽい服を着た男がバックをひったくって逃げているのだ。ジュドーは素早く動くと男の前に立ちふさがり腹部めがけてパンチを放つ。更にベレー帽をかぶった男が駆けつけると男を拘束する。  「いてぇ!!」  「スリとは不穏だな!」  「ありがとうございました」  「いや、あんたたちが困っているのを俺は我慢できなかっただけさ」  ジュドーは頭をかく。  ひったくり男はそのまま警察に引き渡された。ジェイコブ・ムーアは上野にある投資ファンドとの出資交渉の帰りに婚約者のウィニー・ゲッコーとデートをしていた。そこにあの万引きが現れたのだ。ウィニーは警察に事情を説明するため向かったのだ。ジュドーは簡単な事情聴取を終えるとレストランに戻ってきた。  「ところであんたは普段何をしているんだ」  「僕は環境関連に投資するファンドを経営しているんだ。老朽化した水力発電所を買収して改修したり、海上風力発電に出資したりしているんだ。普段は房総の田舎でウィニーとのんびり過ごしているけどね」  「そうなんですか…」  「君達には助かったさ」  「そういえばウィニーさんの下の名前から…」  「あの人の阿漕な金稼ぎには理解できない。僕がアメリカから日本に移り住んだのはゴードン・ゲッコーのやり方に疑問を感じたからさ。学生時代に知り合ったバド・フェニックスは千葉で倒産した企業の経営再建を支援する投資ファンドを立ち上げているんだ。あの人はアメリカで父親の勤めていた航空会社を買収して世界屈指の格安航空会社にしたけど、株式公開で得られた利益を元に奥さんの故郷の日本に移住して地方の倒産したものづくりの会社や食品ストアを買収して再建しているんだ」  「そういう事か…」  インディ・ジョーンズは納得の表情だ。教え子のニコ・ロビンはバドからよく寄付を受けている(無論バドが経営する投資ファンドは法人税と所得税をきちんと納めている他従業員は無論のこと支援先も全員正社員雇用だ)。  「あれ、懐かしい。これはアメリカの格闘家の雑誌だ」  「ジェイ、いいさ」  ベレー帽をかぶっていたマット・ジョーンズは手元の雑誌を渡す。ちなみにマットとインディの教え子のガロード・ラン、ティファ・アディールは初対面である。パラパラと眺めているときガロードが驚く。  「こいつ…!!」  「あの時五稜郭で暴れた人だわ…!!」  「どういうことなんだ!?」  驚きの表情でジュドーがガロードに話す。ガロードとティファは以前函館にインディの講演会の手伝いで行った際に五稜郭を観光していた際に麻薬『黄色い馬』中毒者に襲われたことがある。その男の素性は全く分からなかったがひょんなことから分かってしまったのだ。  「以前所属していたのが『マックスゲート』、総合格闘技のチームで知られている」  「たしかイダテン・ベンテン夫妻とアドン・サムソン夫妻でタッグを組んでいるな」  「俺、ちょっと席を外す!」  「お兄ちゃん!!」 ------最近どうしたの…!?ヒロさんだの、ちょっと席を外すだのそれが多くて…!!  リィナは戸惑いを隠せない。  「そういう事か…。了解した、ボブ・ハントなる男が五稜郭事件を起こしたということだな…」  「ヒロさん、この情報は間違っているかもしれないんだ。でも、有力な手がかりなんだ」  「君を信じよう、あの霞拳志郎が君を信じて私に頼んできたのだ、信じなければどうする」  川崎で広志はジュドーからの報告を受けていた。  「ちなみにガロードという青年にあとでこっそり伝えてくれないか、『何かあれば父親に相談するように』と」  「ヒロさん、まさか…」  「私とドルネロは情報を交換する関係にある。全てまでは伝えていないが、信頼のおける仲間だ」  電話が切れた後広志はすぐにボブ・ハントの素性をインターネットで検索する。 -------アメフト出身で、6年前に来日、だがドーピングが発覚して総合格闘技界から追放され、行方不明になって…!!  「なるほど、有力な手がかりだな。加藤、来てくれないか」  「はい、俺に何か仕事で」  「ああ、このボブ・ハントがこの前五稜郭事件を起こした『黄色い馬』事件の犯人と同一人物か科学的に分析をしてくれないか」  「了解しました。お時間はどれぐらいで」  「1週間で突き止めてくれ。京葉大学附属病院に奴の病理解剖のサンプルがある。マックスゲートに残されている奴のものから指紋やカルテなどを採取し、京葉大学の関係者にも頼んで分析を行うこと。そこまでは断言はできまい。結果は私に伝えると同時に特強に伝えてくれないか」  「それでは恵と一緒に調べてきます」  「くれぐれも無理はするな。ゆっくり休むべき時は休むこと。それと喪黒関連は補強を進めている」  その頃、東京・八王子…。  シロッコと理央の姿はある一軒の豪邸の中にあった。一人の涼しげな男が茶を嗜む。男は押小路龍、押小路財閥の若き総帥である。実家は福島県にあり、倒産寸前の福島電鉄を引き継いで近くを走っている東日本電鉄の貨物新幹線計画に福島電鉄のミニ新幹線化を提案して鉄道線の近代化と貨物収入を得て会社の債務をわずか3年で完済した辣腕経営者でもある。  その人脈は恐ろしいものを持ち広東からの亡命者を受け入れると同時にインド人の人脈を活用して経営不振の会社の経営再建を手がけている。  「お前達のリブゲート乗っ取り転売計画は順調か」  「ええ、お陰様で。でもまさか奴らの闇ビジネスからも資金を転用するとは誤算です」  「私の知り合いで広東からの亡命者もいる。必要なら支援もするよ」  「恐縮です」  「しかし、君達の合併作戦に奴らも動じないようだな。まさか富士食品を逆ざやで合併して保有率を下げようとは…」  「次の手も考えましょう。クレジットカード会社を合併させるのです」  「だが、大手かつ独立系でなければ意味は無い」  シロッコが厳しい表情で言う。そうなると超優良会社か経営不振の会社かになってしまう。  「それに関しては経営不振の日本クレジットサービスにしよう。広東からの亡命者を使って買収して資本を安定させてからリブゲートに買収させることにしよう。範人、聞いたか」  「かしこまりました、龍様」  城範人(龍の執事)が頭を下げる。彼はフリーターだったが龍に認められてそのまま押小路一族の執事になった。 16 決断と運命  その頃、壬生国・名古屋では…。  レストランで二人の男性が打ち合わせをしている。その二人がGIN名古屋支部のリーダーの湯川学(本業:オーブ王立科学アカデミア物理学准教授)、草薙俊平である。二人は大学時代からの悪友で、俊平が公安警察からGINに加入したことがきっかけで湯川もGINにその物理学の実力を買われて加入した。  「あの疑惑だが、石神さんが潜入捜査に入っている」  「高校教師を装っているが、実は俺達のスパイとはCP9も想像しないな」  石神哲哉は数学者だが、GINの一人だ。彼をCP9の計算プログラマーとして送り込み、内部から情報を集め込む作戦は順調だ。  「もう一人、清掃パートとして送り込もうか」  「ああ、もっとも彼女の条件はストーカーのモラハラ旦那を追い払うことと娘さんの支援だからな」  「それは任せとけって。だが、決断と運命はそれだけ重い結果がある」  「説得は僕が行う。草薙は情報の伝達先を確保してくれると助かるよ」  その帰りの名古屋・緑区…。  「湯川さん、そういうことなんですね」  「ええ。僕からはあなたにいえる仕事はこういう事です」  インスタントコーヒーを飲みながら花岡靖子は戸惑っていた。隣にいる娘の美里も驚く。彼女は中学2年生でバトミントン部にいる。湯川は落ち着いた口調で話す。  「バレたら、命は保証できません。でも、高野CEOは全力を尽くすと言っています」  「石神さんの手伝いなんですね」  「つまり、石神がわざと捨てたゴミを回収し、僕に渡して欲しいのです」  「命を拾ってくれた高野CEOに協力します!」  そう、靖子の元夫の富樫慎二から二人を守ったのは広志だったのだ。湯川はGINの科学捜査部の部長の顔を持つ。富樫は中華連邦のGINにスカウトさせて追放することに成功した。  「先生ってガリレオって言われたくないんですよね」  「そうだな。僕は苦手なんだ」  美里はよくここに来ていて、バトミントンの練習をしているほか、試験の教師も引き受けてもらっている。その代わりに三度の食事を二人はよく差し入れているのだ。  「良かったな、湯川」  「これで決まった。後は連絡役だけだな」  俊平は厳しい表情だ。ヘビースモーカーだがたばこの苦手な湯川に配慮してたばこは吸っていない。  「それなら姉貴に頼むか。姪が中学生なんだ」  草薙の姉は森下百合といい、娘に美砂がいる。  「面白い。内海と連絡を取るようにしたらいい」  「しかし、大丈夫なんですか」  「これぐらいは互いのトップも黙認します。花岡さん、心配無用です」  内海薫は力強くうなづいた。湯川も一目置く存在で、いわばホームズが湯川ならワトソンは彼女なのだ。  「今度、掃除に行きますよ」  「それは遠慮するわよ。全く…」  彼女の部屋は汚れていて、いつも美里が掃除に行く羽目になってしまう。 美里は今では平然とゴキブリを殺せるほどだ。それほど部屋は汚れているのだ。湯川はワイズメン・ラガービールの入った缶を取ると飲み干す。ちなみにこのワイズマンはあのドルネロ率いるナカタ酒造のオランダにおける大手ビールの子会社で、日本ではナカタ酒造が独占して販売している。本社はハーレムというオランダの地方都市にあり、ドルネロはその関係でFCハーレムという地元のクラブチームを買収し、オランダ1部にまで昇格させた。  湯川の面接相手はドルネロだったこともあり縁があると湯川は思っていた。  その頃、大網白里では…。  工場の跡地に小さな私塾があった。その私塾の主催者は書道家で知られる志葉家十八代目当主、志葉 丈瑠(しば たける)である。彼は若き書道家として大胆かつ流麗な書道の腕前を持つ他、剣道でも優れた腕前を持つ。アジア戦争で戦争孤児になった子供達を大網白里の人々が養子として引き取った事に呼応し、一族の私財をなげうって子供たちの集う私塾を立ち上げたのだった。  「エイ、エイ!」  「竹刀の振りが甘いぞ!!」  剣道総師範を務める不破十蔵が大声で子供たちを叱る。丈瑠の妹である薫の後見人を務めており、丈瑠の後見人である日下部彦馬の弟子でもある。肩まで掛かりそうな長髪を輪ゴムで結わっている。これは薫のアドバイスもあったためで、若々しく見えると好評だ。  「十蔵、少しやりすぎだぞ」  「なあに、一時間前に休んで今は試合前の振りだ。終わったらお前と明日の試合でのメンバーを選抜したいのだがいいだろうか」  「いいさ。俺で良ければ」  「しかし、白里志塾にこれほど人が来るとは思わなかったぞ」  「近々、香取市にもう一つの私塾を立ち上げなければならないな…」  「おい、手を広げて大丈夫なのか」  十蔵は思わず声を上げる。子供だった頃に親を病気で亡くしたことを哀れんだ志葉家が十蔵を養子にしたのだった。そのこともあり十蔵は剣道で日本一になろうと血の滲むような努力を積み重ね、2年前に日本一になったのだった。その後多くの企業からスカウトの話はあったが十蔵は断り、そのままこの私塾にいる。  「十蔵はいつも俺にいい言葉をかけてくれる。おかげで俺は調子に乗らずに済むさ」  「お前はそれだけ剣の腕を上げてきている。後は薫だけだな、幸いにして、あれだけ礼儀に正しい女子高生は珍しい」  「ああ…。後見人としても今後も頼む!」  「俺は我が意を尽くすまでだ、兄弟」  「殿、あの計画はかなり進行したようですな」  「ジイ」  がっちりした体つきの男が駆けつける。丈瑠の後見人にして、十蔵の師匠でもある彦馬その人だ。観察眼に長けており、おおらかさと厳しさを備えているため十蔵も口調は砕けているものの敬意を払っている。  「明日私の方で面接に向かいます。確実なる人材を集めねばなりません」  「じいさん、兄弟を止められるのはじいさんだからな。しっかり頼むぜ、それに俺もしっかりやらないとな…」  「十蔵、お前は企業からのスカウトを断っていいのか?」  「全然。ここにいれば俺も色々経験できて成長できる。最初ここに来た際には料理も食料調達も出来なかった。それにここでは勉強もできる。あの雄山から茶道まで学べるとは最高だ」  ちなみに彦馬はあの海原雄山と顔見知りであり、丈瑠達を雄山の弟子にするべく動いた。丈瑠の親代わりを務め時に厳しく修行の指導もしてきたため、丈瑠が気兼ねすることなく弱い面を見せられる数少ない人物である。  「香取市の学校の校長は誰にするつもりだ」  「小松に頼んだ。彼は下積みもある、きっとうまく学校を運営できる」  「ただ、立ち上げる際には大変だな。俺も協力しなければならないな」  小松 朔太郎は彦馬の秘書を務めたほか、多くの下積み経験を経ており、今は白里志塾の副校長を務めている。たまには洒落の利いた行動も見せることもあって慕われている。すでに香取市の私塾向けに杜崎 拓、武藤 里伽子、松野 豊、小浜 裕実、山尾 忠志、清水 明子の採用が決まったほか、津村 知沙と田坂 浩一もほぼ採用が固まった。更には十蔵のライバルだった緋村剣心をスカウトして剣道教室を立ち上げることも決まった。  「只今、兄様」  「薫!」  女子高生が明るい声で入ってくる。丈瑠の妹で今は千葉市内の高校に通っている薫だ。高校では優れた学術を持つ。  「じいちゃん、また書道部のパフォーマンスに誘われちゃった」  「あまり望ましくはありませんがな…」  「俺もだ。お前はお人好しすぎる、優しすぎるんだ」  そこに私服姿の青年が入ってくる。  「みんな、元気か」  「千秋、大学は終わったのか」  「ああ、終わって帰ってきたんだ。俺はじいさんの手伝いもしなくちゃ」  谷千明は京葉大学・法学部1年生である。高校生の時から志葉家に下宿していて、アルバイトもしながら高校に通っていた苦学生である。その努力家ぶりは十蔵が絶賛するほどだ。  「お前、『ゴールド寿司』からのアルバイトの話はどうする」  「行くよ。せっかくだもんな」  「口調がおかしいぞ」  彦馬が思わず声を上げる、だが丈瑠は気にかけていない。  「ジイ、千秋は千秋なりに配慮しているさ」  「『寿司屋』の好意は無駄にしたくないだろう」  「あんたの言うとおりだぜ」  十蔵にニヤッと応える千明。十蔵とは早朝から竹刀で戦うなど努力家でもある。  「それとこれ、姐さんに渡してくれないか」  「分かった、渡しておこう。お前も結構人に恵まれているようだな」  姐さんと千明が言う女性とは白石茉子といい、幼稚園部の責任者を務めている。冷静な性格で鋭い観察眼を持ち、物事の真をついて話すほか面倒見が良く心優しい一面もある。丈瑠からの信頼も強い存在だ。そこへ男女が入ってくる。  「只今戻りました。花織さんと一緒です」  「今度の歌舞伎の演目は決まったのか」  「お陰様で。ただ、私の苦手な女形ですからね…」  「お前は生真面目だからな」  呆れ顔の十蔵。池波流ノ介は歌舞伎役者の家系に育った男で、誰にでも敬意を払う実力派である。天然ボケの一面があるがそのことはみんなも承知で付き合っている。  「それにこの和紙、うちの実家から取り寄せたものや。これでLED照明と組み合わせるといいはずや」  「お前の才能は竹細工でも優れている。俺もこの前教えてもらったが奥深いものだな」  「十蔵はんは初めてなのにあすこまでこなせるなんてすごすきや」  花織ことはは感嘆の表情を上げる。十蔵は趣味で竹細工の照明灯を作っており、試合に勝った教え子に記念品で贈っている。京都出身のことはから竹細工を見よう見まねで教わり、たちまち自分のものにしてしまった。荒れた竹やぶの管理も最近では行うようになり、白里志塾は地元からも好評だ。  元々のきっかけは剣道の練習に熱心でよく竹刀を折ってしまう十蔵が自作で竹刀を作ろうとしたことだった。ではダメになったものはどうするのか?捨てるのは良くないと考えていたところに竹細工のアイデアをことはが出したことがきっかけだった。  「後は『ゴールド寿司』の照明だな」  「後は和紙を貼るだけだ。本人の意見を聞いて決めた」  その頃、大網駅前の古い寿司屋では…。  「困ったでおじゃるよ、キタネイダス」  「私も同感ぞよ。ダイボウケンの取引をマードック関連の携帯電話会社とは縮小できても、会社そのものに買収の話では困ったぞよ」  「俺も同感なり。あの会社に汚いことをやられたら腹が立つなり!!」  「俺に原を立てても始まらないさ、ヨゴシュタイン」  明石暁に憤慨するのはあのヨゴシュタイン(本名:バロン・ド・シュタイン)である。婚約者の実家を訪れその帰りに『ゴールド寿司』に立ち寄っていたのだ。サージェス精密工業の従業員は大田区の近くに社員寮を構えていて、そこから全員車で相乗りになって会社に勤務しているのだ。  「俺も我慢出来ないさ。とにかく社長も何とかしようと奔走している。俺達もできることをしていくしかないさ」  「でも、そう甘いことは言えません」  厳しい表情で言うのは西堀さくら(暁の婚約者)。ケガレシア(本名:及川玲奈)も頷く。  「しかも、問題は新しい半導体の開発まで知っていたことだ。俺達は情報を漏らした覚えがない。真墨も身に覚えがないと話していたぞ」  「しかも、パテントトロールのおまけ付きだぜ…。マードックとリブゲートはグルになっている!!」  憤慨する高丘映士。当然だろう、自分たちが心血を注いで開発した半導体が他社の権利を侵害していると決めつけられて不愉快この上ない。リボーンズ・アルマーク率いる『アロウズ証券』が突然サーフィス精密工業の特許を「我社が投資したマードック子会社の著作権を無断で侵害した」として訴訟を起こしてきたのだ。  「そうなると、セラミックキャピタルやアプリコットコンピュータ、スキエンティア社との提携を急がねばならないな…。アプリコットはリブゲートに唯一対抗できるIT大手だ、パソコンにも精通していて世界屈指だ」  「この前菜月が買ったパソコンもそうだったよね」  「そうなりよ。あのノートブックは性能が良い割には値段が安いなりよ」  「でも、そのパソコン選びの眼力が恵さんと結ばれるなんて運命どこでどう転がっているかわかりませんね」  さくらが言う。高荷恵は家が会津出身で、事情により千葉に移っていた。気丈な性格で、ヨゴシュタインが発達障がい当事者であることを最初に見抜き、全員で支えるよう求めた。ヨゴシュタインも努力はしていて、ゴミが出たらすぐに処分するように心がけているのだ。もともとヨゴシュタインは研究熱心で、朝一番に自転車で出勤して夜最後まで残業しているのだ。  「私もあなたにいろいろ助けられましたから…。麻薬患者に襲われそうになった時に身を以て守ってくれて…」  「あれは当然なりよ。俺も正直言って昔は散々いじめられて辛かったなりよ」  「初めてぞよ、ヨゴシュタイン」  キタネイダス(本名:北村光輝)が言う。彼もやや発達障がい気味の一面がある。それでもみんなが受け容れるのはサージェス社のやりたいことをやらせてくれる社風にあった。  「私の知り合いであなたのことに興味を持っている人がいるの。今度あってみない?」  「私にそんな!?」  キタネイダスは戸惑う。その性格は研究熱心故に寝食を忘れて挙句の果てには風呂にも入らず研究成果をあげようとがむしゃらになる。間宮菜月がキタネイダスを突っつく。  「まあまあまあ、キタちゃんも戸惑わないの」  「参ったぞよ…」  なぜかキタネイダスは菜月には弱い。ちなみにキタネイダスを『キタちゃん』と呼ぶのは他にも最上蒼太だ。  「お前らはこのスマートフォンの使い方を知らぬか」  そこへ現れた老人。暁たちにとってこの出会いは会社の乗っ取りを回避する大きなきっかけとなろうとはまだ誰も気が付かなかった。  「ほう、でこうタッチパネルで使えば電話がかけられるというわけか…」  「そういう事だぜ。じいさん、なんでこんな携帯電話を使っているんだ」  「仕事絡みじゃ。それに孫の顔も待ち受け画面にしていて愛着がある」  「この子があんたのお孫さんか」  そう言って元気な声をかける男。  彼は『ゴールド寿司』の主人である梅盛源太だ。5年前に屋台の寿司屋を始めてから、2年前にようやくこの大網でラーメン屋跡地を買い取って立ち上げたのだった。何故かあの海原雄山が立ち寄り、厳しく叱られたこともあるがその叱責に発奮した源太は腕を上げ、『房総の鮮魚を寿司にするならここしかない』と絶賛されるまでになった。  1年前には川越の老舗寿司店『かんなり』の末娘・金成春代を妻に迎え入れた。ちなみにこの店には丈瑠たち『白里志塾』のメンバーと夫妻の写真が飾られているが、源太と丈瑠が幼馴染という事ゆえだ。豪快な性格で文武ともに優れた才能を持っており、来年には通信制の大学を卒業することになった。  「そういえば、あの海原雄山に褒められたサメ寿司を作ってくれるか」  「ガッテン承知!」  「確か、あなたは松坂征四郎じゃないですか」  「その通りじゃ。今はしがない一人の孫バカに過ぎぬがな。古い友人と昨日会ってきて、その帰りに来たのじゃ」  暁に答える征四郎。 彦馬とは竹馬の友にあり、お互いに似た立場故に話が弾む関係にもあった。    「うまくいきそうやな、財前はん」  「陣内が情報を俺に送ってくれたお陰だぜ。あんたの仕事ぶりはいつも惚れ惚れするぜ」  丈太郎と陣内は携帯電話でやり取りをしている。  ミキストリ規制作戦はようやく始まった。すでに国連には規制提案を行なっておりこの数週間以内には決まる。  「この国、いやこの世界を牛耳り、甘い汁を吸う権力者はアホばっかりや…!!」  「お前の言うとおりだぜ、陣内。この国を破滅寸前に追い込んだのは無能無策の政治家であり、それを食い物にしてきた連中どもだ。権力を乱用し、私腹を肥やす巨悪は片っ端から撲滅してやろうぜ」  「そうや。奴らには首を洗って待ってもらいましょ」  「お前のこの言葉、頼もしいぜ。ところで美奈子はどうなってるんだ」  「あいつは相変わらず忙しいんよ。俺とても無理強いはせえへん」  「松坂のじいさんの言葉、忘れるわけには行かないぜ」  「俺とてもや。『若い頃、強く抱いた信念と理想は権力を持つに従い、よどみ、腐っていった。わしらのような者が消えぬ限り、この国はなにも変わらん。この国の行く末は、青年将校であるお前らに託すぞ!』俺はその言葉に恥じぬだけの仕事をせめてこなしたいだけや」  「お前はすでに果たしているぜ!俺はまだまだだ」 17 繋がる命、高まる鼓動  「太平洋不動産が新たに立ち上げたあおい銀行が経営破綻した防衛信用組合の経営引受先だと?」  広志は厳しい表情で電話に出ていた。  「ああ、我が組織が調べたら、広東人民共和国からの亡命者で、関東連合の横浜に本社を持つ九龍ホールディングスの経営者が出資しているほか、リブゲートの専務だった根岸忠と三島正人が経営している。経営不振だった不動産会社を買収して、そこから壬生国を中心に投資をしているようだ。今度金融持ち株会社にするようだがな」  「トレーズ、我々の敵は困った相手でしょうね…」  広志はため息をつく。受話器の下でトレーズ・クシュリナーダもつぶやく。  「我らが恩師であるマイッツアー・ロナも嘆いておられた」  「そうですね…。我らがスポンサーの一社であるゼネラルアックスでも頭を抱えていたほどです…」   「で、喪黒はどうだ」  「トレーズ、奴は予算を私物化してリブゲート拡大を進めていますね。様々な名目で金がリブゲートに流れているようで…。この前の富士食品買収だって、リブゲートの買収融資に壬生国産業銀行が事実上無利子でやったもようです」  「その彼らと提携しているCP9もかなりあくどいことをしているようだ。君の義両親の知り合いの体調はどうだ」  「高畑さん?もう少しで良くなりそうです」  広志の会話になぜあの高畑和夫が出てくるのか、というのは広志の義両親である久住智史・香澄夫妻の知り合いが高畑夫妻なのだったからだ。そのため広志はCP9製薬の不正に慎重な姿勢で捜査に当たっていた。だが、広志もトレーズも知らなかった、喪黒はあおいフィナンシャルグループになる太平洋不動産に出資を打診し始めていたのだ…。  一方、壬生国では…。  「地下協議会の結果、我々は地下に隠れてゲリラ活動をおこなうことにする」  カイオウが側近達に結論を出す。  「ただ、あくまで志願者のみとし、それ以外は一切断れ」  「ハハッ!」  側近達が部屋から去っていく。カイオウは懐かしそうに部屋を眺める。この部屋も一気に掃除していて退去の準備は出来た。  「カイオウ先生、チューブと地下協議会の合同が実現しましたね」  「レイか、うぬがオーブから応援に駆けつけてくれたのには助かる」  「いえ、義父の要請もありました。私もアウル達が不安でしたから」  金髪の青年が答える。彼はあのギルバート・デュランダルオーブ議会議長の養子で、あのフラガ三兄弟の末弟、レイ・ダ・バレルだった。  「アメリカ型社会を実現させることで、公平と公正を維持できます」  そうシャアシャアと言い放つ喪黒。レイは呆れた表情で壬生放送の番組を消す。  「とりあえず情報だが、オーブからどうするつもりだ」  「暗号化技術によるインターネット情報網を活用します。またメーリングリストを活用しましょう」  「奴がインターネットを使うのなら、我らも使うのか」  「そうです、こちらには国王陛下の支援もあります」  「そうこなくっちゃ!」  アウル・ニーダがニヤリと笑う。  「お前は昔無鉄砲だったが、今は配慮深い策士になったな」  「レイほどじゃないぜ、それにこの経験は俺達にとってプラスじゃないか」  「うぬらは信頼し合っているな」  「はい、我々は10年前に知り合っていますから」  その1週間前の東京、皇帝ホテル六本木の一室では…。  「防衛信用組合を買収してくれですって!?」  「ああ。お前達なら十分にやれると思ったからな」  サウザーは根岸に言う。さすがに今の時期に買収要請を行われると困る。  「我々は太平洋不動産を買収して経営的にきついんですよ」  「我々は特約も用意した。壬生国産業銀行が無利子で融資するほか不良債権は全て我々関東連合が引き取るという特約だ。その代わり、喪黒先生や我々に優先株を割り当ててもらおう。もうすでに発表したがね」  「余計無理な話です」  三島が言い放つ。サウザーはにやりと笑う。  「それなら、黄色い馬にお前達が関与している事実をばらすしかないな」  「ひぃっ!!」  根岸と三島は顔色を変える。  「出資を受け入れるか、黄色い馬をばらされるか。ともかく、お前達にあおい銀行として引き受けてもらう」  「あんたたちはあのサザンクロス病院の盗聴事件で失敗したわ、しっかり失敗の責任は取ってもらいますからね」  久世留美子副社長は平然と言い放つ。  「我々はいつでも太平洋不動産に融資する準備はある、融資を受け入れ優先株を我々に振り当てればあおい銀行の不良債権は全て買い取る、いいな」  「あんた達の反乱は想定内よ」  「結局受け入れざるを得なくなったか…」  「ああ。これも全てあのふざけた喪黒の野郎が俺達の事をベラベラしゃべりまくった結果だ。かろうじて奴らの優先株割り当ての話は却下したがしつこく迫ってくる、経営不振の企業を押しつけるのが明らかだ」  根岸は怒りの表情だ。  ここはカフェ・パンジー。根岸と三島は偶然この場所に入った。  「カルボナーラが出来ました、お客様」  「すまない、これからちょっと重大な話があるので我々がいいというまでこないでくれないか」  「ええ」  女性の従業員は去っていく。去った後三島は興奮でまくし立てる。  「こうなったら、裏切り者にはふさわしい代償を与えましょう。警察軍かゴリラに投降しましょう。権力者相手のGINでは相手になりませんでしょう、そうして麻薬取引の実態やリブゲートの悪事について告発するのです。このままでは九龍のメンバーに迷惑がかかります」  「だが…」  「司法取引すればいいだけの事です。きちんと話せば彼らも人間ですから分かります。GINと同じ条件での事情聴取を要求すればいいのです」  「民事不介入の世界に持ち込むのならやってみるしかあるまい。このままでは相模国での自殺事件になってしまう」  ビールを飲み干す三島。根岸はタバコをふかし終えると厳しい表情になった。だが、会話はなぜか筒抜けになっていた。それもその筈、このレストランはあの亀田呑が表向きの顔としてオーナーを務めているのだが、実はゴリラの本拠地の一つになっていたのだ。その亀田がぬっと入ってくるのに気がつかない。  「お客さん、あんたたち相当せっぱ詰まっているようだねぇ」  「お、お前は一体!?」  三島は驚き震える。ちょっと小太りの男は赤い警察手錠を出す。  「俺は亀田っていうんだ。あんた達の話に興味がある」  「あんたは何者だ」  「俺かい?通称ゴリラ、警視庁特別捜査一斑の者でね。ついでにもう一人来ているぜ。おい、杉下さん呼んでくれないか、郁子さん」  「もう呼んでいるわよ」  女性が答えると同時にめがねを掛けた悠然とした男が入ってくる。根岸も三島も驚く、なぜなら二人ともその彼を知っていたからだ。二人はリブゲート野球部に所属しており、その際に彼とも知り合っていたからだ。ちなみに野球部は社会人チームにしてはそこそこ強く、広志達はゴリラに協力してリブゲートの悪事を摘発しながらも野球部の受け皿作りを始めていた。  「お前は杉下!」  「ええ、あなた方の悪事はすっかり把握させていただきました。ですが、今の自首の話を聞いて摘発は見送りとしましょう。私も実はゴリラの一員です」  「本来なら、近々強制捜査をかける予定だったがあんた達の自首の意向を聞いて、話を変更しよう。あんた達には明日、ここにきてもらうがいいかね」  「ああ…。しかし、どうしてばれていた」  「それは伏せておきましょう、我々や連携している関係組織に迷惑がかかりますので」  「それはともかく俺から話したいことがある、相模国の川崎での自殺だが、黄色い馬が絡んでいる。あの男はリブゲートの闇ビジネスの責任者としてスカウトされた」  「初耳ですね、では伺いましょう」  そこへ入ってきた童顔の男。一瞬中学生に間違えそうなのだが、実は大人なのだ。杉下右京は彼に目配せをする。彼が柴田竹虎である。  「ゴリラの柴田です。あなた方の事情聴取の調書をこの場で作成しましょう。これである程度の自首は成立します」  「さすがシバトラだな、杉下さんと一緒に頼んだぜ。おい、この部屋は貸し切り扱いにしてくれよ、郁子さん」  「ええ、任せておいて」  「川崎の飛び降り自殺のガイシャですが、和光製鉄所専務だった山原豊、50歳ですね。一年前まで専務でしたが、リブゲートにスカウトされて退社してその直後に行方不明になっていた人でしょう」  「そう、闇社会の仕事をリブゲートはやらせた…。そして反発するやいなや、黄色い馬やシルキーキャンディを服用させた」  「なるほど…。その禁断症状で彼は殺されたわけだ…」  ため息をつく亀田。  その頃、川崎のGMS跡地を改装したあずみ証券トレーディング・コールセンターでは…。  「ケンゴさん、大変です!」  「地場、リブゲートの株価がおかしいのか」  「はい、何者かが時間外取引をしています。株式の値段がどんどんつり上がっています」  「モルゲンレーテをシルバーフォックスが時間外取引をして大株主になったときの手法に似ているな」  厳しい表情で遠野ケンゴに言う男。男は金上鋭といい、実家でもある川崎の破産寸前の地場証券を買い取って日本最大のネット証券にしたオラシオンフィナンシャルグループの社長であり、あずみ証券とは資本提携する間柄であるほか共同で投資をするなど提携していた。ちなみにここのコールセンターはオラシオン証券のコールセンターも入居している。総合ストアの大栄が撤退して跡地にどの企業も入居しなかった時にあずみ証券とオラシオン証券が共同で買い取って一階に食品ストアを入れて二階と三階にコールセンターとトレーディングセンターを設置したのだった。ちなみにリブゲートはその業績に目をつけてオラシオンの買収交渉をしたが金上はけんもほろろに断ったばかりか、アメリカの大手証券会社「スペンサー・ウィリアム」を買収したためにリブゲートはアメリカの経営破綻した大手証券会社・バクスターを買い取らざるを得なくなった。あずみ証券でコンピュータプログラミング責任者を務める地場衛は金上に話しかける。  「金上さん、リブゲートの株式を買い取ってどういうメリットがあるんでしょうね」  「俺も怖くて奴らの株式は買えない。オリエンタル製薬の破産にも奴らは関わっている、要するにハイエナなんだ。しかも社風はパワハラで不安定と来ている。奴らは最近ホライゾンコンピュータを株式交換で買い取ったが謎の匿名ファンドが絡んでいる。一体どういう事だ」  「そういえば、ヤバい娘からたれ込みがあったそうじゃないですか」  「松永みかげか。あの黄色い馬を追いかけている頑張り屋だな」  「その彼女がマボロシクラブにたどり着いた。どうもその周辺で新たな薬がはびこっている」  ちなみにケンゴと広志が異母兄弟であることを衛は知らなかった。それもその筈、ケンゴは公私混同を嫌いこの事を意図的に金上と一緒に伏せていたからだった。そして広志の影響もあり、多くの若い学生を個人的にケンゴも支援をしていたのだった。  「シルバーフォックスはマフィアから資金提供を受けている噂がある。もしそれが事実なら震え上がることになる…」  ケンゴの愛用している机にはその松永姉妹と婚約者、そして海原雄山と山岡一家が美食倶楽部の看板を前に笑顔で写っている。ケンゴは雄山の弟子でもある金上を通じて彼らとも知り合いである。  「CP9にも怪しげな動きがなければいいんですけどね…」  「あれは投機筋の商品だ、怖くて買えないよ」 18 闇を超えよ、時代の華を咲き誇れ  その頃、新宿のヴァルハラ東京総合病院では…。  「ううむ…」  ふらついた足取りで乃木篤仁は診察室に向かっていた。それもその筈、先ほど黄色い馬中毒患者の影浦健次郎の治療で奮闘していたのだった。鎮痛剤を打たないと黄色い馬中毒の禁断症状は消えないのだ。だが、注射針はもはや打てないほどだ。健次郎の兄の健一郎は苦悩する日々である。 ----黄色い馬中毒にしては中度の中…。これほど苦しいのはなぜだ…!!  ややもすれば自分でもモルヒネを使いかねない。そういう欲望に彼は駆られていた。  「どうされたんでっか」  「豊島先生」  男は豊島元といい、あの四宮一族と遠い親戚である。だが彼は権力に無頓着であり、ヴァルハラ八王子総合病院院長を務めているのだがヴァルハラで一番安い給料にしている。  「このままじゃ、ミイラ取りがミイラになってしまう…」  「疲れてしまいますなぁ…。この前なんか一人亡くなってしもうたではないですか…」  乃木が壁にもたれかかって話をしている。栗田真穂(看護師)が不安そうに聞く。  「乃木先生、疲れかかっているんじゃないですか。二日間も無理して…」  「いや、大丈夫だ…。患者さんが待っているんだ…」  「いや、無理だ」  そこへ鋭い目で話しかける男。  「ケビン部長」  「乃木、一体お前どこまで無理をする、無理はするな!おい、ジュンジ、彼を休ませるんだ!!」  「おいおい、おイタがすぎるぜ、乃木ちゃん」  呆れた表情で入ってきたのは安田潤司、ヴァルハラ東京総合病院の院長である。ケビンも呆れ顔で言う。  「いつになれば、黄色い馬中毒は治まるのだろうか…」  「このままじゃ、俺達もパンクしかねませんよ…、安田院長…」  「モーツアルトの音楽の流れる休憩室で仮眠を採るんだ、これは業務命令だ」  「えっ、何ですと!?」  「根岸と三島が裏切りました、我々の暗部を持ってゴリラに投降しています」  久世留美子は慌てて喪黒に話す。  「これは不味すぎます、GINに同時に筒抜けになる意味を持ちます。我々の陰部を握っている二人ですから」  「こうなれば、アメリカとの政治機構を一気に統一するのです。そうすれば、GINはわかりにくくなります」  「目くらましか…。果たしてうまくいくのか…」  厳しい表情で不破俊一は話す。マーク・ロンが言い切る。  「こうなれば強行突破しか選択肢はありません」  「GINに加えてゴリラが加わるともはや四重苦…!!」  猫本完一が厳しい表情で話す。この男は政治的にしたたかで、ごまをするのがうまい。しかも、金集めにうまく喪黒の資金を管理する『財布』というあだ名を持っていた。それもそのはず、この男は元闇金融出身の男だった。  「ということで、我が国の制度をアメリカ化し、英語による教育を本格導入します。公用語は全て英語にします」  国王の間で喪黒は平然とした顔で報告する。  近くには喪黒の私兵もいる。力づくで脅そうとしているのは見え見えだ。それでも毅然としたし性で壬生京一郎は反論する。  「はっきり言おう、私は反対だ」  「国王は政治に口は挟まない原則です」  「それでも反対だ。急進的な政治では、やがてひずみが生まれる。それをひた隠そうと強引な手を打てば打つほど君達は窮するだけだ。英語は確かに大切な言語だが、一気に英語による教育を行うのならそれは問題だ」  京一郎ははっきり警告する。  「数年前の壬生国騒動では私の失敗もあり、カイオウら一派の反乱を招いてしまった。その教訓もあり日当制議員による議会制度を導入したのだ。君達はその意志を読めない。カイオウらは反省し、民主主義による政治に協力している意味を君達は知らないのではないか」  「仕方がありませんな、猫本先生」  「おい、警備を強化しろ!」  猫本の一声と同時に私兵達は京一郎を取り囲む。  「仕方があるまい、君達が私を軟禁しようと言うのなら、それを甘んじて受け入れるが、君達がどんなに無理を重ねようとも最後にひずみが襲いかかり、君達にとって最悪の結果になるということを思い知る事になる」  そう悲しげに言うと京一郎は王宮の奥に向かっていく。猫本が苦虫を噛み潰したような顔で言う。  「けったいな事いいおって」  「ホーッホッホ、これからです、猫本。ベネット大統領との電話会談で壬生国への米軍駐留が強化される事も決まりましたからね」  「喪黒首相、ほんとうに大丈夫なのですか…」  「ホーッホッホ、ここは私に任せなさい、不破くん」  「そうか…、彼らの暴政は壬生国から言葉まで奪ってしまう結果になってしまったのか…」  拳志郎にアレサンドロ・パット記者から電話が来たのはその2日後だった。  「とにかく強硬手段がまかり通っている、国王陛下は反対したが軟禁状態に置かれている、そうなると奴らの思うままだ。しかも国民の出入国も規制されていて不満が蔓延している。不破俊一って政治家は懸念していたみたいだけど」  「そうだな…、オーブからの支援も進んでいるようだな」  「ああ、ケンの言う通りだ。フラガ三兄弟の末っ子が陣頭指揮をとり、オーブからの留学生と一緒にチューブに参加しているようだ」  「オフレコにしておくつもりだな」  「ああ、カイオウから頼まれている、だけどケンやヒロさんには話していいって」  「義兄上も高野広志に信頼を寄せているのが分かるな、体に気をつけてくれ」  「ああ…」  拳志郎は電話を切る。その直後に電話がまたかかってくる。  「もしもし、GINの高野広志です。拳志郎さんですか」  「君か、すまない。ゴリラ神戸支部に頼んでユリアの事で調べてもらい…」  「その事で一つ、大変な事が見えてきました。ユリア夫人が生存している可能性があります」  「えっ!?」  「ユリア夫人のものとされたDNAが違っていたのです。ジャギの供述では時限発火装置を仕掛けて彼女の乗った車に放火したようですが、時限発火装置が壊れていて、壬生国で亡くなった身寄りのない女性を病理解剖した死体が用いられた可能性が高いのです」  「そうか…、つまりユリアは何者かによって拉致された可能性が高いわけだ…」  「そうです、その拉致した組織が何者なのか、私は調べるよう剣崎さんに頼んでいます。すでにご承知のように神戸にあるゴリラが動いています」  「そこまで動いていたのか…」  「ええ、まさかパット記者に書かれた記事がきっかけでここまで動くとは思いもしませんでしたね」  「すまない…、俺もCP9製薬の事で調べている、この前のメールには助かった」  「私こそあなたからの情報には助かります。久利生も捜査が順調に進んでいますよ」  「ジュドーの事だが…。市川クラクラ病で深入りしなければいいのだが…」  「ええ、そうですね。そうならないよう私から釘は刺しておきましょう。一応彼には我々GINとゴリラのメッセンジャーの仕事を頼んでおきました。彼の機動性は今後の戦いに必ず役立ちます」  ジュドーのクレームを聞いた広志は自らジュドーに電話を改めてかけ事情を聞いて協力を要請したのだった。  「ジュドーから情報も得られ次第、あなたには即座に伝えます。彼は目の前での逮捕者を救うべく法的支援を始めたそうで、私に法律上のアドバイスを求めてきました」  「そうか…」  だが、二人は知らなかった。ジュドーがこの事をきっかけに弁護士になり、弱者達を守る楯になろうという事を…。だが、そこまでに至るにはジュドーの深い苦悩が待ち受けていた…。権力の怖さと、自分の発した言葉の重さ、そして命という重い価値観が彼を更に一回り成長させるとは誰も予想しなかったのだ…。   一方、市川では…。  「ああ、どうしたらいいのよ」  マリーレーヌ市川店店長である天野いちごは頭を抱えていた。水源の汚染の為にミネラルウォーターを今までホームセンターから購入していたのだが、ホームセンターが経営不振で閉鎖される事になってしまった。白原允(みつる、大学生)が困った表情で頭を抱えながらボヤく。  「俺も困ってしまいますよ、店長」  「通販でもあれほど安いミネラルウォーターなんてないし、どうしよう…」  「ここの味は決して悪くないのだが、水が安全ではないのが困った事じゃな」  ため息をつく男。彼はあの村田源二郎だった。「味将軍チェーン」というレストランを経営する弟の源三郎と一緒に指導してきた外科医にしてヴァルハラ市川総合病院の院長の阿部一郎と面会し、その帰りに味皇高校の卒業生でもあるいちごを激励する為訪れていたのである。  「村田さんの力で何とか出来ないんですか」  「方法はないとは言えないのだが、その方法を使うと相手に迷惑がかかるのでな…」  「そんな、困るぜ!村田さんの力貸してくれよ!!」  「落ち着いてよ、大嵩君!」  白原つぐみ(允の双子の妹)がなだめる。つぐみの彼氏でもある大嵩雪火はいらだちを隠せない。  「俺達のアルバイト先がなくなってしまう!何とかしてください!!」  「ううむ…。水に難点があるか…」  逢見藍沙(おうみあいさ、允の彼女)までもが困った表情である。  「CP9があの工場を買収して、ビューリンという化粧品を2年前から製造し始めてからあの一帯は汚染が始まったんです」  「だけど、断定は出来ない…。製造過程が全く公開されていないじゃないか。ゼーラではNGOに解雇された従業員が暴露したからある程度原因が読めてきたのに、ここでは全く何一つ分からないじゃないか」  允が指摘する。ちなみに藍沙は化粧品を使わないのだがつぐみに負けない綺麗な顔立ちである。渋い表情なのは浜野あさり。  「分からないんじゃ、手が打てないよ…」  「このままじゃこの店閉まっちゃうの…」  悲しそうな表情で笠間コハルがつぶやく。彼女は父親の正宗の誕生ケーキを買いにあさりと一緒に来ていたのだった。その時だ。50代の小太りの男が入ってくる。  「おう、ずいぶん困っているやんか」  「伊野先生!」  四人が明るい表情になる。明るい表情で源二郎が声を掛ける。  「伊野先生、今日はあなたとよく会いますな」  「以前、うちの阿部がお世話になったからここまで話が出来るやないですか。あの公害の事でっか…」  「そうです、先生も多くの患者相手に悪戦苦闘してるじゃないですか」  「僕の場合はそうは思わん、むしろ阿部たちが苦しいやんか。そやから僕が応援に行くんよ」  伊野治はいつも気さくで物腰柔らかい。難病と闘う患者向けにタダで落語会を開くなど京葉大学医学部特任教授という肩書きがあるとは思えない。ちなみに姉の高野吟子は薬剤師である。  「そうでっか…。ならば、水源を浄化するしか方法はありまへんな…」  「でも、その技術はどこで手に入るんですか…」  いちごは戸惑いながら伊野に聞く。  「一つ、当てがあるんや…。僕の高校の先輩で、今はスクラッチ・エージェンシーという派遣会社の経営者がおるんよ。そのお孫さんが、企業再建にも強く、環境ビジネスに強い会社の経営者で、僕とも顔がある。その人物も、クラクラ病に心を痛めているんよ。何なら僕から話そうか」  「お願いします!」  伊野は電話を掛ける。  「もしもし、伊野です。カリスト君おるか?…、今どこに?え、市川?頼むで、今すぐ来てくれへんか、場所は…」  「そういう事ですか…」  厳しい表情でジュピター・コーポレーション社長のカリスト・クラッカスはいちごから話を聞いていた。  ちなみに彼の祖父はあのドゥガチ・クラッカス、すなわち漢堂ジャンたちから「シャーフー」と言われ慕われている人物である。伊野も必死になって説得する。  「僕からも頼むで、彼女は困ってこの店を閉鎖しかねへん状況なんよ。味は確かやけど…」  「僕も味は気に入りました。エクレアひとつを見ても若いのに丁寧に作られているのには頭が下がります。このまま腕を上げて欲しいんですけど…。場所を移すのではここにいるあなた達が嫌なんでしょう…」  「お願い、店を閉めないで!」  泣きじゃくるコハル。カリストは電卓とメモ帳を取り出す。ちなみにシャープペンつきのメモ帳は正宗の勤務先である宮本文具堂の取扱商品である。  「ううむ…。では、僕の実利も含めて、安価でこの問題を解決しなければなりませんね…。無論、製造責任は僕らジュピターが担うのは言うまでもありませんよ。また、この装置は僕が今回に限り、自腹で負担しましょう」  「というのは…」  「あなた方には、モルモットになっていただきましょう。言ってしまえば、ジュピターが開発した浄化装置を取り付けます。取り付けとその費用は全てジュピターが負担します。その代わり、実験中ですからモニターになってくれるだけでいい。また、浄化された水をこの地域に無償で提供すればそれでもいい。まあそのかわり装置はやや大型になりますが…。実験後も無償で設置することは保証します」  「そんなうまい話、あるのか!?」  びっくりする雪火。カリストは続ける。  「取り付け工事は二時間あれば出来ます。無論、我々は研究を重ねています。市川クラクラ病に汚染された水を浄化することも出来ました」  「どこで開発されたんや!?」  「つばさ製薬工業と共同開発していますよ。実はこの間ある人物が廃液を回収して、分析を行いました。その結果、廃液の内容が分かりましたほか、治療方法が見えてきました。僕らは公害を水際で食い止める為に、浄化装置を開発して販売する事も決めています」  「そういうことか…」  「宍道湖クラクラ病ではジエチレングリコールの杜撰な処理が原因と分かっているんですけど、市川でも間違いなくジエチレングリコールが原因ですね。廃液に多く含まれていました」  「そうなると…。どこから出てくるんですか」  「CP9が製造している化粧品のビューリンに恐らく含まれている可能性が高い…。なぜなら、ジエチレングリコールは不凍液の他、ブレーキ液、潤滑剤、インキ、たばこの添加物(保湿剤)、織物の柔軟剤、コルクの可塑剤、接着剤、紙、包装材料、塗料等に使われているほか、皮膚吸収されないという特性により、歯磨き(口腔化粧品)を含む化粧品にも多く用いられ、甘みがある特徴がありますね」  「じゃあ…!!」  「しかも、規制が極めて緩い。経口摂取(飲用・食用)による肝、中枢神経系、心臓、腎への毒性があり、下痢や嘔吐、腹痛や頭痛が続き、最終的には腎不全に至り死亡するケースがあります。太平洋戦争前のアメリカでこの物質が混入して1937年に105人が亡くなったほか、2007年にはパナマ政府が中国から風邪薬として輸入したものに混入していた為に100人以上死んでいます。大事には至りませんでしたがオーストリアではこの物質が混入したワインが販売されて騒動になったそうです」   「そうやったのか…!!」  伊野の目に怒りが見える。あさりも悔しさで拳を握りしめる。   「近所にクラクラ病で苦しんでいる岬お姉ちゃんも…」  「君、彼女知っとるんか。僕が彼女の主治医の一人や」  「そういえば、中原さんの容態はどうですか」  「とりあえず、僕の知り合いの獣医が千葉ドーム計画がある千葉マリンパークの水族館に勤めている。イルカセラピーも組み合わせながら治療をしておるんよ」  伊野は治療方針にストレス解消も組み合わせながら解毒剤の投与を行っていた。肝機能や神経にダメージを受けていた為、中原岬のメンタルも含めて治療をしていたのだ。そこへ親子連れと若い男女がふらりと入ってくる。  「久しぶりで…、あれ、伊野先生じゃないですか」  「ヘンリー、アニマルセラピーの帰りやんか!?」  「ええ、ルーシーが明日誕生日なんです。それでケーキの予約に」  ヘンリー・ロスは明るい表情で伊野に話す。そのヘンリーに寄り添う金髪の美女と幼い娘。彼女が妻のルーシーである。  「ルーシー、明日のケーキはどうする?」  「困ったわね…。あなた達、どうしたの?」  「クラクラ病の事で話し合っていたんだ…。この店、どうしようかって…」  「悔しいよ…」  杖をつかって店に入ってきたのは岬。達広のサポートなしでは外出も出来なくなり、精神的にふさぎ込んでいた。そこで、伊野は知り合いの獣医のヘンリーに頼み、アニマルセラピーを組み合わせた治療を始めていた。ヘンリーもルーシーが交通事故の後遺症による短期記憶喪失障害という病気に苦しんでいた事もあり、ルーシーと一緒に岬の治療に協力していたのだった。しかも、ヘンリー夫妻が達広の隣の家に住んでいたのも幸いしたのだった。  短期記憶喪失障害に陥った後にルーシーはある日カフェでヘンリーと出会った。話がすっかり合い意気投合したのだが、記憶障害のため翌日すっかり忘れられていた。その頃、ルーシーの家族は毎日同じ服、毎日同じ新聞、毎日同じアメフトの試合、毎日同じケーキ、毎日同じ「シックス・センス」、毎日同じ絵を消す作業を繰り返して彼女の疑問を隠そうとしていた。だが、プレイボーイだったヘンリーはそんなやり方に疑問を覚え、ありのままの事実を彼女に伝えた。そして、彼女に毎日会って話を続けた。  ルーシーは交通事故に遭う前は中学校の美術教師だった。そのため水彩画が得意で、マリーレーヌの店頭には彼女の水彩画が飾られている。彼女はミンチン学院で非常勤の美術教師として復帰し、一女の母親になっている。夫への感謝を忘れないよう、彼女は部屋のアトリエにヘンリーの絵を描いていた。  「大丈夫だ、俺達は絶対に諦めないぞ!」  「クラクラ病って、何?」  娘のルーシー・ジュニアがルーシーに疑問に感じて聞こうとする。そこで達広が素早く答える。なぜ彼が答えるのか、ルーシーの短期記憶喪失障害の事をヘンリーから伝えられていた為、達広が極力ルーシーをサポートしているのだ。一ヶ月ごとにビデオにとって記憶を覚えるようにルーシーは心がけていた為、仲間達の記憶は消える事はなかった。  「危険な毒が体内に回って、動きにくくなるんだ。おなかがいつも痛くなって、酷い場合は死んでしまう…」  「かわいそう…」  「伊野先生、俺は…」  「進路、どうするんや…」  伊野とメールアドレスを交換した達広は伊野とメールを交換して、相談に乗ってもらっていた。  「生物が得意だからって、医者って向いていますか…?」  「それだけやとダメや…。まずは人の命を救いたいという強い使命感が必要や…。出来るか?」  「…」  「医者というのはやりがいはあるで。やけど、リスクに対する責任があるんよ。医療過誤でメスを折った医者を僕は多く見ておるんよ。それでも、やるか?」  「やってみたいですね…。俺は…」  「辛いやろうな…。実の親に暴行をされたんやから…。まあ、メスは握れなくとも、診察はできるし、患者さんの痛みと真っ向から向き合い、安心感をもたらすのが医者や…。僕は真東先輩や四宮先輩の背中を見て叱咤激励されて育ったようなものや…。もし生きておったら僕など到底足元に及ばへんよ…」  伊野はヴァルハラ誕生時のメンバーの一員で、そのきっかけになった「5人の医師団」の一員だった。そのリーダー格は真東光介、サブリーダーに当時四瑛会理事だった四宮凱、光介の後輩だった安田潤司、安田の同級生で最先端の治療に強かったケビン・ゼッターランド久坂、そして伊野だった。彼らは後に「グレートファイブ」と言われる事になる。伊野が名医と言われるのは、患者ばかりではなく、その周囲の問題も解決する能力を持っており、人から「お節介焼き」と言われながらも性懲りもなくその姿勢を貫いていた。また、素朴で真摯な姿勢や僻地医療も率先して若い頃志願して行った過去は誰からも慕われていた。  「僕もそうおもう、達広はメスまでは握れなくても、心で治す力があると思う。なぜ引きこもりに等しい生活をしているのかが分からない…」  「それは今は言いたくないです…、ヘンリーさん」  達広は悲しそうに話した。達広は実の姉を目の前で失い、実の父親から暴行を受けて中学校を卒業した後一人暮らししながら、アルバイトと通信高校に通っていたがアルバイト先でパワーハラスメントを受けてしまった。だが、中学2年生に隠れてアフィリエイトを始めていた事がきっかけで収益を得ていた為、アルバイト先をやめて通信高校生に専念していた。引きこもりにとって見れば、インターネットの普及で家にいるだけでほぼ何でも出来るようになり、現実社会が面倒くさくなってしまったのだ。  周囲も離婚でバラバラになり、叔父は面会するたびに「人生気合いだ」と叫んでばかりだった。これでは達広の人間不信は酷くなるのも無理はない。ジュドーは通信高校で達広の先輩で、今は通信制の大学法学部に通っている。その知識もあって法律相談のボランティアをしていたのだ。そんなジュドー兄妹も達広の事を案じていたのだった。伊野はそんな達広の会話相手になり、心の闇を徐々に癒し始めていた。  「僕はある意味偽医者に毛が生えた程度や。やけど、医者としての覚悟は絶えず持っているんよ」  「そんな事ないじゃないですか。伊野先生はドイツに留学した経験もある、偽医者なんて謙遜すぎますよ」  そこへきょろきょろと周囲を伺う少女が歩いていく。  「達広、彼女は…」  「あいつ?俺と同じ高校に通っている青山恵都の妹の知佳ちゃんだけど、何かおかしいよ…」  「岬ちゃんは私達に任せて、あなたは伊野先生と一緒に彼女の後をつけたら?」  「そうしよ、何か悪い予感がするで…」  伊野も同調する。その伊野の予感が、あの魔性の麻薬、黄色い馬やシルキーキャンディの取引につながっていようとは誰もかも予想しなかった…。  「ああ、気持ちいい…」  その頃、ポンプにつまった何かをすっている少女。  ここは六本木の裏地…。仮面をかぶった男が金の精算をすませるとにやっと言う。  「テンション上がってんね…。ボキ、感動しちゃったよ」  「Mフィーの司会降板させられたら商売あがったりよ…。テンション上げなくちゃ…」  「これからターップリ大活躍してもらわなくちゃねぇ…」  そう、彼女は人気タレントの園田 奈子(そのだ なこ) で、Musicフィールドの司会を務めている。実はあの恵都を引きこもりにさせたのは彼女がいじめたからだった。だが、その後キャリアはどんどん低下していった。今ではテレビ番組の司会も降板するのではないかという噂すらある。  そして、彼女は禁断の実を手にしてしまった…。そして彼女は知らない、その薬があの黄色い馬を気体化した代物である事を…。そして彼女は売人のサタラクタから薬を買っていた…。  そうとも知らず、レストランREALでは…。  「由奈さん、その話は本当か!?」  鷹介は驚きを隠せない。というのは、従業員の浅井由奈が「新宿近くに麻薬を抜いてくれる病院がある」という話を聞いていたのだ。彼女は元AV女優だったが引退して今はレストランで交際相手の林五奏と一緒に仕事をしている。  「はい、聞いていましたよ。確か麻薬の売人が捕まった事でその売人から麻薬を買っていたと思しき人がそこに行く予約をしていました」  「深刻…。鷹介、最悪じゃん…」  フラビージョは渋い表情をしている。美容師の五奏も渋い表情で話す。このレストランは別のフロアに美容室を持っていて彼は美容師の腕前を生かしているのだ。  「俺と由奈が新宿の映画館で映画を見て、その帰りにたまたま耳にしましたよ。そいつ、どっかで見た事のある女性でしたよ」  「所長の言ったように悪い予感がするぜ…、鷹介…」  「チュウズーボの言うとおりだ…。しかも麻薬だ、侮れないぞ…!!」     「なるほど…、それは不味い話だな…」  達広の相談を聞いて厳しい表情で腕組みをする青年。  「菊地先生に相談したくて…。どうも恐喝されているんじゃないんですか、恵都の妹さんは」  「佐藤くんの話を聞いて、思い当たるところがあるのよ。最近、お金がなくなるのが頻繁に多いってお母さんが嘆いていたわ」  「ううむ…。これは疑いが深まったな…」  菊地英治は厳しい表情で話す。現代国語教師の彼は高校で日本ネットワーク大学附属高校サッカー部の顧問を務めている。  「どうします、先生」  「だが、俺が出てしまうと不味い。俺の恩師二人がいるが、二人とも自ら悪辣な教師になってクラスの歪んだ秩序を破壊して団結力を植え付ける強引な方法を用いている。俺は基本的にそうしたやり方が苦手でね…」  「では…」  「俺の知り合いに政治家がいるんだが、彼の政治力に頼るわけにもいかない…。俺が策を授ける、そこから君達でやってみるべきではないか…」  「やってみます、先生のメンツもありますから」  「ああ、すまないな」  恵都と達広が職員室を出て行く。そして英治は携帯電話を取り出した。  「もしもし、桑田?俺だが…、ダンデライオンを招集してくれないか、場所はお前の議員事務所でいいが…」  果たして『ダンデライオン』とはいったい何の事をさすのだろうか…。 19 一途に全力疾走、君は一人じゃない  「ヒロは相変わらずの忙しい日々だな…」  チトワン王宮ではクルト国王がテレビのニュースを見ていた。  BS極亜(極亜テレビと東西新聞社、アメリカのニュースメディア社(トレバー・コドラム社長が経営している名門新聞社)が中心になって設立したBS放送局)のニュースではGINがゼーラの高級官僚への不正接待を摘発したことを報道している。極亜テレビと東西新聞社、ニュースメディア社は共同で報道組織『ワールドニュースネットワーク』を立ち上げておりメディアスクラムを最小限に抑えている他アジアの報道機関や地方新聞社、欧州のメディアにもこのシステムを開放しているため最近では韓国の韓国日報社、オーストラリアのデイリー・シドニー、イギリスのインディペンデントデイリー、ドイツのDTV、スペインのカタルーニャ新聞社が加入した。  「クルトもこんな日が来るとは思わなかったのね」  「ああ…。だが、ヒロはまだまだこんなものじゃない。オリエも知っているはずさ」  オリエはクルトの左腕に手を触れる。そこだけ皮膚が新しく感じる。実はこの箇所だけは広志の最後の戦いの際に負った火傷を治療するためにクルトが提供したゆえに違って見えるのだった。オリエの背中にも同様の箇所がある。  「10年前の激闘が思い出される…。私達がヒロとともに命をかけて激しく戦った日々だな…」  「私があなたから『ひとつがいの鳩のように一緒に生きたい』と言われた時ね」  10年前のオーブ・姫路の高砂海岸公園…!!  リュックサックを4つ背負い、シャトルランを繰り返している広志の姿があった。汗だらけなのに中止しようとはひとことも言わない。愛は呆れ顔で言う。  「ねぇ、ヒロさんのシャトルランはいつになったら終わるの?」  「もう少しだ。疲れたのか?」  「速いよ…!!なのにリュックサック4つ担いで大丈夫なの?」  「合計で40Kgの荷物を担いでいるからな」  「じゃあ、リュックサックを1つにする代わりにあたしとなぎさちゃんを乗せてよ」  イサミがにこりというとなぎさと一緒に片腕に飛びつく。クルトは呆れ顔で言う。  「怠け癖だね。勧められないよ」  「今回だけだぞ…」  渋い表情で広志は言う。魁、クルト、洋平は頷くと海岸のスタートラインに回る。広志の肉体はそれこそ急激な進化を遂げている。岡山もようやく奪還のめどが立った。あとは全体の護衛をどう考えるかだ。さすがに広志も二人を抱えてしまえば走りにくい。見かねたクルトはオリエを呼ぶと背中に背負う。  「ラブ、俺の背中に捕まるんだ!」  「よーへーも似たもの同士だもんね」  愛はニコッとしながら飛びつくが洋平の額に手を当てて小声で言う。  「生理?」  「微熱でバレちまったようだな…。でも、トレーニングだったら問題無いだろ」  「よーへーって手を抜くこと嫌がるもんね」  なぜ愛が洋平のフィジカルを把握しているかというと、2年前から愛は洋平の故郷の小笠原諸島・母島で洋平の家に住んでいて、洋平と一緒に入浴するなどしており、愛の生理についても洋平は知っている。洋平はそのことを把握した上でテッカマンとしてのスカウトに志願したのだった。  「いつか一緒にウィンブルドンで優勝するって夢は捨てちゃいない…。だろ?」  「そうだよ、よーへーらしいよ」  その頃、イムソムニア小豆島基地では…!!  「総統、ここまで奴らが反撃するとは誤算でした」  「仕方があるまい。四国に我らの牙城はある。鳳国など恐れに足らずだ」  「それに、『パーフェクトデザイナーズチルドレン』…。試作品が完成しています」  「奴らはいずれにせよ殺処分だ。あとは兵士の量産だけだ」  その時だ、キアス・ベアードと小坂直也の会話に驚きながら入ってきたのはザグドである。  「実験体3体が逃げたでござる」  「まずい、直ちに突き止めろ!!あの計画がばれてしまえば話にならん」  「御意」  その地下では水槽にいる人間たちの表面に不気味な輪郭が浮かぶ。 -------新人類デザイナーズチルドレンによる旧人類支配計画…!!何が何でも実施し、この歪んだ地球を綺麗に再生させる…!!  その晩…。  「竜也さん、ヒロは大丈夫なんですか」  「取り敢えずだけどね。シオンとギエンが来てくれて助かった」  「こいつらを連れてくるのに大変だったぜ」  ドルネロはぼやき顔で竜也に言う。ドギー・クルーザー(本名マーフィ・D・クルーザー、ドギーとはドクターの略で、博士号を取得しているインテリでもある)と松坂征四郎吉光(広島県警察前本部長、日本連合共和国下院議員)に頼まれてシオンとギエンを支援メンバーに決めたのだった。  「おや、ドルネロの肩にのっているのは…」  「こいつはこの前ギエンの壊れた電子頭脳の活かせる部分を再生して作ったアシスタントナビゲーターだぜ」  「僕の名前はタックというんだ」  「えっ!?喋れるのか!!」  「驚いているようだね、竜也」  「僕がドルネロに要求したのはただひとつ、会話できることだけだったんだ。竜也さんだって寂しいだろうと思ってね」  「ギエン、お前もシオンと同じいいやつだな」  竜也に言われて照れるギエン。その時だ。  裸の女児3人が駆けている。その後を二人の男が追いかける。女児たちは竜也たちのもとに駆け寄る。二人の男はたちまち竜也に迫る。  「助けて!!あいつらの実験体にされちゃう!!」  「小娘をよこせ…!さもねばお命頂戴!!」  「オメェらはイムソムニアか!!」  「シオンとギエンは彼女たちを!」  「分かりました!!」  ドルネロは竜也とともに前に出る。ドルネロは柔道の黒帯所持者、竜也も空手の黒帯所有者だ。ギエンとシオンは三人を連れて広志のいる今津博堂別邸に走りだす。もう一人の男が叫ぶ。  「クソッ、ラダム兵!!」  たちまち周囲はラダム兵に取り囲まれる。  「拙者はザグド…。お命頂戴!」    「なんだって!?竜也さんたちがイムソムニアに巻き込まれているって!?」  広志は監視モニターを見て驚いている。  何もない監視モニターに突然電波が送信され、竜也たちが戦っていることが分かったのだ。戸惑いの声で美紅が言う。  「この映像はどこから流れているの!?」  「分かればいいさ。ラブ、ハッキングがどこからされているか突き止めるんだ!」  「幸いにしてシオンくんもギエンくんも戦闘ツールで対抗しているわ!だけどいつまで保つか…!!」  「みんな、行くぞ!!」  広志の声と同時にシンが立ち上がるとネオクリスタルを取り出す。  「俺は、オーブの盾になってくれたあなたの盾として、一緒に戦います!!」  「あたしたちも!!」  なぎさ、ほのかはすでに籠手をはめて立ち上がる。  「僕達も行かなくちゃね…」  「ごめん、いけなくて…。ホントだったら戦いたいけど…」  「生理なら仕方がない。無理はするな」  「これで私達の気持わかるでしょ」  洋平は愛に言われて渋い表情だ。テッカマンになった肉体には男女問わずにラダム獣がいわば寄生している。体内のテックシステムと体調とのバランスが崩れて血尿になって出てくるのが生理現象である。軽い腹痛と偏頭痛もあり,そのため多用すればするほどリスクは高い。その影響もあって下着にナプキンを使わないといけないのが広志たち男性陣で3時間から6時間以内に交換しないと無理なため女性陣にも同情されている。  その影響もあって洋平たちはデリカシーのない発言を好まない。また生理中は抵抗力も落ち、膀胱炎になってしまい最悪の場合は腎不全になりかねないためテッカマンとしての出撃も現場での指揮も禁止されている。  「ちゃんとあたしたちがあんたに代わって戦ってくるわよ」  「無理はするんじゃない。生きて戻ってこいよ」  「分かってます!!」  「へぇへぇ…」  「小娘をよこせ…。さもなければ死ね…」  「絶対に渡す訳にはいかない…!!」  竜也は鋭い声で言い返す。  「僕だって…!!諦める訳にはいかない…!!」  「ここまでは向かうとはあっぱれでござるな…」  「僕達はヒロと一緒に戦っているんだ…!!諦めはしない!!」 -----よく頑張ったな…、シオン、ギエン!!  その声が響くと同時に二体のトリコロールの戦士が現れる。シンディスティニーと広志アトランティスだ。ラダム兵を素早く切り崩し、そこを魁、クルト、レオンが襲いかかる。なぎさ、ほのかはシオンとギエンに駆けつける。  「二人共大丈夫!?」  「僕たちは大丈夫だ、この子達を頼む!なぎさちゃん!」  「あいつは一体…!!」  魁はシオンに確認する。  「魁くん、あいつはザグドっていって刀の達人のようだ。気をつけて!!」  「すでにヒロが戦っている…!!」  魁が言う。すでに状況を把握していた広志はザグドと真っ向から戦っているのだ。  「いったいこの強さは…!!」  「イムソムニアのテクノロジーによって強化されたお前に負けるものか!!」  「それなら拙者も燃えてくる…!!」  『ヒロ、奴は居合い斬りで君を狙っている!スピードで相手を撹乱するんだ!!』  「お前は一体!?」  広志に流れてくる声。戸惑う広志をザグドは見逃すわけがない。ほのかがとっさに叫ぶ。  「ヒロ、危ない!!」  「やっ!!」  たちまち広志は両腕で刀を受け止めると怪力で刀を奪い取って投げ捨てる。そうなると広志の両拳が飛んでくる。その速さは高速そのもので、ザグドは苦戦するだけだ。  「クッ…、強いでござる…!今日はここまで!!」  「待て!!」  だがザグドは煙幕を張って逃げていく。  「みんな…、すまない…」  「気にしちゃいねぇよ…。小娘三人の命と比べりゃ俺は過去恥ずべきことをしてきたんだ…。オメェらに恥じねぇ人間になれるんだったらこの傷なんて大した事じゃねぇよ、ちっぽけじゃねぇかよ」  ドルネロは謝る広志にニヤッと応える。  あの後もう一人の男は身柄を確保され、誘拐犯ナバルであることが判明した。輝は渋い表情でドルネロに言う。ドルネロは左肩に切り傷を負っていた。  「しかし、類は友を呼ぶとはこの事だよな…。ドルネロにしても、ヒロにしても先頭に立って果敢に戦うなんて無茶苦茶だよ」  「俺は自分にできることをやるしかないと思っているだけです」  「コイツの言うとおりだぜ…。ヒロは人類の欲望を何もかも背負い込んで生まれてきた…。なのに見ず知らずの人達も含めて俺たちみんなを守ろうとしている…。見てくる俺が『なんとかしなくちゃな』とほだされてくるんだぜ…」  「先程は君を驚かしたようだね」  「お、お前は一体!?一体どうなって!?」  驚きを隠せない広志。戦闘中に入ってきた声のみみずく型のロボットが飛んできてドルネロの肩に乗ったではないか。  「君を驚かして済まない。僕はタック、ナビゲーターだ。ギエンの電子頭脳をベースに作られたんだ」  「ギエンの奴、この前の襲撃でダメージを食らっちまっただろう…。そこで電子頭脳を軽量化して埋め込んだが、せっかく残った前の電子頭脳が勿体ねぇ…。そこでタックをシオンに開発してもらったというわけだ。オメェらの会話相手にもなるぜ。ミップルとメップルで得られたデータを反映させたわけだ」  「驚いたでしょ、ヒロ」  「シオンは不思議だよな…。天然ボケなのに技術系にはべらぼうに強いなんて…」  「お前、俺たちを驚かせてすごいな」  竜也がシオンに手荒い祝福を与える。クルトは不安そうに話す。  「でも、問題がある。あのザグドだ…。それにあの子達…」  「すでにユリアナ様に話して保護の対象にしてもらったわ」  「オリエの判断は正しいけど、奴らは絶対に襲いかかる。これ以上犠牲者を出させる訳にはいかない…」  広志は険しい表情で話す。洋平、愛、イサミ、シンも同様に頷く。竜也に渋い表情でドルネロは言う。  「テッカマンの補強も急がねばならなくなっちまったな…」  「でも、憎悪を癒そうと憎悪で対抗するのでは意味は無いよ、ドルネロ…」  「なぎさに同感ね…」  その時だ。広志の携帯電話が鳴り響く。  「はい、高野です!」  『私だ、世界(もんど)だ』  「巽博士じゃないですか。何かあったんですか」  『私は先程シスター・ユリアナから三人の子供の遺伝子データを受け取って過去の偉人のデータと解析していた。そうしたら驚くことが分かった』  「まさか、俺と同じ…!?」  『そのまさかじゃ。マリー・アントワネット、ヘレン・ケラー、フローレンス・ナイチンゲールの遺伝子データと共通していたほか劣悪な箇所を完全に取り除いたデザイナーズチルドレンだ』  「奴らめ、ひょっとしてクローン兵士でも開発するつもりなんですか…!!」  『それは分からぬ。遠からずというべきだろう。だが用心は禁物じゃ』  「監視を強化します。あなたも用心を」  電話を切った広志の表情からドルネロ、ほのかはすぐに事態を察知した。  「オメェの話は会話内容からすぐにわかったぜ。本当ならば寒気がする恐るべき計画だぜ。金にもならねぇ最悪の破壊じゃねぇか。ぜってぇ許せねぇよ」  「ドルネロ…。人って自分を中心に据える箇所があるじゃない。あの子たちはパーフェクトデザイナーズチルドレンで、生まれながらにしてヒロと同じ苦しみを味わなければならないなんて残酷よ…。尊ぶべき命をここまで弄ぶなんてヒドすぎる…!!」  「これ以上遺伝子に翻弄される悲しい犠牲者は出させない…!俺が、この手で奴らを絶対に止める…!!」  広志は強い怒りをむき出しに拳を強く握りしめた。  「ヒロは責任感の強い男のようだね…」  「それだけ無茶苦茶な戦いをするけどね…」  レオンはやや呆れ顔でタックに言う。だが、今までの策略にとらわれない斬新な攻め方はオーブ攻防戦で大いに役だっていた。     20 ケージを破る滾(たぎ)った本気と時代  そこで一旦話を現代に戻そう…。  「今日はしっかり休めってCEOから言われちゃったよ、じいちゃん」  「いいことだ。お前はいつも権力犯罪と戦っているからな」  公平は祖父の高史に話す。高史は高校教師をしていたが退職後は公平の家に移り住み、身の回りの世話をしていた。その合間を縫って高校生へ勉強を教えるボランティア活動もしていた。なお、高史の妻は2年前に急死した。  「お前の上司はお前のことを理解してくれているようだな」  「まさかじいちゃんが里子を引き受けるとは思わなかったけど」  「じゃあ、公平さん、行ってきます!」  二人の少女が公平に飛びついて学校に向かう。高史の兄の親戚で、交通事故で両親を失った笹野さくら(中学1年生)と笹野かすみ(小学4年生)だ。  「気をつけろよ。それとしっかり勉強してこいよ」  二人が学校に行ったあと、公平は皿を洗っている。最初の任地青森地検から、石垣島時代を経て代議士の汚職事件で沸く東京地検城西支部に異動して活躍していたところ外見や言動、過去の逮捕歴などが週刊プリズムで非難報道され、静岡地検に左遷される寸前を広志が検察官の身分を保証した上でGINにスカウトした。その為に公平は広志に絶対的な忠誠心を誓っている。しかも、過去に友人を庇って起こした傷害事件で逮捕された過去すらも広志は知っており、『それでもGINにはあなたの「納得するまで事件を徹底的に調べる」基本的な姿勢が必要だ』と言い切ったことからも尊敬の念まで持っている。  最近ではコンビを組む雨宮舞子が弁護士資格を取得したことも公平には刺激となっている。彼女は自立したキャリア・ウーマンになる夢を果たした。生真面目な性格は公平の自由奔放さを抑えるいい役割を果たしている。学生時代には少林寺拳法をやっており、曰く『2級』で、さくらも最近では彼女から少林寺拳法を学んでいる。  その時、チャイムが鳴る。  「よっ、健康麻雀に行かないか」  「松坂さん」  公平は戸惑う。GINで広志の顧問を務めるあの松坂征四郎が来ているではないか。ちなみに松坂には7人の弟子がいる。広志、丈太郎、教育者の秋山真之、あの桑田福助、外交官の広瀬武夫(後にシュナイゼル政権時に外務大臣を担当、ロシアに強いほか、ヨーロッパにも精通している)、四国共同銀行の社長を務めている正岡雅治、ロザリー・ヘイル(マイノリティ問題に強い弁護士)だ。  「わしでいいかね」  「構わんさ。金をかけるよりマシじゃろう」  「じゃあ、俺は六法全書を読んでいれるわけだ」  「しっかり食事を摂るんだぞ」  「ああ」    その頃、広志は…。  「ルナが無茶を重ねているって?」  「僕は不安で仕方がない。最近問題になっている化粧品があるだろう」  「確か『ビューリン』だな」  「そのビューリンの被害者が多くて、ルナは毎日忙しいんだ。僕も見かねて手伝っているけど、このままじゃルナは過労で倒れてしまう!」  「だが、俺がやってしまえば誤解を招きかねない。ジレンマだな。以前ゴッドハンド大虎が無茶なチャリティをやっていた際の後始末で俺もさんざん困ったがな」  広志の義父・智史が一年に一度家族で行っている寿司屋『大虎寿司』を経営しているゴッドハンド大虎(本名:渡邉大虎)はアジア戦争の戦争遺児向けに借金を重ねてでもトロ寿司を振る舞うチャリティをしてきた。その事実を知った広志は雄山と共同で銀行から債権を買い取り、放棄したのだった。そして広志は取引先の協力を得てチャリティを継続させたのだった。  シオンは困った表情で話す。彼の婚約者のルナ・ドミーロについてである。  「このままじゃルナは危ない。でも彼女は弱音を絶対に吐かない。何故なんだろう…」  「責任感だな、一言で言うなら。だが、彼女は本気で患者たちを助けようと頑張っているんだ」  「でも、自分の体が持たなかったら意味は無い…」  「ああ…、そうなる前に善処は必要だな。リラさんに頼んでおこう」  「そうだね。僕からもルナに無理はしないよう釘は刺しておくよ」  「それがいい。それと最近ヒエロテクノロジーの『ヒエロメビウス』購入したんだな」  「あれは僕が前から欲しかったEVでスポーツカータイプなんだ。しかも、壊れても最先端の技術で修理するというから安心だ」  その時だ。美紅からの携帯電話が鳴り響く。  「はい、俺だ。へぇ…。まさか、結城凱と松坂先生が健康麻雀で対戦したわけか。結果は…。まあ、よしとしよう。イカサマじゃあるまいしな」  「美紅ちゃんから?」  「ご察しのとおり。健康麻雀でGINの新人に散々やられたと泣きつかれているようだ」  苦笑すると立ち上がる広志。10年前の左腕の傷跡が見える。  「奴の血痕を分析した結果、江戸時代の人間のクローンである可能性が高いだと!?」  「ああ…。敵はどんどんクローン人間で君を苦しめている…」  「テッカマンになった時にすでに覚悟はできているさ…。初めてテッカマンになれと言われた時に、剣を手にする以上誰が敵になっても俺はこの世界を守るってな…。たとえそれが汚名を背負ってでも…」  シオンに壮絶な覚悟を明かす広志。  「君は想像以上に強い…。だけど、その責任感が君を追い詰めることにもなる」  「でも、誰がやるのかなんだ…。その最後の希望が俺なら、最後までやるしかないんだ。タックも分かっているだろ」  「本当にそれでいいのか…」  「俺の本当の祖父はイワン・アイヴァンフォー…。共同軍から連盟軍に寝返った悪党で、セルゲイはその息子にして、連盟軍のために戦い最後は相討ち同然でこの世を去った。しかも、ハスターウイルスによる白血病に苦しみながら…」  「他人への感染はめったにないけど、発病したら確実に死ぬという…!!」  「そうだ、イワンはその治療費欲しさに連盟軍に寝返ったんだ」  「その戦いが三十年戦争だとしたら…!!」  「きっと言えないんだろう。辛いと思う」  広志は厳しい表情で言う。  「僕はハバード機関出身の両親の子供だ。つい最近その事を知ったけど、君は笑って受け入れてくれた。デザイナーズチルドレンだからきっと恨まれるだろうと思っていたのに…」  「悪意がない限り、罪はない。俺は悪意で人々をそそのかし暴走させるイムソムニアが許せないだけだ。君が責任感を感じることなんかじゃない」  「シオン、ちょっと…」  「どうしたんだ、ルナ」  シオンに困った表情でルナは話しかける。  「三人を入浴させたいんだけど他にも用事ができちゃったの」  「いいよ。僕が引き受けるよ」  「シオンはお人好しだな」  「この前なんかギエンと協力してようやくトイレが使えるようになったんだ。大変だったけどね」  「もはや三人の父親同然だね」  「君がいなかったら何も僕は出来なかったさ、メイ」  三人の女児のことを知った遊里の妹のメイもパートナーのギエンをアシストするために京都を訪れ支援していた。  「ヒロ、10分耐久試合の時間だよ」  「ああ、待っていてくれ」  クルトの声に広志は片方10kgの籠手をはめる。広志の場合は下半身の動きがいまいち甘い。そこで、両足に20kgのおもしがある戦闘靴を使っているのだ。  「わずかコンマ数秒でここまで違うとは…。君も命に対して厳しくこだわっているな」  「三人にはもっと厳しく見てもらいたいんだ。でも、シオンは無理だろうからタックだね」  「ああ、僕で良かったら。シオンは子供たちを頼む!」  タックは広志の肩に乗る。すでに竜也、メドゥーサ、ケンゴ、魁、イサミが控えている。  「お願いします!」  「ああ、行くぞ!!」  竜也が最初に広志に向かう。広志は竜也の振るう竹刀を真向から受け止める。そこへ魁が一気に攻めてくる。右サイドから一気に切り崩す広志。 ------すごい…、2ヶ月前よりも更に強くなるなんて…!!動きが更に早くなっている…!!  「シルヴァーナ…、驚いているな」  「マリウス様が相手なら…」  「私が相手なら間違い無く押されている。母上も険しい表情になっている」  ケンゴはなぎさ、ほのか、オリエに手を上げて合図する。三人が駆けつけると魁に代わって攻め立てる。へとへとになった竜也に代わって戦うのはクルトだ。それでも広志は息が切れる事無く勢いが加速している。四人相手にその動きはさらに速度を増している。竜也は広志の成長度の高さに身震いすら覚える。  「タック、ヒロは以前よりも…」  「ああ…、あのおもしが効果的に彼を鍛えているんだ。更に早朝からのトレーニングが大きい。君はそんな彼と1分であすこまで渡り合えるとは大したものだ」  「あいつ、LIMITEDを使っていないのにあすこまで強いとは誤算だ…」  「でも、これでまた強くなれるわよ」  「ああ…、まだまだ伸びしろはあるわけだ…」  クルトは2分の時間で一気に広志に攻めかかる。このトレーニングは広志たちの時間配分を鍛えると同時に広志の耐久力を鍛えるトレーニングだった。  「オメェも前向きだな」  「ドルネロほどじゃない。俺はもっと強くなれるって思っているさ」  「ドルネロだって、黒帯じゃない…」  「まあ、今回は無理だぜ。遊里、オメェが強くなっているのは嬉しいぜ。だが、オメェらを強くするため俺は強力な助っ人を呼んできたぜ。ハイドリット!」  「ハイド・ロドリゲス、スペインで剣道と知り合い、この日本に渡ってきた。よろしく頼む」  「浅見竜也だ。相手は…」  「ドルネロから聞いている。お前がかなりやられるとはかなりのやり手のようだな。スピードは俺のほうが若干上だが、奴は総合力に長けているようだな」  「時間を5分延長してくれ!!」  広志から声が飛ぶ。タックが叫ぶ。  「無茶だ!君の体力では持たない!!」  「それぐらいやらないと駄目だ!!新メンバーも来ているんだろ!?」  「ならば、僕も加わるさ!」  レオンが立ち上がってメドゥーサに頷く。  「手加減は出来ないぞ、あの男は」  「それを彼は望んでいるんだ…。あなたは彼が何故ここまで強さを渇望しているかを知っているのか」  「あいつの出生の秘密に関わっているようだな。俺はあえて聞かないが」  クルトに代わってケンゴが戦う。ケンゴの場合は持久力に長けており、5分で戦う。さすがにテッカマンムーとしてセルゲイとともに戦った義父・遠野行譲りの剣術だ。ほのかたち3人に変わって戦うのはイサミだ。彼女は5分で戦う。  「レオン、ハイドリット!」  「メドゥーサ様!最後は8分で行きましょう!!」  「8分でも足りぬかもしれぬが、やるべき価値はある」    その日の夕方の公園…。  ハイドリットのちょっとした歓迎会が開かれていた。ちなみに試合の結果は広志がぎりぎりわずかで勝利したがへとへとになったのだった。  「貴様のことが気に入った。あれだけ体力を消耗しながら全力で戦うとはな」  「あなたこそ強いですね。俺はスペインで孤独な武士道を学んでいたあなたに敬意を払いたいですよ」  「貴様ほどではあるまい。こんな俺をよく受け入れてくれた」  「なあ、みんなここにいる仲間たちは兄弟みてぇなもんになったな」  「言えますね。最高の仲間になれますよ。これだけ地位は違っても平和を望む思いは同じですから」  その瞬間だ。 -------仲間か…。おぬしが羨ましい…!!  「何者だ!?」  ケンゴが叫ぶ。だが広志はすぐに察するとエクスカリバーを左手で引きぬく。それと同時に現れたのはザグドだ。  「ザグド!!」  「だが、既に時遅し、いざ、勝負!!」  「みんなは安全な場所へ!ここは俺が対応する!!」  「あたしたちも残るわよ!!」  なぎさ、ほのか、イサミ、洋平、愛が立ち上がる。  「ヒロ、オメェらだけにつけは払わせねぇ!!」  「いいから!ドルネロは早くあの子達を!!」  「分かったぜ!!」  ドルネロたちが逃げていくのを見届けると広志はエクスカリバーを構える。そして鋭い声で言う。  「前回お前とはアトランティスとして戦った。だが、お前は生身で俺に立ち向かった。俺は、素顔のお前と素顔で、全てを尽くして戦う!!」  「さすがに正々堂々としているな…、ラエルの息子よ…」  「ラエル?」  「貴様の実父セルゲイはテッカマンラエルだった。真っ向から戦う男だった。貴様にもその遺伝子があるようだな。いざ、参る!!」  ザグドの剣から龍のような光が次々と放たれる。広志は額に右手を掲げると脳裏にガラスを思い浮かべる。そのガラスが内部に受けて木っ端微塵に砕け散るような衝撃を脳に感じながら激しく叫ぶ。  「LIMITED、発動!!」  その瞬間、広志の髪の色が黒から金色に変わっていく。澄んだ青い瞳の輝きは更に増していく。龍はあたかも生き物であるかのように舞い踊り広志たちに攻めかかるが広志はエクスカリバーで一蹴する。なぎさは驚きを隠せない。  「あれが、ヒロのLIMITED…!!」  「すごいぜ…!!身震いするぜ…!!」  「拙者の『竜王舞塵』がなぜ…」  「全力でお前を倒すと言った筈だ、ザグド!!」  「俺だってヒロと一緒に戦ってきた…!この程度で諦めちゃテッカマンの名前が泣くぜ!!」  「よーへー…!!」  「俺には、仲間がいる…。お前にだっていた筈だ…。だが、悪の道をひた走るのなら俺が鬼になってでも止める!!」  そう言うと広志はエクスカリバーに気持ちを乗せていく。その瞬間だ、エクスカリバーの柄が伸び始めたではないか。戸惑うイサミにほのかが説明する。  「エクスカリバーの形が変わって!?」  「エクスカリバーは心の剣よ…。ヒロは多くの試練に翻弄されても決してあきらめなかった。だから、LIMITEDの副作用を克服できたのよ」  「行くぞ、抗魔光龍弾!!」  広志のエクスカリバーランサーから放たれた光の竜はらせん状を描きながらザグドに襲いかかる。慌ててザグドは竜王舞塵で対抗すると苦し紛れに洋平たちに放とうとする。広志はそれを見るやいなや躊躇うことなく弾丸のような速度で立ちはだかると両腕でカバーする。左腕が傷つき出血するも広志は慌てない。その構えは玄武のような構えだ。  「な…!?」  「俺はこれ以上、失ってたまるか!抗魔鳳龍拳!!」  広志のはなった拳はザグドの頬を確実に捉える。慌てたザグドの剣から二体の龍が放たれる。  「やむを得ん…!奥義・双龍舞炎!!」  「ならば…!真・朱雀陣!!」  広志はあえて前に駆け出す。驚き悲鳴を上げる仲間たち。だが、ためらうことはない。その両方の腕から繰り出された二羽の鳳凰が舞うかのように二体の龍に攻めかかる。どす黒い龍と白い鳳凰が衝突し、周囲に衝撃が走る。広志はひたすら耐え続けた。  「クッ、グォォォォ…!!」  「ウォォォォォ…、みんなが俺と一緒にいるんだ、負けてたまるか、絶対に負けるもんか…!!」  広志の二羽の鳳凰が徐々に二体の龍を一気に押し込むとそのままザグドを包み込むかのように飲み込んでいく。力尽きて倒れるザグド。  「敵ながら…あっぱれで…ござる…」  「さっきのあの言葉はどういうことだ!?」  「拙者は江戸の北町奉行所の同心だった…。だが、仕事ぶりを妬んだ同僚によって陥れられて打首にされたのだ…」  「ザグド、この体を作ったのは一体…」  「イムソムニアしか分からぬでござる…。拙者の敗北だ…」  「いや、お前から俺は色々と学ばせてもらった。敗北者から学ばぬ勝者だった俺が敗者だった」  「ヒロ…」  美紅が近寄ろうとするがほのかが止める。広志は己の生身の手で初めて人を殺したのだ。  「俺はお前を仲間として受け入れる。こんな俺でいいというのなら…」  「拙者でいいというのか…」  「俺でいいというのなら…」  穏やかな笑みを浮かべて頷くとザグドは息を引き取った。広志は亡骸を抱えながら天に拳を突き上げて叫ぶ。  「俺の中で生き続けろ、ザグド!俺はお前の思いも背負って戦う!!」 -------この罪は俺が背負って生きる…!!   そして現代…。  町田にある古城風の豪邸にドルネロはいた。  「おう、オメェたちもここまで大きくなるなんて嬉しいぜ」  「ドルネロ伯父さんも!」  「ヘレンもフローレンスもマリーも元気みたいだね」  ギエンとメイはにこりとすると紅茶を入れる。ちなみにギエンの電子頭脳は今はなく、クローン脳で電子頭脳をまかなっている。その不要になった電子頭脳はタックの妹ロボットのチックになっている。そのチックはギエンの肩に止まっている。ギエンの研究をアシストし、科学成分分析も瞬時にこなせる。  ドルネロの前にいる三人の娘はハイドリットの養女になったあの三人の娘たちだった。  「ところでシオンはどうなっているんだ」  「あいつは婚約者のために献身的な日々を過ごしているぜ。ビューリンの問題で解毒剤を開発しようと美墨博士と頑張っているぜ」  「すっかりいいパートナーになった感じね、岳さんとシオンくん」  「でも、あのダジャレにはついてこれないさ、メイもチックもわかってるだろ」  渋い表情でギエンがメイに言う。なぎさの父親の岳はシオンと現在ビューリン解毒剤の開発に挑んでいるのだ。  「ついてこれないのも同感ね」  「だろう、チック」  「でも、ヒロさん元気かな…」  「大丈夫だぜ。あいつは相変わらず頑張っているぜ」 21 この地の果てまで突っ走る夢  オーブ・相生…。  拳志郎は病院の待合室で待っていた。そこに現れた剃髪の男が拳志郎に頭を下げる。  「久しぶりだな、拳志郎」  「お前も相変わらずだな、宗武。文麗の体調はどうだ」  「安定している。転移はないから安心しているが、俺が子供たちを育てねばならない」  「そう無理はするな。お前の努力は子供たちも分かっている」  そう、劉宗武(りゅう そうぶ)はヴァルハラ相生市医療センター副院長である。元々は広東人民共和国出身の医学生だったが母国が独裁政権になってしまった故一家でそのままオーブに亡命し、5年前に国籍を取得した。妻の夏文麗(か ぶんれい)との間に一男一女を得ているが、多くの患者を救う為には手段を選ばない強引な手法で周囲から軋轢を招きかねない性格を持っている。  本来は外科医だが、内科医や小児科医までこなせる。それでヴァルハラ神戸総合医療センターから手術の指名があるほどだ。  「あら、拳志郎さんじゃない」  「君の体の体調は大丈夫か」  「大丈夫よ。うちの人もあなたが来ると知ってから用事を終わらせようと必死だったみたいよ」  文麗は笑みを浮かべる。産婦人科医なのだが、初期の乳がんに遭遇してしまい手術を受けた。それで、仏教徒の宗武は妻の病気の回復を祈り剃髪しているほか、仕事が終わると妻に寄り添う日々だ。拳志郎と宗武は同じ道場で汗を流した同期であり、互いに競い合った親友でもある。  「昨日潘光琳(はん こうりん)が病院に来た。もう少しで杖だけで大丈夫な日々になる」  「そうか…。車椅子から解放されるようになっただけでも大きい。これで彼女も女優活動に戻れそうだな」  女優であり潘光琳の妻の楊美玉(やん びぎょく)はアジア戦争後に夫と結婚し、そのまま日本に渡った。日本語をマスターして今は主に夫の介護を優先するため声優で活躍している。  「よう、我らが朋友(ぽんゆう)!」  大男とユダヤ人兄妹ら5人が現れる。一人の顔には☓文字がついている。  「太炎に烈山、ギースにソフィーではないか!」  「お前こそ元気で何よりだ、拳志郎」  笑みを浮かべるのは張太炎、彼の顔には☓文字の傷があるがかつてアジア戦争時に幼馴染のソフィーをかばってつけた傷であり、本人はこの傷を戦争の愚かさを伝える傷として人々に戦争の愚かさを訴えていると同時に、愛する者を守った誇りある傷と言い切っている。そのソフィーは太炎の婚約者である。普段はフィアンセの経営する児童養護施設の経営を手伝っている。  「お前も児童養護施設でだいぶ忙しいようだな」  「お前の取材でオーブの企業からの支援が増えて助かっている。ありがとう。それにあのTシャツの販売が大きい」  「朋友から頼まれては引き受けないわけがないさ、太炎。それにお前は可愛い我が弟でもあるんだ」  シャルル・ド・ギースは笑って答える。上海出身のフランス系ユダヤ人だがオーブ国籍を有している。広東人民共和国の単一民族政策で弾圧されそうだと知って反発した流飛燕(りゅう ひえん)に誘われてオーブに一家で亡命した。そして潘光琳一族と一緒にオーブ国籍を取得した。その飛燕がぼやく。  「太炎やオラァ大変な状況だよ」  「どういうことなんだ」  「最近じゃ黄色い馬中毒で親が中毒死するケースが出てきて、その遺児を引き取っているけど増えて大変だよ。エリカも悲鳴を上げている」  「彼女もか…」  エリカ・アレント(ユダヤ系オーブ人、洗礼名はサーシャ)はギースと一緒にオーブに亡命し、飛燕の養女になった。  「そういう事か。水臭いぞ、俺に話してくれよ、弟よ」  「兄上」  「この事は天が俺に命じた任務だ。俺の報酬の殆どを児童養護施設に回す、お前は子供たちをしっかり育てろ」  「だが、アンネが…」  「彼女のことなら大丈夫だ」  章烈山(しょう れつざん/泉佐野市出身のオーブ議会議員、地域政党・紅華会代表)がどんと胸を叩く。慈善活動家の章大厳の長男だが、2m15cmというやや大きい体を恥じていた。だが、選挙活動でボランティアとして加わってくれたフランク一家がそのコンプレックスを解消してくれた。  烈山の事務所は泉佐野市にあり、オットー・フランクの次女のアンネがよく勉強をしに来ている。そこで政治の闇を烈山に聞き、烈山も分かる範囲でおしえている。ちなみに烈山はエアコンを付けようと気を配るも節約家であることを知っているアンネはエアコンを付けることを断っている。烈山と太炎は直接の血縁関係にはないが、強い絆で結ばれている。アンネの姉のマルゴーは烈山を敬愛してやまないのだ。  「ユリアさん、生きている可能性が高まったみたいね」  「ああ…。GINは本気で動いていたようだ…。高野広志は最期まで戦い抜く男だと国王陛下は話していたがその通りだったな。烈山の活躍は聞いている。『オーブの石橋湛山』と言われているそうじゃないか」  「おいおい、褒め過ぎも甚だしい。そうして己の欲望に溺れてしまえば権力の甘い罠にはめられてしまう。褒め殺しされているようで恥ずかしい」  烈山は渋い表情で拳志郎に言う。権力の怖さを彼はよく父の大厳から言われており、徹底的な質素な生活を心がけている。そのため烈山を支持する有権者たちはほぼボランティアで応援している。そのため金にクリーンな政治家と言われるのも当然だった。  その頃、壬生国では…。  緑のつなぎをまとった大男が段ボール箱を抱えて首相公邸から出てくる。小男が後に続く。  「なあ、これを早くあすこまで持って行かないとヤバイな」  「早く処分場まで持って行こう、シュレック」  だが、その光景を見ていた男たちがいた…。男たちの一人は電話をかける。  「もしもし、CBのアレルヤです。奴ら、重大機密とおぼしきものを処理させようと動いています。業者をいかがいたしましょうか?…、かしこまりました、然るべく対処します」  「アレルヤさん」  「君達が一緒で助かったよ、藤丸くんに響ちゃん」  「高野CEOからメールによる指示があって動いています、私達は」  「でも、君達の場合は才能を見抜かれたこともあるが志願兵だ。強いよ」  その時だ、金髪の男が突然飛び出すと二人の男から段ボール箱を奪うと近くに停めてあった電気自動車に乗り込んで逃げていく。  「一体!?」  「待て!!」  男二人は驚きを隠せない。   -------ミッション成功…!!これで喪黒の情報は隙だらけだ…!!  ミドウは電気自動車を運転しながらニヤつく。  後ろから車が急スピードで走ってくるがミドウには計算内だった。車の運搬車に車を急スピードで乗り込ませると運搬車はゲートを締め切り、急スピードで走り去っていく。  「しまった…!!」  軽自動車を改造した電気自動車で追跡していた藤丸は悔しそうにつぶやく。そこに携帯電話がなる。響からだった。  「もしもし」  「私よ、響よ」  「ああ、あの二人は?」  「身柄は確保したわ。場合によっては証人保護プログラム発動の可能性もあるわ」  「分かった、それは父さんや法相と相談の上だね」  「当然よ。私も独断ではできないわよ」  「あの資料は一体…」  「私も分からないわ。ともかく、あの二人の事情聴取を急がないと…」 22 力尽き傷ついた換えのきかない魂  その頃、オーブでは…。  「ケフレン先生、プログラミングですが持って来ました」  「この前のバグを修正したのか」  「はい、先生の指摘通りに!」  女子高生がうれしそうに叫ぶ。宇佐見ヨーコといい、高校生にして天才ハッカーである。早速師匠と慕うジン(本名:垂水仁)の用意したビスケットに手を出している。彼女は甘党なのである。リー・ケフレンは穏やかな笑みを浮かべながら紅茶を手にする。  「今度高野広志と会う夢を果たせるようだな」  「当然です、俺達のチームは日本屈指のハッカーチームですよ」  「お前は相変わらずの自信家だな」  呆れ顔で桜田ヒロムに苦言を言うのは陣マサト。ヒロムの父・ヨウスケと母のミチコの元でコンピュータ技術を教えこまれただけあって腕は良い。  申し遅れたが、彼らはハッカー技術を利用してコンピュータウイルスワクチンソフトやハッキング撃退ツール、フィルタリングソフトの開発で日本トップクラスのソフトハウス・『エンター・メサイア』のチーム『ゴーバスターズ』である。社長の黒木タケシが率いており、スカウトで加わったのが高専から大学に進学したエンジニアである岩崎リュウジ、仲村ミホ、森下トオルである。いずれもコンピュータプログラミング能力はトップクラスだ。  なお、会社は写真集などでもトップクラスである。そのチーフがヒロムの姉のリカで、イラストレイターとしての腕を生かしている。  「ヒロムくんの自信はいいが、自信過剰にはなるな」  「ケフレン博士の指摘、ありがたく受け取ります」  「しかし、社長が話していましたよ。あなたにはぜひとも我社に来て欲しかったと」  「そうは言っていられなかったんだ。科学アカデミアだけでは済まされないトップクラスの国家的機密を私は握ってしまったのでね、それと戦わねばならなくなってしまったのだ」  ケフレンはキラから科学アカデミアへの参画要請を受けた時に『世界を驚愕させる恐怖のハッキングプログラムであるゴールデンアイをあなたの手で何が何でも打ち破るプログラムを開発して欲しい』と頼まれたのだった。その時の態度にケフレンは娘のネフェル、その恋人のジン共々すぐに科学アカデミアに加わる決心を伝えた。  そして、関東連合では…。  東京・浅草…。  広志と美紅は満月堂と書かれた看板の店の前にいた。そこにソフトモヒカンの着流し姿の青年が駆けつける。  「ヒロさん!久しぶりです」  「田沼さんこそ。あの時の茶会ではお世話になりました」  「帰り、田能久で食べて行きませんか」  「そうは言えないですね。これから田原町のある家を訪問する予定ですよ。あなたを誘ったのはそういう事です」  「なるほど、彼女のことですか」  田沼信太郎はニコッと笑う。その時だ。  「おまたせしました」  「どんどん腕を上げていることは雄山先生から聞いていますよ、奈津さん」  「相変わらず鋭い眼力には恐縮です、美紅さん」  安藤奈津は笑っている。その格好は着物姿だ。美紅がシンプルなワンピース、広志がワイシャツにネクタイをしめた姿なのに対して信太郎は着流し姿だ。  「じゃあ、行ってらっしゃい」  「しっかり学んでこいよ」  「はい!」  「皆さん、ちゃんとおみやげ持ってきますからね」  広志は笑いながら言う。  そして銀座線・田原町駅前…。  がっちりした男と金髪の美女、更には金髪の男が駅前で待っていた。広志は男と握手を交わし美紅は金髪の美女とキスを交わす。  「広瀬さん」  「この人は…」  驚きを隠せない金髪の男。広瀬武夫(警察軍出身の外交官)はボリス・ビルキスキーに説明する。  「彼は私と同じ松坂征四郎先生の元で学んでいる仲間だ」  「高野広志です。今回あなたのご労足を頂いたことに感謝申し上げます」  「あのアトランティスが…!恐れ入ります!!」  「そこまで何をされなくても…」  「でも、ヒロさんはそこまでされて当然ですよ。オーブの英雄でもあり、アジア戦争を終わらせた英雄じゃないですか」  信太郎が恐縮する広志に言う。ちなみに広瀬の妻のアリアズナがボリスの親戚にあたり、広瀬がロシアのペテルブルク大学に留学していた時に知り合い意気投合してボリスが紹介したのがアリアズナだったわけである。アリアズナは大学1年生にして文学的教養も高くその美しさと知性は同級生も一目置くほどだった。それから5年後の今、結婚して日本に住んでいる。  「いや、それはないんだ。この広瀬さんは義父のコヴァレフスキー将軍をこの前ロシアから日本に連れてきて、今は家族で介護をしているんだよ。礼儀正しいし慕われてもいる」  「大変でしょう、介護で」  「いや、今日は大丈夫だ。母上が協力しているからね。義父からは策略を教えられていて私は恩ばかりだ。報わねばならないさ」  ちなみにボリスはサンクトペテルブルクにある海軍士官学校を卒業したあとに勃発したアジア戦争で日本を助けようと同胞たちに呼びかけて義勇兵部隊を結成し、広瀬の元にはせ参じ、広瀬の危機には身を呈して守りぬいた。その友情を知った松坂征四郎は彼らに無条件で日本国籍の一つ、オーブ国籍を取得できるよう働きかけ実現させた。そして彼らは全員そのまま日本に留まり日本人と結婚したり、日本に家族を呼び寄せたりした。ちなみにボリスは海洋学者にして冒険家でもある。そして2年前に日本人女性と結婚して広瀬ボリスに姓を改めた。完全に日本人になったのである。  「タケニイサン、楽しみですね」  「ボリスもすっかり日本人になったな。日本酒を好むとは驚いたよ」  「今度、子供も生まれることですものね」  「おめでとうございます」  奈津が素早く頭を下げる。ボリスは恐縮している。  「彼女もそれなりの筋の人だから、礼儀正しい人ですよ」  「ここが…」  「さすがに素人には本場のつけ場に回ってもらう訳にはいかない。だが彼女には時間がない」  広志は賃貸マンションの前に立っていた。  ここにいる主こそ、今回の修行中の人物の師匠である。  「リジュエルさん、やる気満々でどこまで寿司職人としての腕を身につけたのかしら」  「美紅、やる気だけじゃ技術は身につかない。だが、今回の師匠二人は小さい頃からの悪友同士で、将来は義兄弟になる間柄だ。足りないものを互いに補足しているから羨ましい限りだ。雄山先生が最終段階と評価した以上、その言葉は確実と見ていい」  「まるで私と冬実さんみたいですね」  奈津がいう。奈津には先輩の菓子職人で銀座の獅子屋の令嬢の外崎冬実という相棒がいる。彼女はパティシエとして一流の奈津から学び取る一方、奈津は和菓子職人としての腕を冬実からも学び取っていた。好敵手にして親友でもある間柄だ。  「まさか…」  「その通りだ。上野・大松百貨店で行列のできる寿司屋で知られるチェーン店・「鳳寿司」の店長の関口将太とその親友で、回転寿司チェーン大手の笹寿司の将来の経営陣入りが有力視されている笹木剛志そのひとだ。彼は大学生でアルバイト先が鳳寿司銀座本店なんだが、アルバイトにしてつけ場に立てる実力派だ」  「確か、笹木さんってホームレスに寿司を振舞っていた…」  「その本人だ。彼曰く寿司修行だったそうだが、その活動でホームレスの中から生活再建を目指す人達が増えているんだ。今では新宿・伊勢屋本店にある鳳寿司がそのボランティアを引き継いでいるそうだ」  「はい、関口です」  「高野です。今来ました」  「準備します。おまかせ寿司ということで」  「分かりました」  「さあ、来たぞ」  リジュエル(本名:大野春香)に檄を飛ばす笹木。  「緊張しているわね」  「これがデビューだと思うと…」  「この緊張感が大切だ。忘れるな。ワシに毎日叱られながらようやくここまでたどり着いたのだ。自信を持ちなさい」  白髪姿の初老の男が笑って言う。柳葉鱒之介といい、物腰の柔らかい専門学校の講師だが以前は寿司職人だった。その息子の旬は『柳寿司』の三代目である。リジュエルは包丁さばきを連日深夜の2時まで練習してきたため、包丁の使いさばきは鱒之介も一目置くほどだ。渡辺久美子(将太のフィアンセ)が玄関に出る。  「高野さん!」  「だいぶ腕を上げたようだな。雄山先生が『貴様にも判定してもらおう』と指名してこられたので拙い私が判定をさせていただくが、素人の私だけでは不公平だと思ってプロ二人にも来てもらった。一人は和菓子、もう一人は本格的な日本料理店の若大将だ」  「じゃあ…」  「台所は今の君にとってつけ場と心得よ!気を抜くな!!」  広志の厳しい一言にリジュエルは気を引き締める。鱒之介は広志の元に近寄るとにこりと微笑む。  「さすがに、雄山先生が認めるだけありますな、若伯爵」  「ここまで彼女が腕を上げたのはあなたや笹木さんの熱意があってこそ。苦しい時に支えてきた関口さんとそのフィアンセの存在の大きさですよ。私の言葉ではありませんよ」  奈津はリジュエルの包丁さばきを食い入る様に見つめている。  「斜めに、すっと引くように…」  「俺も見とこ!」  信太郎はメモを取り出すと動きを事細かく書き、スマートフォンの動画で撮影しつつ、恩師でもある鱒之介を質問だらけにしている。その時にベルが鳴る。  「もうそろそろ来ましたか」  「俺が行くさ」  笹木が玄関に回ると三人の男が入ってくる。  「雄山先生に村田兄弟ではありませんか」  「貴様らも腕を上げたと認めるしかないようだな」  「ええ、いい方々に恵まれた結果です」  リジュエルは笑うと江戸前寿司11人分を作ろうと必死になっている。  「材料配分に関してはどうなんだろうか」  「それに関しては余裕を持って作るように何日もかけて指導していますよ、高野さん」  「それならいい。みやげも含めて用意したいって話していたからね」  「君達もかなりの貪欲なまでの意欲のようだ。江戸前の和菓子や江戸前料理は安心して見ていられますな、兄さん」  「これで味吉くんにいい刺激になるのは間違いなさそうだ、源三郎」  村田源二郎は弟の源三郎に言う。相変わらず和服姿にタキシード姿で、広志は雄山と苦笑しながら話す。小さい時に信太郎は鱒之介の包丁さばきに惹かれて日本料理職人になる決心をして、それから鱒之介に弟子入りして包丁さばきや味付けなどをしっかり叩きこまれた。当然、一人息子の旬とも親友になった。職人としての心意気は鱒之介譲りでもある。  旬が味皇高校卒業ということもあり、そこで信太郎は村田兄弟の知遇を得て厳しいが温かい眼差しの元、新進気鋭の日本料理職人として成長を遂げてきていた。雄山が村田兄弟を認めているのはそうしたことを知っているからだった。ちなみに将太も味皇高校卒業生である。  「貴様に聞きたいことがある。南米のザルティワの内戦をどう思うか」  「確か、人民党と自由戦線の内紛に乗じて第三勢力の愛国軍が政府を奪ったという話ですね。そこにまたしても禍々しい武器商人が関与しているようです」  「エミリー・ドーンの事か」  「広瀬さんの指摘通りです。だけど、証明ができない。できてもなんにもならない」  「噂によるとあの禍々しい傭兵集団・『ダークギース』が関与しているようだ。困ったものだ」  「しかし、笹木君結構教え方うまかったよ。父さんの教えをそのまま教えて僕も参考になったよ」  「いやいや、とんでもない。俺なんかカラオケ名人だ。カラオケ名人より応用力があって本物じゃないか。義兄貴(あにき)の努力の方が数段上だろうよ」  「僕は経験の浅さを君のアドバイスでここまでやってこれた。これからも頼むよ」  「それは俺の方だよ。義兄貴には頭が上がらないさ。そんな義兄貴の教えを受けた寿司がうまくないわけがない」  笹木は小さい頃から将太の父親である源治(将太の実家は小樽を代表する老舗寿司店『巴寿司』である)の手ほどきを受けており、包丁さばきから何までそっくりそのまま源治の生き写しというべき凄腕である。将太とは小樽時代から同じ学校に通い、同じクラスだったこともあって親友であるほか、将太の妹の美春からの告白を受け入れるほど関口家とのつながりは深い。ちなみに巴寿司、笹寿司、鳳寿司と東日本に強い流通大手のビアンカは仕入れの共通化で提携している他、ビアンカの寿司部門を強化するために3社は教育部門を統合した。それが『寿司大学』であり、笹木や源治は積極的に参加して教えていた。  笹木は大学で経済学を学んでおり卒業したあとに小樽に戻り、笹寿司の経営陣になることが決まっている。それと同時に美春と入籍することも決めている。つまり、将太の義弟になることになったのだ。だから将太の母親である春子の月命日には笹木も線香を上げて冥福を祈るのである。また、笹寿司から巴寿司に笹木の修行を受け入れてくれたことへの感謝を込めて支援メンバーが入っており、地元での評判は一度も落ちたことはない。  「貴様もかなりの努力家だからな。緑茶ひとつとっても工夫をよく重ねておる」  「雄山先生の一喝があって気が付きました。ありがとうございます」  「まあ、その心が寿司職人コンクールで優勝を果たした原動力になったのだがな」  広志は落ち着いた表情で言うと目を閉じる。リジュエルは焦りの表情を隠せない。  「足元を見ろ!焦るな!!」  「はっ…!!」  広志の一喝にリジュエルは素早く冷静さを取り戻す。久美子は広志に聞く。  「あなたの言葉って何か重みがあるのはどうして…」  「私は10年前、兵士として戦っていたからだ。そこで多くの人々の命が失われていくことに何も出来ずに戸惑ってきた。そのことと比べると今彼女がもがいていることは軽いこと。さりげなく背中を押したまでのことだ」  「貴様に今度試食してもらうのは白亜凌駕じゃ。しっかり厳しく叩き込んだがいいか」  「雄山先生が太鼓判を押したなら安心しますよ。当然、士郎さん一家にも加わってもらいますがいいですね」  「貴様に任せよう。だが、あ奴のライバルという伊橋悟は大した事はないようじゃな。奈津や信太郎の足元には及ぶまい」  「私は密かに一回行きましたがあまりにもひどい。研究はしているようですがパフォーマンスだけで仕事に出ていない。話になりませんね。広瀬さんは怒り心頭に発する状態で、ギエンですらも呆れていましたよ。はっきり言って何を学んできたのかと言いたい限りですね。関口君の寿司には技術と修羅場の経験が備わっているのに対して奴は格好つけているだけです」  「相変わらず辛口だな、君は」  「パフォーマンスだけでは料理はできませんよ、源二郎さん。笹木君はホームレスに殴られながらも決して諦めなかった。修羅場をくぐり抜けたという経験の有無でも甘すぎます。笹木君の寿司には基本が備わっているほか覚悟という信念がある。経営陣になってもその基本は崩すことはないでしょう」  「高野さんの厳しさは親方も認めていますよ」  「そうだ、親方はご健在か」  広志は将太に尋ねる。将太の師匠は当代の名人と言われた鳳寿司の六代目親方、鳳征五郎である。体の衰えはあるが今でも塩一粒の差異も見逃さぬ「絶対味覚」を持った七代目親方である佐治安人(さじ あんと)が尊敬してやまない。  「この前佐治さんと一緒に行きましたけど、あなたの活躍を喜んでいましたよ」  「あの時のロンドン五輪では親方に応援団を率いていただいてお世話になった。返すべき恩をまだまだ私は返していない。恩は必ず返すと約束したい」  「あなたは充分恩返しを果たしていますよ」  「それと、もうそろそろあなた達も小樽に戻るんでしょう」  「ええ、笹木くんも久美子も、大学を卒業するし僕も親方から巴寿司に戻るよう勧められていますよ」  「寂しくなるな。きっとシンコが跡を継ぐだろうけど、将太ほどじゃないさ」  信太郎はしみじみと言う。  「そんなことはありませんよ、信太郎先輩。シンコは全く手抜きはしていませんよ。次期店長としては適任ですよ」  「ようやく休めるようになったのもそこまで腕を上げた証拠だろう、田沼さん」  小畑慎吾は名前をもじってシンコと言われ、努力家であり手抜きの一つも全くない。その仕事ぶりは六代目親方も「ワシにとっては、上得意のお客様を失うよりも慎吾を失うことのほうが遥かに辛い」と言わしめるほどである。今は盛り込みを任せられているのである。リジュエルもそのやり方をメモを取りながら必死に学んだのだった。  「その盛り込みまでこなせるようになっただけ、大したものだ。教えた人たちの腕が良かったんだよ」  「出来ました!」  リジュエルはようやく寿司を盛り合わせた皿を持って入ってくる。  「この皿は近くのかっぱ橋道具街で購入したんだな」  「はい、自分の道具も用意するよう教えられました」  「あとは君の包丁とまな板だ。そこまで気持ちを込めてこそ初めて一人前だ。だが、腕を磨くことを優先する以上やむを得ない」  そう言うと広志は寿司を手にゆっくりと食べ始める。  「わさびのバランスもとれている。このわさびはここですっていたのは分かった。新鮮だな」  「だが、二度目が問題じゃ。握ってみよ」  「はい!」  雄山に言われてリジュエルは赤貝と穴子を握る。二度目だと鮮度が違ってくるのだ。雄山は手に取ると試食し、目を閉じて言う。  「わずか一ヶ月でここまで仕込みあげるとは大したものじゃ、貴様らには頭が上がらぬ」  「本当ですか!?」  「これで、下北沢の大政さんにいい報告ができそうだな」  「ああ、ちょっとリジュエルもここに来てくれないか」  広志は将太、笹木、リジュエルに言うと手元からチケットを取り出す。  「このチケットはチトワン王朝御用達の鍛冶職人である鬼王丸のところに向かうのに必要な物だ。彼は優れた包丁を作ることで有名な人だ。君達が求めるにふさわしい包丁をきっと作ってくれる。大政さんや小政さんもお世話になった人だから、きっと分かってくれる。ちなみに味吉陽一・陽太親子の出刃包丁を作った13代武生玄斎のライバルが師匠だ」  「あの人ですか!!」  「ついでに料金も私の方で払ってあるさ。君達の包丁のことは大政さんや小政さんからも頼まれていた」  三人は驚きを隠せない。大政と言われている男は藤田政二といい、下北沢で「下北沢 鳳寿司」を経営している。笹寿司からは会計担当を派遣して支援している。片手一回だけで鮨を握る「小手返し一手」を笹木は大政に土下座してマスターしているほどだ。ちなみに血の気の多い男なのが小政こと岡村秀政で、「谷中 鳳寿司」を妻の実家の隣に立ち上げている。大政は笹木の熱意や努力家ぶりを認めており、徹底的にし込んでくれた上で『鳳寿司でも経営陣になれる』と太鼓判を押したほどだ。  「高野さんがこの前谷中に来た際に小政さんの店に立ち寄ったじゃないですか」  「ああ、夜どうしても時間がなくてね。財前さんと一緒に来たわけだ」  「そこで色々と話をさせてもらってホッとしたって言ってましたよ。財前さんが味に関して分かっていることにも驚いていましたよ」  「私は奥さんの財産目当てで接近する輩など好きじゃないんだ。筋を通してこそ男は本物でね。まだまだ私は本物じゃない。私よりも財前さんは本物を知っている人なんだよ」  「でも、私には課題がまだ多すぎます」  「それが分かっているから、君は強いんだ。千葉で僕の足元を脅かすまでになって欲しいんだ」  「俺もだな。ちなみに飛鳥亭という名前なんだろう、そこに近々数人会計で派遣するさ。あとは素材の話だけど将太のように自分の足で探して見つけるまでなんだ」  「私も同感です」  「俺もだな。わさびの摺り鉦もかなりこだわったな。まあ、千葉の鳳寿司に修行しながらだが飛鳥亭の寿司部門をこなすことが俺たちの修行を終える条件だけどいいかな」  「私、実際わさびをすってみて美味しいって思えるまで摺り鉦を調整してもらったんです。その条件は私も望んでいました。死ぬまで勉強ですから…」  「生涯勉強か…、いい言葉だな」  「ここまでこだわるとは大したものだな、君も」  わさびを口にしてウマそうに源三郎はリジュエルに話しかけた広志に語る。彼は主にヨーロッパに精通した食通だが和食にも長けている。味将軍チェーンでは会長に就任しているが味皇研究会にも参加している。兄の源二郎も『洋食の革命児』と若い頃弟を評していたほどだ。  「しかし、君も粋な男だな」  「最後まで無粋なことはできますまい。あなたには渋谷のスポーツバーでもお世話になりましたからね」  タキシードを整えると源三郎は笑った。  「あの加賀美敦子というアルバイトの女子大生は最近腕を上げているようだな」  「頑張っていますよ、彼女は。食べに行ったようですね」  「毎日朝の食事を作っていて褒められているようだ。その経験は彼女の自信につながっている」   23 脅える自分と向き合う強さが集める光  「ヒロ…」  「俺はもっと強くなる…。これ以上の悲しい犠牲を絶対に生み出さないように絶対に…!!」  ザグドの墓の前で広志は拳を固く握りしめて誓っていた。  美紅はそんな広志を見て震えていた。10年前の京都…。 -----あたしの知っているヒロがどんどん遠ざかって…!  「たとえ過酷な人生であっても、俺は逃げない。逃げたら俺に思いを託した人たちの思いはどこへ行くんだ…」  「それでこそお前らしいな」  「お祖父様」  穏やかな笑みを浮かべて言うのは高野五十六、三十年戦争で日本を勝利に導いた立役者で、戦後は日本連合共和国首相を務めた人物である。広志の法律上の父・圭介の父であり、広志は出生の秘密を知っても祖父として慕っている。  「私の教え子もお前の活躍を喜んでいる。だが、一人の祖父としては複雑なのだがな…」  「セルゲイもこんな男だったというのか、じいちゃん…」  「そうだな。たとえ過酷な人生であろうとも果敢に戦い続けた。彼の場合は実の父親が敵だったからな」  「五十六先生、メドゥーサ伯母様から話は聞いていましたけどセルゲイ・ルドルフ・アイヴァンフォーをあなたはなんと思っていたのですか」  「クルト皇子の質問となればお答えしなければなりますまい。セルゲイは私にとって越えられない壁でしたな。もし生きていれば私など指導者とはなっていませんでした」  クルトはセルゲイを自ら超えるべき壁と認識していたのだ。 ------何故そこまで自分を追い詰めなければならないの…!?  「美紅、これもまた、俺に課せられた宿命なのかもしれない…。栄光と試練…、越えられない壁なんてないものさ」  「たとえセルゲイの血を受けたものであろうが、我が孫であることに変わりはない」  「待たせたな、海江田くん」  「いえ、早かったようで。五十六先生、こちらです」  キリッとした表情で軍人が車に五十六を案内する。  「待て、紹介しよう。海江田四郎、警察軍海軍所属の幹部候補生だ」  「高野広志です」  「君があの彼か…。五十六先生から話は聞いている。また、いつか会える日があるはずだ」  「ええ、祖父を頼みます」  「大丈夫、確実に東京の邸宅に届ける」  広志は祖父たちの車が遠ざかっていくのを見届けると、厳しい表情に戻った。  「ヒロ…」  「オーブの人達は俺達がこうして墓参りをしている間でも悲しみに暮れているんだ。俺に出来る事は何か、やれる事をやるしかない…」  「どうしてそこまで強さを渇望して…」  「俺は、俺に出来る事をしているまでのことさ」  「戦うことしか、君には選択肢はないということか…」  クルトはやるせなさそうに広志に聞く。無言で頷くとネオクリスタルを掲げる広志。  「ヒロ君のクリスタルが、この世界を守る最後の希望だなんて…」  「それでも、俺はやることをやる。そうしていままで俺は生きてきた」  「ヒロ…」    その頃、国会図書館では…。  「この事件…!!」  黄色いトレーナーを身につけた女性が新聞を見て驚きを隠せない。新聞記事をコピーするよう申請を行うと彼女はその他の記事を調べていた。そして顔色を変えるとネットブック(ノートブックパソコンの一種で小さいもの)を取り出すと記事を打ち込み始めた。  「ホナミさん、どうしたんだ」  「ドモン、この記事を見て…!!」  「高野圭介…!!まさか、あの天下航空機墜落事故の犠牲者の一人で元宇宙飛行士だったという…!!」  「この前リラさんが国会図書館に行ってきてその帰りに厳しい表情だったじゃない、その関係かも…!!」  「まさか、竜也はあいつの出生の秘密を知って…!!」  「でも、まだ断言はできないわよ、ドモン」  「あいつは親のぬくもりをイムソムニアに奪われた。そして戦う必要もないのに戦いに飛び込んでいった。そんなあいつに俺達はいったい何ができるんだよ…」  ドモンは悔しさを隠せない。彼の行動力は素晴らしいものを持っているのだが感情的な性格が欠点だ。  「でも、出生の秘密って何かしら…」  「チトワンに向かったメンバー全員に聞いても話してくれない。美紅ちゃんに聞いても涙ぐまれて駄目だ」  「それほど重大な秘密がありそうなのね…。私、チトワンに行く!」  「大丈夫か!?」  「きっとなにか重大な手がかりがあの場所にあるはずよ」  森山ホナミは力強く言い切る。だが、この行動はホナミを、ドモンをも、更に激化する戦いへと巻き込む一歩になろうとは誰も予感しなかった…。 24 絆と命を信じて  「クソッ、あのロブ・リックの奴が俺のアイデアばかり盗むから…」  ゼーラのある居酒屋で愚痴をこぼすサラリーマン。  だが、この男があのCP9のアルバート・ジャブラだとは思わなかった。愚痴をこぼすのも無理は無い、アイデアをことごとく奪われてリックの部下の失敗を全てジャブラの指導力不足のせいにされて給料を下げられたのだ。  「お客さん、文句言ったってなんにもならないよ」  「やってられねぇよ…。ビール!」  「あんた、飲み過ぎや」  その光景を見て顔色を変えた二人がいた。  「課長、なんであんな所にジャブラがいるんですか」  「あいつ、またロブ・リックにアイデアを盗まれたんだろう。相当腹を立てているな」  「でも私達のあの計画聞かれていませんよね」  「それは大丈夫だろう。こっちには南も秋月もいる」  「でも、あれだけひどく酔っ払っているってことはまずい雰囲気だな」  スモーカーとタシギに話すのは南光太郎だ。彼らは秋月信彦と一緒にCP9の内部告発で動いていたのだ。スモーカーもタシギも光太郎と信彦がGINのエージェントであることを知っている。その事実を知った今は行動をなおさら慎重にしていた。内部告発に協力していたエディソン・ネロの命をCP9が狙っていたことを把握したGINはネロを死んだことにして、証人保護プログラムを発動させたのだった。  「俺、行ってきますよ」  「おい、気をつけろよ」  光太郎がジャブラのもとに向かう。  「どうしたんですか、こんな場所でひどく酔っ払って」  「お前…南か…」  「そうですけど、何があったんですか」  「また手柄をロブ・リックに取られて失敗をなすりつけられたんだ…」  「ひどい奴ですね…」 -----相当な悪のようだな、ロブ・リックは…  光太郎はジャブラの話を聞きながら厳しい表情で信彦に目配せする。信彦は立ち上がるとトイレに向かう。そこで小声で電話をかける。  「もしもし、こちらゴルゴムの秋月です。松本先生はおりますか…、すみません、父君に代わっていただけませんか」  その10分後…。  「彼の酔い覚ましを引き受けてくれということだな」  「すみません、お願いします」  「それと彼には色々と事情があるようだな。そのことは引き受ける旨、安心してくれ」  「すみません」  信彦は光太郎共々頭を下げる。松本清長はにこりとするとジャブラの体を抱える。信彦の父親が清長の親友だったこともあり、親しい関係にあるのだ。ちなみにゴリラに清長は所属しており、広志も「親が親友なら関わることは情報漏えいをしない限り問題視する必要はない」と黙認している。  「しかし、あなたは…」  「私は秋月くんの父親と親友でね。色々と因縁があって、この二人には助けられているのさ。二人のお陰で孫まで抱ける」  清長には娘の小百合がいた。その彼女の婚約者・高杉俊彦の母親が清長の捜査の過程でひき逃げに遭い、亡くなってしまった。俊彦はそのことを強く憎み、小百合殺害を目論んだが光太郎、信彦、工藤新一、金田一一、高遠遥一の5人の活躍で計画は暴かれた上、義兄の桑田福助の協力を得た新一と一が清長へ謝罪を迫ったほか、遥一が俊彦のカウンセリングを引き受けた結果双方の和解に結びついた。ちなみに俊彦はこの事への感謝を忘れないためにGIN・ゴリラに寄付を行なっている他徹底的な情報公開を行なっている。なお、小百合は清長と俊彦の和解を強く望んでいたので協力したのは言うまでもない。  「ジャブラの奴、CP9を辞めるぞ」  「辞めたほうがいいですよ。噂では大韓化学工業が今度買収したインドのレビン・ウェルファーマの日本進出を計画していて、東西薬品との業務提携に全株式の買取も含まれているというそうです。東西薬品は経営者の引退が予想されていて次期社長を探しているようです」  「まあ、霞拳志郎の記事が出ると同時に俺達も退職だな。すでに手は打っておいたが」  信彦は冷めた表情で言う。  「おいおい、お前たちに行き先はあるのか」  「こればかりはわからないですよ。人生どこでどう動くのかもね」  「そういえば、明日週刊北斗で内部告発記事が出るようだな」  「すでに何人か退職しています。私も辞めますけどね」  「君たちはどこに向かうつもりかね」  車にジャブラを乗せて清長ともう一人の男が入ってきた。俊彦である。  「まだ俺達はわからねぇ…。いずれにせよ言えるのは、CP9とは縁を切るってことだ」  「それなら、しばらく俺の会社で働いたらどうだ?あなた方がもし仮に後発薬販売に乗り出したいというなら支援してもいい」  「すまねぇ…。恩に着るぜ…」  「それなら電話番号を交換しよう」  スモーカーと俊彦は携帯電話の交換を行う。清長は俊彦に頷くと一緒に居酒屋を去っていった。  「それにしても、ここで働いていたリナが殺し屋だったとは…」  「ショックだろうけど、油断はできない。自殺を装っていたけど、あれは口封じだろう」     25 地の果てにある望みと光  そして、市川では…。  いちごが経営する『マリーレーヌ』市川店に小型化された汚水浄化装置が取り付けられる事になった。店の内部を整理整頓して取り付けスペースを確保する事に成功した。そこをカリストが自ら指揮を取り、取付準備工事をしていた。  「ここが『マリーレーヌ』か…。こじんまりとしたケーキ屋さんだね」  「石丸君、ドライバーなどの準備出来てるの?」  「あるよ、僕のリュックサックに入っている」  石丸和樹はあっさり答える。実はオボロゲクラブはよく『恐竜や』でイベントを開いていて、和樹は大野リジェと顔見知りなのだ。その関係もあってスクラッチエージェンシーもよくイベントを開く。  「明後日には新しい『恐竜や』ができるだろ、試食会が待ってるからさ」  「名前は『飛鳥亭』になるんだけど…。修行も一段落して、みんな仕入れ作業と仕込みで忙しいわ。らんるお姉ちゃんはまだみたいだけど、今は凌駕さんが最後の仕上げで雄山先生に叱られながら頑張っているわ」  「食べる事にはうるさいんだよね、私も」  「あさりちゃん、いいの?」  「いいって話してたよ」  あさりはあっさり答える。というのはあさりとリジェは友人なのだ。そこへ声を掛ける青年。  「早かったな、みんな」  「佐藤さん、遅くなってごめんなさい」  「まだ装置は来ていない。水質検査も合格って出たから、いよいよ明日から水問題は解決出来る」  「この前の事件だけど、どうなっているんですか?」  あさりが疑問に感じて聞く。  「あれは相当不味い事件だ。ここで話してしまうととんでもない事になる。だから今は伏せさせてくれないか」  「分かりました」  「よし、では装置接続が終わって、あとは水だけ」  達広は鼻歌交じりで装置と水道管を接続する。  緊張の面持ちの従業員。落ち着いた表情なのはカリスト。簡易水質検査キットを取り出す。  「これでおいしいエクレアが出来るはずだ。水質も検査してみようか」  「ああ…。うまくいったみたい…」  キットの中の色が赤くなれば毒素が入っているのだが毒素は全くない。  「その代わり一ヶ月に一度はフィルターを交換しなくちゃダメだ。その作業はジュピターが引き受けるけどね」  「しっかり実利も追及してますね」  いちごがちょっと渋い表情だ。  「それぐらい当然だ。だが、地元住民にもこの水を開放して欲しいんだ。損して得取るのが商いの原点だよ」  「じゃあ、エクレアを作るから待っていて!」  笑顔で四人が動き始める。立ち会っていた村田兄弟は笑顔だ。  「無事に立ち直るめどが立ちましたな、兄さん」  「後は経営力をいかに発揮するかだけじゃ。技術は誰にも負けないものを持っているからな」  「出来たわよ、試作品」  いちごの声にあさりたちが嬉しそうな顔になる。  「おいしい、これだよ、これ!」  「上品な作りになっている…」  一同が嬉しい声を上げる。いちごはほっとした表情で仲間達に握手を求める。  「無事に経営危機を乗り越えられるめどがついて良かった…」  カリストが笑顔で話す。これからが本当の経営の始まりだとみんなが引き締まったときだった。  外でドアを叩く音がした。  「すまない、助けてくれ!」  青年の声に顔色を変えたのはリジェだ。  「遼ちゃん!」  果たして、青年の身に何があったのだろうか…。  「ヒロ、子供達がお前と会いたがっていたんだ」  「おいおい、君達もだいぶ大きくなったな」  小さい2つの影が広志に飛びつく。  広志は笑みを浮かべると輝ににこりとする、広志は多忙だからだ。輝と綾乃は輝広と広乃の誕生日祝いに贈ってくれた百科事典のことで感謝を伝えに来たのだった。  「ヒロ君、相変わらず忙しいの?」  「ええ、綾乃さんの言うとおりですね。でも、体調管理は厳しくてしっかりしてますよ」  「俺だけでうまくいくわけなどないさ。美紅と二人三脚でやってきたからうまくいけた」  広志は淡々と言う。そのことは輝も実感している、というのは手術前日の資料集めに最近では綾乃も協力しており、輝は『綾乃さんがいて俺の手術は初めて成り立つ』と明言してやまない。  「壬生国もかなり危険な状況にあるけど、北見先生や蓮兄ぃは大丈夫だろうか…」  「もし、危険な状況なら即座に支援しますよ。あれだけ正確で迅速、緻密な腕を持つ良き二人の名医を放置する訳にはいかないじゃないですか。それにしてもこの子たちはそっくりですね、輝先生や綾乃さんに」  「恥ずかしいな」  輝は広志に言われて苦笑を浮かべる。辣腕名医集団・ヴァルハラのゴッドハンドの中のゴッドハンド、二代目グレートファイブの一員もさすがに父親である。  「ヒロは最近ではセルゲイに似てきているって父が話していましたね…」  「否定はしない。遺伝子はたしかにセルゲイのものだ、だが俺が今携えている心や大切な絆は義父からもらったものだ。それだけは言える」  「そうした出生があるから優しくなれるのだな、ヒロは」  「それだけではできませんよ。人はいい方向に走るかもしれないし、悪い方向に走るかもしれない。そうさせるには要素があるんです。幸いにして、俺たちはそうした歪んだ要素よりは善の要素が強かったのかもしれません」  「環境か…。言えるな…、慧兄ぃもお前を見てくると『あいつはずっと何かと戦っている。宿命という相手と』と言っていたが、その眼力がそう言わせしめるのかな」   輝は納得の表情だ。広志と同じように、実の両親の手ではない者の手によって育てられた過去もあって、広志とは親しい関係にあるのだ。輝の場合が父の妹である箕輪朱鷺子によって育てられたのに対して広志の場合が偶然なのか、セルゲイの戦友だった久住智史・香澄夫妻によって育てられた。戸籍上の父・圭介も実の母親であるみどりも親類がいなかったためだ。  「そういえば、朱鷺子さんお元気ですか?」  「大丈夫よ、新作の取材で忙しいみたい」  「楽しみにしているって伝えてくださいね」  美紅は綾乃ににこりとする。朱鷺子の夫である善治は作家として知られているのだ。  「この前千葉のカジノに取材に行って、面白い女の子と話してきたって言ってたのよ。写真を見たけど面白かったわ。ベルって名前の女の子なのよ」  「良くは分かりませんが、どういうことですか」  広志は首を傾げながら耳を傾ける。  「まるでピエロなのよ、格好が。その子は確か今は大学生だけど、高校時代はBoys&Girlのメンバーの吉永寛子と同級生だったみたいね。小鈴をあしらったティアラを使っていてて個性的みたいね」  「それは初めて知りましたね」  だが四人はその女子大生が小倉マヤという本名で、映司の同級生だったことも知らない。更に、加速する運命に翻弄されていくのだ…。  その4日後、壬生国・逆十字学園の学生寮では…。  エズフィトからの留学生の水谷アイリがアイアンエンジェルスに参加しているルーク・盤城・クロスフィールドからのメールを見ていた。  『エズフィト開放作戦進行中。心配無用。ルーク』  「無理はしないでよ…」  つぶやく彼女にルームメイトの月影ゆりが話しかける。  「エズフィトのこと?」  「そう。でも詳しいことは言えないけど」  「そう、あえて聞かないわ」  その頃、壬生国・静岡では…。  「副頭取、あんな馬鹿うまく引っ掛けられますね」  「江本、油断するなよ…。ユニバーサル銀行は借金漬けだ、そのことは伏せて売却交渉だからな」  「まあ、私達リブゲートは不良債権の処理ができる上にM&Aの手数料が入りますからねぇ」  「目の上のこぶがいる。あの柿野一族だが…」  「それに関しては一家ごと忙しくしてしまいましょう。接触するチャンスすら奪えばいい」  「さすがにずる賢い…」  あの江本と石原は雑談を交わしていた。そこへ高笑いしながら入ってきたのは喪黒福造である。  「ホーッホッホ!また儲かったようですな」  「おかげさまで。我ら三洋銀行はリブゲートと手を組んでボロ儲けですよ」  「私もリブゲートに手数料が入ってきて助かりますよ。江本君、今回の買収が成功したら君には莫大のサラリーが入ってきますよ」  「マジっすか!?」  「ええ、君は今までさんざん頑張ってきたのです。あとはあの二人に防衛信用組合を押し付ければ…」  「よかったじゃないか。楽々丸儲けだ」  内村良祐(リブゲート社長室秘書)がニヤニヤとする。この男はごまをすることだけは達者だが仕事に関しては遅い。そのためにキョン(本名:鈴木慧)が厳しく叱っているが全く聞く耳を持たない。  無言なのは三洋銀行の砂田敏弘だ。この男は嫌いな相手に八つ当たりする傲慢な態度を取った挙句不良債権を正常債権にでっち上げている。因みに袋小路金光の同級生で金光をなぜか目の敵にしている。  「ヘクション!!」  「映司、風邪でもひいたか?」  千葉の『たこ助』では…。  店長の橋場健二がバイトの映司に声をかける。かけられた映司は答える。  「俺、大丈夫ですよ」  「でも、今日は休みなのにどうして出てきたの」  「俺はまだまだ金が足りないんだ…」  健二の娘の茜(病死した妻の連れ子)に映司は言うと焼き鳥のチェックをしている。映司の必死さを見かねた茜はバレエ教室のあとに手伝いに入っている。おかげで『たこ助』は商売繁盛だ。  「あいつ、悪いところをほっつきまわっていなければな…」  「私も同感や…。まさか、あすこまで借金漬けになっているとは…」  「おぼろさん、僕も危機感を覚えていますよ。リブゲートの金稼ぎは阿漕すぎます。借金に苦しむ中小企業の債権を買い取って返済を迫りダメならリブゲートの傘下に入って金稼ぎに手段を問わない強引さですよ」  キョンが日向おぼろにぼやく。二人が話題にしていたのはおぼろの経営している探偵事務所『オボロゲクラブ』の一員だったサタラクタ(本名:桜金吾)のことである。  「それに、まかない飯に仮眠も取れるからここに来たわけか」  「そうですね。近々、船橋に安い下宿先を見つけることができそうです」  「よかったやないか。これでチュウーズーボ(本名:仰木炎)も安心や」  「俺も気を配っていましたからね」  そして横浜では…。  「義父さん…」  沖登志也が墓参りをしていたのは、妻の翔子の実の父親・真東光介の墓である。  「あなたが命をかけて守った無数の命が、あなたの思いを引き継ぎ、戦っています。支え続けることをここに約束します」  「でも、未だに複雑ですよ…、あなた…」  「君はそうだろうな…。納得はしても、それだけの時間を埋め足すことは難しいからだ」  ショートヘアの女性に話す登志也。彼女は妻の翔子(旧姓・神矢)といい、輝の実妹、すなわち真東光介・海清夫妻の血を引き継ぐ。海清の旧姓が神矢であるため、神矢と名乗っていたのである。彼女は母方の実家に引き取られていたが天下航空機墜落事故後に祖父母が亡くなったため母の海清に引き取られた。その苦労を知っていることもあり、父光介と兄輝が母を見捨てたと思い憎み、そのために医者になった。感情をすぐにむき出しにするところが兄に似ている。  「でも、ヒロは恐るべき男だ。君の心の闇を見抜いてズバリと指摘した」  「『憎悪だけでメスを握るものは辣腕だろうが医師失格だ!』あの一言には驚きました…」  「あいつは若くして多くの修羅場を潜り抜けて来た。それこそ凄惨な戦場を何度も何度もだ。そこで人の業を見ていて、その醜さも知っている。それでも、あいつの強いところは人の持つ希望を信じてあきらめないってところだ」  「そうした意味で安田院長が『父に似てきている』と話していたんですね…」  「君の兄はいい意味で生意気だったな。ドジをしながらも負けず嫌いで…。あいつも、どんどんセルゲイに似てきている。だが…」  「このことばかりは言えませんものね…」    その頃、ウィーンの空港内で…。  「そうか、分かった。ではご遺族には近日中に私の方で訪問しよう。今回のミッションの犠牲者には然るべき年金を回しておいてくれ」  そういうとトレーズ・クシュリナーダは電話を切る。「ソレスタル・ビーイング」の任務で重傷を追ったエージェントの容態が悪化して亡くなったとの報告を受け、対応を指示したのだった。アン夫人はすぐにPDAのスケジュールを確認すると予定を打ち込む。  「では、来週スウェーデンに向かうようにスケジュールを調整しますわ」  「それでいい。早ければ早いほど遺族の心の傷は癒される。もっとも、家族全員がこの任務を理解していたが…」  「問題はそれが私闘につながりかねないことですわね」  「その際には私が止める。とてもエレガントとは言いがたいことだからだ。もっとも、私達もマリーメイアを今回の任務に回しているためエレガントとは言いがたいが…」  「でも、マリーメイアも理解して志願しましたわ」  「それだけが救いだ。あの狂人には奇策が必要なのは明らかだ。私がもう少しいい策略を考えていればいいのだが…」  トレーズはそのことで絶えず悩んでいた。その点でも広志と相重なる苦悩を持っていたのだ。 26 今こそ夢で終わらせない  「あいつ、どうなっているんだろうな…」  ゲリラ活動の準備を終えた和泉は写真を取り出す。  そこに写ったツーショットの二人。篠崎涼子という、今や新進気鋭の写真家で高校時代の同級生だった。和泉と行動を共にし、戦場カメラマンとして実績を積み重ねてきた。今は風景画の撮影などで活躍している。  「よう、何たそがれているんだ」  「アンク」  「お前も相当今回のミッションで活躍しているな。まさか、あのミドウって小僧にごくわずかの情報を提供させるとは」  「俺の狙いはあのメディアはネットに強いことからだ。それに、なんたって彼女が死んだことでカイオウを憎んでいるからな」  「チューブが邪魔さえしなければ問題はない。せいぜい今は暗躍だな」  そして福岡では…。  「そういうことか…。どうやらアリスティド・サッカールからの売却話がまとまって、ニュース・オブ・キューシューと50億円の引換か…」  柿野修平は呆れ顔で東西新聞を見ると、妻の沙麻代に苦笑いの表情を浮かべる。  「目先の欲望に飛びつくことはとんでもない失態を招くのに…」  「ああ、僕も警告はしたが…、あの話の後突然忙しくなって大変だ」  「講演会にコメンテーター…。どうなっているのかしら」  「今日は高畑さんの見舞いに行くさ。絶対にね」  柿野夫妻は大学時代にあることがきっかけで高畑和夫・魔美夫妻と知り合った。そのため現在「エニエス」によるB型肝炎薬害に心を痛めているのだった。今、高畑本人はヴァルハラ福岡総合医療センターに入院しており、主治医は整形外科にも長けた内科医の宮沢雪野(本名:有馬雪野)である。彼女の夫である総一郎はGIN福岡支部の経済犯罪専属班所属である。  「福田さん、昨日見舞いに行ったみたいよ」  「あの人と何しろ知り合いだからね」  福田サザエと魔美は主婦友であり、その関係でよく見舞いに向かっているのだ。  その頃、GIN本部では…。  「君達はこの案件をいかに見るか?」  広志が厳しい表情で見つめるのは洋平・愛夫妻である。二人が目にしているのは白鳥遥なる新進気鋭の政治家の妻が暴走族に襲われるところを遥が守ったという話だ。  「どうも胡散臭い印象だぜ、ヒロさん」  「だろうな。今回君達が捕まえたパオというインドネシアのギャングだが、どうだ」  「そのことでも何点か知っているみたいよ」  「分かった。しっかり時間をかけて調べておいてくれ。女ごと自首してきたということは、相当危険な仕事をやらせてきたということだな、白鳥は」  「あいつの危険性、武藤国光って奴が言っているぜ」  「彼はカナダの大学を卒業している、その後に帰国してアイヌモシリ共和国から立候補して当選した男だ。最初から銀の匙を与えられてきたわけじゃない」  「そういう政治家が強いんだものね」  「ああ…。現場で見てきた信念というものはブレがない。修羅場を何度も乗り越えてきたんだからな」  広志はそう言うと待ち受けているであろう戦いに向けて厳しい表情で外の風景を見ていた。 作者・支援者 あとがき  まず、あとがきの前に病葉中でした声優の青野武氏が2012年にご逝去されました。  心より冥福を祈ります。あくまでも我が盟友が主体的な役割をこの真実の礎シリーズでは果たします。以前から原案提案という形で私も我が盟友も相互に意見を交換し、打ち合わせながらこの作品を描いています。自分の色を若干強める形で執筆させていただきました。過去編を取り込む形で今を描く形にしています。  ビアスに宿された爆弾は取り返しのつかない爆弾であることは間違いありません。それは本編で深刻な結果をもたらすことになるでしょう。我が盟友との共同作業はいよいよ新たな段階に入ってきています。新たなキーワード、『ダンデライオン』は今後の物語に大きく影響してきます。  なお今回「バルデス九条」という人物が出てきますがモデルは「ふたりはプリキュア」シリーズのバルデスおよび故グレート草津という元ラグビー日本代表にしてプロレスラーだった人物です。草津氏は現在の新日鉄所属でしたがいじめにあってプロレスラーに転進した人でした。ハラスメントは百害あって一理もないのが現実でしょう。なお笹野高史氏をモデルにした話はSECOM 「ご先祖様と木村さん」篇から着想しました。木村拓哉氏と映画で共演したことから考えたのが休日話でした。  真実の礎での中盤のジュウザの危機を下地に若干自分なりにアレンジさせていただいたのが今回の作品です。さて、『遼ちゃん』と言われた青年の正体とは誰か、そのヒントは以前示しています。また、彼がなぜ追われているかはその中で大体分かるかと思います。  さて、『遼ちゃん』の身に何が起きたのか、その話の続きはまた次回、ということで…。また、法令を犯すメディアへの制裁として著作権を認めないボイコット運動を実施中です。 -------------------------------------------------------------------------------- 引用作品 著作権元明示 「この恋は実らない」 (C)武富智・集英社 2007 『ミラクル☆ガールズ』 (C)秋元奈美 1991-1994 [シバトラ] (C)安童夕馬・朝基まさし 2007-2009 「ふたりはプリキュア」シリーズ (C)東映・東映アニメーション 2004-2006 Samurai Deeper KYO (C)上条明峰 1999-2006 美味しんぼ (C)原作:雁屋哲、作画:花咲アキラ  1983- 機動戦士ガンダムシリーズ (C)サンライズ・創通 1979-1980、1993-1994,1995-1996,2002-2003、2004-2005 『スーパー戦隊シリーズ』 (C)原作:八手三郎 東映・東映エージェンシー 1888-1889、1999-2000、2000-2001、2002-2003、2003-2004、2005-2006、2006-2007、2009-2010、2010-2011、2012-2013 『パスポートブルー』 (C)石渡治  1999-2001 『宇宙の騎士テッカマンブレード』 (C)タツノコプロ・創通 1992-1993 ウルトラマンシリーズ (C)円谷プロダクション 1996-1997、2004-2005、2008 『琥珀の雫』 (C)亜樹直・関口太郎 2010-2011 『F-ZERO』 (C)任天堂 1990 傷だらけの仁清 (C)猿渡哲也・集英社 2005-2011 キングダム (C)原泰久・集英社 2006- この彼女はフィクションです。 (C)渡辺静 2011 CHANGE (C)福田靖 2008 ドカベン (C)水島新司・秋田書店 1972- 梅ちゃん先生 (C)尾崎将也 2012 江戸前の旬 (C)九十九森原作、さとう輝劇画・日本文芸社 1999- ファイ・ブレイン 神のパズル (C)サンライズ 原作・矢立肇 2011 紺碧の艦隊 (C)荒巻義雄・徳間書店 1990-1996 沈黙の艦隊 (C)かわぐちかいじ 1988-1996 金田一少年の事件簿 (C)原案→原作:天樹征丸、原作:金成陽三郎(case2巻まで担当)、作画:さとうふみや 1992- 名探偵コナン (C)青山剛昌 1994- 涼宮ハルヒシリーズ (C)谷川流・角川書店 2003- 仮面ライダーシリーズ (C)東映・ASATSU-DK 原作:石ノ森章太郎・石ノ森プロ 2004-2005、2006-2007、2010-2011、2011-2012 のだめカンタービレ (C) 二ノ宮知子 2001-2010 北斗の拳 (C)武論尊・原哲夫・NSP 1983-1988 内閣権力犯罪強制取締官 財前丈太郎 (C)北芝健・渡辺保裕・NSP 2003-2007 BALLAD 名もなき恋のうた (C)監督・脚本:山崎貴 『BALLAD 名もなき恋のうた』製作委員会(ROBOT、東宝、ジェイ・ドリーム、電通、ADK、レプロエンタテインメント、シンエイ動画、双葉社、白組他) 2009 (原案「クレヨンしんちゃん」 (C)臼井義人・双葉社) ドラッグストアガール (C)宮藤官九郎・松竹・電通・テンカラット・衛星劇場 2004 超機甲爆走ロボトライ (C)バースディ 漫画・坂本かずみ 1989-90 踊る!親分探偵 (C)原作:牛次郎「親分探偵ポパイ」 東映 2005・2006 ノエルの気持ち (C)山花典之・集英社 2007-2010 『パタリロ!』 (C)魔夜峰央・白泉社 1978- 『舞姫 〜ディーヴァ〜』 (C)倉科遼・作、大石知征・画 2006-2008 スパイダーマンシリーズ (C)コロンビア映画、マーベル・エンターテインメント、ローラ・ジスキン・プロダクションズ 原作:スタン・リー、監督:サム・ライミ 2002,2004、2007 Batman (C) DC Comics 作者:ボブ・ケーン1939- 『ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-』(ツバサ レザヴォア クロニクル) (C)CLAMP 2003-2009 MR.BRAIN (C)脚本 蒔田光治・森下佳子 2009 まんてん (C)脚本 マキノノゾミ 2002-2003 桔梗の咲く頃・耳をすませば (C)柊あおい・集英社 1989、1995 レスラー軍団〈銀河編〉 聖戦士ロビンJr. (C)脚本・シリーズ構成:園田英樹、監督:奥脇雅晴、東京ムービー新社(現トムス・エンタテインメント) 製品化著作権・クラシエフーズ 1989-1990 傷だらけの仁清 (C)猿渡哲也・集英社 2005-2011 夜王 (C)倉科遼・井上紀良・集英社 2003-2010 ハーイあっこです (C)みつはしちかこ 1980-2002 DeepLove (C)Yoshi・スターツ出版 2002-2003 トゥインクルトゥインクルアイドルスター (C)遠山光 1990-1993 「マラソンマン」 (C)井上正治 1993-1997 少女少年 (C)やぶうち優 1997-2005 ミキストリ (C)巻来功士 1990-1995 夢色パティシエール (C)松本夏実・集英社 2008-2011 探偵ガリレオシリーズ (C)東野圭吾 1998- 『デビルマンレディー』 (C)永井豪 1997-2000 トワイライト (C)ステファニー・メイヤー 2008-2012 「小公子セディ」 (C)日本アニメーション 原作:フランシス・ホジソン・バーネット 『小公子』(Little Lord Fauntleroy) 1886 小公女セーラ (C)日本アニメーション 原作『小公女』 (C)フランシス・ホジソン・バーネット 1905 『嘘喰い』 (C)迫稔雄・集英社 2005- 「バーサーカー」 (C) フレッド・セイバーヘーゲン 1967- ミスター味っ子 (C)寺沢大介 1986-1990 キャットウーマン (C)DCコミックス 監督:ピトフ、脚本:ジョン・ブランカート、マイケル・フェリス、ジョン・ロジャース、原案:テレサ・レベック、ジョン・ブランカトー、マイケル・フェリス、原作・キャラクター創造:ボブ・ケイン、配給:ワーナー・ブラザーズ 2004 ぼくらシリーズ (C)宗田理 1985- 13歳の黙示録 (C)宗田理 2000 天路-TENRO- (C)宗田理 2004 50回目のファースト・キス (C)ソニーピクチャーズ 監督: ピーター・シーガル、脚本: ジョージ・ウィング 2004 『NHKにようこそ!』 (C)滝本竜彦・角川書店 2002 『ディア・ドクター』 (C)2009『Dear Doctor』製作委員会(エンジンフイルム、アスミック・エース)、原作・脚本・監督:西川美和 「きのうの神さま」(ポプラ社刊) 『キャットストリート』 (C)神尾葉子・集英社 2004-2007 天使のお仕事 (C)脚本:中谷まゆみ、沢村一幸、林徹 1999 『だんだん』 (C)脚本:森脇京子 2008-2009 『華と修羅』 (C)原作:谷本和弘、漫画:井上紀良・集英社 2010-2011 『弁護士のくず』 (C)法律監修:小林茂和(第一東京弁護士会)、井浦秀夫(一部著作権は国際法に従って無効) 2004- 『乗っ取り弁護士』 (C)内田雅敏・筑摩書房(東京弁護士会/『弁護士のくず』のエピソードと称する『蚕食弁護士』はこの小説からアイデアを全面的に無断採用していた為国際法に従って社会的制裁として著作権を内田氏に付与します。井浦と出版元の小学館は直ちに違法行為を全面的に認めて内田氏に謝罪し、即刻金銭的被害及び名誉の回復を行うよう強く勧告します) 2005 『将太の寿司』 (C)寺沢大介 1992-1997 『味いちもんめ』 (C)原作:あべ善太、作画:倉田よしみ 1987- ニルスのふしぎな旅 (C)セルマ・ラーゲルレーヴ 1906 『7人の女弁護士』 (C)MMJ 2006・2008 『リーガル・ハイ』 (C)脚本:古沢良太、制作著作:共同テレビ 2012 『Rewrite』 (C)ビジュアルアーツ/Key 2011企画原案・原画・キャラクターデザイン: 樋上いたる、世界設定:田中ロミオ(シナリオ兼任)、シナリオ: 田中ロミオ、竜騎士07、都乃河勇人、QC(クオリティコントロール・監修):麻枝准 2011 『CLANNAD』 (C)ビジュアルアーツ/Key 企画:麻枝准(シナリオ兼任)、シナリオ:涼元悠一、魁、(丘野塔也)、原画:樋上いたる、エグゼクティブプロデューサー:馬場隆博 2004 となりのトトロ (C)スタジオジブリ・徳間書店 原作・監督・脚本:宮崎駿 1988 『Kanon』 (C)ビジュアルアーツ/Key 企画・久弥直樹(脚本兼任)、脚本:麻枝准、原画:樋上いたる、CG:みらくる☆みきぽん、鳥の、しのり〜 1999 『海がきこえる』 (C)氷室冴子・徳間書店 1990-1992 BLOODY MONDAY (C)原作・原案:龍門諒、作画:恵広史2007-2012 BLEACH (C)久保帯人・集英社 2001- 超兄貴 (C)日本コンピュータシステム(メサイヤ) 1992 ナースのお仕事 (C)脚本:大賀文子、両沢和幸 1996,1997,2000,2002 ミスター・ルーキー (C)監督・脚本:井坂聡、脚本:鈴木崇、原案:佐藤佐吉 「ミスター・ルーキー」製作委員会(IMAGICA、衛星劇場、江崎グリコ、角川書店、ソニー、デサント、電通大阪支社他)、配給:東宝 2002 3年B組金八先生 (C)原作 ・小山内美江子 1979-2011 白い巨塔 (C)山崎豊子 1963-1968 ドテラマン (C)原作 勝川 克志、製作:吉田健二、原案:九里一平 タツノコプロ 1986-1987(なお、原作者は勝川氏と国際法上認定されています) 龍-RON-  (C)村上もとか 1991-2006 ひみつのアッコちゃん (C)赤塚不二夫・フジオプロ 1962 こばと。 (C)CLAMP・角川書店 2006-2011 美少女戦士セーラームーン (C)武内直子 1992-1997 殺医ドクター蘭丸 (C)梶研吾・井上紀良・集英社 1998-2001 必殺シリーズ (C)松竹京都撮影所 1972- まっすぐな男 (C)MMJ  脚本:尾崎将也 2010 日掛け金融地獄伝 こまねずみ常次朗/日掛け金融伝_こまねずみ出世道 (C)原案・監修:青木雄二 原作:秋月戸市 作画:吉本浩二 2001-2008 『蒼天の拳』 (C)原作:堀江信彦、監修:武論尊、原画:原哲夫・NSP 2001-2010 ゴッドハンド輝  (C)原作協力・構成監修:天碕莞爾、作画:山本航暉 2001-2012 LOVe (C)石渡治 1993-1999 天使のお仕事 (C)脚本:中谷まゆみ、沢村一幸 1999 『平成狸合戦ぽんぽこ』 (C)スタジオジブリ 原作・監督・脚本:高畑勲 1994 宇宙大帝ゴッドシグマ (C)原作・八手三郎、東映 1980-81 『おとうと』 (C)『おとうと』製作委員会(松竹・住友商事・博報堂DYメディアパートナーズ・新日本出版社・Yahoo! JAPAN・木下工務店他) 原作・脚本・監督 山田洋次 2010 『MAJOR』 (C)満田拓也 1994-2010 HERO (C)脚本 福田靖、大竹研、秦建日子、田辺満 2001 『ディア・ドクター』 (C)エンジンフイルム・アスミック エース、監督・原作・脚本 西川美和 2009 『GANTZ』 (C)奥浩哉・集英社 2000- 「相棒ー劇場版ー」 (C)東映 監督:和泉聖治 2008 ピグマリオ (C)和田慎二・メディアファクトリー 1978-1990 「セクシーGメン麻紀&ミーナ」 (C)森奈津子・徳間書店 2012 パコと魔法の絵本 (C)原作:後藤ひろひと 監督:中島哲也 脚本:中島哲也、門間宣裕 2008 殺し屋麺吉 (C)富沢順・NSP 2004-2006 るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- (C)和月伸宏・集英社 1994-1999 ウォール・ストリート (C)オリバー・ストーン、スタンリー・ワイザー、スティーブン・シフ、アラン・ローブ 20世紀フォックス・エドワード・R・プレストン・フィルム 2010 『ハングリーハート Wild Striker』 (C)高橋陽一・秋田書店 2002-2004 「星の瞳のシルエット」 (C)柊あおい・フェアベル 1985-1989 エスパー魔美 (C)藤子・F・不二雄、藤子プロ 1977-1982 スーパーマン (C) DCコミック 原作ジェリー・シーゲル、作画ジョー・シャスター 1938- 美味しんぼ (C)雁屋哲・花咲アキラ 1983- 飛べ!イサミ (C)長谷川裕一・志津洋幸 1995-1996 「ココロの飼い方」 (C)コタニヨーコ 2011-2012 キングダム (C)原泰久・集英社 2006- The Piano (C)ローズマリー・ボーダー、Oxford Univ Pr  1992 「にらぎ鬼王丸」 (C) 荒仁, 坂本 眞一: 集英社 2002-2004 「カラット∞原石ガール」 (C)森尾正博・白泉社 2009 「天使にラブ・ソングを…」 (C)タッチストーン・ブエナビスタ 監督:エミール・アルドリーノ、脚本:ジョセフ・ハワード  1992 クリスマス・キャロル (C)チャールズ・ディケンズ 1843 おちくぼ姫 (C)田辺聖子・角川書店 原作『落窪物語』より 1990 2つのスピカ (C)柳沼行・メディアファクトリー 2001-2009 クニミツの政 (C)安童 夕馬・朝基 まさし 2001-2005 シュレック (C)ドリームワークス/ユニバーサル  2001 監督:アンドリュー・アダムソン、ヴィッキー・ジェンソン 脚本:テッド・エリオット、テリー・ロッシオ、ジョー・スティルマン、ロジャー・S・H・シュルマン 原作:ウィリアム・スタイグ 1990 『彼氏彼女の事情』 (C)津田雅美・白泉社 1996-2005 初出時明示 派遣国会議員 18話(小野哲) 2007-11-02 22:58:22 派遣国会議員 19話(小野哲) 2007-11-03 19:32:49 派遣国会議員 20話(小野哲) 2007-11-04 19:37:21 派遣国会議員 21話(暗躍する男達 小野哲) 2007-11-05 21:31:37 派遣国会議員 22話(静かなる破滅への序曲 小野哲) 2007-11-06 22:35:59 派遣国会議員 23話(深まっていく闇 小野哲) 2007-11-07 21:55:27 派遣国会議員25話(絶望の始まり 小野哲) 2007-11-08 21:38:47 派遣国会議員26話(暗躍者 小野哲) 2007-11-10 20:05:49 派遣国会議員-Break the Wall-27話(微かなる反撃 小野哲)  2007-11-12 21:51:18 Break the wall28話(加速する/小野哲) 2007-11-14 00:20:40 break the wall(29話、闇の黙示録 小野哲) 2007-11-14 21:51:24 Break the wall30話(疾走する混乱/小野哲) 2007-11-15 23:59:08 Break the Wall(36.5話 反乱 小野哲) 2007-12-03 21:40:13 ────